InstagramInstagram

PDGFRB遺伝子とは?受容体チロシンキナーゼの働きと関連疾患・分子標的治療を遺伝専門医が解説

仲田洋美 医師

この記事の監修:仲田洋美(臨床遺伝専門医)

臨床遺伝専門医・がん薬物療法専門医・総合内科専門医。30年にわたる臨床のなかで、のべ10万人以上のご家族の切実な意思決定に伴走してきました。世界基準の遺伝子診断と遺伝カウンセリングを、終始責任をもって提供します。

📍 クイックナビゲーション

「同じひとつの遺伝子」が、ある変化では背が伸びすぎる病気を、別の変化では脳に石灰がたまる病気を、さらに別の変化では白血病を引き起こす——。PDGFRB遺伝子は、そんな不思議な二面性を持つ遺伝子です。私は遺伝の専門医として、原因のわからなかった症状に「なぜ起きたのか」という分子レベルの答えが見つかり、そこから治療の道すじが見えてくる場面に何度も立ち会ってきました。

この記事では、PDGFRB遺伝子がつくる「細胞の成長アンテナ」がどう働くのか、なぜ同じ遺伝子から正反対の病気が生まれるのか、そしてイマチニブという分子標的薬がなぜ劇的に効くのかまでを、一般の方にもわかる言葉で、遺伝専門医の立場からていねいにお伝えします。

この記事でわかること
📖 読了時間:約16〜18分
🧬 受容体チロシンキナーゼ・分子標的治療
臨床遺伝専門医監修

  • PDGFRB遺伝子がつくる「血小板由来成長因子受容体β」の働き
  • 受容体が「オン・オフ」を切り替える精巧なブレーキ機構
  • 同じ遺伝子から過成長症・早老症・脳石灰化症が生まれる理由
  • 乳児筋線維腫症・Kosaki過成長症候群・Penttinen症候群とのかかわり
  • イマチニブによる分子標的治療と、遺伝カウンセリングの考え方
⏱️ 30秒でわかる要約

🧬Q. PDGFRB遺伝子とは何ですか?

細胞の表面で成長の合図を受け取る「血小板由来成長因子受容体β(PDGFRβ)」という受容体の設計図です。血管をつくる細胞や、組織を支える間葉系細胞の増殖・生存に欠かせない「成長のアンテナ」を担っています。

🩺Q. どんな病気に関わりますか?

アンテナが「オンに固定」される変化で乳児筋線維腫症・Kosaki過成長症候群・Penttinen症候群・白血病が、「オフに近づく」変化で脳の石灰化症(PFBC)が起こります。同じ遺伝子が正反対の病気の入り口になります。

🌸Q. 治療法はありますか?

アンテナが「オン」になるタイプの一部には、アンテナの働きを止める分子標的薬イマチニブが有効です。とくに融合遺伝子による血液のがんでは、長期にわたる良好な経過が報告されています[1]

\ 遺伝性疾患・遺伝形式・遺伝のご相談を、遺伝専門医に直接 /

📅 遺伝カウンセリングを予約する

※遺伝子検査・遺伝診療のご案内:遺伝カウンセリング・遺伝診療

PDGFRBとは——細胞の「成長アンテナ」をつくる設計図

血小板由来成長因子受容体βという「受け皿」

PDGFRBは、第5番染色体の長腕(5q32という場所)にある遺伝子で、血小板由来成長因子受容体β(Platelet-Derived Growth Factor Receptor Beta:PDGFRβ)というタンパク質の設計図です。このタンパク質は細胞の表面に突き出た「受け皿(受容体)」で、外からやってくる血小板由来成長因子(PDGF-BBやPDGF-DD)という成長の合図を受け取ると、細胞に「増えなさい」「動きなさい」「生き延びなさい」という指令を伝えます。とくに、血管の壁を支える細胞や、組織の土台となる間葉系細胞(線維芽細胞・平滑筋細胞・周皮細胞など)の働きに欠かせません。

PDGFRβは、受容体チロシンキナーゼ(RTK)と呼ばれる大きな受容体グループの一員です。RTKは、成長の合図を受け取ると自分自身に「リン酸」という小さな目印をつけて、細胞の中へ指令をリレーしていく酵素でもあります。よく似た姉妹分子にPDGFRαがあり、両者は協力しながら、私たちの体が正しく形づくられる過程を支えています。

