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滲出性硝子体網膜症7型(EVR7)とは?CTNNB1遺伝子が関わる目と全身の遺伝性疾患

仲田洋美 医師

この記事の監修:仲田洋美(臨床遺伝専門医)

のべ10万人以上の意思決定に伴走。2025年国際誌『Global Woman Leader』表紙抜擢など、世界基準の出生前診断と遺伝カウンセリングを提供。

滲出性硝子体網膜症7型(EVR7)は、CTNNB1遺伝子のはたらきが片方だけ足りなくなることで、網膜(目の奥でものを見るための神経の膜)を養う血管がうまく育たなくなる遺伝性の目の病気です。軽い場合は症状がまったく出ませんが、進行すると網膜剥離から失明につながることもあります。さらに多くの場合、知的障害や運動の遅れを伴う「CTNNB1症候群」という全身の病気の一部として現れます。

この記事でわかること
📖 読了時間:約16分
🧬 CTNNB1遺伝子・FEVR・臨床遺伝
臨床遺伝専門医監修

Q. EVR7とはどのような病気ですか?まず結論だけ知りたいです

A. CTNNB1遺伝子の機能が低下することで、網膜のはしっこ(周辺部)の血管が育たなくなる、家族性滲出性硝子体網膜症(FEVR)の一型です。無血管になった網膜から異常な血管が生え、出血や滲出、引きつれによる網膜剥離を起こすことがあります。さらに多くの患者さんでは、知的障害や運動の遅れを伴うCTNNB1症候群を合併することが、他の目だけの病気と大きく異なる点です。

  • 疾患の定義 → OMIM 617572、FEVR(家族性滲出性硝子体網膜症)の一型、CTNNB1遺伝子(3p22.1)、常染色体顕性(優性)遺伝
  • 分子のしくみ → Norrin/Wnt/β-カテニン経路の機能低下(ハプロ不全)で網膜の血管が育たない
  • 主な症状 → 周辺部の無血管網膜 → 新生血管 → 滲出・出血 → 牽引性網膜剥離。多くがCTNNB1症候群(全身)を合併
  • 鑑別診断 → 未熟児網膜症・Norrie病・Coats病との違い
  • 診断・管理 → 超広角の蛍光眼底造影とトリオ全エクソーム解析、レーザー光凝固と多職種連携

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1. 滲出性硝子体網膜症7型(EVR7)とは:疾患の定義と背景

家族性滲出性硝子体網膜症(FEVR)は、1969年にCriswickとSchepensによって初めて報告された、網膜の血管がうまく育たないことを中心とした遺伝性の目の病気です。網膜のはしっこに血管が届かない「無血管領域」を出発点として、無症状の軽いものから、出血・滲出・網膜剥離による失明にいたる重いものまで、患者さんごとにあらわれ方が大きく異なります。

FEVRはひとつの遺伝子だけで起こるのではなく、いくつもの原因遺伝子が知られています。そのなかで、CTNNB1遺伝子(第3染色体3p22.1)の機能喪失型の変異によって起こるタイプが「滲出性硝子体網膜症7型(EVR7)」で、国際的な遺伝病データベースOMIMでは617572として分類されています[1]。2017年にPanagiotouらが、β-カテニンの異常がFEVRを引き起こすことを示し、独立した病型として確立されました[2]

💡 用語解説:網膜(もうまく)と硝子体(しょうしたい)

「網膜」は、目の奥にある、光を感じてものを見るための神経の膜です。カメラでいえばフィルムやセンサーにあたります。「硝子体」は、目の中を満たしている透明でゼリー状の組織です。網膜が正しく働くには、網膜のすみずみまで栄養を運ぶ血管が育っていることが欠かせません。EVR7では、この網膜の血管の発育がうまくいかないことが、すべての症状の出発点になります。

💡 用語解説:常染色体顕性(優性)遺伝

「常染色体」とは、性別を決める染色体(X・Y)以外の染色体のこと。「顕性(旧称:優性)」とは、2本ある遺伝子のうちどちらか1本に変異があるだけで症状が現れる遺伝の仕方です。親から子へ受け継がれる確率は理論上50%です。ただしEVR7では、両親には変異がなく、お子さんで初めて新しく生じる「新生突然変異(de novo)」によって起こることが多いため、実際に親から子へ受け継がれる例は多くありません。

