目次
- 1 1. PSEN2遺伝子とγセクレターゼ ─ 「膜のなかで切るハサミ」の刃
- 2 2. PSEN1との決定的な違い ─ 細胞のなかの「住所」がすべてを変える
- 3 3. 切断のしくみと変異の影響 ─ 「途中で手を離す」から毒が生まれる
- 4 4. なぜPSEN2は発症が遅いのか ─ 発症年齢と症状の多彩さ
- 5 5. N141I変異とミクログリア ─ 神経細胞だけの病気ではない
- 6 6. M239V変異と「アルツハイマー病らしくない」症状
- 7 7. 脳を超えて ─ 拡張型心筋症(CMD1V)とPSEN2
- 8 8. 2026年の新知見 ─ PSEN2は「予備のコピー」ではない
- 9 9. 検査と遺伝カウンセリング ─ 家族性ADと孤発性ADの切り分け
- 10 10. よくある誤解
- 11 よくある質問(FAQ)
- 12 参考文献
- 13 関連記事
📍 クイックナビゲーション
アルツハイマー病の原因遺伝子は3つ知られていますが、そのなかでPSEN2遺伝子(プレセニリン2)は、いちばん影が薄く、いちばん個性的な存在です。よく似た姉妹遺伝子PSEN1の「予備のコピー」と長らく見なされてきましたが、実際には細胞のなかでまったく別の場所に住み分け、発症を十数年遅らせ、ときに認知症ではなく心臓の病気(拡張型心筋症)を引き起こします。本記事では、PSEN2がなぜ「遅くて多彩」なのか、その分子のしくみから、代表的な変異、遺伝のしかた、そして2026年の最新知見までを、遺伝専門医がやさしく解説します。
Q. PSEN2遺伝子とは何をする遺伝子ですか?まず結論だけ知りたいです
A. PSEN2は「プレセニリン2」というタンパク質の設計図で、γ(ガンマ)セクレターゼという酵素の“刃”にあたる部品をつくります。この酵素は細胞膜のなかでアミロイド前駆体タンパク質(APP)などを切る「膜のなかのハサミ」です。PSEN2に変化があると、凝集しやすい長いアミロイドβ(Aβ42)が増え、若年性(家族性)アルツハイマー病の原因になります。姉妹遺伝子PSEN1より発症が平均で十数年遅く、まれに認知症を伴わずに拡張型心筋症を起こすこともあります。
- ➤役割 → γセクレターゼの触媒サブユニット。APPやNotchを細胞膜のなかで切る「膜内のハサミ」の刃
- ➤局在の個性 → PSEN1と違い、後期エンドソーム・リソソームという酸性の小部屋に閉じ込められ、細胞のなかにAβをためる
- ➤アルツハイマー病 → 常染色体顕性の早発性家族性AD(AD4)の原因。ただしPSEN1より発症年齢が平均で十数年遅い
- ➤心臓の顔 → Ser130Leu変異は、認知症を伴わずに拡張型心筋症(CMD1V)を起こすことがある
- ➤2026年の新知見 → PSEN2はPSEN1の予備ではなく、リソソーム機能の維持という独自の必須役割をもつことが示された
🧬 PSEN2遺伝子の基本情報
各項目の根拠と詳しい解説は、本文の該当セクションをご覧ください。
1. PSEN2遺伝子とγセクレターゼ ─ 「膜のなかで切るハサミ」の刃
PSEN2は、Presenilin 2(プレセニリン2)の頭文字をとった遺伝子名です。1995年に、家族性アルツハイマー病の原因を探すなかで、1番染色体に見つかった原因遺伝子としてクローニングされました[2]。この遺伝子がつくるタンパク質「プレセニリン2」は、448個のアミノ酸からなり、細胞膜を9回も貫通する複雑な構造をしています[1]。遺伝子は1番染色体の長腕(1q42.13)にあり、姉妹遺伝子であるPSEN1(14番染色体)とアミノ酸配列の約6〜7割が共通しています。
