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視神経萎縮(Optic Atrophy)とは?原因・症状・分類から最新の遺伝子治療まで

仲田洋美 医師

この記事の監修:仲田洋美(臨床遺伝専門医)

のべ10万人以上の意思決定に伴走。国際医療誌『Medical Care Review APAC』『Global Woman Leader』の2誌で表紙を飾り、「Top Prenatal Testing Service in APAC 2025」に選出されるなど、世界基準の遺伝医療を提供。

視神経萎縮(Optic Atrophy)は、それ自体が一つの病名ではなく、目から脳へ視覚情報を運ぶ「視神経」が傷んでしまった最終段階のサイン(所見)です。緑内障・血流障害・腫瘍による圧迫・薬や栄養の問題・遺伝など、じつに多彩な原因の「行き着く先」がこの状態です。かつては「治らないもの」と考えられてきましたが、近年はレーベル遺伝性視神経症(LHON)や常染色体優性視神経萎縮(ADOA)に対する遺伝子治療・核酸医薬が登場し、視力回復の可能性を示すデータが積み重なっています。この記事では、一般の方にも分かるように、原因・分類・診断・最新治療を臨床遺伝専門医がやさしく解説します。

この記事でわかること
📖 読了時間:約18分
🧬 視神経萎縮・LHON・ADOA・遺伝子治療
臨床遺伝専門医監修

Q. 視神経萎縮とは何ですか?まず結論だけ知りたいです

A. 視神経萎縮は「病名」ではなく、視神経が不可逆的に傷んだ結果として眼底で視神経乳頭が白く見える「所見」です。緑内障・虚血・圧迫・炎症・中毒/栄養障害・遺伝など多くの原因の終着点で、原因を正確に突き止めることが何より重要です。原因の中には遺伝性のものがあり、確定には遺伝子検査と遺伝形式に応じた遺伝カウンセリングが欠かせません。

  • 本質 → 網膜神経節細胞から外側膝状体に至る視覚路の障害の「最終段階」
  • 分類 → 原発性・続発性・連続性・緑内障性の4タイプで原因をしぼり込む
  • 診断の鍵 → 病歴・色覚・視野・RAPD・OCT・造影MRI(孤立例の約20%で圧迫病変)
  • 遺伝性 → LHON(母系遺伝)とADOA(OPA1)が代表。検査と遺伝カウンセリングが要
  • 最新治療 → 遺伝子治療・核酸医薬(ASO)など「治療可能な標的」へ研究が進行中

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1. 視神経萎縮とは — 病名ではなく「最終段階のサイン」

視神経萎縮(Optic Atrophy)という言葉を聞くと、一つの独立した病気のように感じるかもしれません。しかし正確には、視神経萎縮はそれ自体が病名ではなく、網膜から脳の入り口(外側膝状体)に至る視覚の通り道のどこかで起きた障害が、もはや元に戻らない段階まで進んだことを示す「臨床的な所見」です。眼底検査(目の奥をのぞく検査)で、本来は淡いピンク色をしている視神経乳頭が、白っぽく退色して見える状態——これが視神経萎縮です。

つまり「視神経萎縮です」という説明は、ゴールにたどり着いた事実を告げているだけで、本当に大切なのは「そこへ至った原因は何か」を突き止めることです。原因によっては進行を止めたり、視機能を守ったり、近年では一部で視力回復をめざせる場合もあるため、原因の鑑別は失明のリスクを左右する最重要のステップになります。

💡 用語解説:網膜神経節細胞(もうまくしんけいせつさいぼう/RGC)

網膜の最も内側にある神経細胞で、目が受け取った光の情報を電気信号にまとめ、長い「軸索(じくさく)」を束ねて視神経をつくり、脳へと送り出します。ヒトの視神経は約120万本の軸索でできています。網膜神経節細胞は中枢神経の一部であり、いったん深く傷つくと自然には再生しないため、ここが脱落すると視神経萎縮として残ります。

