目次
📍 クイックナビゲーション
神経の細胞どうしは、ほんのわずかな時間差もなく信号をやりとりしています。そのタイミングを、まるで「留め金(クランプ)」のように押さえたり放したりして制御しているのが、CPLX1という遺伝子がつくるコンプレキシン-1というタンパク質です。この留め金がうまく働かないと、乳児期に始まる重いてんかん「発育性てんかん性脳症63型(DEE63)」をはじめ、さまざまな脳の病気につながることが分かってきました。
この記事では、CPLX1がどんな働きをしているのか、なぜ神経の信号を「止める」と「送る」の両方を担えるのか、そしててんかんから統合失調症、パーキンソン病、インスリン分泌、がんまで、この一つの遺伝子がどう関わるのかを、一般の方にもわかる言葉で、遺伝専門医の立場から丁寧にお伝えします。
- ➤ CPLX1がつくるコンプレキシン-1の「留め金」と「引き金」という二役
- ➤ 両親から受け継ぐ変異で起こる発育性てんかん性脳症63型(DEE63)
- ➤ 統合失調症・自閉症・アルツハイマー病・パーキンソン病との関わり
- ➤ 膵臓のインスリン分泌や大腸がんまで広がる、神経以外での働き
- ➤ 常染色体潜性(劣性)遺伝の考え方と、全エクソーム検査による診断
🧬Q. CPLX1遺伝子とはどんな遺伝子ですか?
神経の信号伝達に欠かせないコンプレキシン-1という小さなタンパク質の設計図です。神経細胞が信号を送る瞬間を、「留め金」で止めておき、必要な瞬間に一気に放すという、精密なタイミング調整を担っています。
🩺Q. どんな病気に関わりますか?
両親から受け継いだ変異で起こる発育性てんかん性脳症63型(DEE63)が代表です。ほかにも統合失調症・自閉症・アルツハイマー病・パーキンソン病、さらに糖尿病やがんの研究でも注目されています。
🌸Q. どう診断しますか?
DEE63は全エクソーム検査(WES)などの網羅的な遺伝子解析で、CPLX1の両方のコピーに変異があるかを調べて診断します。常染色体潜性(劣性)遺伝のため、ご家族の見通しには遺伝カウンセリングが役立ちます。
CPLX1遺伝子とは——神経のタイミングを守る「留め金」の設計図
たった134個のアミノ酸でできた、精密な調整役
CPLX1遺伝子は、4番染色体の短い腕の先端(4p16.3という場所)にあり、コンプレキシン-1(Complexin-1)という、わずか134個のアミノ酸でできた小さなタンパク質の設計図です[1]。このタンパク質は、脳のなかでも海馬や小脳の抑制性の神経細胞や、目の網膜にとくに多く含まれ、神経の信号(神経伝達物質)が放たれるタイミングを、ミリ秒よりも細かい精度で調整する司令塔として働いています。
神経細胞が信号を送るとき、細胞のなかにあるシナプスという接続部で、神経伝達物質をつめた小さな袋(シナプス小胞)が細胞膜に融合し、中身を放出します。この「膜どうしの融合」を引き起こす物理的なエンジンが、SNARE(スネア)複合体と呼ばれる装置です。コンプレキシン-1は、この装置に強く結び付き、信号が来るまでは融合を一時停止させ、いざというときには一気に融合を進めるという、正反対の二つの役割を同時にこなしています[4]。
コンプレキシン-1は、神経の信号を「必要のないときは漏らさず、必要な瞬間には一斉に放つ」ためのタイミングの門番です。この門番がいなくなると、信号が漏れたり、タイミングがそろわなくなったりして、脳のネットワーク全体のリズムが崩れてしまいます。
4つの部品が役割分担している
コンプレキシン-1は、進化のなかで大切に保存されてきた4つの領域(ドメイン)からできていて、それぞれが違う仕事を分担しています。まずN末端ドメイン(1〜27番目)は、信号が来た瞬間に神経伝達物質を素早く同期させて放す働きを最大にします。次のアクセサリーαヘリックスドメイン(28〜48番目)は、勝手な放出(自発的な漏れ)を強く抑える「留め金」の中心です。中央αヘリックスドメイン(49〜70番目)は、SNARE複合体にがっちり結び付く土台で、コンプレキシン-1のすべての働きに欠かせません。そしてC末端ドメイン(71〜134番目)は、カーブのきつい小胞の膜に優先的にくっつき、タンパク質を適切な場所へ導きます。
