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HANAC症候群(遺伝性血管障害・腎症・動脈瘤・筋痙攣症候群)とは?症状と原因を解説

仲田洋美 医師

この記事の監修:仲田洋美(臨床遺伝専門医)

のべ10万人以上の意思決定に伴走。国際医療誌『Medical Care Review APAC』『Global Woman Leader』の2誌で表紙を飾り、「Top Prenatal Testing Service in APAC 2025」に選出されるなど、世界基準の遺伝医療を提供。

HANAC症候群は、血管や腎臓・筋肉・眼の壁を裏打ちする「基底膜」の主材料であるIV型コラーゲンの設計図、COL4A1遺伝子のエクソン24・25に集中する特定のミスセンス変異によって起こる、全身の小さな血管がもろくなる稀な遺伝性の病気です。幼いころからの筋けいれんや原因不明の血尿、そしてほぼ全例にみられる網膜動脈の蛇行が、早期発見のいちばんの手がかりになります。

この記事でわかること
📖 読了時間:約15分
🧬 COL4A1遺伝子・基底膜・臨床遺伝
臨床遺伝専門医監修

Q. HANAC症候群とはどんな病気ですか?まず結論だけ知りたいです

A. COL4A1遺伝子の特定の場所(エクソン24・25)に起こるミスセンス変異が原因で、全身の細い血管がもろくなる稀な遺伝性疾患です。幼少期からの筋けいれん・血清CK高値・原因不明の血尿・網膜動脈の蛇行が特徴で、脳の小血管病や内頸動脈の動脈瘤を伴うこともあります。ただし命に関わる出血(くも膜下出血など)を起こすことは比較的少ないとされ、適切な管理で長く良好な状態を保てる方が多い病気です。

  • 疾患の定義 → OMIM 611773、Orphanet ORPHA:73229、世界で数家系のみ報告の超希少疾患
  • 原因 → COL4A1遺伝子のCB3[IV]ドメイン(エクソン24・25)に集中するグリシン置換のミスセンス変異
  • 主な症状 → 網膜動脈の蛇行(ほぼ100%)・小児期からの筋けいれん・血尿・脳の小血管病・内頸動脈瘤
  • 鑑別診断 → 孔脳症・CADASIL・多発性嚢胞腎(ADPKD)との違いを詳解
  • 管理の要 → 血液をサラサラにする薬を避ける・血圧管理・外傷予防が予後を守る鍵

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1. HANAC症候群とは:疾患の定義と歴史的背景

HANAC症候群(OMIM 611773)は、その名称が4つの主要な臨床的特徴の頭文字からつくられています。Hereditary Angiopathy(遺伝性血管障害)、with Nephropathy(腎症)、Aneurysms(動脈瘤)、and muscle Cramps(筋けいれん)——この組み合わせを取ってHANACと名づけられた、常染色体顕性(優性)遺伝の形をとる稀な全身性疾患です。日本語では「遺伝性血管障害・腎症・動脈瘤・筋痙攣症候群」と訳されます。

💡 用語解説:基底膜(きていまく)とは

血管や腎臓のろ過装置、皮膚、筋肉などの細胞のすぐ下に広がる、薄いシート状の「土台」のことです。細胞をしっかり支え、物質のやり取りを調整する役割を担っています。この土台の主な材料が「IV型コラーゲン」で、その設計図がCOL4A1遺伝子です。HANAC症候群は、この土台がもろくなることで全身の小さな血管に影響が及ぶため、「全身性の基底膜の病気(ベイサロパチー / Basalopathy)」という新しい疾患概念を確立するきっかけにもなりました。

国際的な希少疾患データベースであるOrphanetには「ORPHA:73229」として登録されています[2]。これまでに世界で詳細に報告された発症家系はごくわずかで、近年では筋けいれんを最初のサインとする日本人家系も報告され、臨床現場での認知度が急速に高まっています。

