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筋強直性ジストロフィー1型(DM1)は、成人で最も頻度の高い筋ジストロフィーで、世界で約8,000人に1人が発症すると推定されています[3]。筋肉のこわばり(ミオトニア)や筋力低下だけでなく、心臓の伝導障害・呼吸障害・消化管・白内障・過眠・認知機能まで全身に影響が及ぶのが特徴です。世代を経るごとに発症が早まり重くなる「表現促進」も大きな問題でしたが、いまdel-desiran(デルパシバート・エテデシラン)をはじめとするRNAを標的とした新薬が第3相試験の大詰めを迎え、この病気の歴史的な転換点が近づいています。本記事では、原因・遺伝のしくみ・症状・診断・管理から最新の治療開発まで、臨床遺伝専門医がやさしく解説します。
Q. 筋強直性ジストロフィー1型(DM1)とはどんな病気ですか?まず結論だけ知りたいです
A. DM1は、DMPKという遺伝子の「CTGリピート」という配列が異常に長く伸びることで起こる、成人で最も多い遺伝性の筋疾患です。筋肉のこわばりや筋力低下に加え、心臓・呼吸・消化管・脳など全身に症状が及び、世代を経るごとに重くなる「表現促進」があります。現時点で進行を止める承認薬はありませんが、2025〜2026年にかけて原因であるRNA毒性を直接たたく新薬が第3相試験の大詰めを迎えています。
- ➤原因 → DMPK遺伝子の3’非翻訳領域でCTGリピートが異常伸長し、毒性をもつRNAが蓄積
- ➤遺伝のしくみ → 常染色体顕性(優性)遺伝。世代ごとにリピートが伸びる「表現促進」が起こる
- ➤症状 → ミオトニア・遠位筋の筋力低下に加え、心伝導障害・呼吸障害・嚥下障害・白内障・過眠
- ➤診断 → 出生後はリピート長を測る専用の遺伝子検査、出生前は羊水・絨毛検査+遺伝カウンセリング
- ➤治療 → 現在は多臓器を守る対症療法が中心。RNA標的の疾患修飾薬が臨床試験で大きく前進中
1. 筋強直性ジストロフィー1型(DM1)とは:結論ファースト
筋強直性ジストロフィー1型(Myotonic Dystrophy Type 1、略してDM1。発見者の名前から「スタイナート病」とも呼ばれます)は、成人期に発症する筋ジストロフィーのなかで最も頻度が高い、進行性の多臓器疾患です[1]。世界で約8,000人に1人が発症すると推定されています[3]。「筋ジストロフィー」という名前から手足の筋肉だけの病気と思われがちですが、実際には命に関わる合併症の多くは、心臓・呼吸器・消化器など筋肉以外の臓器の障害に由来します[5]。この点が、DM1という病気を理解するうえで最も大切なポイントです。
「筋強直性」という言葉は、この病気の中心的な症状であるミオトニア(筋強直現象)に由来します。これは、筋肉をいったん強く収縮させると、その後すぐに力を抜くことができず、こわばりが残ってしまう現象です。たとえば、ドアノブを強く握ったあと手を開こうとしてもなかなか開かない、といった形であらわれます。なお、医学的にこの病気の正式名称は「筋強直性ジストロフィー」で、かつては「筋緊張性ジストロフィー」とも呼ばれていました。
現時点では、DM1の進行を根本的に止める、あるいは治す承認薬は存在しません[1]。そのため、長らくこの病気は「医療上の強いニーズが満たされていない領域(アンメット・メディカル・ニーズ)」と位置づけられてきました。しかし後半で詳しく解説するように、病気の根本原因である「RNA毒性」を直接無効化する新しい治療薬の開発がかつてない速度で進んでおり、2026年から2028年にかけてDM1診療の歴史的な転換点が訪れる可能性が高まっています[4]。
2. 原因遺伝子DMPKとCTGリピート:遺伝のしくみ
DM1の原因は、19番染色体の長腕(19q13.3)にあるDMPK遺伝子(ジストロフィア・ミオトニカ・プロテインキナーゼ遺伝子)の異常です[1]。具体的には、この遺伝子の「3’非翻訳領域(3’UTR)」と呼ばれる、タンパク質の設計図そのものではない後ろ側の領域で、「CTG」という3文字の塩基配列が異常に何度も繰り返される(リピート伸長する)ことが直接の引き金になります。
💡 用語解説:トリプレットリピート病とCTGリピート
DNAは「A・T・G・C」という4種類の文字(塩基)の並びでできています。この文字が「CTG・CTG・CTG…」と3文字単位で何度も繰り返される箇所が、もともと誰のDNAにも存在します。健康な人ではこの繰り返しは少数(おおむね5〜34回)にとどまりますが、DM1ではこの繰り返しが数十回から数千回にまで異常に増えてしまうのです。このように3文字の繰り返しが過剰に伸びて病気を起こす疾患群を「トリプレットリピート病」と呼び、ハンチントン病なども同じ仲間です。リピート病の詳しい解説はこちら。
