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CTNNB1遺伝子とβ-カテニン|細胞接着とWntシグナルを支える働きと関連する病気をわかりやすく解説

仲田洋美 医師

この記事の監修:仲田洋美(臨床遺伝専門医)

のべ10万人以上の意思決定に伴走。国際医療誌『Medical Care Review APAC』『Global Woman Leader』の2誌で表紙を飾り、「Top Prenatal Testing Service in APAC 2025」に選出されるなど、世界基準の遺伝医療を提供。

CTNNB1遺伝子は、細胞同士をくっつける「のり」の役割と、細胞の増殖や分化を切り替える「スイッチ」の役割をあわせ持つ、β-カテニンというタンパク質の設計図です。この遺伝子に変化(変異)が起きると、その「種類」によって正反対の病気が生じます。生まれつき働きが弱くなる変異は神経発達症「CTNNB1症候群」を、体の細胞で働きが暴走する変異はさまざまな「がん」を引き起こすのです。この記事では、CTNNB1という一つの遺伝子が持つ二つの顔を、一般の方にもわかりやすく解説します。

この記事でわかること
📖 読了時間:約18分
🧬 CTNNB1遺伝子・β-カテニン・Wntシグナル
臨床遺伝専門医監修

Q. CTNNB1遺伝子とはどんな遺伝子ですか?まず結論だけ知りたいです

A. β-カテニンというタンパク質を作る設計図で、「細胞の接着」と「Wntシグナル伝達(細胞の増殖スイッチ)」という2つの重要な働きを担っています。働きが弱くなる変異(機能喪失型)は神経発達症のCTNNB1症候群を、体の細胞で働きが暴走する変異(機能獲得型)は大腸がん・子宮内膜がんなどのがんを引き起こします。同じ遺伝子でも、変異の種類が違えば全く別の病気になるのが特徴です。

  • 遺伝子の基本 → 第3染色体3p22.1に位置し、β-カテニン(約88kDa)をコードする
  • 2つの役割 → 細胞をつなぐ「接着」と、核の中で遺伝子を動かす「スイッチ」
  • 機能喪失型 → CTNNB1症候群(神経発達症)。多くは新生突然変異
  • 機能獲得型 → エクソン3の変異でがんを駆動。子宮内膜がんの予後因子にも
  • 検査と最新研究 → 出生前・出生後の検査の使い分けと、遺伝子補充療法などの開発状況

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1. CTNNB1遺伝子とは:基本情報

CTNNB1遺伝子は、私たちの体の細胞の中で働くβ-カテニン(ベータ・カテニン)というタンパク質を作るための設計図です。正式名称は「catenin beta 1(カテニンβ1)」で、第3染色体の短い腕(3p22.1)に位置しています[1][2]。脳の神経細胞、毛根の細胞、腸の上皮細胞など、体のさまざまな場所で豊富に作られており、私たちが生きていくうえで欠かせない働きを担っています。

項目 内容
承認シンボル CTNNB1
遺伝子名 catenin beta 1(カテニンβ1)
遺伝子座(場所) 3p22.1(第3染色体の短い腕)
ゲノム座標(GRCh38) chr3:41,199,505-41,240,443
エクソン数 16(タンパク質をコードするのはエクソン2〜15)
作られるタンパク質 β-カテニン(約88kDa/781アミノ酸)
主な働き 細胞接着とWntシグナル伝達
HGNC / NCBI Gene 2514 / 1499
Ensembl / OMIM ENSG00000168036 / 116806

CTNNB1が医学的に注目される最大の理由は、この遺伝子の変異が「両極端」の病気を引き起こすことにあります。生まれつき遺伝子の働きが足りなくなると重い神経発達症が、逆に体の特定の細胞で働きが暴走するとがんが生じます。同じ一つの遺伝子が、なぜ正反対の病気の原因になるのか——その鍵が、これから説明する「β-カテニンの2つの顔」にあります。

