目次
- 1 1. タウタンパク質とMAPT遺伝子 ─ 神経細胞を支える「留め具」の設計図
- 2 2. 6つのアイソフォームと「3R・4R」という重要な区別
- 3 3. タウはどうやって微小管を支えているのか
- 4 4. タウキナーゼとリン酸化 ─ 病気への分かれ道
- 5 5. 高リン酸化は必ず病気ではない ─ 生理的な調節とPin1
- 6 6. 液液相分離(LLPS)─ 固まる前の「液の粒」という前段階
- 7 7. 「1つの構造=1つの疾患」─ クライオ電子顕微鏡が見せた個性
- 8 8. なぜ神経が傷つくのか ─「毒性の獲得」か「働きの喪失」か
- 9 9. 採血でわかる時代へ ─ 血漿バイオマーカー
- 10 10. タウを標的にした最新の治療戦略
- 11 11. よくある誤解
- 12 よくある質問(FAQ)
- 13 参考文献
- 14 関連記事
📍 クイックナビゲーション
タウ(tau)は、脳の神経細胞のなかで「微小管」という細い管を支える留め具のような役割をもつタンパク質です。ふだんは神経の中で軸索を丈夫に保ち、物流のレールを整えていますが、リン酸という小さな目印が過剰に付きすぎる(過剰リン酸化)と微小管から外れて固まり、アルツハイマー病をはじめとする一群の病気(タウオパチー)を引き起こします。このタウにリン酸を付ける酵素が「タウキナーゼ」です。本記事では、タウとは何か、タウキナーゼによるリン酸化がなぜ病気につながるのか、そして最新の血液検査や治療薬までを、遺伝専門医の視点でやさしく解説します。
Q. タウタンパク質とは何をするタンパク質ですか?まず結論だけ知りたいです
A. タウは、神経細胞の骨組みである微小管を安定させ、軸索の中の物流を支える「微小管結合タンパク質」です。設計図は17番染色体のMAPT遺伝子で、タウキナーゼという酵素によるリン酸化で働きが細かく調節されています。この調節が崩れて過剰にリン酸化されると、タウは微小管から外れて固まり、神経原線維変化(かたまり)をつくって神経を傷つけます。これがアルツハイマー病などのタウオパチーに共通する仕組みです。
- ➤タウの正体 → MAPT遺伝子がつくる微小管結合タンパク質。成人脳では6種類のアイソフォームが使い分けられる
- ➤病気になる仕組み → タウキナーゼによる過剰リン酸化で微小管から外れ、凝集して神経原線維変化になる
- ➤疾患ごとの個性 → クライオ電子顕微鏡で、病気ごとにタウのかたまりの形(フォールド)が違うことが判明
- ➤最新の診断 → 血液のp-tau217とeMTBR-tau243で、脳の病理を採血だけで推定できる時代に
- ➤治療の最前線 → タウを減らすASO、伝播を止める抗体、免疫をつくるワクチンなど複数の治療戦略が臨床開発中
🧬 タウタンパク質の基本情報
各項目の根拠と詳しい解説は、本文の該当セクションをご覧ください。
1. タウタンパク質とMAPT遺伝子 ─ 神経細胞を支える「留め具」の設計図
タウは、脳の神経細胞にたくさんある微小管という細い管に結びついて、その管を安定させたり、まっすぐ束ねたりするタンパク質です。微小管は細胞のなかで「物流のレール」として働いており、栄養やミトコンドリアといった荷物を、細胞の中心から軸索の先まで運ぶための土台になっています。タウはこのレールを丈夫に保つ「留め具」のような存在で、正式には微小管結合タンパク質(MAP)と呼ばれる仲間の一つです。
