目次
SNP法のNIPTは、「胎児の染色体は正常」「母親由来のトリソミー」「父親由来のトリソミー」といった複数の仮説を立て、測定したデータがどの仮説で最も起こりやすいか(尤度)を比べて判定する検査です。全ゲノムを読むWGS法が「染色体の量がどれだけ多いか」を数えるのに対して、SNP法は母親と胎児で異なるDNAの1文字の違い(SNP)を手がかりに、アレル(対立遺伝子)の比率がどの仮説にいちばん合うかを計算します。このページでは、5つの基本の仮説、アレルの比率の計算、二項分布を使った確率の求め方、尤度を掛け合わせて判定するまでの流れを計算例で示し、母親由来の一部のトリソミーがSNP法で見つけにくい理由まで解説します。
Q. SNP法のNIPTはどうやってトリソミーを判定するのですか?
A. SNPごとにアレルの比率(たとえばAが何%か)を測り、「正常」と「各種のトリソミー」のそれぞれの仮説のもとで、その比率が観察される確率を計算します。数千か所のSNPの情報を、SNP間の相関や組換えを考慮するモデルで組み合わせて仮説ごとの尤度を求め、トリソミーの仮説が正常の仮説を十分に上回ったときに陽性と判定します。トリソミーが母親と父親のどちらに由来し、減数分裂のどの段階で起きたかによって、見つけやすさが変わります。
- ➤5つの仮説 → 正常(ダイソミー)、母親由来M1・M2、父親由来M1・M2のトリソミー
- ➤アレルバランス → 胎児ゲノム率10%で母親AA・胎児ABなら、Aは95%になる
- ➤二項分布 → 50リード中Aが47本となる確率は、正常の仮説で約0.22
- ➤見つけにくい型 → 21トリソミーの約7割を占める母親の第一減数分裂由来は、比率の変化が小さい

⏱️ 30秒でわかる要約
🧬 Q. SNP法は何を測っているの?
母親と胎児でDNAの1文字が違う場所(SNP)で、AとBのアレルがそれぞれ何本読まれたかを数え、その比率(アレルバランス)を測っています。
🧮 Q. どうやって陽性・陰性を決めるの?
「正常」「母親由来のトリソミー」「父親由来のトリソミー」などの仮説ごとに、測った比率が出る確率を計算します。いちばんよく当てはまる仮説を、十分な差がついたときに結果として返します。
👩 Q. 見つけにくいトリソミーはあるの?
母親の第一減数分裂で起きたトリソミーは、アレルの比率の変化が小さく、胎児ゲノム率が低いと見つけにくくなります。父親由来のトリソミーは変化が大きく、見つけやすい型です。
1. SNP法の判定の考え方:仮説を比べる
SNP法のNIPTは、ありうる胎児の染色体の状態を「仮説」として並べ、測定データを最もよく説明する仮説を選ぶという考え方で判定します。SNP(一塩基多型)とは、人によってDNAの1文字が違う場所のことです。SNP法では、マルチプレックスPCRという方法で、あらかじめ決めた数千か所のSNPを含むDNA断片だけを増やして読み取ります。SNP法の全体像はSNPベースのNIPT①のページで解説しました。
WGS法の判定は、染色体ごとのリードの量を数え、期待される量からのずれをZスコアという1つの数で表すものでした(WGSベースのNIPT①)。SNP法は発想が違います。「この胎児が正常だったら、このSNPではどのような比率が見えるはずか」「父親由来のトリソミーだったら、どのような比率になるはずか」を仮説ごとに計算し、実際に測った比率と照らし合わせます。量ではなく「比率のパターン」を見る検査だと言えます[1][2]。
📘 用語解説:尤度(ゆうど)と確率の違い
確率は「仮説が決まっているとき、あるデータが出る見込み」です。尤度は向きが逆で、「データが決まっているとき、それぞれの仮説がどのくらいそのデータをうまく説明できるか」を表す量です。計算する式は同じでも、確率はデータを動かして考え、尤度は仮説を動かして考えます。SNP法は、測ったデータを固定し、仮説を入れ替えながら尤度を比べます。詳しくは尤度とはのページで解説しています。
2. 5つの基本の仮説:トリソミーの由来で分ける
SNP法が比べる基本の仮説は、正常(ダイソミー)、母親由来のM1トリソミー、母親由来のM2トリソミー、父親由来のM1トリソミー、父親由来のM2トリソミーの5つです。M1とM2は、減数分裂の第一分裂(M1)と第二分裂(M2)のどちらで染色体の不分離が起きたかを表します[3]。