とくに大切なのが、中央部分とアクセサリー部分の関係です。負に帯電したアクセサリーαヘリックスは、途中まで組み上がったSNARE複合体のすき間に差し込まれ、小胞膜と細胞膜のあいだに立体的な障害や電気的な反発を作り出すことで、融合が早まりすぎるのを物理的に防いでいます。この配置のおかげで、神経細胞はいつでも信号を送れる「準備完了」の状態で待機できるのです。この待機のしくみが崩れると、信号が漏れやすくなる——これが、後で述べるDEE63の分子レベルの出発点になります。
「留め金」と「引き金」——SNARE複合体を制御するしくみ
神経伝達物質の放出は、シナプス小胞の膜と細胞膜が融合することで起こります。その融合エンジンであるSNARE複合体は、Syntaxin-1A(STX1A)・SNAP-25・VAMP2という3つのタンパク質が、ファスナー(ジッパー)のように噛み合ってできています。コンプレキシン-1はこのファスナーの途中に割り込み、半分だけ閉じた状態で強く安定させます。これが「留め金(クランプ)」の正体です。
カルシウムが引き金を引く瞬間
コンプレキシン-1は一人で働くのではなく、カルシウムを感じ取るセンサーであるシナプトタグミン-1(Syt1)と協力して、1000分の1秒以下という速さで融合を実現しています。近年のX線を使った構造解析で、融合の直前の状態では、シナプトタグミン-1・SNARE複合体・コンプレキシンの三者が組み合わさる「三者複合体界面」という予想外のかたちを作ることが分かりました[2]。
活動電位(信号)が届いて細胞のなかのカルシウム濃度が急に上がると、カルシウムがシナプトタグミン-1に結合し、この強固なロックが一瞬で外れます。すると、コンプレキシン-1による留め金の邪魔がなくなり、SNARE複合体のファスナーが一気に閉じきって、膜の融合が完了します[2]。ロックを外す仕組みと留め金の仕組みが両立していることが、脳の高速で正確な情報伝達を支えているのです。
この装置には、複合体の組み立てを最初から助けるMunc18-1というタンパク質も関わっています。コンプレキシン-1とMunc18-1は、いずれも融合直前の状態を安定させる仲間で、両者を含む大きな複合体が脳のなかでダイナミックに姿を変えていることが、生化学的な解析で示されています[9]。STXBP1遺伝子はこのMunc18-1をつくる遺伝子で、CPLX1と同じくシナプスの働きが損なわれると神経発達症を引き起こす点で共通しています。
4つの兄弟遺伝子(CPLX1〜4)
ヒトのゲノムには、CPLX1からCPLX4まで4つのよく似た遺伝子があり、それぞれ働く場所が分かれています。CPLX1とCPLX2は脳のふつうの神経のつなぎ目(化学シナプス)で主に働き、アミノ酸配列が約86%も一致するほど近い関係です。おもしろいことに、CPLX1は海馬・小脳・大脳皮質の抑制性ニューロン(GABA作動性)に多く、CPLX2は興奮性ニューロン(グルタミン酸作動性)に多いという棲み分けがあり、この違いが大脳皮質の「興奮と抑制のバランス」を保つ鍵になります。一方、CPLX3とCPLX4は網膜のリボンシナプスという特殊な構造に局在し、脂質修飾によって膜に強くつなぎ止められています。
この棲み分けは、脳の「興奮と抑制のバランス」を理解するうえで重要な意味を持ちます。興奮性の信号ばかりが強くなればてんかんに傾き、抑制性の信号ばかりが強くなれば情報が伝わりにくくなります。CPLX1が抑制性側に、CPLX2が興奮性側に配置されていることは、この2つのアイソフォームがバランスの両端を分担していることを示しており、後の統合失調症やアルツハイマー病の項目で述べる「CPLX1/CPLX2の比率」という考え方の土台になっています。進化の観点では、線虫やショウジョウバエなどの無脊椎動物はより少ない数のコンプレキシン遺伝子しか持たず、哺乳類のCPLX1はその配列から大きく分岐しています。この分岐の結果、単純な放出のオン・オフだけでなく、より細やかな信号の微調整が可能になったと考えられています。
発育性てんかん性脳症63型(DEE63)——CPLX1が原因となる重い小児てんかん
