目次
- 1 1. HAMP遺伝子とは:鉄を管理する「司令塔ホルモン」の設計図
- 2 2. ヘプシジンの構造と作られ方:たった25アミノ酸の精密マシン
- 3 3. 鉄の司令塔:ヘプシジンとフェロポーチンの関係
- 4 4. ヘプシジン産生の調節:3つのスイッチで上げ下げされる
- 5 5. HAMP変異と若年性ヘモクロマトーシス:鉄が「多すぎる」病気
- 6 6. 鉄が「使えない」病気:炎症性貧血とIRIDA
- 7 7. 進化の物語:抗菌ペプチドから「栄養免疫」へ
- 8 8. 最新の分子標的治療:ヘプシジンを「補う」「抑える」
- 9 9. 遺伝学的診断とのつながり:いつ、何を調べるか
- 10 10. よくある誤解
- 11 よくある質問(FAQ)
- 12 参考文献
- 13 関連記事
📍 クイックナビゲーション
わたしたちの体は、鉄が多すぎても少なすぎても深刻な病気になります。この絶妙なバランスを全身で取り仕切っているのが、HAMP遺伝子が作る「ヘプシジン」というホルモンです。本記事では、HAMP遺伝子とヘプシジンが鉄の流れをどう制御しているのか、変異によってどんな病気が起こるのか、そして「がんの薬」が鉄の病気を変えつつある最新の分子標的治療までを、臨床遺伝専門医がやさしく解説します。
Q. HAMP遺伝子とは何ですか?まず結論だけ知りたいです
A. HAMP遺伝子は、肝臓で作られるホルモン「ヘプシジン」の設計図です。ヘプシジンは全身の鉄の流れを一手に管理する“司令塔”で、鉄が増えると分泌が増えて鉄の吸収・放出にブレーキをかけます。このブレーキが効かなくなると鉄が溜まりすぎる「若年性ヘモクロマトーシス」に、逆に効きすぎると鉄が使えなくなる「炎症性貧血」になります。近年はこの仕組みを応用した分子標的薬が、真性多血症などで承認審査の最終段階に入っています。
- ➤遺伝子の正体 → 第19番染色体にあり、84アミノ酸の前駆体から25アミノ酸の活性型ヘプシジンが作られる
- ➤働きの仕組み → 鉄の唯一の出口「フェロポーチン」を壊し、鉄の吸収・放出を物理的に止める
- ➤鉄が多すぎる病気 → HAMP変異による若年性ヘモクロマトーシス2B型(10〜30歳発症・常染色体潜性)
- ➤鉄が使えない病気 → ヘプシジン過剰による炎症性貧血、遺伝性のIRIDA(鉄抵抗性鉄欠乏性貧血)
- ➤最新治療 → ヘプシジン模倣薬ルスフェルチドが真性多血症で奏効、2026年に承認審査が進行中
1. HAMP遺伝子とは:鉄を管理する「司令塔ホルモン」の設計図
鉄は、酸素を運ぶヘモグロビンの材料であり、エネルギー産生やDNA合成にも欠かせない、生きるために必須の金属です。ところが、余った鉄は「フェントン反応」を通じて細胞を傷つける活性酸素を生み出すという危険な一面も持っています。だからこそ体は、鉄の吸収・貯蔵・再利用をきわめて厳密にコントロールする仕組みを進化させてきました。その全身の調整を一手に引き受けているマスターホルモンが「ヘプシジン」であり、その設計図こそがHAMP遺伝子です[3]。
HAMPは「Hepcidin Antimicrobial Peptide(ヘプシジン抗菌ペプチド)」の略で、ヒトでは第19番染色体の長腕(19q13.12)に位置しています[1]。HEPC、LEAP1、HFE2Bといった別名で呼ばれることもありますが、これは「肝臓で作られる抗菌ペプチドとして発見された歴史」と「後に鉄過剰症の原因遺伝子として再発見された経緯」を反映しています。遺伝子は3つのエキソンから構成され、最終的に84個のアミノ酸からなる前駆体タンパク質へと翻訳されます[2]。
💡 用語解説:ヘプシジンとは
ヘプシジンは、肝臓で作られて血液中に分泌される小さなホルモンです。体内に鉄が増えるとヘプシジンも増え、「これ以上、血液に鉄を出さないで」という命令を全身に送ります。逆に鉄が足りないときはヘプシジンが減り、鉄を血液に放出させます。エアコンの自動温度調節のように、鉄の量を一定に保つ“サーモスタット”のような存在だと考えると分かりやすいです。
原因不明の鉄過剰症や、ふつうの治療で説明できない貧血が疑われるとき、HAMP遺伝子を含む鉄代謝関連遺伝子を遺伝子パネルでまとめて調べることが、診断の決め手になることがあります。次の章からは、この小さなホルモンがどんな形をしていて、どのように鉄を動かしているのかを順番に見ていきましょう。
