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新生児スクリーニングとは?仕組み・対象疾患・ゲノム時代の最新技術を臨床遺伝専門医が解説

目次

仲田洋美 医師

この記事の監修:仲田洋美(臨床遺伝専門医)

のべ10万人以上の意思決定に伴走。国際医療誌『Medical Care Review APAC』『Global Woman Leader』の2誌で表紙を飾り、「Top Prenatal Testing Service in APAC 2025」に選出されるなど、世界基準の遺伝医療を提供。

生まれたばかりの赤ちゃんのかかとから数滴の血液を採るだけで、放っておけば重い障害や命の危険につながる病気を、症状が出る前に見つけ出す——それが新生児スクリーニング(Newborn Screening:NBS)です。1960年代に始まり、いまや小児医療で最も成功した公衆衛生の仕組みのひとつとされています。本記事では、その歴史・対象となる病気・検査のしくみから、遺伝子をまるごと読む「ゲノム時代」の最新動向、そして避けて通れない倫理的な課題まで、臨床遺伝専門医がやさしく解説します。

この記事でわかること
📖 読了時間:約18分
🧬 新生児スクリーニング・NGS・公衆衛生
臨床遺伝専門医監修

Q. 新生児スクリーニングとは何ですか?まず結論だけ知りたいです

A. 生まれてすぐの赤ちゃんから採った少量の血液などを使い、症状が出る前に治療可能な重い病気を見つける公衆衛生の仕組みです。早く見つけて早く治療を始めることで、命を救い、知的障害などの後戻りできない障害を防ぐことが目的です。アメリカでは年間約400万人の新生児の98%以上が受けており、対象となる病気はフェニルケトン尿症(PKU)や脊髄性筋萎縮症(SMA)など数十種類に広がっています。近年は遺伝子を直接読む次世代シーケンシング(NGS)の活用が世界で進んでいますが、倫理的な課題も同時に問われています。

  • 検査のしくみ → かかとの血液(ろ紙血)・パルスオキシメトリー・聴覚検査の3本柱で構成
  • 対象となる病気 → 代謝・内分泌・血液・免疫の病気から先天性心疾患・難聴まで広範囲
  • ゲノム時代の進化 → 代謝産物を測るMS/MSから、遺伝子を直接読むNGSへ
  • 世界の最前線 → 英Generation Study・EU Screen4Care・米BabySeqが実証中
  • 未解決の課題 → 「知らされない権利」「子どもの最善の利益」をめぐる倫理的議論

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1. 新生児スクリーニングとは:生まれてすぐ受ける「最初の検査」

新生児スクリーニング(NBS)は、重い病気や命にかかわる病気を、まだ症状が出ていない段階で見つけ出し、後戻りできない障害が進む前に治療を始めるための公衆衛生の仕組みです。単なる「血液検査」ではなく、家族への事前の説明、検査の実施、陽性だった場合の確定診断のための体制、専門的な治療と長期の管理、そしてシステム全体を見守り続ける評価という、いくつもの段階が組み合わさった「総合的な仕組み」として設計されています [1]

アメリカでは、年間約400万人の新生児のうち98%以上がスクリーニングを受けています。米国疾病予防管理センター(CDC)は、検査の品質と精度を保つための専用のリファレンス・ラボラトリーを世界で唯一運営しており、その支援は米国内だけでなく世界80カ国以上の検査施設の精度向上に役立っています [1]。早期発見と正確な診断によって、病気にかかった赤ちゃんの死亡率や、後戻りできない神経・身体の障害が起こる割合は劇的に下がります。

💡 用語解説:スクリーニングと確定診断のちがい

スクリーニング(ふるい分け検査)は「病気の可能性が高い赤ちゃんを幅広く拾い上げる」ための検査で、これだけで病気が確定するわけではありません。スクリーニングで「陽性(要再検査)」となった場合は、改めて確定診断のための精密検査を行い、本当に病気かどうかを判断します。「陽性=病気」ではなく「陽性=もっと詳しく調べる必要がある」という意味だと理解しておくことが大切です。

対象となる病気は、脊髄性筋萎縮症(SMA)嚢胞性線維症・鎌状赤血球症といった単一遺伝子の病気から、先天性甲状腺機能低下症などのホルモンの病気、さらにはリソソーム蓄積症などの複雑な先天性代謝の病気まで、非常に広い範囲に及んでいます [1][2]

2. 歴史:ガスリー博士の「ろ紙血」から始まった公衆衛生革命

現代の高度に整えられた新生児スクリーニングの源流は、20世紀半ばのフェニルケトン尿症(PKU)に関する研究にさかのぼります。1930年代、ニューヨーク州のある知的障害児施設で、医師のジョージ・ジャーヴィスが、50人の入所者の重度の知的障害の原因がPKUであることを突き止めたことが、この分野の出発点となりました [3]

💡 用語解説:フェニルケトン尿症(PKU)とは

PKUは、必須アミノ酸の一種「フェニルアラニン」を分解する酵素が生まれつき不足しているために起こる、常染色体劣性遺伝(潜性遺伝)の代謝の病気です。放っておくと、血液や脳にフェニルアラニンが異常にたまり、後戻りできない重い発達障害・知的障害・けいれんを引き起こします。しかし、生まれてすぐに見つけ、フェニルアラニンを厳しく制限した特別な食事を始めれば、正常な発達が期待できるのです。「早く見つければ防げる病気」の代表例として、新生児スクリーニングの理想的な対象となりました [3][4]

この医学の知見を「すべての赤ちゃんが恩恵を受けられる仕組み」へと変えたのが、ニューヨーク州立大学バッファロー校の微生物学者であり小児科医でもあったロバート・ガスリー博士です。ガスリー博士は、自ら開発した「細菌発育阻止アッセイ」という手法を、新生児のかかとから採った数滴の血液を専用のろ紙にしみこませて乾かす「濾紙血(乾燥血液スポット:DBS)」というサンプル採取法と組み合わせました [4][6]

