目次
エンドソーム脱出(Endosomal Escape)とは、細胞に取り込まれた薬や核酸が、細胞内の分解袋(エンドソームからリソソーム)に閉じ込められて消化される前に、その膜を突き破って細胞質に逃げ出す現象を指します。mRNAワクチン・siRNA医薬・CRISPR遺伝子治療が効くか効かないかを決める、文字どおりの「最後の関門」です。実際に細胞質まで到達できるのは投与されたカーゴのわずか1〜数パーセント程度と報告されており、この狭き門の突破がすべての核酸医薬の臨床的有効性を左右しています。
Q. エンドソーム脱出とは何ですか?まず結論だけ知りたいです
A. 細胞に取り込まれた薬や核酸が、消化袋に閉じ込められて分解される前に、その膜を破って細胞質という「広い作業場」に逃げ出す現象です。mRNAワクチン・siRNA医薬・CRISPR遺伝子治療すべての効果を決める律速段階で、2025〜2026年に新しいVBC(小胞出芽・崩壊)モデルが提唱され、長年の謎が解け始めています。
- ➤基礎の定義 → 細胞内の消化袋から細胞質へ核酸が脱出する現象。脱出効率はわずか1〜数%
- ➤エンドソームの仕組み → 初期→後期→リソソームへの段階的成熟と酸性化
- ➤古典説の限界 → プロトンスポンジ仮説は限定的、定量研究で反証相次ぐ
- ➤新パラダイム → VBCモデルと末端分岐型「BEND脂質」が送達効率を最大10倍に
- ➤遺伝医療との接点 → siRNA・CRISPR・mRNA医薬の有効性を直接左右する
1. エンドソーム脱出の基礎と定義
エンドソーム脱出とは、細胞膜を通して細胞内に取り込まれた薬剤・核酸・タンパク質が、その後の分解運命をすり抜け、エンドソーム膜を突破して細胞質に放出される現象の総称です。脂質ナノ粒子(LNP)に内包されたmRNA、siRNA、CRISPR-Cas9リボ核タンパク質(RNP)など、現代の核酸医薬がその薬効を発揮するためには、この関門を必ず通過しなければなりません。
💡 用語解説:脂質ナノ粒子(LNP)と核酸医薬
脂質ナノ粒子(LNP)とは、直径100ナノメートル前後の脂質でできた小さな粒で、内部にmRNAやsiRNAなどの核酸を包み込み、血液中を安全に運んで細胞へ届けるカプセルの役割を担います。新型コロナmRNAワクチンの中核技術もこれです。
核酸医薬とは、DNAやRNAそのものを設計図や調節因子として使う新しいタイプの治療薬の総称で、RNA干渉を利用するsiRNA医薬、タンパク質を直接細胞内で作らせるmRNA医薬、配列特異的に遺伝子を切り貼りするCRISPR遺伝子治療などが含まれます。
なぜ「最後の関門」と呼ばれるのか
細胞は外部から取り込んだ物質を、エンドソームと呼ばれる膜の袋に閉じ込めて運び、最終的にリソソームと融合させて分解してしまいます。せっかく細胞内に運び込まれた治療用核酸も、この袋の中にいる限りは消化される運命にあるのです。
単一粒子トラッキングなどの最新解析によれば、細胞に取り込まれたLNPやsiRNA複合体のうち、実際にエンドソームを脱出して細胞質に到達できるのはわずか1パーセント未満から数パーセント(おおむね3〜7パーセント)に過ぎないことが報告されています。残りの大部分は分解されるか、エキソサイトーシス(細胞外への排出)によって失われてしまいます。
この脱出効率の低さこそが、核酸医薬の必要投与量・コスト・副作用・免疫原性のすべてを直接決めるボトルネックです。脱出効率を2倍にできれば必要投与量は半分に下がり、それに比例して反復投与時のリスクも下がります。だからこそ世界中の研究室が、このわずか数パーセントの数字を一桁押し上げることに巨額の研究費を投じているのです。
「アンドラッガブル」な標的を治療可能にする鍵
