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WGSベースのNIPT:母親のコピー数変化(CNV)を見分けて除外する仕組み

目次

仲田洋美 医師

この記事の監修:仲田洋美(臨床遺伝専門医)

ミネルバクリニック院長。臨床遺伝専門医として遺伝医療に携わっています。

WGS(全ゲノムシークエンス)ベースのNIPTでは、母体血のDNAをゲノム全体で読み、染色体の小さな区画(ビン)ごとにリードの数を数えて、胎児の染色体の増減を探します。ところが検体のDNAの約9割は母親のものなので、母親自身が染色体の一部に重複や欠失(コピー数変化:CNV)を持っていると、その区画のリード数は大きくずれます。このずれの影響を補正しないと、胎児にトリソミーがなくても陽性となる偽陽性が起こることがあります。このページでは、母体CNVがなぜ「約1.5倍・約0.5倍」という予測できる大きさで現れるのか、それをどう検出して除外するのか、そして平均ではなく中央値、標準偏差ではなく四分位範囲(IQR)を使う理由を、計算例と図で解説します。

この記事でわかること
📖 読了時間:約15分
🧮 正規化カバレッジ・中央値・IQR
★ 臨床遺伝専門医監修

Q. NIPTの解析では、母親のCNVをどうやって胎児の異常と見分けるのですか?

A. 偏りの大きさと胎児分画の整合性が重要な手がかりです。胎児分画10%のとき、胎児のトリソミーではリード数は約1.05倍にしかなりませんが、母親のヘテロ接合の重複では約1.45〜1.50倍、欠失では約0.50〜0.55倍になります。この大きさを胎児の1コピー増減だけで説明しようとすると、胎児分画が90〜100%程度必要になります。通常の母体血では説明しにくいため母体由来が疑われますが、大きさだけで由来を確定することはできません。こうした区画を連続したビンのまとまりとして検出し、染色体全体の計算から除外します。

  • ➤母体CNV → ビンのリード数が約1.5倍・約0.5倍になる
  • ➤除外しないと → 染色体全体の平均が押し上げられ偽陽性に
  • ➤正規化 → 参照集団の中央値で原因不明の偏りを打ち消す
  • ➤頑健な統計 → 平均より中央値、標準偏差よりIQR

⏱️ 30秒でわかる要約

🧬 Q. 母親のCNVはよくあるもの?

はい。87,255件のNIPTを調べた2018年の研究では、妊婦の65%が200kb以上の常染色体のCNVを持ち、検査対象の染色体(13・18・21番など)に重複か欠失を持つ人も4.5%いました。

📊 Q. なぜ見分けられる?

母親のCNVは検体の約9割を占める母親のDNAすべてに含まれるため、胎児分画10%の胎児の1コピー増減では説明しにくい約1.5倍・約0.5倍という大きさで現れるからです。

🧮 Q. 中央値を使うのはなぜ?

平均は一部の極端な値に引っぱられますが、中央値とIQRは外れ値の影響をほとんど受けないためです。ただし、それだけでは不十分で、母体CNV専用の検出処理と組み合わせます。

NIPTの教科書シリーズの共通画像。NIPTの仕組み、検査の種類、結果の読み方を示し、妊婦と女性医師を描いた案内図

第3章では、WGSベースのNIPTが、読んだDNAの断片(リード)をゲノム上に並べ、ビンごとに数え、GC含量などの偏りを補正したうえで染色体ごとの量を求める流れを順に見てきました。前のページ平均ビン値では、ビンの値を染色体ごとにまとめる方法を扱いました。このページはその続きとして、まとめる前に取り除かなければならない「母親由来の大きな偏り」と、外れ値に強い集計の方法を扱います。母体CNVが偽陽性を生む臨床的な側面(頻度、母親の検査、結果の伝え方)は、第5章のNIPTの偽陽性の原因:母体側の要因で解説しています。

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1. 結論:母親のCNVは「胎児由来としては大きすぎる偏り」として見分けられる

WGSベースのNIPTでは、母親のCNVは、ビンのリード数がおよそ1.5倍または0.5倍に連続してずれる区画として現れます。胎児分画が低い検体では胎児の1コピー増減だけではこの大きさを説明しにくいため、母体由来を疑い、胎児分画・区画の連続性・ノイズを評価して、その区画を染色体全体の計算から除外するなどの補正を行います。母体CNVの影響を補正しないと、母親の小さな重複が染色体全体の平均を押し上げ、胎児にトリソミーがなくても陽性となることがあります。