CPLX1の働きが失われることで直接起こる病気が、発育性てんかん性脳症63型(DEE63、OMIM 617976)です[3]。発育性てんかん性脳症とは、遺伝子変異などによる脳発達そのものへの影響(発育性脳症)と、頻回の発作やてんかん性脳波活動による発達への悪影響(てんかん性脳症)の両方が関与しうる、一群の病気を指します。発育性てんかん性脳症には、原因となる遺伝子によって多くのタイプがあり、番号で区別されています。たとえばSTXBP1遺伝子によるものはDEE4、SCN1A遺伝子によるドラベ症候群はDEE6Aと呼ばれ、CPLX1によるものがDEE63にあたります。名前は違っても、「シナプスでの信号のやりとりがうまくいかない」という共通点でつながっているタイプが多いのが特徴です。
両親から受け継ぐ「常染色体潜性(劣性)」の病気
DEE63は、CPLX1の両方のコピー(父由来・母由来の両方)に機能を失わせる変異があるときに発症する、常染色体潜性(劣性)遺伝の病気です[3]。全エクソーム検査を使った研究で、複数の家系から、タンパク質を途中で終わらせてしまうナンセンス変異(たとえばp.Glu108Ter、p.Cys105Ter)などが原因として報告されてきました[5][1]。
遺伝子の文字の並びが1か所変わることで、タンパク質づくりを途中で強制終了させる「終止の合図」が本来より早く現れてしまう変化です。その結果、変異の位置によってはmRNAがナンセンス変異依存mRNA分解(NMD)で分解されたり、NMDを逃れた場合には短く途中で切れたタンパク質が作られたりして、本来の働きが失われます。DEE63では、このような機能喪失によってコンプレキシン-1の働きが大きく損なわれると考えられています。ナンセンス変異についてさらに詳しく
最初にCPLX1と重い神経疾患の関わりを示したのは、主に血族結婚を含む128家系を全エクソーム解析した2015年の研究で、姉妹例からCPLX1の機能喪失型変異が見つかりました[6]。その後2017年に、別の家系の3人の患者さんでCPLX1のホモ接合変異が確認され、DEE63としての位置づけが確かめられました[1]。
どんな症状が出るのか
DEE63の患者さんは通常、生後まもない時期から治りにくいてんかん発作(移動性のミオクロニーてんかんなど)を発症します[1]。発作が始まる前は正常な発達を示すこともありますが、発作の開始とともに認知や運動の発達が後戻りしていきます。具体的には、首のすわりや歩行の獲得が難しいほどの強い筋緊張の低下、発話の欠如、重い協調運動の障害、舞踏運動のような不随意運動などがみられます[1]。一部の患者さんでは、MRIで小脳の裂溝(割れ目)や大脳皮質の広い範囲の萎縮といった構造の異常も確認されています[1]。
図2:DEE63で起こることのつながり
① 留め金が壊れる
CPLX1変異でクランプ機能が失われる
② 信号が漏れる
自発的な放出が抑えられず過剰興奮
③ てんかん・発達退行
難治性発作と重い神経発達の遅れ
DEE63の分子病態は、コンプレキシン-1の機能喪失によってシナプス小胞放出の精密な制御が崩れることが中心と考えられています。実験系では、コンプレキシンの欠損により自発放出の抑制やカルシウム依存性の同期放出が乱れることが示されていますが、ヒトDEE63で「自発放出の増加だけ」が発作を直接起こすと確定しているわけではありません[1]。誘発性放出の同期性低下を含むシナプス伝達全体の異常が、異常な脳波、重いてんかん発作、神経回路の形成・維持の障害につながると考えられます。
精神疾患・神経変性疾患との関わり
統合失調症・自閉症と「興奮/抑制バランス」
CPLX1は、精神疾患や神経発達症の背景にある、大脳皮質の「興奮と抑制のバランス(E/Iバランス)」の乱れという観点からも研究されています。統合失調症でみられる認知機能の低下は、前頭前野などでの高い周波数の脳のリズム(ガンマ振動)が弱まることと関係すると考えられており、そのリズムを生み出すのが、GABA作動性のパルブアルブミン陽性介在ニューロンと呼ばれる抑制性の神経細胞です。
CPLX1はこの抑制性ニューロンに多く含まれます。実際に、加齢した脳を調べた研究では、抑制性シナプスで働くコンプレキシン-1の量が、記憶や思考の力を保つことと結びついていました[7]。コンプレキシン-1の働きが乱れて、抑制性ニューロンからの素早い信号がうまく出せなくなると、脳のリズムが崩れ、高度な認知機能が保ちにくくなると考えられています。自閉症スペクトラム障害(ASD)でも興奮/抑制バランスの異常は研究されていますが、CPLX1がASDの一般的な単独原因であると示されているわけではありません。CPLX1は、こうしたシナプス回路の研究対象の一つとして位置づけるのが適切です。