💡 用語解説:乾燥血液スポット(DBS/ろ紙血)とは

赤ちゃんのかかとから採った血液を専用のろ紙に数滴しみこませ、乾かしたものを「乾燥血液スポット(Dried Blood Spot:DBS)」と呼びます。安く大量に作れて、常温でも長距離の輸送に耐えられるという、集団検査にとって理想的な性質をもっています。1958年にこの簡便な検査が考案されて以来、60年以上にわたり新生児スクリーニングの世界標準であり続けています [4][7]

1960年、ガスリー博士は全米29州を巻き込み、40万人という前例のない規模のPKUパイロット研究を主導しました。当初は「医師の裁量権の侵害だ」「費用対効果に疑問がある」といった強い反対論もありましたが、博士は粘り強く医療界を説得し続けました [6]。その結果、1963年にマサチューセッツ州が世界で初めて新生児PKUスクリーニングを義務化。この成功は瞬く間に全米に広がり、1967年までには37州で義務化の法律が成立しました [3][5]。半世紀以上を経た今でも、ガスリー博士の先見性とDBSの発想は新生児医療の礎であり続けています。

仲田洋美院長

🩺 院長コラム【一滴の血が運命を変えるということ】

臨床遺伝専門医として文献を読み返すたびに、私はガスリー博士の物語に心を打たれます。ろ紙に数滴の血をしみこませるだけ——たったそれだけの工夫が、本来なら重い障害を負うはずだった数えきれない子どもたちの未来を変えました。当時「無症状の赤ちゃん全員を検査するなんて」と反対した人々の気持ちも、医療者として分からなくはありません。けれど博士は諦めませんでした。

遺伝医療の進歩は、いつも「見えなかったものを見えるようにする」歴史です。私は妊婦さんの出生前診断に携わる立場ですが、生まれた後のこの最初の検査もまた、ご家族の未来を守る同じ志の延長線上にあると感じています。技術が新しくなっても、その根っこにある「子どもと家族を守りたい」という思いは、半世紀前から少しも変わっていません。

3. RUSP:アメリカの統一スクリーニングパネルと対象疾患

アメリカの新生児スクリーニングは、国がまとめて一つのプログラムを運営しているのではなく、州ごとに別々の公衆衛生プログラムとして行われています。そのため、どの病気を対象にするかが州によって異なり、住んでいる場所によって受けられる検査に差が出てしまうという問題がありました。この地域差をなくすために作られたのが「推奨統一スクリーニングパネル(RUSP)」です [8]

💡 用語解説:RUSP(推奨統一スクリーニングパネル)とは

RUSP(Recommended Uniform Screening Panel)は、米国保健福祉省(HHS)が「すべての新生児が受けるべき検査」として定める国の推奨ガイドラインです。各州がどの病気を自州のプログラムに組み込むかを決める際の、最も権威ある目安となっています。RUSPは病気を「中核疾患(必ず含めるべき病気)」と「二次的疾患(検査の過程で副次的に見つかる病気)」の2つに分けています。ただし法的な強制力はなく、最終的にどの病気を採用するかは各州の判断に委ねられています [8]

中核疾患(Core Conditions)の内訳

中核疾患は、明確な治療法があり、検査でしっかり見つけられるよう設計された病気です。大きく分けると次のようなカテゴリーになります [8]

カテゴリー 代表的な病気の例
有機酸代謝異常症 グルタル酸血症1型、イソ吉草酸血症、メチルマロン酸血症、プロピオン酸血症など
脂肪酸代謝異常症 中鎖アシルCoA脱水素酵素(MCAD)欠損症、極長鎖アシルCoA脱水素酵素(VLCAD)欠損症など
アミノ酸代謝異常症 フェニルケトン尿症(PKU)、メープルシロップ尿症、ホモシスチン尿症、チロシン血症1型など
内分泌疾患 先天性副腎過形成症(CAH)、原発性先天性甲状腺機能低下症(CH)
ヘモグロビン異常症 鎌状赤血球貧血(S,S病)、S,β-サラセミア、S,C病
その他の病気 重症先天性心疾患(CCHD)、嚢胞性線維症(CF)、ポンペ病、難聴、重症複合免疫不全症(SCID)、脊髄性筋萎縮症(SMA)など

下のグラフは、RUSPの中核疾患をカテゴリー別に数えたものです。有機酸・脂肪酸・アミノ酸に関連する先天性代謝の病気がパネルの大部分を占めていることが分かり、生化学的なスクリーニングの重要性が浮き彫りになっています [8]

RUSP中核疾患パネルにおけるカテゴリー別の数

青:先天性代謝異常症/灰:その他の疾患

その他(心・難聴・免疫等)
12
有機酸代謝異常症
9
アミノ酸代謝異常症
6
脂肪酸代謝異常症
5
ヘモグロビン異常症
3
追加推奨疾患
3
内分泌疾患
2

なお、近年の技術進歩にともない、デュシェンヌ型筋ジストロフィー・乳児型クラッベ病・早期発症型異染性白質ジストロフィーなどが追加推奨疾患としてリストに加わっています。アメリカの大半の州はRUSPの病気の多くを採用していますが、地域特有の有病率や医療資源を考慮し、RUSPに載っていない独自の病気(一部の州での先天性サイトメガロウイルス感染症など)を追加している州も多数あります [8]

4. スクリーニングの3つの柱:血液・心臓・耳

現代の新生児スクリーニングは、血液の化学的な分析だけでなく、心臓や耳の機能を調べる検査も組み合わせた総合的な仕組みへと進化しています。先進国のスクリーニングは、おもに「血液ろ紙検査」「パルスオキシメトリー」「聴覚スクリーニング」という3つの柱から成り立っています [14]

柱1:血液ろ紙検査とタンデム質量分析(MS/MS)