1-1. コピー数変化(CNV)とは

ヒトは通常、常染色体のそれぞれの領域を父由来と母由来を1コピーずつ、合計2コピー持っています(二倍体)。そのうち一部の領域が3コピーに増えていたり1コピーに減っていたりする状態を、コピー数変化(CNV:copy-number variation)と呼びます。片方のコピーだけが増減している状態はヘテロ接合の重複・欠失で、母体CNVの多くはこの形です。CNVの大部分は健康に影響しない個人差であり、本人が気づかないまま持っていることがほとんどです。

1-2. 母体CNVは珍しいものではない

米国で87,255件のNIPTデータを解析した2018年の研究では、妊婦の65%が200kb以上の常染色体のCNVを少なくとも1つ持っており、1人あたりの平均は1.07個でした。検査対象の染色体に限っても、2.1%が重複、2.5%が欠失を持ち、どちらかを持つ人は4.5%でした[1]。ベルギーで9,882人の妊婦の母体CNVを調べた2017年の研究でも、500kbを超える非反復性のCNVが10%に見つかっています[2]。

つまり、母体CNVは「まれな例外」ではなく、WGSベースのNIPTのアルゴリズムが毎回の解析で必ず想定しておかなければならない、ありふれたノイズ源です。検体のDNAの約9割は母親由来であるため、胎児の染色体を調べているつもりでも、データの大部分は母親のゲノムの性質を映しています。

2. なぜ母体CNVはリード数を約1.5倍・約0.5倍にするのか

母体CNVの偏りの大きさは、母親と胎児のDNAの割合と、それぞれのコピー数から計算で予測できます。この「予測できる」ことが、母体CNVを見分けて取り除くための出発点になります。

2-1. 正規化カバレッジの式

ある区画のリード数を、正常な二倍体のときの期待値で割った値を「正規化カバレッジ」と呼ぶことにします。正常なら1.0です。胎盤由来の細胞外DNAの割合(胎児分画は妊娠週数や検体によって異なり、母体由来が約9割という値は目安です)を胎児分画(FF)f、母親のその区画のコピー数をm、胎児のコピー数をcとすると、正規化カバレッジは次の式で表せます。

📐 正規化カバレッジの式

正規化カバレッジ = (1 − f) × m ÷ 2 + f × c ÷ 2

f:胎児分画 m:母親のコピー数 c:胎児のコピー数(正常はどちらも2)

この式は、検体のDNAのうち母親の割合(1−f)と胎児の割合(f)に、それぞれのコピー数の比(コピー数÷2)を掛けて足し合わせたものです。実際の解析では、ここにリード数の偶然のばらつきやGC含量による偏りが重なりますが、偏りの「中心」はこの式で決まります。

2-2. 計算例:胎児のトリソミーと母体CNVの比較

胎児分画を10%(f=0.10)として、いくつかの場合を計算すると次のようになります。

📊 胎児分画10%のときの正規化カバレッジ

状態 母親 m 胎児 c 計算 正規化カバレッジ
正常 2 2 0.9×1+0.1×1 1.00
胎児のトリソミー 2 3 0.9×1+0.1×1.5 1.05
母親の重複(胎児は受け継がない) 3 2 0.9×1.5+0.1×1 1.45
母親の重複(胎児も受け継ぐ) 3 3 0.9×1.5+0.1×1.5 1.50
母親の欠失(胎児は受け継がない) 1 2 0.9×0.5+0.1×1 0.55
母親の欠失(胎児も受け継ぐ) 1 1 0.9×0.5+0.1×0.5 0.50

胎児分画が5%なら胎児のトリソミーは1.025、15%なら1.075になります。母親の非モザイクのヘテロ接合の重複は、胎児分画5〜15%で、胎児への遺伝の有無に応じて1.425〜1.50の範囲に収まります。

胎児のトリソミーによる偏りは、胎児分画10%でわずか5%です。これに対して、母親のヘテロ接合の重複は45〜50%、欠失は−45〜−50%と、10倍近い大きさの偏りを生みます。母親のCNVは検体の約9割を占める非モザイクの母体CNVでは、その領域のコピー数変化が母体由来のDNA全体に反映されるからです。