そして視神経萎縮は、遺伝医療と深くつながっています。原因のなかにはレーベル遺伝性視神経症(LHON)や常染色体優性視神経萎縮(ADOA)、ウォルフラム症候群などの遺伝性の病気が含まれ、これらは原因遺伝子・遺伝形式(母系遺伝か、常染色体顕性遺伝かなど)によってご家族の発症リスクも、選べる治療や検査も変わります。だからこそ、診断には遺伝子検査と、遺伝カウンセリングが欠かせません。検査メニューとしては、原因遺伝子を一度に調べる網膜症・視神経萎縮遺伝子パネル検査などがあります。

2. 病態生理 — 神経線維はどう失われ、なぜ白く見えるのか

視神経はもともと網膜内では髄鞘(ミエリン)に包まれていない無髄の状態ですが、視神経乳頭を通り抜けて篩状板(しじょうばん)の後ろに出ると、髄鞘に覆われます。虚血(血流不足)・炎症・圧迫・毒物などによって神経が障害されると、軸索は秩序だって、あるいは無秩序に変性していきます。障害された場所から網膜に向かって戻っていく「逆行性変性」と、網膜から脳に向かって進む「順行性変性(ワーラー変性)」の2方向があります。

軸索が失われ髄鞘が縮むと、視神経乳頭の生理的なくぼみ(陥凹)が広がります。続いて、空いたスペースを埋めるようにグリア細胞が増殖(グリオーシス)し、乳頭表面の細い毛細血管網が消えて血流が低下します。その結果、眼底検査で乳頭が白く退色した「蒼白(そうはく)」として見えるようになります。これが視神経萎縮の正体です。

💡 ここが大切:4〜6週間の「タイムラグ」

視覚路に急な障害が起きてから、眼底で乳頭の蒼白が見えるようになるまでには、ふつう4〜6週間の時間差があります。この事実は診断にとって重要です。たとえば「数日前に急に見えにくくなった」と来院した方の眼底に、初診ですでにはっきりした萎縮がある場合、その萎縮は数日前のできごとではなく、もっと前から進んでいた慢性の病気(ゆっくり大きくなる圧迫性腫瘍など)や、過去の無症状の虚血・外傷を強く示唆します。

ミトコンドリア視神経症が視神経萎縮に至る流れ LHON ミトコンドリアDNA変異(母系遺伝) ADOA OPA1遺伝子変異(常染色体顕性) ミトコンドリア機能障害 ATP(エネルギー)産生の低下・活性酸素の増加 網膜神経節細胞のアポトーシス(細胞死) 特に乳頭黄斑線維束が傷つきやすい 軸索の変性・脱落 → 視神経乳頭の蒼白化 = 視神経萎縮(Optic Atrophy)

LHON(ミトコンドリアDNA)とADOA(OPA1遺伝子)は、入口は違っても「ミトコンドリアの機能障害 → 網膜神経節細胞の細胞死 → 視神経萎縮」という共通の道筋をたどります。この共通性が、近年の治療開発の土台になっています。

3. 視神経萎縮の4つの分類 — 見え方から原因をしぼり込む

視神経萎縮は、眼底所見(乳頭の色・形・境界の鮮明さ)と原因の仕組みから、伝統的に4つのタイプに分けられます。この分類は、背景にある病気を探し当てるための強力な手がかりになります。

分類 乳頭の色調・形 代表的な原因
原発性視神経萎縮 チョークのような白色。乳頭の辺縁が非常に鮮明で、生理的陥凹と篩状板が透けて見える。ケステンバウム徴候(乳頭上の毛細血管が正常の約10本から6本以下に減少)。 球後視神経炎、外傷、後部虚血、圧迫性病変、中毒性・遺伝性ニューロパチー
続発性視神経萎縮 灰色に近い色調。激しいグリア組織の増殖で乳頭構造が失われ、辺縁が不鮮明。パトン線などを伴う。乳頭腫脹(むくみ)に続いて起こる。 視神経炎、前部虚血性視神経症(AION)、うっ血乳頭
連続性視神経萎縮 蝋のような蒼白。乳頭の辺縁と陥凹は正常に保たれる。網膜動脈の著しい狭細化を伴う。 網膜色素変性症、病的近視、網膜中心動脈閉塞症、汎網膜光凝固術後
緑内障性視神経萎縮 乳頭の蒼白とともに、特徴的な陥凹の拡大(C/D比の増加)と乳頭周囲のRNFL(神経線維層)の菲薄化を伴う。 原発開放隅角緑内障などの緑内障性疾患

