InstagramInstagram

ヌーナン症候群5型(RAF1遺伝子)とは?症状・肥大型心筋症・遺伝・最新治療をやさしく解説

仲田洋美 医師

この記事の監修:仲田洋美(臨床遺伝専門医)

のべ10万人以上の意思決定に伴走。国際医療誌『Medical Care Review APAC』『Global Woman Leader』の2誌で表紙を飾り、「Top Prenatal Testing Service in APAC 2025」に選出されるなど、世界基準の遺伝医療を提供。

ヌーナン症候群5型は、RAF1遺伝子の生まれつきの変化(機能獲得型変異)によって起こるヌーナン症候群の一型です。最大の特徴は、重い肥大型心筋症(HCM)を非常に高い確率で合併すること。さらに近年は、RAF1のどの場所に変異があるかによって、心臓の症状と発達の症状の出方が大きく入れ替わることもわかってきました。この記事では、原因・症状・遺伝の仕組み・診断・最新の治療(成長ホルモン療法やMEK阻害薬)まで、一般の方にもわかるよう臨床遺伝専門医がやさしく解説します。

この記事でわかること
📖 読了時間:約16分
🧬 RAF1・肥大型心筋症・RAS病
臨床遺伝専門医監修

Q. ヌーナン症候群5型とはどんな病気ですか?まず結論だけ知りたいです

A. RAF1遺伝子の「機能獲得型変異」で起こるヌーナン症候群の一型で、ヌーナン症候群全体の約3〜17%(平均約5%)を占めます。最大の特徴は重症の肥大型心筋症(HCM)を高い確率で合併することです。特にS257Lという変異では約94%でHCMがみられます。遺伝形式は常染色体顕性(優性)遺伝で、多くは新生突然変異(de novo)として起こります。

  • 原因 → RAF1遺伝子(3番染色体)の機能獲得型変異。細胞の増殖を司るRAS-MAPK経路が過剰に「オン」になる
  • 最大の特徴 → 重症の肥大型心筋症(HCM)。乳児期の早期に発症し進行しやすい
  • 遺伝型と症状の関係 → CR2ドメインの変異はHCMが高頻度、それ以外の変異は神経発達の症状が前面に出る
  • 遺伝 → 常染色体顕性(優性)。多くは新生突然変異(de novo)。親が同じ変化を持つ場合、子への再発リスクは50%
  • 治療 → 対症療法と定期的な経過観察が基本。低身長には成長ホルモン療法、重症心筋症にはMEK阻害薬(研究段階)という新しい選択肢も

\ ヌーナン症候群・出生前診断について専門医に相談したい方へ /

📅 遺伝カウンセリングを予約する

出生前診断・遺伝子検査に関するご相談:遺伝子検査について

1. ヌーナン症候群5型とは:RAF1が原因の「心臓に強く出るタイプ」

ヌーナン症候群は、特徴的な顔だち・低身長・さまざまな先天性心疾患・程度の異なる発達のゆっくりさなどを中心とする、全身に関わる遺伝性の病気です[1]。1960年代に小児循環器医のジャクリーン・ヌーナン医師が、肺動脈弁狭窄・低身長・両眼の離れた顔だちなどを共有する患者さんを報告したことが出発点となりました。発生頻度は出生1,000〜2,500人に1人程度と推定され、先天性の遺伝疾患の中では比較的よく見られる部類に入ります[1]

このヌーナン症候群は、細胞の増殖や分化を制御する「RAS-MAPK経路」というシグナルの流れが過剰に働くことで起こる「RAS病(RASopathies)」という疾患群の代表です。同じ仲間にはコステロ症候群・心臓顔面皮膚(CFC)症候群・神経線維腫症1型などがあり、顔だちや心疾患などの特徴を一部共有しています。

ヌーナン症候群5型(OMIM 611553)は、その中でも3番染色体の短い腕(3p25)にあるRAF1遺伝子の変化を原因とするサブタイプです[2]。RAF1の変異はヌーナン症候群全体の約3〜17%(大規模研究の平均では約5%)を占めるにすぎませんが、症状の出方には他のタイプ(PTPN11やSOS1など)と明確な違いがあります[4]。最も大きな違いは、命に関わることもある進行性の肥大型心筋症(HCM)を非常に高い頻度で合併するという点です[11]