タウの設計図であるMAPT遺伝子は、17番染色体の長腕、17q21.31という場所にあります。全部で16個のエキソン(設計図の部品)から成り立っており、これらを組み合わせて読み取ることで、発達段階や組織ごとに少しずつ違ったタウがつくり分けられています[1]。1つの遺伝子から複数のタンパク質をつくり分けるこの仕組みを選択的スプライシングといいます。
💡 用語解説:微小管結合タンパク質(MAP)
微小管にくっついて、その形や動き、丈夫さを調整するタンパク質の総称です。タウはその代表格で、ほかにもさまざまなMAPが知られています。微小管の上を歩いて荷物を運ぶキネシンやダイニンとは役割が異なり、タウはレールそのものを整える側の裏方です。
タウは本来、決まった立体構造をもたない天然変性タンパク質(IDP)です。ふにゃふにゃとした紐のような分子で、状況に応じて形を変えられる柔らかさが、その働きの鍵になっています。この柔らかさは正常なときには利点ですが、あとで見るように、条件が変わると固まって病気の原因にもなり得る、いわば諸刃の剣でもあります。
2. 6つのアイソフォームと「3R・4R」という重要な区別
成人の脳では、MAPT遺伝子から主に6種類のタウがつくり分けられています[1]。この6種類は、2つのものさしで整理できます。1つはN末端側にある短い挿入部分の数(0N・1N・2N)、もう1つはC末端側にある微小管結合リピート(MTBR)の数です。このリピートが3つのものを「3Rタウ」、4つのものを「4Rタウ」と呼びます。4Rタウはエキソン10という部品が組み込まれることで、リピートが1つ増えたものです。
ここで大切なのが、健康な成人の大脳皮質では、3Rタウと4Rタウがおよそ1対1の比率に保たれているという点です[1]。このバランスが崩れることはタウオパチーの発症と関連します。とくにMAPT遺伝子のイントロン10に起こる特定の変異(+3や+16などと呼ばれます)は、4Rタウを相対的に増やす方向に働き、前頭側頭型認知症の一型(FTDP-17)の原因になります[2]。3Rと4Rのどちらが病変にたまるかは、あとで述べるように、病気の種類を見分ける手がかりにもなります。
3. タウはどうやって微小管を支えているのか
タウが微小管に結合するときの様子は、核磁気共鳴(NMR)やクライオ電子顕微鏡(Cryo-EM)という技術で細かく調べられてきました。タウはチューブリン(微小管の材料になるタンパク質)が2つ組んだ境目に沿って、細長く引き伸ばされた形でくっつきます[3]。ちょうど、レンガとレンガの継ぎ目にモルタルを塗り込んで壁を丈夫にするようなイメージで、タウが継ぎ目を橋渡しすることで微小管という管全体が安定します。
🔬 タウが微小管を安定させるしくみ(模式図)
二量体
二量体
二量体
二量体
固体NMRを使った研究では、4つのリピート(MTBR)に加えて、そのすぐ隣にある「R’ドメイン」と呼ばれる領域が、結合の主役として際立って重要だとわかってきました[4]。タウが不安定な微小管と一緒になるとき、他のリピートは動きが増えて信号が消えていくのに対し、このR’ドメインだけはしっかり固定されたまま動きません[4]。R’ドメインは電荷をもつアミノ酸を最も多く含んでおり、この強い静電的な引き合いが、タウと微小管の結合を牽引していると考えられています[4]。

💡 R1〜R4とR′シュードリピート領域とは?