原発性では軸索が比較的秩序を保って変性するため乳頭の構造そのものは保たれますが、続発性では急性期の浮腫に伴う激しい反応と過剰なグリア増殖で、乳頭の構造的なまとまりが失われるのが特徴です。

4. 視神経萎縮の原因と疫学

視神経萎縮はあらゆる視神経疾患の終着点であるため、原因はとても多岐にわたります。大きく次の5つに整理できます。

🩸 虚血(血流障害)

  • 非動脈炎性前部虚血性視神経症(NAION)
  • 巨細胞性動脈炎による動脈炎性AION
  • 後部虚血性視神経症(PION)

🧱 圧迫性病変

  • 視神経グリオーマ・眼窩腫瘍
  • 甲状腺眼症
  • 髄膜腫・下垂体腺腫・動脈瘤

🔥 炎症・感染・自己免疫

  • 多発性硬化症(MS)・視神経脊髄炎(NMO)
  • サルコイドーシス・SLE
  • 梅毒・結核・ライム病など

💊 中毒・代謝・栄養障害

  • エタンブトール・アミオダロン
  • メタノール・重金属
  • タバコ・アルコール弱視、ビタミンB12/葉酸欠乏

そして5つ目が、この記事の中心となる遺伝性です。代表例として、ミトコンドリアDNA変異によるレーベル遺伝性視神経症(LHON)、OPA1遺伝子変異による常染色体優性視神経萎縮(ADOA)、小児期に発症するベア(Behr)症候群、糖尿病や難聴を伴うウォルフラム症候群などがあります(詳しくは次章で解説します)。

原因の分布(参考データ)と年齢の傾向

実臨床での原因の割合は、地域や対象集団によって大きく変わります。下のグラフはある地域の小規模な後ろ向き研究(対象40名)のデータで、世界共通の数字ではない点に注意が必要ですが、緑内障や血流障害が高頻度という大まかな傾向は他の報告とも一致します。

視神経萎縮の主要な病因と割合

ある小規模研究(n=40)における原因分布。世界共通の疫学ではありません。

緑内障47.5%
網膜色素変性症15.0%
炎症性7.5%
前部虚血性視神経症7.5%
血管閉塞7.5%
うっ血乳頭5.0%
外傷・圧迫・近視 ほか各2.5%

年齢の傾向としては、高齢者では緑内障や虚血性疾患が、若年者では遺伝性疾患や脱髄性疾患が原因となる割合が高くなる傾向があります。

5. 遺伝性視神経症 — LHON・ADOA・ウォルフラム

レーベル遺伝性視神経症(LHON)

💡 まとめ:レーベル遺伝性視神経症(LHON)とは

ミトコンドリアDNAの変異によって起こる、母系遺伝の視神経変性疾患です。多くは15〜35歳ごろの若年男性に発症し、痛みを伴わずに片眼の視力が低下、数週間〜数か月で反対眼も発症して、両眼の高度な視神経萎縮に至ります。

主な変異はm.11778G>A(最多)・m.14484T>C・m.3460G>Aで、これらで全体の約9割を占めます。3つともミトコンドリア呼吸鎖複合体Iのサブユニットの変異ですが、傷つく部位はそれぞれND4・ND6・ND1と異なります。

