目次
- 1 1. DPY19L2とは ─ 精子の先体を核につなぐ「アンカー」
- 2 2. 円形頭部精子症(グロボゾースペルミア)とは
- 3 3. 遺伝子の位置と、進化の不思議な歴史
- 4 4. なぜDPY19L2は「まるごと消えやすい」のか
- 5 5. タンパク質の役割 ─ C-マンノシルトランスフェラーゼファミリーと構造的機能
- 6 6. 先体を核につなぎ止めるしくみ ─ FAM209との二人三脚
- 7 7. どんな変異があるのか ─ 変異のスペクトル
- 8 8. 受精できない本当の理由 ─ 「二重の不利」
- 9 9. 検査と治療 ─ 診断から妊娠まで
- 10 10. よくある誤解
- 11 よくある質問(FAQ)
- 12 参考文献
- 13 関連記事
📍 クイックナビゲーション
精子の頭には、卵子の殻を溶かして中に入るための「先体(せんたい)」という小さな袋がついています。この先体がまったくつくられず、頭が丸いボールのようになってしまう精子だけが射出される状態を円形頭部精子症(グロボゾースペルミア)といいます。そして、この重い男性不妊症のもっとも多い原因が、DPY19L2遺伝子という一つの遺伝子の欠失(消失)です。この記事では、DPY19L2がどんな働きをしているのか、なぜこの遺伝子が消えやすいのか、そして顕微授精(ICSI)と人為的卵子活性化(AOA)を組み合わせることでどこまで妊娠が可能になっているのかまでを、遺伝専門医の視点でやさしく解説します。
Q. DPY19L2遺伝子とは何ですか?まず結論だけ知りたいです
A. DPY19L2は、精子の頭をつくる最終段階で働く膜タンパク質をコードする遺伝子です。DPY19L2タンパク質は内核膜に局在し、先体(卵子に入るための袋)を核にしっかり固定するための「接着アンカー」として重要な役割を果たします。この遺伝子が両方のコピーとも働かなくなると、先体が固定されずに脱落し、頭が丸い精子ばかりになる円形頭部精子症が起こります。円形頭部精子症のうち完全型(射出精子のほぼ100%が円形頭部)の約6〜7割は、このDPY19L2の消失や変異が原因です[3]。顕微授精(ICSI)単独では受精率が低いことがあり、卵子を目覚めさせる人為的卵子活性化(AOA)の併用が有効な場合があります。
- ➤正体 → 精巣で強く働く、核膜(核を包む膜)に埋め込まれたタンパク質の設計図。先体を核につなぎ止める
- ➤起こる病気 → 完全型の円形頭部精子症(先体を欠く丸い頭の精子)。常染色体潜性(劣性)遺伝の男性不妊症
- ➤なぜ多いか → 遺伝子の両側にそっくりな配列があり、そこで組換えミスが起きて約200kbがまるごと消えやすい
- ➤二重の不利 → 先体がないだけでなく、卵子を目覚めさせるPLCζという因子が欠失または著しく減少することがある
- ➤治療 → ICSIに人為的卵子活性化(AOA)を組み合わせると受精率が大きく回復し、健常児の出産例が多数報告されている
🧬 DPY19L2の基本情報
各項目の根拠と詳しい解説は、本文の該当セクションをご覧ください。
1. DPY19L2とは ─ 精子の先体を核につなぐ「アンカー」
DPY19L2は、精巣の中で精子がつくられる最終段階に強く働く遺伝子です。この遺伝子がつくるタンパク質は、精子の核(父方の遺伝情報が詰まった部分)を包む膜のいちばん内側に埋め込まれ、そこで発達中の先体という袋を核の表面にしっかり固定する役割をしています。公的な遺伝情報データベースであるMedlinePlusも、DPY19L2タンパク質が核膜の中にあって、形成中の先体を核膜につなぎ止める働きをすると説明しています[1]。
先体は、精子が卵子にたどり着いたときに、卵子を包む厚い殻(透明帯)を溶かして中に入るための消化酵素をためている、いわば「ドリルの先端」です。この先体が核にきちんと固定されていないと、精子の頭は細長い正常な形に整わず、丸いボール状のまま成熟してしまいます。DPY19L2はその固定を担う中心的な部品であり、この遺伝子が働かないと先体は脱落し、頭が丸い精子ばかりが生まれます[5]。
💡 用語解説:先体(せんたい)と透明帯
