InstagramInstagram

鰓耳腎症候群(BOR症候群)とは?難聴・首の瘻孔・腎臓の異常を伴う遺伝性疾患を臨床遺伝専門医が解説

仲田洋美 医師

この記事の監修:仲田洋美(臨床遺伝専門医)

のべ10万人以上の意思決定に伴走。国際医療誌『Medical Care Review APAC』『Global Woman Leader』の2誌で表紙を飾り、「Top Prenatal Testing Service in APAC 2025」に選出されるなど、世界基準の遺伝医療を提供。

鰓耳腎症候群(さいじじんしょうこうぐん/BOR症候群)は、難聴・首(頸部)の瘻孔や嚢胞・腎臓や尿路の異常という3つの特徴を持つ、生まれつきの遺伝性疾患です。およそ4万人に1人に起こり、日本では指定難病190に認定されています。同じ家族の中でも症状の重さが大きく違うのが大きな特徴で、軽い耳の小さな穴だけの方から、腎臓の機能が低下していく方までさまざまです。この記事では、原因となる遺伝子、診断のしかた、難聴や腎臓の管理、そして「子どもにどう伝わるのか」という遺伝のしくみまでを、臨床遺伝専門医がやさしく解説します。

この記事でわかること
📖 読了時間:約18分
🧬 難聴・頸部瘻孔・腎尿路異常
臨床遺伝専門医監修

Q. 鰓耳腎症候群(BOR症候群)とは、どんな病気ですか?まず結論だけ知りたいです

A. 難聴・首の瘻孔(穴)や嚢胞・腎臓や尿路の異常を特徴とする、生まれつきの遺伝性疾患です。原因の多くはEYA1という遺伝子の変化で、親から子へ50%の確率で伝わる「常染色体顕性(優性)遺伝」をとります。症状の組み合わせや重さには大きな個人差があり、腎臓の状態が将来の見通しを大きく左右するため、たとえ症状が軽くても腎臓のチェックと長期的な見守りが大切です。

  • 3つの主な症状 → 難聴(90%以上)・首の瘻孔や嚢胞・腎尿路の異常(約40%)
  • 原因遺伝子 → EYA1(約40%)が中心。SIX1・SIX5は少数。約50〜60%は原因が未特定
  • 遺伝のしくみ → 常染色体顕性遺伝。子へ50%で伝わるが、症状の重さは予測できない
  • いちばん大切な管理 → 難聴への早期介入と、生涯にわたる腎機能の見守り
  • 知っておきたいこと → 耳の前の小さな穴だけなら多くはBORではない。過度な不安は不要

\ BOR症候群・遺伝のことを専門医に相談したい方へ /

📅 遺伝カウンセリングを予約する

遺伝子検査に関するご相談:遺伝子検査について

1. 鰓耳腎症候群(BOR症候群)とは|まず全体像から

鰓耳腎症候群(Branchio-oto-renal syndrome:BOR症候群)は、おなかの中で赤ちゃんが育つ初期の時期に、「首のもとになる組織(第2鰓弓)」「耳」「腎臓」という3つの場所の発生がうまくいかないことで起こる、生まれつきの病気です。1864年に首と耳の瘻孔・難聴の組み合わせとして初めて報告され、1975年に常染色体顕性(優性)遺伝の一つの病気としてまとめられました。かつては「メルニック・フレーザー症候群」とも呼ばれていました[1]

この病気は、腎臓の形の異常を伴うかどうかで呼び方が分かれます。腎臓の異常を伴うものを「鰓耳腎(BOR)症候群」、腎臓の異常を伴わず耳と首(鰓弓)の症状だけのものを「鰓耳(BO)症候群」と呼びます。ただし両者は症状も原因遺伝子も同じで、同じ家族の中にBORの方とBOの方が混じることもあるため、医療現場では「鰓耳腎スペクトラム障害」としてひとつのグループとして扱います[1]