FEVR全体の正確な患者数はわかっていません。これは、症状が出ないまま見過ごされている軽症の保因者が多いためで、実際にはもっと多くの方がいると考えられています。CTNNB1変異によるEVR7はそのなかでも希少で、ある大規模研究(763家系)では、CTNNB1変異を持つ方は全体の約1%でした[3]。一方、後で述べる全身型の「CTNNB1症候群」の発生は、世界で出生10万人あたり約2.6〜3.2人と推定されています。

補足:OMIMの分類上は、発達の遅れなどを伴わない「目だけの」FEVRが617572(EVR7)、痙性両麻痺と視覚障害を伴う神経発達障害が別項(615072/NEDSDV)として登録されています。ただし同じCTNNB1遺伝子による連続した病態であり、実際には両者が重なって現れることが多い点に注意が必要です。

2. 原因遺伝子CTNNB1と分子のしくみ

EVR7の原因であるCTNNB1遺伝子は、「β-カテニン」というタンパク質の設計図です。β-カテニンは781個のアミノ酸からなり、細胞のなかで2つの大切な役割を持つ多機能な分子です。

💡 用語解説:β-カテニンの「2つの顔」

ひとつ目は、細胞同士をつなぐ「のり」の役割です。細胞膜にあるE-カドヘリンというタンパク質とつながり、組織がバラバラにならないように支えます。ふたつ目は、細胞の核(DNAの司令室)のなかで、血管をつくる遺伝子などの「スイッチ」を入れる役割です。EVR7では、この両方の働きが同時に弱まることで、網膜の血管がうまく育たなくなります。

網膜の血管が育つには、「Norrin(ノーリン)」という指令物質が、細胞表面の受け取り役であるFZD4とLRP5/6(補助役のTSPAN12を含む)にくっつくことが引き金になります。指令が届くと、ふだんβ-カテニンを分解している「破壊複合体」の働きが止まり、β-カテニンが安定して核へ移動し、血管をつくる遺伝子のスイッチを入れます。

💡 用語解説:機能喪失型変異とハプロ不全

機能喪失型変異とは、遺伝子の働きが弱くなる・失われる変異のことです。EVR7では、β-カテニンが十分につくれなくなります。

ハプロ不全とは、2本ある遺伝子のうち片方が働かなくなっただけで、必要な量のタンパク質が足りなくなり症状が出ることです。CTNNB1は、片方が壊れただけで重い影響が出やすい遺伝子であることがゲノム解析(pLIやpHaploの値が最大の1.00)からも裏づけられています。

実際に、ヒトの網膜の微小血管をつくる細胞でCTNNB1の働きを下げる実験では、血管をつくる遺伝子の働きが落ち、細胞が増えにくくなり、細胞同士のつなぎ目がゆるんで血管から液が漏れやすくなることが確認されています[4]。これが、後で述べる「滲出(液漏れ)」の根っこにある変化です。

💡 用語解説:ミスセンス変異と新生突然変異(de novo)

ミスセンス変異とは、DNAの文字が1つ変わって、タンパク質を構成するアミノ酸が別のものに置き換わる変異です。このほか、途中で読み終えてしまう「ナンセンス変異」や、読み枠がずれる「フレームシフト変異」も、EVR7では機能喪失を引き起こします。

新生突然変異(de novo変異)とは、両親には存在せず、お子さんで初めて新しく生じた変異のことです。EVR7の多くはこのタイプで、ご両親の妊娠中の過ごし方や育て方が原因ではありません

実際に報告されたCTNNB1変異の多くは、両親に変異のない新生突然変異でした。培養細胞を使って変異型β-カテニンの働きを測る実験(ルシフェラーゼレポーターアッセイ)では、これらの変異がWntシグナルを動かす能力を完全に失っていることが統計的に有意に示されています[3]