LHONはミトコンドリア病であるため、理解にはミトコンドリアDNA(mtDNA)と母系遺伝の知識が役立ちます。mtDNAはほぼ母親からのみ受け継がれるため、男性が発症しても子孫には伝わらず、変異を持つ女性からは子ども全員に変異が受け継がれます。一方で、変異を持っていても発症するとは限りません。発症は男性に多く(男女比はおよそ4〜5:1)、喫煙・過度の飲酒・頭部や眼の外傷などの環境因子が引き金になることがあります。この「持っていても出るとは限らない」性質を不完全浸透といいます。

💡 用語解説:ヘテロプラスミー

1つの細胞の中には正常なミトコンドリアと変異したミトコンドリアが混ざって存在することがあり、これをヘテロプラスミーといいます。卵子ができる過程の「ボトルネック効果」とあわせて、子どもに変異がどれくらいの割合で伝わるか・発症するかの予測を難しくします。この複雑さが、LHONの遺伝カウンセリングを丁寧に行う理由です。

仲田洋美院長

🩺 院長コラム【「あなたは保因者です」と言われたら】

臨床遺伝専門医として、また遺伝カウンセリングを行う立場から申し上げると、母系遺伝の説明はいつも難しいテーマです。「変異を持っているのに発症していないお母さん」「子ども全員に変異は伝わるが、実際に発症するのは主に男の子」——この非対称さは、数字だけ並べてもなかなか腑に落ちません。

大切なのは、保因者であることが「いつ発症するか」を確定させるものではない、という点を一緒に確認することです。喫煙や過度の飲酒を避けるといった生活上の配慮はお伝えできますが、過度に不安を煽ることはしません。検査結果の数値そのものより、「その結果をどう受け止め、どう生きるか」までを一緒に考えることが、私たちの役割だと考えています。

常染色体優性視神経萎縮(ADOA)

💡 まとめ:常染色体優性視神経萎縮(ADOA)とは

核DNA上のOPA1遺伝子の変異で起こる、最も多い遺伝性視神経疾患です(Kjer型とも呼ばれます)。多くは10歳未満の小児期に中心視力の低下で気づかれ、ゆっくりと進行します。OPA1はミトコンドリアの内膜の融合に必要なタンパク質をつくる遺伝子で、片方のコピーが働かなくなることで発症することが多いとされています。

ADOAの多くは、片方のOPA1遺伝子が壊れて正常なタンパク質が必要量の半分しか作られない「ハプロ不全」という仕組みで発症します。OPA1がコードするのは、ミトコンドリアの形を整える「ダイナミン関連GTPアーゼ」というタンパク質で、これが足りないとミトコンドリアの内膜がうまく融合できず、エネルギー不足から網膜神経節細胞が少しずつ脱落していきます。

💡 用語解説:ハプロ不全とミスセンス変異

ハプロ不全は「2つあるコピーのうち片方が働かず、残り1つでは量が足りなくなって機能不全に陥る」状態で、機能喪失型変異の代表的な発症メカニズムです。

ミスセンス変異は、DNAの1文字が変わってタンパク質のアミノ酸が1つ別のものに置き換わる変異です。OPA1では短縮型・ミスセンスなどさまざまな変異が報告され、変異のタイプによって重症度や症状の幅が変わることがあります。

そのほかの遺伝性視神経症(Behr・ウォルフラム)

💡 用語解説:ウォルフラム症候群(DIDMOAD)

尿崩症・糖尿病・視神経萎縮・難聴を特徴とする、まれな遺伝性疾患です。多くはWFS1遺伝子の変異が原因で、視神経萎縮を遺伝の観点から考えるうえで見落とせない病気です。ご注意:WFS1は当院の網膜症・視神経萎縮遺伝子パネルの対象には含まれていません(関連遺伝子のCISD2は収載)。WFS1の検査をご希望の場合は、全ゲノムシークエンスや個別の遺伝子検査が選択肢となるため、遺伝カウンセリング時にご相談ください。

ベア(Behr)症候群は、小児期に発症し、視神経萎縮に運動失調などの神経症状を伴う遺伝性疾患群で、近年はOPA1をはじめ複数の原因遺伝子が知られています。これらの遺伝性視神経症は、いずれも「網膜神経節細胞のエネルギー危機」という共通点を持ち、それが最新治療の標的につながっています。