1本の染色体上のビンの正規化カバレッジ。母体の重複は約1.45〜1.50、母体の欠失は約0.50〜0.55の位置に連続して現れ、胎児分画10%の胎児トリソミーの約1.05とは大きさがまったく違う

図:1本の染色体に並ぶビンの正規化カバレッジの模式図(数値は胎児分画10%での計算値に小さなばらつきを加えたもの)。青は正常なビン、赤は母体の重複(maternal dup)と欠失(maternal del)のビン。オレンジの破線は、胎児がトリソミーだった場合にその染色体のビン全体が並ぶ高さ(約1.05)です。

2-3. 「胎児分画100%」というありえない値で見分ける

この大きさの違いを逆から考えると、見分ける理屈がはっきりします。胎児のトリソミーでは偏りは f÷2 なので、偏りが0.05なら胎児分画は10%と推定されます。では、ある区画で偏りが0.50だったとしたら、それを胎児由来と考えると胎児分画は100%になります。通常の母体血ではDNAのすべてが胎盤由来になるとは考えにくいため、この区画では母体由来の変化が強く疑われます。ただし、胎盤側の高コピー数増幅や母体モザイクなども考慮する必要があり、この計算だけで由来を確定できるわけではありません。

このように、母体CNVは「胎児分画に対して偏りが大きすぎる」という性質を手がかりに、胎盤由来の1コピー増減と区別を試みます。しかも偏りの値が1.5や0.5の近くに集まるという予測できる形をとるため、コンピュータでゲノム全体を走査して自動的に見つけ出すことができます。偏りの大きさが胎児分画と合わないという考え方は、胎盤限局性モザイクのように胎児分画より小さい信号を判定する場面でも使われます[3]。

💡 用語解説:ビンとリード

リードは、シークエンサーが読み取ったDNA断片の配列です。WGSベースのNIPTでは、各リードをヒトゲノムの参照配列上に並べ(アライメント)、ゲノムを一定の長さ(例えば50kb)に区切った区画=ビンごとにリードの数を数えます。ビンの長さの決め方はビンの最適サイズで解説しています。

3. 除外しないと何が起こるか:小さな母体CNVが染色体全体の判定を動かす

母体CNVを含むビンをそのまま染色体全体の平均に入れると、母親の数Mbの重複が、胎児の染色体1本分の増加と見分けにくい偏りを生むことがあります。初期のWGSベースのNIPTのアルゴリズムの中には母体CNVを特定する処理を持たないものがあり、このために偽陽性が生じました。

3-1. 計算例:1.15Mbの重複が18番染色体の平均をどれだけ動かすか

18番染色体は約80Mbなので、50kbのビンに区切るとおよそ1,600個になります。ここに母親の1.15Mbの重複(胎児は受け継がない)があると、23個のビンが約1.45になります。染色体全体の平均は、23×0.45÷1,600で約0.65%押し上げられます。一方、胎児分画10%の18トリソミーなら、染色体全体が約5%押し上げられます。

0.65%は5%よりずっと小さく見えますが、判定に使う指標は、正常な妊娠の集団の中で染色体全体の値がどれだけばらつくかを基準にしています。仮にこの染色体の値の標準偏差が0.2%だとすると、0.65%の押し上げはそれだけでZスコア3を超えます。胎児分画が低い検体ほどトリソミーの信号は小さくなり、母体CNVの混入と区別しにくくなります。Zスコアの考え方はZスコアとはで詳しく扱います。

3-2. 実際の偽陽性の報告

この1.15Mbという数字は、2015年に米国から報告された研究の実例です。NIPTと胎児の結果が食い違った4例を詳しく調べたところ、2例で、母親の18番染色体の重複(1.15Mbと487kb)が18トリソミーの偽陽性の原因と考えられました。胎児にも遺伝していた1.15Mbの重複について、著者らのモデルでは、18番染色体の偽陽性の確率がおよそ15,650倍になったと推定されています。この値はモデルの条件に依存し、前項の「胎児は受け継がない」という計算例とは条件が異なります。著者らは対策として、その領域のリードを捨てるか割り引くこと、染色体の実質的な大きさを調整すること、染色体全体ではなく一定の大きさのビン単位でZスコアを計算することを挙げました[4]。

