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ハジュ・チェニー症候群(ハイドゥ・チェニー症候群/Hajdu-Cheney症候群)は、NOTCH2という1つの遺伝子の変化によって、手足の指の骨が少しずつ溶けていく「先端骨溶解(せんたんこつようかい)」と、全身の骨がもろくなる進行性の骨粗鬆症を起こす、世界でも報告例が少ない非常にまれな遺伝性疾患です。生まれた時にすべての症状がそろっているわけではなく、年齢を重ねるにつれて症状が進んでいく(年齢依存性の進行)のが大きな特徴です。この記事では、原因・症状・診断・最新の治療までを、一般の方にもわかるように臨床遺伝専門医が解説します。
Q. ハジュ・チェニー症候群とは、ひとことで言うとどんな病気ですか?
A. NOTCH2遺伝子の「機能獲得型」の変化により、骨を壊す細胞(破骨細胞)が暴走し、手足の指の骨が溶ける先端骨溶解と進行性の骨粗鬆症を起こす、まれな常染色体顕性(優性)遺伝性疾患です。症状は年齢とともに進み、なかでも頭の土台の骨が落ち込む「頭蓋底陥入症」が起きると、神経が圧迫され生命にかかわるため、生涯にわたる画像のフォローが重要になります。
- ➤原因 → NOTCH2遺伝子の最後のエクソン(エクソン34)に集中する変異。タンパク質が壊れず残り続ける「機能獲得」を起こす
- ➤中心となる症状 → 先端骨溶解(指の短縮)・進行性骨粗鬆症・特徴的な顔つき・早期の歯の脱落
- ➤最も注意すべき合併症 → 頭蓋底陥入症(約半数)。延髄・脊髄の圧迫から水頭症や呼吸障害を招くことがある
- ➤治療 → 根本治療は未確立。RANKL阻害薬デノスマブが全身の骨折予防に有効。ただし先端骨溶解は止められない
- ➤遺伝の特徴 → 多くは新生突然変異(de novo)で、家族にいなくても発症する。出生前のスクリーニングが可能な場合もある
1. ハジュ・チェニー症候群とは:定義と歴史
ハジュ・チェニー症候群は、結合組織と骨格系に重い異常を起こす常染色体顕性(優性)遺伝性疾患です。国際的な遺伝病データベースであるOMIMでは番号#102500、希少疾患データベースのORPHANETではORPHA955として登録されています。これまでに医学文献で正式に報告された症例はわずか50〜100例ほどで、有病率は100万人に1人未満(<1/1,000,000)と推定される、極めてまれな病気です。
この病気が最初に記録されたのは1948年、ハンガリー系イギリス人の放射線科医Nicholas Hajduが、重い神経学的合併症で亡くなった成人例を報告したことに始まります。その後1965年に米国の放射線科医William D. Cheneyが家族性の症例群を詳しく記述し、独立した症候群として確立されました。歴史的には「先端・歯・骨異形成症(Acro-dento-osteo dysplasia)」などさまざまな別名で呼ばれ、重い腎障害と骨変形を伴う「蛇行性腓骨・多発性嚢胞腎症候群(SFPKS)」も、かつては別の病気と考えられていましたが、現在では同じ原因遺伝子による重症型として統合されています。
💡 用語解説:常染色体顕性(優性)遺伝
人は同じ遺伝子を父由来・母由来の2本ずつ持っています。そのうち1本に変化があるだけで発症するタイプを「顕性遺伝(昔の言い方で優性遺伝)」と呼びます。性別に関係なく、また片方の親から受け継ぐだけで症状が出ます。ハジュ・チェニー症候群はこのタイプですが、後で述べるように、実際には親から受け継ぐのではなく子ども自身で新しく生じる変異(新生突然変異)が多いことが知られています。
💡 用語解説:先端骨溶解症(acroosteolysis)
「先端」は手足の指の先、「骨溶解」は骨が吸収されて溶けていくことを指します。ハジュ・チェニー症候群では、指の末節骨(一番先の骨)から中節骨にかけて進行性に骨が溶け、指先が丸く膨らみ(bulbous fingertips)、太く短い指へと変形します。しばしば局所の炎症・腫れ・痛みを伴い、細かい手作業がしづらくなります。この症状こそが、本症候群を最も特徴づける所見です。
