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ZFP57遺伝子とは?ゲノムインプリンティングを守り、新生児糖尿病にも関わる遺伝子をやさしく解説

仲田洋美 医師

この記事の監修:仲田洋美(臨床遺伝専門医)

のべ10万人以上の意思決定に伴走。国際医療誌『Medical Care Review APAC』『Global Woman Leader』の2誌で表紙を飾り、「Top Prenatal Testing Service in APAC 2025」に選出されるなど、世界基準の遺伝医療を提供。

ZFP57(ゼットエフピー・ゴーナナ)は、私たちが両親から受け継ぐ遺伝情報に付けられた「どちらの親から来たか」を示す目印(ゲノムインプリンティング)を、生命のいちばん最初の時期に守り抜く遺伝子です。受精直後の胚では、ゲノム全体の目印がいったん大きく消されて書き直されますが、その激しい波の中でも消してはいけない目印を、ZFP57が見張り役として保護します。この見張りがうまく働かないと、生後まもなく発症する一過性新生児糖尿病1型(TNDM1)などのインプリンティング異常症が起こります。本記事では、ZFP57の構造から分子のしくみ、進化、病気との関わり、最新のエピゲノム編集への応用までを、臨床遺伝専門医がやさしく解説します。

この記事でわかること
📖 読了時間:約16分
🧬 ゲノムインプリンティング・エピジェネティクス
臨床遺伝専門医監修

Q. ZFP57遺伝子とは、ひとことで言うと何をする遺伝子ですか?

A. ZFP57は、受精直後の胚で「親から受け継いだ遺伝子の目印(ゲノムインプリンティング)」が消えないように守る見張り役のタンパク質をつくる遺伝子です。メチル化という化学修飾の付いた特定のDNA配列を見分けて結合し、目印を維持する分子チームを呼び込みます。両方のコピー(アレル)で働きが失われると、生後まもなく発症する一過性新生児糖尿病1型(TNDM1)などの原因になります。

  • ZFP57の正体 → 6番染色体にあるKRABジンクフィンガー型の転写抑制因子
  • 認識のしくみ → メチル化された5′-TGCCGC-3’という配列だけを見分けて結合する
  • 分子チーム → KAP1(TRIM28)を介してDNMTやSETDB1を呼び込みヘテロクロマチン化
  • 守る対象 → 親由来の目印(インプリント)を激しい脱メチル化の波から保護する
  • 病気との関係 → 両アレルの機能喪失でTNDM1、広範な異常で多座位インプリンティング異常症(MLID)

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1. ZFP57遺伝子とは:ゲノムの記憶を守る見張り役

ZFP57は、ヒトの6番染色体の短腕(6p22.1)に位置する遺伝子で、約8.5キロベース・6つのエキソンから構成されます[1]。学術データベースではZNF698・C6orf40・TNDM1などの別名で参照されることもあります。この遺伝子がつくるタンパク質は、細胞の核の中で特定のDNA配列に結合し、その近くの遺伝子の働きを「オフ」にする転写抑制因子(リプレッサー)です。

ZFP57の最大の仕事は、ゲノムインプリンティングの「維持」です。受精直後の胚は、細胞が体のどんな組織にもなれる能力(全能性)を取り戻すために、ゲノム全体に付いていた化学的な目印(DNAメチル化)をいったん大規模に消去します。ところが、親から受け継いだ目印の中には、消してしまうと病気の原因になる「消してはいけない目印」が存在します。ZFP57は、この激しい消去の波の中でも特定の目印を見つけ出して保護し、次の世代の細胞へ正確に伝える役目を担っています。

💡 用語解説:ゲノムインプリンティング(刷り込み)

ふつう遺伝子は父由来・母由来の2つのコピーが両方とも働きます。ところが一部の遺伝子は、「父から来たコピーだけ」または「母から来たコピーだけ」が働くように、あらかじめ目印が付けられています。この「親のどちらから来たか」を区別するしくみがゲノムインプリンティングで、目印の正体は主にDNAメチル化です。目印が狂うと、プラダー・ウィリー症候群やTNDM1などの病気が起こります。くわしくはゲノムインプリンティングの解説ページをご覧ください。