中国で112,021人を対象にした2017年の研究では、確定検査まで行った偽陽性74例のうち6例(8.1%)が、疑われたトリソミーと同じ染色体に1.76〜10.90Mbの母体の重複を持っていました。重複が大きいほどZスコアは高く、重複部分のリードを除くとZスコアは正常範囲に戻りました[5]。2018年の研究は、ほかの検査機関の報告として、母体CNVによる偽陽性が31,278人中61人(510人に1人)、1,914人中3人(640人に1人)だったことをまとめています[1]。

4. 母体CNVを見つけて除外する方法

母体CNVの検出は、「約1.5倍または約0.5倍の値をとるビンが、連続してまとまっている区画」をゲノム全体から探すことです。1個のビンだけが外れていても偶然のばらつきかもしれませんが、何十個ものビンがそろって同じ方向に大きくずれていれば、コピー数変化が疑われます。ただし、領域ごとのマッピングの偏りなどの技術的要因を確認する必要があります。

ビンごとに数えるGC補正・正規化のあと
▶
連続した区画を探す約1.5倍・約0.5倍
▶
母体CNVを除外または重みを下げる
▶
頑健に集計中央値・IQR

4-1. 連続したビンを探す:セグメンテーション

隣り合うビンの値の変わり目を見つけ、同じ値をとる区画ごとに分ける処理をセグメンテーション(分節化)と呼びます。代表的な方法の一つが循環二分割法(CBS:circular binary segmentation)で、2015年に報告された微細欠失の検出法でも、2019年に報告された解析ソフトWisecondorXでも使われています[6][3]。2018年の研究では、10個のビンを1組にした移動窓の中央値を計算し、背景のサンプルと比べることで母体CNVを検出しています[1]。

見つかった区画のうち、どこからを母体CNVとみなすかの基準は検査ごとに異なります。2017年のベルギーの研究では、正規化した値(fold change)が0.7未満を欠失、1.3を超えるものを重複として母体CNVを抽出しました[2]。理論値の0.5・1.5から余裕をもたせた基準で、偶然のばらつきやモザイクの母体CNVも拾えるようにしています。リードの深さからコピー数を推定する方法全般はRead depth解析で解説しています。

4-2. 除外するか、重みを下げるか

母体CNVと判定した区画の扱いには、いくつかの方法があります。最も単純なのは、その区画のビンを染色体全体の計算から外すことです。除外範囲が小さく、残るビンとリード数が十分であれば、残りの領域から染色体の量を推定できます。ただし、検出感度への影響は除外範囲・胎児分画・読み取り深度に依存し、検査ごとの検証が必要です。そのほか、前述の2015年の研究が挙げたように、区画のリードを割り引く、染色体の実質的な大きさを調整する、といった方法もあります[4]。

ただし、母体CNVの区画を除外すると、その区画に胎児の変化があっても見えなくなります。これは母体CNVの区画を除外する解析法の限界であり、胎児が病的なCNVを受け継いだかどうかの判断に影響することがあります。胎児の部分的な欠失・重複(微細欠失など)をどう検出するかは、微細欠失(微小欠失)の同定で扱います。

4-3. 胎児に受け継がれたCNVと、母親自身の偶発的な所見

母体CNVは、胎児にも受け継がれていることがあります。表で見たように、受け継がれていれば値は1.50や0.50になり、受け継がれていなければ1.45や0.55になります。胎児分画が十分に高ければこの差から推定できる場合もありますが、差は小さいため、通常は確定的にはわかりません。2015年に報告された微細欠失の検出法の研究では、胎児と同じ4q34の欠失を母親も持っていた例で、アルゴリズムがこれを母体由来の変化として正しく判定しています[6]。

また、母体CNVの中には、母親自身の健康に関わるものもあります。前述の2017年のベルギーの研究では、15検体に含まれる疑わしい19個のCNVが母親のリンパ球の検査で確認され、そのうち対応が必要な5例(RUNX1遺伝子のハプロ不全、13番染色体の部分欠失のモザイク、不均衡転座、X染色体の中間部欠失2例)が本人に伝えられました[2]。2019年には、筋ジストロフィーの原因遺伝子であるDMD遺伝子の母体CNVが、妊婦1,632人に1人の割合で見つかったことも報告されています[7]。アルゴリズム上は「除外すべきノイズ」でも、医学的には「母親の遺伝情報」であり、どこまで報告するかは検査の方針と検査前の説明によって決まります。結果の伝え方などの臨床的な扱いは、第5章の母体側の要因で解説しています。