CTGリピートの長さは、病気の重さや発症する年齢と強く相関します。リピートが長いほど、より早く、より重く発症する傾向があります[1]。リピート数は、おおよそ次の3段階で理解すると正確です。
💡 用語解説:常染色体顕性(優性)遺伝
DM1は「常染色体顕性(優性)遺伝」という形式をとります。人は同じ遺伝子を父由来・母由来で2本ずつ持っていますが、顕性遺伝ではそのうち片方に変異があるだけで症状が出ます。したがって、患者さんから子へ変異が受け継がれる確率は理論上50%です。なお「優性/劣性」という言葉は優劣の誤解を招くため、日本人類遺伝学会は2017年から「顕性/潜性」を推奨しています。遺伝形式の詳しい解説はこちら。
DM1の遺伝でとくに重要なのが、原因が「タンパク質が足りなくなること(ハプロ不全)」ではなく、伸びたリピートを含むRNAそのものが毒性を発揮するという点です。この「RNA毒性」という独特なしくみについては、第4章でくわしく解説します。
3. 表現促進と3つの病型:軽症型・古典型・先天型
DM1の変異アレル(CTGリピート)は、精子や卵子がつくられる過程で長さを増しやすい「不安定性」を持っています。そのため世代を経るごとにリピートが伸び、発症年齢が若くなり重症化していく——この現象を「表現促進(アンティシペーション)」と呼びます[1]。同じ家系のなかで、おじいさんは白内障くらいしか自覚がなかったのに、お孫さんが先天型として生まれる、ということが起こり得るのです。
💡 用語解説:表現促進(アンティシペーション)
世代を重ねるごとに、病気の発症がより早く、より重くなっていく現象です。トリプレットリピート病に特徴的で、リピートが親から子へ伝わるときに長くなることが主な原因です。DM1でとくに重要なのは、最も重い「先天型」は、ほとんどが母親から受け継がれて起こるという点です(母系伝達)。そのため、軽症で気づいていない女性が、重い先天型のお子さんを妊娠する可能性があり、妊娠を考える際には十分な遺伝カウンセリングが大切になります。
DM1は、発症時期と重症度によって大きく3つの病型に分けられます[1]。
① 軽症型(mild DM1)
主に成人期の半ば以降に発症し、白内障や軽いミオトニアを特徴とします。寿命への影響は限定的で、CTGリピートが50〜150程度の方の半数以上は症状をほとんど示さず、高齢になるまで診断されないことも少なくありません。ただし、無症状に近くても心電図の異常など心血管系のリスクを潜在的に抱えていること、そして次の世代に大きく伸びたリピートを伝える可能性があることには注意が必要です。なお、症状が出るかどうかの確率を表す概念は浸透率として整理されます。
② 古典型(classic DM1)
20代から30代で発症することが多く、DM1の典型的な症状を示します。骨格筋の筋力低下と萎縮は、下腿(ふくらはぎ)・手・首・顔面など、体の中心から遠い遠位筋から目立って進行するのが特徴です。ドアノブを回したあとに手を離しにくくなる手指のミオトニア、ろれつが回りにくい(構音障害)、顎が固まるといった症状を経験します。進行すると車椅子が必要になる場合や、重篤な心伝導障害によって寿命が短縮する事例も少なくありません。
③ 先天型(congenital DM1)
最も重い形態で、出生時から著しい筋緊張低下(フロッピーインファント)と全身の重い筋力低下を示します。出生直後から重い呼吸不全をともなうことが多く、新生児期の死亡リスクが高い病型です。新生児期を乗り越えた場合でも、重度の発達遅滞や知的障害が一般的に認められます。前述のとおり、先天型はほとんどが母親由来で起こる点が、遺伝カウンセリング上きわめて重要です。
よく似た名前の筋強直性ジストロフィー2型(DM2)は、別の遺伝子であるCNBP遺伝子(旧名ZNF9)のCCTGリピート伸長で起こります。DM2は主に近位筋(体の中心に近い筋肉)が侵されること、先天型が存在しないこと、症状が比較的軽いことでDM1と明確に区別されます。
4. RNA毒性とスプライソパチー:なぜ全身が侵されるのか
🔍 関連記事:選択的スプライシング/機能獲得とは/ハプロ不全との違い