6. 診断 — 原因をどう突き止めるか

原因のはっきりしない孤立性の視神経萎縮は、眼科医にとって診断上のジレンマになりやすいものです。体系的なアプローチで、進行を防げる原因を見逃さないことが目標になります。

病歴聴取がもっとも重要

じつは、丁寧な病歴聴取だけで基礎疾患の手がかりの多くが得られるといわれます。特に重要なのが「発症の速さ」と「年齢・随伴症状」です。数時間〜数日の急速な発症なら脱髄・急性炎症・虚血・外傷を、数か月〜数年の緩徐な発症なら圧迫性病変・中毒/栄養障害・遺伝性疾患を考えます。若年で眼痛・しびれ・ふらつきを伴えば多発性硬化症、高齢で一過性に見えなくなる・複視・側頭部痛・顎の疲れ・体重減少を伴えば巨細胞性動脈炎が念頭に上がります。家族に同じような視力低下があれば遺伝性を疑います。

眼科検査と画像・血液・遺伝子検査

  • 色覚・視野:視力が保たれていても、コントラスト感度や色覚(とくに赤色の脱飽和)が早期に低下します。視野検査は病変の場所の特定に有用で、視交叉病変では「蝶ネクタイ型」の萎縮を示します。
  • 瞳孔反応(RAPD):片眼性の病変では、ペンライトを左右に振る検査で相対的求心性瞳孔異常(RAPD)を検出します。
  • OCT(光干渉断層計):網膜神経線維層(RNFL)の厚みを定量します。網膜神経節細胞層(GCL)の解析はより早期の検出に役立つことがあります。うっ血乳頭後の萎縮では、むくみが引いた薄化と萎縮の進行が紛らわしくなる点に注意が必要です。
  • 造影MRI:原因不明の孤立性視神経萎縮では、ガドリニウム造影+脂肪抑制MRIが強く推奨されます。原因不明とされた孤立例の約20%で、髄膜腫や脳腫瘍などの圧迫病変が見つかると報告されています。
  • 血液・遺伝子検査:臨床的な疑いに応じて、血算・代謝パネル・ビタミンB12・葉酸・重金属・炎症マーカー(高齢者)などを行い、遺伝的背景が疑われる場合は遺伝子検査へ進みます。

7. 最新治療 — 「治らない」が変わりつつある

従来、視神経萎縮は「再生しない神経細胞の死」を意味し、対症療法しかない病態とされてきました。しかし近年、特定の遺伝性視神経症をモデルに遺伝子治療や核酸医薬が大きく進展し、視力回復の可能性を示すデータが蓄積しつつあります。以下はいずれも研究段階・または海外承認段階であり、日本での標準治療ではありません。あくまで「世界でいま何が起きているか」の最新情報としてお読みください。

LHONへの遺伝子治療(Lumevoq)と小分子薬(イデベノン)

Lumevoq(lenadogene nolparvovec)は、AAV2というウイルスベクターを使い、正常なND4遺伝子を網膜神経節細胞に届ける硝子体内注射の治療です。第III相REFLECT試験の5年データ(2025年2月公表)では、ND4変異LHON98名で両眼投与群の方が片眼投与群より視力回復率が高く、画面の文字を読めるレベル(on-chart)を両眼群の79%・片眼群の72%が維持し、1回投与の効果の持続性が示されました。ただしLumevoqは現時点でどの国でも承認されていません。欧州医薬品庁(EMA)への申請は2023年に取り下げられ、現在も開発・限定的な早期アクセス段階にあります。

イデベノン(商品名Raxone)は、コエンザイムQ10の合成アナログで、機能不全に陥った複合体Iを迂回して電子を複合体IIIに渡し、ATP産生を助けて酸化ストレスから細胞を守ります。RHODOS試験やLEROS試験で有効性が検討され、欧州・英国・韓国・スイスなどでは承認済み(英NHSでも利用可能)です。一方、米国FDAは2026年に「complete response letter(CRL=追加データを求める通知)」を発行し、現時点では承認に至っていません。発症後できるだけ早期に開始し、少なくとも24か月の継続が推奨されています。