かつての血液ろ紙検査は「1回の検査で1つの病気」を調べる方式でした。対象を増やすには病気ごとに別々の検査を開発する必要があり、それが大きな壁になっていました [16]。この状況を一変させたのが、1990年代後半から2000年代にかけて導入された「タンデム質量分析(MS/MS)」です [7]

💡 用語解説:タンデム質量分析(MS/MS)とは

タンデム質量分析(Tandem Mass Spectrometry:MS/MS)は、血液中の分子をその「重さ」によって分けて検出する分析法です。最大の特長は、1枚のろ紙血から、アミノ酸・有機酸・アシルカルニチンなど何十種類もの物質を、わずか数分で一度にまとめて測れる点にあります。この「多重化(マルチプレックス化)」のおかげで、検査できる病気の数は数個から数十種類へと一気に拡大しました [7][17]

柱2:パルスオキシメトリーによる重症先天性心疾患(CCHD)の発見

血液検査では見つけられない、命にかかわる心臓の形の異常を対象にするのが、先天性心疾患のうち重症のもの(CCHD)のスクリーニングです [14]。先天性心疾患は、すべての赤ちゃんの1000人に約12人に起こる最も多い先天性の異常で、そのうち約4分の1が「重症」に分類されます [19]。重症例では、生後すぐに治療をしないと、急速に強い低酸素状態やショックに陥り、後戻りできない臓器の障害や死に至ることがあります [18]

💡 用語解説:パルスオキシメトリーとは

パルスオキシメトリーは、指や足に小さなセンサーを当てるだけで、針を刺さずに血液中の酸素の量(酸素飽和度)を測れる検査です。新生児では「生後24〜36時間」のあいだに、赤ちゃんの右手と足の両方で測ります。全体の酸素飽和度が一定の水準より低かったり、右手と足のあいだに3%以上の差があったりすると「異常」と判定され、心エコー検査による確定診断へと進みます [18][19]

アメリカの研究では、このCCHDスクリーニングの導入によって、CCHDによる乳児の早期死亡が33%減少し、年間およそ120人の命が救われていることが示されています [18]。聴診や見た目だけでは見逃されがちな無症状の心疾患を見つける、欠かせない検査です。

柱3:新生児聴覚スクリーニング

3つめの柱が、先天性の難聴を早く見つける聴覚スクリーニングです。言葉を覚える力や脳の聴覚の発達は生まれてすぐから進むため、難聴のある赤ちゃんに早く補聴器や人工内耳、言語の訓練を始めないと、言葉の発達やコミュニケーションに深刻な遅れが生じます。重い難聴でも、赤ちゃんは大きな音に驚いたり目で反応したりするため、見た目だけで早期に気づくのは非常に難しいのです [14][15]。そのため、赤ちゃんの反応に頼らない客観的な2つの方法が標準的に使われ、生後1か月以内に終えることが強く推奨されています [14]

👂 耳音響放射(OAE)

耳にやわらかいプローブを入れて短い音を聞かせ、正常な内耳が出す微弱な「反響音(エコー)」をマイクで拾う検査です。外耳から内耳までの機能が正常に働いているかを確認できます [14]

🧠 自動聴性脳幹反応(AABR)

耳に音を聞かせながら、頭や首に貼った電極で、内耳から聴神経・脳幹に至る聴覚の通り道全体の電気的な反応を測ります。より深い神経の経路まで評価できる方法です [14][20]

これらの結果は「Pass(パス:異常なし)」または「Refer(リファー:要再検査)」と記録されます。Referとなった場合は、専門機関での精密な聴力検査へと速やかに引き継がれます [15]

5. ゲノム時代の到来:次世代シーケンシング(NGS)の登場

MS/MSの導入が第一の革命だったとすれば、次世代シーケンシング(NGS)の実用化は第二のパラダイムシフトを起こしつつあります。これまでのように代謝産物の異常を「間接的に」とらえるのではなく、病気の根本原因であるDNAの配列の変化を直接読み取るという、根本的な発想の転換です [16]

なぜNGSが注目されるのか:偽陽性という大きな課題

従来のMS/MSは安く速く代謝の病気を見つけられる優れた方法ですが、病気を見逃さないために基準を厳しめに設定しているため、「偽陽性」が出やすいという弱点があります。

💡 用語解説:偽陽性・偽陽性的中率(PPV)とは

偽陽性とは、本当は病気でないのに検査で「陽性(病気の疑い)」と出てしまうことです。ご両親に「わが子が不治の病かもしれない」という強い不安を与え、不要な精密検査や医療資源の浪費にもつながります。

陽性的中率(PPV)は、「陽性と出た人のうち、本当に病気だった人の割合」を示す指標です。PPVが高いほど「陽性=本物」の確率が高く、偽陽性による無駄な不安や検査が減ります。

ある大規模な後ろ向き研究では、MS/MS単独でのPPVはわずか5.29%にとどまり、376例もの偽陽性が発生したと報告されています [22]。これに対し、NGSを用いた遺伝学的スクリーニングを取り入れると、感度を73.91%に保ったままPPVは70.83%という極めて高い水準に達しました。この研究では、PKU(PAH遺伝子)・原発性カルニチン欠乏症・メチルマロン酸血症などが多く検出されています [22]。下のグラフはこの違いを示したものです。

スクリーニング手法別の陽性的中率(PPV)と感度の比較

ピンク:陽性的中率(PPV)/灰:感度(Sensitivity)

5.3%
91.3%
70.8%
73.9%

タンデム質量分析(MS/MS)

次世代シーケンシング(NGS)

MS/MSは感度が高い一方でPPVが極端に低く、多くの偽陽性を生む課題があった。NGSはPPVを大幅に改善し、より正確な確定診断への移行を支える [22]