プレセニリン2の仕事を一言でいうと、「細胞膜の内部で、膜を貫通しているタンパク質を切る」ことです。ふつうハサミ(タンパク質分解酵素)は水のなかで働きますが、プレセニリンは油の膜のなかという特殊な環境で切断を行う、めずらしい酵素です。この働きから「膜内切断プロテアーゼ」と呼ばれます。ただしプレセニリン2は単独では働けません。ニカストリン・APH-1・PEN-2という3つの相棒タンパク質としっかり組み合わさって、はじめてアミロイドβをつくり出す「γ(ガンマ)セクレターゼ複合体」という4人組の酵素として完成します。このなかでプレセニリン2は、実際にものを切る「刃」にあたる触媒サブユニットです。
💡 用語解説:γセクレターゼと触媒サブユニット
γセクレターゼは、細胞膜に刺さっているタンパク質の“根元”を膜のなかで切る酵素です。4つの部品(プレセニリン・ニカストリン・APH-1・PEN-2)が組み合わさってできています。このうち実際にものを切る役目が触媒サブユニットで、その席にはプレセニリン1かプレセニリン2のどちらかが入ります。同じ席を分け合っているので、両者は「よく似た仕事をする姉妹」でありながら、後で見るように性格はかなり違います。
γセクレターゼが切る相手(基質)は数百種類にのぼりますが、アルツハイマー病との関係でとくに重要なのがアミロイド前駆体タンパク質(APP)です。APPは細胞膜に刺さった一本の棒のようなタンパク質で、まず別の酵素(βセクレターゼ)に外側を切られ、続いてγセクレターゼに膜のなかの部分を切られます。この二段階の切断で切り出される断片が、アルツハイマー病で脳にたまるアミロイドβ(Aβ)です。プレセニリン2はもうひとつ、細胞の運命を決めるNotch(ノッチ)という重要なタンパク質の切断にも関わっており、この働きは発生や免疫にも深くつながっています。
つまりPSEN2は、「アルツハイマー病をつくる酵素の刃」であると同時に、生命の基本的な情報伝達を支える酵素の部品でもある、という二つの顔を持っています。この記事の後半では、この一見遠く離れた顔(アミロイド・免疫・そして心臓)が、実はすべて「PSEN2という一つの刃の個性」から説明できることを見ていきます。まずはその個性の源である、細胞内での“住所”の話から始めましょう。
2. PSEN1との決定的な違い ─ 細胞のなかの「住所」がすべてを変える
プレセニリン1とプレセニリン2は、アミノ酸配列の約66%が共通する「姉妹タンパク質」です。それなのに、変異が起こったときの発症年齢や症状の出方は大きく違います。その最大の理由が、細胞のなかで住んでいる場所(局在)が違うことにあります。
プレセニリン1は、細胞膜(細胞の表面)をはじめ、細胞内のあちこちに広く分布します。全体の約1割は細胞の表面にまで到達し、外の世界と接する場所でも働きます。ところがプレセニリン2は事情がまったく違い、「後期エンドソーム」「リソソーム」という酸性の小部屋に厳しく閉じ込められています。細胞表面に届くプレセニリン2は、わずか1%程度にすぎません[4]。同じ席を分け合う姉妹なのに、一方は家じゅうを自由に動き回り、もう一方は地下の一室にほぼ幽閉されている、というイメージです。
PSEN1とPSEN2は「住所」が違う
