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タウタンパク質とは?タウキナーゼによるリン酸化とアルツハイマー病・タウオパチーを遺伝専門医が解説

仲田洋美 医師

この記事の監修:仲田洋美(臨床遺伝専門医)

のべ10万人以上の意思決定に伴走。国際医療誌『Medical Care Review APAC』『Global Woman Leader』の2誌で表紙を飾り、「Top Prenatal Testing Service in APAC 2025」に選出されるなど、世界基準の遺伝医療を提供。

タウ(tau)は、脳の神経細胞のなかで「微小管」という細い管を支える留め具のような役割をもつタンパク質です。ふだんは神経の中で軸索を丈夫に保ち、物流のレールを整えていますが、リン酸という小さな目印が過剰に付きすぎる(過剰リン酸化)と微小管から外れて固まり、アルツハイマー病をはじめとする一群の病気(タウオパチー)を引き起こします。このタウにリン酸を付ける酵素が「タウキナーゼ」です。本記事では、タウとは何か、タウキナーゼによるリン酸化がなぜ病気につながるのか、そして最新の血液検査や治療薬までを、遺伝専門医の視点でやさしく解説します。

この記事でわかること
📖 読了時間:約18分
🧬 微小管・リン酸化・タウオパチー
臨床遺伝専門医監修

Q. タウタンパク質とは何をするタンパク質ですか?まず結論だけ知りたいです

A. タウは、神経細胞の骨組みである微小管を安定させ、軸索の中の物流を支える「微小管結合タンパク質」です。設計図は17番染色体のMAPT遺伝子で、タウキナーゼという酵素によるリン酸化で働きが細かく調節されています。この調節が崩れて過剰にリン酸化されると、タウは微小管から外れて固まり、神経原線維変化(かたまり)をつくって神経を傷つけます。これがアルツハイマー病などのタウオパチーに共通する仕組みです。

  • タウの正体 → MAPT遺伝子がつくる微小管結合タンパク質。成人脳では6種類のアイソフォームが使い分けられる
  • 病気になる仕組み → タウキナーゼによる過剰リン酸化で微小管から外れ、凝集して神経原線維変化になる
  • 疾患ごとの個性 → クライオ電子顕微鏡で、病気ごとにタウのかたまりの形(フォールド)が違うことが判明
  • 最新の診断 → 血液のp-tau217とeMTBR-tau243で、脳の病理を採血だけで推定できる時代に
  • 治療の最前線 → タウを減らすASO、伝播を止める抗体、免疫をつくるワクチンなど複数の治療戦略が臨床開発中

🧬 タウタンパク質の基本情報

項目 内容
タンパク質名 タウ(tau)/微小管結合タンパク質(MAP)の一種
遺伝子名 MAPT(Microtubule-Associated Protein Tau)
染色体上の位置 17番染色体長腕 17q21.31
主なはたらき 隣り合う微小管を安定化し、軸索の物流(軸索輸送)を支える。細胞内シグナル伝達にも関わる
主な発現部位 中枢神経系のニューロン(とくに軸索)/末梢神経では高分子量の「Big Tau」
アイソフォーム 成人脳で6種類(0N/1N/2N × 3R/4R)。健常成人では3R:4R ≒ 1:1
代表的な関連疾患 アルツハイマー病、進行性核上性麻痺(PSP)、大脳皮質基底核変性症(CBD)、ピック病、前頭側頭型認知症(FTDP-17)など
遺伝との関わり MAPTのイントロン10変異(+3・+16など)は4Rタウを相対的に増やしFTDP-17の原因に。H1ハプロタイプはPSP・CBDのリスク

各項目の根拠と詳しい解説は、本文の該当セクションをご覧ください。

1. タウタンパク質とMAPT遺伝子 ─ 神経細胞を支える「留め具」の設計図

タウは、脳の神経細胞にたくさんある微小管という細い管に結びついて、その管を安定させたり、まっすぐ束ねたりするタンパク質です。微小管は細胞のなかで「物流のレール」として働いており、栄養やミトコンドリアといった荷物を、細胞の中心から軸索の先まで運ぶための土台になっています。タウはこのレールを丈夫に保つ「留め具」のような存在で、正式には微小管結合タンパク質(MAP)と呼ばれる仲間の一つです。