仲田洋美院長

🩺 院長コラム【「ありえない値」で見分けるという発想】

母体CNVの扱いでおもしろいのは、検査の弱点そのものが見分ける手がかりになっている点です。NIPTの検体の大部分が母親のDNAであることは、胎児の信号を小さくする弱点です。ところが同じ理由で、母親の変化は胎児の変化よりはるかに大きな、予測できる値で現れます。「胎児の1コピー増減だけで説明するには胎児分画が100%近く必要になる」という不整合が、母体由来を疑う手がかりになります。ただし、信号の大きさだけでは由来を確定できません。

結果の解釈で大切なのは、Zスコアの大きさだけを見るのではなく、その偏りが胎児分画と整合する大きさかどうかを考えることだと考えています。偏りが胎児分画に対して大きすぎる場合は母体CNVなど、小さすぎる場合は胎盤のモザイクや技術的要因などを検討するという見方は、WGSベースのNIPTの結果を読み解くうえでの基本になります。

5. 原因不明でも系統的な偏りは打ち消せる:参照集団による正規化

母体CNVのように原因がはっきりした偏りだけでなく、原因がわからない偏りも、すべてのサンプルで同じように繰り返し現れるものであれば、多数の正常サンプルを使って打ち消すことができます。この処理を正規化と呼びます。

5-1. ビンごとの「いつもの値」で割る

ゲノムには、リードが並びやすい区画と並びにくい区画があります。GC含量の違い、反復配列、参照配列の不正確さなど、理由がはっきりしないものも含めて、こうした偏りはどの検体でもほぼ同じ場所に現れます。そこで、多数の正常サンプルで各ビンのリード数の中央値を求めて「そのビンのいつもの値」とし、検査する検体の値をそれで割る(あるいは差し引く)と、系統的な偏りが打ち消されます。ここでも平均ではなく中央値を使うのは、参照集団の中にトリソミーや母体CNVを持つ検体がまぎれ込んでいても、「いつもの値」が引っぱられないようにするためです。

この正規化は、外れ値かどうかにかかわらずすべてのビンに適用します。そうすることでデータ全体の系統的なばらつきが減り、最終的に正常な集団の中での値のばらつき(標準偏差)が小さくなります。ばらつきが小さくなるほど、胎児分画の低い検体でもトリソミーの小さな信号を見分けやすくなります。

5-2. GC補正・主成分による補正・サンプル内比較

正規化の方法は検査によってさまざまです。2010年の研究は、リードを局所のGC含量に応じて重みづけしてGCの偏りを除くと、残るばらつきはリードを数えることに伴う偶然のばらつき(ポアソン分布)だけになり、同研究の条件では、一定の胎児分画と対象領域の大きさに対する検出限界が読み取り数の統計に近づくことを示しました。実際の臨床感度には、胎児分画、モザイク、その他の生物学的・技術的要因も関係します。この研究では、有効なリードが約1,000万本あれば、胎児分画3.9%を超える検体で21トリソミーを有意水準α<0.001で検出可能と理論的に推定しています[8]。GC補正の詳しい考え方は平均ビン値で扱っています。

2015年の微細欠失の検出法では、サンプルごとの局所回帰(LOESS)によるGC補正のあとに、多数のサンプルにまたがる主成分分析(PCA)でいくつかの主成分に含まれる共通の偏りを取り除く、2段階の正規化が使われています[6]。2019年のWisecondorXは、正規化法の比較を行ったうえで、同じ検体の中で似たふるまいをするビン同士を比べる「サンプル内比較」が、ばらつきと検出力の点で最もすぐれていたと報告しています[3]。

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6. 平均より中央値、標準偏差よりIQR:外れ値に強い集計

母体CNVの除外や正規化を行っても、取り残された外れ値のビンは残ります。最後の守りとして、ビンの値を染色体ごとにまとめるときに、外れ値の影響を受けにくい統計量(頑健な統計量)を使います。本ページで扱う頑健な方法では、中心の値には平均ではなく中央値を用い、ばらつきには四分位範囲(IQR)から推定した標準偏差を用います。すべてのWGSベースのNIPTがこの方法を採用しているわけではありません。