この「幽閉」を決めているのは、プレセニリン2のなかにある短いアミノ酸の合図(酸性ジロイシンモチーフ)です。E16RTSLM21という配列がいわば「このタンパク質はリソソーム行き」という郵便番号として働き、細胞内の荷物仕分け係であるAP-1という複合体と結合します[4]。この結合によって、プレセニリン2は細胞表面へ向かうルートから外れ、後期エンドソームとリソソームへと正確に運ばれます。しかもこの仕分けは、配列のなかのセリンというアミノ酸がリン酸化されるかどうかでオン・オフが切り替わる、動的な仕組みで調節されています。実験でプレセニリン1と2のこの合図部分を人工的に入れ替えると、局在が完全に逆転することも確かめられており、この短い配列こそが両者の運命を分ける決定因子だとわかっています[4]。
では、この住所の違いが、なぜ病気の性質を変えるのでしょうか。ポイントは「切ったアミロイドβがどこに置かれるか」です。プレセニリン2は酸性の小部屋のなかで働くため、変異によって過剰につくられた凝集しやすいAβ42は、細胞の外へ排出されずに細胞内のプール(細胞内Aβプール)としてたまっていきます[4]。脳にプラーク(老人斑)ができるより前の段階から、神経細胞は内側からじわじわと傷つけられる──これがプレセニリン2型の病態の特徴だと考えられています。細胞の“ゴミ処理場”であるリソソームにAβがたまるという事実は、後で述べる「PSEN2の非冗長的な役割」の伏線でもあります。
3. 切断のしくみと変異の影響 ─ 「途中で手を離す」から毒が生まれる
アミロイドβには、無害で短いもの(Aβ40など)と、凝集しやすく毒性が強い長いもの(Aβ42・Aβ43)があります。同じAPPから、なぜ長さの違うAβができるのでしょうか。鍵はγセクレターゼの切り方にあります。
γセクレターゼは、APPを一回でスパッと切り落とすのではありません。基質をつかんだまま、細胞の内側に近い場所をまず切り、そこから外側に向かって3〜4アミノ酸ずつ、少しずつ削り取っていきます。この「最後まで削り切る能力」をプロセッシビティと呼びます。2012年の重要な生化学研究は、病的なプレセニリンが単に「酵素の力を失う」のではなく、酵素と基質の結びつきを不安定にすることを明らかにしました[5]。結びつきが不安定になると、酵素は削り切る前に途中で手を離してしまい、その結果、短くて無害なAβ40の代わりに、長くて凝集しやすいAβ42が早く放出されてしまうのです。
正常な切断と、変異による「途中放棄」
Aβがつくられる過程には、大きく2本の「生産ライン」があります。一方は Aβ49→46→43→40 と進むライン、もう一方は Aβ48→45→42→38 と進むラインです。病的なプレセニリン2は、無害なAβ40をつくる前者のラインを敬遠し、毒性の強いAβ42をつくる後者のラインへ偏る傾向があります。その結果、酵素全体の効率はむしろ下がっているのに、Aβ42の割合(Aβ42/Aβ40比)だけは病的に上昇します[9]。実際、プレセニリン2のプロセッシビティの低下の度合いと、患者さんが発症する年齢とのあいだには相関があることも報告されています。「どれくらい途中で手を離しやすいか」が、病気の重さの物差しになっているのです。
💡 用語解説:ミスセンス変異