タウの設計図であるMAPT遺伝子は、17番染色体の長腕、17q21.31という場所にあります。全部で16個のエキソン(設計図の部品)から成り立っており、これらを組み合わせて読み取ることで、発達段階や組織ごとに少しずつ違ったタウがつくり分けられています[1]。1つの遺伝子から複数のタンパク質をつくり分けるこの仕組みを選択的スプライシングといいます。

💡 用語解説:微小管結合タンパク質(MAP)

微小管にくっついて、その形や動き、丈夫さを調整するタンパク質の総称です。タウはその代表格で、ほかにもさまざまなMAPが知られています。微小管の上を歩いて荷物を運ぶキネシンダイニンとは役割が異なり、タウはレールそのものを整える側の裏方です。

タウは本来、決まった立体構造をもたない天然変性タンパク質(IDP)です。ふにゃふにゃとした紐のような分子で、状況に応じて形を変えられる柔らかさが、その働きの鍵になっています。この柔らかさは正常なときには利点ですが、あとで見るように、条件が変わると固まって病気の原因にもなり得る、いわば諸刃の剣でもあります。

2. 6つのアイソフォームと「3R・4R」という重要な区別

成人の脳では、MAPT遺伝子から主に6種類のタウがつくり分けられています[1]。この6種類は、2つのものさしで整理できます。1つはN末端側にある短い挿入部分の数(0N・1N・2N)、もう1つはC末端側にある微小管結合リピート(MTBR)の数です。このリピートが3つのものを「3Rタウ」、4つのものを「4Rタウ」と呼びます。4Rタウはエキソン10という部品が組み込まれることで、リピートが1つ増えたものです。

アイソフォーム アミノ酸長 特徴
0N3R(胎児型) 352アミノ酸 胎児期や神経がつくられる時期に単独で多く出る。微小管を安定させる力は最も弱い
1N3R 381アミノ酸 成人脳で多くを占める1N型の一つ
2N3R 410アミノ酸 エキソン3の組み込みはエキソン2があって初めて起こる
0N4R 383アミノ酸 成人脳で発現。エキソン10が入り第2リピートが加わる
1N4R 412アミノ酸 成人脳で発現
2N4R 441アミノ酸 ヒト脳で最も長い。微小管をつくる力が最も強い

ここで大切なのが、健康な成人の大脳皮質では、3Rタウと4Rタウがおよそ1対1の比率に保たれているという点です[1]。このバランスが崩れることはタウオパチーの発症と関連します。とくにMAPT遺伝子のイントロン10に起こる特定の変異(+3や+16などと呼ばれます)は、4Rタウを相対的に増やす方向に働き、前頭側頭型認知症の一型(FTDP-17)の原因になります[2]。3Rと4Rのどちらが病変にたまるかは、あとで述べるように、病気の種類を見分ける手がかりにもなります。

仲田洋美院長

🩺 院長コラム【「遺伝子は同じでも、できるタンパク質は1つではない」】

遺伝子と病気の話をするとき、「1つの遺伝子=1つのタンパク質」と考えられがちです。でもタウは、たった1つのMAPT遺伝子から、部品の組み合わせを変えて6種類もつくり分けられます。しかも、どれが多いかで微小管を支える力まで変わってきます。生き物のからだは、こうした「使い分け」で限られた遺伝子から豊かな機能を引き出しています。

この使い分けのバランスが少し狂うだけで病気につながる、というのがタウの奥深いところです。遺伝子検査でMAPTの変化が見つかったとき、それが「タンパク質のつくり分け」にどう影響するのかまで踏み込んで考えることが、結果を正しく読むうえで欠かせません。単に変化のあるなしだけでなく、その意味まで一緒に整理していくのが遺伝カウンセリングの役割だと考えています。

3. タウはどうやって微小管を支えているのか

タウが微小管に結合するときの様子は、核磁気共鳴(NMR)やクライオ電子顕微鏡(Cryo-EM)という技術で細かく調べられてきました。タウはチューブリン(微小管の材料になるタンパク質)が2つ組んだ境目に沿って、細長く引き伸ばされた形でくっつきます[3]。ちょうど、レンガとレンガの継ぎ目にモルタルを塗り込んで壁を丈夫にするようなイメージで、タウが継ぎ目を橋渡しすることで微小管という管全体が安定します。

🔬 タウが微小管を安定させるしくみ(模式図)

タウ(細長く伸びた形で結合)
↓ 継ぎ目を橋渡し
チューブリン
二量体
チューブリン
二量体
チューブリン
二量体
チューブリン
二量体
微小管が安定し、軸索輸送のレールが保たれる