6-1. 計算例:平均と中央値はどれだけ違うか

3-1の計算例と同じく、18番染色体の1,600個のビンのうち23個が1.45にずれている場合を考えます。ほかのビンは1.00を中心に標準偏差0.05でばらつくと仮定して計算すると、次のようになります。

🧮 23個の外れ値ビンが集計値に与える影響(計算例)

統計量 外れ値がないとき 外れ値23個を含むとき 変化
平均 1.0000 1.0065 +0.65%
中央値 1.0000 1.0009 +0.09%
標準偏差 0.050 0.073 約1.46倍
IQRから求めた標準偏差 0.050 0.051 約1.02倍

正規分布の乱数で1,600個のビンを作り、300回繰り返した平均値(仮定にもとづく計算例)。IQRから求めた標準偏差は IQR÷1.349 で換算。

平均は23個の外れ値に引っぱられて0.65%動きますが、中央値は0.09%しか動きません。中央値は値を大きさの順に並べたときの真ん中の値なので、端にある値がどれだけ極端でも、その「大きさ」は影響せず、「個数」だけがわずかに効くからです。一方で、胎児のトリソミーのように染色体全体のビンがそろって1.05に上がる場合には、中央値もきちんと1.05に上がります。中央値は、局所的な外れ値には鈍く、染色体全体の変化には敏感という、NIPTにとって都合のよい性質を持っています。

6-2. ばらつきはIQRで測る

標準偏差は、平均からの差を2乗して足し合わせるため、外れ値の影響を特に強く受けます。上の例では、わずか1.4%のビンが外れているだけで、標準偏差は約1.46倍にふくらみました。ばらつきを過大に見積もると、正常な範囲が広がりすぎて、本物のトリソミーを見逃す方向に働きます。

四分位範囲(IQR:interquartile range)は、値を順に並べたときの下から25%の位置(第1四分位数)と75%の位置(第3四分位数)の差です。真ん中の半分のデータだけで決まるため、外れ値の影響をほとんど受けません。データが正規分布に従うとき、標準偏差はおよそIQR÷1.349で推定できます。同じ考え方で、中央値からの差の絶対値の中央値(MAD)に1.4826を掛けて標準偏差を推定する方法もあります。

💡 用語解説:破綻点(ブレイクダウンポイント)

データのうち何割までが極端な値に置き換わっても、統計量が意味のない値にならずにすむかを示す指標です。平均の破綻点は0%で、1個の極端な値だけで大きく動きます。中央値の破綻点は50%、IQRは25%です。頑健な統計量を使うと、外れ値のビンがある程度まで増えても、集計値が大きく崩れずにすみます。

6-3. 頑健な統計だけでは足りない

ただし、中央値やIQRを使えば母体CNVの問題がすべて解決するわけではありません。87,255件を解析した2018年の研究は、外れ値に強い一般的な方法は母体CNVによる偽陽性を減らすが、母体CNVを考慮するよう専用に設計したアルゴリズムほどには減らせないと報告しています[1]。上の計算例でも、中央値はゼロではなく0.09%動いています。大きな母体CNVや、検査対象の染色体に複数のCNVがある場合には、この小さな動きも無視できなくなります。

そのため実際の解析では、母体CNVの区画を見つけて除外する専用の処理(4章)と、参照集団による正規化(5章)と、頑健な統計量による集計(6章)を組み合わせます。どれか1つではなく、3つの層で母体由来の偏りを防いでいると考えるとわかりやすいでしょう。一方、中央値は局所的な変化に鈍いという性質のため、胎児の微細欠失のような部分的な変化は染色体全体の中央値では見えません。部分的な変化はセグメンテーションで別に探します。

7. ここまでの処理で得られるもの:観察されたリード密度と次の工程

リードをビンに並べ、GC含量と並びやすさ(マッピングのしやすさ)を補正し、母体CNVなどの外れ値のビンを取り除き、頑健な方法で集計すると、注目する染色体の「観察されたリード密度(μobs)」が得られます。しかし、μobsだけでは胎児がトリソミーかどうかは判定できません。