項目 ZFP57の基本情報
遺伝子記号 ZFP57(別名:ZNF698、C6orf40、TNDM1)
染色体位置 6番染色体短腕 6p22.1(約8.5kb・6エキソン)
タンパク質 約516アミノ酸・分子量およそ52kDa(ヒト)[1]
主要ドメイン KRABドメイン+7個のC2H2型ジンクフィンガー
分子機能 メチル化DNAに結合する転写抑制因子
認識配列 メチル化された5′-TGCCGC-3′
関連疾患 一過性新生児糖尿病1型(TNDM1)・多座位インプリンティング異常症(MLID)

2. タンパク質の構造:メチル化された配列だけを見分けるしくみ

ZFP57タンパク質は、大きく2つの部品からできています。N末端側のKRABドメインと、C末端側に並ぶ7個のC2H2型ジンクフィンガーです。KRABドメインは強力な抑制チームを呼び込む「足場」、ジンクフィンガーは標的のDNA配列をつかむ「手」の役割を分担しています。

💡 用語解説:ジンクフィンガーとKRABドメイン

ジンクフィンガーは、亜鉛イオンを抱え込むことで安定する「指」のような小さな構造で、DNAの特定の文字並びを認識してつかみます。複数の指が並ぶことで、長い配列を正確に読み取れます。くわしくはDNA結合ドメインの解説ページへ。

KRABドメインは、ジンクフィンガーをもつタンパク質の多くが共通してもつ「抑制スイッチ」部分です。標的に到着すると、遺伝子を黙らせる酵素のチームを引き寄せる足場として働きます。

ZFP57のもっとも際立った特徴は、ただDNAをつかむのではなく、「メチル化された5′-TGCCGC-3’」という6文字の配列だけを厳密に見分けて結合する点です[2]。同じTGCCGCでも、メチル基という目印が付いていなければ結合しません。この巧妙な見分けは、主に中央付近の2本のジンクフィンガー(ヒトとマウスで保存されたZF3とZF4)が担い、ZF3が配列の前半(TGC)を、ZF4が後半(CGC)を読み取ることで、メチル化されたDNAにしっかり結合します。

このDNA結合領域の重要性は、病気を起こす変異の位置からも裏づけられます。TNDM1の患者さんで見つかるミスセンス変異の多くは、このジンクフィンガー領域に集中しており、配列を読み取る能力そのものを壊してしまいます。

💡 用語解説:ミスセンス変異とは

DNAの1文字が別の文字に変わった結果、タンパク質を構成するアミノ酸が1つ別のものに置き換わる変異です。置き換わる場所が「機能の急所」だと、タンパク質の働きが大きく損なわれます。ZFP57の場合、DNAをつかむジンクフィンガーの急所でミスセンス変異が起きると、目印を読み取れなくなり、インプリント維持が破綻します。

3. 分子メカニズム:KAP1を中心とした抑制チーム

ZFP57はひとりで遺伝子を黙らせているわけではありません。メチル化されたTGCCGCに結合したあと、KRABドメインを使って巨大な抑制チームを目的の場所へ案内する司令塔として働きます。最初に呼び込む相手が、足場タンパク質のKAP1(別名TRIM28、TIF1β)です[2]。KAP1自身はDNAに直接くっつけませんが、ZFP57のKRABドメインと結合することで、インプリント制御領域へ正確に連れて来られます。

到着したKAP1は、さらに2つの方向で下流の酵素を引き寄せます。ひとつはDNAメチル化酵素(DNMT3A・DNMT3B、そして維持型のDNMT1)で、細胞分裂のあともDNAの目印が正確にコピーされる土台をつくります[3]。もうひとつはヒストンメチル化酵素SETDB1で、DNAを巻き取っているヒストンというタンパク質に「H3K9me3」という強い抑制の目印を付けます[2]