先体は、精子の頭の前半分をおおう帽子のような袋で、中には卵子の殻を溶かす酵素(ヒアルロニダーゼやアクロシンなど)が入っています。透明帯は卵子を包む糖タンパク質でできた厚い殻で、精子は先体の酵素でこの殻に穴をあけて中に入ります。つまり先体は、自然妊娠や一般的な体外受精で受精するために欠かせない道具です。
2. 円形頭部精子症(グロボゾースペルミア)とは
円形頭部精子症は、精子の頭が正常な楕円形ではなく完全に丸くなり、先体をまったく持たないことを特徴とする、まれで重い男性不妊症です。精子形態の異常(奇形精子症)のなかでも特殊なタイプで、男性不妊のなかでの頻度は0.1%未満とされています[2]。丸い頭の精子は先体の酵素を持たないため、自力では卵子の透明帯を溶かして入ることができず、そのままでは受精に至りません。
円形頭部精子症には、射出精子のほぼすべてが丸い頭になる完全型(Type 1)と、丸い頭の精子と正常な精子が混じる部分型(Type 2)があります。DPY19L2の異常が関わるのは主に完全型です。研究では、DPY19L2の欠失は完全型の円形頭部精子症とは関連するものの、部分型ではほとんど見られないことが報告されており、両者は見た目が似ていても背景となるしくみが異なると考えられています[3]。
💡 用語解説:奇形精子症(きけいせいししょう)
奇形精子症は、精子の形(頭・中片・尾)に異常が多く見られる状態の総称です。頭が大きすぎるもの、尾が複数あるものなどさまざまなタイプがあり、円形頭部精子症はそのなかでも頭が丸く先体を欠く特殊なタイプにあたります。精子の形の異常は受精のしにくさや、その後の発生に影響することがあります。精子の形の見方については 精子の奇形率の解説ページもあわせてご覧ください。
この病気の名称は、専門的には「グロボゾースペルミア(globozoospermia)」と呼ばれます。globo(球状)+zoo(動物・精子)+spermia(精子症)という語のとおり、球のように丸い頭の精子という意味です。日本語では「円形頭部精子症」「円頭精子症」「球状精子症」などと訳されます。より詳しい病態は 円形頭部精子症の疾患ページで解説しています。
3. 遺伝子の位置と、進化の不思議な歴史
DPY19L2の進化の歴史は、少し変わっています。もともとこの遺伝子の仲間(DPY19ファミリー)は、線虫のような無脊椎動物では1個しかありませんでしたが、脊椎動物への進化の途中で遺伝子が何度もコピーされ、哺乳類ではDPY19L1・DPY19L2・DPY19L3・DPY19L4という4つの仲間になりました[4]。
研究によると、DPY19L2はもともと第7染色体にあったDPY19L1が近くにコピーされて生まれ、その後、霊長類への進化の過程で第12染色体(12q14.2)へ引っ越したと考えられています。興味深いことに、もとの第7染色体に残されたコピーのほうは、配列に「ここで読み終わり」という終止の合図が入り込んで働きを失い、偽遺伝子(DPY19L2P1)になってしまいました。一方で、第12染色体へ移ったコピーが精巣で働く現役の遺伝子として残り、精子形成に欠かせない役割を担うようになったのです[4]。
💡 用語解説:偽遺伝子(ぎいでんし)
偽遺伝子とは、もとは働く遺伝子だったものが、配列の変化によってタンパク質をつくれなくなった「働かなくなったコピー」のことです。DPY19L2の場合、第7染色体に残った祖先コピーが偽遺伝子になり、第12染色体に移った新しいコピーが現役として残りました。なお、この偽遺伝子(DPY19L2P1)は現役のDPY19L2と配列がとてもよく似ているため、遺伝子検査では両者を取り違えないよう注意が必要です。
🩺 院長コラム:進化が残した「もろさ」
遺伝医療の現場でDPY19L2のような遺伝子を見ていると、進化というものは決して「完璧な設計者」ではないのだと感じます。ある遺伝子を別の染色体へコピーして新しい働きを持たせる、そのダイナミックな仕組みそのものが、じつは後の世代で欠失を起こしやすい弱点にもなっている。便利さと危うさが同じ構造から生まれているのです。ご本人に何の落ち度もなく、こうした遺伝子の「配置のクセ」によって不妊が起こりうることを、診療のなかで丁寧にお伝えするようにしています。
4. なぜDPY19L2は「まるごと消えやすい」のか