固体NMRを使った研究では、4つのリピート(MTBR)に加えて、そのすぐ隣にある「R’ドメイン」と呼ばれる領域が、結合の主役として際立って重要だとわかってきました[4]。タウが不安定な微小管と一緒になるとき、他のリピートは動きが増えて信号が消えていくのに対し、このR’ドメインだけはしっかり固定されたまま動きません[4]。R’ドメインは電荷をもつアミノ酸を最も多く含んでおり、この強い静電的な引き合いが、タウと微小管の結合を牽引していると考えられています[4]

タウタンパク質の微小管結合領域(R1–R4)とR′シュードリピート領域がチューブリン二量体に結合し、静電的相互作用によって微小管を安定化する模式図

💡 R1〜R4とR′シュードリピート領域とは?

タウタンパク質のC末端側には、微小管との結合に重要な微小管結合リピート(microtubule-binding repeats:MTBR)があります。これらはR1・R2・R3・R4と呼ばれる、互いによく似た約31〜32アミノ酸の反復配列です。しかし4つはまったく同じ配列ではなく、それぞれ微小管への結合性や凝集への関わり方に違いがあります。

領域 特徴
R1 最もN末端側にある微小管結合リピートです。R2をもたない3Rタウでも存在し、R3・R4などと協調して微小管との結合を支えます。
R2 選択的スプライシングされるエクソン10にコードされる領域です。R2を含むものが4Rタウ、R2を含まないものが3Rタウです。そのためR2の有無は3R/4Rタウを分ける決定的な違いです。
R3 微小管結合に重要であると同時に、タウ凝集にも深く関わる領域です。R3にはPHF6モチーフ(VQIVYK)があり、βシート形成やタウ線維形成の重要な核となります。
R4 最もC末端側の正式な微小管結合リピートです。R4にも凝集に関係する配列があり、R3とともに多くの病的タウ線維のコア形成に関与します。
R′ R4のさらにC末端側に続くシュードリピート(pseudo-repeat:擬似反復)領域です。R1〜R4の正式な4リピートには数えませんが、微小管に結合したタウでは重要な相互作用領域となり、荷電アミノ酸を介したチューブリンとの静電的相互作用に関与すると考えられています[4]

特に重要なのがR2の有無です。成人脳のタウには、R1・R3・R4の3つをもつ3Rタウと、R1・R2・R3・R4の4つすべてをもつ4Rタウがあります。つまり「3R」「4R」という名称は、タウ分子全体の種類ではなく、微小管結合リピートを3個もつか4個もつかを表しています。

また、R1〜R4は単なる「微小管への接着部分」ではありません。とくにR2とR3にはタウ同士が集まる性質に関係する配列があり、R3のPHF6(VQIVYK)などは病的なタウ線維形成にも重要です。このため、微小管への正常な結合と病的なタウ凝集の両方に関わる領域でもあります。

上の図では、ピンク色がR′シュードリピート領域として強調されています。青色とピンク色は別々のタンパク質ではなく、どちらも同じ1本のタウタンパク質の異なる領域です。R1〜R4と、その隣にあるR′領域がチューブリン表面と複数の接点をつくることで、タウは微小管に結合します。

興味深いのは、タウが微小管に結合しているときでも、リピートとリピートのあいだの領域は柔らかさを保っているという点です[5]。つまりタウは、全体が1つの硬いブロックに折りたたまれて微小管に貼りつくのではなく、要所だけをしっかり留めつつ、残りはしなやかなまま結合しています。このしなやかさが、レールの上を荷物が通るのを邪魔しない工夫にもなっていると考えられます。

4. タウキナーゼとリン酸化 ─ 病気への分かれ道

タウの働きは、リン酸化という化学的な修飾によって細かく調節されています。リン酸化とは、タンパク質の特定の場所に「リン酸基」という小さな目印を付けたり外したりすることです。タウの分子には、リン酸が付きうる場所(セリン・スレオニン・チロシン)が全体で約85カ所あり、これは全アミノ酸のおよそ2割にあたります[6]

💡 用語解説:タウキナーゼとホスファターゼ

タンパク質にリン酸を付ける酵素をキナーゼ(リン酸化酵素)、外す酵素をホスファターゼ(脱リン酸化酵素)といいます。タウを標的にするキナーゼが「タウキナーゼ」です。付ける側と外す側がシーソーのようにつり合うことで、タウのリン酸化はちょうどよく保たれています。