ADOAへの核酸医薬(ASO)という新発想

💡 用語解説:アンチセンスオリゴヌクレオチド(ASO)

ASOは、遺伝子のメッセージ(mRNA)に結合して働きかける、短い核酸の医薬です。ADOAでは、壊れた遺伝子を「置き換える」のではなく、残っている健康な側のOPA1遺伝子の発現を人為的に高めて、足りていないタンパク質を正常レベルまで引き上げる、という発想で設計されています。

代表例が、Stoke Therapeutics社のSTK-002と、PYC Therapeutics社のPYC-001です。STK-002の第I相試験「OSPREY試験」(6〜55歳が対象)は英国Moorfields Eye Hospitalなどで進行中で、2026年に最初の患者への投与が行われました。ADOAの根本にある「ハプロ不全」を分子レベルで補う疾患修飾薬として期待されています。このほか、特定の変異に依存しない普遍的なAAV遺伝子治療やCRISPR、ニコチンアミド・DRP1・SARM1などを狙う小分子による神経保護も研究されています。

幹細胞治療・高気圧酸素療法・鍼灸の位置づけ

自己骨髄由来幹細胞を用いるSCOTS(SCOTS2)試験では、ミトコンドリアの細胞間移動やエクソソーム分泌を介した神経保護が提唱され、一部の症例で視力改善が報告されています。ただしこれは患者自己負担を伴う研究的な治療で、ランダム化比較試験ではなく、主流の神経眼科学では有効性が確立したとは見なされていません。慎重な評価が必要です。

高気圧酸素療法(HBOT)は、急性の網膜中心動脈閉塞症や重症感染症などには有用とされますが、すでに完成した慢性の視神経萎縮には治療的恩恵をもたらさないことが多くの文献で示されています。実際、武道による顔面外傷を契機に急激な視力低下をきたした若年男性に高用量ステロイドとHBOTを行ったものの改善せず、後にLHON(m.11778G>A)のキャリアと判明した症例が報告されており、ミトコンドリアの根本的な代謝異常には酸素分圧を上げる物理的アプローチだけでは対処できないことを物語っています。鍼灸についても、アメリカ眼科学会は「視神経萎縮などに対し標準治療より有効・安全と証明する十分な科学的エビデンスはない」と結論づけています。

そして、視機能の低下が確定した場合には、残った視力を最大限に生かすロービジョンケア(拡大鏡、遮光眼鏡、片眼性なら健常眼を守る保護眼鏡、小児では個別化された学習計画など)が、生活の質を支える重要な柱になります。

8. 遺伝子診断と遺伝カウンセリング

遺伝性視神経症の治療や管理を考えるうえでは、まず原因遺伝子を分子レベルで突き止めることが出発点になります。診断は「出生後」と「出生前」で目的も方法も大きく異なるため、分けて理解することが大切です。

👶 出生後の検査(中心)

遺伝子パネル:網膜症・視神経萎縮遺伝子パネル(OPA1・OPA3などを含む278遺伝子)

LHON:ミトコンドリアDNA(11778・14484・3460など)を調べる専用検査

網羅解析:全ゲノムシークエンス(WFS1など、パネル対象外を含めた精査)

🤰 出生前の検査(限定的)

遺伝性視神経症は通常、出生前のスクリーニング対象ではありません。

家系内にすでに判明している変異がある場合に限り、遺伝カウンセリングの中で選択肢として議論されることがあります(非指示的に検討します)。

ここで強調したいのは、「出生前に見つけることが、常にご本人やご家族の利益になるとは限らない」という点です。LHONやADOAは不完全浸透で表現型の幅も広く、変異を持っていても発症するとは限りません。私たちは特定の検査を勧めたり、安心を保証したり、恐怖を煽ったりすることはせず、情報提供者として中立・非指示的な立場を保ち、決定はご家族に委ねます。確定診断後は、遺伝形式と再発リスク(母系遺伝か、常染色体顕性遺伝で理論上50%か、など)、予後の幅、心理社会的サポートまでを、遺伝カウンセリングで丁寧にお話しします。