2. ヘプシジンの構造と作られ方:たった25アミノ酸の精密マシン
HAMP遺伝子から最初に作られるのは、84アミノ酸の「プレプロヘプシジン」という前駆体です。これが肝細胞のなかで段階的に切り縮められ、まず60アミノ酸の「プロヘプシジン」に、最終的に血液中に分泌される25アミノ酸の活性型「ヘプシジン-25」になります[2]。尿中には20アミノ酸・22アミノ酸の短い型も見つかりますが、鉄代謝を強力に制御する“本命”はヘプシジン-25です。
💡 用語解説:翻訳後修飾とジスルフィド結合
翻訳後修飾とは、遺伝子から作られたばかりのタンパク質に、切断・折りたたみ・化学的な飾りつけなどの“仕上げ加工”を施すことです。ヘプシジンは、この加工を受けて初めて正しい形になり、働けるようになります。
ジスルフィド結合は、タンパク質のなかのシステインというアミノ酸どうしが手をつなぐ「留め金」のことです。ヘプシジン-25はわずか25アミノ酸の中に8個のシステインを持ち、それらが4本のジスルフィド結合でがっちり固定されることで、簡単にはほどけない頑丈なヘアピン構造を作ります。
この4本の留め金がどのシステインどうしを結んでいるかは、長く議論が続きました。初期のモデルでは「隣り合うシステイン同士(13番目と14番目)が結合する」という、生化学的にとても珍しい形が提唱されていましたが、2009年のJordanらの研究によって改訂されました[4]。現在広く受け入れられている結合パターンは、アミノ酸の位置で示すとCys7–Cys23、Cys10–Cys13、Cys11–Cys19、Cys14–Cys22の4組です。この絡み合ったネットワークが、正電荷(カチオン性)と水をはじく面(疎水性)を併せ持つ独特の表面を生み、後で述べる受容体との結合を可能にしています。
さらにヘプシジンのN末端には、銅やニッケルといった金属イオンと結びつく「ATCUNモチーフ」と呼ばれる小さな金属結合部位があります[4]。この性質が鉄代謝とどう関わるかはまだ研究の途上ですが、ヘプシジンが単なる“鉄のスイッチ”以上の多面性を持つ分子であることを示しています。
3. 鉄の司令塔:ヘプシジンとフェロポーチンの関係
ヘプシジンが鉄を制御する相手は、「フェロポーチン」という名前のタンパク質です。フェロポーチンは、細胞の中から血液へ鉄を運び出す、現在知られている唯一の“鉄の出口”です[5]。ヘプシジンはこの出口に結合し、出口そのものを撤去してしまうことで、鉄の流れを物理的に止めるのです。
💡 用語解説:フェロポーチンとは
フェロポーチン(遺伝子名SLC40A1)は、細胞の膜にある「鉄を外(血液中)へ汲み出すポンプ」です。腸の細胞、古い赤血球を分解するマクロファージ、肝臓の細胞、そして胎盤などに多く存在します。家の“玄関”にたとえると、ヘプシジンはこの玄関に鍵をかけて取り壊してしまう存在です。玄関がなくなれば、どれだけ鉄があっても外(血液)には出られなくなります。
血中のヘプシジンがフェロポーチンに結合すると、フェロポーチンはリン酸化という化学的な目印を付けられ、細胞の中へ取り込まれて(エンドサイトーシス)、最終的にリソソームという分解工場で壊されます[5]。この結合の重要性は、患者さんの遺伝子変異からも裏づけられています。フェロポーチンの特定のシステイン(Cys326)がほかのアミノ酸に置き換わると、ヘプシジンが結合できなくなり、命令が届かないことで重い鉄過剰症が起こります。
フェロポーチンが壊されて鉄の出口が閉じると、体内では同時に3つのことが起こります。第一に、食事からの鉄の吸収が止まり、腸の細胞に取り込まれた鉄は血液に出られないまま便として排泄されます。第二に、古い赤血球から鉄を回収して再利用するリサイクルが止まり、マクロファージの中に鉄が閉じ込められます。第三に、肝臓に蓄えた鉄を必要なときに送り出す動きもブロックされます[5]。こうして血液中の鉄濃度がすばやく下がり、骨髄など各組織への鉄の供給が厳しく制限されるのです。