正常な脳では、タウ1分子あたり2〜3個ほどのリン酸が付いた状態が保たれており、これが微小管をうまく束ねる最適なバランスとされています。ところが、タウキナーゼの働きが強まりすぎたり、ホスファターゼ(とくにPP2A)の働きが弱まったりしてこのシーソーが傾くと、タウは過剰にリン酸化された状態に陥ります。すると微小管から外れて浮遊し、外れたタウどうしが集まって固まりやすくなってしまうのです。

タウキナーゼは、標的の配列によって大きく2つのグループに分けられます。1つは、セリンやスレオニンのすぐ後ろにプロリンが続く場所を狙う「プロリン指向性」のグループで、GSK-3β・CDK5・MAPKなどが含まれます[7]。もう1つはプロリンに関係なくリン酸化する「非プロリン指向性」のグループで、MARK/PAR-1、PKA、DYRK1A、カゼインキナーゼなどがあります。とくにMARK4はSer262という場所をリン酸化して、タウを微小管から強力に引きはがすことが知られています[6]

アルツハイマー病でとくによく研究されているのが、GSK-3βCDK5という2つのキナーゼです[8]。この2つは立体構造が驚くほど似ています。CDK5はふだんp35やp39という相棒によって活性化されますが、神経にストレスがかかるとp35がカルパインという酵素で切られ、より強く長く働く「p25」という異常な相棒が生まれます[8]。このp25はCDK5だけでなくGSK-3βにも結びついて、タウの過剰リン酸化を後押しすることが報告されています[9]

さらにGSK-3βがしっかり働くには、別のキナーゼによる「下準備(プライミング)」が必要な場合があります。たとえばPKAが先にリン酸を付けておくと、GSK-3βはThr181・Ser199・Thr231といった場所を効率よくリン酸化できるようになります[8]。ダウン症候群では21番染色体にあるDYRK1Aが過剰に働き、これがThr212のリン酸化を通じてGSK-3βの下準備役になることも指摘されています[10]。こうして複数の酵素がリレーのようにつながり、タウのリン酸化が積み重なっていきます。

5. 高リン酸化は必ず病気ではない ─ 生理的な調節とPin1

意外に思われるかもしれませんが、タウの高いリン酸化は、いつも病気を意味するわけではありません。じつは、からだが状況に合わせて使う正常な調節でもあります。たとえば胎児期の脳では、神経回路づくりが盛んな時期に、タウはアルツハイマー病の脳とよく似た場所(Thr181・Ser199・Thr231など)で一時的に高くリン酸化されています。しかし発達が完了してホスファターゼの働きが高まると、もとの落ち着いた状態へと戻り、固まることはありません[11]

さらに劇的な例が、冬眠する動物です。シリアンハムスターやクマなどでは、体温が下がって代謝が落ちるあいだにホスファターゼの働きが抑えられ、タウはアルツハイマー病並みに高くリン酸化されます。ところが目覚めて体温が戻ると、固まることなくすみやかにリン酸が外れ、もとに戻ります[11]。つまり「高リン酸化そのもの」が悪いのではなく、それが元に戻せるかどうかが、生理的な調節と病気の分かれ道なのです。

この分かれ道で重要な役割を担うのが、Pin1というプロリル異性化酵素です[12]。リン酸化されたタウの一部は、「シス型」と「トランス型」という2つの立体的な向きをとります。この切り替え(異性化)は自然にはとても遅いのですが、Pin1はここに結びついて反応を大きく加速させます[13]。多くのホスファターゼや分解のしくみは、タウがトランス型であることを前提に働くため、Pin1がきちんとトランス型へ変換して初めて、タウは正しくリン酸を外され、リサイクルの経路に乗れます[13]

アルツハイマー病では、酸化ストレスなどによってこのPin1の働きが低下してしまい、タウが固まりやすい「シス型」のまま細胞内にたまっていくと考えられています[12]。生理的な高リン酸化と、病気につながる不可逆的な蓄積とを隔てるスイッチが、このPin1というわけです。

6. 液液相分離(LLPS)─ 固まる前の「液の粒」という前段階

近年の大きな発見が、タウが固いかたまりになる前に、いったん液の粒(液滴)をつくる段階を経ることが分かってきたことです。これは液液相分離(LLPS)と呼ばれる現象で、水のなかに油が粒として分かれるように、細胞内でタンパク質が高濃度の液の相へと自発的に集まります[14]。膜に包まれていないのに機能的なまとまりをつくる、いわば「膜のない小部屋」です。