2. β-カテニンの「2つの顔」:接着とスイッチ

β-カテニンは「一人二役」のタンパク質です。同じ分子が、細胞のどこにいるかによって全く異なる仕事をします。

💡 用語解説:β-カテニンとは

細胞の中にあるタンパク質の一つで、英語では beta-catenin と書きます。「のり」として細胞同士をつなぐ役割と、「伝令」として核の中で遺伝子のスイッチを入れる役割を持っています。胚(赤ちゃんのもと)の発生から、大人になってからの組織の修復まで、生命活動の土台を支える分子です。

顔その1:細胞をつなぐ「のり」(細胞接着)

皮膚や腸などの細胞は、お互いがバラバラにならないようにしっかりと連結しています。この連結部分をアドヘレンス結合(接着結合)と呼びます。β-カテニンは、細胞の膜にある「E-カドヘリン」というタンパク質と、骨組みである「アクチン」とをつなぐ中継役として働き、細胞に強度と形を与えます。組織がきちんと一枚のシートとして成り立つのは、この接着の働きのおかげです。

顔その2:遺伝子を動かす「スイッチ」(Wntシグナル)

もう一つの顔は、細胞の核(DNAが入っている司令室)の中で働くシグナル伝達の主役としての役割です。β-カテニンが核の中に入ると、特定の遺伝子のスイッチをオンにして、細胞を増やしたり、性質を変えたり(分化)する命令を出します。この仕組みは「Wnt(ウィント)シグナル伝達経路」と呼ばれ、体づくりの根幹を担います。次のセクションで、このスイッチの精巧なオン・オフの仕組みを見ていきましょう。

3. Wntシグナル伝達経路のしくみ(OFF/ON)

細胞は、β-カテニンの量を厳密にコントロールすることで、増殖のスイッチを「オフ」にしたり「オン」にしたりしています。この切り替えは、細胞の外から「Wnt」という指令が届いているかどうかで決まります。

カノニカルWnt/β-カテニンシグナル伝達経路の分子メカニズム

Wntの指令がないとき(左:OFF)は破壊複合体がβ-カテニンを分解してスイッチはオフ。Wntの指令が届くと(右:ON)分解が止まり、蓄積したβ-カテニンが核へ移動して標的遺伝子をオンにする。

図だけではイメージしにくい方のために、この流れを「OFF」と「ON」のステップに分けて整理すると、次のようになります。

Wnt非存在(OFF)

① 破壊複合体(APC・Axin・GSK-3β・CK-1)がβ-カテニンを捕まえる

② 目印(リン酸化)が付けられる

③ プロテアソームで分解される

④ 核の中のスイッチは「オフ」

Wnt存在(ON)

① Wntが受容体(Frizzled・LRP5/6)に結合

② 破壊複合体が働けなくなる

③ β-カテニンが分解されず蓄積し、核へ移動

④ TCF/LEFと結合しスイッチ「オン」(c-myc等)

上の図の流れを、OFF(分解)とON(蓄積・転写)のステップに分けた早わかり版です。

💡 用語解説:破壊複合体とプロテアソーム

「破壊複合体」は、余分なβ-カテニンに分解の目印(リン酸化)を付ける装置です。目印が付いたβ-カテニンは「プロテアソーム」という細胞内のゴミ処理工場に運ばれ、すばやく分解されます。この仕組みのおかげで、Wntの指令がないときは増殖スイッチが勝手に入らないように守られています。

このオン・オフの精巧なバランスが崩れると、細胞は増えすぎたり、逆にうまく育たなかったりします。この「バランスの崩れ方」が、CTNNB1の変異が引き起こす2種類の病気を分けるのです。

🔍 関連記事:CTNNB1が関わる目の病気についてはこちら → 滲出性硝子体網膜症7(EVR7)

4. 変異の種類で運命が変わる:2つの病気

CTNNB1の変異は、大きく分けて2つのタイプがあります。一方は「働きが足りなくなる」変異、もう一方は「働きが暴走する」変異です。下の用語解説で、その違いを整理しましょう。

💡 用語解説:機能喪失型と機能獲得型

機能喪失型(きのうそうしつがた):遺伝子の働きが弱くなる・なくなる変異です。CTNNB1では、β-カテニンが十分に作れなくなり、神経発達症「CTNNB1症候群」を引き起こします。