DM1の病態の核心は、DMPKタンパク質が単に足りなくなること(ハプロ不全)ではなく、「RNA毒性(RNA機能獲得)」と呼ばれる、特異で複雑な分子のカスケード(連鎖反応)にあります[2]。「タンパク質が足りない」のではなく「本来は無害なはずのRNAが、新たに有害な働きを獲得してしまう」というのが、この病気のユニークな点です。
💡 用語解説:RNA毒性(RNA gain-of-function)
遺伝子(DNA)の情報は、いったんRNA(mRNA)にコピーされてから、タンパク質という形になって働きます。通常RNAは情報の「中継ぎ」にすぎませんが、DM1では伸びたCUGリピートを含むRNAが核の中に溜まり、それ自体が周囲のタンパク質を巻き込んで悪さをします。これがRNA毒性です。タンパク質が「働きすぎ」「新しい悪い働きを得る」ことを機能獲得と呼びますが、DM1ではそれが「RNAのレベル」で起きていると理解するとわかりやすいです。
毒性RNAの蓄積とMBNL1の「巻き込み」
変異したDMPK遺伝子が読み取られると、伸びたCUGリピートを含む変異RNAがつくられます。この過剰なCUGリピートは、核の中で安定した「ヘアピン型」の構造をつくり、本来なら核から細胞質へ出ていくはずのRNAが核内に滞留し、「核内フォーカス」と呼ばれる凝集体(かたまり)を形成します[2]。
この核内フォーカスの最大の問題は、MBNL1(マッスルブラインド様タンパク質1)という、RNAの「選択的スプライシング」を制御する必須タンパク質を強力に引き寄せ、物理的に閉じ込めてしまうことです。その結果、細胞のなかで本来必要なはずのMBNL1が枯渇してしまいます[2]。これに加えて、これと反対の働きをするCELF1というタンパク質がPKC経路を介して増加し、二重の制御の乱れが生じます。さらに近年は、miR-23bというマイクロRNAがMBNLの産生を翻訳レベルで抑えることも明らかになり、MBNLは「物理的な閉じ込め」と「翻訳の抑制」という二重の阻害を受けていることがわかってきました[14]。
💡 用語解説:スプライソパチー(スプライシング異常症)
「選択的スプライシング」とは、1つの遺伝子から、必要な部品(エクソン)を選んでつなぎ合わせ、状況に応じて違うタイプのタンパク質をつくり分けるしくみです。発達の段階で「胎児型」から「成人型」へと切り替わります。MBNL1が枯渇すると、この切り替えがうまくいかず、成人の組織で胎児型の「未熟な」タンパク質がつくられ続けてしまいます。この広範なスプライシングの乱れを「スプライソパチー」と呼び、DM1の多彩な症状を直接引き起こしています。
伸びたCUGリピートを含む変異mRNAが核内で凝集してMBNL1を閉じ込め、同時にCELF1が増加することで、成人組織に胎児型のスプライシングがあらわれる。CLCN1の異常はミオトニアを、INSRはインスリン抵抗性を、BIN1・CACNA1Sは筋力低下を引き起こす。
代表的なものとして、骨格筋の塩化物チャネルをつくるCLCN1のスプライシング異常はミオトニアの直接の原因となり、インスリン受容体INSRの異常はインスリン抵抗性・糖尿病を、BIN1やCACNA1Sの異常は筋肉の興奮収縮連関の障害による進行性の筋力低下を、脳でのMAPT(タウ)の異常は認知機能の低下を引き起こします[2]。「1つの遺伝子の異常が、なぜ全身のさまざまな臓器を侵すのか」という長年の謎は、この「広範なスプライシングの乱れ」で説明できるのです。
5. 全身に及ぶ症状と致死的合併症
DM1は「筋肉の病気」と思われがちですが、実際には全身のあらゆる臓器に症状が及ぶ多臓器疾患です[5]。とくに命に直結するのは、骨格筋ではなく心臓と呼吸器の障害です。主な症状を臓器別に整理します。
💪 骨格筋
- ミオトニア(手指など)
- 遠位筋から進む筋力低下・萎縮
- 顔面筋の筋力低下・構音障害
- 顎のロック・嚥下のしづらさ
❤️ 心臓(最重要)
- 心伝導障害・房室ブロック
- 不整脈・突然死のリスク
- 症状が軽くても潜在する
- 定期的な心電図が不可欠
🫁 呼吸・消化管
- 呼吸筋低下による低換気
- 睡眠時無呼吸
- 嚥下障害・胃不全麻痺
- 便秘・下痢・偽性腸閉塞
🧠 中枢神経・その他
- 過度の眠気(過眠症)
- 無気力(アパシー)
- 認知機能・記憶の低下
- 若年性白内障・インスリン抵抗性
とくに知っておいていただきたいのは、心臓の伝導障害は、自覚症状がほとんどなくても進行し、突然死の主要な原因になり得るという点です[1]。また中枢神経の症状である過眠や無気力は、単なる「怠け」や「疲れ」ではなく、脳そのものの変化に由来するものです。こうした症状の幅広さを理解することが、適切な医療管理の第一歩になります。