✓ ここがポイント

PDGFRβは、いわば細胞の「成長スイッチ付きアンテナ」です。ふだんは合図があったときだけ短くオンになり、役目を終えると速やかにオフに戻ります。この「必要なときだけ働く」精密なコントロールが、PDGFRβの健全さの鍵です。ここが壊れると、さまざまな病気が生まれます。

💡 用語解説:間葉系細胞・周皮細胞(ペリサイト)

間葉系細胞とは、体の「すき間」を埋め、組織を支える細胞の総称で、線維芽細胞・平滑筋細胞・周皮細胞などが含まれます。なかでも周皮細胞(ペリサイト)は、毛細血管の外側に巻きつくように寄り添い、血管を安定させ、必要な物質だけを通す「関所」を保つ細胞です。PDGFRβは、この周皮細胞がきちんと育ち、血管に寄り添うために欠かせない受容体です。

「プロトオンコジーン」という顔

PDGFRBは、姉妹分子のPDGFRAと同じく、プロトオンコジーン(がん原遺伝子)という性質を持っています。これは「ふだんは正常に細胞の成長を調節しているが、変化しだいでがんのアクセルになりうる遺伝子」という意味です。実際、PDGFRβが関わる病気には、生まれつきの発育異常から、後天的な血液のがんまで、幅広いものが含まれます。どんな変化が、どんな病気につながるのか——それを理解する鍵が、次に見ていく受容体の「構造」と「オン・オフの仕組み」です[2]

💡 用語解説:プロトオンコジーンとオンコジーン

プロトオンコジーン(がん原遺伝子)は、正常なときは細胞の増殖を適切に調節している遺伝子です。これが変異などで「アクセルが踏まれたまま戻らない」状態になると、がんを駆動するオンコジーン(癌遺伝子)に変わります。PDGFRBもこの仲間で、活性化のしかたによって発がんに関わります。

受容体の構造——5つの「受け皿」とキナーゼの心臓部

PDGFRβは、細胞膜を1回だけ貫く大きなタンパク質で、大きく3つのパーツからできています。細胞の外に出ている「合図を受け取る部分」、細胞膜を貫く「柱の部分」、そして細胞の中にある「指令を出す部分(キナーゼ)」です。このモジュール構造のどこに変化が起きるかで、病気の性質が大きく変わります。

図1:PDGFRβの3つのパーツと、変異が起こりやすい場所

① 細胞の外

5つの「Ig様ドメイン(D1〜D5)」が数珠つなぎ。ここで成長因子PDGFを受け取ります。

▶ 変異例:S493C(Kosaki過成長症候群)

② 膜のすぐ内側(JM)

傍膜(JM)ドメイン。ふだんはキナーゼを塞ぐ「ブレーキ」の役目を担います。

▶ 変異例:R561C・W566R・P584R

③ キナーゼ(心臓部)

リン酸をつける酵素の中心。ここが「常にオン」になったり、逆に働けなくなったりします。

▶ 変異例:V665A・N666S(Penttinen)/G612R(脳石灰化症)

同じ遺伝子でも「どのパーツに変化が起きるか」で、まったく違う病気につながります。

細胞の外にある5つの「受け皿」のうち、手前の3つ(D1〜D3)が成長因子PDGFを実際につかまえる部分で、残りの2つ(D4・D5)は2つの受容体がペアを組むときの安定化や、膜との位置調整を担います。翻訳されたPDGFRβは糖鎖で厚く覆われ、およそ1100個のアミノ酸からなる大きな膜タンパク質になります[2]

オンとオフの仕組み——「ブレーキ」がすべてを決める

PDGFRβがなぜ「必要なときだけオン」でいられるのか。その答えが、膜のすぐ内側にある傍膜(JM)ドメインという部分にあります。合図がないとき、このJMドメインはキナーゼの中心(活性部位)に折りたたまれて入り込み、酵素の働きを物理的に塞いでいます。いわば「自分で自分にかけたブレーキ(自己阻害)」です。この状態を「不活性モノマー(単量体)」と呼びます。