機能獲得型(きのうかくとくがた):遺伝子の働きが「暴走」する変異です。CTNNB1では、β-カテニンが分解されずに増えすぎ、細胞の増殖が止まらなくなって「がん」を引き起こします。

💡 用語解説:ミスセンス変異/ナンセンス変異/フレームシフト変異

ミスセンス変異:DNAの文字が1つ変わり、タンパク質を構成するアミノ酸が別のものに置き換わる変異です。

ナンセンス変異:本来より早い位置に「終わり」の合図ができてしまい、短い不完全なタンパク質になる変異です。

フレームシフト変異:DNAの文字が抜けたり挿入されたりして、読み枠(3文字ずつ読むルール)がずれてしまう変異です。多くは正常に働かないタンパク質になります。

機能喪失型 → CTNNB1症候群(神経発達症)

CTNNB1の片方の遺伝子に機能喪失型の変異が起きると、CTNNB1症候群が生じます。正式な医学名は「痙性両麻痺と視覚障害を伴う神経発達障害(NEDSDV)」で、知的障害・発達の遅れ・筋緊張の異常(はじめは体幹の力が弱く、のちに手足がつっぱる)・小頭症・目の異常(斜視や網膜の異常など)・話し言葉の遅れなどが特徴です[4][11]。発生はおおよそ出生10万人あたり2.6〜3.2人と推定される、とても稀な病気です。

💡 用語解説:ハプロ不全と新生突然変異(de novo)

ハプロ不全:人は遺伝子を父・母から1本ずつ、計2本持っています。片方が働かなくなっただけで必要な量のタンパク質が足りなくなり、症状が出ることを「ハプロ不全」といいます。CTNNB1症候群はこの仕組みで起こります。

新生突然変異(de novo変異):両親には存在せず、お子さんで初めて新しく生じた変異のことです。CTNNB1症候群の多くはこのタイプで、ご両親の育て方や行動が原因ではありません

💡 用語解説:常染色体顕性(優性)遺伝

「常染色体」は性別を決める染色体(X・Y)以外の染色体のこと。「顕性(けんせい/旧称:優性)」とは、2本の遺伝子のうちどちらか1本に変異があるだけで症状が現れる遺伝の仕方です。CTNNB1症候群は常染色体顕性遺伝の形をとりますが、前述のとおり多くは新生突然変異で生じるため、実際に親から子へ受け継がれる例は多くありません。

CTNNB1症候群の症状や経過、診断・支援の詳細は、専用の疾患ページで詳しく解説しています。また、CTNNB1は目の網膜の病気(家族性滲出性硝子体網膜症の一型=EVR7)の原因にもなります。

仲田洋美院長

🩺 院長コラム【「新生突然変異」という事実が、ご家族の心を軽くすることがあります】

CTNNB1症候群のお子さんを持つご家族から、「私の何がいけなかったのでしょうか」というご質問を受けることがあります。多くのケースは新生突然変異——つまり、お子さんが受精する前後に偶然新しく生じた変化であり、ご両親の生活習慣や妊娠中の過ごし方が原因ではありません。

この事実を正しくお伝えすることは、ご家族が抱えがちな「自責の念」をほどく第一歩になります。診断名にたどり着くことは、原因を責めるためではなく、これからの支援や見通しを一緒に考えるための出発点なのだと、私はいつもお話ししています。

5. がんとCTNNB1:暴走するスイッチ

CTNNB1症候群が「遺伝子の働きの不足」で起こるのに対し、がんでは正反対のことが起こります。多くのがんでは、CTNNB1のエクソン3という特定の領域に変異が集中して生じます[5]

💡 用語解説:体細胞変異と生殖細胞系列変異

生殖細胞系列変異:精子・卵子の段階からある変異で、体じゅうの細胞が同じ変異を持ち、次の世代に伝わりうるものです。CTNNB1症候群はこのタイプです。

体細胞変異:生まれた後に、体の一部の細胞(たとえば腫瘍の細胞)だけで生じる変異です。がんで見られるCTNNB1エクソン3変異の多くはこちらで、基本的に子どもに遺伝するものではありません