興味深いことに、ヘプシジンとフェロポーチンの結合の“しかた”には、体温調節と関係した特徴があります。哺乳類のヘプシジンは15℃を下回る低温では受容体から外れやすくなる一方、魚やカエルなどの変温動物のヘプシジンは温度に左右されず安定して結合します[6]。これは、恒温動物への進化の過程で、ヘプシジンが体温という環境のなかでより精密に働く分子へと適応してきたことを示す手がかりです。
4. ヘプシジン産生の調節:3つのスイッチで上げ下げされる
🔍 関連記事:プロモーター(転写制御)とは
HAMP遺伝子は、肝細胞の中でそのプロモーター(遺伝子のスイッチ部分)に複数の信号が集まることで、産生量がダイナミックに上下します。大きく分けると、産生を「増やす」信号と「減らす」信号があります。
産生を増やすスイッチ:鉄過剰と炎症
肝臓に鉄が増えると、BMP-SMADという経路が活性化します。鉄の増加を感知したセンサー(HFE、トランスフェリン受容体2、ヘモジュベリンなど)が協力してBMPの受容体を刺激し、細胞内のSMADタンパク質が核に移動してHAMPの転写を強く促します。これが平常時に鉄バランスを保つ中心的な仕組みです。もう一つの増加スイッチが炎症で、感染症などで増えるインターロイキン-6(IL-6)がJAK/STAT3経路を介してヘプシジン産生を急増させます[7]。
産生を減らすスイッチ:鉄欠乏・低酸素・造血亢進
反対に、鉄が足りないとき、酸素が不足しているとき、あるいは大量の赤血球を作る必要があるときは、ヘプシジンの産生が強く抑えられます。出血や貧血で骨髄の造血が刺激されると、増えている赤芽球から「エリスロフェロン(ERFE)」というホルモンが分泌され、肝臓でヘプシジン産生を促すBMP信号をブロックします[11]。その結果ヘプシジンが下がり、マクロファージや腸から鉄が放出されて、骨髄に鉄が供給されるのです。「上げる」「下げる」の両方の信号が常にせめぎ合うことで、鉄は絶妙なバランスに保たれています。
5. HAMP変異と若年性ヘモクロマトーシス:鉄が「多すぎる」病気
HAMP遺伝子に機能を失う変異が起こると、ヘプシジンが決定的に不足します。すると鉄の出口(フェロポーチン)が常に開きっぱなしになり、体の鉄需要を無視して腸からの吸収が止まらなくなります。この状態が慢性的に続く遺伝性疾患が「遺伝性ヘモクロマトーシス」です。HAMP遺伝子そのものの変異によるものは「若年性ヘモクロマトーシス2B型」に分類されます[10]。
💡 用語解説:ミスセンス変異・ナンセンス変異
遺伝子の文字(塩基)が変わると、作られるタンパク質も変わります。ミスセンス変異は、アミノ酸が1個別のものに置き換わる変化で、タンパク質の働きが弱まったり失われたりします。ナンセンス変異は、途中に「ここで終わり」という終止の合図ができてしまい、タンパク質が短く途切れて作られる変化です。HAMPでは、どちらのタイプもヘプシジンの不足を招き、若年性ヘモクロマトーシスの原因になります。
この病気は常染色体潜性(劣性)遺伝の形をとり、欧米の白人に多い成人発症型(1型・HFE変異)とは異なって、通常10〜30歳という若さで発症し、進行が急速かつ重篤です[9]。過剰な鉄が臓器に沈着し、フリーラジカルを介した障害と線維化を引き起こすため、次のような合併症が現れます。心臓では鉄沈着による心筋症・致死性不整脈・心不全(若年性ヘモクロマトーシスでもっとも多い死因)、内分泌では下垂体障害による性腺機能低下や糖尿病、肝臓では肝腫大から肝硬変への進行です。
若年性ヘモクロマトーシスの大半(約90%)は、ヘプシジンの上流で働くヘモジュベリン(HJV)の変異(2A型)が原因で、HAMP変異(2B型)による症例は世界的にもごくまれです。しかし最終的に「ヘプシジンの枯渇」という同じゴールにたどり着くため、両者は同じように重い症状を示します[10]。
💡 用語解説:修飾遺伝子とダイジェニック遺伝
HAMPは、ほかの遺伝子の病気の重さを左右する「修飾遺伝子」としても重要です。たとえば古典的ヘモクロマトーシスの原因であるHFE遺伝子変異を持つ人のなかで、HAMP変異も一緒に持っている人は、鉄の蓄積がとりわけ強くなることが報告されています[8]。複数の遺伝子変異が重なって病気の重症度を決めるこの仕組みを「ダイジェニック遺伝」と呼びます。だからこそ、非典型的な重症度や発症年齢を示す患者さんでは、HFE単独ではなくHAMPを含む網羅的な検査が役立ちます。