ところが、成長因子PDGF-BBがやってきて受け皿にくっつくと、2つの受容体が寄り添ってペア(二量体)を組みます。この立体的な変化によってJMドメインのブレーキが外れ、2つの受容体が互いのチロシンにリン酸をつけ合う「トランス自己リン酸化」が始まります。これがスイッチオンの合図で、ここから細胞の中へ次々と指令が伝わっていきます。次の図が、その「オフ→オン」の切り替わりを示したものです。

PDGFRβ受容体が不活性な単量体から活性型の二量体へと変化するしくみを示した模式図。左の「不活性モノマー」では、細胞外の5つの免疫グロブリン様ドメイン(D1〜D5)が縦に連なり、膜貫通領域を経て、細胞内のキナーゼドメイン(青)に傍膜貫通(JM)ドメイン(赤)が巻き付いて活性部位を塞ぎ、自己阻害している状態を表す。右の「活性型二量体」では、リガンドであるPDGF-BBが結合して2つの受容体が二量体を形成し、JMドメインによる自己阻害が解除され、活性化ループが開いて相互のチロシン残基がリン酸化(P、黄色)されるトランス自己リン酸化が起こり、キナーゼが活性化する様子を示す。

図2:PDGFRβの自己阻害(左)と、リガンド結合による活性化(右)。JMドメイン(赤)のブレーキが外れることがオンの引き金になります。

💡 用語解説:二量体化・トランス自己リン酸化

二量体化とは、同じ受容体が2つペアを組むことです。1個のときはおとなしいPDGFRβも、成長因子が結合して2個ペアになると、互いに相手のチロシン(アミノ酸の一種)にリン酸をつけ合います。これがトランス自己リン酸化で、受容体が「オン」になる合図です。がんでは、この二量体化が合図なしに勝手に起こり続けてしまうことがあります。

仲田洋美院長

🩺 院長コラム【「ブレーキ」という発想が病気を説明する】

受容体チロシンキナーゼを長く見ていると、多くの病気が「本来あるべきブレーキが外れた」という一点で説明できることに気づきます。PDGFRβのJMドメインは、まさにその安全装置です。このブレーキが生まれつきの変異で外れると発育の病気につながり、後天的な遺伝子再構成や融合などで受容体が恒常的に活性化すると、白血病や骨髄系腫瘍の原因になります。

分子の言葉を読むと、一見離れて見える病気が一本の線でつながって見えてきます。私は、こうした「なぜ起きるのか」を分子レベルで整理して患者さんやご家族にお伝えすることが、遺伝医療の大切な役割の一つだと考えています。

正反対の病気が生まれる理由——「オン」と「オフ」の分かれ道

PDGFRB遺伝子のもっとも興味深い特徴は、同じ遺伝子から正反対の性質の病気が生まれることです。カギを握るのは、変異が受容体を「オンに固定する(機能獲得型)」のか、それとも「オフに近づける(機能喪失型)」のか、という向きの違いです。この考え方は、PDGFRBを理解するうえで決定的に重要です。

図3:ひとつの遺伝子が生む、正反対の病気

🔺 機能獲得型(オンに固定)

合図がなくても勝手にオン。細胞が増えすぎる・育ちすぎる方向へ。

・乳児筋線維腫症(IM)
・Kosaki過成長症候群(KOGS)
・Penttinen症候群(早老症)
・白血病・骨髄増殖性腫瘍

🔻 機能喪失型(オフに近づく)

受容体が働けず、周皮細胞が育たない・血管の関所がゆるむ方向へ。

・原発性家族性脳石灰化症(PFBC)
 =特発性基底核石灰化症

💡 用語解説:機能獲得型変異・機能喪失型変異

機能獲得型変異は、遺伝子の働きが「強くなりすぎる・オンに固定される」タイプ。ブレーキの壊れた車のイメージです。機能喪失型変異は逆に「弱くなる・失われる」タイプで、バッテリー切れに近い状態です。PDGFRBでは、この向きの違いがそのまま病気の違いになります。