🧬 SNP法が比べる5つの基本の仮説
| 仮説 | 胎児が受け継ぐ染色体 | アレルの特徴 |
|---|---|---|
| 正常(ダイソミー) | 母親から1本、父親から1本 | 基準となるパターン |
| 母親由来M1 | 母親の2本(相同染色体の両方)+父親1本 | 母親の2種類のアレルが両方入る |
| 母親由来M2 | 母親の同じ1本のコピー2本+父親1本 | 母親の同じアレルが2つ入る |
| 父親由来M1 | 母親1本+父親の2本(両方) | 父親の2種類のアレルが両方入る |
| 父親由来M2 | 母親1本+父親の同じ1本のコピー2本 | 父親の同じアレルが2つ入る |
※動原体(セントロメア)近くの領域で考えた場合の基本形です。組換えがあると、同じ染色体の中で、異なる相同染色体由来のアレルを持つ区間と、同じ由来のアレルを重複して持つ区間が混在します。これは不分離の発生段階そのものが区間ごとに変わるという意味ではありません。
トリソミーを1つの仮説にまとめず、由来と段階で4つに分けて考えるのは、それぞれが予測するアレルバランスのパターンが違うからです。母親がAAの場所で胎児にBが2つ入るのは父親由来の型だけですし、母親がABの場所で母親の2種類のアレルが両方とも胎児に入るのは、組換えの影響を除いた基本モデルでは母親由来M1の型です。組換えのある領域ではM2由来でも両方のアレルを受け継ぐことがあります。仮説ごとに「どの場所で、どの方向に、どれだけ比率がずれるか」の予測が異なるため、データ全体をそれぞれの予測と照らし合わせることで、トリソミーの有無だけでなく、その由来についても手がかりが得られます。
📘 用語解説:第一減数分裂(M1)と第二減数分裂(M2)
卵子や精子ができるときの減数分裂は2回の分裂からなります。第一分裂では父方由来と母方由来の相同染色体が分かれ、第二分裂では同じ染色体の複製(姉妹染色分体)が分かれます。第一分裂で分かれそこなうと「別々の2本」が、第二分裂で分かれそこなうと「同じ1本の複製2本」が、1つの卵子や精子に入ります。
組換えがあるため仮説は組み合わせで考える
実際の判定では、5つの仮説をそのまま使うだけでは足りず、組換えを考えた仮説の組み合わせを調べる必要があります。第一減数分裂の前には、相同染色体の間で一部を交換する組換え(交叉)が起こります。そのため、たとえば父親由来のトリソミーの染色体でも、ある区間では父親の2種類のアレルが両方ある「M1型」、別の区間では同じアレルが2つある「M2型」というように、染色体の途中でパターンが入れかわることがあります[1]。
アルゴリズムは、組換えがどこで起きたかの可能性も含めて仮説を広げ、それぞれを評価します。SNPを1つずつ計算する方法のほか、近くにあって一緒に受け継がれやすいSNPのまとまり(ハプロタイプ)単位で計算する方法もあります。ハプロタイプを使うと仮説をより細かく定義できるため、両親が特定のハプロタイプを持っている場合には信号を強められます。ただし、ハプロタイプ単位の計算の詳細は論文で公開されていない部分があり、このページではSNPを1つずつ計算する方法で原理を説明します。
3. アレルバランス:胎児のアレルが比率を動かす
アレルバランスとは、あるSNPで読まれたリードのうち、一方のアレル(ここではA)が占める割合のことで、SNP法が測っている基本の量です。母体の血液の中のDNAは大部分が母親由来で、一部(胎児ゲノム率の分)が胎盤由来です。母親と胎児のアレル(対立遺伝子)の組み合わせが違う場所では、胎盤由来のDNAがアレルバランスをわずかに動かします。
計算例:胎児ゲノム率10%で母親AA・胎児AB
母親がAA、胎児がABで、胎児ゲノム率が10%のとき、Aのアレルバランスは95%になります。血液中のDNAの90%は母親由来で、すべてAです。残り10%は胎盤由来で、その半分がA、半分がBです。したがってAは90%+5%=95%、Bは5%です。言いかえると、Aが19本読まれるごとにBが1本読まれる計算になります。
🧮 アレルバランスの計算(母親AA・胎児AB・胎児ゲノム率f)