タウタンパク質のC末端側には、微小管との結合に重要な微小管結合リピート(microtubule-binding repeats:MTBR)があります。これらはR1・R2・R3・R4と呼ばれる、互いによく似た約31〜32アミノ酸の反復配列です。しかし4つはまったく同じ配列ではなく、それぞれ微小管への結合性や凝集への関わり方に違いがあります。
| 領域 | 特徴 |
|---|---|
| R1 | 最もN末端側にある微小管結合リピートです。R2をもたない3Rタウでも存在し、R3・R4などと協調して微小管との結合を支えます。 |
| R2 | 選択的スプライシングされるエクソン10にコードされる領域です。R2を含むものが4Rタウ、R2を含まないものが3Rタウです。そのためR2の有無は3R/4Rタウを分ける決定的な違いです。 |
| R3 | 微小管結合に重要であると同時に、タウ凝集にも深く関わる領域です。R3にはPHF6モチーフ(VQIVYK)があり、βシート形成やタウ線維形成の重要な核となります。 |
| R4 | 最もC末端側の正式な微小管結合リピートです。R4にも凝集に関係する配列があり、R3とともに多くの病的タウ線維のコア形成に関与します。 |
| R′ | R4のさらにC末端側に続くシュードリピート(pseudo-repeat:擬似反復)領域です。R1〜R4の正式な4リピートには数えませんが、微小管に結合したタウでは重要な相互作用領域となり、荷電アミノ酸を介したチューブリンとの静電的相互作用に関与すると考えられています[4]。 |
特に重要なのがR2の有無です。成人脳のタウには、R1・R3・R4の3つをもつ3Rタウと、R1・R2・R3・R4の4つすべてをもつ4Rタウがあります。つまり「3R」「4R」という名称は、タウ分子全体の種類ではなく、微小管結合リピートを3個もつか4個もつかを表しています。
また、R1〜R4は単なる「微小管への接着部分」ではありません。とくにR2とR3にはタウ同士が集まる性質に関係する配列があり、R3のPHF6(VQIVYK)などは病的なタウ線維形成にも重要です。このため、微小管への正常な結合と病的なタウ凝集の両方に関わる領域でもあります。
上の図では、ピンク色がR′シュードリピート領域として強調されています。青色とピンク色は別々のタンパク質ではなく、どちらも同じ1本のタウタンパク質の異なる領域です。R1〜R4と、その隣にあるR′領域がチューブリン表面と複数の接点をつくることで、タウは微小管に結合します。
興味深いのは、タウが微小管に結合しているときでも、リピートとリピートのあいだの領域は柔らかさを保っているという点です[5]。つまりタウは、全体が1つの硬いブロックに折りたたまれて微小管に貼りつくのではなく、要所だけをしっかり留めつつ、残りはしなやかなまま結合しています。このしなやかさが、レールの上を荷物が通るのを邪魔しない工夫にもなっていると考えられます。
4. タウキナーゼとリン酸化 ─ 病気への分かれ道
タウの働きは、リン酸化という化学的な修飾によって細かく調節されています。リン酸化とは、タンパク質の特定の場所に「リン酸基」という小さな目印を付けたり外したりすることです。タウの分子には、リン酸が付きうる場所(セリン・スレオニン・チロシン)が全体で約85カ所あり、これは全アミノ酸のおよそ2割にあたります[6]。
💡 用語解説:タウキナーゼとホスファターゼ
タンパク質にリン酸を付ける酵素をキナーゼ(リン酸化酵素)、外す酵素をホスファターゼ(脱リン酸化酵素)といいます。タウを標的にするキナーゼが「タウキナーゼ」です。付ける側と外す側がシーソーのようにつり合うことで、タウのリン酸化はちょうどよく保たれています。
正常な脳では、タウ1分子あたり2〜3個ほどのリン酸が付いた状態が保たれており、これが微小管をうまく束ねる最適なバランスとされています。ところが、タウキナーゼの働きが強まりすぎたり、ホスファターゼ(とくにPP2A)の働きが弱まったりしてこのシーソーが傾くと、タウは過剰にリン酸化された状態に陥ります。すると微小管から外れて浮遊し、外れたタウどうしが集まって固まりやすくなってしまうのです。