💡 用語解説:鰓弓(さいきゅう)とは

鰓弓とは、胎児の首やあごのもとになる、左右に並んだ「ふくらみ」のことです。魚のえら(鰓)に似た形でできることからこの名前がついています。人では成長とともに首・耳・あごなどの形に作り変えられていきます。この作り変えがうまくいかないと、首に瘻孔(小さな穴やトンネル)や嚢胞(液体のたまった袋)が残ることがあり、これがBOR症候群の特徴の一つです。

頻度はおよそ4万人に1人と推定され、男女差はありません。重い難聴を持つお子さん全体のうち、約2%がこのBOR症候群によるものと報告されており、決してまれなだけの病気ではなく、難聴の重要な原因のひとつです[10]。日本では小児慢性特定疾病および指定難病190に認定され、医療費助成の対象となっています。2010年の厚生労働省研究班の調査では、国内の患者数(医療受療者数)は約250人と推定されています[8]

2. 原因となる遺伝子と「遺伝のしくみ」

BOR症候群はこれまでに、おもにEYA1・SIX1・SIX5という3つの遺伝子の変化(バリアント)で起こることがわかっています。これらの遺伝子は、胎児の体の中で互いに手をつなぎ、耳・腎臓・鰓弓を正しく作るための「設計図のスイッチ」として働きます。なかでもEYA1がもっとも重要な原因遺伝子です。EYA1は、ショウジョウバエの「目が欠ける(eyes absent)」遺伝子のヒト版にあたり、1997年にBOR症候群の原因として特定されました[3]

BOR症候群でみつかる原因遺伝子の内訳(おおよその割合)

EYA1

約40%

SIX5(議論あり)

約5%

SIX1

約3%

原因が未特定

50〜60%

EYA1がもっとも多い原因。SIX1・SIX5は少数で、SIX5の関与には否定的な意見もあります。約半数では既知の遺伝子に変化が見つからず、今後の研究課題です。

EYA1の変化は、臨床的にBOR症候群と診断された方の約40%でみつかります[2]。日本人の患者さんを対象とした研究でも、EYA1がBOR症候群のおもな原因であることが確認されています[11]。SIX1はEYA1と手をつなぐ相手のタンパク質で、変化があると腎臓の異常を伴わないBO症候群になりやすいことが知られています[4]。SIX5は2007年に報告されましたが、SIX5の変化とされた一部の方に、あとからEYA1の変化も見つかったことなどから、SIX5単独が原因になるかは今も議論が続いています[5]。なお、ごく一部にはTownes-Brocks症候群の原因として知られるSALL1の変化を持つBORの家系も報告されています[1]

💡 用語解説:常染色体顕性(優性)遺伝とは

人は同じ遺伝子を父由来・母由来で2本ずつ持っています。そのうち片方の1本に変化があるだけで症状が現れる遺伝のしかたを「常染色体顕性遺伝(旧称:優性遺伝)」といいます。BOR症候群はこのタイプで、親が持っている場合、各妊娠ごとに性別に関わらず50%の確率でお子さんに伝わります。くわしくは常染色体顕性遺伝の解説ページもご覧ください。

BOR症候群の遺伝には、知っておきたい大切な特徴が2つあります。1つは、変化を受け継いだ場合に症状が出る確率(浸透率)がほぼ100%に近い一方で、出てくる症状の種類や重さは同じ家族の中でも大きく違うこと(表現型の多様性)です。もう1つは、世代を経るごとに発症が早まったり重くなったりする「表現促進」は起こらないとされていることです[1]。また、患者さんの約10〜20%は、両親に変化がない状態から新たに生じた新生突然変異(de novo変異)によるもので、家族歴がなくても発症することがあります[1]

💡 用語解説:遺伝子の「変化」の種類

遺伝子の変化にはいくつかタイプがあります。代表的なものを挙げます。

  • ミスセンス変異:設計図の一文字が変わり、できるタンパク質の性質が変わる変化
  • ナンセンス変異:途中で「文章が終了」し、短く不完全なタンパク質になる変化
  • コピー数の変化(欠失など):遺伝子のまとまりごと失われる変化。EYA1では患者さんの約10%でみられます

なぜ「耳」と「腎臓」が同時に障害されるの?