最大の特徴は、出生時からすべての症状がそろっているわけではなく、加齢に伴って表現型が進化し、骨や組織の破壊が少しずつ進む「年齢依存性の進行」を示す点です。同じ病気でも患者さんによって症状の組み合わせや重さが異なり、報告されているすべての症状を1人が呈することはまれです。
2. 原因遺伝子NOTCH2と分子メカニズム
本症候群の原因は長らく不明でしたが、2011年の大規模なゲノム解析により、第1染色体短腕(1p12)に位置するNOTCH2遺伝子のヘテロ接合性変異であることが、複数の研究グループによって同時に同定されました。Notchシグナルは細胞の運命決定・増殖・分化を制御し、特に骨の発生と骨のリモデリング(作り替え)において中心的な調整役を担っています。
NOTCH2受容体は細胞膜を1回貫通するタンパク質で、リガンドと結合する細胞外ドメイン、膜に固定する膜貫通ドメイン、核内で転写を制御する細胞内ドメイン(RAM・アンキリンリピートなど)、そして末端のPESTドメインから構成されます。このPESTドメインこそが、病態を理解する鍵になります。
💡 用語解説:PESTドメインとユビキチン・プロテアソーム
PESTドメインは、プロリン(P)・グルタミン酸(E)・セリン(S)・スレオニン(T)に富む配列で、タンパク質の「使い終わったら捨てる」目印として働きます。役目を終えたNOTCH2は、このPESTに目印(ユビキチン)が付けられ、細胞内のゴミ処理装置「プロテアソーム」で速やかに分解されます。これによりシグナルが適切にオフになります。
ところがハジュ・チェニー症候群では、このPESTドメインが失われるため、NOTCH2が分解されずに細胞内へたまり続け、シグナルが恒常的にオンのままになってしまうのです。
本症候群で見つかる病的変異は、例外なくNOTCH2の最後のエクソンである「エクソン34」に集中しています。ここに生じるナンセンス変異や欠失変異は、異常なmRNAを細胞が壊す品質管理機構「NMD(ナンセンス変異依存mRNA分解)」をうまくすり抜ける性質を持ちます。その結果、転写に必要な配列は保ちつつPESTドメインだけを欠いた「切断型NOTCH2」が作られ、分解を免れて蓄積します。これが機能獲得型変異(gain-of-function)と呼ばれる状態です。なお、同じ遺伝子でも、アミノ酸が1つ置き換わるミスセンス変異とは、起こる病態がまったく異なります。
エクソン34の変異が「壊れないタンパク質」を生み、NOTCH2シグナルが過剰に伝わり続けることで、骨を壊す破骨細胞が暴走する流れを示します。
この過剰なNOTCH2シグナルが骨に与える影響は深刻です。骨は、骨を作る骨芽細胞と骨を壊す破骨細胞のバランスで保たれていますが、本症候群ではこのバランスが極端に骨吸収側へ傾きます。マウスモデルの研究により、過剰なNOTCH2シグナルが骨芽細胞・骨細胞に対して破骨細胞を増やすサイトカイン「RANKL」の発現を異常に高めることが明らかになっています。RANKLとそれを抑えるOPGの比率が大きく崩れ、破骨細胞の分化・成熟・活性化が制御不能に暴走し、重度の全身性骨粗鬆症が引き起こされます。
💡 用語解説:RANKLと破骨細胞
RANKL(NF-κB活性化受容体リガンド)は、骨を壊す細胞「破骨細胞」を作り・活性化させる司令塔のような分子です。RANKLが増えれば破骨細胞が増えて骨吸収が進み、抑え役のOPGが増えればブレーキがかかります。ハジュ・チェニー症候群ではRANKLが過剰になりブレーキが効かなくなるため、後述するRANKLを直接ブロックする薬(デノスマブ)が理にかなった治療となります。
この「分解を免れて蓄積する」というメカニズムは、日本の研究グループ(東北大学)が2017年に米科学誌Molecular Cellで報告し、NOTCH2の疾患変異体がユビキチン化に依存した分解から逃れていることを分子レベルで証明しました。さらに、NOTCH2の働きを抑える薬剤を投与するとマウスの骨密度が回復することも示され、治療開発への重要な手がかりとなっています。なお、本症候群の多くは家系内に発症者がいない新生突然変異(de novo)として生じます。