タウキナーゼは、標的の配列によって大きく2つのグループに分けられます。1つは、セリンやスレオニンのすぐ後ろにプロリンが続く場所を狙う「プロリン指向性」のグループで、GSK-3β・CDK5・MAPKなどが含まれます[7]。もう1つはプロリンに関係なくリン酸化する「非プロリン指向性」のグループで、MARK/PAR-1、PKA、DYRK1A、カゼインキナーゼなどがあります。とくにMARK4はSer262という場所をリン酸化して、タウを微小管から強力に引きはがすことが知られています[6]。
アルツハイマー病でとくによく研究されているのが、GSK-3βとCDK5という2つのキナーゼです[8]。この2つは立体構造が驚くほど似ています。CDK5はふだんp35やp39という相棒によって活性化されますが、神経にストレスがかかるとp35がカルパインという酵素で切られ、より強く長く働く「p25」という異常な相棒が生まれます[8]。このp25はCDK5だけでなくGSK-3βにも結びついて、タウの過剰リン酸化を後押しすることが報告されています[9]。
さらにGSK-3βがしっかり働くには、別のキナーゼによる「下準備(プライミング)」が必要な場合があります。たとえばPKAが先にリン酸を付けておくと、GSK-3βはThr181・Ser199・Thr231といった場所を効率よくリン酸化できるようになります[8]。ダウン症候群では21番染色体にあるDYRK1Aが過剰に働き、これがThr212のリン酸化を通じてGSK-3βの下準備役になることも指摘されています[10]。こうして複数の酵素がリレーのようにつながり、タウのリン酸化が積み重なっていきます。
5. 高リン酸化は必ず病気ではない ─ 生理的な調節とPin1
意外に思われるかもしれませんが、タウの高いリン酸化は、いつも病気を意味するわけではありません。じつは、からだが状況に合わせて使う正常な調節でもあります。たとえば胎児期の脳では、神経回路づくりが盛んな時期に、タウはアルツハイマー病の脳とよく似た場所(Thr181・Ser199・Thr231など)で一時的に高くリン酸化されています。しかし発達が完了してホスファターゼの働きが高まると、もとの落ち着いた状態へと戻り、固まることはありません[11]。
さらに劇的な例が、冬眠する動物です。シリアンハムスターやクマなどでは、体温が下がって代謝が落ちるあいだにホスファターゼの働きが抑えられ、タウはアルツハイマー病並みに高くリン酸化されます。ところが目覚めて体温が戻ると、固まることなくすみやかにリン酸が外れ、もとに戻ります[11]。つまり「高リン酸化そのもの」が悪いのではなく、それが元に戻せるかどうかが、生理的な調節と病気の分かれ道なのです。
この分かれ道で重要な役割を担うのが、Pin1というプロリル異性化酵素です[12]。リン酸化されたタウの一部は、「シス型」と「トランス型」という2つの立体的な向きをとります。この切り替え(異性化)は自然にはとても遅いのですが、Pin1はここに結びついて反応を大きく加速させます[13]。多くのホスファターゼや分解のしくみは、タウがトランス型であることを前提に働くため、Pin1がきちんとトランス型へ変換して初めて、タウは正しくリン酸を外され、リサイクルの経路に乗れます[13]。
アルツハイマー病では、酸化ストレスなどによってこのPin1の働きが低下してしまい、タウが固まりやすい「シス型」のまま細胞内にたまっていくと考えられています[12]。生理的な高リン酸化と、病気につながる不可逆的な蓄積とを隔てるスイッチが、このPin1というわけです。
6. 液液相分離(LLPS)─ 固まる前の「液の粒」という前段階
近年の大きな発見が、タウが固いかたまりになる前に、いったん液の粒(液滴)をつくる段階を経ることが分かってきたことです。これは液液相分離(LLPS)と呼ばれる現象で、水のなかに油が粒として分かれるように、細胞内でタンパク質が高濃度の液の相へと自発的に集まります[14]。膜に包まれていないのに機能的なまとまりをつくる、いわば「膜のない小部屋」です。
タウは、分子のなかのプラスに帯電した部分とマイナスに帯電した部分が引き合うことで、単独でも液滴をつくります。さらにRNAのようなマイナス電荷をもつ分子が加わると、タウとRNAが一緒になってより安定した液滴をつくることも分かっています[15]。この段階まではまだ「液体」なので流動性があり、可逆的です。
問題は、この液滴が時間とともに、あるいは病気に関わる変異(P301Lなど)やリン酸化の影響で、だんだん流動性を失ってゼリー状になり、最終的にアミロイド様の固い線維へと変わっていくことです。これを「液体から固体への相転移(Liquid-to-Solid Transition)」といいます[14]。いったん固い線維になると、もとの状態には戻りにくくなります。