耳と腎臓は、発生の道のりがまったく違う臓器です。それなのに同じ1つの遺伝子の変化で同時に障害されるのはなぜでしょうか。鍵となるのが、進化的に大切に守られてきた「Pax-Eya-Six(パックス・アイヤ・シックス)」という発生の制御ネットワークです。EYA1のタンパク質はSIXのタンパク質と複合体(チーム)を作り、内耳のもと(耳胞プラコード)と腎臓のもと(後腎間葉)の両方で「正しく育て」という指令を出しています[6]

EYA1–SIX複合体が「耳」と「腎臓」を同時に育てる Pax-Eya-Six 制御ネットワーク EYA1–SIX タンパク質複合体 発生の「育てる指令」を出す 耳(耳胞・内耳)の発生 難聴・耳の形の異常へ 腎臓(後腎間葉)の発生 腎尿路の異常(CAKUT)へ 複合体の量が足りない「ハプロ不全」で、耳と腎臓が同時に影響を受ける

1つのEYA1–SIX複合体が、耳と腎臓という別々の臓器の発生を同時に支えている。だからEYA1が1本うまく働かないと、両方に影響が及ぶ。

この仕組みは、EYA1を欠損させたマウスの研究で見事に裏づけられています。EYA1を片方だけ欠損させたマウスは、ヒトのBOR症候群とよく似た腎臓の異常や難聴を示し、両方を欠損させると耳も腎臓もまったく作られませんでした。腎臓では、EYA1がGDNFというシグナル分子の働きを通して尿管芽の伸びを促しており、EYA1が欠けるとこの誘導が止まって腎臓が作られなくなることが示されています[6]

💡 用語解説:ハプロ不全(はぷろふぜん)とは

2本ある遺伝子のうち1本が働かなくなり、タンパク質の量が「半分」しか作られなくなることで症状が出る状態をいいます。BOR症候群では、このEYA1–SIX複合体の量が足りなくなることが、耳と腎臓が同時にうまく作られない根本の原因と考えられています。くわしくはハプロ不全の解説ページをご覧ください。

仲田洋美院長

🩺 院長コラム【「同じ変異なのに、なぜこんなに違うの?」というご質問に】

ご両親への遺伝カウンセリングを行う立場として、BOR症候群でいちばん難しいのは「同じ遺伝子の変化を持っていても、症状の重さがまったく違う」という点をどうお伝えするか、です。臨床遺伝専門医として文献を踏まえると、お父さんは耳の前の小さな穴だけ、お子さんは透析が必要な腎臓の異常、ということが現実に起こり得ます。

これは「親の症状が軽いから子も軽い」とは言い切れない、という意味でもあります。だからこそ、症状が軽く見える方ほど、腎臓を一度きちんと調べておくことに大きな意味があります。不確実さに向き合うのはご家族にとって負担ですが、その不確実さも含めて一緒に整理していくのが遺伝カウンセリングの役割だと考えています。

3. 症状①:難聴と耳の異常

難聴は、BOR症候群でもっとも多く見られる症状で、患者さんの90%以上に認められます。程度は軽いものから高度なものまでさまざまで、難聴のタイプも以下の3つがあります[1]

BOR症候群でみられる難聴のタイプ(おおよその割合)

混合性難聴

約50%

伝音性難聴

25〜33%

感音性難聴

20〜29%

💡 用語解説:難聴の3つのタイプ

伝音性難聴は、外耳や中耳(音を伝える部分)の異常で起こります。感音性難聴は、内耳(音を感じる部分)や神経の異常で起こります。

混合性難聴は、その両方が混ざったタイプで、BOR症候群でもっとも多く見られます。タイプによって有効な治療法が変わるため、正確な聞こえの評価がとても大切です。

難聴の多くは進行しませんが、内耳の奇形のひとつである前庭水管拡大症(EVA)を伴う場合は、約30%で小児期から青年期にかけて聞こえが少しずつ低下することがあります。EVAを伴う方は、頭への衝撃で急に聞こえが悪くなるリスクもあるため、日常生活でのけがへの注意が必要です[1]。前庭水管拡大症については前庭水管拡大症の解説ページもご参照ください。