EVR7におけるWntβ-カテニンシグナル伝達経路の機能不全

正常な内皮細胞(左)では、Norrin/Wntが受容体に結合することでβ-カテニンの分解が止まり、核内で血管をつくる遺伝子のスイッチが入る。CTNNB1変異(右)では、はたらくβ-カテニンが不足し、スイッチが入らず、網膜の無血管化(EVR7)を引き起こす。

FEVRを起こす主な遺伝子の比較

FEVRはWntシグナルにかかわる複数の遺伝子で起こります。同じFEVRでも、原因遺伝子によって遺伝形式や合併症が違うのが特徴です。CTNNB1(EVR7)は、目の症状に加えて全身症状を高い確率で伴う点が、他の多くのFEVRと大きく異なります。

原因遺伝子(型) 染色体 遺伝形式 特徴・全身合併症
CTNNB1(EVR7) 3p22.1 常染色体顕性(優性) 目の病変に加え、知的障害・痙直性両麻痺・小頭症を伴う「CTNNB1症候群」を高頻度に合併。多くが新生突然変異。
FZD4(EVR1) 11q14-q21 常染色体顕性(優性) FEVRの代表的な原因遺伝子。多くは目だけの症状で、全身合併症はまれ。
LRP5(EVR4) 11q13.4 顕性/潜性 一部で骨量減少・易骨折性など骨の異常を伴うことがある。
NDP(EVR2) Xp11.4 X連鎖潜性(劣性) 男性に発症。重い網膜剥離・難聴を伴うNorrie病と病態が重なる。
TSPAN12(EVR5) 7q31.31 顕性/潜性 受容体複合体を安定させる補助役。主に目の症状で全身の異常は目立たない。

3. 主な症状:目の病変と全身症状

目の症状:無血管網膜から網膜剥離までの「ドミノ」

EVR7の目の病変は、血管がうまく育たないことを起点に、ドミノ倒しのように段階的に進みます。

💡 用語解説:無血管網膜と牽引性網膜剥離

無血管網膜とは、本来あるべき血管が届いておらず、血流のない網膜の部分です。酸素や栄養が不足した状態(虚血)になります。

牽引性網膜剥離とは、繰り返す出血や滲出のあとにできた「ひきつれ(線維性の傷あと)」が縮むことで、網膜が物理的に引っ張られて眼球の壁からはがれてしまう状態です。EVR7でもっとも避けたい、視力を失う原因となる合併症です。

流れを整理すると、①網膜のはしっこ(特に耳側の周辺部)で血管の成長が突然止まり無血管領域が残る → ②酸素不足になった網膜がVEGFという物質を大量に出す → ③その刺激でもろくて壊れやすい新生血管が生え、出血や滲出(液漏れ)を起こす → ④傷あと(線維化)が縮んで網膜が引っ張られ、黄斑のずれ・網膜のひだ・牽引性網膜剥離へと進む、という順序になります。重症例では乳児期早期に網膜が全部はがれ、瞳が白く見える「白色瞳孔」を呈し、失明にいたることもあります。

重症度は、無血管の範囲と合併症の進み具合からステージ1(軽症)〜ステージ5(網膜全剥離)に分類されます。軽症や無症状の方も多く、その場合は精密に眼底を観察してはじめて「周辺部の無血管領域の弧」が唯一の所見として見つかります。この「症状が出にくさ」が、家系のなかで長く診断されないまま見過ごされる大きな原因になります。また、近視・遠視・乱視といった屈折の異常や、斜視・眼振が早くから見られることも一般的です。

全身症状:多くはCTNNB1症候群を合併する

EVR7を考えるうえで最も大切なのは、CTNNB1の変異が目だけの病気にとどまらないことです。β-カテニンは脳の発生にも欠かせないため、その不足は「痙性両麻痺と視覚障害を伴う神経発達障害(CTNNB1症候群/NEDSDV)」という全身の病気を引き起こします。CTNNB1症候群と診断された方の約20〜30%にFEVR(EVR7)が合併すると報告されています。