ZFP57によるインプリント領域の保護メカニズム = メチル化されたCpG T G C C G C(DNA) ZFP57 KRABジンクフィンガー KAP1(TRIM28) 足場タンパク質 DNMT3A/3B・DNMT1 DNAメチル化を維持する SETDB1 H3K9me3を付加する ヘテロクロマチン化 → インプリントを保護 (標的遺伝子のサイレンシング)

ZFP57はメチル化TGCCGCを認識して結合し、KAP1を介してDNAメチル化酵素とヒストンメチル化酵素SETDB1を呼び込む。DNAメチル化とH3K9me3が積み重なることで、その領域は固く凝縮したヘテロクロマチンとなり、親由来の目印が安定して保たれる。

こうして付与されたH3K9me3は、ヘテロクロマチンプロテイン1(HP1)を呼び寄せ、その領域を固く凝縮した「ヘテロクロマチン」へと移行させます。さらにこの複合体は、複製直後のDNAに目印を写し取るUHRF1(NP95)とも連携し、ヒストン修飾とDNAメチル化という2つの抑制システムを強く結びつけています。胚性幹細胞を使った実験では、Zfp57が欠損すると、すべてのインプリント領域でこの抑制の目印が失われ、急速で後戻りできない脱メチル化が起こることが確認されています[2]

💡 用語解説:ヘテロクロマチンとH3K9me3

DNAは核の中でヒストンというタンパク質に巻き付いて収納されています。この巻き取りがゆるい部分は遺伝子が読まれやすく(ユークロマチン)、固く凝縮した部分は遺伝子が読まれにくくなります(ヘテロクロマチン)。ヒストンH3の9番目のアミノ酸に3つのメチル基が付いた「H3K9me3」は、この固い状態をつくる代表的な目印です。ZFP57はこの目印を呼び込むことで、特定の領域を確実にオフのまま保ちます。

4. インプリンティング維持の役割:母と受精卵の二重の働き

ZFP57は、「母性・接合子エフェクト」を示す代表的な遺伝子です[4]。これは、受精前の卵子の中で働くZFP57と、受精後に胚自身がつくるZFP57の両方が正常な発生に必要であることを意味します。

💡 用語解説:母性・接合子エフェクト

「母性エフェクト」は、お母さんの卵子にあらかじめ蓄えられたタンパク質が、受精後の発生を支えるしくみです。「接合子エフェクト」は、受精卵(接合子)自身の遺伝子から新しくつくられるタンパク質の働きです。ZFP57はその両方が必要で、卵子での目印の確立と、受精後の目印の維持の二段構えで遺伝情報を守ります。

ノックアウトマウスを使った研究では、母親の卵子でZFP57が失われると、SNRPNなど特定の領域で母由来の目印の付与に失敗することが示されました[4]。ところが興味深いことに、その卵子から発生した胚でも、受精のときに父親由来の正常なZFP57が持ち込まれて働き始めると、いったん失敗していた母由来の目印があとから取り戻される現象が見つかりました。これは、DNAメチル化そのものが失われても、ZFP57が目印を付け直すための「メチル化に依存しない記憶」がその場所に残っていることを示唆しています。

さらに近年の網羅的解析では、Zfp57の機能喪失が胚の性別によって異なる影響を与えるという性差(性的二型性)も報告されています。Rasgrf1など一部の領域では、メスよりオスの変異胚のほうがメチル化の喪失が強い一方、他の領域では雌雄で差がないことが示されており、初期胚のエピジェネティック制御に未知の性別特異的なネットワークが介在している可能性が指摘されています[8]

5. 進化:ヒトとマウスで入れ替わる「主役」

インプリンティングの維持は生命の根幹に関わるしくみですが、その中心を担う遺伝子は、進化の過程で種ごとに大きく入れ替わってきました。研究から、インプリンティング維持のもっとも古い因子はZFP57ではなくZNF445(ZFP445)だったと強く示唆されています[5]

ヒトでは、ZNF445が初期胚におけるインプリンティング維持の「最も主要な因子」の地位を保っています。一方ZFP57は、SNRPN座など特定の領域では必須ですが、全体としてはZNF445を補完する立場にあります。ところがマウスではこの力関係が逆転し、ZFP57がほとんどすべてのインプリント領域の維持を担う主導的な役割を獲得しています[5]。この「ヒトとマウスで主役が入れ替わる」という事実は、マウスの実験結果をそのままヒトに当てはめる際に注意が必要であることを示す、重要なポイントでもあります。