耳まわりの形の特徴

BOR症候群では、耳まわりに特徴的な形の違いが見られます。なかでも有名なのが、耳小窩(じしょうか)=耳の前の小さなくぼみ(穴)で、患者さんの約82〜83%という高い割合でみられます。そのほか、皮膚や軟骨の余分な突起である副耳(約12〜13%)、外耳道の閉鎖や狭窄(約12〜31%)、耳介(耳たぶ)の形の異常(約31〜38%)などが報告されています[1]

4. 症状②:首(頸部)の瘻孔・嚢胞

胎児期の第2鰓弓の発生がうまくいかないと、首に瘻孔や嚢胞が残ることがあり、患者さんの約半数(49〜68%)にみられます[1]。本来、第2鰓弓は下に向かって伸び、なめらかな首を作りますが、この過程が不完全だと組織の中にすき間や異常な管が残ります。

💧 鰓溝性瘻孔(さいこうせいろうこう)

皮膚の表面から内部の咽頭粘膜に通じる小さなトンネル(穴)です。多くは胸鎖乳突筋の前方下部、鎖骨のすぐ上あたりに開き、粘液などの分泌物が出ることがあります。

🫧 鰓溝性嚢胞(さいこうせいのうほう)

外への開口部を持たず、首の皮膚の下(多くは胸鎖乳突筋の奥、舌骨の上あたり)に、液体や粘液がたまった袋(しこり)を作るものです。

これらは単なる形の問題にとどまらず、口やのどの細菌の入り口になるため、くり返し感染を起こして腫れや痛みを生じることがあります。感染をくり返す場合には、外科的に取り除く治療が検討されます[1]

5. 症状③:腎臓・尿路の異常(CAKUT)

腎臓・尿路の生まれつきの異常(CAKUT)は、BOR症候群とBO症候群を分ける最大のポイントで、患者さんの約40%にみられます。重さは、検査でたまたま見つかる軽いものから、命に関わる両側の腎無形成まで非常に幅があります[1]

💡 用語解説:CAKUT(先天性腎尿路異常)とは

CAKUTは「Congenital Anomalies of the Kidney and Urinary Tract」の略で、生まれつきの腎臓と尿路(尿の通り道)の形の異常をまとめた言葉です。腎臓ができない(無形成)、小さい(低形成)、構造が乱れる(異形成)、尿の逆流(膀胱尿管逆流症)、尿路の狭まりによる水腎症などが含まれます。くわしくはCAKUTの解説ページをご覧ください。

BOR症候群では、低形成腎(発育が不十分で小さい腎臓)がもっとも多く(約29%)、ほかに水腎症(約14%)、腎無形成(約9%)、多嚢胞性異形成腎、膀胱尿管逆流症などが報告されています。さらに、糸球体の病変による蛋白尿や腎機能の低下を示すこともあります[8]

重要なのは、腎臓の形態異常を合併した方のうち、約30%弱が末期腎不全に進み、将来的に透析や腎移植を必要とすることがある点です(BOR患者さん全体でみると、重い腎異常は約6%とされています)[7][8]。腎臓の症状は自覚しにくいため、症状がなくても定期的に腎臓を見守ることが、将来の見通しを大きく左右します。

6. その他の症状と、よく似た病気との見分け

鰓弓の異常は顔の骨の発達にも影響することがあり、顔の左右差、深いかみ合わせ、高口蓋や口蓋裂を伴うことがあります。ほかに、涙の通り道(鼻涙管)の異常、顔面神経の麻痺、甲状腺の腫れ(機能は正常なことが多い)などが報告されています。一方で、知的発達や精神運動発達は正常であることがほとんどです[1]

BOR症候群は、よく似た特徴を持つ他の症候群と区別する必要があります。診断の際には、タウンズ・ブロックス症候群・CHARGE症候群・22q11.2欠失症候群などとの見分けが大切です[8]。また、EYA1の変化は、腎臓の異常を伴わない耳鰓尿管(BOU)症候群や、耳顔頸(OFC)症候群といった、症状が重なる仲間の病気とも関連します[7]