タウは、分子のなかのプラスに帯電した部分とマイナスに帯電した部分が引き合うことで、単独でも液滴をつくります。さらにRNAのようなマイナス電荷をもつ分子が加わると、タウとRNAが一緒になってより安定した液滴をつくることも分かっています[15]。この段階まではまだ「液体」なので流動性があり、可逆的です。

問題は、この液滴が時間とともに、あるいは病気に関わる変異(P301Lなど)やリン酸化の影響で、だんだん流動性を失ってゼリー状になり、最終的にアミロイド様の固い線維へと変わっていくことです。これを「液体から固体への相転移(Liquid-to-Solid Transition)」といいます[14]。いったん固い線維になると、もとの状態には戻りにくくなります。

🧊 タウが固まるまでの4段階

① 正常なタウ
微小管に結合
② 液の粒(LLPS)
流動的・可逆的
③ ゲル化
流動性が低下
④ 不溶性線維
神経原線維変化

このLLPSを強力に後押しする因子として同定されたのが、金属の亜鉛(Zn²⁺)です[16]。マンガン・鉄・銅など他の金属イオンにはこの作用が見られず、亜鉛だけがタウの複数の結合部位に働いて、液滴ができ始める濃度をぐっと下げます[16]。アルツハイマー病の脳では亜鉛濃度が高まっていることが知られており、亜鉛が誘発するLLPSがミトコンドリアの傷害や酸化ストレスを強め、神経への毒性を悪化させる仕組みが報告されています[17]。現在は、この相転移を抑える小分子化合物の探索も進んでいますが、いずれも研究段階であり、確立した治療薬ではありません。

7. 「1つの構造=1つの疾患」─ クライオ電子顕微鏡が見せた個性

タウがつくる病的なかたまり(神経原線維変化)の立体構造は、クライオ電子顕微鏡(Cryo-EM)の進歩によって、患者さんの死後脳から取り出した試料で原子レベルまで解明されました。その結果わかったのは、タウオパチーごとに、タウのかたまりが特徴的な折りたたみ構造(フォールド)をとるという驚くべき事実です[18]。同じタウというタンパク質なのに、病気ごとに固まり方の「指紋」が異なるのです。

対象疾患 たまるタウ フォールドの特徴
アルツハイマー病/PART 3R+4R 残基306〜378が「C字型」を形成(Alzheimer fold)。背中合わせに結合し線維をつくる。構造は共通だが、PARTはアミロイド病理を欠く点で臨床的に区別される
慢性外傷性脳症(CTE) 3R+4R ADに似たC字型だが、疎水性の空洞に由来未同定の非タンパク質分子を取り込む独自のCTE fold
ピック病 3Rのみ R1・R3・R4からなる引き伸ばされた独自のPick fold
大脳皮質基底核変性症(CBD)/AGD 4Rのみ 中心に非タンパク質性の密度を取り込む大きな「4層構造」
進行性核上性麻痺(PSP)/GGT 4Rのみ R2〜R4で構成される独自の「3層構造」

この「1つの構造=1つの疾患」という考え方は、タウオパチーを構造にもとづいて分類し直す道をひらきました[18]。しかも、MAPTのイントロン10変異(+3・+16)でできるタウのかたまりは、AGDのフォールドと同一であることも示されており、4Rタウが相対的に増えることが、その折りたたみを生み出すという遺伝的な裏づけにもなっています[18]。こうした構造の解明は、脳の中のタウを画像で見るタウPETのプローブ開発にもつながっています。

8. なぜ神経が傷つくのか ─「毒性の獲得」か「働きの喪失」か

タウがどうやって神経を傷つけるのかについては、大きく2つの考え方が議論されてきました。1つは「毒性機能獲得」、つまり固まったタウが新たに毒性をもつという見方です。GWAS(ゲノム全体を調べる解析)で見つかるMAPTの変異の多くが機能を強める型であることや、タウのかたまりが直接シナプスに毒性を示すことから、この見方が長く病態の主役とされてきました[19]。病的なタウはアミロイドβなど他のタンパク質とも相乗的に作用し、脳の炎症を悪化させることも分かっています[19]