主要な維持因子 ZFP57の位置づけ
ヒト ZNF445が最主要 ZNF445を補完。SNRPN座などで必須
マウス ZFP57が支配的 ほぼ全領域の維持を担う主導因子
仲田洋美院長

🩺 院長コラム【「マウスで分かったこと」をヒトに翻訳する難しさ】

臨床遺伝専門医として文献を読み解くとき、私がいつも気をつけているのが「その知見はマウスの話か、ヒトの話か」という一点です。ZFP57はまさにその好例で、マウスでは主役級でも、ヒトではZNF445が前面に立ちます。教科書的な分子モデルが美しくても、ヒトの患者さんの臨床像にそのまま当てはまるとは限りません。

出生前診断や妊娠前の遺伝カウンセリングでご家族とお話しするとき、私は「動物実験の段階の話」と「ヒトで確立した話」を必ず区別してお伝えするようにしています。希望を持っていただくことと、不確かなことを断定しないことの両立——これは、最新の分子生物学を実際の意思決定に橋渡しするうえで、いちばん大切にしている姿勢です。

6. 臨床的意義:一過性新生児糖尿病(TNDM1)とMLID

ZFP57の働きが両方のコピーで失われると、ヒトでは一過性新生児糖尿病1型(TNDM1)を中心とする病気が起こります[13]TNDM1は、生後6週以内に高血糖で発症し、多くは生後18か月(中央値で約3か月)までにいったん自然に落ち着くという特徴的な経過をたどります。ただし寛解後もインスリン分泌の予備力が低く、思春期や妊娠を契機に再発しやすい点に注意が必要です。

TNDM1の根本的な原因は、6番染色体長腕(6q24)にあるインプリント遺伝子PLAGL1(ZAC1)とHYMAIの過剰発現です。正常では母由来の6q24領域がメチル化で抑えられ、父由来からのみ発現していますが、このバランスが崩れると遺伝子が過剰に働きます。原因となるしくみは大きく3つに分かれます。

しくみ 内容 ZFP57の関与
父性UPD(6) 6番染色体を2本とも父から受け継ぐ なし
父性領域の重複 父由来6q24領域が重複している なし
母性メチル化喪失(LOM) 母由来の目印が保てず両方から発現 あり(LOM症例の約半数)

3つ目の母性メチル化喪失(LOM)こそが、ZFP57変異が関わるしくみです。両方のアレルでZFP57の働きが失われた胚は、受精直後のリプログラミングの波の中で6q24の母由来の目印を保護できず、結果としてPLAGL1/HYMAIが過剰に働いてTNDM1を発症します[13]

💡 用語解説:常染色体潜性(劣性)遺伝と複合ヘテロ接合

ZFP57が原因のTNDM1(LOM型)は常染色体潜性遺伝(劣性遺伝)の形をとります。これは、父由来・母由来の両方のコピーで変異がそろって初めて発症するタイプです。両方が同じ変異なら「ホモ接合」、別々の変異なら「複合ヘテロ接合」と呼びます。ご両親が一方ずつ変異をもつ保因者の場合、次のお子さんにも4分の1(25%)の確率で同じ症状が起こりえます。接合の考え方はヘテロ接合体の解説ページもご参照ください。

ZFP57変異の臨床的に重要な点は、影響が6q24だけにとどまらないことです。ZFP57は全ゲノムに散らばる多数のインプリント領域を標的にしているため、変異患者の半数以上では、6q24以外の領域でもメチル化異常が同時に起こります。この広範な異常を多座位インプリンティング異常症(MLID)と呼びます[6]。MLIDを合併するZFP57変異患者では、糖尿病に加えて、子宮内発育遅延(IUGR)・巨舌・先天性心疾患・発達の遅れなどを高い頻度で伴うことが知られています[7]。失われる領域の組み合わせは患者ごとに不均一で、結果としてベックウィズ・ヴィーデマン症候群やシルバー・ラッセル症候群に近い像を示すこともあり、診断が一筋縄ではいかない例が報告されています。