🔍 関連記事:機能獲得型変異とは/NMD(mRNA品質管理)/ナンセンス変異
3. 全身に現れる症状と年齢依存性の進行
ハジュ・チェニー症候群は骨格系を中心に、多くの臓器に影響を及ぼします。ここでは主要な症状をシステム別に整理します。なお症状の組み合わせや重さは患者さんごとに大きく異なります。
骨格系・結合組織の異常
最も象徴的なのは前述の先端骨溶解で、指の骨が短縮・溶解して指先が球状になり、太く短い指へと変形します。これに加え、破骨細胞の異常活性化により全身の骨塩量が著しく低下し、骨が極めてもろくなります。小児期から椎体が両側からつぶれる「魚椎変形」が現れ、わずかな力で起こる非外傷性骨折や多発性の脊椎圧迫骨折が頻発し、慢性的な痛みの原因となります。
多発する圧迫骨折と骨の柔軟性の増大により、脊柱後弯症(背中が丸くなる)・側弯症・鳩胸などの体幹変形が進みます。橈骨・尺骨・脛骨・腓骨といった長い骨では、骨幹部が湾曲・蛇行する「蛇行性腓骨・蛇行性脛骨」が特徴的に見られます。さらに結合組織の脆弱性から、全身の関節が過度に動く「関節過可動性」が認められ、関節の脱臼を伴うこともあります。進行する骨溶解と脊柱の変形が重なり、最終的に著しい低身長(5パーセンタイル未満)を呈します。
頭蓋顔面の形態変化と歯の異常
頭蓋・顔面の特徴は、乳幼児期には比較的わずかで、確定的に捉えるのが難しい場合が多いです。しかし成長とともに骨リモデリングの異常が積み重なり、顔つきは徐々に「粗い(coarse face)」印象に変化します。後頭部が突出する階段状頭蓋、軽度の両眼開離、外眼角下がり、耳介低位、中顔面の平坦化、小顎症などが定着していきます。頭部X線では、前頭洞の形成不全、頭蓋縫合の間に生じる過剰な独立骨「ウォルム骨(縫合間骨)」が多数見られることが、診断の大きな手がかりになります。
歯と口の中にも強く影響が及びます。歯の萌出遅延や位置異常、重いう蝕、そして広範で重度の歯周病が頻発します。歯を支える歯槽骨の吸収が急速に進むため、比較的若い時期から歯の早期脱落に至ることが多く、高口蓋や口蓋裂を合併することもあります。この歯科的な問題は、後述する治療(MRONJのリスク)とも深く関わります。
その他の全身合併症
腎臓に多数の嚢胞ができる多発性嚢胞腎を合併する患者群があり、腎不全へ進行するリスクを抱えています。これが顕著な症例が、かつてSFPKSと呼ばれていたものです。心血管系では先天性心疾患(動脈管開存症・心房中隔欠損・心室中隔欠損など)や弁の異常の合併率が高いことが報告されています。そのほか、声帯の結合組織への影響から生じる深くかすれた声、両側性の難聴、多毛症、再発性の呼吸器感染症などが見られます。一方で大部分の患者さんでは知的・精神発達は正常範囲内であり、認知機能の低下を伴うことは少ないとされています。
4. 最も警戒すべき合併症:頭蓋底陥入症
本症候群で最も警戒すべきなのが、頭蓋骨底部の骨溶解が進むことで起こる神経学的合併症です。頭蓋骨と頸椎の移行部で骨吸収が進むと、まず頭蓋底が平坦化する「扁平頭蓋底(platybasia)」が生じます。これがさらに悪化すると、頸椎の歯突起が頭蓋腔内へと落ち込む「頭蓋底陥入症(basilar invagination)」へ進展します。
💡 用語解説:頭蓋底陥入症とは
頭の土台(頭蓋底)の骨がもろくなって沈み込み、首の骨の一部が頭蓋骨の中へめり込んでしまう状態です。すぐ近くには延髄・脳幹・上部の脊髄といった、呼吸や生命維持の中枢が通っています。ここが物理的に圧迫されると、髄液の流れが滞って水頭症を起こしたり、脊髄の中に空洞ができる脊髄空洞症、さらには中枢性の呼吸停止など、命に直結する事態を招くことがあります。