なお、ミネルバクリニックでは、こうした鉄過剰症に関わる7遺伝子(BMP2・FTH1・HAMP・HFE・HJV・SLC40A1・TFR2)を一度に調べるヘモクロマトーシス遺伝子検査(NGSパネル)を提供しています。HAMPは常染色体潜性遺伝のため、家族計画の観点から拡大版の保因者(キャリア)検査の対象遺伝子にも含まれています。
6. 鉄が「使えない」病気:炎症性貧血とIRIDA
ヘプシジンの不足が鉄過剰を招く一方で、ヘプシジンが不適切に多すぎると、今度は鉄が使えなくなる病気が起こります。これは「鉄が足りない」のではなく「鉄はあるのに閉じ込められて使えない」という、まったく逆の問題です。
💡 用語解説:機能的鉄欠乏とは
体内の鉄の総量は足りている(むしろ余っている)のに、赤血球を作る骨髄に届く血液中の鉄が極端に不足している状態を「機能的鉄欠乏」と呼びます。倉庫には在庫がたっぷりあるのに、店頭(血液)に商品が並ばない状態だとイメージすると分かりやすいです。原因は、過剰なヘプシジンが鉄をマクロファージや肝臓に閉じ込めてしまうことにあります。
重い感染症・慢性腎臓病・心不全・自己免疫疾患・進行がん、そして集中治療室の重症患者さんでは、持続的な炎症によってIL-6が出続け、IL-6/STAT3経路を介してHAMPの転写が過剰になります[7]。その結果が「慢性疾患に伴う貧血(炎症性貧血)」で、貯蔵鉄は十分なのに造血に鉄が回らず、貧血が進みます。この病態は、ふつうの鉄欠乏との区別が難しいことが診断の壁になっており、近年は血中ヘプシジンを直接測る研究が進んでいます。
そして、このヘプシジン過剰には遺伝性のタイプも存在します。それがIRIDA(鉄抵抗性鉄欠乏性貧血)です。IRIDAはTMPRSS6(マトリプターゼ-2)という遺伝子の変異で起こる常染色体潜性の病気で、本来は鉄が足りないときにヘプシジンを下げる役割のTMPRSS6が働かなくなるため、体内の鉄量に対してヘプシジンが不適切に高くなり、小球性・低色素性の貧血を生じます[14]。特徴的なのは、経口の鉄剤を飲んでもほとんど効かない点で、ヘプシジンが腸からの鉄吸収を止めているために起こります。「鉄剤が効かない貧血」を見たときに思い出すべき、HAMP/ヘプシジン物語のもう一方の主人公といえます。
7. 進化の物語:抗菌ペプチドから「栄養免疫」へ
ヘプシジンは、もともと「免疫の武器」として発見されました。ヒトの尿から初めて見つかったとき、それは肝臓で作られる殺菌性のペプチド「LEAP-1」として同定されたのです[2]。実際、ヘプシジン-25は試験管内では細菌や真菌に対して抗菌作用を示します。ただし、ヒトの体内でその直接的な殺菌作用が主役になることはほとんどありません。なぜなら、十分な抗菌作用には極めて高い濃度が必要で、生理的な血中濃度ではそこまで届かないからです[5]。
ヘプシジン本来の“抗菌ペプチド”としての姿は、魚類でより鮮明に見られます。一部の魚は2種類のヘプシジン遺伝子を持ち、片方(hamp1)が鉄代謝を、もう片方(hamp2)が直接的な殺菌を担うように役割分担しています[7]。ところが哺乳類への進化の過程で、ヘプシジンは「病原体を直接殺す」役割から「病原体から鉄を奪う」役割へと大きく転換しました。
💡 用語解説:栄養免疫(Nutritional Immunity)
細菌などの病原体も、増えるためには鉄を必要とします。そこで体は、感染が起きるとわざと血液中の鉄を隠してしまい、病原体を“兵糧攻め”にするという戦略をとります。これが「栄養免疫」です。感染や炎症が起きるとヘプシジンが急増してフェロポーチンを壊し、鉄を細胞内に閉じ込めて血清鉄を下げます。これにより病原体は増殖の材料を断たれるのです。炎症性貧血は、この防御反応が長く続いた“副作用”ともいえます[5]。
この進化の視点は、なぜヘプシジンを薬で抑えるときに慎重さが求められるのかも教えてくれます。鉄が関わる細胞死(フェロトーシス)や感染防御とのバランスを保ちながら治療する必要があるからです。
8. 最新の分子標的治療:ヘプシジンを「補う」「抑える」
🔍 関連記事:モノクローナル抗体とは