補足:MLIDの原因には、ZFP57以外にも母親の卵子側の因子(NLRP5・NLRP7などの母性エフェクト遺伝子)が知られています。ZFP57変異は「維持」段階の不全が主体で、生存できる新生児として生まれTNDM1を伴う傾向がある点が特徴とされています。

7. がんとの関わり:抑える側にも、進める側にもなる二面性

ZFP57は、発生や代謝の制御だけでなく、がん(悪性腫瘍)にも関わることが分かってきました。興味深いのは、がんの種類によって正反対の顔を見せるという点です。ある臓器では腫瘍を抑え、別の臓器では悪性化を後押しします。これは、ZFP57が単なる1遺伝子のオンオフではなく、クロマチンの状態を根本から変えるエピジェネティック制御因子であり、各臓器のもともとのエピゲノムの状態によって最終的な向きが決まるためと考えられています。

がん種 ZFP57の発現と役割 関連する経路
乳がん 低下/腫瘍を抑える MESTを抑えWnt/βカテニンを不活性化[9]
大腸がん 上昇/転移を促す NANOGと連動し幹細胞性・肝転移を促進[11]
卵巣がん 上昇/悪性化を促す BRCA1・G1チェックポイントへの干渉[10]

乳がんでは、ZFP57はインプリント遺伝子MESTのメチル化を保ってその過剰発現を抑え、がんの増殖を駆動するWnt/βカテニン経路を不活性化することでブレーキ役(腫瘍抑制因子)として働きます[9]。逆に大腸がんでは過剰発現したZFP57が、未分化な幹細胞性を保つNANOGと連動して肝転移を加速させ、予後不良の指標になります[11]。卵巣がんでもZFP57の過剰発現はBRCA1やG1チェックポイントへの干渉を介して悪性化を促し、予後の悪化と相関すると報告されています[10]これらはまだ研究段階の知見であり、がんの診断や治療に直結するものではありませんが、ZFP57という1つの分子の制御力の大きさを物語っています。

8. エピゲノム編集への応用:DNAを切らずに「目印だけ」を書き換える

ZFP57がもつ「特定の配列を認識し、KRABドメインを通じて強力で持続的な抑制を生む」というしくみは、いまやエピゲノム編集という新しい技術の道具として注目されています。研究者は、DNAを切る能力をなくした不活性型のCas9(dCas9)にZFP57のKRABドメインを融合させ、狙った場所だけを長期的に「オフ」にするツールをつくり出しました。

💡 用語解説:CRISPR-dCas9エピゲノム編集

通常のCRISPRはDNAを切って配列そのものを書き換えますが、DNAを切る働きを失わせたdCas9(dead Cas9)を使うと、配列を傷つけずに、その場所の「オン・オフ」の目印(エピジェネティックマーク)だけを書き換えられます。永続的な変異を残さないため、可逆的でありながら持続的な調節が可能です。くわしくはエピジェネティクスの解説ページへ。

この技術とZFP57の知見を組み合わせた研究により、インプリンティング制御の核心が次々と明らかになっています。たとえばマウスES細胞でDlk1-Dio3領域のZFP57結合部位を狙ってメチル化を人為的に下げると、内在性のZFP57の結合が物理的に阻害され、その影響が周囲の領域にまで広がって、領域全体のインプリンティングが崩壊しました[12]。さらに重要なのは、この人為的に書き換えた状態が、細胞が分化したあとも長期にわたって維持された点です。これは、ZFP57が認識するメチル化が、そのアレルが母として振る舞うか父として振る舞うかを決める「マスタースイッチ」として働くことを裏づけています[12]

将来的には、ZFP57の知見を応用したエピゲノム編集が、DNA配列の変異ではなくメチル化異常で起こるインプリンティング異常症(MLIDなど)に対する治療法となる可能性が期待されています。ただし、これらはまだ基礎研究・前臨床の段階であり、ヒトの治療として確立した方法ではありません。