中国・浙江省で935人の新生児を対象に行われた研究でも、NGSによって少なくとも1つの遺伝子変異をもつ新生児が74.0%の割合で見つかり、病的または病的疑いと分類されたケースの陽性率は20.6%に達しました。一方で、MS/MSで陽性とされた18サンプルをNGSで検証すると病的変異は確認されず、MS/MS単独の偽陽性をNGSが補正できることが示されました [21]

このため、現在の国際的な最適解は「NGSでMS/MSを完全に置き換える」のではなく、両者を統合・併用することだと結論づけられています。代謝の表現型(MS/MS)と遺伝子型(NGS)を照らし合わせることで、効率と正確さを最大化できるのです [21]

偽陽性を減らす実用策:セカンドティア検査

NGSの本格導入を待たずに、現場でMS/MSの偽陽性を減らす実用的な工夫として広く使われているのが「セカンドティア検査(2段階目の検査)」です。1段階目(ファーストティア)で陽性となった検体に対し、同じろ紙血を使ってより精密な分析(液体クロマトグラフィー併用のLC-MS/MSなど)を追加で行い、本当に陽性かどうかを絞り込みます。たとえば先天性副腎過形成症(CAH)では、このセカンドティア検査によって偽陽性率を約90%減らし、PPVを大きく改善できたと報告されています [12][13]。NGSと並ぶ、現実的で重要な精度向上の戦略です。

NGS社会実装への壁

ただし、全ゲノムシーケンシング(WGS)やエクソームシーケンシングを世界中で一次検査として導入するには、まだ多くの壁があります [16]

  • 結果が出るまでの時間(TAT):障害が起こる前に介入する必要があるため、数日〜数週間の遅れは致命的。最新のプロトコルでも結果報告まで最短4日ほどで、安定運用にはまだ改善が必要 [16]
  • 莫大なコストと設備:全集団を無停止で解析する機器・維持費は高額で、各国の医療財政を圧迫しかねない [16]
  • 人種的な偏り:現在の参照ゲノムは欧米系に偏っており、カリフォルニア大学の研究ではWGSの偽陰性率が約12%と高止まりし、現時点では生化学的検査を完全には置き換えられないと報告 [24]
  • データ解釈の限界:意義不明変異(VUS)や偽遺伝子によるエラーが頻発し、臨床遺伝学者やバイオインフォマティシャンの膨大な人手が必要 [16]

💡 用語解説:意義不明変異(VUS)とは

VUS(Variant of Uncertain Significance)とは、見つかった遺伝子の違いが「病気を起こすのか、無害なのか、現在の科学では判断できない」というグレーゾーンの状態を指します。遺伝子をたくさん調べるほどVUSも多く見つかるため、ゲノム時代の新生児スクリーニングでは、このVUSをどう扱うかが大きな課題になります。詳しくはVUSの臨床的取り扱いのページもご参照ください。

6. 世界の最前線:国家規模のパイロットプロジェクト

ゲノムスクリーニングが本当に役立つのかを検証するため、世界各地で国家レベルの大規模な実証研究が進んでいます。代表的な三極(英国・EU・米国)の取り組みを紹介します。

英国:Generation Study(Genomics England)

英国のGenomics EnglandがNHSと共同で進める「Generation Study」は、2024年10月に正式に開始された世界最大級の取り組みです。10万人の新生児の全ゲノムを解析し、200以上の「治療可能な希少疾患」をスクリーニングすることを目指しています [10][11]。妊娠20週ごろからご両親に参加を呼びかけ、36週までに同意を得る設計で、既存の「かかと採血スクリーニング」と並行して行われます。重要なのは、証拠が弱い・不確実な変異は報告しないという方針で、「将来発症しない病気」についてご両親を不安にさせないよう配慮されている点です [11]

EU:Screen4Careプロジェクト

EUの「Screen4Care」は、遺伝学的アプローチとデジタルヘルスを組み合わせるユニークな戦略を採用しています。希少疾患の患者が正しい診断に辿り着くまで何年も病院を渡り歩く「診断の旅(Diagnostic Odyssey)」を、ゲノミクスとデジタル技術で短縮することが目的です [25][26]。ドイツ・チェコ・イタリアの病院でパイロットを実施し、直ちに治療可能な疾患を網羅する「TREATパネル」と、早期のモニタリングが有用な「ACTパネル」の2つに病気を分類しています [26]

米国:BabySeq Project

米国では国立衛生研究所(NIH)の資金で「BabySeq Project」が進められています。これは健康な新生児とNICUに入院した赤ちゃんの双方を対象とした、世界初のランダム化比較試験(RCT)です。標準ケアのみの群と、標準ケアにゲノムシーケンシングを加えた群にランダムに割り付け、その影響を検証しました [9]。初期の結果は、「ゲノム解析の過剰な情報がご両親に耐え難い心理的苦痛を与えるのではないか」という懸念を覆すもので、長期的・持続的な心理的トラウマの証拠は示されませんでした。医療費の増加は確認されたものの、医療経済を破綻させるほどではなかったと報告されています [9]

7. 疾患選択基準の進化:Wilson & JungnerからICoNSへ

シーケンサーの性能向上により「技術的には何千もの病気を調べられる」時代になりました。だからこそ「どの病気を対象にすべきか(すべきでないか)」という問いが、これまで以上に複雑になっています。

💡 用語解説:Wilson & Jungner基準とは

1968年にWHOが発表した、スクリーニング対象を選ぶための古典的な原則です。「公衆衛生上重要な病気であること」「無症状の時期があること」「受け入れ可能な治療法があること」「適切で安価な検査があること」「利益が害を上回ること」などが含まれます。PKUのような病気はこの基準を完全に満たす理想的な対象でした。しかし、自然史が不明な希少疾患や、発症するか分からない変異まで簡単に見つかってしまうゲノム時代には、この古典的基準だけでは判断しきれなくなっています [27][28]