機能獲得型①:乳児筋線維腫症(IM)と「ツーヒット」

乳児筋線維腫症(Infantile Myofibromatosis:IM)は、赤ちゃんや幼い子どもにできる線維性の腫瘍で、乳幼児期でもっとも多い線維性腫瘍として知られています。皮膚や筋肉、骨、ときに内臓に、こぶ状のかたまり(筋線維腫)が単発または多発します。多くは良性で自然に縮むこともありますが、内臓に広がる多発型は経過に注意が必要です。

家族性のIMでは、JMドメインのp.R561Cという変異がもっとも多く報告されています[3]。ところが興味深いことに、このR561C単独では受容体を活性化する力が比較的弱く、それだけでは発症しないこともあります。研究により、腫瘍のなかで2つ目の変異(多くはp.N666K)が後から加わることで受容体活性が一気に高まり、腫瘍化が起こることがわかってきました[4]。これは「2回の打撃(ツーヒット)」で病気が完成するという考え方で、IMの発症メカニズムを説明する重要なモデルです。

💡 用語解説:ミスセンス変異・ツーヒットモデル

ミスセンス変異とは、DNAの1文字が変わることで、設計されるアミノ酸が別のものに置き換わる変異です。ツーヒットモデルは、生まれつきの弱い変異(1回目)に、後から体の細胞で起きる2回目の変異が加わって初めて発症するという考え方です。IMのR561C+N666Kはその典型例です。

機能獲得型②:Kosaki過成長症候群(KOGS)

Kosaki過成長症候群(KOGS)は、日本で最初に報告された非常にまれな過成長症候群です。JMドメインのp.P584Rやp.W566Rといった変異が原因で、これらはR561Cよりも強く受容体を活性化させます[5]。患者さんは、背が高く手足が長い骨格の過成長、特徴的な顔立ち、伸びやすく傷つきやすい皮膚、皮下脂肪の減少、白質病変や動脈瘤などの脳血管の合併症を示すことがあります[6]。KOGSの患者さんのおよそ半数では、IMと同じ筋線維腫がみられることも知られています[6]

機能獲得型③:Penttinen症候群(早老症)

Penttinen症候群は、著しい早老様の顔つき、皮下脂肪の萎縮、瘢痕のように厚くなる皮膚病変、薄い頭髪、そして指先の骨が溶ける(先端骨溶解)といった特徴を示す、特異な早老症です。主にキナーゼドメインのp.V665Aやp.N666S変異が原因です[6]

興味深いのは、同じ「機能獲得型」でも、Penttinen症候群の変異受容体はSTAT1という特殊な経路をかたよって活性化し、がんを起こす力(発がん性)をほとんど持たない点です[6]。実際、Penttinen症候群では腫瘍の発生がみられません。一方で、KOGSの原因となるP584Rなどはがんを起こしうる古典的な経路を強く活性化します。同じ遺伝子・同じ「オン」でも、どの下流経路をどれくらい動かすかで、まったく違う表現型が生まれる——これがPDGFRβという受容体の奥深さです。

機能喪失型:脳に石灰がたまる病気(PFBC)

向きが反対の「機能喪失型」変異が引き起こすのが、原発性家族性脳石灰化症(PFBC、かつての特発性基底核石灰化症・ファール病)です。脳の基底核や視床、小脳などに左右対称のカルシウム沈着が生じ、運動障害(パーキンソニズム)、精神症状、認知機能の低下などを引き起こすことがあります。PFBCは常染色体顕性(優性)遺伝で、原因遺伝子としてSLC20A2、PDGFB、XPR1、MYORGなどが知られ、PDGFRBの機能を弱める変異(例:p.G612R)もその一つです[7]

なぜ受容体が「弱くなる」と石灰がたまるのでしょうか。前に述べたとおり、PDGFRβは脳の周皮細胞(ペリサイト)に欠かせません。受容体の働きが弱まると周皮細胞が減り、血液と脳のあいだの「関所」である血液脳関門がゆるみます。その結果、リンやカルシウムが漏れ出しやすくなり、二次的に石灰の沈着が起こると考えられています[7]。ここでも、PDGFRβと周皮細胞・血管のつながりが病気の根っこにあります。