現代の創薬研究では、疾患に関連するヒトタンパク質の約80パーセントが従来の低分子薬では狙えない「アンドラッガブル(Undruggable)」と推定されています。RasやMycのような細胞内のがん関連タンパク質や、遺伝子変異に起因する欠損タンパク質群がこれに該当します。
これらの巨大な未開拓領域に届くのが、mRNA・siRNA・CRISPRといった高分子モダリティです。しかしどれもサイズが大きいため、細胞質に到達するためには必ずエンドソーム脱出を経由しなければなりません。エンドソーム脱出の科学が進めば進むほど、これまで「治療法がない」とされてきた多くの遺伝性疾患に新しい光が当たる──そういう意味で、この分子レベルの関門は遺伝医療の未来そのものでもあります。
2. そもそもエンドソームとは:細胞の物流システム
エンドソームとは、細胞が外部から物質を取り込むときに作る膜の袋です。建物にたとえるなら、玄関ホール(初期エンドソーム)から仕分け倉庫(後期エンドソーム)、そして地下の処理場(リソソーム)までを結ぶ一続きの物流ラインを想像してください。途中で「リサイクル」される物質もあれば、最後まで運ばれて分解されるものもあります。
💡 用語解説:エンドソームとリソソーム
エンドソームは、細胞外から取り込まれた物質を一時的に保管・仕分けする膜の袋で、初期・後期・リサイクリングといった段階があります。リソソームは、ライフサイクルの終着点にある「消化袋」で、内部に多種多様な加水分解酵素を持ち、酸性環境(pH5未満)で取り込み物を完全に分解します。エキソサイトーシスと対をなすエンドサイトーシス経路の中核をなす細胞小器官です。
細胞への取り込み経路は複数ある
細胞が外から物質を取り込む方法(エンドサイトーシス)は1種類ではなく、少なくとも次の経路が知られています。
- ➤クラスリン介在性:クラスリンというかご状タンパク質が膜を内側に押し込み、受容体リガンドを取り込む最も主要な経路
- ➤カベオラ介在性:脂質ラフトと呼ばれる膜の特殊領域でくぼみができ、シグナル分子を取り込む経路
- ➤ピノサイトーシス:細胞外液をまとめて「飲み込む」液相エンドサイトーシス
- ➤GEEC経路・ARF6依存性経路など、クラスリン非依存の複数経路
どの経路から入っても、取り込まれた物質は最終的に初期エンドソームに集合し、ここで運命が3方向に分かれます。アダプタータンパク複合体(AP複合体)やカーゴアダプターと呼ばれる「住所ラベルを読む係」のタンパク質群が、この仕分けを支えています。
エンドソームの異常は病気の早期マーカーになる
この物流網のどこかが故障すると、エンドソームの数や大きさが異常に増えることが知られています。臨床的に重要なのは、アルツハイマー病やニーマン・ピック病C型の患者さんの細胞では、異常に肥大した初期エンドソームが観察されるという事実です。これは、エンドソーム形態異常が疾患の早期マーカーとして機能しうることを示しています。
特にニーマン・ピック病C型は、NPC1遺伝子の変異により細胞内のコレステロール輸送が破綻し、後期エンドソーム/リソソームに脂質が蓄積する遺伝性代謝疾患です。新生児期発症から成人発症まで表現型が広く、出生前診断や遺伝カウンセリングの対象にもなる希少疾患の代表例の一つです。リソソーム酵素のひとつであるアリルスルファターゼAをコードするARSA遺伝子の異常による異染性白質ジストロフィーなども、エンドソーム/リソソーム系の破綻に直結する遺伝性疾患です。
3. エンドソームの成熟プロセス:Rabスイッチと酸性化の精密ダンス
初期エンドソームから後期エンドソーム、そしてリソソームへの「成熟」は、決してダラダラ進む変化ではありません。複数の分子スイッチが一斉に切り替わる精密な振り付けです。ここを理解すると、なぜ薬剤の脱出タイミングがそんなにシビアなのかが見えてきます。
RabタンパクのスイッチがエンドソームのIDを決める