歴史的に重要なのは、HANAC症候群の原因となるCOL4A1遺伝子が、もともと胎児期・周産期の重い脳出血を伴う「孔脳症(こうのうしょう)」や、乳幼児期の片麻痺を引き起こす遺伝子として知られていた点です。ところが研究が進むと、同じCOL4A1遺伝子でも変異の「場所」と「種類」によって、まったく異なる病気が生じることが分かってきました。その中で、重い脳の破壊を伴わずに、脳の小血管病・内頸動脈の動脈瘤・腎臓・筋肉・眼の小血管の異常を特徴とする独立した症候群として整理されたのが、このHANAC症候群です[5]

2. 原因遺伝子COL4A1と分子病態メカニズム

HANAC症候群を理解するうえで核心となるのが、COL4A1遺伝子の「変異の集中する場所」と、それが引き起こすコラーゲンの構造変化です。詳しい遺伝子の働きはCOL4A1遺伝子のページでも解説していますが、ここでは病気との関係に絞ってお話しします。

💡 用語解説:COL4A1遺伝子とIV型コラーゲン

COL4A1は、第13番染色体の長い腕の先端(13q34)にある遺伝子で、52個のパーツ(エクソン)から成ります。この遺伝子はIV型コラーゲンのα1鎖という、基底膜の骨組みになるタンパク質をつくります。IV型コラーゲンは、2本のα1鎖と1本のα2鎖が3本より合わさった「三重らせん(トリプルヘリックス)」をつくり、それが網の目のようにつながって、丈夫な基底膜のネットワークを形成します。

変異の「極端な集中」——わずか30アミノ酸のCB3[IV]ドメイン

COL4A1関連疾患の多くは、三重らせん部分のグリシンというアミノ酸が別のアミノ酸に置き換わる変異が原因です。HANAC症候群でとても重要なのは、その変異が遺伝子全体にばらばらに散らばっているのではなく、エクソン24・25にコードされる「CB3[IV]ドメイン」と呼ばれる、わずか約30アミノ酸の狭い領域に集中している点です[3][5]

COL4A1(α1鎖)の構造と変異の集中部位

7S領域
三重らせんドメイン
CB3[IV]
(エクソン24・25)
三重らせんドメイン
NC1領域

HANAC症候群の変異は赤い「CB3[IV]ドメイン」に集中します。NC1領域付近の変異は孔脳症など脳に偏った病気を起こしやすく、変異の「場所」で病像が大きく変わります。

💡 用語解説:ミスセンス変異とグリシン置換

ミスセンス変異とは、DNAの文字が1つ変わることで、できあがるアミノ酸が別の種類に置き換わる変異です。三重らせんは「グリシン」という最も小さなアミノ酸が3つおきに並ぶことで、すき間なくきつくより合わさっています。ここに大きなアミノ酸が割り込むと、らせんが正しく折りたためず、基底膜の強度がガクッと落ちてしまうのです。

このCB3[IV]ドメインには、細胞がコラーゲンと接着するための受け皿「インテグリン」の結合部位が複数含まれています。そのため、ここに変異が起こると、基底膜が物理的にもろくなるだけでなく、細胞と土台のあいだの情報のやり取り(シグナル伝達)そのものが乱れます。この二重のダメージが、腎臓・筋肉・眼など全身のさまざまな臓器で小さな血管がもろくなる主なしくみと考えられています[5]

これまでに報告された代表的な病的変異には、エクソン24の c.1493G>T(p.Gly498Val)、エクソン25の c.1555G>A(p.Gly519Arg)、c.1583G>A(p.Gly528Glu)などがあります。とくに p.Gly498Val はマウスにも導入され、新生仔の腎臓のろ過バリアの異常から、成長後の「糸球体嚢胞性腎疾患」へと進む様子が再現されており、病気のしくみを裏づける重要な証拠となっています[8]

HANAC症候群におけるCOL4A1変異の構造的局在とインテグリン結合障害

IV型コラーゲンα1鎖の構造モデル。HANAC症候群の原因となるグリシン置換変異は、主要なインテグリン結合部位を含むCB3[IV]ドメイン(エクソン24・25)に集中しています。