Aの割合 =(1 − f)+ f × 1/2
f=0.10のとき:0.90+0.05=0.95(95%)。A:B=19:1
胎児がトリソミーだと、この比率が変わります。父親がBBで、父親由来のトリソミーのために胎児が父親からBを2つ受け継いでABBになった場合を考えます。胎児の染色体は3本あるので、胎盤由来のDNAではAが3分の1、Bが3分の2になります。母親由来のDNAと合わせて計算すると、胎児ゲノム率10%ではAの割合は約90.5%、胎児ゲノム率20%では約81.8%になります。
🧮 母親AAのSNPでのアレルバランス(Aの割合)
| 胎児の状態 | 胎児ゲノム率10% | 胎児ゲノム率20% |
|---|---|---|
| 正常:胎児AA | 100% | 100% |
| 正常:胎児AB | 95.0% | 90.0% |
| 父親由来トリソミー:胎児ABB | 約90.5% | 約81.8% |
※ここでfは、通常2コピーの領域を基準にした胎盤由来DNAの割合です。トリソミーでは当該染色体が3コピーになるため、局所的な胎盤由来DNAの割合はfと異なります。母親由来のDNAとの比も変わります。計算:Aの割合={(1−f)×2+f×1}÷{(1−f)×2+f×3}。
まず母親の遺伝子型を推定する
計算の最初の段階では、観察されたアレルバランスから、そのSNPでの母親の遺伝子型を推定します。血液中のDNAの大部分は母親由来なので、アレルバランスは母親の遺伝子型を強く反映します。Aの割合が100%近くなら母親はAA、50%前後なら母親はAB、0%近くなら母親はBBと推定できます。胎児由来のDNAは、その値をわずかに動かすだけです。
母親の遺伝子型によって、どのような胎児の遺伝子型がありうるか、各仮説でどのような比率が期待されるかが変わります。母親がAAの場所では、胎児が父親から受け継いだBのアレルが「小さな山」として見え、父親由来のアレルを数える手がかりになります。母親がABの場所では、50%の周りで比率がわずかに上下し、母親のどちらのアレルが胎児に渡ったかを推定する手がかりになります。SNP法は、この2種類の情報を組み合わせて仮説を評価します。
なぜ多型(ヘテロ接合)が必要なのか
SNP法の情報になるのは、母親と胎児でアレルの組み合わせが違うSNPです。母親も胎児もAAなら、胎児が正常でもトリソミーでもAは100%で、比率に差は生じません。父親から母親と違うアレルが受け継がれた場所や、母親がヘテロ接合(ABのように2種類のアレルを持つ)の場所で、はじめて仮説ごとの違いが見えてきます。そのため、SNP法では集団の中で2つのアレルがどちらもよく見られる(アレル頻度が高い)SNPが選ばれます。
📘 用語解説:アレルバランス
あるSNPの位置で読まれたリードのうち、一方のアレルが占める割合です。たとえば50本のリードのうちAが47本、Bが3本なら、Aのアレルバランスは94%です。母親の遺伝子型、胎児の遺伝子型、胎児ゲノム率の3つで、期待される値が決まります。
4. 二項分布で確率を求める:コイン投げの計算
ある仮説のもとで、各リードが独立で同じ確率でAを読むと仮定すれば、実際に測った本数が出る確率を二項分布で計算できます。実データにはPCR増幅の偏り、重複リード、読み取り誤りなどがあるため、それらを考慮したモデルや品質管理が必要です。二項分布は、表が出る確率が決まったコインをn回投げたとき、表がk回出る確率を表す分布です。SNPの読み取りに当てはめると、「Aが読まれる確率pのコインを、リードの本数n回投げて、Aがk回出る確率」になります。
🧮 二項分布の式
P(k|n, p)= nCk × p^k ×(1 − p)^(n − k)
n:そのSNPのリードの本数 / k:Aのリードの本数 / p:仮説から計算したAの割合 / nCk:n個からk個を選ぶ組み合わせの数
計算例:50リード中Aが47本
胎児ゲノム率10%の妊娠で、あるSNPを50本のリードで読んだところ、Aが47本、Bが3本(アレルバランス94%)だったとします。Aの割合が100%に近いことから、母親はAAとほぼ確実に推定できます。ここでは父親がBBと分かっているとします。