エクソン3には、β-カテニンに分解の目印(リン酸化)を付けるための重要なアミノ酸(Ser33・Ser37・Thr41・Ser45など)が並んでいます。ここに変異が起きると目印が付けられなくなり、β-カテニンが分解されずに細胞内にたまり続け、増殖スイッチが入りっぱなし(恒常的活性化)になります。その結果、c-mycやサイクリンD1といった「増えろ」という命令の遺伝子が暴走し、がんが進みます。CTNNB1変異は、大腸がん・子宮内膜がん・肝細胞がん・デスモイド腫瘍・毛母腫など、悪性・良性をまたぐ幅広い腫瘍に関わることが知られています。

「冷たい腫瘍」をつくる免疫排除

近年の研究で、CTNNB1の機能獲得型変異は単にがんを増やすだけでなく、免疫の攻撃をかわす環境をつくることがわかってきました。とくに肝細胞がんでは、変異したβ-カテニンが免疫細胞(樹状細胞やキラーT細胞)の侵入を妨げ、免疫が効きにくい状態を生み出します。

💡 用語解説:免疫排除と「冷たい腫瘍」

本来、体の免疫はがん細胞を見つけて攻撃します。ところがCTNNB1変異があると、免疫細胞ががんの中に入り込めなくなることがあります。これを「免疫排除」と呼び、免疫細胞が乏しい状態を「冷たい腫瘍(コールド・チューモア)」といいます。この状態は、免疫の力を引き出すタイプの薬(免疫チェックポイント阻害剤)が効きにくい一因と考えられています。

子宮内膜がんでの「予後を見分ける目印」

婦人科のがんでは、CTNNB1の臨床的な意味づけがこの数年で大きく変わりました。子宮内膜がんは、遺伝子の特徴によって4つのタイプ(POLE変異型・ミスマッチ修復欠損型・p53異常型・特定の分子プロファイルを持たないNSMP型)に分類されます。このうち、見かけ上はおとなしいNSMP型の中でも、CTNNB1変異を持つものは再発しやすいことが報告されています。2023年に改訂された国際産婦人科連合(FIGO)の病期分類や、2025年に更新された欧州のガイドライン(ESGO・ESTRO・ESP)でも、分子情報を治療方針の判断に取り入れる流れが明確になっています[6]

なお、ここで述べているがんのCTNNB1変異は、ほとんどが「体細胞変異(腫瘍の中だけで起こる変化)」です。CTNNB1症候群(生まれつきの変異)とは原因となる変異のタイプも場所も異なり、別の話題であることにご注意ください。

🔍 関連記事:がんの診療体制について → ミネルバクリニックのがん診療

6. CTNNB1に関連する検査

CTNNB1に関連する検査は、「生まれる前」と「生まれた後」で目的も方法も異なります。この2つは必ず分けて考えることが大切です。

出生後(生まれた後)の検査

お子さんの症状からCTNNB1の関与が疑われる場合は、血液などを用いた遺伝子検査でCTNNB1を調べます。当院では、目の網膜の病気(家族性滲出性硝子体網膜症など)を対象に、CTNNB1を含む複数の遺伝子をまとめて調べる「硝子体網膜症・ワーグナー症候群NGSパネル検査」を行っています。CTNNB1はこのパネルの対象遺伝子に含まれています。

出生前(生まれる前)の検査

妊娠中にCTNNB1を含む多数の遺伝子を調べる選択肢として、当院のNIPT(新型出生前診断)の「インペリアルプラン」があります。CTNNB1はこのプランの対象遺伝子に含まれています。また、より確実な診断が必要な場合の確定検査として、出生前では羊水検査・絨毛検査があります。

💡 大切なお願い:検査は「受けるべきもの」ではありません

CTNNB1症候群の多くは新生突然変異であり、また症状の幅も広いため、出生前に調べることが常にご家族の利益になるとは限りません。私たち医師は中立の立場で情報をお伝えするだけであり、検査を受けるかどうか、結果をどう活かすかは、ご家族ご自身がじっくり考えてお決めになることです。不安をあおったり、特定の検査をお勧めしたりすることはありません。