✓ ここがポイント

遺伝学的に確認されたPFBCをまとめた系統的レビューでは、脳CTで石灰化を認める画像表現型の浸透率は100%だった一方、臨床症状を示した割合は61%でした[10]。PDGFRB関連PFBCでも無症状または軽症の変異保有者がみられます[7]。つまり、変異を持っていても生涯症状の出ない保因者が少なくありません。この「浸透率のギャップ」は、遺伝カウンセリングで特に大切になる点です。

がん・白血病・線維化——後天的なPDGFRBの暴走

ここまでは主に生まれつきの変異の話でしたが、PDGFRBは後天的な(体の細胞で起こる)変化によっても、がんや線維化の強力な原動力になります。とくに重要なのが、染色体の組み換えでできる「融合遺伝子」です。

ETV6-PDGFRB融合遺伝子と血液のがん

PDGFRBは、染色体転座によって少なくとも30種類以上の相手遺伝子とつながることが知られています。なかでも代表的なのが、5番と12番染色体の転座でできるETV6-PDGFRB融合遺伝子です。この異常は、好酸球増多をともなう骨髄増殖性腫瘍(血液のがんの一種)でよくみられ、相手遺伝子が持つ「くっつく力」によって受容体が合図なしに二量体化し、常にオンの状態に固定されます[1]

「ブレーキごと失う」新しいタイプの白血病

最近、フィラデルフィア染色体様の急性リンパ性白血病(Ph-like B-ALL)から、これまでと違うタイプのPDGFRB異常が見つかりました。CD74-PDGFRBなどの「非定型的」な融合では、相手遺伝子からのタンパク質翻訳がうまくつながらず、代わりにPDGFRBの内部にある「隠れた開始点」から翻訳が始まります。その結果、自己阻害に不可欠なJMドメイン(ブレーキ)をまるごと欠いた「野放しのキナーゼ」ができてしまいます[8]

通常の融合遺伝子は「二量体化を無理やり起こしてオンにする」のに対し、このタイプはブレーキそのものが構造的に失われているため、ペアを組むことすら必要とせずに恒常的に活性化します[8]。前の章で見た「JMドメインというブレーキ」が、いかに重要な安全装置かを裏づける発見です。ここでも、AlphaFold2などの立体構造予測が、なぜ活性化するのかの理解に役立っています。

臓器の線維化を進める「司令塔」

がん以外の慢性疾患でも、PDGFRβは重要な役割を果たします。慢性腎臓病、心不全、肝硬変などに共通する「線維化」——組織がかたくなって機能を失っていく過程——で、PDGFRβは中心的な役割を担っています。線維化では、静かにしていた組織の細胞が、コラーゲンを大量につくる「筋線維芽細胞」へと姿を変えます。この変化を最上流でコントロールする司令塔の一つがPDGFRβです。

実際、腎臓の間葉系細胞でPDGFRβを持続的に活性化させたマウスでは、それだけで筋線維芽細胞への変化のスイッチが入り、進行性の腎線維化と腎不全が起こることが示されています[9]。ヒトの糖尿病性腎症や間質性腎炎などの線維化した腎臓でも、PDGFRβの発現が普遍的に高まっていることが確認されています[9]。これは、PDGFRβを狙う治療が、腎臓に限らず多くの臓器の線維化の有望な標的になりうることを示しています。

💡 用語解説:筋線維芽細胞・線維化

筋線維芽細胞は、収縮する力とコラーゲンをつくる力を併せ持つ細胞です。ケガの修復では役立ちますが、慢性的な障害でこれが増えすぎると、組織が硬い線維に置き換わっていきます。これが線維化で、臓器の働きを少しずつ奪います。PDGFRβは、この筋線維芽細胞への「変身スイッチ」を押す上流の因子の一つです。

イマチニブと分子標的治療——「弱点」を狙い撃つ

PDGFRβが「オン」になるタイプの病気には、その活性を止める分子標的治療が有効なことがあります。代表がイマチニブという薬で、キナーゼがエネルギー源(ATP)を使う場所に入り込み、その働きを止めます。イマチニブは慢性骨髄性白血病の薬として有名ですが、PDGFRαやPDGFRβのキナーゼ活性も強く抑えます。