3. 主な症状と特徴的なパラドックス

HANAC症候群の症状は、眼・筋肉・腎臓・脳と、全身の小さな血管に広がります。下のグラフは、どの症状がどのくらいの頻度でみられるかをまとめたものです。画像上は脳に広い病変があっても、実際にはほとんど症状が出ないという点が、この病気の大きな特徴(パラドックス)です。

HANAC症候群でみられる主な所見の頻度

網膜動脈の蛇行(眼)ほぼ100%
筋けいれん・血清CK高値(筋)ほぼ100%
脳小血管病(MRI所見・無症候)高頻度
顕微鏡的血尿・腎嚢胞(腎)高頻度
内頸動脈サイフォン部の動脈瘤(血管)約55%
症候性の出血性脳卒中

出典:Orphanet、GeneReviews、Plaisierら(2007・2010)の報告に基づく頻度の目安です[2][3][6]。「高頻度」は症例によりばらつきがあります。

眼:ほぼ全例にみられる「網膜動脈の蛇行」

HANAC症候群で最も診断価値が高い所見が、両目の網膜動脈の蛇行(じゃこう=うねうねと曲がりくねること)です。報告例ではほぼ全員に認められ、眼底検査をすればすぐに確認できます。ただし、曲がりくねった血管は外からの軽い衝撃や急な眼圧の上昇で出血しやすく、一時的な視力低下を招くことがあるため注意が必要です。このほか、先天性の白内障や、虹彩と角膜の発達異常であるアクセンフェルト・リーガー異常を合併することもあります。

💡 用語解説:網膜動脈の蛇行(じゃこう)

眼の奥(網膜)を走る細い動脈が、まっすぐではなく異常にねじれ、曲がりくねっている状態です。眼底検査で簡単に見つけられるため、原因不明の筋けいれんや血尿があるお子さん・若い方では、眼底をのぞくことがHANAC症候群を見つける最も手軽で強力な手がかりになります。

筋肉:幼少期から始まる筋けいれんと血清CKの上昇

名前の「C」にあたる筋けいれんは、多くの場合生後3年以内というとても早い時期から始まり、患者さんの生活の質に直接影響します。ふくらはぎだけでなく全身のいろいろな筋肉に起こり、運動中だけでなく安静時や睡眠中に突然起こることもあります。神経の診察や筋電図、筋生検はふつう正常ですが、血液検査で筋肉の酵素であるCK(クレアチンキナーゼ)が持続的に高い値を示すのがほぼ全例にみられる特徴です。これは、筋肉を包む基底膜がもろいために、日常の筋収縮で細胞膜に小さな傷がつき、CKが血液中にもれ出していることを示しています。

💡 用語解説:クレアチンキナーゼ(CK / CPK)

筋肉のなかにある酵素で、筋肉の細胞が傷つくと血液中に出てきます。血液検査で測れる身近な指標で、値が高ければ筋肉に何らかの負担や障害があるサインです。HANAC症候群では、はっきりした筋力低下がなくても、CKがじわじわと高い状態が続くことが手がかりになります。

2023年、日本のHaga・Takeguchiらは、3世代4名にわたって筋けいれんを示した日本人家系で、新しいCOL4A1変異(c.1538G>A、p.Gly513Asp、エクソン25)を同定し、原因不明だった家族性の筋けいれんが実はHANAC症候群の初期症状であったことを明らかにしました[7]筋けいれんは、重い脳血管の問題が起こるずっと前に病気を疑える、とても貴重なサインです。

仲田洋美院長

🩺 院長コラム【原因不明の筋けいれん+血尿を見たら、まず眼底を】

小さなお子さんの「原因不明の筋けいれん」と「健診で指摘された血尿」。この2つが重なっているとき、私が真っ先に思い浮かべる検査が眼底検査です。HANAC症候群では網膜動脈の蛇行がほぼ全例にみられるので、特別な装置がなくても、眼底をのぞくだけで診断が一気に近づくことがあります。