ヘプシジンの仕組みが分子レベルで解明された結果、これを直接コントロールする新しい薬の開発が世界中で進んでいます。病態に応じて、ヘプシジンの働きを「補う」薬(鉄が多すぎる病気向け)と、ヘプシジンの働きを「抑える」薬(鉄が使えない病気向け)の両方向からアプローチされています[11]。
ヘプシジンを補う薬:真性多血症へのルスフェルチド
真性多血症(Polycythemia Vera)は、骨髄が赤血球を過剰に作ってしまうまれな血液の病気です。従来は、血栓を防ぐために定期的に血を抜く「瀉血」が治療の中心で、患者さんの負担が大きいものでした。そこで登場したのがヘプシジン模倣薬「ルスフェルチド(rusfertide)」です。ヘプシジンの働きをまねて鉄の供給を制限することで、赤血球の材料を枯渇させ、ヘマトクリットをコントロールします[12]。
第3相VERIFY試験:真性多血症における臨床的奏効率
標準治療+プラセボ群と、標準治療+ルスフェルチド群の比較(n=293)
標準治療+プラセボ群
ルスフェルチド治療群
P<0.0001。ルスフェルチド群では瀉血の必要回数も平均1.8回から0.5回へ減少し、疲労などの症状も有意に改善しました。
293名を対象とした第3相VERIFY試験(NCT05210790)では、標準治療にルスフェルチドを加えた群の奏効率が76.9%と、プラセボ群の32.9%を大きく上回りました[12]。この薬はTakeda(武田薬品)とProtagonist Therapeutics社が共同開発しており、2026年1月に米国で新薬承認申請が行われ、同年3月にFDAが申請を受理して優先審査が指定されました。審査の目標期日は2026年第3四半期とされています[13]。なお、これは承認が確定したことを意味するものではなく、現時点(本記事公開時点)では審査中の段階です。
ヘプシジンを抑える薬:炎症性貧血の解除
逆に炎症性貧血に対しては、過剰なヘプシジンを抑えて閉じ込められた鉄を解放する戦略がとられます。ヘプシジンそのものに結合して無効化するアプローチや、産生のスイッチである上流のBMP信号を抑えるアプローチが研究されています。とくに注目されているのが、もともと骨髄線維症の治療薬として開発されたモメロチニブ(momelotinib)で、BMP受容体ACVR1(ALK2)も同時に阻害するため、ヘプシジン産生を下げて貧血を改善する“一石二鳥”の効果を持つことが明らかになりました[11]。さらに、エリスロフェロンやマトリプターゼ-2(TMPRSS6)を標的にするモノクローナル抗体や、HAMPのmRNAを分解するsiRNAなど、より精密な治療も前臨床・初期臨床で進められています[11]。
ただし、ヘプシジンを長く抑え続けると「栄養免疫」の機能が損なわれ、特定の細菌に感染しやすくなる危険が指摘されています。鉄制限をゆるめつつ感染防御を保つ、狭い“治療の窓”を見極めることが、今後の臨床応用の鍵となります[11]。
9. 遺伝学的診断とのつながり:いつ、何を調べるか
HAMP遺伝子の解析が検討されるのは、原因不明の鉄過剰症や、若年で発症する非典型的な鉄過剰がある場合です。血液検査で血清フェリチンやトランスフェリン飽和度が高く、HFE遺伝子検査だけでは説明がつかないとき、HAMPを含む複数の鉄代謝関連遺伝子を一度に調べることが診断の近道になります。HAMPは常染色体潜性遺伝のため、患者さんの兄弟姉妹や子どもへのリスク評価にも、遺伝子情報が役立ちます[8]。
こうした検査で重要なのは、結果だけが独り歩きしないことです。鉄過剰症は早期に診断して瀉血などの治療を始めれば臓器障害を防げる一方、変異が見つかっても発症の程度には個人差があります。だからこそ、検査の前後で臨床遺伝専門医による遺伝カウンセリングを受け、結果の意味やご家族への影響をていねいに整理することが大切です。検査全般の長所と注意点については遺伝子検査とはのページもご覧ください。
10. よくある誤解
誤解①「フェリチンが高いから鉄は足りている」
フェリチンは炎症があると見かけ上高くなるため、数字だけでは鉄が十分かどうか判断できません。炎症性貧血では、フェリチンが高くても造血に使える鉄は不足している「機能的鉄欠乏」が起こります。