DPY19L2が円形頭部精子症の最大の原因になっている理由は、その遺伝子の「置かれ方」にあります。第12染色体に移ったDPY19L2の両側(前と後ろ)には、互いによく似た配列の低コピー反復配列(LCR)が並んでいます。具体的には、遺伝子をはさむように約28kb(キロベース)のよく似た配列が両側に存在します[2]。
この「両側にそっくりな配列がある」という構造が問題を引き起こします。細胞が分裂するときにDNAを組み替える過程で、本来ペアになるべきでない、この2つのそっくりな配列どうしが間違って向き合ってしまい、あいだにはさまれたDPY19L2がまるごと切り取られてしまうのです。この現象を非対立遺伝子間相同組換え(NAHR)といいます。こうして起こる約200kbの大きな欠失が、DPY19L2による円形頭部精子症のもっとも多い原因です[3]。
💡 用語解説:NAHR(非対立遺伝子間相同組換え)
私たちの染色体には、あちこちによく似た配列が繰り返し存在します。DNAを組み替えるときに、本来ペアになるべき場所ではなく、離れた場所にある「そっくりさん」どうしが間違って組み合わさってしまうことがあります。これがNAHRで、そのあいだにある遺伝子がごっそり欠けたり、逆に重複したりする原因になります。特定の遺伝子の周りにこうした構造があると、同じ欠失が別々の家系で繰り返し起こります。
実際に、この欠失の切れ目(ブレイクポイント)を詳しく調べた研究では、切れ目が遺伝子の周りの2つの「ホットスポット(起こりやすい場所)」に集中していることが分かりました。ホットスポット1にはAluSq2、ホットスポット2にはTHE1Bという反復配列があり、これらが組換えの起こりやすさを高めていました[3]。同じ欠失がアルジェリア、フランス、イラン、イタリアなどさまざまな地域・人種で見つかることから、これは一人の共通の祖先から広がったのではなく、遺伝子の構造そのものが原因で世界中で繰り返し起きている「ゲノム病」だと考えられています[2]。進化を進めた遺伝子コピーの仕組みが、そのまま病気の温床になっているという、遺伝子医学の興味深いパラドックスです。
5. タンパク質の役割 ─ C-マンノシルトランスフェラーゼファミリーと構造的機能
DPY19L2が属するDPY19ファミリーは、もともとC-マンノシルトランスフェラーゼという酵素の仲間です。これは、特定のタンパク質に「マンノース」という糖を直接くっつける、少し変わった加工を行う酵素です。実際、線虫のDPY-19や、体のあちこちで働くヒトのDPY19L1・DPY19L3は、この糖付けの働きを持つことが確かめられています[12]。
💡 用語解説:C-マンノシルトランスフェラーゼ
タンパク質は、つくられたあとに糖などをくっつけて「仕上げ」をされることがあります。マンノースという糖を、タンパク質のトリプトファンという部品に炭素どうしの結合で直接つける加工を担うのが、C-マンノシルトランスフェラーゼという酵素です。この加工は、相手のタンパク質が正しい形に折りたたまれて分泌されるのを助けます。
ところが、精巣だけで働くDPY19L2については、この酵素としての働きの相手(糖をつける相手のタンパク質)が今のところ見つかっておらず、試験管の中でも酵素活性が確認されていません。糖をつける相手を認識するために大切な部品も、DPY19L2では別のアミノ酸に置き換わっています。こうしたことから、DPY19L2はもともとの「糖をつける酵素」としての役割を失っている、あるいは高度に特殊化している可能性があり、代わりに核膜と先体を物理的につなぐ「接着アンカー」としての構造的機能を獲得した可能性が考えられています。実際、DPY19L2が失われたときに起こるのは「糖付けの不全」ではなく「先体が核から離れて脱落する」という構造の問題であり、この見方と一致します。
6. 先体を核につなぎ止めるしくみ ─ FAM209との二人三脚
精子の頭がつくられる最終段階(精子変態)では、丸い精子細胞が劇的に姿を変えていきます。核の中のDNAはぎゅっと固く凝縮され、先体が頭の前半分に広がり、尾(鞭毛)がつくられていきます。DPY19L2はこの時期に、核膜のいちばん内側で、発達中の先体を核の決まった位置に固定する中心的な役割を果たします[5]。