「ただのこむら返り」「体質的な血尿」と片づけられてしまうと、診断までに長い年月がかかってしまいます。筋けいれん・血尿・網膜の蛇行という組み合わせを知っているかどうか——それが、ご家族にとって大きな分かれ道になることを、現場で何度も感じてきました。

脳:無症候性の小血管病と、内頸動脈の動脈瘤

頭部MRIを撮ると、多くの方で大脳白質の病変・血管周囲腔の拡大・小さなラクナ梗塞や微小出血といった「脳小血管病(CSVD)」の所見が広く認められます。ところが驚くべきことに、これらの脳病変はほとんど症状を起こしません。14名を追跡した研究でも、明らかな脳卒中症状を呈したのはわずか2名にとどまりました[6]。孔脳症など他のCOL4A1関連疾患でみられる重い片麻痺や知的障害、重症てんかんは、HANAC症候群では通常みられません。

💡 用語解説:内頸動脈サイフォン部の動脈瘤

脳に血液を送る太い「内頸動脈」は、頭蓋骨に入った直後にS字に大きく曲がります。この曲がり角(サイフォン部)には、心臓から送られる強い血流がまともにぶつかり続けます。もろくなった血管壁がこの力に耐えきれず、こぶ状にふくらんだものが動脈瘤です。HANAC症候群では患者さんの約55%にこの部位の動脈瘤がみられますが、一般的な脳動脈瘤に比べて破裂する危険は低いとされ、多くは無症状のまま経過します。

腎臓:血尿と腎嚢胞——でも腎臓は大きくならない

名前の「N」にあたる腎症は、高血圧やタンパク尿を伴わない「単独の顕微鏡的血尿」として、しばしば幼児期から現れます。両側の腎臓に多発性の嚢胞ができることもありますが、ここに重要な見分けポイントがあります。代表的な遺伝性嚢胞腎であるADPKD(多発性嚢胞腎)では腎臓全体が巨大化するのに対し、HANAC症候群では嚢胞があっても腎臓全体のサイズは正常範囲に保たれるのです。腎機能は加齢とともにゆっくり低下することがありますが、透析が必要な末期腎不全に至ることは非常に稀とされています[3]

👁️ 眼の所見

  • 網膜動脈の蛇行:ほぼ100%
  • 先天性白内障・アクセンフェルト・リーガー異常
  • 眼内出血による一時的な視力低下のリスク

🧠 脳・血管の所見

  • 脳小血管病(MRI所見):高頻度・無症候
  • 内頸動脈サイフォン部の動脈瘤:約55%
  • 症候性の出血性脳卒中:

💪 筋肉の所見

  • 幼少期からの筋けいれん:ほぼ100%
  • 血清CKの持続的な上昇:ほぼ全例
  • はっきりした筋力低下・筋萎縮はないことが多い

🫘 腎臓・その他

  • 顕微鏡的血尿・両側の腎嚢胞(腎容積は正常)
  • レイノー現象(寒冷時の指先の色調変化)
  • まれに不整脈・肺出血の報告

4. 鑑別診断:似ているけれど違う病気たち

HANAC症候群は、ほかの遺伝性血管病・白質脳症・遺伝性腎疾患と症状が一部重なります。とくに脳の小血管病や腎嚢胞は他疾患でもみられるため、慎重な見分けが必要です。次の3点を押さえると鑑別がぐっと楽になります。