誤解②「鉄剤を飲めば貧血は必ず治る」
ヘプシジンが過剰だと腸からの鉄吸収が止まるため、経口鉄剤が効かない貧血があります。IRIDA(TMPRSS6変異)や炎症性貧血がその代表で、原因に応じた評価が必要です。
誤解③「ヘモクロマトーシスは欧米人だけの病気」
HFE型は欧米に多いですが、HAMPやHJVによる若年性ヘモクロマトーシスは人種を問わず起こり得ます。日本でもまれながら存在し、若年での重い鉄過剰では遺伝子検査が役立ちます。
誤解④「ヘプシジンは抗菌物質にすぎない」
発見当初は抗菌ペプチドとされましたが、ヒトでの主役は全身の鉄を制御するホルモンとしての働きです。直接の殺菌より、鉄を隠して病原体を兵糧攻めにする「栄養免疫」が中心です。
よくある質問(FAQ)
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参考文献
- [1] HAMP hepcidin antimicrobial peptide (Gene ID: 57817). NCBI Gene. [NCBI Gene 57817]
- [2] HAMP hepcidin antimicrobial peptide. NIH Genetic Testing Registry. [NIH GTR]
- [3] Regulation of iron metabolism by hepcidin. PubMed. [PubMed 16848710]
- [4] Hepcidin Revisited, Disulfide Connectivity, Dynamics, and Structure. J Biol Chem (PMC). [PMC2782009]
- [5] The Role of Hepcidin in Iron Metabolism. PMC. [PMC2855274]
- [6] The hepcidin-binding site on ferroportin is evolutionarily conserved. PMC. [PMC2660598]
- [7] The Era of Antimicrobial Peptides: Use of Hepcidins to Prevent or Treat Bacterial Infections and Iron Disorders. Frontiers in Immunology. [Frontiers in Immunology]
- [8] HAMP as a modifier gene that increases the phenotypic expression of the HFE pC282Y homozygous genotype. Blood. [ASH Blood]
- [9] Juvenile hemochromatosis: HAMP mutation and severe iron overload treated with phlebotomies and deferasirox. PMC. [PMC5649000]
- [10] HJV or HAMP-related hemochromatosis. Orphanet. [Orphanet]
- [11] Therapeutic targeting of the hepcidin-ferroportin axis. PMC. [PMC12722858]
- [12] A Phase 3 Study of Rusfertide in Patients With Polycythemia Vera (VERIFY; NCT05210790). ClinicalTrials.gov. [ClinicalTrials.gov]
- [13] FDA Grants Priority Review to Rusfertide in Polycythemia Vera. OncLive. [OncLive]
- [14] Iron-refractory iron deficiency anemia (IRIDA). Blood Red Cells & Iron, ASH. [ASH Blood RCI]