CTNNB1変異(EVR7/CTNNB1症候群)の臨床的特徴

EVR7は目の病変(FEVR)に加え、広範な神経発達・運動機能障害を高い確率で合併します。

👁️ 眼科的症状

無血管網膜
視力低下
斜視
網膜剥離

🦵 神経・運動障害

筋緊張低下
痙直性両麻痺
小頭症
ジストニア

🧠 認知・行動の特徴

知的障害
言語の遅れ
自閉症様行動
睡眠の問題

⚕️ その他の特徴

特徴的な顔つき
係留脊髄
先天性心疾患

運動面では、乳児期に体幹の力が弱い「筋緊張低下(フロッピーインファント)」が見られ、首すわりや座位の獲得が遅れます。やがて、体幹は弱いままなのに手足(特に下肢)はつっぱる「痙直性両麻痺」へと移行し、つま先立ちや不安定な歩き方になり、歩行開始が大きく遅れることがあります。この特徴的な経過のため、長く脳性麻痺と誤診されてきた歴史があります。さらに、ジストニア(不随意の異常な姿勢・運動)や、脊髄が脊柱管に異常に固定される「係留脊髄症候群」を伴うこともあり、後者は下肢や排泄の機能を守るためにMRIでの確認と外科的解除が必要になることがあります。

認知面では、軽度から重度まで幅のある知的障害がほぼ全員に見られ、言葉の遅れも目立ちます。ただし、言葉を「理解する力」は「話す力」を上回ることが多いため、絵カードやタブレットなどの代替コミュニケーション手段が役立ちます。このほか、小頭症や特徴的な顔つき、まれに先天性心疾患を伴うことがあり、診断時には心臓の超音波検査などのスクリーニングが大切です。

仲田洋美院長

🩺 院長コラム【「目の病気」と「発達の遅れ」を別々に見ないでください】

発達の遅れがあるお子さんに斜視や網膜の異常が見つかったとき、「発達の問題と目の問題は別のこと」と切り分けて考えられてしまうことがあります。けれどもCTNNB1の場合、その2つは同じ遺伝子から生まれた一続きの物語です。眼科の所見が、全身の診断の入り口になることが少なくありません。

逆に、CTNNB1症候群と診断されたお子さんでは、自覚を伝えにくいぶん、進行する網膜の病変が見逃されがちです。視覚は、運動の学習や周囲とのやりとりを支える大切な土台です。だからこそ私は、眼科と神経のあいだに垣根をつくらず、早めに目の奥までしっかり調べることをお伝えしています。

4. 鑑別診断:似ている病気との見分け方

EVR7の網膜所見は、ほかの小児の網膜血管の病気と重なる部分が多く、ていねいな見分けが必要です。問診と眼底所見を組み合わせて判断します。

未熟児網膜症(ROP)との鑑別

血管新生や線維血管の増殖など、眼底所見はFEVRとよく似ています。

見分けのポイント:FEVRは通常、満期で生まれ、NICUでの酸素投与歴がないお子さんに起こります。この出生歴の違いが大きな手がかりです。

Norrie病との鑑別

NDP遺伝子によるX連鎖潜性(劣性)の病気で、網膜の無血管化と剥離を起こす点はFEVRと共通します。

見分けのポイント:男性のみに発症し、生後まもなく両眼の重い網膜剥離(白色瞳孔)・進行性の難聴・重度の発達遅滞を伴う、より劇症型の経過をたどります。

Coats病との鑑別

主に若い男性の片眼に起こる、遺伝しない網膜血管の異常です。

見分けのポイント:末梢血管の著しい拡張と、大量の黄色い脂質性の滲出物が網膜の下にたまるのが特徴で、無血管領域を中心とするFEVRとは進み方が異なります。

なお、データベースによってはEVR7に関連して白内障や夜盲にかかわるクリスタリン遺伝子(CRYGBなど)が並ぶことがありますが、これらは別の視覚障害のマーカーであり、CTNNB1による直接の病因とは区別して解釈する必要があります。同じFEVRのなかでも、最も頻度の高いFZD4によるEVR1との対比は、全体像を理解するうえで役立ちます。