近年の研究で、DPY19L2は一人で働いているのではなく、FAM209という相棒タンパク質と手を組んでいることが分かりました。FAM209は精巣で働く小さな膜タンパク質で、核膜の内側でDPY19L2と同じ場所に集まって複合体をつくります。マウスの実験では、FAM209を働かなくすると、DPY19L2を失ったときとまったく同じように先体が脱落し、円形頭部精子症とそっくりの状態になりました[6]。これは、DPY19L2が実際の体の中で相手にする最初のパートナーが見つかった、という重要な発見でした[6]。

図は、発達中の精子頭部で先体が核に固定される分子構造を模式的に示したものです。上側の内先体膜(IAM)にはSPACA1が配置され、その下のアクロプラクソームではCylicin-1などの細胞骨格成分がネットワークを形成します。さらに内核膜にはDPY19L2とFAM209の複合体が存在し、これらが連結することで、先体―アクロプラクソーム―核膜を一体化した「IAM–Cylicins–NEサンドイッチ構造」が形成されます。この連結系が先体を核表面に安定して固定し、精子頭部の正常な形態形成を支えます。DPY19L2またはFAM209の機能が失われると、この固定機構が破綻して先体が核から脱落し、円形頭部精子症につながります[6]。
🔬 ここがポイント:先体は「宙づり」では働けない
精子の頭がきれいに整うためには、核・先体・そのあいだをつなぐ骨組みが、まるでサンドイッチのように何層にも重なって連携する必要があります。DPY19L2とFAM209の複合体は、このサンドイッチ構造の要となって、大きく発達した先体の袋を核のあるべき位置につなぎ止めます。この「つなぎ目」が壊れると、先体はよりどころを失って脱落し、頭は丸いまま成熟してしまうのです。
体のふつうの細胞では、核と細胞の骨組みをつなぐ「LINC複合体」という仕組みが知られています。DPY19L2は、精子の先体側に特化した、これに似た独自の連結システムとしてはたらいていると考えられます。核の外側からの力やシグナルを核の内部へ伝える、いわば「情報と力の中継地点」としての役割も注目されています。
7. どんな変異があるのか ─ 変異のスペクトル
DPY19L2の異常には、いくつかのパターンがあります。ヨーロッパ、北アフリカ、中東、中国、イランなど各地の患者さんを集めた研究では、DPY19L2変異が同定された患者の内訳では、両方のコピーで約200kbの大きな欠失を持つ人が69.4%、片方が欠失でもう片方が点変異という「複合ヘテロ接合」の人が19.4%、両方とも点変異の人が11.1%でした[3]。つまり、大規模欠失がもっとも多いものの、それ以外の細かい変異も一定の割合で存在します。
💡 用語解説:点変異・複合ヘテロ接合
点変異とは、遺伝子のごく一部(1文字など)が別のものに変わる小さな変化です。文字が置き換わるミスセンス変異、途中で読み終わってしまうナンセンス変異、読み枠がずれるフレームシフトなどがあります。複合ヘテロ接合とは、父由来と母由来のコピーに、種類の違う変化を1つずつ持っている状態のこと。同じ変化が両方にそろう場合だけでなく、この複合ヘテロ接合でも発症しうる点が、遺伝カウンセリングでは大切になります。
点変異の具体例としては、アミノ酸が置き換わるR290Hや、読み枠がずれるc.1532delAなどが報告されており、変異の種類は多岐にわたります[7]。中国の患者さんを対象とした研究では、DPY19L2の変異が円形頭部精子症の主要な原因であることが確認されるとともに、新しい点変異も見つかっています[7]。公的データベースのMedlinePlusでも、これまでに少なくとも17種類のDPY19L2変異が円形頭部精子症の患者さんで見つかっていると記載されています[1]。
円形頭部精子症に関わる主な遺伝子
なお、円形頭部精子症の原因はDPY19L2だけではありません。SPATA16やPICK1、FAM209など複数の遺伝子が関わることが知られており、GGNなど別の遺伝子が「わき役」として確認された報告もあります。そのため、円形頭部精子症だからといって必ずDPY19L2が原因とは限らず、遺伝子を幅広く調べて原因を見分けることが大切です。