融合遺伝子による血液のがんでの成績

ETV6-PDGFRBなどの融合遺伝子を持つ骨髄増殖性腫瘍に対して、イマチニブは持続的な効果を示すことが報告されています。26人の患者さんを中央値約10年追跡した研究では、10年全生存率が90%、6年無増悪生存率が88%に達し、96%の患者さんが治療に反応したと報告されました[1]。次のグラフは、その主な数値を示したものです。

図4:PDGFRB融合遺伝子陽性の骨髄増殖性腫瘍におけるイマチニブの成績

治療への反応(奏効率)96%
10年全生存率90%
6年無増悪生存率88%

26人の患者を中央値10.2年追跡した研究の数値[1]。この病気はかつて予後不良でしたが、イマチニブにより経過が大きく変わりました。

この病気はかつて造血幹細胞移植が必要とされる予後の悪い状態でしたが、イマチニブの登場により、経口薬で長期管理が可能な経過へと変わりました[1]。分子の弱点を正確に突く治療が、いかに大きな違いを生むかを示す例です。

生まれつきの病気への広がり

がん治療薬として開発されたイマチニブは、PDGFRBの生まれつきの変異による病気(乳児筋線維腫症・Kosaki過成長症候群・Penttinen症候群など)にも応用が試みられています。細胞や動物を用いた研究では、これらの病気の原因変異がイマチニブに感受性を示すことが確認されており[5]、実際の患者さんへの投与で症状の改善が報告された例もあります[6]。ただし、これらは適応外の使用や研究段階の取り組みを含み、すべての患者さんに確立した標準治療というわけではありません。変異の場所や種類によって効きやすさが異なるため、遺伝子の情報をふまえた薬の選択が今後ますます重要になります。

仲田洋美院長

🩺 院長コラム【「分子の言葉」を読んでから考える】

がん薬物療法専門医の資格を持つ立場から研究動向を追っていると、PDGFRBは「分子を読んで治療を考える」時代を象徴する遺伝子の一つだと感じます。同じ受容体でも、後天的な融合では血液のがんの治療標的となり、生まれつきの変異では発育や血管、皮膚の病気の原因となります。

だからこそ、検査で変化が見つかったときは「PDGFRBに変異がある」という一言で終わらせず、どの部位に、どのような変化が起こり、その結果として機能が強くなるのか弱くなるのかまで読み解く必要があります。その意味をご家族と一緒に整理していくことが、遺伝医療の役割だと考えています。

遺伝と検査——遺伝形式・浸透率・遺伝カウンセリング

PDGFRBに関わる病気は、遺伝形式も伝わり方もさまざまです。ここは遺伝カウンセリングで特に丁寧に整理すべきところです。

機能獲得型のうち、Kosaki過成長症候群やPenttinen症候群の多くは、両親に変異がなくお子さんで初めて生じる新生突然変異(de novo)です。一方、家族性の乳児筋線維腫症は常染色体顕性(優性)遺伝の形をとりますが、前に述べたツーヒットの仕組みもあって、変異を受け継いでも必ず発症するとは限りません(不完全浸透)。機能喪失型の脳石灰化症(PFBC)も常染色体顕性遺伝です。遺伝学的に確認されたPFBC全体を対象とした系統的レビューでは、画像表現型の浸透率は100%だった一方、臨床症状を示した割合は61%で、不完全な臨床浸透が示されています[10]。PDGFRB関連PFBCでも無症状または軽症の変異保有者がみられます[7]

✓ ここがポイント

同じPDGFRBの変異でも、「どの向きの変化か」「どこに起きたか」「新生か遺伝か」によって、家族への影響も見通しも大きく変わります。検査結果の数字だけでなく、その意味を家族の状況にあわせて解きほぐすことが、遺伝カウンセリングの役割です。

遺伝子検査でわかること

脳石灰化症(PFBC)が疑われる場合には、PDGFRBを含む複数の原因遺伝子(CA2・MYORG・PDGFB・PDGFRB・SLC20A2・XPR1)を一度に調べる家族性特発性基底核石灰化症の遺伝子パネル検査という方法があります。原因遺伝子が特定できれば、血縁者の検査や、家族全体での見通しの整理に役立ちます。

乳児筋線維腫症・Kosaki過成長症候群・Penttinen症候群などの機能獲得型の病気では、臨床症状に応じてPDGFRBを対象とした遺伝学的検査が検討されます。ミネルバクリニックでは、臨床遺伝専門医が検査の設計から結果の説明、遺伝カウンセリングまで一貫して対応しています。

よくある質問(FAQ)

Q1. PDGFRB遺伝子とは、簡単に言うと何ですか?