9. よくある誤解と専門医からのメッセージ

誤解①「視神経萎縮という病名だ」

視神経萎縮は病名ではなく所見です。大切なのは「なぜそうなったのか」。原因によって、進行を止められる場合も、近年は視機能を守れる場合もあります。

誤解②「萎縮があれば必ず最近の出来事が原因」

蒼白が見えるまでには4〜6週間のタイムラグがあります。初診で明らかな萎縮がある場合、もっと前から進んでいた慢性疾患や過去のイベントを示唆します。

誤解③「遺伝子治療はもう日本で受けられる」

LHONのLumevoqはどの国でも未承認、ADOAのASOは臨床試験段階です。海外で承認のあるイデベノンも米国では未承認。期待は大きい一方、現状は研究・限定段階です。

誤解④「遺伝性なら何もできない」

原因遺伝子の同定は、治療研究の適応判断・予後の見通し・ご家族のリスク評価・ロービジョンケアにつながります。「わかること」が次の一手を生みます。

仲田洋美院長

🩺 院長コラム【「治らない所見」から「治療可能な標的」へ】

視神経萎縮は長らく「治療不可能な終末期のサイン」と語られてきました。しかし文献を追う臨床遺伝専門医の立場から見ると、いまこの病態を取り巻く考え方は、静かに、しかし確実に変わりつつあります。LHONの遺伝子治療や小分子薬、ADOAのハプロ不全を分子レベルで補うASO療法——「分子の言葉を読み解き、その言葉に直接介入する」というプレシジョン医療の発想が、これまで再生しないとされた視神経にも届き始めています。

もちろん、まだ未解決の課題は山積みで、日本での標準治療になっているわけではありません。だからこそ、将来の鍵は「不可逆的な変性が完了する前の、治療可能な時間の窓(ウィンドウ)」をいかに早く見つけるかにあります。早期の正確な鑑別、高精度のOCT、そして遺伝子診断と遺伝カウンセリングを統合すること——その積み重ねが、視神経萎縮を「終わりの所見」から「介入できる標的」へと変えていくのだと、私は考えています。

よくある質問(FAQ)

Q1. 視神経萎縮は治りますか?

いったん完成した萎縮そのものを元どおりに戻すことは、現状では困難です。ただし「萎縮」は所見であり、背景の原因によって対応は大きく変わります。圧迫や炎症・栄養障害など治療できる原因であれば進行を止められることがあり、遺伝性のLHONやADOAでは視機能を守る・回復をめざす治療研究が進んでいます。だからこそ原因の鑑別が重要です。

Q2. 子どもにも遺伝しますか?

遺伝形式によって異なります。LHONは母系遺伝で、変異を持つ女性からは子ども全員に変異が伝わりますが、発症するのは主に男性で、しかも持っていても発症するとは限りません(不完全浸透)。ADOAは常染色体顕性遺伝で、お子さんに伝わる確率は理論上50%です。正確なリスク評価には遺伝子検査と遺伝カウンセリングが必要です。

Q3. どんな検査で原因がわかりますか?

病歴聴取、色覚・視野検査、瞳孔反応(RAPD)、OCT、そして原因不明例では造影MRIが基本です。遺伝が疑われる場合は、網膜症・視神経萎縮遺伝子パネル(OPA1・OPA3などを含む)や、LHONのミトコンドリアDNA専用検査、必要に応じて全ゲノムシークエンスを組み合わせます。

Q4. ウォルフラム症候群(WFS1)は網膜症・視神経萎縮パネルで調べられますか?

古典的なウォルフラム症候群の主な原因遺伝子であるWFS1は、当院の網膜症・視神経萎縮遺伝子パネルの対象には含まれていません(関連するCISD2は収載されています)。WFS1の検査をご希望の場合は、全ゲノムシークエンスや個別の遺伝子検査が選択肢となりますので、遺伝カウンセリング時にご相談ください。

Q5. LHONの遺伝子治療「Lumevoq」は日本で受けられますか?