5. 診断と遺伝子検査の進め方

EVR7は小児期に急速に進行し、取り返しのつかない視力喪失につながりうるため、早期の発見が将来の生活の質に直結します。一方で、初期は無症状の期間が長く、発達の遅れを伴う乳幼児では検査への協力が難しいことが、早期診断をむずかしくしています。

超広角の蛍光眼底造影が欠かせない

💡 用語解説:フルオレセイン蛍光眼底造影(FA)

フルオレセインという蛍光色素を使い、網膜の血管の流れを撮影する検査です。ふつうの眼底検査では見えにくい、はしっこの「無血管領域」をはっきり描き出せます。EVR7の決め手となる病変は周辺部にあるため、できるだけ広い範囲を写せる超広角の撮影が重要です。

ふつうの眼底検査だけでは、最も大切な周辺部の無血管領域を見逃す危険があります。そのため、CTNNB1症候群と診断されたお子さん、発達の遅れに斜視を伴う場合、FEVRの家族歴がある場合などには、超広角のFAが「必須」の診断手段とされています[9]。協力がむずかしい乳幼児では、診断の遅れを避けるために、全身麻酔下(または安全な深い鎮静下)でていねいに検査するプロトコルが推奨されています。視覚に物理的な障害が及ぶ前の「治療の窓」のうちに、介入の必要性を見きわめるためです。

遺伝子検査と家族のスクリーニング

💡 用語解説:トリオ全エクソーム解析(Trio-WES)と多遺伝子パネル

「全エクソーム解析(WES)」は、遺伝子のタンパク質をつくる部分を網羅的に読む検査です。「トリオ」はお子さんと両親の3人を一緒に解析する方法で、新生突然変異を効率よく見つけられます。FEVRが疑われる場合は、CTNNB1だけでなくFZD4・LRP5・NDP・TSPAN12・ZNF408など病態が重なる遺伝子をまとめて調べる多遺伝子パネルが標準的です。

EVR7の原因となるCTNNB1変異の大半は新生突然変異ですが、ごく軽症・無症状の親が保因者であるケースや、生殖細胞モザイク(親の一部の細胞だけに変異がある状態)の可能性も否定できません。そのため、お子さんがFEVRと診断された場合、ご両親やきょうだいも、症状の有無にかかわらず眼科専門医による散瞳下の眼底スクリーニングを受けることが強くすすめられます

出生後の検査と出生前の検査は分けて考える

遺伝子検査は、「生まれた後」と「生まれる前」で目的も方法も異なります。この2つは必ず分けて考えることが大切です。

出生後(生まれた後)

お子さんの目の症状からFEVRが疑われる場合、当院ではCTNNB1を含む関連遺伝子をまとめて調べる「硝子体網膜症・ワーグナー症候群NGSパネル検査」を行っています。多くは唾液や口腔粘膜で検査でき、オンライン診療にも対応しています。

出生前(生まれる前)

妊娠中にCTNNB1を含む多数の遺伝子を調べる選択肢として、NIPTの「インペリアルプラン」があります。より確実な診断が必要な場合の確定検査としては、羊水検査・絨毛検査があります。

💡 大切なお願い:検査は「受けるべきもの」ではありません

EVR7は浸透率や症状の幅が広く、新生突然変異が多い病気です。そのため、出生前に調べることが常にご家族の利益になるとは限りません。私たち医師は中立の立場で情報をお伝えするだけで、検査を受けるかどうか、結果をどう活かすかは、ご家族ご自身がじっくり考えてお決めになることです。不安をあおったり、特定の検査をおすすめしたりすることはありません。

6. 治療と長期管理

現時点では、CTNNB1の変異そのものを治してハプロ不全を完全に元に戻す根本治療は確立されていません。そのため治療は、目の合併症の進行を物理的にくい止めることと、CTNNB1症候群の全身症状に対する多職種連携での対症療法・生活の質の向上が中心になります。

目の治療:先回りのレーザーが鍵

FAで無血管領域が特定された場合、第一選択となるのが予防的なレーザー光凝固術です。虚血状態の網膜をレーザーで焼き固めて酸素の必要量を減らし、新生血管を生やすVEGFの異常な放出を止めます。乳幼児や発達の遅れを伴うお子さんでは、安全で確実な照射のために全身麻酔下での処置が必要になります。