この理論的なギャップを埋めるため、世界中のゲノム研究者・臨床医・政策立案者が結集して「新生児シーケンシングに関する国際コンソーシアム(ICoNS)」が設立され、新たな合意ガイドラインが策定されました [29]。ICoNSは、明確な「臨床的に行動できること(アクショナビリティ)」に基づいた新しい原則を提唱しています [30]

💊 治療可能性の重視

早期の治療や厳密な経過観察で予後が劇的に改善する病気に、対象を厳しく限定すべき [30]

⏱️ 生後早期の介入

少なくとも5歳未満に治療やモニタリングを始めなければならない病気に焦点を当てる [23]

🎯 精度と明確性

不必要な不安を避けるため、軽度の違いや単なる保因者状態は報告対象から除外すべき [30]

⚖️ 有病率より公平性

極めてまれな病気でも、重篤で治療可能なら見捨てずパネルに組み込むべき [30]

8. 倫理的・心理的・社会的課題(ELSI)

ゲノム技術による新生児スクリーニングの推進は、医学的なブレイクスルーであると同時に、患者の権利と家族のあり方を根本から問う深い倫理的・法的・社会的課題(ELSI)を引き起こします。

「知らされない権利」と子どもの最善の利益

💡 用語解説:知らされない権利(Right not to know)とは

「自分の遺伝情報を、あえて知らされないでいる権利」のことです。UNESCOのヒトゲノムと人権に関する世界宣言などで、基本的な権利として保障されています。全ゲノムを解析すると、アルツハイマー病や特定のがんなど、成人になってから発症する病気の素因まで分かってしまうため、「赤ちゃんのうちにそこまで知るべきか」という問いが生じます。今すぐ何もできない情報を開示することは、ご両親を過度な不安に陥れ、過保護な子育てを招き、子ども自身の自尊心を傷つけるリスクをはらみます [16]

米国の医療倫理学者レイニー・ロス博士は、新生児期に成人発症の病気の遺伝子検査を行う危険性に警鐘を鳴らし、それは「待機患者(Patients in waiting)」——いつ来るか分からない発症を、何十年も、あるいは生涯来ないかもしれないのにただ待ち続ける人——を作り出してしまうと指摘しています [31]

BabySeqの「BRCA2開示事例」が投げかけた問い

この議論は抽象的なものではなく、BabySeqで実際に起きた事例によって象徴的な局面を迎えました。当初のプロトコルでは「小児期に発症する病気の変異に限定して結果を返す」と定められていましたが、家族歴がまったくないにもかかわらず、ある新生児のゲノムからBRCA2遺伝子変異(乳がん・卵巣がんの強力なリスク因子)が偶然見つかったのです [9]

研究チームは、この重大な情報を「プロトコルの規定だから」と親に隠すことに強い道徳的苦痛を感じ、最終的に治験審査委員会に開示の許可を求めました。その論拠は「家族の利益」でした。新生児がBRCA2変異をもつなら、高い確率で親のどちらかも同じ変異をもっている——親にこれを伝え、予防的な検診や手術で親の命を守ることは、結果的に「親が健在で養育環境が保たれること」を通じて、間接的に子どもの最善の利益につながる、という考え方です [9]。一方で「家族の利益を理由に小児のスクリーニング対象を成人発症疾患まで広げるのは逸脱だ」という強い批判も巻き起こり、「誰が情報を所有し、誰のために行動すべきか」という根本的なジレンマを浮き彫りにしました [9]

仲田洋美院長

🩺 院長コラム【「知る」ことが、いつも幸せとは限らない】

このBRCA2の事例は、私にとって決して他人事ではありません。私は成人のHBOC(遺伝性乳がん卵巣がん)やリンチ症候群の遺伝カウンセリングを長年担ってきました。BRCAの結果を本人やご家族にどうお伝えするか——その重みを、現場で何度も実感してきたからです。「家族の利益のために伝えるべきだ」という研究チームの苦悩は、痛いほど理解できます。

けれど、生まれたばかりの赤ちゃんに、何十年も先のがんの可能性を背負わせることが本当にその子のためなのか。遺伝学を学べば学ぶほど、私は「知ること」と「幸せ」が必ずしも一致しないことを思い知らされます。だからこそ、結果を返す前の段階で、ご家族がどこまで知りたいのかを一緒に整理する遺伝カウンセリングが、ゲノム時代にはますます欠かせないと感じています。

ダイナミックコンセントという新しい考え方

こうした課題を踏まえ、ゲノムベースの新生児スクリーニングを社会に実装する際には、従来の暗黙的・強制的なやり方ではなく、明確なインフォームドコンセントが必須になります。

💡 用語解説:ダイナミックコンセントとは

「一度同意したら終わり」ではなく、家族の心理的な準備や子どもの成長段階に応じて、返してほしい結果の範囲を柔軟に変えられる同意のしくみです。たとえば「最初は重い小児の病気だけを知り、成人後に本人の意思で遅発性の病気の結果を開示する」といった選択ができます。複雑な遺伝情報を理解するための電子的な意思決定支援ツールの導入とあわせて、患者中心の医療を実現する鍵として議論されています [16]

9. 日本における新生児スクリーニングと今後

日本で公費により実施される対象疾患

日本では、ガスリー法の時代から続く公費による新生児マススクリーニングが全国で実施されています。現在はタンデム質量分析(MS/MS)を中核に、おもに次のアミノ酸・有機酸・脂肪酸・糖質の代謝異常症と内分泌疾患が一次対象疾患として調べられています [34]。いずれも「早く見つけて早く治療を始めれば予後が大きく改善する」病気です。