孔脳症(COL4A1/A2関連)との違い

違いの本質:同じCOL4A1遺伝子でも、孔脳症はNC1ドメイン付近の変異が中心。胎児期・周産期の重い脳出血と空洞形成、片麻痺、重症てんかんを伴います。

HANACでは:重い脳破壊は通常みられず、変異がCB3[IV]ドメインに集中します。

CADASILとの違い

注意点:NOTCH3遺伝子による脳小血管病で、若年からの片頭痛・反復する脳卒中・進行性の認知症が特徴。白質病変が側頭葉の先端に及ぶのが典型です。

鑑別の鍵:HANACは側頭葉が保たれやすく、腎嚢胞・筋けいれんを伴う点で区別されます。

多発性嚢胞腎(ADPKD)との違い

決め手:ADPKDは腎臓全体が巨大化し、末期腎不全に進みやすい。脳動脈瘤はウィリス動脈輪全体に広く生じます。

HANACでは:腎容積は正常で、動脈瘤は内頸動脈サイフォン部に偏ります。

アルポート症候群・菲薄基底膜病との違い

注意点:COL4A3/A4/A5の異常による腎臓中心の病気で、持続する血尿・進行性腎不全・感音難聴を伴うことがあります。

鑑別の鍵:HANACに特徴的な筋けいれんと網膜動脈蛇行は通常みられません。

なかでも「小児期からの筋けいれん+網膜動脈の蛇行」という組み合わせは、他の疾患にはみられないHANAC症候群に特有のマーカーです。この2つに気づけるかどうかが、正しい診断への近道になります。

5. 診断の進め方と遺伝子検査

HANAC症候群は全身の臓器に症状が出るため、内科・脳神経外科・眼科・遺伝診療科にまたがる連携が大切です。次のような所見が複数そろったとき、本疾患を強く疑います。

💡 HANAC症候群を疑うべき所見の組み合わせ

  • 小児期から続く原因不明の筋けいれんと、持続的な血清CKの軽度〜中等度上昇
  • 眼科検診などで偶然見つかった両側性の網膜動脈の蛇行
  • 高血圧やタンパク尿を伴わない血尿、または腎臓が大きくならない両側性の腎嚢胞
  • 頭痛の検査などで偶然見つかった、年齢に不相応で無症候性の広い白質病変

基本となる検査(ベースライン評価)

疑われた場合は、全体像の把握と隠れた合併症の予防のために、次の評価を行います。脳のMRIに加えて、内頸動脈サイフォン部の動脈瘤を見つけるためのMRA(磁気共鳴血管造影)または造影CT血管造影が強くすすめられます。あわせて、散瞳下の眼底検査(網膜動脈蛇行・白内障・緑内障の確認)、腹部の超音波またはCT(腎嚢胞・腎容積)、血清クレアチニン・推算GFR・尿検査、心電図、そして血清CKの測定を行います。

確定診断:COL4A1遺伝子の解析

💡 用語解説:シーケンス解析とマルチジーンパネル

シーケンス解析とは、遺伝子の文字配列を読み取って変異を探す検査です。HANAC症候群では、COL4A1のエクソン24・25(CB3[IV]領域)を調べることで、ミスセンス変異のほぼ100%を見つけられます。一方、似た症状を示す他の病気(CADASIL・多発性嚢胞腎など)も一度に調べたいときは、複数の遺伝子をまとめて解析するマルチジーンパネル検査が役立ちます。なお、HANAC症候群では大きな欠失や重複はこれまで報告がないため、染色体マイクロアレイの診断的価値は低いとされています。

最終的な確定診断は、血液などからCOL4A1遺伝子のヘテロ接合性病的変異を同定して行います。検査の解釈には、その変異がCB3[IV]領域に該当するかどうかの専門的な評価が欠かせないため、臨床遺伝専門医とともに進めることが大切です。

出生後の検査と出生前の検査は、分けて考えます

「診断=出生前」という誤解を避けるため、生まれた後の検査と、妊娠中の検査は区別してご説明します。

【出生後】発症されているご本人やご家族の確定診断には、血液などを用いた遺伝子解析を行います。COL4A1は、ミネルバクリニックの結合組織疾患NGSパネル検査や、眼の発生異常を網羅する小眼球症・無眼球症・眼球コロボーマ遺伝子パネル検査に含まれています。検査メニューの詳細は遺伝子検査トップをご覧ください。

【出生前】家系内で原因となるCOL4A1変異がすでに分かっている場合は、羊水検査・絨毛検査による出生前遺伝子診断が技術的に可能です。COL4A1は、出生前に多くの単一遺伝子疾患を調べるNIPTインペリアルプランの対象遺伝子にも含まれています。ただし出生前診断を実際に行うかどうかは、後述するとおり慎重な対話のうえで決めるべきテーマです。