病気が進んで網膜裂孔・硝子体出血・牽引性網膜剥離が起きてしまった場合は、硝子体手術や強膜内陥術といった高度な外科治療が必要です。ただし、FEVRの網膜剥離は引きつれが強く、手術で網膜を元に戻せても視力の回復は思わしくないことが多いのが現実です。この事実こそが、早期発見とレーザーによる先回りのコントロールがいかに大切かを物語っています。

CTNNB1症候群のお子さんでは、進行する網膜の病変による急な見えにくさが、恐怖や混乱からくるパニックや自傷と誤解されることが警鐘されています。視覚は、認知や運動の学習、外の世界とのやりとりを支える大切な「いのち綱」です。EVR7の眼科治療は、単なる目の治療ではなく、全身の発達を支える治療の根幹として位置づけられます。

全身(CTNNB1症候群)への多職種連携

全身症状を伴う場合は、小児科・小児神経内科・臨床遺伝専門医・理学療法士(PT)・作業療法士(OT)・言語聴覚士(ST)などが連携してケアにあたります。筋緊張低下や痙縮には継続的な理学療法・装具・ボツリヌス毒素注射などが、ジストニアにはレボドパなどの薬物療法が選択肢になります。係留脊髄症候群にはMRIでの定期評価と外科的解除を、先天性心疾患には心エコー検査を組み込みます。発語が難しいお子さんには、代替・拡大コミュニケーション(AAC)デバイスや絵カードによる支援が、フラストレーションを減らし社会的なやりとりを促すうえでとても有効です。

将来に向けた研究

基礎研究では、Wntシグナルを底上げする試みが進んでいます。GSK-3βを抑える塩化リチウム(LiCl)を細胞モデルやマウスモデルに投与したところ、低下していたβ-カテニンの活性が薬で補われ、FEVR様の網膜病変が部分的に回復することが確認されました[4]。さらに、正常なCTNNB1遺伝子を補う遺伝子治療の研究も加速しており、CTNNB1症候群の主要な症状を再現するマウスモデルが、安全性や効果を確かめる土台になっています[8]。いずれもまだ研究段階で、すぐに受けられる確立した治療ではありませんが、希望のある進展です。

7. 遺伝カウンセリングの意義

EVR7に関連する遺伝子検査では、結果の受け止め方やこれからの見通しについて、専門家とゆっくり話し合う遺伝カウンセリングが重要です。主に次のような内容を扱います。

  • 遺伝の仕方と再発の可能性:多くは新生突然変異で、ご両親には変異が見られません。ただし常染色体顕性遺伝のため、ご本人がお子さんを持つ場合の伝わる確率は理論上50%です。生殖細胞モザイクの可能性もあるため、次のお子さんを検討する際の相談が役立ちます。
  • 表現型の幅の説明:同じ変異でも、家系内や患者さん間で浸透率や症状の重さが大きく異なります。「軽い目の所見だけ」から「全身症状を伴う重い経過」まで幅があることを共有します。
  • 検査の選択肢:必要に応じて、羊水検査・絨毛検査などの確定検査について、利点と限界の両面から中立的にご説明します。
  • 心理的サポート:希少な病気ゆえに情報が限られます。不安や疑問に寄り添いながら、長期的に医療とつながり続けられるよう支えます。