💡 大切なお知らせ:耳の前の小さな穴があるだけなら

耳の前の小さな穴(耳小窩)は、一般の方にも比較的よくみられる所見で、その多くはBOR症候群ではありません。「耳の前に穴がある=BOR症候群」ではないので、過度に心配する必要はありません。ただし、難聴・首の瘻孔・腎臓の異常・家族歴などが重なる場合は、一度ていねいに評価することをおすすめします。

7. どうやって診断するの?(診断基準と検査)

診断は、診察と詳しい家族歴の聞き取り、画像検査、そして必要に応じた遺伝学的検査を組み合わせて行います。症状の出方には幅があり、典型的な3つの特徴がそろわないことも多いため、軽い症状だけのときには見逃されやすいことが知られています[1]

国際的な診断基準(Chang 2004)

国際的に広く使われているChangら(2004年)の基準では、症状を「大基準」と「小基準」に分けています。GeneReviewsで採用されている標準的な大基準は、①鰓弓の異常 ②難聴 ③耳小窩 ④腎臓の異常の4つです(耳介の形の異常などは小基準に含まれます。なお、耳介の異常を大基準に含める版を用いる論文もあります)[2]

大基準 小基準
難聴(伝音性・感音性・混合性) 外耳の異常(外耳道の閉鎖・狭窄)
耳小窩(耳の前の小さな穴) 中耳の異常(耳小骨の変位・固定など)
第2鰓弓の異常(瘻孔・嚢胞) 内耳の異常(蝸牛低形成・前庭水管拡大など)
腎臓の異常(無形成・低形成など) 副耳・顔の左右差・口蓋の異常など

診断は、次のいずれかを満たすときに確定とされます[2]

  • 大基準を3つ以上満たす
  • 大基準を2つと小基準を2つ以上満たす
  • 大基準を1つ以上満たし、かつBOR症候群の基準を満たす第一度近親者(親・きょうだい・子)がいる

日本の指定難病190の診断基準

日本の指定難病190では、主症状として①第2鰓弓奇形 ②難聴 ③耳の形態異常 ④腎奇形の4つを定め、似た他の多発奇形症候群を除外したうえで、家族歴と遺伝子診断の有無を組み合わせて診断します。家族歴がない場合は「主症状3つ以上」または「主症状2つ以上+EYA1かSIX1の病的バリアント」、一親等に家族歴がある場合は「主症状1つ以上+遺伝子診断」で確定とされます[8][9]

遺伝学的検査はすべての方に必須ではありませんが、軽い腎臓の異常や軽度の難聴だけといった「症状がそろわないケース」で診断を確定し、将来のリスクを見通すうえで強力な手がかりになります。当院では、EYA1・SIX1・SIX5の3遺伝子を一度に調べる鰓耳腎症候群 遺伝子検査(NGSパネル)を行っています。なお、約50〜60%の方ではこれら既知の遺伝子に変化が見つからないため、検査が陰性でも病気を完全に否定できるわけではありません[1]

8. 治療とこれからの管理

現在、原因そのものを治す治療法はありません。治療の基本は、それぞれの臓器の働きをできるだけ守り、取り返しのつかない合併症を防ぐことです。そのために、耳鼻咽喉科・腎臓内科や泌尿器科・小児科・形成外科、そして臨床遺伝専門医が連携してチームで支えます[1]

難聴への対応

難聴を放置すると、ことばの発達や学びに大きな影響が出るため、新生児聴覚スクリーニングによる早期発見と、できるだけ早い対応がとても大切です。軽度〜中等度には補聴器が、外耳道の閉鎖が強い場合には骨導補聴器が役立ちます。両側の重い難聴や補聴器の効果が不十分な場合には、人工内耳が非常に有効な選択肢になります[1]。なお、中耳の手術(鼓室形成術など)は、BOR症候群では中耳の構造が複雑なため、長期の聞こえの改善が得られにくいことが多く、適応は慎重に判断されます。

腎臓の見守りと薬の注意

将来の見通しを最も左右するのは腎臓の状態なので、生涯にわたる腎臓の見守りが欠かせません。明らかな症状がなくても、超音波検査・血液検査・尿検査による定期的な評価が大切です。逆流や水腎症があれば尿路感染の予防や手術が、蛋白尿や高血圧があれば腎臓を守る薬による管理が検討されます。末期腎不全に至った場合は、透析や腎移植が必要になります[1]