判定には、胎児が正常(正倍数性)だと仮定したときに期待されるリード密度(μexp)と、正常な妊娠でμobsとμexpの差がどのくらいばらつくかを知る必要があります。μobsが統計的に意味のある大きさでμexpを上回ったときに、異数性が疑われるスクリーニング陽性と判定できます。NIPTだけで胎児の異数性を確定することはできません。期待値の求め方は次のページリード密度の期待値で、差の大きさを統計的に評価する方法はZスコアで解説します。

📚 第3章 WGSベースのNIPTの流れ

ページ 工程 このページとの関係
3-2-1 リードの密度 リードを数える考え方
3-2-2 ビンの最適サイズ ビンの長さの決め方
3-2-3 平均ビン値とGC補正 ビンの値の補正とまとめ方
3-2-4 母親のコピー数変化(このページ) 外れ値の除外と頑健な集計
3-2-5 リード密度の期待値 μexpの求め方
3-2-6 Zスコア μobsとμexpの差の評価
3-2-7 性染色体異数性 母体のX染色体と性染色体の判定

8. まとめ:母体CNVは「大きすぎる偏り」として見つけ、3つの層で防ぐ

WGSベースのNIPTでは、検体の約9割が母親のDNAであるため、母親のヘテロ接合の重複・欠失は、ビンのリード数を約1.5倍・約0.5倍に連続してずらします。胎児分画10%の胎児のトリソミーが約1.05倍にしかならないのと比べると桁違いに大きく、胎児由来と考えると胎児分画100%というありえない値になるため、母親由来と判断できます。妊婦の65%が200kb以上のCNVを持つほどありふれたものなので、解析では、母体CNVの区画を検出して除外する専用の処理、参照集団の中央値による正規化、中央値とIQRによる頑健な集計の3つを組み合わせて偽陽性を防ぎます。それでも取りきれない場合があるため、NIPTの陽性は確定検査で確かめる必要があり、母親自身の健康に関わるCNVが見つかることもあります。

よくある質問(FAQ)

Q1. 母親のCNVはNIPTの結果にどう影響しますか?

NIPTの検体のDNAは約9割が母親由来なので、母親が染色体の一部に重複や欠失を持っていると、その区画のリード数が約1.5倍または約0.5倍にずれます。こうした区画の影響を補正しないと、重複は染色体全体の値を押し上げ、胎児にトリソミーがなくても陽性となる偽陽性の原因になります。欠失は値を押し下げ、判定に影響することがあります。

Q2. 母親のCNVと胎児の異常は、どうやって見分けるのですか?

偏りの大きさと胎児分画の整合性が手がかりになります。胎児分画10%のとき、胎児のトリソミーではリード数は約1.05倍ですが、母親の非モザイクのヘテロ接合の重複では約1.45〜1.50倍になります。これを胎児の1コピー増加だけで説明するには胎児分画90〜100%が必要なため母体由来が疑われます。ただし、大きさだけで由来や胎児への遺伝を確定することはできません。

Q3. 母親のCNVを持っている人はどのくらいいますか?

87,255件のNIPTを解析した2018年の研究では、妊婦の65%が200kb以上の常染色体のCNVを持っており、検査対象の染色体に重複か欠失を持つ人は4.5%でした。多くは健康に影響しない個人差です。

Q4. なぜ平均ではなく中央値を使うのですか?

平均は一部の極端な値に引っぱられますが、中央値は外れ値の影響をほとんど受けないためです。18番染色体の1,600個のビンのうち23個が母体の重複でずれている計算例では、平均は0.65%動きますが、中央値は0.09%しか動きません。ばらつきも同じ理由で、標準偏差ではなく四分位範囲(IQR)で測ります。

Q5. 母親のCNVがNIPTで見つかったら、母親にも知らされますか?