「正常(ダイソミー)」の仮説では、母親AA・父親BBなので、胎児は必ずABです。このとき期待されるAの割合は95%で、確率は次のように計算できます。
🧮 正常の仮説で「50本中Aが47本」が出る確率
50C47 × 0.95^47 × 0.05^3 ≒ 0.220
50C47=19,600通り。約22%の確率で、このような読み取り結果になります。
同じデータを「父親由来のトリソミー(胎児ABB)」の仮説で計算すると、期待されるAの割合は約90.5%で、確率は約0.153になります。「胎児AA」は父親がBBなので起こりえず、確率は0です。このSNP1か所だけでは、正常の仮説のほうが約1.4倍よくデータを説明する、という小さな差しか生まれません。
🧮 50本中Aが47本だったときの仮説ごとの確率(胎児ゲノム率10%・母親AA・父親BB)
| 仮説(胎児の遺伝子型) | 期待されるAの割合 | 確率 |
|---|---|---|
| 正常(AB) | 95.0% | 約0.220 |
| 父親由来トリソミー(ABB) | 約90.5% | 約0.153 |
| 正常(AA) | 100% | 0(父親BBでは起こりえない) |
※父親の遺伝子型が分からない場合は、父親がAA・AB・BBそれぞれである確率(集団のアレル頻度から求める)で重み付けして足し合わせます。
リードの本数が多いほど差がはっきりする
この例では、同じアレルバランスでも独立な読み取りの本数が多いほど、正常と父親由来トリソミーの尤度比が大きくなります。2つの仮説を同程度に支持する比率では、深く読んでもこのような差は生じません。50本中47本(94%)のときは、正常の仮説(約0.220)と父親由来トリソミーの仮説(約0.153)の差は約1.4倍でした。同じ94%でも、500本中470本だった場合に同じ計算をすると、正常の仮説で約0.046、父親由来トリソミーの仮説で約0.0012となり、差は約37倍に広がります。
リードが少ないと、コイン投げの回数が少ないのと同じで、たまたまの偏りが大きくなり、95%と90.5%のような近い値を見分けにくくなります。リードが多いほど観察される比率が期待値の近くに集まるため、仮説の違いが確率の差としてはっきり現れます。SNP法で1か所あたりのリードの本数(深さ)を十分に確保することが求められるのは、このためです。
分からない遺伝子型は重み付けして足し合わせる
実際の計算では、胎児の遺伝子型も、多くの場合父親の遺伝子型も分からないため、ありうる遺伝子型すべてについて確率を計算し、起こりやすさで重み付けして足し合わせます。式で書くと、各胎児遺伝子型の確率と、その型で観測データが出る確率との積を、すべての可能な型について足したものです。型はダイソミーならAA・AB・BB、トリソミーならAAA・AAB・ABB・BBBです。父親の遺伝子型が分からなければ、集団でのアレル頻度をもとに、父親がAA・AB・BBである確率でもう一段重み付けします。
🧮 1つのSNPで仮説Hのもとデータが出る確率
P(データ|H)= Σ P(データ|胎児の型, H)× P(胎児の型|母親・父親の型, H)
Σは仮説Hで可能な胎児の型(ダイソミーならAA・AB・BB、トリソミーならAAA・AAB・ABB・BBB)についての合計。父親の型が不明なら、さらに父親の型についても合計します。
父親の血液も採って父親の遺伝子型を調べれば、父親の遺伝子型についての重み付けが不要になり、仮説ごとの差がはっきりする場合があります。ただし、胎児がどのアレルを受け継ぐかについての重み付けは必要です。SNP法の検査で父親の検体の提出を任意で受け付けることがあるのは、このためです。ただし、父親の検体がなくても、集団のアレル頻度を使って計算することはできます。
🩺 院長コラム【「確率で判定する」ことの意味】
SNP法の計算を追っていくと、NIPTの結果が「見えた・見えない」ではなく、「どの仮説がデータをよりよく説明するか」という確率の比較から生まれていることがよく分かります。陰性という結果は、正常の仮説がトリソミーの仮説よりも十分にデータを説明できたという意味であり、トリソミーの可能性がゼロになったという意味ではありません。