💡 注意:避けたほうがよいお薬があります

腎臓の働きが低下している方や難聴のある方では、腎臓や耳に負担をかけるお薬(アミノグリコシド系の抗菌薬など)を避けることが大切です。受診の際は、BOR症候群であることを医療者に伝えておくと安心です。

首の瘻孔や嚢胞は、症状がなく感染もなければ経過観察が可能ですが、くり返し感染する場合や見た目の悩みが強い場合には外科的に切除することがあります。耳介の形の異常に対しては、形成外科的な再建が検討されることもあります[1]

9. 出生前診断・出生後診断と遺伝カウンセリング

遺伝学的な検査は、目的によって「出生前」と「出生後」で分けて考えます。両者は時期も方法も意味も異なります。

🤰 出生前の検査

家系内に原因となる病的バリアント(EYA1やSIX1の変化)がすでに分かっている場合に限り、絨毛検査・羊水検査を用いた出生前診断や着床前遺伝学的検査(PGT)が技術的に可能です。

👶 出生後の検査

生まれた後は、症状からBOR症候群を疑い、EYA1・SIX1・SIX5の遺伝子パネル検査で原因の確認を行います。あわせて聴力・腎臓・画像の評価を進めます。

ただし、ここでとても大切な点があります。たとえ胎児がその遺伝子の変化を受け継いでいると分かっても、出生後にどの臓器にどの程度の症状が出るかを正確に予測することは、今の医学では不可能です。耳の前の小さな穴だけで一生を過ごす方もいれば、出生直後から治療を要する重い腎臓の異常を持つ方もいる——この予測のつかなさが、ご家族の意思決定を難しくします[1]。だからこそ、特定の検査を一方的にすすめるのではなく、情報を十分にお伝えしたうえで、決定はご家族に委ねる中立で非指示的な遺伝カウンセリングが重要になります。

仲田洋美院長

🩺 院長コラム【「軽い」と言われたあとも、腎臓だけは見ていてください】

出生前診断と遺伝カウンセリングを専門に担う立場から、BOR症候群のご家族に必ずお伝えしているのは、「いま症状が軽いことは、これからもずっと軽いことを保証しない」という点です。耳や首の症状は見えやすい一方で、腎臓の異常は静かに進むことがあります。

難聴への早期の対応と、生涯にわたる腎臓の見守り——この2つさえ途切れさせなければ、知的発達は正常であり、良好な学校生活・社会生活を送れる方がたくさんいらっしゃいます。怖がりすぎず、しかし腎臓だけは手放さずに見ていく。その伴走を、私たちは大切にしています。

よくある誤解

誤解①「耳の前に穴があるからBORだ」

耳小窩(耳の前の小さな穴)は一般の方にも比較的多くみられ、その大半はBOR症候群ではありません。難聴・首の瘻孔・腎臓の異常・家族歴などが重なるときに、はじめて評価が必要になります。

誤解②「親が軽いから子も軽い」

同じ家族でも症状の重さは大きく異なります。親が軽い症状でも、お子さんに腎臓の重い異常が出ることがあり、重症度の予測はできません。

誤解③「知的発達に影響する」

BOR症候群では知的発達や精神運動発達は正常であることがほとんどです。難聴への早期対応と教育的サポートがあれば、良好な発達が期待できます。

誤解④「検査が陰性なら病気ではない」

50〜60%の方では既知の遺伝子に変化が見つかりません。遺伝子検査が陰性でも、症状から臨床的に診断・管理することが大切です。

仲田洋美院長

🩺 院長コラム【遺伝性疾患を「正しく知る」ことの力】

臨床遺伝専門医として文献を踏まえると、BOR症候群は「見えている症状」と「これから注意すべき臓器」が一致しないことがある病気です。耳や首の所見はきっかけにすぎず、本当に守りたいのは腎臓と聞こえです。

正しい知識は、過度な不安からも、油断からも、ご家族を守ってくれます。診断名がついて終わりではなく、そこから「何を、いつ、どう見ていくか」を一緒に組み立てていくこと——それが遺伝医療のいちばん大切な仕事だと考えています。

よくある質問(FAQ)

Q1. 鰓耳腎症候群は遺伝しますか?子どもに伝わる確率は?