遺伝子の文字(塩基)が1か所だけ入れ替わり、その結果タンパク質のアミノ酸が別の種類に置き換わる変化をミスセンス変異と呼びます。「N141I」という表記は、141番目のアスパラギン(N)がイソロイシン(I)に変わった、という意味です。プレセニリン2のアルツハイマー病変異の多くはこのタイプで、たった1文字の違いが、酵素の切り方をわずかに狂わせて毒性Aβを増やします。
4. なぜPSEN2は発症が遅いのか ─ 発症年齢と症状の多彩さ
🔍 関連記事:早発アルツハイマー病とは/PSEN1(プレセニリン1)/APP遺伝子
プレセニリン1もプレセニリン2も、変異するとAβ42/Aβ40比を上げる、という点では同じ分子メカニズムを共有しています。それなのに、患者さんが実際に直面する発症年齢はまったく違います。早発性家族性アルツハイマー病の3つの原因遺伝子を発症年齢の早い順に並べると、はっきりとした序列があります。大規模な臨床データをまとめた研究では、PSEN1変異の保因者がもっとも早く、PSEN2変異の保因者がもっとも遅く発症する傾向が確認されています[6]。具体的な平均年齢はコホートによって幅がありますが、PSEN2はPSEN1より平均でおよそ十数年、遅れて発症するという傾向は一貫しています。
家族性アルツハイマー病の3大原因遺伝子(APP・PSEN1・PSEN2)の比較

APP・PSEN1・PSEN2の役割と特徴の違い。PSEN1がγセクレターゼの中心でEOFADの頻度が最も高く発症も早いのに対し、PSEN2は補助的な刃で頻度が低く発症が遅い。
なぜPSEN2だけ、これほど発症が遅れるのでしょうか。答えは第2章で見た「住所」にあります。脳全体でのアミロイド産生の大部分は、酵素の量も効率も高く、細胞のあちこちに分布するプレセニリン1が担っています。プレセニリン2はもともと触媒効率が低いうえに、後期エンドソームという狭い部屋に閉じ込められているため、脳全体のアミロイド処理に占める割合が小さいのです。だからプレセニリン2に変異が起きて毒性の強いAβ42がつくられるようになっても、その絶対量が少ないぶん、毒性が発症の閾値に達するまでに、プレセニリン1変異より何十年も長い歳月がかかる──これが発症遅延の根本的な理由だと考えられています。
もうひとつのPSEN2の特徴は、症状の多彩さ(表現型の不均一性)です。同じ家系で同じ変異を受け継いでいても、発症年齢が40代から80代まで大きくばらつくことが知られています。さらに、記憶障害を主体とする典型的なアルツハイマー病の枠を超えて、後方の脳から進む後方皮質萎縮症(PCA)に似た空間認知の障害や、人格変化・行動異常を前面に出す前頭側頭型認知症に似た症候群を呈することもあります。プレセニリン2が、単なるアミロイド生成の触媒にとどまらない、まだ解明されていない多面的な機能を持っていることをうかがわせる事実です。この多彩さは、遺伝カウンセリングの現場でも重要な意味を持ちます。
5. N141I変異とミクログリア ─ 神経細胞だけの病気ではない
PSEN2でもっとも有名な変異がN141Iです。1995年にPSEN2がクローニングされたとき、アメリカに移住した「ヴォルガ・ドイツ人」と呼ばれる人々の家系で、世界で初めて同定された病的変異でした[2][3]。ヴォルガ・ドイツ人とは、18世紀にドイツからロシアのヴォルガ川流域へ移り住み、その後アメリカへ渡った人々で、共通の祖先に由来する創始者効果によってこの変異が広まったと考えられています。
💡 豆知識:最初のアルツハイマー患者「アウグステ・D」は保因者だった?