エンドソームの「身分証明書」を握っているのが、Rabタンパク質と呼ばれる小型のスイッチタンパク質です。初期エンドソームにはRab5、後期エンドソームにはRab7がそれぞれ結合しており、成熟が進むと表面のRab5が外れて代わりにRab7が呼び込まれます。これが「Rabスイッチ」と呼ばれる現象です。
💡 用語解説:RabタンパクとGEF・GAP
Rabタンパクは、細胞内で「いま自分は何のオルガネラか」を識別するためのバッジのようなタンパク質群です。GDP結合型(オフ)とGTP結合型(オン)の2状態をスイッチのように切り替え、膜の輸送・融合・成熟をコントロールします。RhoファミリーGタンパク質と同じ「低分子量Gタンパク質」の仲間です。
GEFは「スイッチをオンにする係」、GAPは「スイッチをオフにする係」。Rab5のオンを担当するGEFは「Rabex-5」で、エンドソーム上で正のフィードバックループを形成し、Rab5を加速度的に呼び込みます。
Rab5からRab7への切り替えの引き金となるのは、細胞質因子であるMon1/SAND-1とCcz1の複合体です。この複合体がRab5-GTPに結合してRab7の動員を開始し、同時にRabex-5を解離させて正のフィードバックを断ちます。2020年代に入ってからのライブセルイメージング研究により、この切り替えが従来考えられていた「単純な入れ替わり」ではなく、空間的に段階を踏むダイナミックなプロセスであることが明らかになりました。残ったRab5は膜の特定の場所に濃縮し、そこから新しい初期エンドソームが物理的に分離・出芽するという、見事な恒常性維持メカニズムが存在しています。
pHの段階的低下:V-ATPaseが作るプロトン階段
エンドソームの中身は、成熟が進むにつれてどんどん酸性になっていきます。これを担うのが、膜に埋め込まれたV-ATPase(液胞型プロトンポンプ)というポンプ装置で、エネルギーを使ってプロトン(水素イオン)を内腔に汲み込み続けます。
このpHの段階的低下こそが、エンドソーム脱出を狙う薬剤設計の最大の「足がかり」です。pH感受性のあるイオン化脂質やポリマーは、この酸性化をトリガーとして構造を変え、膜を不安定化させる戦略を取ります。LNPに使われるカチオン性イオン化脂質も、この酸性化スイッチを利用しています。
多胞体(MVB)の形成と核周辺への移動
後期エンドソームの特徴的な姿が、内側に向かって膜が陥入し、直径50〜100ナノメートルの内腔小胞(ILV)を多数(最大30個程度)抱え込んだ「多胞体(MVB)」です。MVBは細胞の末梢から核周辺へと微小管とモータータンパク質(キネシン・ダイニン)を使って移動し、最終的にリソソームと「キス・アンド・ラン」融合を経て完全融合します。
面白いのは、このMVB形成こそがエクソソームの起源でもあるという点です。MVBが細胞膜と融合してILVが細胞外に放出されると、それがエクソソームになります。エンドソームは「分解装置」であると同時に「細胞間情報伝達の発信源」でもあるという二面性を持っており、選択的な分解経路としてはオートファゴソームとリソソームの融合経路と密接にクロストークしています。
4. 古典的仮説「プロトンスポンジ説」とその意外な限界
エンドソーム脱出のメカニズムとして、30年近くにわたって支配的だった理論が「プロトンスポンジ効果(Proton Sponge Effect)」です。聞いたことのある方もいらっしゃるかもしれません。
プロトンスポンジ仮説とは
原理はこうです。ポリエチレンイミン(PEI)のようなアミン基をたくさん持つ材料や、弱塩基性のナノ粒子をエンドソーム内に入れると、V-ATPaseがプロトンを汲み込んでもアミン基がそれを「スポンジのように」吸収してしまい、pHが目標まで下がりません。