6. 診断:出生後の確定診断と出生前診断を分けて理解する
🔍 関連記事:単一遺伝子リピート伸長の検査/羊水検査・絨毛検査/遺伝カウンセリングとは
DM1の診断で大切なのは、「診断=出生前」ではないこと、そして「出生後の診断」と「出生前の診断」は目的も方法も異なるため、分けて理解する必要があることです。
出生後の確定診断:リピート長を測る専用検査
DM1は「CTGリピートの伸長」が原因のため、一般的な遺伝子の配列読み取り(NGSパネルやエクソーム解析)では確実に検出できません。伸びた繰り返し配列の長さを正確に測る、リピート伸長に特化した検査が必要です。具体的には、サザンブロット法とリピートプライムドPCR(rpPCR/TP-PCR)を組み合わせる方法が一般的です。当院では単一遺伝子のリピート伸長を調べる検査でこうした疾患に対応しています。なお、原因が不明で他の筋疾患との鑑別が必要な場合には、クリニカルエクソーム検査が選択肢となることもあります。
出生前診断:家系内で変異が分かっている場合
ご家族にDM1の方がいて、変異がすでに分かっている場合には、出生前に胎児の状態を調べる選択肢があります。確定的な出生前診断は、絨毛検査または羊水検査で採取した細胞を用い、家系内で判明している変異を標的に解析する形で行われます。なお、母体血を用いるNIPT(無侵襲的出生前遺伝学的検査)は、こうしたリピート伸長の検出には適していません。
DM1の多くは親から受け継がれますが、ときに家系内に前例のない新生突然変異(de novo変異)として生じることもあります。出生前診断を検討する際には、表現促進や母系伝達のリスク、検査の限界、そして「出生前に知ることが常にご家族の利益になるとは限らない」という点も含めて、遺伝カウンセリングのなかで丁寧に話し合うことが何より大切です。私たちはあくまで中立な情報提供者として、検査を受けるかどうか、結果をどう受け止めるかの決定はご家族にお委ねします。
7. 多臓器を守る管理(対症療法)
根本治療が登場するまでの間、そして登場後も、DM1では多職種が連携した全身の管理が患者さんの生命と生活の質を支えます。米国筋強直性ジストロフィー財団(MDF)は、国際的な専門医パネルとともに、19の臓器系に対する包括的なケア推奨を発行しています[6]。ここでは特に重要な点を整理します。
心臓:突然死を防ぐための定期評価
心伝導障害は突然死の主要な原因となるため、心臓症状の有無にかかわらず、40歳以上のすべてのDM1患者、あるいは心電図で異常が認められる患者は、神経筋疾患に伴う心疾患に精通した循環器科への紹介が強く推奨されます[1]。定期的な心電図検査は、DM1の管理の根幹です。
呼吸・睡眠・中枢神経
呼吸筋の筋力低下は、夜間や日中の低換気・睡眠時無呼吸を引き起こします。低換気が疑われる場合は、速やかに非侵襲的陽圧換気療法(NIV)の導入を検討します[5]。過度の眠気(過眠症)に対してはモダフィニルなどの覚醒促進薬が、無気力に対しては認知行動療法(CBT)などの行動介入が検討されます。消化管症状については、嚥下障害・胃不全麻痺・便秘・下痢などが生活の質を大きく下げるため、症状に応じた管理(脂質の過剰摂取を避ける、胃不全麻痺へのメトクロプラミドの検討など)が行われます[5]。
💡 注意:麻酔・薬剤のリスク
DM1の患者さんは、全身麻酔薬や鎮静薬に対して非常に敏感で、心肺合併症のリスクが高いことが知られています。とくに重大な合併症は手術中よりも麻酔後の回復期に起こりやすく、術前の呼吸機能評価が欠かせません。症状が軽いと判定された方でも例外ではありません。
また、ミオトニアの緩和に用いられることがあるメキシレチンは心臓の伝導を遅らせる作用があるため、すでに心臓への関与が認められる患者さんには禁忌とされ、投与前の厳格な心機能評価が必須です。手術や薬の前には、必ずDM1であることを担当医に伝えてください。
8. 最新の疾患修飾治療(2025〜2026):根本治療の夜明け
🔍 関連記事:DMPK遺伝子とは/アンチセンスの基礎/選択的スプライシング
これまで対症療法に限られていたDM1ですが、RNAを標的とする技術と、薬を筋肉へ届ける送達システムの飛躍的な進歩により、病気の根本原因であるRNA毒性を直接たたく「疾患修飾療法(DMT)」の開発がかつてない速度で進んでいます[4]。主なアプローチは、毒性RNAを分解する、リピートをふさいでMBNL1を解放する、マイクロRNAを抑える、遺伝子治療や低分子で介入する、の4方向に大別されます。
💡 用語解説:核酸医薬(ASO・siRNA)