遺伝カウンセリングは、臨床遺伝専門医をはじめとする専門家が担います。決定を急かすのではなく、ご家族が納得して選べるよう伴走することを大切にしています。

8. よくある誤解

誤解①「目の病気だけ」

CTNNB1によるEVR7は、多くがCTNNB1症候群という全身の病気の一部として現れます。目の所見が全身診断の入り口になることが少なくありません。

誤解②「親が健康だから遺伝ではない」

EVR7の多くは新生突然変異で、両親には変異がないことがほとんどです。「親が健康=遺伝子の病気ではない」という思い込みが診断を遅らせることがあります。

誤解③「未熟児網膜症と同じ」

眼底所見は似ていますが、FEVRは満期産で酸素投与歴のないお子さんに起こります。出生歴の確認が見分けの大きな手がかりです。

誤解④「症状がなければ問題ない」

EVR7は無症状でも周辺部に無血管領域が隠れていることがあります。家族歴がある場合は、症状がなくても眼底スクリーニングが大切です。

9. 臨床遺伝専門医からのメッセージ

仲田洋美院長

🩺 院長コラム【「治療の窓」は、思っているより早く閉じます】

EVR7でいちばんお伝えしたいのは、時間との勝負だということです。網膜剥離が起きてからの手術は、解剖学的にうまくいっても視力が戻りにくい。けれども、無血管の段階で先回りしてレーザーを当てられれば、剥離そのものを防げる可能性があります。だからこそ、周辺部までしっかり見える検査を、できるだけ早く受けていただきたいのです。

同時に、私は「だから急いで検査を」と背中を押すための情報発信をしているわけではありません。出生前に調べることが常に正解とは限らず、答えはご家族ごとに違います。正確な知識をお届けし、そのうえでご家族が納得して選べるよう静かに伴走すること。それが、希少疾患に向き合う臨床遺伝専門医としての私の役割だと考えています。

よくある質問(FAQ)

Q1. EVR7は遺伝しますか?

常染色体顕性(優性)遺伝の病気ですが、報告されている多くの症例は新生突然変異によるもので、ご両親には同じ変異が見られません。ご本人がお子さんを持つ場合の伝わる確率は理論上50%です。ごく軽症の保因者や生殖細胞モザイクの可能性もあるため、ご家族の眼底スクリーニングや、次のお子さんを検討する際の相談が役立ちます。

Q2. EVR7になると必ず失明しますか?

いいえ、症状の幅はとても広く、無症状のまま生涯を過ごす方もいます。一方で、進行すると網膜剥離から失明にいたることもあります。重要なのは、無血管の段階で見つけて先回りのレーザー治療を行えば、剥離を防げる可能性があることです。早期発見が予後を大きく左右します。

Q3. EVR7とCTNNB1症候群はどう関係していますか?

どちらも同じCTNNB1遺伝子の機能喪失によって起こる、地続きの病態です。EVR7は目の網膜の病変を指し、CTNNB1症候群(NEDSDV)は知的障害・運動の遅れ・小頭症などを伴う全身の神経発達障害を指します。CTNNB1症候群と診断された方の約20〜30%にFEVR(EVR7)が合併すると報告されており、目と全身を合わせて診ることが大切です。

Q4. 未熟児網膜症と何が違いますか?

眼底の所見はよく似ていますが、未熟児網膜症は早産や保育器での酸素投与に関連して起こります。これに対しFEVR(EVR7)は、満期で生まれ酸素投与歴のないお子さんに起こる遺伝性の病気です。出生歴の確認と、FEVRの家族歴・遺伝子検査によって見分けます。

Q5. どのように診断しますか?

超広角のフルオレセイン蛍光眼底造影(FA)で周辺部の無血管領域を確認し、CTNNB1を含む関連遺伝子の多遺伝子パネルやトリオ全エクソーム解析で原因変異を同定して確定します。協力がむずかしい乳幼児では、全身麻酔下や深い鎮静下でていねいに検査するプロトコルが推奨されています。

Q6. 出生前に調べられますか?

CTNNB1を対象に含むNIPT(インペリアルプラン)という選択肢があり、より確実な診断が必要な場合は羊水検査・絨毛検査といった確定検査があります。ただし、EVR7は浸透率や症状の幅が広く、出生前に調べることが常に利益になるとは限らないため、受けるかどうかはご家族でよく話し合ってお決めください。

Q7. 治療法はありますか?

目の病変には、無血管領域への予防的レーザー光凝固術が第一選択となり、進行例では硝子体手術などが行われます。全身症状には、小児神経・内分泌・リハビリなどによる多職種連携での対症療法とサポートが中心です。CTNNB1の働きを底上げする薬や遺伝子治療の研究も進んでいますが、いずれもまだ研究段階で、確立した治療ではありません。

Q8. 子どもがEVR7と診断されました。家族も検査が必要ですか?