💡 用語解説:肥大型心筋症(HCM)とは

心臓の壁(心室中隔や左室の壁)の筋肉が異常に厚くなり、心臓のポンプとしてのはたらきが低下する病気です。壁が厚くなると、心臓の中の血液の出口が狭くなったり(左室流出路狭窄)、心臓が十分に広がれなくなって息切れやむくみ(心不全)を起こしたりします。ヌーナン症候群5型では、このHCMが生まれたときや乳児期のごく早い時期から現れ、進行しやすい点が特徴です。

2. 原因と分子病態:RAF1のスイッチが「オンのまま」になる

私たちの細胞は、外から届く「成長しなさい」という指令を、バケツリレーのように核へ伝えています。その主要な経路がRAS-MAPK経路です。細胞膜の受容体が成長因子を受け取ると、SOS1などの仲介役を通じてRASが活性化され、続いてRAF → MEK → ERKの順にリン酸化が次々と起こり、最後に核で遺伝子のはたらき方を変化させます。この経路は、細胞の増殖・分化・生存をコントロールする生命の幹線道路といえます。

RAS-MAPK経路とRAF1の位置 成長因子 受容体 RAS RAF1 ⚠ 機能獲得型変異 MEK ERK 転写制御 RAF1の変異でスイッチが「オンのまま」になり、 下流のMEK・ERKが過剰に働き続けます

受容体 → RAS → RAF1 → MEK → ERK → 核へと一方向に伝わるシグナル。ヌーナン症候群5型ではRAF1のスイッチが入りっぱなしになり、心臓の筋肉などに過剰な増殖シグナルが送られ続けます。

RAF1はこの経路でRASのすぐ下流にある「セリン/スレオニンキナーゼ」という酵素タンパク質です。健康な状態では、RAF1は自分自身を抑える構造(自己抑制ドメイン)や、14-3-3というタンパク質との結合によって、ふだんは厳密に「オフ」に保たれています。ところが、ヌーナン症候群5型を起こすRAF1の変異の多くはこの自己抑制のしくみを壊し、上流からの指令がなくても恒常的に「オン」のままになる「機能獲得型変異」として働きます[5][7]。その結果、下流のMEK・ERKが過剰にリン酸化され、心筋細胞の肥大などが引き起こされます。

💡 用語解説:機能獲得型変異・ミスセンス変異

ミスセンス変異とは、DNAの1文字が変わることで、できあがるタンパク質のアミノ酸が1つ別のものに置き換わる変化です。RAF1の病的変異の大部分はこのタイプです。

機能獲得型変異は、その置き換わりによってタンパク質のはたらきが「失われる」のではなく、逆に「強まる・止まらなくなる」変化です。RAF1ではミスセンス変異がスイッチを“オンに固定”する引き金になります。それぞれ詳しくはミスセンス変異の解説機能獲得型変異の解説をご覧ください。

なぜ心臓に強く出るのか:MEK・ERKの過剰活性化

患者由来の心筋細胞を使った研究では、CR2ドメインに変異を持つRAF1関連ヌーナン症候群の90%以上で重症の肥大型心筋症が生じること、そして心筋肥大の主たるメカニズムがMEK1/2およびERK5シグナルの過剰活性化にあることが示されています[6]。この「MEKを過剰に働かせている」という事実こそ、後述するMEK阻害薬という治療アプローチの分子的な根拠になっています。なお、カルシウム依存性のホスファターゼ(脱リン酸化酵素)であるカルシニューリンとその下流のNFATを介した経路も、心筋肥大に寄与する並行経路の一つとして提唱されています。

「がん遺伝子なのに、がんになりにくい」というパラドックス

RAF1はもともと、肺がん・大腸がんなどで後天的な変異(体細胞変異)が見つかる「がん遺伝子」として知られています[3]。しかし興味深いことに、生まれつきRAF1の変異を持つヌーナン症候群5型の患者さんで、白血病や固形がんの発症リスクが明確に高まるという報告は現時点ではありません[3]。これは、同じヌーナン症候群でもPTPN11変異の患者さんでは若年性骨髄単球性白血病(JMML)などの発がんリスクが一般集団の約3.5〜8倍に上がるのとは対照的です。同じ経路の異常でも、どの遺伝子に・どの種類の変異が・どの組織で生じるかによって、結果が大きく変わることを示す例といえます。