7. 遺伝カウンセリングの意義

CTNNB1に関連する遺伝子検査では、結果の受け止め方やこれからの見通しについて、専門家とゆっくり話し合う遺伝カウンセリングが重要です。主に次のような内容を扱います。

  • 遺伝の仕方と再発の可能性:CTNNB1症候群の多くは新生突然変異で、ご両親への変異はほとんど見られません。ただし常染色体顕性遺伝のため、ご本人がお子さんを持つ場合の伝わる確率は理論上50%です。生殖細胞モザイク(親の一部の細胞に変異がある状態)の可能性もゼロではないため、次のお子さんの検討時には相談が役立ちます。
  • 結果の意味づけ:同じCTNNB1の変異でも、生まれつきの機能喪失型(症候群)と、がんで見られる体細胞の機能獲得型は全く別物です。混同を避けるための丁寧な説明が必要です。
  • 検査の選択肢:必要に応じて、羊水検査・絨毛検査などの確定検査についても、利点と限界の両面から中立的にご説明します。
  • 心理的サポート:稀な病気ゆえに情報が限られるため、不安や疑問に寄り添いながら、長期的に医療とつながり続けられるよう支えます。

遺伝カウンセリングは、臨床遺伝専門医をはじめとする専門家が担います。決定を急かすのではなく、ご家族が納得して選べるよう伴走することを大切にしています。

8. 最新の治療研究

CTNNB1とWnt経路は、長らく「薬が効きにくい標的(創薬困難)」とされてきました。しかし近年、機能喪失型(症候群)と機能獲得型(がん)の両方に対して、新しい治療法の研究が活発に進んでいます。いずれもまだ研究・臨床試験の段階であり、確立した治療ではありませんが、希望のある進展として知っておく価値があります。

CTNNB1症候群に対する遺伝子補充療法(URBAGEN)

CTNNB1症候群の根本原因である「正常なβ-カテニンの不足」を補おうとする試みが、遺伝子補充療法です。AAV9という安全性の高いウイルスの殻を「運び屋」として使い、正常なCTNNB1遺伝子を脳に届ける「URBAGEN(ウルバジェン)」という治療薬が開発されています[7]。前臨床(動物実験)で運動などの改善が示され、欧州(スロベニア)での臨床試験(GAIN-CTNNB1試験)の準備が進み、2025年7月には欧州医薬品庁(EMA)から希少疾患用医薬品(オーファンドラッグ)の指定を受けました。世界初のCTNNB1症候群向け遺伝子治療として注目されています。

がんに対する標的治療の開発

がんでは、暴走するβ-カテニンを抑える薬の開発が臨床試験まで進んでいます。代表的なものを挙げます。

  • FOG-001(ゾルカテチド):β-カテニンが核内で増殖の遺伝子を動かす相手(TCF)との結合を直接ブロックする薬。米国で進行・転移性の固形がんを対象に臨床試験(NCT05919264)が進行中で、デスモイド腫瘍に対してFDAのファストトラック指定なども受けています[8]
  • E7386:β-カテニンと、その協力分子CBPとの結合を妨げる飲み薬。免疫療法や別の薬との併用試験が、子宮内膜がん・肝細胞がんなどで進められています。
  • 標的タンパク質分解技術(PROTAC・分子糊):暴走したβ-カテニンを「邪魔する」のではなく「細胞内から取り除く」新しい発想の技術。分子糊「NRX-252114」などが前臨床段階で研究されています[9]
仲田洋美院長

🩺 院長コラム【「創薬困難」だった経路に、確かに光が差しています】

私が診療を始めた頃、Wnt/β-カテニン経路は「重要なのに薬にできない」典型例として語られていました。経路をまるごと止めると腸など正常な組織まで傷つけてしまうため、手の出しにくい標的だったのです。それがいま、病気を起こしている核の中の異常分子だけを狙う技術へと進化しつつあります。