はい、常染色体顕性(優性)遺伝のため、患者さんから各妊娠ごとに性別に関わらず50%の確率でお子さんに伝わる可能性があります。ただし約10〜20%は両親に変化がない新生突然変異(de novo変異)によるもので、家族歴がなくても発症することがあります。遺伝のしかたや再発リスクについては、臨床遺伝専門医による遺伝カウンセリングで詳しくご説明できます。

Q2. 耳の前に小さな穴があります。BOR症候群でしょうか?

耳の前の小さな穴(耳小窩)は一般の方にも比較的よくみられる所見で、その多くはBOR症候群ではありません。過度に心配する必要はありません。ただし、難聴・首の瘻孔・腎臓の異常・同様の症状を持つご家族がいるなど、ほかの特徴が重なる場合は、一度ていねいに評価することをおすすめします。

Q3. 腎臓の症状は必ず出ますか?将来透析が必要になりますか?

腎臓・尿路の異常はBOR患者さんの約40%にみられますが、全員に出るわけではなく、重さもさまざまです。腎臓の形態異常を合併した方のうち約30%弱が末期腎不全に進むことがある一方、適切な見守りと管理で良好に経過する方も多くいます。症状がなくても定期的な腎臓の検査を続けることが、将来の見通しを良くするうえでとても大切です。

Q4. 難聴は治りますか?人工内耳は使えますか?

難聴のタイプや程度に応じて、補聴器・骨導補聴器・人工内耳など複数の選択肢があります。両側の重い難聴や補聴器の効果が不十分な場合、人工内耳は非常に有効な手段です。中耳の手術はBOR症候群では効果が得られにくいことが多く、慎重に判断されます。いずれの場合も、新生児期からの早期発見と早期対応がことばの発達のために重要です。

Q5. 遺伝子検査を受けると、何が分かりますか?

EYA1・SIX1・SIX5の3遺伝子を調べることで、診断の確定や、ご家族のリスク評価、将来の家族計画のための情報が得られます。ただし約50〜60%の方ではこれら既知の遺伝子に変化が見つからないため、陰性でも病気を完全に否定できるわけではありません。当院では鰓耳腎症候群 遺伝子検査(NGSパネル)を行っており、結果は遺伝カウンセリングで詳しくご説明します。

Q6. BOR症候群とBO症候群は何が違うのですか?

BO(鰓耳)症候群は、鰓弓の異常と難聴はありますが、腎臓・尿路の異常を伴わない病態です。原因遺伝子は同じで、同じ病気の幅(スペクトラム)と考えられています。同じ家族の中にBOR症候群の方とBO症候群の方が混在することもあります。

Q7. 知的発達への影響はありますか?

BOR症候群では知的発達や精神運動発達は正常であることがほとんどです。難聴に対する早期の介入(補聴器や人工内耳)と教育的サポートが適切に行われれば、ことばの面でも学業・社会生活の面でも良好な発達が期待できます。なお、もし知的障害を伴う場合は、EYA1を含む領域の染色体微細欠失など、別の要因が関わっている可能性も検討されます。

Q8. 出生前に調べることはできますか?

家系内に原因となる病的バリアントがすでに分かっている場合に限り、羊水検査・絨毛検査による出生前診断や着床前遺伝学的検査(PGT)が技術的に可能です。ただし、変化を受け継いでいても出生後にどの程度の症状が出るかは予測できないため、検査を受けるかどうかは、遺伝カウンセリングで十分に情報を整理したうえでご家族が決めることが大切です。