9. 遺伝学的診断:出生前と出生後を分けて考える

ZFP57に関わる病気を「診断する」というとき、出生前と出生後ではアプローチが大きく異なります。両者を混同しないことが大切です。

検査アルゴリズムの大前提:まずメチル化解析

TNDM1のようなインプリンティング異常は、通常の染色体検査(Gバンド法)やマイクロアレイ(CMA)では、目印(メチル化)の状態やコピー数が正常なまま起こるUPDを直接とらえることができません。そのため、6q24のTNDM1を疑う場合の第一選択はメチル化解析です。CMAは、メチル化異常が確認されたあとに、その原因(重複やUPDなど)を精査するための二段階目の検査として位置づけられます。

出生後の検査

👶 出生後の確定診断

第一選択:6q24領域のメチル化解析

原因遺伝子の同定:MODY・新生児糖尿病遺伝子検査(38遺伝子のパネルにZFP57を含む)

🤰 妊娠前・出生前

保因者カップルの再発リスク:潜性遺伝のため次子に4分の1の確率

選択肢の検討:出生前診断の可否や方法は個別性が高く、遺伝カウンセリングで相談

ミネルバクリニックでは、新生児糖尿病が疑われる場合にMODY・新生児糖尿病遺伝子検査としてZFP57を含む38遺伝子を一度に調べるNGSパネル検査を行っています。あわせて6q24に焦点を当てたPLAGL1遺伝子検査もご用意しています。なおZFP57はインプリンティングや片親性ダイソミー(UPD)の知識が前提となるため、結果の解釈には専門的な遺伝カウンセリングが欠かせません。

仲田洋美院長

🩺 院長コラム【「見つけること」が常に答えとは限らない】

妊娠前や妊娠中のご家族とお話しするとき、私は臨床遺伝専門医として、検査でできること・できないことを正直にお伝えするよう努めています。ZFP57のようなインプリンティング・潜性遺伝が関わる病気は、結果の意味づけが繊細で、「陽性なら不安、陰性なら完全に安心」と単純に割り切れるものではありません。

私たちの役割は、特定の検査をおすすめしたり、安心を保証したりすることではなく、正確な情報を中立にお渡しして、ご家族ご自身が納得して選べるように伴走することだと考えています。どの検査を受けるか、あるいは受けないかは、ご家族で話し合ってお決めいただくものです。判断に必要な材料を、できるだけ分かりやすくお届けすることが私の務めです。

10. よくある誤解

誤解①「ZFP57が変異すると必ず重い病気になる」

ZFP57が原因のTNDM1は両方のアレルで働きが失われた場合に起こる潜性遺伝です。片方だけの変異(保因者)では通常、症状は出ません。

誤解②「マウスで主役なら、ヒトでも主役のはず」

インプリンティング維持の主役は、ヒトではZNF445、マウスではZFP57と入れ替わります。動物実験の結果をそのままヒトに当てはめることはできません。

誤解③「TNDM1は一過性だから治る病気」

新生児期の糖尿病はいったん落ち着きますが、基礎にあるβ細胞の弱さは残り、思春期や妊娠を機に再発しやすいことが知られています。「一過性」という言葉に油断は禁物です。

誤解④「ZFP57を使った治療がもう受けられる」

dCas9とKRABドメインを使ったエピゲノム編集は魅力的な技術ですが、現時点では基礎研究・前臨床の段階です。ヒトの治療として確立したものではありません。

11. 臨床遺伝専門医からのメッセージ

仲田洋美院長

🩺 院長コラム【知識を構造化して、必要な人に届ける】

私は医学生のころから、情報を整理して取り出しやすくすることに強い関心を持ってきました。ZFP57という1つの遺伝子をたどるだけでも、構造・分子のしくみ・進化・病気・治療技術という、まったく層の違う知識が一本の糸でつながっていきます。この「散らばった知識を構造化して、必要な人に届ける」という営みは、私が遺伝医療に取り組み続ける原動力でもあります。

ZFP57の物語は、生命が「親から受け継いだ記憶」をいかに大切に守っているかを教えてくれます。その記憶がうまく守られなかったとき、何が起こり、何が分かっていて、何がまだ分かっていないのか——それを正直に、分かりやすくお伝えすることが、臨床遺伝専門医としての私の役割です。この記事が、専門職の方にも、ご家族にも、確かな手がかりになればうれしく思います。

よくある質問(FAQ)

Q1. ZFP57遺伝子は何をする遺伝子ですか?