アルツハイマー博士が1906年に初めて報告した患者アウグステ・Dは、ドイツの同じ地域の出身だったため、「彼女もこのN141I変異を持っていたのでは」と長く議論されてきました。しかし後年の遺骨を用いたDNA解析により、彼女自身はN141I変異を持っていなかったと結論づけられています[17]。歴史的な逸話ですが、「有名な変異=あの患者の原因」と決めつけないことの大切さを教えてくれます。
N141Iの研究は、アルツハイマー病の常識を一つ塗り替えました。従来、この病気は「神経細胞そのものの異常」と考えられてきましたが、プレセニリン2は神経細胞だけでなく、脳の免疫を担うミクログリアという細胞でも重要な働きをしています。N141Iを持つミクログリアを調べると、酵素活性そのものは低下しているのに、炎症のスイッチであるNF-κB経路が過剰に活性化し、IL-6やTNF-αといった炎症性物質が過剰に放出されることがわかりました[15][16]。動物モデルでも、外からの刺激がない状態でさえミクログリアが「戦闘態勢」の形をとり、炎症刺激を加えると炎症遺伝子の発現が爆発的に高まりました。神経以外の細胞(免疫細胞)を通じて病気が進むという、新しい病態像です。
もちろん神経細胞にも影響は及びます。N141Iは、細胞内のカルシウムの流れを乱すことも知られています。興味深いのは、患者さん由来のiPS細胞から前脳基底部コリン作動性ニューロン(記憶にかかわり、アルツハイマー病で早くから障害される神経)をつくって調べた実験で、CRISPRでN141I変異を修復すると、上昇していたAβ42/Aβ40比も、電気生理学的な機能異常も、健常な細胞と同じレベルまで回復したことです[13]。さらに、この変異によるカルシウム異常は、インスリンに慢性的にさらすことで是正できることも報告されており[14]、代謝を介した治療の可能性も示唆されています。
6. M239V変異と「アルツハイマー病らしくない」症状
もう一つの代表的な変異が、1995年にイタリアの巨大な家系(5世代・134名からなる家系)で報告されたM239Vです[3]。239番目のメチオニンがバリンに置き換わるミスセンス変異で、この置換によってプレセニリン2の活性部位のポケットが広がり、切り方(プロセッシビティ)が変わってAβ42/Aβ40比が上昇すると考えられています。
この家系の記録が示したのは、同じ変異でも症状の出方が驚くほど多彩だということです。発症者の平均発症年齢は約60歳でしたが、45歳で発症する人もいれば83歳まで発症しない人もいました[7]。罹病期間も4年から22年と大きく異なります。症状も、進行性の記憶障害に加えて、てんかん発作・抑うつ・失語・妄想・攻撃的行動といった重い行動・心理症状を高い頻度で伴いました。なかには、認知症を発症する前の段階から空間認知の障害が現れ、記憶よりも先に「後方の脳」の機能が落ちていく、後方皮質萎縮症に似た経過をたどる人もいました[8]。
さらに広く見ると、PSEN2の一部の変異は、記憶障害よりも人格変化・行動異常・言語障害を前面に出し、臨床的には前頭側頭型認知症(FTD)と診断される経過をとることも報告されています。ただし、どの特定の変異がどのFTD像を起こすかについては、症例報告の数が限られ、まだ確立した知見とは言えない部分もあります。いずれにせよ、これらの事実は、プレセニリン2がアミロイドの切断だけでなく、タウというもう一つの病的タンパク質の動きや、大脳の広い神経ネットワークの維持にも関わっている可能性を強く示しています。「PSEN2の変異=典型的なもの忘れのアルツハイマー病」という単純な図式では、この遺伝子の全体像はとらえきれないのです。
7. 脳を超えて ─ 拡張型心筋症(CMD1V)とPSEN2
PSEN2はアルツハイマー病専用の遺伝子ではありません。プレセニリンは心臓を含む全身の組織で発現し、心臓の発生と機能維持にも欠かせない役割を担っています。この事実を最も鮮やかに示すのが、認知症をまったく伴わずに、拡張型心筋症だけを引き起こすPSEN2変異の存在です。