細胞の表面で「成長の合図」を受け取る受容体(血小板由来成長因子受容体β/PDGFRβ)の設計図です。とくに血管を支える周皮細胞や、組織の土台となる間葉系細胞の増殖・生存に欠かせません。この受容体の働きが強くなりすぎたり弱くなりすぎたりすると、さまざまな病気が起こります。

Q2. なぜ同じ遺伝子から正反対の病気が起こるのですか?

変異が受容体を「オンに固定する(機能獲得型)」のか、「オフに近づける(機能喪失型)」のかで、病気の向きが変わるためです。オンに固定されると乳児筋線維腫症・Kosaki過成長症候群・Penttinen症候群・白血病などに、オフに近づくと脳の石灰化症(PFBC)につながります。同じ遺伝子が、変化の向きによって別の病気の入り口になります。

Q3. PDGFRBの病気は遺伝しますか?

病気によって異なります。Kosaki過成長症候群やPenttinen症候群の多くは、両親に変異がなくお子さんで初めて生じる新生突然変異(de novo)です。家族性の乳児筋線維腫症や脳石灰化症(PFBC)は常染色体顕性(優性)遺伝ですが、変異を受け継いでも必ず発症するとは限りません(不完全浸透)。伝わり方や再発リスクは、遺伝カウンセリングで整理することをおすすめします。

Q4. 脳のCTで石灰化が見つかりました。必ず症状が出ますか?

必ずしもそうではありません。遺伝学的に確認されたPFBC全体をまとめた系統的レビューでは、CTで石灰化を認める画像表現型の浸透率は100%だった一方、臨床症状を示した割合は61%でした。PDGFRB関連PFBCでも無症状または軽症の変異保有者がみられます。石灰化の所見だけで症状の有無や重症度を決めることはできないため、専門的な評価と遺伝カウンセリングで見通しを整理することが大切です。

Q5. イマチニブはPDGFRBの病気に効きますか?

受容体が「オン」になるタイプの一部に有効です。とくにETV6-PDGFRBなどの融合遺伝子による血液のがんでは、10年全生存率90%という良好な長期成績が報告されています。乳児筋線維腫症などの生まれつきの病気でも研究や応用が進んでいますが、適応外の使用や研究段階を含み、すべての患者さんに確立した標準治療というわけではありません。変異の種類によって効きやすさが異なります。

Q6. PDGFRBとPDGFRAはどう違うのですか?

どちらも血小板由来成長因子(PDGF)の受容体で、よく似た姉妹分子です。PDGFRβはPDGF-BBやPDGF-DDを主に受け取り、周皮細胞や間葉系細胞の働きに深く関わります。PDGFRαは結合する相手やがんとの関わり方に違いがあります。両者は協力しながら、体の発生や組織の維持を支えています。

Q7. 乳児筋線維腫症は良性ですか?治りますか?

乳児筋線維腫症の多くは良性で、単発の場合は自然に縮むことも報告されています。一方、内臓に広がる多発型は経過に注意が必要な場合があります。診断や治療方針は、腫瘍の数・場所・遺伝子の状態によって個別に検討されます。気になる所見がある場合は、専門的な評価を受けることをおすすめします。

🏥 ネットの情報に疲れたら、一度専門医の話を聞きに来ませんか?