6. 治療と長期管理:予防がいちばんの治療です

現在のところ、もろくなった基底膜そのものを根本から修復する治療法はありません[3]。そのため管理の中心は、命に関わる合併症をしっかり予防することと、症状に応じた対症療法、そして遺伝カウンセリングになります。とくに次の4つの生活管理が重要です。

🩸 血液をサラサラにする薬は原則さける

どうしても必要な医学的理由がない限り、抗凝固薬(ワルファリン・DOAC)や抗血小板薬(アスピリンなど)は避けます。報告された数少ない脳出血の多くは、これらの薬の使用中に起きた軽い頭部外傷がきっかけでした。

📉 血圧をきちんと管理する

慢性的な高血圧は、微小出血を誘発し、動脈瘤を大きくする最大のリスクです。降圧薬などで血圧を正常範囲に保つことが、脳卒中リスクを下げる最も重要な予防策になります。

🛡️ 頭や眼への外傷をさける

頭に衝撃が加わるコンタクトスポーツ(ラグビー・ボクシング・柔道など)や、強くいきむ激しい肉体労働は避けます。軽い眼の打撲でも、蛇行した網膜動脈の破裂による眼内出血を招くことがあります。

🚭 禁煙する

ニコチンによる血管の収縮や血管内皮の障害を防ぎ、脳卒中リスクを最小にするために、禁煙が望まれます。受動喫煙にも注意しましょう。

症状ごとの対応としては、筋けいれんには特効薬はなく、まずはストレッチ・マッサージ・適切な水分とミネラル補給といった保存的ケアが中心です。無症候性の動脈瘤は定期的なMRAでサイズと形をモニタリングし、直径が10mmを超える場合や明らかに増大する場合に、血管の脆弱性を踏まえつつ脳神経外科医と治療を相談します。腎臓はタンパク尿の出現に注意し、出た場合はACE阻害薬やARBによる腎保護を検討します。眼科的な合併症(白内障・緑内障)や症候性の不整脈も、それぞれ専門的に管理していきます。

7. 遺伝カウンセリングの意義

💡 用語解説:常染色体顕性(優性)遺伝と新生突然変異

常染色体顕性(優性)遺伝とは、2本ある染色体のうちどちらか1本に変異があるだけで症状が現れる遺伝の形です。親から子へ受け継がれる確率は理論上50%です。一方で、両親には変異がなく、子どもで初めて生じる変異を新生突然変異(de novo変異)といいます。HANAC症候群でも、報告例の少なくとも27%は新生突然変異によると推定されています[2]

確定診断後は、ご家族への丁寧な遺伝カウンセリングが大切になります。再発リスク(次のお子さんやご本人のお子さんへの遺伝確率)、無症候性に経過することの多い病気であることの説明、そして羊水検査・絨毛検査などの出生前診断の選択肢について、情報を整理してお伝えします。遺伝カウンセリングとは何かもあわせてご参照ください。

ここで大切にしたいのは、HANAC症候群は胎児期に致死的な脳障害を伴わない、比較的穏やかで管理可能な病気であるという点です。だからこそ、出生前に見つけることが常に利益になるとは限りません。医師はあくまで中立な情報提供者の立場に徹し、特定の検査をすすめたり、安心を保証したり、不安をあおったりすることなく、最終的な判断はご家族にゆだねるという姿勢を貫きます。

8. よくある誤解

誤解①「COL4A1変異=孔脳症」

同じ遺伝子でも変異の場所で病気は変わります。CB3[IV]ドメイン(エクソン24・25)の変異はHANAC症候群を起こし、重い脳破壊を伴う孔脳症とは別の経過をたどります。

誤解②「動脈瘤があるから必ず破裂する」

HANAC症候群の内頸動脈瘤は、一般的な脳動脈瘤より破裂リスクが低いとされ、多くは無症状で経過します。過度に恐れる必要はありませんが、定期的なモニタリングは続けます。