カテゴリー 対象疾患
アミノ酸代謝異常症 フェニルケトン尿症(PKU)、メープルシロップ尿症、ホモシスチン尿症シトルリン血症1型、アルギニノコハク酸尿症
有機酸代謝異常症 メチルマロン酸血症、プロピオン酸血症、イソ吉草酸血症、メチルクロトニルグリシン尿症、ヒドロキシメチルグルタル酸(HMG)血症、複合カルボキシラーゼ欠損症、グルタル酸血症1型
脂肪酸代謝異常症 中鎖アシルCoA脱水素酵素(MCAD)欠損症、極長鎖アシルCoA脱水素酵素(VLCAD)欠損症、三頭酵素(TFP)欠損症、カルニチンパルミトイルトランスフェラーゼ1(CPT1)欠損症
糖質代謝異常症 ガラクトース血症
内分泌疾患 先天性甲状腺機能低下症、先天性副腎過形成症

これらの対象疾患は固定されたものではなく、医療技術の進歩や社会のニーズに応じて見直されていきます。では、新しい病気を対象に加えるかどうかを、日本ではどのように決めているのでしょうか。

日本のスクリーニング体制は、世界有数の精度とカバレッジを誇る一方で、対象疾患を追加する際の意思決定に、米国のような透明性の高い統一基準が長らくありませんでした [32]。この課題に対し、国立保健医療科学院や国立成育医療研究センターの研究チームは「階層分析法(AHP)」を用いた客観的な評価モデルの開発を進めています [32]

💡 用語解説:階層分析法(AHP)とは

複数の評価項目の「重み付け」を行い、複雑な意思決定を客観的・透明に進めるための手法です。新生児スクリーニングでは、「どの病気を公費負担の対象に組み込むべきか」を、主観的な議論ではなく数値に基づいて判断する枠組みとして使われます。2022年の研究では、医師を中心とする143人のステークホルダーに調査が行われ、病気の罹患率や、結果が出る前(生後96時間以内)に重い症状が出る確率、検査結果の返却時間(TAT)などが評価項目として重み付けされました [32][33]

また日本では、国際的なトレンドを追うだけでなく、独自の特性に合わせた最適化も続けられています。たとえば先天性甲状腺機能低下症(CH)の増加を受け、偽陽性と偽陰性のバランスを最適化するためのTSH(甲状腺刺激ホルモン)カットオフ値の見直しや、低出生体重児の特異な反応パターンの解明が進められています。さらに、新生児期にPKUやCHと診断された方が成人したときの長期的なアウトカムや生活の質(QOL)の追跡調査も行われ、システムの改善に役立てられています [34]

10. この検査と遺伝医療・出生前診断とのつながり

新生児スクリーニングは「生まれた後」の検査ですが、その対象となる病気の多くは遺伝のしくみと深く関わっています。PKUや嚢胞性線維症のように常染色体劣性遺伝(潜性遺伝)の病気では、ご両親がともに同じ病気の保因者であるときに、子どもに発症する可能性が出てきます。ここで、新生児スクリーニングと「生まれる前・妊娠前の検査」がつながります。

妊娠前・妊娠中にできること:保因者検査と出生前診断

💍 妊娠前(保因者検査)

先天性代謝異常症の多くは、生まれてすぐ治療を始めれば正常な発達が期待できます。ご夫婦が保因者かどうかを事前に知るのが拡大版保因者(キャリア)スクリーニングです。

詳しくは遺伝子ブライダルチェックのページをご覧ください。

🤰 妊娠中(出生前診断)

妊娠中には、染色体や単一遺伝子の異常を調べるNIPT(新型出生前診断)などのスクリーニングがあります。

陽性の場合は羊水検査・絨毛検査などの確定検査が選択肢となります。

これら「妊娠前」「妊娠中」「出生後」のどの段階でも、結果をどう受け止め、どう次の一手を考えるかを一緒に整理するのが遺伝カウンセリングであり、それを担うのが臨床遺伝専門医です。ゲノム時代の新生児スクリーニングでVUSや成人発症疾患の情報が増えるほど、こうした専門的な伴走の重要性は高まっていきます。

11. よくある誤解

誤解①「スクリーニングで陽性=病気が確定」

スクリーニングはあくまで「ふるい分け」です。陽性は「もっと詳しく調べる必要がある」という意味で、確定診断は別の精密検査で行います。とくにMS/MSは偽陽性が出やすいため、陽性でも実際には病気でないことが多くあります。

誤解②「ゲノム時代だから何でも調べた方がいい」

技術的には何千もの病気を調べられますが、今すぐ治療できない病気や、発症するか分からない変異まで知ることが、必ずしも子どもや家族の利益になるとは限りません。ICoNSは「治療可能性」を最重視しています。

誤解③「新生児スクリーニングは血液検査だけ」

血液ろ紙検査に加えて、心臓を調べるパルスオキシメトリー耳を調べる聴覚スクリーニングという3つの柱で成り立っています。血液では見つからない心疾患や難聴を見つける役割があります。

誤解④「NGSがMS/MSを完全に置き換える」

現時点ではNGS単独の偽陰性率がまだ高く、参照ゲノムの人種的偏りもあるため、置き換えではなく「MS/MSとNGSの統合・併用」が国際的な最適解とされています。

臨床遺伝専門医からのメッセージ

仲田洋美院長

🩺 院長コラム【技術の進歩と、それを使う人間の成熟と】

新生児スクリーニングは、ガスリー博士の濾紙血という一人の科学者の執念から生まれ、半世紀を経てゲノムシーケンシングという精密医療の入り口へと劇的に進化しました。MS/MSが代謝の異常を瞬時にとらえ、パルスオキシメトリーが心臓の危機を見つけ、聴覚検査が耳の障害を拾い上げる——この三位一体の仕組みが、毎年何万人もの赤ちゃんを死と障害の淵から救っています。

けれど、技術が進むほど、私たちは「できること」と「すべきこと」の差を慎重に見極めなければなりません。BRCA2の事例が示したように、ゲノムは時に答えのない問いを家族に突きつけます。臨床遺伝専門医として文献を踏まえると、これからの新生児スクリーニングの成功は、最新の機器を入れることだけでは決まりません。不確実な情報に直面したご家族を、心理的な苦痛や偏見から守り続ける——その遺伝カウンセリングと社会的なセーフティネットの厚さこそが、この「命を救う最初の検査」を本当の意味で成熟させるのだと、私は考えています。

よくある質問(FAQ)

Q1. 新生児スクリーニングは必ず受けないといけないのですか?