🏥 鰓耳腎症候群・遺伝のご相談

難聴・首の瘻孔・腎臓の異常や、ご家族への遺伝について
気になることがあれば、臨床遺伝専門医が在籍する
ミネルバクリニックにお気軽にご相談ください。

参考文献

  • [1] Branchiootorenal Spectrum Disorder. GeneReviews®, NCBI Bookshelf. [NBK1380]
  • [2] Chang EH, et al. Branchio-oto-renal syndrome: the mutation spectrum in EYA1 and its phenotypic consequences. Hum Mutat. 2004. [PubMed 15146463]
  • [3] Abdelhak S, et al. Clustering of mutations responsible for branchio-oto-renal (BOR) syndrome in the eyes absent homologous region (eyaHR) of EYA1. Hum Mol Genet. 1997. [PubMed 9361032]
  • [4] Ruf RG, et al. SIX1 mutations cause branchio-oto-renal syndrome by disruption of EYA1-SIX1-DNA complexes. Proc Natl Acad Sci USA. 2004. [PNAS]
  • [5] Hoskins BE, et al. Transcription factor SIX5 is mutated in patients with branchio-oto-renal syndrome. Am J Hum Genet. 2007. [PubMed 17357085]
  • [6] Eya1-deficient mice lack ears and kidneys and show abnormal apoptosis of organ primordia. Nat Genet. 1999. [PubMed 10471511]
  • [7] Branchiootorenal Syndrome 1; BOR1. OMIM #113650, Johns Hopkins University. [OMIM 113650]
  • [8] 鰓耳腎症候群(指定難病190). 難病情報センター. [難病情報センター]
  • [9] 鰓耳腎症候群 診断の手引き. 小児慢性特定疾病情報センター. [小児慢性特定疾病情報センター]
  • [10] Branchiootorenal/branchiootic syndrome. MedlinePlus Genetics. [MedlinePlus]
  • [11] Unzaki A, et al. Clinically diverse phenotypes and genotypes of patients with branchio-oto-renal syndrome. J Hum Genet. 2018. [PubMed 29445091]

関連記事

仲田洋美 医師(臨床遺伝専門医)

この記事の監修・執筆者:仲田 洋美

(臨床遺伝専門医/がん薬物療法専門医/総合内科専門医)

ミネルバクリニック院長。1995年に医師免許を取得後、 臨床遺伝学・内科学・腫瘍学を軸に診療を続けてきました。 のべ10万人以上のご家族の意思決定と向き合ってきた臨床遺伝専門医です。

出生前診断(NIPT・確定検査・遺伝カウンセリング)においては、 検査結果の数値そのものだけでなく、 「結果をどう受け止め、どう生きるか」までを医療の責任と捉え、 一貫した遺伝カウンセリングと医学的支援を行っています。

ハイティーンの時期にベルギーで過ごし、 日本人として異文化の中で生活した経験があります。 価値観や宗教観、医療への向き合い方が国や文化によって異なることを体感しました。 この経験は現在の診療においても、 「医学的に正しいこと」と「その人にとって受け止められること」の両立を考える姿勢の基盤となっています。

また、初めての妊娠・出産で一卵性双生児を妊娠し、 36週6日で一人を死産した経験があります。 その出来事は、妊娠・出産が女性の心身に与える影響の大きさ、 そして「トラウマ」となり得る体験の重みを深く考える契機となりました。 現在は、女性を妊娠・出産のトラウマから守る医療を使命の一つとし、 出生前診断や遺伝カウンセリングに取り組んでいます。

出生前診断は単なる検査ではなく、 家族の未来に関わる重要な意思決定です。 年齢や統計だけで判断するのではなく、 医学的根拠と心理的支援の両面から、 ご家族が後悔の少ない選択をできるよう伴走することを大切にしています。

日本人類遺伝学会認定 臨床遺伝専門医/日本内科学会認定 総合内科専門医/ 日本臨床腫瘍学会認定 がん薬物療法専門医。 2025年には APAC地域における出生前検査分野のリーダーとして国際的評価を受け、 複数の海外メディア・専門誌で特集掲載されました。

お電話での受付可能
診療時間
午前 10:00~14:00
(最終受付13:30)
午後 16:00~20:00
(最終受付19:30)
休診 火曜・水曜

休診日・不定休について

クレジットカードのご利用について

publicブログバナー
 
medicalブログバナー
 
NIPTトップページへ遷移