いいえ。Lumevoqは臨床試験で有望なデータが示されているものの、現時点でどの国でも承認されていません。欧州での申請は2023年に取り下げられ、現在も開発・限定的な早期アクセス段階です。日本で一般診療として受けられる治療ではありません。

Q6. 喫煙やお酒は関係しますか?

関係することがあります。LHONでは、変異を持つ方において喫煙・過度の飲酒・頭部や眼の外傷が発症の引き金になり得ると報告されています。また、タバコ・アルコール弱視やビタミンB12/葉酸の欠乏は、それ自体が両側性の視神経障害の原因になります。生活上の配慮はお伝えできますが、過度に不安を抱く必要はありません。

Q7. 高気圧酸素療法や鍼灸は効きますか?

高気圧酸素療法は急性の網膜中心動脈閉塞症などには有用とされますが、すでに完成した慢性の視神経萎縮には恩恵をもたらさないことが多いと報告されています。鍼灸についても、アメリカ眼科学会は標準治療より有効・安全と証明する十分なエビデンスはないと結論づけています。期待される治療は、原因や病期によって慎重に選ぶ必要があります。

Q8. 片方の目だけ視神経萎縮があります。もう片方も注意が必要ですか?

原因によります。LHONのように時間差で反対眼にも発症する病気や、両側性に進む中毒・栄養・遺伝性の原因がある一方、過去の片眼性の外傷や虚血の痕跡として進行しないものもあります。片眼性の場合は健常眼を守る配慮も大切です。原因を見極めるため、専門的な評価をおすすめします。

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臨床遺伝専門医が在籍するミネルバクリニックにお気軽にご相談ください。

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  • [13] Trauma-Associated Leber Hereditary Optic Neuropathy. PMC. [PMC5123158]

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仲田洋美 医師(臨床遺伝専門医)

この記事の監修・執筆者:仲田 洋美

(臨床遺伝専門医/がん薬物療法専門医/総合内科専門医)

ミネルバクリニック院長。1995年に医師免許を取得後、 臨床遺伝学・内科学・腫瘍学を軸に診療を続けてきました。 のべ10万人以上のご家族の意思決定と向き合ってきた臨床遺伝専門医です。

出生前診断(NIPT・確定検査・遺伝カウンセリング)においては、 検査結果の数値そのものだけでなく、 「結果をどう受け止め、どう生きるか」までを医療の責任と捉え、 一貫した遺伝カウンセリングと医学的支援を行っています。

ハイティーンの時期にベルギーで過ごし、 日本人として異文化の中で生活した経験があります。 価値観や宗教観、医療への向き合い方が国や文化によって異なることを体感しました。 この経験は現在の診療においても、 「医学的に正しいこと」と「その人にとって受け止められること」の両立を考える姿勢の基盤となっています。

また、初めての妊娠・出産で一卵性双生児を妊娠し、 36週6日で一人を死産した経験があります。 その出来事は、妊娠・出産が女性の心身に与える影響の大きさ、 そして「トラウマ」となり得る体験の重みを深く考える契機となりました。 現在は、女性を妊娠・出産のトラウマから守る医療を使命の一つとし、 出生前診断や遺伝カウンセリングに取り組んでいます。

出生前診断は単なる検査ではなく、 家族の未来に関わる重要な意思決定です。 年齢や統計だけで判断するのではなく、 医学的根拠と心理的支援の両面から、 ご家族が後悔の少ない選択をできるよう伴走することを大切にしています。

日本人類遺伝学会認定 臨床遺伝専門医/日本内科学会認定 総合内科専門医/ 日本臨床腫瘍学会認定 がん薬物療法専門医。 2025年には APAC地域における出生前検査分野のリーダーとして国際的評価を受け、 複数の海外メディア・専門誌で特集掲載されました。

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