統合失調症で亡くなった方の脳を詳しく調べた生化学的な研究では、抑制性ニューロンそのものの数は必ずしも減っていないにもかかわらず、シナプスの手前でのSNAREタンパク質どうしの結び付き方に異常が生じていることが示されています。具体的には、前頭眼窩皮質や前部帯状回で、SNAP-25がMunc18-1やコンプレキシン-1と結び付く力が異常に高まっていることが報告されました[9]。つまり、タンパク質の「量」そのものより「どう組み合わさっているか」という点に、病態の手がかりがあると考えられているのです。ただし、統合失調症は多くの遺伝的・環境的要因が重なって生じる病気であり、こうしたシナプスの変化が原因なのか結果なのかは、なお慎重に検討されている段階です。
自閉症・統合失調症・双極性障害という別々の診断名の病気が、CPLX1を含むシナプスの働きの乱れという共通の土台を分け合っている可能性が指摘されています。ただし、これらの精神疾患は多くの遺伝的・環境的要因が関わる複雑な病気で、CPLX1だけで説明できるものではありません。
アルツハイマー病における「レジリエンス(抵抗力)」
認知症の分野では、CPLX1が神経の変性に対する「レジリエンス(回復力・抵抗力)」の指標として注目されています。高齢者の死後脳を大規模に調べた研究では、シナプスの機能を示すSNARE複合体の状態が、アミロイド斑やタウ病変といった古典的な病理の量とは独立して、認知機能の維持と強く関連していました[7]。とくに、抑制性入力を担うコンプレキシン-1が相対的に保たれている人ほど、加齢による認知機能の低下がゆるやかだったと報告されています[7]。アミロイドの毒性が蓄積しても、CPLX1を中心とするシナプス伝達の恒常性が保たれていれば、脳が認知機能を補いやすい可能性を示す知見です。
パーキンソン病とαシヌクレイン
パーキンソン病のゲノムワイド関連解析(GWAS)では、CPLX1がある4p16.3という領域が、繰り返し疾患リスクと関連する場所として同定されています。ただしこの領域にはGAKなど複数の遺伝子が含まれ、どれが直接リスクに効いているかは議論が続いています。一方で、パーキンソン病の中心的な原因タンパク質であるαシヌクレイン(SNCA)は、コンプレキシン-1と同じくシナプス小胞の放出に関わっており、両者は機能的に近い場所にいます。αシヌクレインを操作したマウスの脳では、コンプレキシン-1の発現が顕著に変動することが示されており、病態の初期段階でのCPLX1の関与が示唆されています[8]。
神経の外での働き——インスリン分泌とがん
膵臓β細胞のインスリン分泌
CPLX1の働きは神経に限りません。血糖値に応じてインスリンを出す膵臓のβ細胞でも、中心的な役割を果たしています。β細胞では、グルコースが取り込まれてATPが作られ、細胞膜が脱分極してカルシウムが流れ込み、インスリンをつめた袋が開口放出(エキソサイトーシス)されます。この最終段階で、コンプレキシン-1は神経シナプスとまったく同じしくみでSNARE複合体に介入し、放出の速さとタイミングを決めています[10]。
実験でβ細胞のCPLX1を抑えると、グルコースなどで刺激したときのインスリン分泌が大きく妨げられ、とくに刺激直後の素早い放出(第1相)で障害が目立つことが確認されています[10]。神経細胞とβ細胞は、ふだんは眠っている神経系の遺伝子を働かせるという共通点があり、CPLX1もその一つとして高く発現しているのです。
この高い発現には、巧妙なしくみが関わっています。多くの細胞では、神経系の遺伝子を抑え込むRESTというタンパク質が働いていますが、成熟した神経細胞と膵臓β細胞ではRESTが特異的に欠けているため、CPLX1が高く発現し続けられます[10]。生理的なインスリン分泌が、刺激直後に一気に出る「第1相」と、その後ゆるやかに続く「第2相」の二段構えになっていることを踏まえると、CPLX1は分泌の即応性(すぐ反応する力)を支える分子だといえます。この視点は、2型糖尿病でみられるインスリン分泌のタイミングの乱れを理解するうえでも手がかりになります。