頭蓋底陥入症はハジュ・チェニー症候群の約50%で発生するとされ、延髄・脳幹・上部頸髄への圧迫を引き起こします。その結果、髄液循環障害による水頭症、脊髄空洞症、さらには中枢性呼吸停止や突然死といった、極めて重大な帰結を招きうるため、本症候群の生命予後を決定づける最大の要因はこの頭蓋底陥入の有無と重症度です。だからこそ、症状が進む前に変化を捉える生涯にわたる画像フォロー(MRI・CTなど)が不可欠になります。2025年にも、進行性の頭蓋底陥入と続発性水頭症を呈した症例が報告されており、脳神経外科・整形外科による早期の評価と介入の重要性が改めて示されています。
5. 診断基準と鑑別診断
本症候群は極めてまれで、しかも症状が年齢とともに変化するため、1つの所見だけで診断するのは困難です。確定診断には、詳しい臨床所見の評価、放射線学的な骨・関節異常の同定、そして分子遺伝学的検査による裏付けという、統合的なアプローチが欠かせません。
Brennan & Pauli の臨床診断基準
2001年にBrennanとPauliは、過去の症例を系統的に分析し、本症候群の臨床診断を標準化する基準を提唱しました。10項目の主要兆候に基づき、年齢依存性の変化を考慮して、成人と小児で異なる条件が設定されています。
小児期は、最大の特徴である先端骨溶解がまだX線で明らかでない症例が多いため、小児の基準では先端骨溶解を必須要件としない柔軟な設計になっています。臨床基準で強く疑われる場合、最終的な確定にはNOTCH2遺伝子の分子遺伝学的解析が必要です。
分子遺伝学的診断
検査としては、血液などから抽出したゲノムDNAを用い、NOTCH2遺伝子のエクソン34に焦点を当てたサンガーシーケンス解析が第一選択となります。近年では全エクソームシーケンス(WES)や全ゲノムシーケンス(WGS)の普及により、網羅的で決定的な診断が可能になっています。特に顔つきの特徴がまだ確立していない乳幼児期には、他の症候群との誤診を防ぐために遺伝子検査が決定的な役割を果たします。
💡 用語解説:サンガー法とWES/WGS
サンガー法は、特定の遺伝子の狭い領域を1か所ずつ正確に読む古典的で信頼性の高い方法です。本症候群のように変異がエクソン34に集中している場合、ここを狙って読むのが効率的です。一方WES(全エクソームシーケンス)はタンパク質を作る領域全体を、WGS(全ゲノムシーケンス)はゲノム全域をまとめて読む方法で、診断がつかない場合や鑑別が広い場合に力を発揮します。
鑑別診断
確定にあたっては、似た臨床像を呈する以下の疾患群との厳密な鑑別が必要です。他の特発性骨溶解症候群(Torg症候群、François症候群、Winchester症候群など)は特発性の骨吸収を呈しますが、本症候群に特徴的な顔貌変化や多発性嚢胞腎、NOTCH2変異を伴わない点で区別されます。手や足の骨が溶ける多中心性手根足根骨溶解症(MCTO、MAFB遺伝子)も、先端骨溶解を呈する疾患として鑑別に挙がります。乳幼児期から小児期初期には、眼球隔離・耳介低位・短頸などの特徴がヌーナン症候群と酷似し、誤診のリスクが高い点に注意が必要です。
興味深いのは、アラジール症候群2型が、ハジュ・チェニー症候群とまったく同じNOTCH2遺伝子の変異で起こるという点です。ただし変異の性質が異なり、ハジュ・チェニー症候群はPESTドメイン消失による「機能獲得型」であるのに対し、アラジール症候群2型は主に「機能喪失型」で、小葉間胆管の減少による肝内胆汁うっ滞を主徴とするため、表現型は大きく異なります。同じ遺伝子でも変異の働き方で病気が変わる、という遺伝学の本質を示す好例です。
6. 治療:デノスマブによる転換とMRONJのリスク
本症候群は遺伝子レベルの異常に起因するため、現時点で根治的な治療法は確立していません。治療の主な目的は、進行する骨破壊と骨折を予防し、重い神経学的・心血管学的合併症を管理することで、生活の質(QOL)を維持することにあります。希少疾患のため大規模なランダム化比較試験は存在せず、少数の症例報告に基づいた治療の模索が続いているのが現状です。