もう1つは「生理的機能喪失」、つまりタウが微小管から外れてしまうことで、本来の「レールを支える」役目が果たせなくなるという見方です。タウを欠いた動物モデルでは微小管の密度が下がり、軸索輸送がうまくいかなくなることが確認されており、シナプスへのミトコンドリア供給が絶たれて神経が弱っていくと考えられています[20]。近年は、この「働きの喪失」の側面も改めて重視されるようになりました。

現在の一般的な理解は、これら「獲得」と「喪失」の両方が絡み合って病気を進めるというものです。どちらか一方だけでは説明しきれない、というのが多くの研究者の見方です。この二面性は、あとで述べる治療戦略の考え方にも直結しています。

仲田洋美院長

🩺 院長コラム【「原因は1つ」と決めつけない大切さ】

病気の説明では、つい「これが原因です」と1つに絞りたくなります。でもタウの神経変性は、固まったタウの毒性と、支えを失った微小管の弱りが、同時に進んでいく複合的なものです。片方だけを標的にしても、もう片方が残れば病気は進んでしまうかもしれません。

私は成人の遺伝性疾患やがんの領域で診療を続けてきましたが、どの病気でも「単純な因果」に見えて、実際は複数の要素が重なっていることが少なくありません。研究の途中経過を、確定した結論のようにお伝えしないこと。今わかっていることの輪郭を、わかっていない部分も含めて正確にお渡しすること。それが遺伝カウンセリングで私が大切にしている姿勢です。

9. 採血でわかる時代へ ─ 血漿バイオマーカー

これまで、脳のなかのタウ病理を正確に知るには、腰から髄液を採る検査(脳脊髄液検査)や、高価なタウPET検査が必要でした。しかし近年、非常に感度の高い測定技術の進歩によって、採血だけで脳の状態を推定できるバイオマーカーが臨床の最前線に登場しました。

いま研究をリードしているのが、血漿のp-tau217と、タウの微小管結合領域の断片であるeMTBR-tau243という2つの指標です。p-tau217は、アミロイドβの蓄積によって間接的に引き起こされる早い段階のリン酸化を反映します。血漿p-tau217は、アミロイドPETの陽性・陰性を非常に高い精度で予測でき、アミロイド病理の有無を調べる第一線のふるい分けの道具として働いています[21]

一方のeMTBR-tau243は、細胞のなかでタウが線維化するときに切り出されて放出される断片で、実際の不溶性のタウのかたまり(神経原線維変化)の量や、認知機能の悪化と強く相関します[22]。つまり、p-tau217が「病気の入り口」を、eMTBR-tau243が「たまり具合」を映すという役割分担です。

この2つを組み合わせると、PET検査に匹敵する精度(C指数 0.91)で、アルツハイマー病の生物学的な進み具合を段階分けできることが示されています[23]。関連する研究では、こうした血液指標を先に使うことで、高価なPET検査の必要性を大きく減らせる可能性も報告されています[24]。ただしこれらは主に研究や臨床試験の場で活用が進んでいる段階で、実際の診療にどう位置づけるかは今後さらに整理されていく分野です。

10. タウを標的にした最新の治療戦略

これまで治療薬の開発はアミロイドβを標的にしたもの(レカネマブやドナネマブなど)が先行してきましたが、認知機能の低下とより直接的に相関するタウを狙った「疾患修飾薬」の臨床試験も急速に進んでいます[25]。アプローチの異なる複数の方法が臨床開発されています。

① タウを減らす ─ アンチセンスオリゴヌクレオチド(ASO)

脳のなかのタウの総量そのものを減らして、毒性の元を上流から断つ方法です。アンチセンスオリゴヌクレオチド(ASO)のBIIB080は、MAPTの設計図(プレmRNA)に結びついて分解を促し、タウがつくられるのを強力に抑えます[25]。軽度アルツハイマー病の患者を対象とした初期の試験では、髄液中の総タウやリン酸化タウを、用量に応じて長期間減らすという結果が示されました[26]。より大規模な試験が進行中です。核酸医薬という新しい薬のかたちの一つです。