誤解③「腎嚢胞があるからADPKDだ」

腎嚢胞があってもHANACでは腎臓全体のサイズは正常範囲に保たれます。腎臓が巨大化するADPKDとは異なり、末期腎不全に至ることは稀です。

誤解④「子どもの筋けいれんはただの体質」

幼少期から続く原因不明の筋けいれんは、HANAC症候群の最初のサインのことがあります。「体質」と片づけず、血尿や網膜動脈の蛇行がないか確認することが診断への近道です。

9. 臨床遺伝専門医からのメッセージ

仲田洋美院長

🩺 院長コラム【早期診断は「悲観の宣告」ではなく「予防のチャンス」】

HANAC症候群と聞くと、「動脈瘤」「脳小血管病」という言葉から、つい重い病気を想像してしまうかもしれません。けれど実際には、命に関わる出血を起こすことは比較的少なく、血圧管理・抗凝固薬の回避・外傷の予防を生涯にわたって続けることで、高い生活の質を長く保てる方が多い病気です。

日本人家系を報告したHagaらも、早期に気づくことが抗凝固薬の回避など適切な管理につながり、長期の予後を大きく改善すると述べています。早期診断は決して悲観の宣告ではなく、後年の脳卒中や動脈瘤破裂といった出来事を未然に防ぐための「準備の機会」です。だからこそ、筋けいれんや網膜動脈の蛇行という小さなサインを見逃さないでほしいと願っています。

よくある質問(FAQ)

Q1. HANAC症候群は遺伝しますか?

常染色体顕性(優性)遺伝の疾患で、ご本人がお子さんに変異を受け継ぐ確率は理論上50%です。一方で、報告例の少なくとも27%は両親に変異のない新生突然変異(de novo変異)によるものと推定されており、家族歴がない散発例でも症状が合えば診断は除外できません。次のお子さんの出生前診断については、臨床遺伝専門医へのご相談をおすすめします。

Q2. 筋けいれんはどんな特徴がありますか?

多くは生後3年以内というとても早い時期から始まります。ふくらはぎだけでなく全身のさまざまな筋肉に起こり、運動中だけでなく安静時や睡眠中に突然生じることもあります。神経の診察や筋電図はふつう正常ですが、血液検査で筋肉の酵素CK(クレアチンキナーゼ)が持続的に高いことがほぼ全例にみられます。日本人家系の報告では、ストレッチで和らがず、激しい痛みが急に起こるという特徴も報告されています。

Q3. どのように診断されますか?

筋けいれん・血清CK高値・網膜動脈の蛇行・血尿・脳のMRI所見などの組み合わせから臨床的に疑い、COL4A1遺伝子のシーケンス解析でエクソン24・25(CB3[IV]領域)の病的変異を同定して確定します。似た症状の他疾患も同時に調べたい場合は、複数遺伝子を一度に解析するマルチジーンパネル検査が有用です。HANAC症候群では大きな欠失・重複の報告がないため、染色体マイクロアレイの優先度は低めです。

Q4. 脳動脈瘤があると言われました。破裂しますか?

HANAC症候群でみられる内頸動脈サイフォン部の動脈瘤は、一般的な脳動脈瘤に比べて破裂してくも膜下出血を起こすリスクが低いとされ、多くは生涯にわたり無症状で経過します。ただし定期的なMRAによるサイズと形のモニタリングは続け、直径が10mmを超える場合や明らかに増大する場合は、脳神経外科医と治療の必要性を相談します。

Q5. 血液をサラサラにする薬は飲んでも大丈夫ですか?

どうしても必要な医学的理由がない限り、抗凝固薬(ワルファリン・DOAC)や抗血小板薬(アスピリンなど)は避けることがすすめられます。報告された数少ない脳出血の多くは、抗凝固療法中に起きた軽い頭部外傷がきっかけでした。すでにこれらの薬を使っている方は、自己判断で中止せず、必ず主治医にHANAC症候群であることを伝えて相談してください。

Q6. 多発性嚢胞腎(ADPKD)とどう違いますか?