V-ATPaseは諦めずにさらにプロトンを送り込み続け、電位平衡を保つために塩化物イオンなどの対イオンも大量に流入します。その結果、エンドソーム内の浸透圧が急上昇し、水が流れ込んでエンドソームは膨張、最後には膜が破裂してカーゴが細胞質に放出される──というシナリオです。リン酸カルシウム系の無機ナノ粒子も同じく、酸性環境で大量のイオンを放出して浸透圧バーストを起こすことが知られています。
ライブセル研究が突きつけた決定的な反証
ところが2020年代に入り、VermeulenとBransらの研究チームによる単一細胞レベルでの可視化研究が、この仮説の限界を次々と明らかにしました。判明したのは以下の事実です。
- ⚠️サイズ依存性:HeLa細胞の小さなエンドソームではARPE-19細胞の大きなエンドソームに比べ、破裂頻度が約3.5倍高い。サイズによって脱出効率が劇的に変わる。
- ⚠️膜の漏れやすさ:ポリプレックスを内包したエンドソーム膜は、破裂する前に小さな分子に対して「漏れやすい」状態になる。漏れると浸透圧が逃げて、破裂エネルギーがたまらない。
- ⚠️実効効率の低さ:条件が揃ったHeLa細胞のエンドソームですら、実際に破裂してカーゴを放出できる割合は10パーセント未満にとどまる。
つまり、プロトンスポンジ仮説は完全に間違いではないものの、現実の生体環境においてmRNAのような巨大分子を脱出させる主役としては力不足だった、というのが現代の理解です。何か別のメカニズムが必要だったのです。
pH応答性ポリマーという別アプローチ
プロトンスポンジとは別の戦略として、pHの低下をトリガーとして構造そのものを劇的に変え、エンドソーム膜を直接物理的に不安定化させる「pH応答性・電荷反転ポリマー」の設計が進んでいます。中性の血流中(pH7.4)では安定で、酸性のエンドソーム内(pH6.5〜4.5)で疎水性/親水性が急激に転移するこのタイプのポリマーは、設計のチューニングによって脱出するコンパートメント(初期か後期か)すら制御できることが2020年代に分かってきました。これは後述するVBCモデルとも整合的な発見です。
5. 2025〜2026年の新パラダイム:VBC(小胞出芽・崩壊)モデル
そして2025年から2026年にかけて、米国オハイオ州立大学のDehua Pei教授らによって、エンドソーム脱出に関する全く新しい統合理論が提唱されました。それがVBCモデル(Vesicle Budding-and-Collapse:小胞出芽・崩壊モデル)です。長年蓄積されながら解釈が困難だった矛盾する実験データを、見事に整合的に説明できる枠組みとして急速に支持を広げています。
VBCモデルが描く4つのステップ
🧪 VBCモデルの4ステップ
Step 1:LNPの崩壊とイオン化脂質の遊離
エンドソーム内のpHが低下すると、LNPを構成する「カチオン性イオン化脂質(CIL)」がプロトン化して正に帯電。電荷変化でLNP全体が崩壊し、CILとヘルパー脂質、内包RNAが遊離します。
Step 2:カチオン性脂質ドメインの形成
遊離したCILはエンドソーム内膜(内側のリーフレット)に挿入されます。重要なのは、CILの分子形状が「逆円錐形」をしていること。この特殊な形のため、周囲のリン脂質と均一に混ざれず、特定の領域に自己集合してドメインを形成。負電荷を持つRNAは、この陽性ドメインに静電的に強く引き寄せられます。
Step 3:小胞の出芽(バディング)
逆円錐形のCILが密集したドメインは、エンドソーム膜に強い「負の膜曲率」を生み出します。この物理的応力で膜は細胞質側にくびれ、小さな出芽小胞を形成。RNAはそのまま小胞内に閉じ込められます。
Step 4:小胞の崩壊と凝集体の放出
切り離された新生小胞は、極端な膜曲率と異常なCIL濃度のために極めて不安定で、細胞質に到達した直後に自発的に崩壊。脂質・核酸・周辺タンパク質が混ざり合った「無定形の不溶性凝集体」が細胞質内に形成されます。