国や地域によって制度は異なりますが、多くの国で公衆衛生プログラムとして広く実施され、受検率は非常に高くなっています。アメリカでは年間約400万人の新生児の98%以上が受けています [1]。重い病気を症状が出る前に見つけ、後戻りできない障害を防ぐための大切な検査です。日本での具体的な実施方法については、お産をする施設や自治体にご確認ください。

Q2. スクリーニングで「陽性」と言われたら、もう病気が確定なのですか?

いいえ。スクリーニングはあくまで「ふるい分け」で、陽性は「もっと詳しく調べる必要がある」という意味です。とくにMS/MSは病気を見逃さないために基準を厳しめにしているため、偽陽性(本当は病気でないのに陽性と出ること)が起こりやすく、ある研究では陽性的中率(PPV)が5.29%にとどまったと報告されています [22]。陽性の場合は、改めて確定診断のための精密検査を受けることになります。

Q3. どんな病気が新生児スクリーニングの対象になっていますか?

アメリカのRUSP(推奨統一スクリーニングパネル)では、有機酸・脂肪酸・アミノ酸代謝異常症、内分泌疾患(先天性甲状腺機能低下症など)、ヘモグロビン異常症、嚢胞性線維症、重症先天性心疾患(CCHD)、難聴、重症複合免疫不全症(SCID)、脊髄性筋萎縮症(SMA)など幅広い病気が中核疾患とされています [8]。「早く見つけて治療すれば予後が大きく改善する病気」が中心です。

Q4. 次世代シーケンシング(NGS)を使えば、もっと多くの病気が分かるのですか?

NGSは遺伝子のDNA配列を直接読むため、従来のMS/MSより多くの情報が得られ、偽陽性も減らせます。ある研究ではNGS併用で陽性的中率が70.83%まで向上しました [22]。ただし現時点では結果が出るまでの時間・コスト・参照ゲノムの人種的偏り・意義不明変異(VUS)の解釈などの課題があり、MS/MSを完全に置き換えるのではなく「統合・併用」するのが国際的な最適解とされています [21]

Q5. ゲノムでの新生児スクリーニングには、どんな倫理的な問題があるのですか?

全ゲノムを調べると、成人になってから発症する病気(がんやアルツハイマー病など)の素因まで分かってしまいます。これは「知らされない権利」と衝突します。米国のBabySeqでは、家族歴のない新生児からBRCA2変異が偶然見つかり、「子どもに伝えるべきか」をめぐって大きな議論になりました [9]。今すぐ治療できない情報を開示することの是非は、現在も活発に議論されています。

Q6. 妊娠前や妊娠中に、子どもの病気のリスクを調べることはできますか?

はい、段階に応じた選択肢があります。妊娠前には、ご夫婦が常染色体劣性遺伝の病気の保因者かどうかを調べる保因者検査(遺伝子ブライダルチェック)があります。妊娠中にはNIPTなどのスクリーニングがあり、結果の受け止め方や次の一手は遺伝カウンセリングで一緒に整理できます。どの検査を受けるかは、ご家族の価値観に沿って選ぶことが大切です。

Q7. 偽陽性を減らすために、どんな工夫がされていますか?

代表的なのが「セカンドティア検査(2段階目の検査)」です。1段階目で陽性となった検体に対し、同じろ紙血でより精密な分析を追加し、本当に陽性かを絞り込みます。先天性副腎過形成症(CAH)では、この方法で偽陽性率を約90%減らせたと報告されています [12][13]。また、NGSを併用して遺伝子レベルで確認する方法も精度向上に役立っています [21]

Q8. 世界では、新生児の全ゲノムを調べる研究が始まっているのですか?

はい。英国のGenomics Englandは「Generation Study」で10万人の新生児の全ゲノムを解析し、200以上の治療可能な希少疾患をスクリーニングする研究を2024年に開始しました [10][11]。EUのScreen4Care、米国のBabySeqも同様の実証研究を進めています [9][26]。いずれも「証拠が不確実な変異は報告しない」など、家族を不必要に不安にさせない配慮が重視されています。