がんの予後予測バイオマーカーとして
近年は、神経科学で研究されてきたCPLX1が、まったく別の分野であるがんの領域でも注目されています。大腸がんの組織では、CPLX1の発現が隣の健常組織より高まっていること、そして高い発現が予後(全生存期間)と関連することが、公共データベースを使った解析で報告されています[11]。この関連は、腫瘍のまわりの免疫細胞の状態や、鉄に依存する細胞死(フェロトーシス)の制御と結びついている可能性が示唆されています[11]。ただし、これはバイオインフォマティクス解析を中心とする新しい知見で、今後の検証が必要な段階です。
神経の情報伝達を担う分子が、膵臓の分泌やがんの進み方にも顔を出す——これは一見ばらばらに見えますが、CPLX1が「細胞のなかの袋を、適切なタイミングで外へ放出する」というしくみ全般のハブとして働いていることを示しています。神経・内分泌・腫瘍という異なる分野の研究者が、同じ一つの分子を別々の角度から見つめている、と考えると分かりやすいかもしれません。ただし、CPLX1を直接標的とする治療が糖尿病や大腸がんで確立しているわけではなく、現時点では病態理解やバイオマーカー研究につながる可能性を検討している段階です。
診断と遺伝子検査、そして遺伝カウンセリング
全エクソーム検査で原因にたどり着く
DEE63のように、多くの遺伝子が候補になりうる重い乳児てんかんでは、原因を一つずつ調べていくよりも、全エクソーム検査(WES)のようにタンパク質をつくる領域をまとめて解析する方法が診断への近道になります。実際、CPLX1とDEE63の関わりも、全エクソーム解析によって明らかにされてきました[6][1]。てんかんに絞ったてんかん包括的遺伝子検査(NGSパネル)や、新生児てんかんNGSパネル検査のように、目的に応じた検査の選び方もあります。
常染色体潜性(劣性)遺伝と、ご家族の見通し
DEE63は常染色体潜性(劣性)遺伝の病気です。両親がそれぞれ変異を1つずつ持つ保因者である場合、お子さんが両方の変異を受け継いで発症する確率は、妊娠ごとに原則4分の1(25%)です。保因者である親自身は、通常は症状が出ません。こうした再発率や次の妊娠の見通しは、数字だけを伝えられても受け止めが難しいことが多く、遺伝カウンセリングのなかで、ご家族の状況にあわせて整理していくことが大切です。
ヒトは同じ遺伝子を父由来・母由来で2つ持っています。潜性(劣性)遺伝の病気は、2つとも変異があるときにだけ発症します。片方だけ変異を持つ人(保因者)はふつう症状が出ませんが、保因者どうしの間では、子が両方を受け継ぐ確率が4分の1になります。「潜性」は新しい呼び方で、以前の「劣性」と同じ意味です。遺伝形式についてさらに詳しく
図3:保因者どうしの子どもへの伝わり方(4分の1で発症)
変異なし(1/4)
発症せず・保因もなし
保因者(2/4)
ふつう症状は出ない
両方に変異(1/4)
DEE63を発症
妊娠ごとに独立
毎回この確率になります
動物モデルが教えてくれること
CPLX1を欠かせたノックアウトマウスは、生後7日目という非常に早い時期から重い運動失調(ふらつき)を示し、これは既知のマウスモデルのなかでもっとも早い時期に始まる運動失調として知られています[5]。当初は生後2〜4か月で亡くなるとされていましたが、食べやすい工夫をした特別な給餌によって、正常に近い寿命をまっとうできることも分かりました[5]。
長らく、この重い運動障害にもかかわらず脳に明らかな異常はないとされてきましたが、高解像度のMRIと立体計測を組み合わせた研究で、視床と小脳の一部で選択的に体積が減り、小脳の顆粒細胞が失われていることが確認されました[12]。これは、ヒトのDEE63で小脳の裂溝や皮質の萎縮がみられることと一致します。さらに、運動障害の陰に隠れていた社会的行動の障害も明らかになり、新しい相手への関心を示さないなど、精神疾患でみられる社会性の困難をよく再現していました[13]。
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よくある質問(FAQ)