プロトンスポンジ仮説が「エンドソーム膜の完全破裂」を想定していたのに対し、VBCモデルが描くのは「膜の局所的な変形による出芽と、その後の自発的崩壊」という、より物理的に無理のないシナリオです。エンドソーム膜そのものは破れなくてもよい、というのが大きな発想転換でした。
第二の律速段階:カーゴサイズが運命を分ける
VBCモデルが特に重要なのは、エンドソーム膜を突破した直後に、もうひとつのボトルネックが待ち構えていることを明らかにした点です。
細胞質に放出された「不溶性凝集体」は、そのままでは薬として働きません。RNAがリボソーム(翻訳工場)やRNA干渉(RNAi)機構にアクセスするには、この凝集体が溶解して核酸が遊離する必要があります。
ここでカーゴのサイズが効いてきます。siRNAのような小さな核酸(負電荷42個程度)は凝集体から比較的容易に遊離できるのに対し、mRNA(負電荷数百〜数千)は陽性電荷ドメインと多点で強固に結合し、凝集体から離れにくい。これが同じLNPプラットフォームでもsiRNA医薬パチシランが先に実用化され、mRNA医薬の送達効率がいまだ低い理由を分子論的にきれいに説明しています。
💡 用語解説:ホスホイノシチドとESCRT・SNARE
ホスホイノシチド(PI)は、細胞内の膜の「名札」として機能する特殊な脂質群です。初期エンドソームには「PI3P」が、後期エンドソームには「PI(3,5)P2」が存在し、それぞれ専用のタンパク質を呼び寄せます。pHやRabのスイッチと並ぶ、エンドソーム成熟の主要なIDシステムです。
ESCRT複合体は、エンドソーム膜が内側にくびれてILV(多胞体内部の小胞)を形成するときに働く「膜変形機械」です。SNAREタンパク質は、膜同士が融合する瞬間に「ジッパー」のように両膜を引き寄せて一体化させる役者です。VBCモデルでも、出芽プロセスを補助する細胞側の機械として登場します。
6. BEND脂質:幾何学を操作する次世代の脂質設計
VBCモデルが正しいとすれば、効率的なエンドソーム脱出のカギは「カチオン性イオン化脂質の幾何学的なかさ高さ」をどれだけ強められるかにあります。逆円錐の角度が鋭いほど、膜により強い負の曲率を生み出せるからです。
BEND脂質の誕生(ペンシルベニア大学・2025年)
2025年、ペンシルベニア大学のMichael J. Mitchell准教授とMarshall Padillaらの研究チームが、この発想をまさに分子設計で実装した次世代脂質を発表しました。それがBEND脂質(Branched ENdosomal Disruptor:分岐エンドソーム破壊脂質)です。Nature Communications誌に2025年に掲載された画期的な成果です。
従来のイオン化脂質は、アミンコアに直鎖状の脂質テールが結合した構造を基本としていました。BEND脂質はそのテールの末端に「分岐構造」を導入することで、分子の末端を意図的にかさ高くしています。研究者らはリチウム・銅・マグネシウム触媒による炭素-炭素クロスカップリング反応とmCPBA媒介エポキシ化反応を組み合わせる新しい合成プラットフォームを開発し、これまで商業的に入手困難だった分岐型イオン化脂質の量産を可能にしました。
治療効果は最大10倍に向上
💊 肝細胞でのmRNA翻訳
業界最高水準の直鎖型LNPと比較し、肝臓でのmRNA翻訳効率が最大10倍に向上。タンパク質補充療法・希少疾患治療への道が開けます。
✂️ CRISPR遺伝子編集
CRISPR-Cas9リボ核タンパク質(RNP)の送達効率が劇的に向上し、肝細胞での遺伝子編集効率が大幅改善。一回投与で完結する治療への可能性。
🛡️ T細胞への送達
難治性とされてきたT細胞へのトランスフェクション効率が飛躍的に向上。CAR-T細胞療法の細胞調製プロセスを変える可能性があります。