8. 受精できない本当の理由 ─ 「二重の不利」
DPY19L2が失われた精子が受精しにくいのは、先体がないからだけではありません。じつはもう一つ、深刻な問題を抱えています。それが、卵子を目覚めさせる(活性化する)ための因子PLCζ(ホスホリパーゼCゼータ)の欠失または著しい減少です。
受精のとき、精子が卵子の中に入ると、精子由来のPLCζが放出され、卵子の中でカルシウムの波(オシレーション)を繰り返し起こします。このカルシウムの波が「卵子活性化」の絶対的なスイッチとなり、止まっていた減数分裂が再開して、受精が本格的に進みます。PLCζは正常な精子では核の周りの決まった場所にたくわえられていますが、DPY19L2が失われて先体が脱落する過程で、この場所の構造ごと崩れてしまい、PLCζも一緒に外へ捨てられてしまうのです。研究では、DPY19L2による円形頭部精子症の精子ではPLCζが失われている(またはごく微量しかない)ことが示されています[8]。
💡 用語解説:卵子活性化とPLCζ
卵子は、精子が入るまで「眠っている」ような状態で止まっています。精子が持ち込むPLCζという酵素が、卵子の中でカルシウムの波を起こすことで、卵子は目を覚まし、受精・発生へと進みます。このスイッチがうまく入らない状態を「卵子活性化障害(OAD)」といい、受精がまったく成立しない原因になります。
つまりDPY19L2が失われた精子は、「先体がなくて卵子の殻を破れない」うえに「卵子を目覚めさせるPLCζが欠失または著しく減少していることがある」という二重の不利を抱えています。ここが臨床でとても大切なポイントです。透明帯を破れない問題は、精子を卵子の中に直接注入する顕微授精(ICSI)で物理的に回避できます。しかし、それでもPLCζが欠失または著しく減少している場合には卵子が十分に活性化されず、受精が成立しない(完全受精障害)ことが起こりえます。そのため、既往の受精障害や精子側の卵子活性化障害が疑われる場合には、ICSIに人為的卵子活性化(AOA)を併用することが検討されます。
さらに、DPY19L2が失われると、核の中のDNAの「梱包」もうまくいかなくなります。正常な精子では、DNAに巻き付いていたヒストンというタンパク質が、精子特有のプロタミンに置き換わって、遺伝情報が極限まで固く凝縮されます。ところがマウスやヒトの円形頭部精子症では、この置き換え(プロタミン置換)が不完全になり、DNAが傷つきやすくなって断片化が進みやすくなることが報告されています[9]。このDNAの傷は、生殖補助医療を行った際の胚の質にも影響しうる要因として注目されています[9]。プロタミンへの置き換えのしくみについては 配偶子形成と受精のしくみもあわせてご覧ください。
9. 検査と治療 ─ 診断から妊娠まで
診断 ─ まず何を調べるか
精液検査で、丸い頭の精子が100%を占めることが確認された場合、円形頭部精子症が強く疑われます。このときは、まず染色体の検査(核型分析)やY染色体の微小欠失(AZF領域)の検査で他の原因を確認しつつ、原因遺伝子としてDPY19L2を調べることが勧められます。Y染色体の異常については Y染色体AZF微小欠失の解説もご参照ください。
DPY19L2の大きな欠失を正確に見つけるには、MLPA法という、遺伝子のコピー数(何個あるか)を調べる検査が用いられます。実際に、MLPAと配列解析を組み合わせてDPY19L2の点変異を含む変異を検出した研究が報告されています[1]。これに加えて、遺伝子を幅広く一度に調べる次世代シーケンス(NGS)を使えば、点変異や他の原因遺伝子(SPATA16、PICK1など)もまとめて調べることができます。MLPAのしくみは MLPA検査の解説ページで詳しく説明しています。
治療 ─ ICSIに「卵子を目覚めさせる工夫」を加える
先ほど述べたように、DPY19L2が失われた精子ではPLCζが欠失または著しく減少していることがあり、通常のICSIだけでは受精率が低い、あるいは受精しないことがあります。この卵子活性化の問題を乗り越えるために用いられるのが、人為的卵子活性化(AOA:Assisted Oocyte Activation)です。