拡張型心筋症の患者315人を対象にした大規模なスクリーニングで、心臓の病気と完全に連鎖して遺伝するPSEN2のミスセンス変異Ser130Leu(S130L)が、複数の独立した家系で見つかりました[10]。この変異が引き起こす病気は、左心室が大きく広がって収縮力が落ち、最終的にうっ血性心不全や致死的な不整脈に至る「拡張型心筋症タイプ1V(CMD1V)」として、公的データベースOMIMに正式に登録されています(OMIM 613697)[11]。
ここでも、PSEN1とPSEN2の「性格の違い」は保たれています。同じ研究で見つかったPSEN1の心筋症変異が完全な浸透率を示し、心臓移植を要するか死に至るほど急激に進行したのに対し、PSEN2のSer130Leuは不完全浸透(変異があっても発症しない人がいる)で、進行も比較的ゆるやかで予後も良好でした[10]。脳での発症遅延と同じように、心臓でもPSEN2の相対的な寄与度がPSEN1より低いことを反映していると考えられます。
なぜプレセニリン2の変異が心臓を弱らせるのでしょうか。アルツハイマー病が「アミロイドの蓄積と毒性」を主軸とするのに対し、心筋症のメカニズムは主にカルシウムの調節異常で説明されます。プレセニリンは、細胞のなかのカルシウム貯蔵庫(小胞体・筋小胞体)でカルシウムの流れを調節する働きを持っています。Ser130Leuを持つ人の細胞では、実際にカルシウムシグナルの明らかな異常が確認されています[10]。心臓の筋肉が「電気の興奮」を「収縮」に変換するには、カルシウム濃度の緻密な制御が絶対に必要です。この制御が慢性的に破綻することで、収縮力が段階的に低下し、心臓が代償的に広がって、最後は心不全に至ると考えられています。脳と心臓という一見遠い二つの臓器の病気が、「プレセニリン2という一つの部品の不調」でつながっている──これはこの遺伝子のもっとも印象的な一面です。
8. 2026年の新知見 ─ PSEN2は「予備のコピー」ではない
「PSEN2はPSEN1のマイナーなコピーにすぎないのか?」という長年の問いに、2026年に発表された最新の前臨床研究が一つの答えを出しました(この研究は現時点で査読前のプレプリントとして公開されているもので、結論は今後の検証を要します)[12]。研究チームは、CRISPR-Cas9というゲノム編集技術で、ヒトiPS細胞から「PSEN1を完全になくした細胞」と「PSEN2を完全になくした細胞」をつくり分け、それぞれを神経細胞やミクログリアに育てて、消えたときの影響を直接比べました。
結果は意外なものでした。PSEN1をなくした神経細胞では、予想どおりAPPの切断が大きく妨げられ、Aβの産生が激減しました。ところがPSEN2をなくした神経細胞では、APPの切断量にもAβの産生にも、ほとんど変化が見られなかったのです[12]。ミクログリアでも、免疫にかかわるTREM2というタンパク質の処理にほとんど影響しませんでした。「アミロイドをつくる仕事」だけを見れば、PSEN2は主役ではない、ということです。
では、PSEN2は何をしているのか。この研究が示したのは、PSEN2をなくすと細胞の「ゴミ処理・リサイクル系」(エンドソーム・リソソーム系)が直接的に壊れることでした。PSEN2欠損の神経細胞では、初期エンドソームの目印が異常にたまり、リソソームの目印がはっきり減少しました。そしてこの現象は、PSEN1をなくした細胞ではまったく起こりませんでした[12]。第2章で見たとおり、PSEN2はもともとリソソームに住んでいます。その住人がいなくなると、その部屋の機能そのものが崩れる、というわけです。
これは重要な発見です。PSEN2は、単にPSEN1の予備としてアミロイドを切っているのではなく、小胞輸送やリソソームの恒常性維持という、PSEN1では代われない独自の必須の仕事(非冗長的な機能)を持っている──そう明確に示されたのです。この視点は、次章で触れる治療戦略にも大きな意味を持ちます。「毒性アミロイドだけを減らせばよい」という発想では、PSEN2が支えている細胞の生命線まで傷つけてしまう恐れがあるからです。
9. 検査と遺伝カウンセリング ─ 家族性ADと孤発性ADの切り分け
🔍 関連記事:アルツハイマー・認知症NGS遺伝子検査パネル/APOE遺伝子/遺伝形式とは