これまでの薬物療法
2000年代初頭から、過剰な骨吸収を食い止める目的で、破骨細胞の機能を抑えるビスホスホネート製剤(ゾレドロン酸、パミドロネートなど)やストロンチウム製剤が使われてきました。一部の症例では投与期間中に骨密度の上昇が確認されましたが、本症候群の強力な病的骨吸収を完全に上回るには至らず、標準治療としての確固たる有効性は証明されていません。骨形成を促すテリパラチドでも著明な骨密度増加の報告がありますが、Notchシグナルの長期活性化が骨肉腫の発生を誘発しうるという実験的懸念があり、すでにNOTCH2が機能獲得状態にある本症候群では、その適応に極めて慎重な判断が求められます。
デノスマブによるパラダイムシフトと「臨床的乖離」
近年、RANKLに対する完全ヒト型モノクローナル抗体であるデノスマブが、本症候群の治療で重要な位置を占めるようになりました。本症候群の病態の核心は、過剰なNOTCH2シグナルによるRANKL発現の異常亢進です。したがって、RANKLに特異的に結合して破骨細胞の形成・成熟・活性化を直接阻害するデノスマブは、病態メカニズムそのものを標的とした論理的な分子標的治療といえます。
重症の患者さん(33歳女性)に対する詳細な臨床報告では、過去に複数の従来治療を受けても多発性椎体骨折や非外傷性骨折を繰り返していたところ、デノスマブの投与開始後に腰椎・大腿骨頸部の骨密度が劇的に増加し、2年間の治療期間中、新たな骨折の発生を完全に抑え込むことに成功しました。しかし同時に、極めて重要な限界も明らかになりました。デノスマブは全身の骨折を防いだにもかかわらず、指の末節骨における先端骨溶解の進行はまったく食い止められなかったのです。
✓ 全身性骨粗鬆症:著効
駆動メカニズム:RANKL依存性の破骨細胞形成による骨吸収亢進
デノスマブの効果:骨密度の継続的な増加と新規骨折の完全な抑制
✕ 先端骨溶解:無効
駆動メカニズム:RANKLに依存しない炎症・新生血管・線維化のプロセス
デノスマブの効果:影響なし。指の短縮・骨溶解は進行を続けた
同じ患者さんの中で、全身の骨粗鬆症には著効する一方、先端骨溶解には効かないという「臨床的乖離」が観察されています。
この乖離は病態理解のうえで重要な意味を持ちます。「全身の骨粗鬆症」はRANKLに強く依存した破骨細胞形成で駆動されるためデノスマブで制御可能ですが、「局所的な先端骨溶解」はRANKLに依存しない、局所の新生血管形成・過剰な炎症反応・線維化など、まったく別個のメカニズムで起きている可能性が高いことを示しています。なお、これらの治療は専門施設で個別に判断されるものであり、本記事は特定の治療を推奨するものではありません。
歯科処置とMRONJ(薬剤関連顎骨壊死)のリスク
本症候群の患者さんは重い歯周病や歯根吸収を伴うため、抜歯などの侵襲的な口腔外科処置が必要になることが多くあります。しかし、デノスマブやビスホスホネートを使用中の患者さんに安易に侵襲的処置を行うことは厳禁です。顎骨への侵襲的処置は「薬剤関連顎骨壊死(MRONJ)」という重大な合併症の最大のトリガーとなるからです。
💡 用語解説:MRONJ(薬剤関連顎骨壊死)
骨吸収を強力に抑える薬(デノスマブやビスホスホネート)を使っている人が抜歯などを受けると、顎の骨が治らずに壊死し、口の中に骨が露出してしまう合併症です。激しい痛みと二次感染を伴い、骨の破壊が数週間以上続くことがあります。だからこそ、これらの薬を使う前後の歯科処置は、休薬のタイミング・抗菌薬の予防投与・徹底した口腔内消毒・低侵襲な術式など、厳格な周術期管理のもとで計画的に行う必要があります。
具体的には、外科処置をデノスマブの投与スケジュールと同期させ、最終投与から一定期間あけてから行い、術後も創部の治癒を待ってから投与を再開する、複数歯の同時抜歯を避けて1歯ずつ段階的に行う、術前から十分量の抗菌薬を投与する、血管収縮を避けるためアドレナリンを含まない局所麻酔薬を選ぶ、抜歯窩を緊張なく緊密に縫合する、といった体系的なプロトコルが重要です。医科と歯科口腔外科の緊密な連携が、患者さんを守る鍵になります。