この成果は、エンドソーム脱出研究が「現象論の追求」から「分子の幾何学的形状を精密制御して生体膜の曲率を設計する」という合理的設計の時代に完全に移行したことを示しています。Moderna社やPfizer/BioNTech社が新型コロナmRNAワクチンで使用している現行のLNPを確実に凌駕する性能が、複数のin vivo実験で確認されています。
7. 遺伝医療との接点:エンドソーム脱出が変える臨床の地平
「エンドソーム脱出」は一見すると基礎研究のテーマに見えるかもしれません。しかし、臨床遺伝専門医として遺伝医療の現場にいる者からすれば、これは「治せない病気を治せるようにする」鍵そのものです。
単一遺伝子疾患の治療への直接的な意義
トランスサイレチン型アミロイドーシスに対するsiRNA医薬「パチシラン」、脊髄性筋萎縮症に対するアンチセンス医薬、デュシェンヌ型筋ジストロフィーに対するエクソンスキッピング薬、そして鎌状赤血球症やβサラセミアに対するCRISPRゲノム編集治療──これらすべてが、エンドソーム脱出効率の改善によって安全性と有効性を一段と高められる治療法です。
また、当院のアルツハイマー・認知症NGS遺伝子検査パネルでも扱う神経変性疾患の多くで、エンドソーム/リソソーム系の機能不全が病態の中核に位置しています。早期にリスク遺伝子を特定して将来の治療選択肢に備える、という発想は、まさにこの分子研究の進展と並走するものです。
遺伝カウンセリングと「治療可能性」の説明
出生前・出生後を問わず、遺伝性疾患の診断を受けたご家族にとって最も大きな関心事のひとつが「将来、治療法が出てくる可能性はあるのですか」というご質問です。私はこのように臨床遺伝専門医として、次のようにお答えしています。
「いまこの瞬間にも、世界中で核酸医薬と遺伝子治療の研究が爆発的に進んでいます。エンドソーム脱出という技術的な壁が崩れつつある今、これまで治療法がなかった疾患にも、10年スパンで状況が変わる可能性が出てきています」と。決して安易な希望を煽るためではありません。事実として、BEND脂質をはじめとする材料工学の進歩は、その地平を確実に押し広げています。
出生前診断(NIPTや羊水検査・絨毛検査)、出生後の確定検査(血液による染色体マイクロアレイ:CMA等)、そして遺伝カウンセリングを通じて、ご家族の意思決定を支える私たちの仕事は、こうした最先端の治療地平とつねに結びついています。
8. よくある誤解
誤解①「mRNAワクチンは細胞質に100%届く」
細胞に取り込まれたmRNAのうち、実際に細胞質まで届くのは数パーセント程度です。残りはエンドソーム内で分解されますが、十分な免疫応答を得られるよう投与量と組成が最適化されています。
誤解②「プロトンスポンジ説は今でも正しい」
完全否定ではなく「限定的」が現在の整理です。mRNAやsiRNAをLNPで運ぶ文脈では、2025年からのVBCモデルのほうがデータと整合します。
誤解③「エンドソーム脱出は私たちの体が失敗していること」
健康な細胞では、栄養素やホルモンはそれぞれ専用の経路で正しく仕分けられています。「脱出が問題」になるのは人工的な核酸医薬の文脈に限られます。
誤解④「エクソソームを使えば全て解決」
天然のエクソソームは確かに優れた脱出機構を持ちますが、大量生産・品質管理・安全性評価の課題が多く、現時点では主に研究段階にとどまります。
9. 臨床遺伝専門医からのメッセージ
よくある質問(FAQ)
🏥 遺伝医療・遺伝カウンセリングについて
希少遺伝性疾患・核酸医薬や遺伝子治療に関するご相談は、
臨床遺伝専門医が在籍するミネルバクリニックにお気軽にご相談ください。
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