🏥 出生前診断・遺伝子検査のご相談

保因者検査・NIPT・遺伝カウンセリングなど
遺伝に関するご相談は
臨床遺伝専門医が在籍するミネルバクリニックにお気軽にどうぞ。

参考文献

  • [1] About Newborn Dried Blood Spot Screening. CDC. [CDC]
  • [2] Newborn Screening Is a Lifesaver. CDC. [CDC]
  • [3] Newborn Screening — History. New York State Department of Health, Wadsworth Center. [Wadsworth Center]
  • [4] 60 Years, Hundreds of Newborns Helped: A History of PKU Screening. Minnesota Department of Health. [MN Dept. of Health]
  • [5] 1961: First Screen for Metabolic Defect in Newborns. National Human Genome Research Institute. [genome.gov]
  • [6] CDC Grand Rounds: Newborn Screening and Improved Outcomes. PubMed. [PubMed 22647744]
  • [7] Liquid Chromatography–Tandem Mass Spectrometry in Newborn Screening Laboratories. PMC. [PMC9781967]
  • [8] Recommended Uniform Screening Panel (RUSP). HRSA / Newborn Screening. [HRSA]
  • [9] Ethical Issues in Newborn Sequencing Research: The Case Study of BabySeq. PMC. [PMC6889970]
  • [10] Newborn Genomes Programme (Generation Study). Genomics England. [Genomics England]
  • [11] The Generation Study: exploring genome sequencing in newborns. UK National Screening Committee. [UK NSC Blog]
  • [12] Reduction of the false-positive rate in newborn screening by implementation of MS/MS-based second-tier tests: The Mayo Clinic experience. Journal of Inherited Metabolic Disease. [Springer]
  • [13] Clinical Utility of Second-tier Testing in Newborn Screening for Congenital Adrenal Hyperplasia. HK J Paediatr. [HKJPaed]
  • [14] Newborn Screening Process (Blood Spot / Pulse Oximetry / Hearing). HRSA / Newborn Screening. [HRSA]
  • [15] Newborn Hearing Screening Fact Sheet. Minnesota Department of Health. [MN Dept. of Health PDF]
  • [16] Next-Generation Sequencing in Newborn Screening: A Review of Current State. Frontiers in Genetics. [Frontiers]
  • [17] Newborn Screening in the Age of Genomics: Innovation Versus Evidence. Clinical Laboratory News (AACC). [myadlm.org]
  • [18] Clinical Screening and Diagnosis for Critical Congenital Heart Defects. CDC. [CDC]
  • [19] Pulse oximetry screening in newborns to enhance detection of critical congenital heart disease. PMC. [PMC5804633]
  • [20] Newborn Hearing Screening. American Academy of Audiology. [AAA]
  • [21] Next-generation sequencing based newborn screening and comparative analysis with MS/MS. PMC. [PMC10985934]
  • [22] Newborn Screening for Inborn Errors of Metabolism by Next-Generation Sequencing Combined with Tandem Mass Spectrometry. International Journal of Neonatal Screening (MDPI). [MDPI]
  • [23] Expert consensus on the combined screening of genes and biomarkers for neonatal diseases. PMC. [PMC12894176]
  • [24] Newborn screening: the pros and cons of genome sequencing. Genomics Education Programme (NHS). [NHS GEP]
  • [25] SCREEN4CARE. EURORDIS – Rare Diseases Europe. [EURORDIS]
  • [26] What is Screen4Care? Screen4Care Project. [Screen4Care]
  • [27] Revisiting Wilson and Jungner in the genomic age: a review of screening criteria over the past 40 years. PMC. [PMC2647421]
  • [28] Wilson and Jungner Revisited: Are Screening Criteria Fit for the 21st Century? PMC. [PMC11417796]
  • [29] International Consortium on Newborn Sequencing (ICoNS). iconseq.org. [ICoNS]
  • [30] ICoNS Defines the New Global Standard for Genomic Newborn Screening. iconseq.org. [ICoNS]
  • [31] Should newborns get genetic testing for adult-onset conditions? UChicago News. [UChicago News]
  • [32] Development of a Model for Quantitative Assessment of Newborn Screening in Japan Using the Analytic Hierarchy Process. PubMed. [PubMed 37489492]
  • [33] Development of a Model for Quantitative Assessment of Newborn Screening in Japan Using the Analytic Hierarchy Process. PMC. [PMC10366826]
  • [34] Newborn Screening in Japan—2021. International Journal of Neonatal Screening (MDPI). [MDPI]

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疾患フェニルケトン尿症(PKU)新生児スクリーニングの原点となった代謝の病気。原因・症状・治療を解説。用語解説次世代シーケンシング(NGS)DNAを直接読む技術。ゲノム時代の新生児スクリーニングを支える基盤。用語解説VUS(意義不明変異)とはゲノム検査で増える「判断できない結果」の意味と扱い方を解説。検査遺伝子ブライダルチェック(保因者検査)妊娠前にご夫婦が保因者かを調べ、お子さんのリスクを把握する検査。遺伝相談遺伝カウンセリングとは検査結果の受け止め方や次の一手を一緒に整理する遺伝医療の入口。遺伝相談臨床遺伝専門医とは遺伝に関する診療・検査・カウンセリングを担う専門医について解説。

仲田洋美 医師(臨床遺伝専門医)

この記事の監修・執筆者:仲田 洋美

(臨床遺伝専門医/がん薬物療法専門医/総合内科専門医)

ミネルバクリニック院長。1995年に医師免許を取得後、 臨床遺伝学・内科学・腫瘍学を軸に診療を続けてきました。 のべ10万人以上のご家族の意思決定と向き合ってきた臨床遺伝専門医です。

出生前診断(NIPT・確定検査・遺伝カウンセリング)においては、 検査結果の数値そのものだけでなく、 「結果をどう受け止め、どう生きるか」までを医療の責任と捉え、 一貫した遺伝カウンセリングと医学的支援を行っています。

ハイティーンの時期にベルギーで過ごし、 日本人として異文化の中で生活した経験があります。 価値観や宗教観、医療への向き合い方が国や文化によって異なることを体感しました。 この経験は現在の診療においても、 「医学的に正しいこと」と「その人にとって受け止められること」の両立を考える姿勢の基盤となっています。

また、初めての妊娠・出産で一卵性双生児を妊娠し、 36週6日で一人を死産した経験があります。 その出来事は、妊娠・出産が女性の心身に与える影響の大きさ、 そして「トラウマ」となり得る体験の重みを深く考える契機となりました。 現在は、女性を妊娠・出産のトラウマから守る医療を使命の一つとし、 出生前診断や遺伝カウンセリングに取り組んでいます。

出生前診断は単なる検査ではなく、 家族の未来に関わる重要な意思決定です。 年齢や統計だけで判断するのではなく、 医学的根拠と心理的支援の両面から、 ご家族が後悔の少ない選択をできるよう伴走することを大切にしています。

日本人類遺伝学会認定 臨床遺伝専門医/日本内科学会認定 総合内科専門医/ 日本臨床腫瘍学会認定 がん薬物療法専門医。 2025年には APAC地域における出生前検査分野のリーダーとして国際的評価を受け、 複数の海外メディア・専門誌で特集掲載されました。

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