AOAでは、主にカルシウムイオノフォア(イオノマイシンやA23187など)という薬剤を使います。ICSIの直後に卵子をこの溶液に短時間だけさらすことで、外から強制的にカルシウムを卵子の中へ流し込み、足りないPLCζの代わりに卵子活性化のスイッチを入れ直します。フランスの研究グループの検討では、DPY19L2変異の有無にかかわらず、ICSIにAOAを組み合わせると受精率が通常の水準まで回復し、その後の妊娠率や生児獲得率も改善したことが報告されています[10]。中国の患者さんの研究でも、ICSIにカルシウムイオノフォアによるAOAを組み合わせることで、高い率で健常児が得られたと報告されています[7]。
こうした治療の積み重ねにより、かつては妊娠がきわめて難しいと考えられていた円形頭部精子症でも、健常なお子さんを授かることが十分に可能になってきています。PLCζを欠く精子による受精障害に対して、ICSIとカルシウムイオノフォアによる卵子活性化で妊娠に至った症例も報告されています[11]。将来的には、薬剤に頼らず、組換えのPLCζタンパク質やその設計図(mRNA)を卵子に直接注入して、より自然に近いカルシウムの波を起こす方法の開発も進められています。
🩺 院長コラム:AOAの安全性をどう考えるか
カルシウムイオノフォアは、自然界では起こらないやり方で一時的にカルシウムを上げるため、胚の発生への影響を心配される方もいらっしゃいます。これまでの追跡調査やまとめの研究では、AOAを経て生まれたお子さんで、先天的な異常や発達の遅れの割合が通常のICSIと比べて明らかに増えるという結果は示されていません。現時点の研究では重大な安全性シグナルは示されていません[14]。ただし、長期にわたる大規模なデータはまだ限られているのも事実です。当院では、こうした「分かっていること」と「これから確かめていくこと」の両方を正直にお伝えし、ご夫婦が納得して選べるようにご説明することを大切にしています。
遺伝カウンセリング ─ 子どもへの伝わり方
DPY19L2による円形頭部精子症は常染色体潜性(劣性)遺伝です。この病気の男性(両方のコピーに変異を持つ)がお子さんを授かる場合、パートナーの女性が同じ変異を持っていない限り、生まれてくるお子さんは男女とも変異を1つだけ持つ「保因者」となり、不妊症の症状は出ません。ただし、血縁結婚が多い地域や、ご夫婦の双方が変異を持つ可能性がある場合には、単一遺伝子疾患を対象とした着床前遺伝学的検査(PGT-M)を含めた遺伝カウンセリングが役に立ちます。
当院では、こうした検査の前後で臨床遺伝専門医が遺伝カウンセリングを行います。話し合う内容は、検査で何が分かり何が分からないのか、結果がご本人やご家族にとってどのような意味を持つのか、そしてどのような選択肢があるのか、といった点です。検査を受けるかどうかを含め、決めるのはご本人・ご夫婦であり、私たちは中立の立場で判断材料を整理する役割を担います。男性不妊の原因を遺伝子から調べたい方は、男性不妊症遺伝子検査(NGSパネル)や不妊症遺伝子検査もあわせてご相談いただけます。
10. よくある誤解
誤解①「顕微授精さえすれば受精できる」
ICSIで透明帯の問題は回避できますが、DPY19L2が失われた精子は卵子を目覚めさせるPLCζが欠失または著しく減少していることがあり、ICSI単独では受精しにくいことがあります。既往の受精障害や卵子活性化障害が疑われる場合には、卵子を活性化する工夫(AOA)の併用が検討されます。
誤解②「丸い頭の精子はすべてDPY19L2が原因」
DPY19L2は完全型の最大の原因ですが、唯一の原因ではありません。SPATA16やPICK1、FAM209など他の遺伝子も関わり、部分型ではDPY19L2の変異はほとんど見つかりません。原因の見分けが大切です。
誤解③「保因者だと不妊になる」
DPY19L2は常染色体潜性遺伝です。変異を片方のコピーだけ持つ保因者は、ふつう症状が出ません。両方のコピーに変異がそろってはじめて円形頭部精子症が起こります。
誤解④「DPY19L2は糖をつける酵素として働いている」
同じファミリーの仲間は糖付け酵素ですが、DPY19L2では体の中での酵素活性が確認されていません。今のところ、先体を核につなぐ「接着役」への役割の変化が有力と考えられています。
よくある質問(FAQ)