「核酸医薬」とは、DNAやRNAと同じ素材(核酸)でできた、短い人工の分子を薬として使うものです。アンチセンスオリゴヌクレオチド(ASO)やsiRNAは、狙った配列のRNAにぴったり結合し、毒性RNAを分解させたり、その働きを物理的にふさいだりできます。DM1では、毒性をもつ変異DMPKのRNAをピンポイントで標的にできるため、有力な治療戦略となっています。アンチセンスの基礎はこちら。
先頭を走るdel-desiran(Avidity社)
最も開発が進んでいるのが、Avidity社のdel-desiran(デルパシバート・エテデシラン、旧称AOC 1001)です。これは、筋肉の表面にある受容体(TfR1)に結合する抗体に、変異DMPKのRNAを標的とするsiRNAをつないだ「抗体オリゴヌクレオチド複合体(AOC)」という新技術を用いています。第1/2相MARINA試験では、手の機能やミオトニーの改善に加え、日常生活動作全般での「疾患進行の逆転」という画期的な結果が報告され、最終結果は2026年2月にNEJM誌に掲載されました[8]。現在、世界規模の第3相HARBOR試験が進行中で、2025年7月に患者登録を完了、トップラインデータは2026年第2四半期に発表予定です。良好であれば2026年後半より米国・欧州・日本での承認申請が計画されており、世界初のDM1治療薬となる可能性があります[7]。
追随するz-basivarsen(Dyne社)と多彩なパイプライン
Dyne社のz-basivarsen(旧称DYNE-101)も、TfR1を標的とする抗体にアンチセンスオリゴヌクレオチドを結合させたもので、第1/2相ACHIEVE試験で強力なスプライシング補正と早期の機能改善を示しました。確認用の第3相HARMONIA試験は2026年3月に開始され、約150名・48週間で評価されます[9]。このほか、マイクロRNA(miR-23b)を標的とするARTHEx社のATX-01[14]、AAVベクターを用いた一度きりの遺伝子治療をめざすSanofi社のSAR446268[11]、リピートをふさいでMBNL1を解放するPepGen社のPGN-EDODM1やEntrada社のENTR-701、Sarepta/Arrowhead社のRNAi治療薬、リピートの体細胞での伸長そのものを止める低分子をめざすRgenta社など、多彩なアプローチが臨床・前臨床で進んでいます[4]。
一方で、開発が一本道でないことも事実です。PepGen社のPGN-EDODM1は、2026年3月にFDAから前臨床の薬理・毒性データに関連して一部臨床試験の差し止め(部分的臨床ホールド)を受けましたが、英国・カナダなど米国外での試験は継続されています[10]。新しいモダリティの全身投与では、予期せぬ安全性の懸念が生じるリスクが常に伴うため、有効性だけでなく長期の安全性の確認が承認の最大の要件となります。
症状をやわらげる治療の開発も前進
根本治療の登場を待つ間、症状を直接やわらげる治療の試験も後期段階に達しています。ミオトニアに対しては、Lupin社が1日1回投与のメキシレチン徐放性製剤を用いた第3相HERCULES試験を欧州・英国で進めています(DM1とDM2が対象)[12]。また、重い発達障害を伴う先天型・小児期発症型に対しては、AMO Pharma社のtideglusib(GSK3β阻害薬)が開発されてきました。第2/3相REACH-CDM試験では主要評価項目の達成には至りませんでしたが、より長期的な効果を見るため延長試験が継続されています[13]。
9. よくある誤解
誤解①「筋肉だけの病気でしょう?」
名前は「筋」ジストロフィーですが、命に関わる合併症の多くは心臓や呼吸器の障害です。とくに心伝導障害は自覚症状がなくても進むため、定期的な心電図が欠かせません。
誤解②「軽症なら遺伝の心配はいらない」
軽症でも、次の世代でリピートが伸びてより重い病型として生まれる「表現促進」があります。とくに女性では先天型のお子さんが生まれる可能性があり、遺伝カウンセリングが重要です。
誤解③「普通の遺伝子検査で分かる」
DM1はリピート伸長が原因のため、一般的なNGSパネルやエクソーム解析では確実に検出できません。リピート長を測る専用の検査(サザンブロット・rpPCR)が必要です。
誤解④「もう治療薬があるはず」
現時点で進行を止める承認薬はまだありません。ただしRNAを標的とする複数の新薬が第3相試験の大詰めにあり、近い将来に大きく状況が変わる可能性があります。
10. 臨床遺伝専門医からのメッセージ