ただし、ここで挙げた治療はいずれも研究や臨床試験の途上にあるもので、今すぐ受けられる確立した治療ではありません。過度な期待であせる必要はありません。最新情報を正しく理解し、目の前のお子さんやご自身に必要なケアを着実に積み重ねること——それが何より大切だと、私は考えています。

9. よくある誤解

誤解①「CTNNB1の変異=必ずがんになる」

がんで見つかるCTNNB1変異の多くは、生まれた後に腫瘍の細胞だけで起こる体細胞変異です。生まれつきの変異(CTNNB1症候群)があるからといって、がんになりやすいという意味ではありません。

誤解②「症候群とがんは同じ変異」

CTNNB1症候群は働きが弱くなる機能喪失型、がんは働きが暴走する機能獲得型(主にエクソン3)です。変異の場所も種類も正反対で、別の病態です。

誤解③「両親が健康だから遺伝ではない」

CTNNB1症候群の多くは新生突然変異で、ご両親には変異がないことがほとんどです。「両親が健康=遺伝子の病気ではない」という思い込みが、診断を遅らせることがあります。

誤解④「もう治療法が完成している」

遺伝子補充療法や標的治療の研究は大きく前進していますが、いずれも臨床試験などの段階です。確立された治療として誰でも受けられる状況ではない点に注意が必要です。

よくある質問(FAQ)

Q1. CTNNB1遺伝子は何をする遺伝子ですか?

β-カテニンというタンパク質を作る設計図です。β-カテニンは、細胞同士をつなぐ「のり」の役割と、核の中で増殖の遺伝子スイッチを入れる「Wntシグナル」の役割という2つの働きを持ち、体づくりや組織の維持に欠かせません。

Q2. CTNNB1に変異があると必ず病気になりますか?

変異の種類によります。生まれつき働きが弱くなる機能喪失型の変異はCTNNB1症候群を引き起こします。一方、がんで見られる変異は、生まれた後に腫瘍の細胞だけで起こる体細胞変異であることが多く、生まれつきの体質とは別の話です。

Q3. CTNNB1症候群は遺伝しますか?

常染色体顕性(優性)遺伝の形をとりますが、報告されている多くの症例は新生突然変異(de novo変異)によるもので、ご両親には同じ変異が見られません。ご本人がお子さんを持つ場合の伝わる確率は理論上50%です。詳しくは臨床遺伝専門医にご相談ください。

Q4. がんのCTNNB1変異と、CTNNB1症候群の変異は同じものですか?

いいえ、別物です。CTNNB1症候群は遺伝子の働きが弱くなる機能喪失型の変異が原因で、生まれつき全身の細胞が持つ変異(生殖細胞系列変異)です。がんでは働きが暴走する機能獲得型の変異(多くはエクソン3)が、腫瘍の細胞だけで起こる体細胞変異として見られます。場所も種類も異なります。

Q5. CTNNB1の変異は出生前にわかりますか?

CTNNB1を対象に含むNIPT(インペリアルプラン)という選択肢があります。より確実な診断が必要な場合は、羊水検査・絨毛検査といった確定検査があります。ただし、出生前に調べることが常に利益になるとは限らないため、受けるかどうかはご家族でよく話し合ってお決めください。

Q6. CTNNB1の検査はどこで受けられますか?

当院では、出生後の検査としてCTNNB1を含む硝子体網膜症・ワーグナー症候群NGSパネル検査を、出生前の検査としてCTNNB1を含むNIPTインペリアルプランをご用意しています。いずれも臨床遺伝専門医による遺伝カウンセリングのもとで実施します。

Q7. CTNNB1症候群やがんに治療法はありますか?

CTNNB1症候群に対しては遺伝子補充療法(URBAGEN)の臨床試験準備が進み、がんに対してはβ-カテニンを標的とする薬(FOG-001など)の臨床試験が行われています。ただし、これらはいずれも研究・臨床試験の段階であり、確立された治療として一般に提供できる状況ではありません。現時点では症状に応じた管理と支援が中心となります。

Q8. 「β-カテニン」とは何ですか?