臨床遺伝学の立場からは、この「確率で判定する検査である」という性質を理解しておくことが、陽性のときにも陰性のときにも結果を正しく受け止めるための土台になると考えています。陽性のときに羊水検査などで確かめる必要があるのも、同じ理由です。
5. 尤度を掛け合わせて判定する
1つのSNPで生まれる差は小さくても、調べる領域のすべてのSNPについて確率を掛け合わせると、仮説ごとの尤度には大きな差がつきます。仮説と関連する遺伝子型・組換え状態などを条件としてSNPごとの観測が独立なら、その確率の積が尤度になります。連鎖したSNPは独立とは限らないため、実際にはハプロタイプや組換えの相関をモデル化する必要があります。尤度は掛け算でとても小さな数になるため、実際には対数をとって足し算で計算するのが一般的です。
🧮 仮説Hの尤度
L(H)= P(SNP₁|H)× P(SNP₂|H)× … × P(SNPₙ|H)
※この積は条件付き独立を仮定した説明用の式です。すべての仮説について尤度を計算し、トリソミーの仮説と正常の仮説の比(尤度比)を比べます。
たとえば、1つのSNPで正常の仮説が1.4倍ずつ有利になるとします。同じ傾向のSNPが20か所あれば、尤度比は1.4の20乗で約837倍になります。実際には、SNPごとに有利な仮説も差の大きさもばらばらですが、数千か所の情報を積み重ねることで、1か所では見分けられない小さな差を区別できるようになります。WGS法がビンを平均して誤差を小さくするのと、考え方の根っこは同じです。
対数尤度で計算する理由
尤度は0から1の間の数を何千回も掛け合わせるため、そのままではコンピューターでも扱えないほど小さな数になります。そこで、対数をとって「掛け算」を「足し算」に置きかえた対数尤度で計算します。先ほどの50本中47本の例では、正常の仮説の確率0.220の常用対数は約−0.658、父親由来トリソミーの仮説の確率0.153の常用対数は約−0.814です。この1か所で、正常の仮説が対数で約0.16だけ有利ということになります。
すべてのSNPについてこの値を足し合わせれば、仮説ごとの対数尤度が得られます。2つの仮説の対数尤度の差は、尤度比の対数そのものです。差が2なら尤度比は100倍、差が4なら1万倍というように、対数の差が1増えるごとに支持の強さが10倍になります。
陽性と判定する基準
アルゴリズムは、トリソミーの仮説の尤度が正常の仮説の尤度を、検査全体の特異度を高く保てるだけの十分な差で上回ったときに、トリソミーと判定します。わずかに上回っただけで陽性にすると偽陽性が増えるため、差の基準は高めに設定されます。逆に、どの仮説もはっきり優位にならない場合は、判定保留(ノーコール)として報告されることがあります。
尤度比は「データがどちらの仮説をどれだけ支持するか」を表す量で、もともとの起こりやすさ(事前確率)とは別のものです。事前確率と尤度比を組み合わせて「その人が実際にトリソミーである確率」を求める考え方は、ベイズの定理そのものです。検査の報告書に示されるリスクの数値がどのように計算されているかは検査会社によって異なるため、報告書の説明に沿って読むことが大切です。
6. 見つけやすいトリソミーと見つけにくいトリソミー
SNP法では、トリソミーが母親と父親のどちらに由来し、減数分裂のどの段階で起きたかによって、アレルバランスの変化の大きさが違い、見つけやすさも変わります[4]。これはアレル比を利用するSNP法の理論モデルで生じる性質です。引用した2017年の研究はモデル計算・シミュレーションによる比較であり、特定の臨床検査の由来別感度を直接測ったものではありません。WGS法は染色体の量を数えるので、トリソミーの由来にかかわらず、胎児ゲノム率が同じなら信号の大きさは同じです。
21トリソミーの由来の内訳
21トリソミーの余分な染色体の大部分は母親に由来し、とくに母親の第一減数分裂の不分離が約7割を占めます。DNA多型を使って余分な21番染色体の由来を調べた研究をまとめると、母親の第一減数分裂が約7割、母親の第二減数分裂が約2割、父親由来は1割弱で、残りは受精後の体細胞分裂の誤りです[3]。母親の第一減数分裂の不分離は、母体年齢とともに増えることが知られています(なぜ卵子で染色体異常が起こるのか)。