PDGFRBに関連する遺伝性疾患や遺伝形式、遺伝子検査のご相談は、臨床遺伝専門医が運営するミネルバクリニックへ。検査の設計から結果の解釈、遺伝カウンセリングまで、終始責任をもって支援します。一人で抱え込まないでください。

🏥 ミネルバクリニックの特徴
臨床遺伝専門医が運営する、稀有な医療機関です
✓ 遺伝子検査の設計・結果説明・遺伝カウンセリングまで一貫対応
✓ 必要な検査をターゲット法で精度よく行うことを重視
✓ 生涯にかかわる情報だからこそ、スピードより「正確性」を最優先

「患者のための医療を実現することを貫いています」

関連記事

参考文献

  1. [1] Patients with myeloid malignancies bearing PDGFRB fusion genes achieve durable long-term remissions with imatinib. Blood. 2014. [PubMed 24687085]
  2. [2] PDGF receptor mutations in human diseases. Cell Mol Life Sci. 2021. [Springer]
  3. [3] A recurrent PDGFRB mutation causes familial infantile myofibromatosis. Am J Hum Genet. 2013. [PubMed 23731537]
  4. [4] PDGFRB gain-of-function mutations in sporadic infantile myofibromatosis. Hum Mol Genet. 2017. [PubMed 28334876]
  5. [5] PDGFRB mutants found in patients with familial infantile myofibromatosis or overgrowth syndrome are oncogenic and sensitive to imatinib. Oncogene. 2016. [PubMed 26455322]
  6. [6] Penttinen syndrome-associated PDGFRB Val665Ala variant causes aberrant constitutive STAT1 signalling. J Cell Mol Med. 2022. [PMC9279580]
  7. [7] Distinct functional classes of PDGFRB pathogenic variants in primary familial brain calcification. Hum Mol Genet. 2022. [PubMed 34494111]
  8. [8] Unusual PDGFRB fusion reveals novel mechanism of kinase activation in Ph-like B-ALL. Leukemia. 2023. [PubMed 36810896]
  9. [9] Dysregulated mesenchymal PDGFR-β drives kidney fibrosis. EMBO Mol Med. 2020. [PubMed 31943786]
  10. [10] Primary familial brain calcification with known gene mutations: a systematic review and challenges of phenotypic characterization. JAMA Neurol. 2015. [PubMed 25686319]

仲田洋美 医師(臨床遺伝専門医)

この記事の監修・執筆者:仲田 洋美

(臨床遺伝専門医/がん薬物療法専門医/総合内科専門医)

ミネルバクリニック院長。1995年に医師免許を取得後、 臨床遺伝学・内科学・腫瘍学を軸に診療を続けてきました。 のべ10万人以上のご家族の意思決定と向き合ってきた臨床遺伝専門医です。

出生前診断(NIPT・確定検査・遺伝カウンセリング)においては、 検査結果の数値そのものだけでなく、 「結果をどう受け止め、どう生きるか」までを医療の責任と捉え、 一貫した遺伝カウンセリングと医学的支援を行っています。

ハイティーンの時期にベルギーで過ごし、 日本人として異文化の中で生活した経験があります。 価値観や宗教観、医療への向き合い方が国や文化によって異なることを体感しました。 この経験は現在の診療においても、 「医学的に正しいこと」と「その人にとって受け止められること」の両立を考える姿勢の基盤となっています。

また、初めての妊娠・出産で一卵性双生児を妊娠し、 36週6日で一人を死産した経験があります。 その出来事は、妊娠・出産が女性の心身に与える影響の大きさ、 そして「トラウマ」となり得る体験の重みを深く考える契機となりました。 現在は、女性を妊娠・出産のトラウマから守る医療を使命の一つとし、 出生前診断や遺伝カウンセリングに取り組んでいます。

出生前診断は単なる検査ではなく、 家族の未来に関わる重要な意思決定です。 年齢や統計だけで判断するのではなく、 医学的根拠と心理的支援の両面から、 ご家族が後悔の少ない選択をできるよう伴走することを大切にしています。

日本人類遺伝学会認定 臨床遺伝専門医/日本内科学会認定 総合内科専門医/ 日本臨床腫瘍学会認定 がん薬物療法専門医。 2025年には APAC地域における出生前検査分野のリーダーとして国際的評価を受け、 複数の海外メディア・専門誌で特集掲載されました。

お電話での受付可能
診療時間
午前 10:00~14:00
(最終受付13:30)
午後 16:00~20:00
(最終受付19:30)
休診 火曜・水曜

休診日・不定休について

クレジットカードのご利用について

publicブログバナー
 
medicalブログバナー
 
NIPTトップページへ遷移