最大の違いは腎臓の大きさです。ADPKDでは嚢胞が増えて腎臓全体が巨大化し、末期腎不全に進みやすいのに対し、HANAC症候群では嚢胞があっても腎臓全体のサイズは正常範囲に保たれます。また脳動脈瘤の発生部位も、ADPKDが脳の血管の分かれ目に広く生じるのに対し、HANACは内頸動脈サイフォン部に偏ります。さらに小児期からの筋けいれんと網膜動脈の蛇行は、ADPKDにはみられないHANAC特有のサインです。

Q7. 出生前に診断できますか?

家系内で原因となるCOL4A1変異がすでに分かっている場合は、羊水検査・絨毛検査による出生前遺伝子診断が技術的に可能です。ただしHANAC症候群は比較的穏やかで管理できる病気であり、出生前に調べることが常に利益になるとは限りません。検査を受けるかどうかは、遺伝の専門家チームとの中立的な対話のうえで、ご家族が決められるテーマです。

Q8. 子どもに原因不明の筋けいれんがあります。何科に相談すればよいですか?

まずは小児科・小児神経科にご相談ください。あわせて、眼底検査で網膜動脈の蛇行がないか、尿検査で血尿がないか、血液検査でCKが高くないかを確認すると、HANAC症候群を含む診断の方向性が見えてきます。これらが重なる場合や、遺伝が心配な場合は、臨床遺伝専門医のいる医療機関での遺伝相談・遺伝子検査が役立ちます。

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参考文献

  • [1] OMIM #611773. Hereditary Angiopathy with Nephropathy, Aneurysms, and Muscle Cramps (HANAC). Johns Hopkins University. [OMIM]
  • [2] Orphanet. HANAC syndrome. ORPHA:73229. [Orphanet]
  • [3] Kuo DS, et al. COL4A1-Related Disorders. GeneReviews®. University of Washington. [NCBI Bookshelf]
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仲田洋美 医師(臨床遺伝専門医)

この記事の監修・執筆者:仲田 洋美

(臨床遺伝専門医/がん薬物療法専門医/総合内科専門医)

ミネルバクリニック院長。1995年に医師免許を取得後、 臨床遺伝学・内科学・腫瘍学を軸に診療を続けてきました。 のべ10万人以上のご家族の意思決定と向き合ってきた臨床遺伝専門医です。

出生前診断(NIPT・確定検査・遺伝カウンセリング)においては、 検査結果の数値そのものだけでなく、 「結果をどう受け止め、どう生きるか」までを医療の責任と捉え、 一貫した遺伝カウンセリングと医学的支援を行っています。

ハイティーンの時期にベルギーで過ごし、 日本人として異文化の中で生活した経験があります。 価値観や宗教観、医療への向き合い方が国や文化によって異なることを体感しました。 この経験は現在の診療においても、 「医学的に正しいこと」と「その人にとって受け止められること」の両立を考える姿勢の基盤となっています。

また、初めての妊娠・出産で一卵性双生児を妊娠し、 36週6日で一人を死産した経験があります。 その出来事は、妊娠・出産が女性の心身に与える影響の大きさ、 そして「トラウマ」となり得る体験の重みを深く考える契機となりました。 現在は、女性を妊娠・出産のトラウマから守る医療を使命の一つとし、 出生前診断や遺伝カウンセリングに取り組んでいます。

出生前診断は単なる検査ではなく、 家族の未来に関わる重要な意思決定です。 年齢や統計だけで判断するのではなく、 医学的根拠と心理的支援の両面から、 ご家族が後悔の少ない選択をできるよう伴走することを大切にしています。

日本人類遺伝学会認定 臨床遺伝専門医/日本内科学会認定 総合内科専門医/ 日本臨床腫瘍学会認定 がん薬物療法専門医。 2025年には APAC地域における出生前検査分野のリーダーとして国際的評価を受け、 複数の海外メディア・専門誌で特集掲載されました。

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