ZFP57は、親から受け継いだ遺伝子の目印(ゲノムインプリンティング)を、受精直後の激しい書き換えの波から守る転写抑制因子をつくる遺伝子です。メチル化された特定のDNA配列を見分けて結合し、KAP1などの分子チームを呼び込んで、その領域を確実に「オフ」のまま保ちます。

Q2. ZFP57の変異はどんな病気を起こしますか?

両方のアレルでZFP57の働きが失われると、6q24の母由来の目印が保てず、一過性新生児糖尿病1型(TNDM1)の原因になります。さらに6q24以外の領域にも異常が広がると、多座位インプリンティング異常症(MLID)として、発育遅延・巨舌・先天性心疾患などを伴うことがあります。

Q3. ZFP57はヒトとマウスで役割が違うのですか?

はい。インプリンティング維持の主役は、ヒトではZNF445、マウスではZFP57と入れ替わります。ヒトのZFP57はSNRPN座など特定の領域では必須ですが、全体としてはZNF445を補完する立場です。マウスの研究成果をヒトに当てはめる際は、この違いに注意が必要です。

Q4. ZFP57の遺伝子検査は受けられますか?

はい。ミネルバクリニックのMODY・新生児糖尿病遺伝子検査では、ZFP57を含む38遺伝子をまとめて調べられます。なおTNDM1を疑う場合は、まず6q24のメチル化解析が第一選択となり、結果の解釈には遺伝カウンセリングが重要です。

Q5. ZFP57の変異はどのように遺伝しますか?再発リスクは?

ZFP57が原因のTNDM1(母性メチル化喪失型)は常染色体潜性遺伝(劣性遺伝)です。ご両親がそれぞれ片方ずつ変異をもつ保因者の場合、次のお子さんにも約4分の1(25%)の確率で同じ症状が起こりえます。具体的なリスクや選択肢は遺伝カウンセリングで個別にご説明します。

Q6. ZFP57はがんと関係しますか?

研究段階の知見として、ZFP57はがんの種類によって正反対の顔を見せることが報告されています。乳がんでは腫瘍を抑える側、大腸がんや卵巣がんでは悪性化や転移を促す側に働く傾向があります。ただしこれらはまだ基礎研究の段階で、診断や治療に直結するものではありません。

Q7. ZFP57を使ったエピゲノム編集は実用化されていますか?

いいえ。ZFP57のKRABドメインをdCas9に融合させ、DNAを切らずに狙った場所をオフにするエピゲノム編集は、基礎研究で大きな成果を上げていますが、現時点ではヒトの治療として確立したものではなく、前臨床・研究段階にあります。

Q8. ゲノムインプリンティングとUPD(片親性ダイソミー)の関係は?

インプリント遺伝子は「親のどちらから来たか」で働き方が変わるため、ある染色体を片方の親からだけ2本受け継ぐ片親性ダイソミー(UPD)が起こると、目印のバランスが崩れて病気につながります。TNDM1でも父性UPD(6)が主要な原因の一つです。

🏥 インプリンティング異常・遺伝子診断のご相談

一過性新生児糖尿病(TNDM1)やインプリンティング異常症に関する
遺伝子検査・遺伝カウンセリングは
臨床遺伝専門医が在籍するミネルバクリニックにお気軽にご相談ください。