3. 遺伝型と症状の関係:変異の「場所」で症状が入れ替わる

ヌーナン症候群5型でとくに注目すべき近年の発見は、RAF1のどの場所(ドメイン)に変異があるかで、症状の種類と重さがかなり正確に予測できるという点です[4]。RAF1関連ヌーナン症候群203例を対象とした包括的な分析では、変異の圧倒的多数(全体の約83%)が、自己抑制や14-3-3結合に関わる「CR2ドメイン」という限られた領域に集中していました[4]

💡 用語解説:CR2ドメインとS257L変異

CR2ドメインは、RAF1というタンパク質の中で「ふだんはオフに保つブレーキ」の役割を担う重要な領域です。ここに変異が入るとブレーキが効かなくなり、スイッチがオンに固定されやすくなります。

S257L(p.Ser257Leu)は、257番目のセリンというアミノ酸がロイシンに置き換わるミスセンス変異で、CR2ドメインの中でもRAF1変異全体の約53%を占める最大のホットスポット(変異が集中する場所)です。

この分析によると、CR2ドメインに変異を持つグループでは89.4%で肥大型心筋症がみられ、S257L変異だけに限ると、その割合は94.2%という極めて高い数値に達しました[4]。一方で、CR2ドメイン以外(プロテインキナーゼドメインなど)に変異がある「非CR2グループ」では、表現型が劇的に入れ替わります。肥大型心筋症の頻度は37.1%まで下がる代わりに、知的障害・言語の遅れなどの神経発達障害が69.2%へと大きく跳ね上がるのです[4]

RAF1変異のドメイン別 症状の発現頻度 肥大型心筋症(HCM) 神経発達障害 0% 20% 40% 60% 80% 100% 89.4% 38.2% CR2ドメイン全体 94.2% 29.4% S257L変異 単独 37.1% 69.2% 非CR2ドメイン CR2(特にS257L)は心臓に、非CR2は神経発達に症状が強く出る「入れ替わり」がみられます

同じRAF1の変異でも、変異の「場所」が違うだけで、心臓に強く出るか・神経発達に強く出るかがほぼ逆転します。出典:RAF1関連ヌーナン症候群203例の解析[4]

この「同じ遺伝子なのに変異の場所で症状が入れ替わる」という事実は、もともとPanditら(2007年)が、CR2ドメインの変異ではHCMがみられ、CR3(キナーゼ)ドメインの変異ではHCMがみられなかったと報告したことに始まります[5]。この知見は、心臓のモニタリングをどのくらいの頻度で行うか、ご家族にどんな見通しをお伝えするかといった、実際の臨床と遺伝カウンセリングの土台になります。

ヌーナン症候群の主なタイプの比較

ヌーナン症候群は、同じ病名でも原因遺伝子がさまざまで、それぞれ症状の傾向が異なります。鑑別の参考に、主なタイプを整理します。PTPN11やSOS1・RIT1の変異では「肺動脈弁狭窄(PVS)」が多いのに対し、RAF1の変異では「肥大型心筋症(HCM)」が前面に出る、という違いが統計的にも臨床的にもはっきりしています[11]

タイプ(原因遺伝子) 変異頻度 主な特徴
1型(PTPN11) 約50% 最も頻度が高い。肺動脈弁狭窄、低身長、白血病(JMML等)の合併リスク。
4型(SOS1) 約10〜15% 肺動脈弁狭窄が主体。皮膚(外胚葉)症状。知能が正常な割合が高い。
5型(RAF1)=本ページ 約3〜17%(平均約5%) 重症の肥大型心筋症(HCM)が高頻度。肺高血圧、多発性黒子を伴うタイプとの境界も。
3型(KRAS) 5%未満 比較的重い知的障害。CFC症候群に近い表現型の広がり。
8型(RIT1) 約5% HCMと肺動脈弁狭窄の両方を起こしうる。重度のリンパ管異常を合併。
仲田洋美院長