🏥 男性不妊の遺伝子診断のご相談
円形頭部精子症をはじめとする男性不妊の
遺伝子検査と遺伝カウンセリングは
臨床遺伝専門医が在籍するミネルバクリニックにご相談ください。
参考文献
- [1] DPY19L2 gene: MedlinePlus Genetics. MedlinePlus (NIH). [MedlinePlus]
- [2] DPY19L2 deletion as a major cause of globozoospermia. Am J Hum Genet. 2011. [PubMed 21397063]
- [3] Globozoospermia is mainly due to DPY19L2 deletion via non-allelic homologous recombination involving two recombination hotspots. Hum Mol Genet. 2012. [PubMed 22653751]
- [4] Duplication and relocation of the functional DPY19L2 gene within low copy repeats. BMC Genomics. 2006. [PubMed 16526957]
- [5] Absence of Dpy19l2, a new inner nuclear membrane protein, causes globozoospermia in mice by preventing the anchoring of the acrosome to the nucleus. Development. 2012. [Development]
- [6] FAM209 associates with DPY19L2, and is required for sperm acrosome biogenesis and fertility in mice. J Cell Sci. 2021. [PubMed 34471926]
- [7] DPY19L2 gene mutations are a major cause of globozoospermia: identification of three novel point mutations. Mol Hum Reprod. 2013. [PubMed 23512994]
- [8] Subcellular localization of phospholipase Cζ in human sperm and its absence in DPY19L2-deficient sperm are consistent with its role in oocyte activation. Mol Hum Reprod. 2015. [PubMed 25354701]
- [9] Dpy19l2-deficient globozoospermic sperm display altered genome packaging and DNA damage that compromises the initiation of embryo development. Mol Hum Reprod. 2015. [PMC4311149]
- [10] Assisted oocyte activation overcomes fertilization failure in globozoospermic patients regardless of the DPY19L2 status. Hum Reprod. 2013. [PubMed 23411621]
- [11] Complete globozoospermia associated with PLCζ deficiency treated with calcium ionophore and ICSI results in pregnancy. Reprod Biomed Online. 2009. [PMC2847674]
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