🧊 タウが固まるまでの4段階
このLLPSを強力に後押しする因子として同定されたのが、金属の亜鉛(Zn²⁺)です[16]。マンガン・鉄・銅など他の金属イオンにはこの作用が見られず、亜鉛だけがタウの複数の結合部位に働いて、液滴ができ始める濃度をぐっと下げます[16]。アルツハイマー病の脳では亜鉛濃度が高まっていることが知られており、亜鉛が誘発するLLPSがミトコンドリアの傷害や酸化ストレスを強め、神経への毒性を悪化させる仕組みが報告されています[17]。現在は、この相転移を抑える小分子化合物の探索も進んでいますが、いずれも研究段階であり、確立した治療薬ではありません。
7. 「1つの構造=1つの疾患」─ クライオ電子顕微鏡が見せた個性
タウがつくる病的なかたまり(神経原線維変化)の立体構造は、クライオ電子顕微鏡(Cryo-EM)の進歩によって、患者さんの死後脳から取り出した試料で原子レベルまで解明されました。その結果わかったのは、タウオパチーごとに、タウのかたまりが特徴的な折りたたみ構造(フォールド)をとるという驚くべき事実です[18]。同じタウというタンパク質なのに、病気ごとに固まり方の「指紋」が異なるのです。
この「1つの構造=1つの疾患」という考え方は、タウオパチーを構造にもとづいて分類し直す道をひらきました[18]。しかも、MAPTのイントロン10変異(+3・+16)でできるタウのかたまりは、AGDのフォールドと同一であることも示されており、4Rタウが相対的に増えることが、その折りたたみを生み出すという遺伝的な裏づけにもなっています[18]。こうした構造の解明は、脳の中のタウを画像で見るタウPETのプローブ開発にもつながっています。
8. なぜ神経が傷つくのか ─「毒性の獲得」か「働きの喪失」か
タウがどうやって神経を傷つけるのかについては、大きく2つの考え方が議論されてきました。1つは「毒性機能獲得」、つまり固まったタウが新たに毒性をもつという見方です。GWAS(ゲノム全体を調べる解析)で見つかるMAPTの変異の多くが機能を強める型であることや、タウのかたまりが直接シナプスに毒性を示すことから、この見方が長く病態の主役とされてきました[19]。病的なタウはアミロイドβなど他のタンパク質とも相乗的に作用し、脳の炎症を悪化させることも分かっています[19]。
もう1つは「生理的機能喪失」、つまりタウが微小管から外れてしまうことで、本来の「レールを支える」役目が果たせなくなるという見方です。タウを欠いた動物モデルでは微小管の密度が下がり、軸索輸送がうまくいかなくなることが確認されており、シナプスへのミトコンドリア供給が絶たれて神経が弱っていくと考えられています[20]。近年は、この「働きの喪失」の側面も改めて重視されるようになりました。
現在の一般的な理解は、これら「獲得」と「喪失」の両方が絡み合って病気を進めるというものです。どちらか一方だけでは説明しきれない、というのが多くの研究者の見方です。この二面性は、あとで述べる治療戦略の考え方にも直結しています。
9. 採血でわかる時代へ ─ 血漿バイオマーカー
これまで、脳のなかのタウ病理を正確に知るには、腰から髄液を採る検査(脳脊髄液検査)や、高価なタウPET検査が必要でした。しかし近年、非常に感度の高い測定技術の進歩によって、採血だけで脳の状態を推定できるバイオマーカーが臨床の最前線に登場しました。
いま研究をリードしているのが、血漿のp-tau217と、タウの微小管結合領域の断片であるeMTBR-tau243という2つの指標です。p-tau217は、アミロイドβの蓄積によって間接的に引き起こされる早い段階のリン酸化を反映します。血漿p-tau217は、アミロイドPETの陽性・陰性を非常に高い精度で予測でき、アミロイド病理の有無を調べる第一線のふるい分けの道具として働いています[21]。
一方のeMTBR-tau243は、細胞のなかでタウが線維化するときに切り出されて放出される断片で、実際の不溶性のタウのかたまり(神経原線維変化)の量や、認知機能の悪化と強く相関します[22]。つまり、p-tau217が「病気の入り口」を、eMTBR-tau243が「たまり具合」を映すという役割分担です。