🩺 院長コラム【「変異の場所」までお伝えする遺伝カウンセリング】

臨床遺伝専門医として文献を踏まえると、ヌーナン症候群5型はまさに「遺伝子の名前だけでなく、変異の“場所”まで読み解く意味」を教えてくれる病気だと感じます。同じRAF1でも、CR2ドメインの変異なら心臓を、それ以外なら発達を重点的に見ていく——この一点を知っているだけで、ご家族にお伝えできる見通しの解像度が大きく変わります。

遺伝カウンセリングを行う立場としては、検査結果の数値そのものよりも、「この結果がご家族にとって何を意味するのか」を一緒に整理する時間こそが大切だと考えています。心臓を集中的にフォローすべきお子さんなのか、発達支援を早く始めたほうがよいお子さんなのか。分子の言葉を、ご家族の生活の言葉に翻訳してお渡しすることを心がけています。

4. 全身の症状・合併症

ヌーナン症候群5型は一つの遺伝子の変化が原因ですが、その影響は心臓・肺・骨格・内分泌・皮膚・眼・血液など、非常に広い範囲に及びます[1]。症状の重さには個人差が大きく、すべてが必ず出るわけではありません。

心血管系:肥大型心筋症(HCM)の優位性

心臓の異常は、ヌーナン症候群の最も一般的で、生命予後を左右する重大な合併症です。前述のとおり、RAF1関連のヌーナン症候群5型の際立った特徴は肥大型心筋症(HCM)の高い頻度です。多くの場合、出生時または乳児期のごく早い時期に発症し、左室流出路狭窄を伴いながら進行し、治りにくい心不全につながることがあります[11]。HCM以外にも、肺動脈弁狭窄・心房中隔欠損(ASD)・心室中隔欠損(VSD)などの構造的な心疾患を合併することがあります。

肺の血管病変:肺高血圧症と肺毛細血管腫症(PCH)

RAF1変異(特にS257Lなどの重症型)では、心臓の異常に加えて、新生児期・乳児期に発症する重度の肺高血圧症が問題になることがあります。これは単なる心不全に伴う二次的なものではなく、肺の血管そのものの構造異常(肺毛細血管腫症=PCH)に由来する場合があると報告されています[9]。この肺血管病変は、後述するMEK阻害薬による治療でも改善が難しい、極めて難治の病態です。

💡 用語解説:肺毛細血管腫症(PCH)とは

肺の中の細い血管(毛細血管)が、肺胞の壁の内部でコントロールを失って異常に増えてしまう、まれな肺血管の病気です。増えた血管が肺の構造を圧迫・破壊するため、肺の血管抵抗が極端に上がり、重い肺高血圧症を引き起こします。RAF1変異による過剰なシグナルが、血管をつくる細胞の無秩序な増殖を直接駆動していると考えられています。

成長と内分泌:低身長・思春期の遅れ

低身長と成長の遅れは、ヌーナン症候群を特徴づける最も普遍的な症状の一つで、患者さんの約50〜70%にみられます[1]。出生時の身長・体重はふつう正常範囲ですが、生後数か月〜数年で成長速度が落ち、成長曲線が徐々に下がっていきます。背景には、成長ホルモン(GH)の分泌の問題や、組織レベルでの軽度のGH抵抗性、インスリン様成長因子1(IGF-1)が正常低値を示す傾向などが関わっていると考えられています。男児では思春期の遅れや停留精巣を伴うことが多い一方、女児では月経や妊孕性が最終的に正常に保たれることが多いと報告されています。

顔だち・骨格・皮膚の特徴

ヌーナン症候群の顔だちは診断の強い手がかりになりますが、年齢とともに変化し、成人ではわかりにくくなるという特徴があります。比較的一貫してみられる所見として、幅広い額、両眼の離れ(両眼開離)、下方に傾いた目の裂け目、眼瞼下垂(まぶたの下がり)、低い位置で後ろに回転した耳、短い首・翼状頸(首の横の皮膚のたるみ)、胸郭の変形(上は鳩胸・下は漏斗胸の混在)、外反肘などがあります。皮膚では、縮れ毛・細い毛・乾燥肌・毛孔性角化症のほか、カフェオレ斑(淡い褐色の色素斑)が70〜80%にみられることがあります。