CTNNB1遺伝子から作られるタンパク質で、細胞接着とWntシグナル伝達の両方を担う多機能な分子です。量が適切に保たれているときは正常に働きますが、足りなくなったり増えすぎたりするとさまざまな病気の原因になります。

🏥 遺伝子・遺伝性疾患の検査と相談について

CTNNB1をはじめとする遺伝子・遺伝性疾患に関するご相談は、
臨床遺伝専門医が在籍するミネルバクリニックにお気軽にご相談ください。

関連記事

参考文献

  • [1] MedlinePlus Genetics. CTNNB1 gene. U.S. National Library of Medicine. [MedlinePlus]
  • [2] NCBI Gene. CTNNB1 catenin beta 1 (Gene ID: 1499). National Center for Biotechnology Information. [NCBI Gene]
  • [3] OMIM. CTNNB1, Catenin Beta-1; #116806. Johns Hopkins University. [OMIM]
  • [4] GeneReviews. CTNNB1 Neurodevelopmental Disorder. NCBI Bookshelf (NBK580527). [GeneReviews]
  • [5] Gao C, et al. Exon 3 mutations of CTNNB1 drive tumorigenesis: a review. Oncotarget. 2018;9(4):5492-5508. [Oncotarget]
  • [6] ESGO–ESTRO–ESP guidelines for the management of patients with endometrial carcinoma: update 2025. Lancet Oncol. 2025. [Lancet Oncology]
  • [7] CTNNB1 Foundation. Gene Replacement Therapy Program (URBAGEN). [CTNNB1 Foundation]
  • [8] ClinicalTrials.gov. FOG-001 in Locally Advanced or Metastatic Solid Tumors (NCT05919264). [ClinicalTrials.gov]
  • [9] Targeting β-catenin: PROTACs and precision degraders. Front Oncol. 2026. [Frontiers in Oncology]
  • [10] A Ctnnb1 enhancer transcriptionally regulates Wnt signaling dosage in intestinal epithelia. eLife. 2024. [eLife]
  • [11] Kharbanda M, et al. Correlation between Phenotype and Genotype in CTNNB1 Syndrome: A Systematic Review. Int J Mol Sci. 2022;23(20):12564. [IJMS / MDPI]

仲田洋美 医師(臨床遺伝専門医)

この記事の監修・執筆者:仲田 洋美

(臨床遺伝専門医/がん薬物療法専門医/総合内科専門医)

ミネルバクリニック院長。1995年に医師免許を取得後、 臨床遺伝学・内科学・腫瘍学を軸に診療を続けてきました。 のべ10万人以上のご家族の意思決定と向き合ってきた臨床遺伝専門医です。

出生前診断(NIPT・確定検査・遺伝カウンセリング)においては、 検査結果の数値そのものだけでなく、 「結果をどう受け止め、どう生きるか」までを医療の責任と捉え、 一貫した遺伝カウンセリングと医学的支援を行っています。

ハイティーンの時期にベルギーで過ごし、 日本人として異文化の中で生活した経験があります。 価値観や宗教観、医療への向き合い方が国や文化によって異なることを体感しました。 この経験は現在の診療においても、 「医学的に正しいこと」と「その人にとって受け止められること」の両立を考える姿勢の基盤となっています。

また、初めての妊娠・出産で一卵性双生児を妊娠し、 36週6日で一人を死産した経験があります。 その出来事は、妊娠・出産が女性の心身に与える影響の大きさ、 そして「トラウマ」となり得る体験の重みを深く考える契機となりました。 現在は、女性を妊娠・出産のトラウマから守る医療を使命の一つとし、 出生前診断や遺伝カウンセリングに取り組んでいます。

出生前診断は単なる検査ではなく、 家族の未来に関わる重要な意思決定です。 年齢や統計だけで判断するのではなく、 医学的根拠と心理的支援の両面から、 ご家族が後悔の少ない選択をできるよう伴走することを大切にしています。

日本人類遺伝学会認定 臨床遺伝専門医/日本内科学会認定 総合内科専門医/ 日本臨床腫瘍学会認定 がん薬物療法専門医。 2025年には APAC地域における出生前検査分野のリーダーとして国際的評価を受け、 複数の海外メディア・専門誌で特集掲載されました。

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