② 伝播を止める ─ 抗タウ・モノクローナル抗体

病的なタウは、隣の神経へ「種(シード)」のように広がっていきます。この種を捕まえて中和するのがモノクローナル抗体のアプローチです。初期の抗体の多くはタウのN末端を狙っていましたが有効性を示せず開発中止が相次ぎ、いまは標的の見直しが進んでいます[19]。その代表がエタラネツグ(E2814)で、タウの伝播の中核をなす微小管結合領域(MTBR)を狙う抗体です[27]。優性遺伝アルツハイマー病を対象とした第1b/2相試験(Study 103)では、髄液中のMTBR-tau243が最大71.6%、p-tau217が108週時点で57.9%低下するという強い標的関与が示されました[27]。現在は早期アルツハイマー病を対象に、アミロイド抗体レカネマブと併用する試験も進んでいます。

③ 免疫をつくる ─ タウ・ワクチン

抗体を頻回に投与する負担を減らすため、患者さん自身の免疫の力で抗タウ抗体をつくらせるワクチン(能動免疫)も進んでいます。いま注目されているのがACI-35.030で、リポソーム技術を使ってリン酸化タウ(p-tau396/404)の配列を提示するワクチンです[28]。初期の試験では、病的なリン酸化タウに対する抗体が速やかに、かつ持続的につくられ、一方で正常なタウに対する反応は抑えられたことから、正常なタウの働きを損なわずに病的タウだけを狙える可能性が示されました[29]。現在は発症前の段階の人を対象とした大規模試験へと進んでいます。

これらはいずれも研究・臨床試験の段階であり、現時点で確立した治療として使えるものではありません。効果や安全性の最終的な評価はこれからで、最新の状況は専門機関でご確認ください。

11. よくある誤解

誤解①「タウのリン酸化はすべて悪いもの」

胎児期の脳や冬眠中の動物では、タウはアルツハイマー病並みに高くリン酸化されますが、元に戻せるため固まりません。問題は高リン酸化そのものではなく、それが元に戻せなくなることです。

誤解②「タウオパチーはどれも同じ病気」

クライオ電子顕微鏡で、病気ごとにタウのかたまりが特徴的な折りたたみ構造(フォールド)をとることが分かりました。アルツハイマー病、ピック病、CBD、PSPは、同じタウでも「別の固まり方」をする別の病気です。

誤解③「タウの病気はすべて遺伝する」

MAPT変異による家族性のタイプ(FTDP-17など)は一部で、多くのタウオパチーは加齢や環境も関わる多因子性です。遺伝子変異がある=必ず発症、という単純な関係ではありません。

誤解④「タウを減らす薬がもう使える」

ASO・抗体・ワクチンはいずれも臨床試験の段階です。有望な結果は出ていますが、確立した治療薬として一般に使える段階ではありません。最新情報は専門機関でご確認ください。

よくある質問(FAQ)

Q1. タウタンパク質は何をする、どこにあるタンパク質ですか?

タウは主に脳の神経細胞、とくに軸索に多くあるタンパク質で、微小管という細い管を安定させて軸索の中の物流(軸索輸送)を支えています。設計図は17番染色体のMAPT遺伝子です。成人の脳では6種類のタウがつくり分けられ、微小管結合リピートの数によって3Rタウと4Rタウに分かれ、健康な成人ではおよそ1対1に保たれています。

Q2. タウキナーゼとは何ですか?なぜ病気に関係するのですか?

タウキナーゼは、タウにリン酸という目印を付ける酵素の総称です。GSK-3βやCDK5などが代表です。リン酸を付ける酵素と外す酵素(ホスファターゼ)のバランスが崩れてタウが過剰にリン酸化されると、タウは微小管から外れて固まりやすくなり、神経原線維変化というかたまりをつくって神経を傷つけます。これがアルツハイマー病などのタウオパチーに共通する仕組みです。

Q3. リン酸化されたタウは、必ずアルツハイマー病になるのですか?

いいえ。胎児期の脳や冬眠中の動物では、タウはアルツハイマー病とよく似た場所で一時的に高くリン酸化されますが、条件が戻ればすみやかにリン酸が外れ、固まりません。高リン酸化そのものが病気なのではなく、それが元に戻せなくなり、固いかたまりへ進んでしまうことが問題です。この分かれ道にはPin1という酵素が関わっていると考えられています。

Q4. アルツハイマー病とピック病では、たまるタウが違うのですか?

違います。アルツハイマー病では3Rと4Rの両方が混じったタウがC字型に固まり、ピック病では3Rタウだけが別の形(Pick fold)に固まります。進行性核上性麻痺(PSP)や大脳皮質基底核変性症(CBD)では4Rタウだけがたまります。クライオ電子顕微鏡によって、病気ごとにタウのかたまりの折りたたみ方が完全に異なることが分かってきました。

Q5. タウの異常は採血で調べられますか?