特筆すべきは、RAF1の特定のミスセンス変異(S257LやL613Vなど)が、近縁の「多発性黒子を伴うヌーナン症候群(旧称:LEOPARD症候群)」の原因にもなりうる点です。この病気では、乳幼児期にカフェオレ斑が先行し、その後の成長とともに顔・首・体幹に多数の黒子(ほくろ)が現れます。両者は別々の病気ではなく、同じRAF1とRAS-MAPK経路の異常を共有する一続きのスペクトラム(連続性)の上にあると考えられています。

眼・出血傾向・リンパ管・神経発達

眼科の所見はとても多く、約95%の患者さんで何らかの異常がみられ、斜視・弱視・眼振などが含まれます。血液面では、約50%で何らかの出血傾向(あざができやすい、鼻血を繰り返す、手術時に止血しにくいなど)がみられるため、歯科治療や手術の前には出血歴の確認と血液検査が大切です[1]。リンパ管の異常も重要で、胎児期には首のむくみ(項部透明帯の肥厚)や嚢状ヒグローマとして、出生後には手足のリンパ浮腫として現れることがあります。神経発達については、大多数のお子さんは正常な知能の範囲ですが、最大で約4分の1に軽度の知的障害がみられ、言語の遅れの頻度は一般より高いことが知られています。前述のとおり、この神経発達のリスクは変異がCR2にあるか否かで大きく変わります[4]

5. 診断と検査:出生前と出生後で分けて理解する

ヌーナン症候群5型の確定診断には、特徴的な顔だち・低身長・HCMなどの臨床評価(Van der Burgt基準などの臨床スコアが補助的に使われます)に加えて、分子遺伝学的な検査でRAF1の病的変異を同定することが欠かせません[1]。PTPN11・SOS1・RAF1・RIT1・KRASなど主要な原因遺伝子をまとめて調べる「多遺伝子パネル検査」や全エクソーム解析が、迅速さと正確さの両面から推奨されています。たとえばRAF1にヘテロ接合の病的変異(c.770C>T, p.Ser257Leu など)が見つかれば、ヌーナン症候群5型の診断が分子レベルで確定します。

💡 用語解説:常染色体顕性(優性)遺伝と新生突然変異(de novo)

常染色体顕性(優性)遺伝とは、2本ある染色体のうち片方に変異があるだけで症状が現れる遺伝形式です(2022年に日本人類遺伝学会で「優性」が「顕性」へと用語変更されました)。この場合、親が同じ変異を持っていれば、子へ受け継がれる確率は50%です。

新生突然変異(de novo)は、両親には変異がないのに、お子さんに新しく生じた変異です。ヌーナン症候群5型の多くはこのタイプで、家族歴がないことも珍しくありません。ただし、親が軽症で未診断のまま変異を持っていたり、親の生殖細胞のみに変異がある(生殖細胞モザイク)こともあるため、再発リスクの評価は臨床遺伝専門医にご相談ください。

出生前の検査と出生後の検査

🤰 出生前の検査

非侵襲的スクリーニング:単一遺伝子疾患に対応するNIPT。ヌーナン症候群を含むRAS病の主要遺伝子(PTPN11・RAF1・RIT1・SOS1など)をカバーするプランがあります。

確定検査:絨毛検査・羊水検査で採取した胎児細胞を用いたターゲット遺伝子解析。

👶 出生後の検査

遺伝子パネル検査:RAF1を含む心臓血管系疾患遺伝子パネルや、HCMに関連する肥大型心筋症NGSパネル

確定診断:血液などから採取したDNAでRAF1のヘテロ接合変異を同定し、診断を確定します。

胎児超音波で、重度の羊水過多・首のリンパ管異常(嚢状ヒグローマや項部透明帯の肥厚)・胎児の心室壁の肥厚(HCMの初期兆候)などがみられた場合、ヌーナン症候群を含むRAS病が疑われ、確定診断のための検査が選択肢になります。なお、NIPTで陽性となった場合、確定検査である羊水検査の費用は互助会(8,000円)により全額補助されます。詳しくは互助会の制度説明をご覧ください。

ヌーナン症候群5型のように症状の幅が広く、出生前にわかることが常にご家族の利益になるとは限らない病気では、検査を受けるかどうかも含めて、ご家族自身が納得して決められるよう、中立・非指示的な立場での遺伝カウンセリングが重要です。