PSEN2による家族性アルツハイマー病は、常染色体顕性(優性)という形式で遺伝します。これは、両親のどちらかが変異を持っていると、その子どもが変異を受け継ぐ確率が50%になる、という意味です。ただし前章までで繰り返し見たとおり、変異を受け継いだからといって、いつ・どのように発症するかは大きくばらつきます。この「50%という受け継ぐ確率」と「発症年齢の幅」は別の話であり、遺伝カウンセリングではこの二つを混同しないように丁寧に切り分けて説明します。
アルツハイマー病の遺伝を考えるうえで大切なのは、「家族性」と「孤発性」を分けて考えることです。PSEN2・PSEN1・APPの変異による家族性アルツハイマー病は、常染色体顕性で若くから発症する一方、全アルツハイマー病のなかで占める割合はごくわずかです。これに対し、大多数を占める孤発性アルツハイマー病では、発症のしやすさに最も大きく影響する遺伝子としてAPOE遺伝子が知られています。APOEはあくまで「なりやすさを左右するリスク遺伝子」であって、PSEN2のように「持っていればほぼ発症する原因遺伝子」とは意味が異なります。この違いを理解することが、検査結果を正しく受け止める出発点になります。
当院では、家族性アルツハイマー病が疑われる場合の遺伝学的検索として、早発性家族性アルツハイマー病NGS遺伝子検査(APP・PSEN1・PSEN2の3遺伝子)や、リスク遺伝子まで含めて幅広く調べるアルツハイマー・認知症NGS遺伝子検査パネルをご用意しています。ただし、PSEN2に変化が見つかっても、それがすぐに「発症する」「いつ発症する」を意味するわけではなく、多くの場合はさらに慎重な解釈(ときには意義不明変異(VUS)という判定)が必要です。検査を受けるかどうか、結果をどう使うかは、臨床遺伝専門医とよく相談したうえで決めることが大切です。
なお、次世代の治療についても触れておきます。近年、脳のアミロイドを標的とする抗体薬(レカネマブ・ドナネマブなど)が登場し、早期のアルツハイマー病で進行をある程度遅らせられるようになってきました。さらに根本的なアプローチとして、CRISPRによる変異の直接修復や、変異を持つメッセンジャーRNAだけを狙って抑えるアンチセンス核酸(ASO)の開発も進んでいます。ただしPSEN2の場合、第8章で見たように正常なPSEN2はリソソームの維持という必須の仕事を担っているため、正常な分まで無差別に減らすと細胞に深刻なダメージを与えかねません。「変異した分だけを、ピンポイントで抑える」高い精度の設計が求められる、というのが現在の到達点です。これらはまだ研究・開発段階の話であり、確立した治療ではない点にはご注意ください。
10. よくある誤解
誤解①「PSEN2はPSEN1と同じもの」
配列は約66%似ていますが、住む場所も、発症年齢も、関わる臓器も違います。PSEN2は後期エンドソーム・リソソームに閉じ込められ、PSEN1より十数年遅く発症し、心臓の病気の原因にもなります。「似ているが同じではない」が正解です。
誤解②「変異があれば必ず同じ年齢で発症する」
PSEN2は同じ家系・同じ変異でも発症年齢が40代〜80代までばらつくのが大きな特徴です。M239V家系では45歳発症から83歳まで無発症まで幅がありました。平均値を「あなたの発症年齢」として受け取るのは誤りです。
誤解③「PSEN2は認知症だけの遺伝子」
PSEN2のSer130Leu変異は、認知症を伴わずに拡張型心筋症(CMD1V)だけを起こすことがあります。プレセニリンは心臓でも働いており、脳と心臓という別々の臓器の病気が同じ遺伝子でつながっているのです。
誤解④「APOEを調べれば家族性ADが分かる」
APOEは孤発性ADの「なりやすさ」を左右するリスク遺伝子で、PSEN2のような「持てばほぼ発症する原因遺伝子」とは意味が違います。家族性ADを調べるにはPSEN2・PSEN1・APPの評価が必要で、両者は目的が異なります。
よくある質問(FAQ)
🏥 家族性アルツハイマー病・遺伝子診断のご相談
若年性(家族性)アルツハイマー病・認知症の遺伝が心配な方の
遺伝子検査と遺伝カウンセリングは
臨床遺伝専門医が在籍するミネルバクリニックにご相談ください。
参考文献
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