検査の方針によって異なります。解析上は除外すべきノイズでも、母親自身の健康に関わるCNVが含まれることがあり、2017年のベルギーの研究では、対応が必要な5例が本人に伝えられました。どこまで報告するかは、検査前の説明で確認しておく必要があります。

🏥 NIPTをお考えの方へ

ミネルバクリニックでは、常駐する臨床遺伝専門医が、NIPTで分かること・分からないことを含めた検査前の遺伝カウンセリングと、結果が出た後の説明を担当しています。陽性の場合の確定検査(羊水検査・絨毛検査)についてもご案内しています。検査の内容はNIPTのページでご確認いただけます。

参考文献

  • [1] Kaseniit KE, Hogan GJ, D’Auria KM, et al. Strategies to minimize false positives and interpret novel microdeletions based on maternal copy-number variants in 87,000 noninvasive prenatal screens. BMC Med Genomics. 2018;11:90. [DOI 10.1186/s12920-018-0410-6]
  • [2] Brison N, Van Den Bogaert K, Dehaspe L, et al. Accuracy and clinical value of maternal incidental findings during noninvasive prenatal testing for fetal aneuploidies. Genet Med. 2017;19(3):306-313. [DOI 10.1038/gim.2016.113]
  • [3] Raman L, Dheedene A, De Smet M, Van Dorpe J, Menten B. WisecondorX: improved copy number detection for routine shallow whole-genome sequencing. Nucleic Acids Res. 2019;47(4):1605-1614. [DOI 10.1093/nar/gky1263]
  • [4] Snyder MW, Simmons LE, Kitzman JO, et al. Copy-number variation and false positive prenatal aneuploidy screening results. N Engl J Med. 2015;372(17):1639-1645. [PubMed 25830323]
  • [5] Zhou X, Sui L, Xu Y, et al. Contribution of maternal copy number variations to false-positive fetal trisomies detected by noninvasive prenatal testing. Prenat Diagn. 2017;37(4):318-322. [DOI 10.1002/pd.5014]
  • [6] Zhao C, Tynan J, Ehrich M, et al. Detection of fetal subchromosomal abnormalities by sequencing circulating cell-free DNA from maternal plasma. Clin Chem. 2015;61(4):608-616. [DOI 10.1373/clinchem.2014.233312]
  • [7] Brison N, Storms J, Villela D, et al. Maternal copy-number variations in the DMD gene as secondary findings in noninvasive prenatal screening. Genet Med. 2019;21(12):2774-2780. [DOI 10.1038/s41436-019-0564-4]
  • [8] Fan HC, Quake SR. Sensitivity of noninvasive prenatal detection of fetal aneuploidy from maternal plasma using shotgun sequencing is limited only by counting statistics. PLoS One. 2010;5(5):e10439. [DOI 10.1371/journal.pone.0010439]

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仲田洋美 医師(臨床遺伝専門医)

この記事の監修・執筆者:仲田 洋美

(臨床遺伝専門医/がん薬物療法専門医/総合内科専門医)

ミネルバクリニック院長。1995年に医師免許を取得後、 臨床遺伝学・内科学・腫瘍学を軸に診療を続けてきました。 当サイトの記事は、院長が自ら執筆し、医学的な内容を確認してから公開しています。

出生前診断(NIPT・確定検査・遺伝カウンセリング)においては、 検査結果の数値そのものだけでなく、 「結果をどう受け止め、どう生きるか」までを医療の責任と捉え、 一貫した遺伝カウンセリングと医学的支援を行っています。

ハイティーンの時期にベルギーで過ごし、 日本人として異文化の中で生活した経験があります。 価値観や宗教観、医療への向き合い方が国や文化によって異なることを体感しました。 この経験は現在の診療においても、 「医学的に正しいこと」と「その人にとって受け止められること」の両立を考える姿勢の基盤となっています。

また、初めての妊娠・出産で一卵性双生児を妊娠し、 36週6日で一人を死産した経験があります。 その出来事は、妊娠・出産が女性の心身に与える影響の大きさ、 そして「トラウマ」となり得る体験の重みを深く考える契機となりました。 現在は、女性を妊娠・出産のトラウマから守る医療を使命の一つとし、 出生前診断や遺伝カウンセリングに取り組んでいます。

出生前診断は単なる検査ではなく、 家族の未来に関わる重要な意思決定です。 年齢や統計だけで判断するのではなく、 医学的根拠と心理的支援の両面から、 ご家族が後悔の少ない選択をできるよう伴走することを大切にしています。

日本人類遺伝学会認定 臨床遺伝専門医/日本内科学会認定 総合内科専門医/ 日本臨床腫瘍学会認定 がん薬物療法専門医。 2025年には APAC地域における出生前検査分野のリーダーとして国際的評価を受け、 複数の海外メディア・専門誌で特集掲載されました。

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