6. 治療と日常管理

ヌーナン症候群5型は全身に関わるため、小児科・循環器・内分泌・臨床遺伝・眼科・耳鼻科・理学/言語療法など、多職種によるチーム医療と定期的なサーベイランス(経過観察)が基本になります[1]。とくにRAF1変異のようにHCMのリスクが高い場合は、心エコー・心電図によるこまめなモニタリングが大切です。手術や歯科処置の前には出血傾向の確認を、発達面では早期からの療育・教育支援を検討します。

成長ホルモン(GH)療法:心臓への安全性

低身長に対しては、遺伝子組換え成長ホルモン(GH)の皮下注射が広く行われています。トルコの14施設が参加した最終身長到達例67名の長期コホートでは、治療開始時に平均 −3.26 SDという著しい低身長だった患者さんで、GH療法により最終身長が平均で約 +1.4 SD分改善したことが示されています[8]。長く議論されてきたのが「HCMを合併する子にGHを使って心臓が悪化しないか」という点ですが、近年の心エコーを用いた研究では、厳密なモニタリング下であれば、心室中隔や左室壁の肥厚を有意に悪化させなかったと報告されており、適切な管理のもとで安全に施行できる可能性が示されています[8]

MEK阻害薬(トラメチニブ)という新しい選択肢

近年、もともとがん治療薬であるMEK阻害薬「トラメチニブ」を、重症の肥大型心筋症に対して使う試みが世界的に注目されています。RAF1変異では下流のMEK・ERKが過剰に働いているため、MEKを阻害してシグナルを正常化しようという発想です。2019年に初めてMEK阻害薬による心筋肥大の改善が報告されて以降、複数の症例で心筋壁の退縮(HCMの構造的な改善)や心不全バイオマーカー(NT-proBNP)の低下が報告されています[10]。標準的な心不全治療に反応しなかったRAF1(S257L)の乳児例でも、トラメチニブ導入後に心筋肥大の改善が客観的に示されました[9]

ただし、手放しで喜べるわけではありません。同じ乳児例では、心筋症が改善した一方で、肺に生じた肺毛細血管腫症(PCH)や肺高血圧症はMEK阻害薬では食い止められず、残念な転帰となりました[9]。MEK阻害薬は心臓には劇的に効きうる一方、肺血管病変のような一部の病態には不十分なことがある——この「効く部分・効きにくい部分」を見極めることが今後の課題です。トラメチニブは日本では小児RAS病への保険適応がなく、現状は適応外(オフラベル)の特例的な使用に限られます。この治療の詳しい最新エビデンスはトラメチニブの解説ページで詳しくまとめています。

💡 用語解説:MEK阻害薬とは

RAS-MAPK経路の中継地点である「MEK」というキナーゼ(酵素)の働きを止める薬です。トラメチニブ・セルメチニブなどが含まれ、もともとはがん治療薬として開発されました。RAS病では細胞を殺すのではなく、過剰になったシグナルを“正常化”することを目的に、研究的に使われています。

7. よくある誤解

誤解①「5型なら必ず重症」

症状の重さには大きな幅があります。同じRAF1でも変異の場所によって心臓・神経の出方が変わるため、一律に「重症」と決めつけることはできません。

誤解②「HCMは手術しかない」

かつては移植や外科手術が中心でしたが、近年はMEK阻害薬という分子標的の選択肢が研究的に登場しています(適応外)。治療方針は重症度や変異の種類で個別に判断されます。

誤解③「親に症状がないから再発しない」

多くは新生突然変異(de novo)ですが、親が軽症で気づかれていないことや生殖細胞モザイクの可能性もあります。再発リスクの評価は臨床遺伝専門医にご相談ください。

誤解④「心臓が悪いとGHは使えない」

かつては懸念されましたが、近年は厳密な心エコーモニタリング下では心筋肥大を悪化させなかったとのエビデンスが蓄積しています。適応は主治医と相談して判断します。

8. 臨床遺伝専門医からのメッセージ

仲田洋美院長

🩺 院長コラム【分子の言葉を、ご家族の生活の言葉に】

私はもともと分子生物学が好きで、RAF1のような一つの遺伝子の中の「どこに変異があるか」で病像がここまで変わることに、専門医として純粋に心を動かされます。ヌーナン症候群5型は、ゲノムを“読む”ことが、そのまま心臓を集中的に診るか・発達を早く支えるかという具体的な医療の選択につながる、precision medicineの好例です。