参考文献

  • [1] ZFP57 Zinc Finger Protein. OMIM #612192, Johns Hopkins University. [OMIM 612192]
  • [2] In Embryonic Stem Cells, ZFP57/KAP1 Recognize a Methylated Hexanucleotide to Affect Chromatin and DNA Methylation of Imprinting Control Regions. Molecular Cell / PMC. [PMC3210328]
  • [3] Zinc Finger Protein ZFP57 Requires Its Co-factor to Recruit DNA Methyltransferases and Maintains DNA Methylation Imprint in Embryonic Stem Cells. PMC. [PMC3265890]
  • [4] A Maternal-Zygotic Effect Gene, Zfp57, Maintains Both Maternal and Paternal Imprints. PMC. [PMC2593089]
  • [5] ZNF445 Is a Primary Regulator of Genomic Imprinting. Genes & Development / PMC. [PMC6317318]
  • [6] The Role of ZFP57 and Additional KRAB-Zinc Finger Proteins in the Maintenance of Human Imprinted Methylation and Multi-Locus Imprinting Disturbances. Nucleic Acids Research / PMC. [PMC7672439]
  • [7] Transient Neonatal Diabetes, ZFP57, and Hypomethylation of Multiple Imprinted Loci: A Detailed Follow-up. PMC. [PMC3579357]
  • [8] Zfp57 Exerts Maternal and Sexually Dimorphic Effects on Genomic Imprinting. Frontiers in Cell and Developmental Biology. 2022. [Frontiers]
  • [9] ZFP57 Suppress Proliferation of Breast Cancer Cells Through Down-regulation of MEST-mediated Wnt/β-catenin Signalling Pathway. PubMed. [PubMed 30787268]
  • [10] ZFP57 Promotes Ovarian Cancer Progression by Transcriptionally Regulating BRCA1 and Managing G1 Checkpoint. Journal of Cancer. [J Cancer]
  • [11] Mutational Alterations of DNA Methylation-related Genes CTCF, ZFP57, and ATF7IP in Colon Cancers. PMC. [PMC8862777]
  • [12] Epigenome Editing Reveals Core DNA Methylation for Imprinting Control in the Dlk1-Dio3 Imprinted Domain. PMC. [PMC9122602]
  • [13] 6q24-related Transient Neonatal Diabetes Mellitus. MedlinePlus Genetics (NIH). [MedlinePlus]

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仲田洋美 医師(臨床遺伝専門医)

この記事の監修・執筆者:仲田 洋美

(臨床遺伝専門医/がん薬物療法専門医/総合内科専門医)

ミネルバクリニック院長。1995年に医師免許を取得後、 臨床遺伝学・内科学・腫瘍学を軸に診療を続けてきました。 のべ10万人以上のご家族の意思決定と向き合ってきた臨床遺伝専門医です。

出生前診断(NIPT・確定検査・遺伝カウンセリング)においては、 検査結果の数値そのものだけでなく、 「結果をどう受け止め、どう生きるか」までを医療の責任と捉え、 一貫した遺伝カウンセリングと医学的支援を行っています。

ハイティーンの時期にベルギーで過ごし、 日本人として異文化の中で生活した経験があります。 価値観や宗教観、医療への向き合い方が国や文化によって異なることを体感しました。 この経験は現在の診療においても、 「医学的に正しいこと」と「その人にとって受け止められること」の両立を考える姿勢の基盤となっています。

また、初めての妊娠・出産で一卵性双生児を妊娠し、 36週6日で一人を死産した経験があります。 その出来事は、妊娠・出産が女性の心身に与える影響の大きさ、 そして「トラウマ」となり得る体験の重みを深く考える契機となりました。 現在は、女性を妊娠・出産のトラウマから守る医療を使命の一つとし、 出生前診断や遺伝カウンセリングに取り組んでいます。

出生前診断は単なる検査ではなく、 家族の未来に関わる重要な意思決定です。 年齢や統計だけで判断するのではなく、 医学的根拠と心理的支援の両面から、 ご家族が後悔の少ない選択をできるよう伴走することを大切にしています。

日本人類遺伝学会認定 臨床遺伝専門医/日本内科学会認定 総合内科専門医/ 日本臨床腫瘍学会認定 がん薬物療法専門医。 2025年には APAC地域における出生前検査分野のリーダーとして国際的評価を受け、 複数の海外メディア・専門誌で特集掲載されました。

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