📊 21トリソミーの余分な染色体の由来(おおよその割合)
| 由来 | 割合の目安 | SNP法での見つけやすさ |
|---|---|---|
| 母親の第一減数分裂(M1) | 約7割 | 比率の変化が小さく、見つけにくい |
| 母親の第二減数分裂(M2) | 約2割 | M1より変化が大きい |
| 父親由来 | 1割弱 | 変化が大きく、見つけやすい |
| 受精後の体細胞分裂 | 数% | モザイクになることが多い |
※割合は研究によって多少異なります。
父親由来のトリソミーが見つけやすい理由
父親由来のトリソミーは、母親が持っていないアレルが胎児に2つ入るため、アレルバランスが正常の場合からはっきりずれます。3の計算例のように、母親AAの場所で胎児が父親からBを2つ受け継ぐと、Bの割合は正常の場合のほぼ2倍になります。母親がAAの場所はたくさんあるので、このずれが多くのSNPで繰り返し観察され、高い確信度で検出できます。
母親由来M1トリソミーが見つけにくい理由
母親由来M1トリソミーでは、胎児に入る余分なアレルが、もともと血液中に大量にある母親のアレルと同じ種類であるため、比率の変化が小さくなります。母親がAB、父親がAAのSNPで、胎児ゲノム率10%の場合を計算してみます。
母親AB・父親AAのSNPでのAの割合(胎児ゲノム率10%)
目盛りの左端45%・右端60%
図1 母親由来M1トリソミーのアレルバランスは、2通りある正常の場合(50%と55%)の間に入ります(計算例による模式図)。
正常な胎児は母親からAかBのどちらかを受け継ぐので、Aの割合は50%か55%のどちらかです。母親由来M1トリソミーの胎児は母親のAとBを両方受け継ぐため、約52.4%になり、2通りの正常の値の間に入ってしまいます。正常の値から少しずれた位置ではありますが、測定のばらつきを考えると区別は簡単ではありません。この差は胎児ゲノム率が低いほど小さくなるため、母親由来M1トリソミーは、とくに胎児ゲノム率が低いときにSNP法で見つけにくくなります[4]。
胎児ゲノム率が低いと、この差はさらに縮まります。胎児ゲノム率4%で同じ計算をすると、正常の値は50.0%と52.0%、母親由来M1トリソミーの値は約51.0%となり、それぞれの差は約1%しかありません。リードの本数を増やしても、これほど近い値を1か所で見分けることは難しく、多数のSNPの情報を積み重ねてもなお、胎児ゲノム率が高い場合に比べて判定の確信度は下がります。
21トリソミーの約7割がこの型であることを考えると、これはSNP法の理論的な信号を考えるうえで重要な点です。実際の感度は、SNP数・深度・解析モデル・判定保留基準などにも左右されます。ただし、SNP法は高リスク・低リスクの両方の集団で検証が重ねられてきており[6]、2022年に報告された大規模な前向き研究(約2万人が登録され、17,851例で遺伝学的結果を確認したSNP法の研究)では、判定結果が得られた検体における21トリソミーの感度は約99%と報告されています。判定保留を除外した感度は、検査を受けた全員に対する検出率とは区別する必要があります[5]。由来による見つけやすさの違いは、主に胎児ゲノム率が低い場合に問題になる性質だと理解しておくとよいでしょう。胎児ゲノム率については胎児ゲノム率のページで解説しています。
母親由来M2トリソミーの場合
母親由来M2トリソミーでは、母親の同じアレルが2つ胎児に入るため、M1トリソミーよりもアレルバランスが正常の値から離れます。同じく母親AB・父親AA・胎児ゲノム率10%のSNPで考えると、胎児が母親のAを2つ受け継いだ場合(胎児AAA)はAの割合が約57.1%、Bを2つ受け継いだ場合(胎児ABB)は約47.6%になります。
正常の値は50%か55%でしたから、M2トリソミーの値はその範囲の外側に出ます。M1トリソミーの値(約52.4%)が正常の2つの値の間に埋もれてしまうのとは対照的です。ただし、組換えのために、同じ染色体でもM1型の区間とM2型の区間が混ざることがあり、実際の見え方は区間ごとに異なります。
7. 情報になるSNPの数が妊娠ごとに違う理由