私自身は成人を診る臨床遺伝専門医で、お子さんの治療そのものを担うわけではありませんが、出生前診断やご両親への遺伝カウンセリングを行う立場として、文献の知見を「ご家族が次の一歩を選べる情報」に翻訳してお渡しすることを大切にしています。トラメチニブのような新しい治療はまだ研究の途上ですが、希少疾患の小さな患者さんにも、分子の言葉を読み解いて介入する時代が届きはじめていることを、この記事から感じていただけたら幸いです。

よくある質問(FAQ)

Q1. ヌーナン症候群5型は遺伝しますか?

常染色体顕性(優性)遺伝の形式をとります。多くは新生突然変異(de novo)として起こり、ご両親に同じ変異がないことも珍しくありません。ただし、親が同じ変異を持つ場合は、お子さん一人ひとりに受け継がれる確率は50%です。親が軽症で気づかれていない場合や生殖細胞モザイクの可能性もあるため、再発リスクの正確な評価は臨床遺伝専門医にご相談ください。

Q2. 出生前にわかりますか?

単一遺伝子疾患に対応するNIPTでは、RAF1を含むRAS病の主要遺伝子をスクリーニングできます。また胎児超音波で首のリンパ管異常や心室壁の肥厚などがみられた場合に疑われ、羊水検査・絨毛検査+遺伝子解析で確定診断が可能です。出生前に調べることが常に利益になるとは限らないため、遺伝カウンセリングのうえでご家族が選択されることをおすすめします。

Q3. RAF1のS257L変異とは何ですか?

RAF1の257番目のアミノ酸(セリン)がロイシンに置き換わるミスセンス変異で、RAF1変異全体の約53%を占める最大のホットスポットです。CR2ドメインに位置するこの変異では肥大型心筋症の頻度が約94%と非常に高い一方、神経発達障害の頻度は比較的低めという特徴があります。

Q4. 必ず肥大型心筋症(HCM)になりますか?

必ずではありません。HCMの頻度は変異の場所で大きく異なり、CR2ドメインの変異では約89%、S257Lでは約94%と高い一方、CR2以外の変異では約37%にとどまります。だからこそ、変異の場所を踏まえて心臓のモニタリングの頻度を決めることが大切です。

Q5. 知的障害は必ずありますか?

大多数のお子さんは正常な知能の範囲にあります。軽度の知的障害がみられるのは最大で約4分の1で、言語の遅れは一般より頻度が高めです。CR2以外の変異では神経発達障害の頻度が約69%と高くなる傾向があり、ここでも変異の場所が予測の参考になります。早期からの療育・教育支援が役立ちます。

Q6. 低身長に成長ホルモン療法は使えますか?

ヌーナン症候群の低身長にはGH療法が広く行われ、最終身長を平均で約+1.4 SD改善したとの報告があります。HCMを合併していても、心エコーによる厳密なモニタリング下では心筋肥大を有意に悪化させなかったとされ、適切な管理のもとで安全に行える可能性が示されています。適応は主治医とご相談ください。

Q7. MEK阻害薬(トラメチニブ)はもう使えるのですか?

重症の肥大型心筋症に対して、研究的に(適応外で)使われ、心筋肥大の改善が複数の症例で報告されています。ただし肺毛細血管腫症などの肺血管病変には効きにくいことがあり、日本では小児RAS病への保険適応がありません。詳しくはトラメチニブの解説ページをご覧ください。

Q8. 多発性黒子を伴うヌーナン症候群(LEOPARD)とどう違うのですか?

RAF1の特定の変異(S257L・L613Vなど)は、ヌーナン症候群5型だけでなく、多数の黒子を特徴とする多発性黒子を伴うヌーナン症候群(旧称:LEOPARD症候群)の原因にもなります。両者は別々の病気というより、同じRAF1とRAS-MAPK経路の異常を共有する一続きのスペクトラムと考えられています。