研究や臨床試験の場では、血漿のp-tau217やeMTBR-tau243という指標で、脳のタウ病理を採血から推定する取り組みが進んでいます。p-tau217は病気の入り口を、eMTBR-tau243はたまり具合を反映し、組み合わせるとPET検査に近い精度で病期を段階分けできると報告されています。ただし、これらを一般の診療にどう位置づけるかは今後整理されていく分野です。検査や結果の意味については、臨床遺伝専門医にご相談ください。

Q6. MAPT遺伝子の変異があると、必ず認知症になりますか?

MAPTの変異(イントロン10の+3・+16など)は、前頭側頭型認知症の一型(FTDP-17)の原因になることが知られています。一方で、多くのタウオパチーは加齢や環境も関わる多因子性で、遺伝子変異がある=必ず発症、という単純な関係ではありません。またH1ハプロタイプはPSPやCBDのリスク因子とされますが、それ自体は病気ではありません。変異の意味やご家族への影響は、遺伝カウンセリングで整理することをおすすめします。

Q7. タウを標的にした薬はもう使えるのですか?

タウを減らすアンチセンスオリゴヌクレオチド(BIIB080)、タウの伝播を止める抗体(エタラネツグ/E2814)、免疫をつくるワクチン(ACI-35.030)など複数の治療戦略が臨床開発中ですが、いずれも臨床試験の段階です。有望なデータは出ているものの、確立した治療として一般に使える段階ではありません。最新の状況は専門機関でご確認ください。

Q8. タウとアミロイドβはどう違うのですか?

どちらもアルツハイマー病に関わるタンパク質ですが、たまる場所も役割も異なります。アミロイドβは神経細胞の外に「老人斑」としてたまり、比較的早い段階から蓄積します。タウは神経細胞の中に「神経原線維変化」としてたまり、認知機能の低下とより直接的に相関するとされます。両者は相互に作用して炎症を悪化させることも分かっており、近年はタウと同時にアミロイドβも狙う併用療法の試験が進んでいます。

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アルツハイマー病・前頭側頭型認知症・パーキンソン病など
神経変性疾患に関わる遺伝子検査と遺伝カウンセリングは
臨床遺伝専門医が在籍するミネルバクリニックにご相談ください。

参考文献

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仲田洋美 医師(臨床遺伝専門医)

この記事の監修・執筆者:仲田 洋美

(臨床遺伝専門医/がん薬物療法専門医/総合内科専門医)

ミネルバクリニック院長。1995年に医師免許を取得後、 臨床遺伝学・内科学・腫瘍学を軸に診療を続けてきました。 のべ10万人以上のご家族の意思決定と向き合ってきた臨床遺伝専門医です。

出生前診断(NIPT・確定検査・遺伝カウンセリング)においては、 検査結果の数値そのものだけでなく、 「結果をどう受け止め、どう生きるか」までを医療の責任と捉え、 一貫した遺伝カウンセリングと医学的支援を行っています。

ハイティーンの時期にベルギーで過ごし、 日本人として異文化の中で生活した経験があります。 価値観や宗教観、医療への向き合い方が国や文化によって異なることを体感しました。 この経験は現在の診療においても、 「医学的に正しいこと」と「その人にとって受け止められること」の両立を考える姿勢の基盤となっています。

また、初めての妊娠・出産で一卵性双生児を妊娠し、 36週6日で一人を死産した経験があります。 その出来事は、妊娠・出産が女性の心身に与える影響の大きさ、 そして「トラウマ」となり得る体験の重みを深く考える契機となりました。 現在は、女性を妊娠・出産のトラウマから守る医療を使命の一つとし、 出生前診断や遺伝カウンセリングに取り組んでいます。

出生前診断は単なる検査ではなく、 家族の未来に関わる重要な意思決定です。 年齢や統計だけで判断するのではなく、 医学的根拠と心理的支援の両面から、 ご家族が後悔の少ない選択をできるよう伴走することを大切にしています。

日本人類遺伝学会認定 臨床遺伝専門医/日本内科学会認定 総合内科専門医/ 日本臨床腫瘍学会認定 がん薬物療法専門医。 2025年には APAC地域における出生前検査分野のリーダーとして国際的評価を受け、 複数の海外メディア・専門誌で特集掲載されました。

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