この2つを組み合わせると、PET検査に匹敵する精度(C指数 0.91)で、アルツハイマー病の生物学的な進み具合を段階分けできることが示されています[23]。関連する研究では、こうした血液指標を先に使うことで、高価なPET検査の必要性を大きく減らせる可能性も報告されています[24]。ただしこれらは主に研究や臨床試験の場で活用が進んでいる段階で、実際の診療にどう位置づけるかは今後さらに整理されていく分野です。
10. タウを標的にした最新の治療戦略
これまで治療薬の開発はアミロイドβを標的にしたもの(レカネマブやドナネマブなど)が先行してきましたが、認知機能の低下とより直接的に相関するタウを狙った「疾患修飾薬」の臨床試験も急速に進んでいます[25]。アプローチの異なる複数の方法が臨床開発されています。
① タウを減らす ─ アンチセンスオリゴヌクレオチド(ASO)
脳のなかのタウの総量そのものを減らして、毒性の元を上流から断つ方法です。アンチセンスオリゴヌクレオチド(ASO)のBIIB080は、MAPTの設計図(プレmRNA)に結びついて分解を促し、タウがつくられるのを強力に抑えます[25]。軽度アルツハイマー病の患者を対象とした初期の試験では、髄液中の総タウやリン酸化タウを、用量に応じて長期間減らすという結果が示されました[26]。より大規模な試験が進行中です。核酸医薬という新しい薬のかたちの一つです。
② 伝播を止める ─ 抗タウ・モノクローナル抗体
病的なタウは、隣の神経へ「種(シード)」のように広がっていきます。この種を捕まえて中和するのがモノクローナル抗体のアプローチです。初期の抗体の多くはタウのN末端を狙っていましたが有効性を示せず開発中止が相次ぎ、いまは標的の見直しが進んでいます[19]。その代表がエタラネツグ(E2814)で、タウの伝播の中核をなす微小管結合領域(MTBR)を狙う抗体です[27]。優性遺伝アルツハイマー病を対象とした第1b/2相試験(Study 103)では、髄液中のMTBR-tau243が最大71.6%、p-tau217が108週時点で57.9%低下するという強い標的関与が示されました[27]。現在は早期アルツハイマー病を対象に、アミロイド抗体レカネマブと併用する試験も進んでいます。
③ 免疫をつくる ─ タウ・ワクチン
抗体を頻回に投与する負担を減らすため、患者さん自身の免疫の力で抗タウ抗体をつくらせるワクチン(能動免疫)も進んでいます。いま注目されているのがACI-35.030で、リポソーム技術を使ってリン酸化タウ(p-tau396/404)の配列を提示するワクチンです[28]。初期の試験では、病的なリン酸化タウに対する抗体が速やかに、かつ持続的につくられ、一方で正常なタウに対する反応は抑えられたことから、正常なタウの働きを損なわずに病的タウだけを狙える可能性が示されました[29]。現在は発症前の段階の人を対象とした大規模試験へと進んでいます。
これらはいずれも研究・臨床試験の段階であり、現時点で確立した治療として使えるものではありません。効果や安全性の最終的な評価はこれからで、最新の状況は専門機関でご確認ください。
11. よくある誤解
誤解①「タウのリン酸化はすべて悪いもの」
胎児期の脳や冬眠中の動物では、タウはアルツハイマー病並みに高くリン酸化されますが、元に戻せるため固まりません。問題は高リン酸化そのものではなく、それが元に戻せなくなることです。
誤解②「タウオパチーはどれも同じ病気」
クライオ電子顕微鏡で、病気ごとにタウのかたまりが特徴的な折りたたみ構造(フォールド)をとることが分かりました。アルツハイマー病、ピック病、CBD、PSPは、同じタウでも「別の固まり方」をする別の病気です。
誤解③「タウの病気はすべて遺伝する」
MAPT変異による家族性のタイプ(FTDP-17など)は一部で、多くのタウオパチーは加齢や環境も関わる多因子性です。遺伝子変異がある=必ず発症、という単純な関係ではありません。
誤解④「タウを減らす薬がもう使える」
ASO・抗体・ワクチンはいずれも臨床試験の段階です。有望な結果は出ていますが、確立した治療薬として一般に使える段階ではありません。最新情報は専門機関でご確認ください。
よくある質問(FAQ)
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アルツハイマー病・前頭側頭型認知症・パーキンソン病など
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