よくある質問(FAQ)
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参考文献
- [1] Myotonic Dystrophy Type 1. GeneReviews®, NCBI Bookshelf. [NCBI Bookshelf NBK1165]
- [2] An Overview of Alternative Splicing Defects Implicated in Myotonic Dystrophy. PMC. [PMC7564762]
- [3] Application of CRISPR-Cas9-Mediated Genome Editing for the Treatment of Myotonic Dystrophy Type 1. PMC. [PMC7704741]
- [4] Therapeutic Strategies Targeting the Molecular Pathogenesis of Myotonic Dystrophy Type 1: Current Status and Future Directions. PubMed. [PubMed 41996006]
- [5] Multisystem Symptoms in Myotonic Dystrophy Type 1: A Management and Therapeutic Perspective. PMC. [PMC12155408]
- [6] Consensus-based Care Recommendations for Adults With Myotonic Dystrophy Type 1. Neurology: Clinical Practice. [Neurology CPJ]
- [7] Avidity Biosciences Announces Completion of Enrollment for HARBOR, the First Global Phase 3 Trial of Del-desiran for DM1. PR Newswire. 2025. [PR Newswire]
- [8] The New England Journal of Medicine Publishes Results from Phase 1/2 MARINA Trial of Del-desiran for Myotonic Dystrophy Type 1. PR Newswire. 2026. [PR Newswire]
- [9] Dyne Therapeutics Announces Initiation of Phase 3 HARMONIA Trial of Z-Basivarsen in Myotonic Dystrophy Type 1 (DM1). GlobeNewswire. 2026. [GlobeNewswire]
- [10] PepGen Announces Regulatory Updates on FREEDOM2 (Partial Clinical Hold). Business Wire. 2026. [Business Wire]
- [11] A Study to Investigate SAR446268, an AAV Vector-mediated Gene Therapy in Non-congenital DM1 (NCT06844214). ClinicalTrials.gov. [ClinicalTrials.gov]
- [12] The Efficacy and Safety of Once Daily Mexiletine PR in Patients With DM1 and DM2 (NCT06523400, HERCULES). ClinicalTrials.gov. [ClinicalTrials.gov]
- [13] Safety and Efficacy of Tideglusib in Congenital or Childhood Onset Myotonic Dystrophy (NCT05004129). ClinicalTrials.gov. [ClinicalTrials.gov]
- [14] Publications on ATX-01 and miR-23b in Myotonic Dystrophy Type 1. ARTHEx Biotech. [ARTHEx Biotech]