Q. CPLX1遺伝子はどんな働きをしていますか?
神経の信号伝達に欠かせないコンプレキシン-1というタンパク質の設計図です。神経伝達物質をつめた袋が細胞膜と融合するタイミングを、「留め金」で止めておき、カルシウムが流れ込んだ瞬間に一気に放すという、精密なタイミング調整を担っています。膵臓のインスリン分泌でも同じしくみで働いています。
Q. 発育性てんかん性脳症63型(DEE63)とはどんな病気ですか?
CPLX1の両方のコピーに機能を失わせる変異があるときに起こる、常染色体潜性(劣性)遺伝のてんかん性脳症です。乳児期に治りにくいてんかん発作が始まり、重い発達の遅れ、強い筋緊張の低下、発話の欠如などがみられます。一部ではMRIで小脳や大脳皮質の異常も確認されています。
Q. DEE63は遺伝しますか?きょうだいへの影響は?
両親がそれぞれ変異を1つずつ持つ保因者の場合、お子さんが発症する確率は妊娠ごとに原則4分の1(25%)です。保因者である親自身はふつう症状が出ません。次のお子さんやきょうだいへの見通しは、遺伝カウンセリングで具体的に整理することをおすすめします。
Q. CPLX1は統合失調症やアルツハイマー病の原因なのですか?
いいえ、単独の原因ではありません。これらは多くの遺伝的・環境的要因が関わる複雑な病気です。CPLX1は、抑制性ニューロンの働きやシナプス伝達の恒常性を通じて、これらの病態に関わる可能性が研究されている段階です。とくにアルツハイマー病では、コンプレキシン-1が保たれていることが認知機能の維持と関連するという知見が報告されています。
Q. どうやって診断しますか?
DEE63のように候補遺伝子が多い乳児てんかんでは、全エクソーム検査(WES)などで、CPLX1を含む多くの遺伝子をまとめて調べ、両方のコピーに変異があるかを確認します。てんかんに絞ったNGSパネル検査という選択肢もあります。診断は臨床所見と遺伝子検査を合わせて総合的に行います。
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参考文献
- [1] Variants in CPLX1 in two families with autosomal-recessive severe infantile myoclonic epilepsy and ID. Eur J Hum Genet. 2017. [PMC5520065]
- [2] The primed SNARE-complexin-synaptotagmin complex for neuronal exocytosis. Nature. 2017. [PMC5757840]
- [3] Developmental and Epileptic Encephalopathy 63; DEE63. OMIM. [OMIM 617976]
- [4] Complexin-1; CPLX1. OMIM. [OMIM 605032]
- [5] Profound ataxia in complexin I knockout mice masks a complex phenotype that includes exploratory and habituation deficits. Hum Mol Genet. 2005. [PubMed 16000319]
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- [7] Frontotemporal dysregulation of the SNARE protein interactome is associated with faster cognitive decline in old age. Neurobiol Dis. 2018. [PMC6483375]
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- [13] Complexin 1 knockout mice exhibit marked deficits in social behaviours but appear to be cognitively normal. Hum Mol Genet. 2007. [PubMed 17652102]