🏥 ヌーナン症候群・遺伝子診断のご相談

ヌーナン症候群・RAS病に関する遺伝子検査や
出生前診断・遺伝カウンセリングは
臨床遺伝専門医が在籍するミネルバクリニックにお気軽にご相談ください。

参考文献

  • [1] Noonan Syndrome. GeneReviews®, NCBI Bookshelf. [NCBI Bookshelf NBK1124]
  • [2] Noonan Syndrome 5 (NS5). OMIM #611553, Johns Hopkins University. [OMIM 611553]
  • [3] RAF1 gene. MedlinePlus Genetics, U.S. National Library of Medicine. [MedlinePlus]
  • [4] Domain-Specific Phenotypic Profiles in RAF1-Related Noonan Syndrome. ResearchGate. [ResearchGate]
  • [5] Germline gain-of-function mutations in RAF1 cause Noonan syndrome. Nature Genetics / PubMed. [PubMed 17603482]
  • [6] iPSC-Derived Cardiomyocytes Reveal Aberrant ERK5 and MEK1/2 Signaling Concomitantly Promote Hypertrophic Cardiomyopathy in RAF1-Associated Noonan Syndrome. Circulation. [Circulation]
  • [7] Molecular and clinical analysis of RAF1 in Noonan syndrome and related disorders: dephosphorylation of serine 259 as the essential mechanism for mutant activation. PubMed. [PubMed 20052757]
  • [8] Growth, Endocrine Features, and Growth Hormone Treatment in Noonan Syndrome. Journal of Clinical Medicine (Basel). [MDPI J Clin Med]
  • [9] MEK Inhibition in a Newborn with RAF1-Associated Noonan Syndrome Ameliorates Hypertrophic Cardiomyopathy but Is Insufficient to Revert Pulmonary Vascular Disease. Genes (Basel). [MDPI Genes]
  • [10] RVOT Stenting and Trametinib in an Infant With Noonan Syndrome, Pulmonary Stenosis, and Hypertrophic Cardiomyopathy. JACC: Case Reports. [JACC Case Reports]
  • [11] Noonan Syndrome: Relation of Genotype to Cardiovascular Phenotype—A Multi-Center Retrospective Study. PMC, NIH. [PMC11594011]

関連記事

仲田洋美 医師(臨床遺伝専門医)

この記事の監修・執筆者:仲田 洋美

(臨床遺伝専門医/がん薬物療法専門医/総合内科専門医)

ミネルバクリニック院長。1995年に医師免許を取得後、 臨床遺伝学・内科学・腫瘍学を軸に診療を続けてきました。 のべ10万人以上のご家族の意思決定と向き合ってきた臨床遺伝専門医です。

出生前診断(NIPT・確定検査・遺伝カウンセリング)においては、 検査結果の数値そのものだけでなく、 「結果をどう受け止め、どう生きるか」までを医療の責任と捉え、 一貫した遺伝カウンセリングと医学的支援を行っています。

ハイティーンの時期にベルギーで過ごし、 日本人として異文化の中で生活した経験があります。 価値観や宗教観、医療への向き合い方が国や文化によって異なることを体感しました。 この経験は現在の診療においても、 「医学的に正しいこと」と「その人にとって受け止められること」の両立を考える姿勢の基盤となっています。

また、初めての妊娠・出産で一卵性双生児を妊娠し、 36週6日で一人を死産した経験があります。 その出来事は、妊娠・出産が女性の心身に与える影響の大きさ、 そして「トラウマ」となり得る体験の重みを深く考える契機となりました。 現在は、女性を妊娠・出産のトラウマから守る医療を使命の一つとし、 出生前診断や遺伝カウンセリングに取り組んでいます。

出生前診断は単なる検査ではなく、 家族の未来に関わる重要な意思決定です。 年齢や統計だけで判断するのではなく、 医学的根拠と心理的支援の両面から、 ご家族が後悔の少ない選択をできるよう伴走することを大切にしています。

日本人類遺伝学会認定 臨床遺伝専門医/日本内科学会認定 総合内科専門医/ 日本臨床腫瘍学会認定 がん薬物療法専門医。 2025年には APAC地域における出生前検査分野のリーダーとして国際的評価を受け、 複数の海外メディア・専門誌で特集掲載されました。

お電話での受付可能
診療時間
午前 10:00~14:00
(最終受付13:30)
午後 16:00~20:00
(最終受付19:30)
休診 火曜・水曜

休診日・不定休について

クレジットカードのご利用について

publicブログバナー
 
medicalブログバナー
 
NIPTトップページへ遷移