7. 遺伝学的診断との接続:出生前・出生後・遺伝カウンセリング
🔍 関連記事:NIPTについて/遺伝カウンセリングとは/臨床遺伝専門医とは
遺伝学的な検査は「出生前」と「出生後」で目的も技術も異なります。混同を避けるため、明確に分けて理解することが大切です。
なお本症候群の多くは新生突然変異(de novo)として生じます。両親に同じ変異がなくても子どもで初めて生じる変異であり、家族歴がない症例が大半を占めます。新生突然変異の一部は精子側で生じやすく、父親側のリスクに着目した検査設計や、単一遺伝子疾患のNIPTという考え方が役立つ場面があります。家系内にすでに病的変異が同定されている場合には、遺伝カウンセリングを経たうえで、その変異をピンポイントで確認する出生前遺伝学的検査が技術的に可能です。NIPTを受けられる方は互助会(8,000円)に加入いただく仕組みで、陽性時の羊水検査費用が全額補助されます。
💡 用語解説:新生突然変異(de novo変異)
両親のどちらも持っていないのに、精子・卵子が作られる過程や受精直後に、子ども自身で新しく生じる変異のことです。「de novo(デノボ)」はラテン語で「新たに」という意味です。本症候群のように家族歴がない患者さんが多い病気では、この新生突然変異が主な発症の仕組みとなります。患者さん本人が次世代へ伝える確率は、常染色体顕性遺伝のため理論上50%です。
本症候群のように症状の幅が広く、出生前に分かることが常に利益になるとは限らない疾患では、検査を受けるかどうかはご家族が十分に話し合って決める事柄です。私たち医療者の役割は、特定の検査を勧めたり安心を保証したりすることではなく、正確な情報を中立的にお伝えし、ご家族が後悔の少ない選択をできるよう伴走することにあります。遺伝形式と再発リスク、変異の意味、結果をどう受け止めるかまでを含めて、遺伝カウンセリングの中で丁寧に扱っていきます。
8. よくある誤解
誤解①「骨が溶ける病気だから必ず短命だ」
予後はどの臓器にどの程度の障害があるかに大きく左右されます。先端骨溶解や骨粗鬆症は直接的に致死的ではありません。寿命を左右する決定的な要因は頭蓋底陥入症などの神経学的合併症や、重度の腎不全の有無です。だからこそ生涯にわたる画像フォローが重要になります。
誤解②「デノスマブを使えば全部治る」
デノスマブは全身の骨粗鬆症と骨折予防には著効しますが、指の先端骨溶解は止められません。両者は異なるメカニズムで進むためです。万能薬ではなく、効く部分と効かない部分があることを理解しておくことが大切です。
誤解③「家系にいないから遺伝病ではない」
本症候群は新生突然変異(de novo)が多く、家族歴のない症例が大半を占めます。家系に発症者がいないことは、遺伝子の変化が原因でないことを意味しません。お子さん自身で新しく生じた変異が原因であり、親の責任ではありません。
誤解④「同じNOTCH2なら同じ病気のはず」
アラジール症候群2型も同じNOTCH2が原因ですが、変異の働き方(機能獲得型 vs 機能喪失型)が異なるため、まったく別の病気になります。前者は肝臓の胆汁うっ滞が主体で、骨溶解は起こしません。同じ遺伝子でも変異の性質で表現型が変わります。
9. 臨床遺伝専門医からのメッセージ
ハジュ・チェニー症候群は、単一の診療科だけで対応できる病気ではありません。臨床遺伝専門医を中心に、整形外科・脳神経外科・歯科口腔外科・小児科・循環器内科・腎臓内科が緊密に連携する多職種チーム医療が、QOLの維持と生命予後の改善に向けた最善の戦略です。現時点で根治療法はありませんが、現行の対症療法を最大限に最適化し、頭蓋底陥入のような致命的な事態を画像フォローで早期に捉えることが、現在の医療にできる最も重要な役割です。
よくある質問(FAQ)
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