はい、症状がなくても、ご両親やきょうだいは眼科専門医による散瞳下の眼底スクリーニングを受けることが強くすすめられます。EVR7は無症状の保因者がいることや、生殖細胞モザイクの可能性があるためです。早く見つけることで、ご家族の網膜剥離を未然に防げる可能性があります。詳しくは臨床遺伝専門医にご相談ください。

🏥 目と全身の遺伝性疾患・遺伝カウンセリングについて

EVR7(滲出性硝子体網膜症7型)やCTNNB1に関連するご相談は、
臨床遺伝専門医が在籍するミネルバクリニックにお気軽にご相談ください。

関連記事

参考文献

  • [1] OMIM. Exudative Vitreoretinopathy 7; EVR7 (#617572). Johns Hopkins University. [OMIM]
  • [2] Panagiotou ES, et al. Defects in the Cell Signaling Mediator β-Catenin Cause the Retinal Vascular Condition FEVR. Am J Hum Genet. 2017;100(6):960-968. [PubMed]
  • [3] Familial Exudative Vitreoretinopathy and Systemic Abnormalities in Patients With CTNNB1 Mutations. PMC. [PMC9940768]
  • [4] Novel truncating variants in CTNNB1 cause familial exudative vitreoretinopathy. PubMed. 2022. [PubMed]
  • [5] Familial exudative vitreoretinopathy caused by CTNNB1 gene de novo mutation in a Chinese family. PMC. [PMC11863797]
  • [6] MedlinePlus Genetics. Familial exudative vitreoretinopathy. U.S. National Library of Medicine. [MedlinePlus]
  • [7] Orphanet. Familial exudative vitreoretinopathy (ORPHA:891). [Orphanet]
  • [8] CTNNB1 syndrome mouse models. PMC. [PMC12130087]
  • [9] 日本眼科学会. 家族性滲出性硝子体網膜症の診療の手引き. [日本眼科学会]

仲田洋美 医師(臨床遺伝専門医)

この記事の監修・執筆者:仲田 洋美

(臨床遺伝専門医/がん薬物療法専門医/総合内科専門医)

ミネルバクリニック院長。1995年に医師免許を取得後、 臨床遺伝学・内科学・腫瘍学を軸に診療を続けてきました。 のべ10万人以上のご家族の意思決定と向き合ってきた臨床遺伝専門医です。

出生前診断(NIPT・確定検査・遺伝カウンセリング)においては、 検査結果の数値そのものだけでなく、 「結果をどう受け止め、どう生きるか」までを医療の責任と捉え、 一貫した遺伝カウンセリングと医学的支援を行っています。

ハイティーンの時期にベルギーで過ごし、 日本人として異文化の中で生活した経験があります。 価値観や宗教観、医療への向き合い方が国や文化によって異なることを体感しました。 この経験は現在の診療においても、 「医学的に正しいこと」と「その人にとって受け止められること」の両立を考える姿勢の基盤となっています。

また、初めての妊娠・出産で一卵性双生児を妊娠し、 36週6日で一人を死産した経験があります。 その出来事は、妊娠・出産が女性の心身に与える影響の大きさ、 そして「トラウマ」となり得る体験の重みを深く考える契機となりました。 現在は、女性を妊娠・出産のトラウマから守る医療を使命の一つとし、 出生前診断や遺伝カウンセリングに取り組んでいます。

出生前診断は単なる検査ではなく、 家族の未来に関わる重要な意思決定です。 年齢や統計だけで判断するのではなく、 医学的根拠と心理的支援の両面から、 ご家族が後悔の少ない選択をできるよう伴走することを大切にしています。

日本人類遺伝学会認定 臨床遺伝専門医/日本内科学会認定 総合内科専門医/ 日本臨床腫瘍学会認定 がん薬物療法専門医。 2025年には APAC地域における出生前検査分野のリーダーとして国際的評価を受け、 複数の海外メディア・専門誌で特集掲載されました。

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