WGS法では情報になるビンの数が染色体の長さで決まるのに対し、SNP法では情報になるSNPの数が、母親と父親の遺伝子型によって妊娠ごとに変わります。情報になるのは母親と胎児でアレルの組み合わせが違うSNPなので、両親の遺伝子型が似ているほど、その数は少なくなります。
両親の血縁関係と祖先集団の影響
両親が血縁関係にある場合は、両親で同じアレルを持つSNPが多くなるため、情報になるSNPが少なくなり、SNP法には向かないことがあります。また、ある祖先集団ではよく見られる多型が、別の祖先集団ではほとんど見られないこともあります。SNPのパネルがどの集団のデータをもとに選ばれたかによって、情報になるSNPの数は集団ごとに違ってきます[4]。
このように、SNP法の感度は胎児ゲノム率だけでなく、両親の遺伝子型の組み合わせにも左右されます。そのため、SNP法の検査では、情報になるSNPの数や胎児ゲノム率を確認する品質管理が欠かせません。条件を満たさない検体は、無理に判定せず判定保留とされます。
判定保留(ノーコール)になるとき
胎児ゲノム率が低い場合や、情報になるSNPが少ない場合には、どの仮説も十分な差で優位にならず、判定保留として報告されることがあります。判定保留は、検査が失敗したというより、「このデータからは確信をもって判定できない」という結論です。2022年に報告されたSNP法の大規模な前向き研究では、判定保留の割合は初回採血後は約3.4%、再採血を含めた最終的な割合は約1.6%でした[5]。判定保留のあとに再採血で判定できることもあれば、別の検査法を検討することもあります。判定保留を陰性と扱わず、妊娠週数、超音波所見や異数性リスクを踏まえて、確定検査を含む対応を相談する必要があります。
SNP法ならではの情報
SNP法は、母親と胎児のアレルを見分けて計算するため、量を数えるWGS法では分かりにくい情報も得られます。たとえば、胎児の染色体が1組多い三倍体では、すべての染色体の量が同じ割合で増えるため、染色体どうしの量を比べるWGS法では検出が難しくなります。SNP法では、アレルバランスのパターンが正常と異なるため、三倍体を示唆できることがあります。また、血液中に母親と胎児以外のアレルが見える場合には、双胎の一方が消失したバニシングツインなど、別のDNAの混入に気づく手がかりになります。
一方で、母親のアレルと異なるDNAが混ざることを前提に計算しているため、卵子提供妊娠などでは通常の母児の遺伝関係を前提とする計算をそのまま適用できません。ただし、卵子提供による単胎妊娠に対応した検査もあり、SNP法全体が適用不能という意味ではありません。どのような場合にSNP法が適さないかは、検査会社の説明を確認することが大切です。
🩺 院長コラム【検査法の得意・不得意を知っておく】
SNP法とWGS法は、どちらが優れているというより、得意なことと苦手なことが違う検査だと考えています。SNP法は三倍体やバニシングツインの手がかりを得やすい一方で、母親由来M1トリソミーは胎児ゲノム率が低いと見つけにくく、両親の血縁関係があると情報が減ります。WGS法はトリソミーの由来に左右されませんが、三倍体は苦手です。
臨床遺伝専門医としては、検査の名前や対象の項目数だけでなく、その検査がどのような原理で判定しているのかを知ったうえで結果を受け止めることが大切だと考えています。結果の意味は、検査法の性質と切り離して考えることはできません。
よくある質問(FAQ)
Q1. SNP法のNIPTはどうやってトリソミーを判定するのですか?
SNPごとにアレルの比率(アレルバランス)を測り、正常と、母親由来・父親由来の各種のトリソミーという仮説ごとに、その比率が観察される確率を計算します。数千か所のSNPの情報を、SNP間の相関や組換えを考慮するモデルで組み合わせて仮説ごとの尤度を求め、トリソミーの仮説が正常の仮説を十分に上回ったときに陽性と判定します。
Q2. 尤度と確率は何が違うのですか?
確率は、仮説が決まっているときにあるデータが出る見込みです。尤度は、データが決まっているときに、それぞれの仮説がそのデータをどのくらいうまく説明できるかを表す量です。SNP法では、測ったデータを固定して、仮説を入れ替えながら尤度を比べます。
Q3. 母親由来のトリソミーはSNP法で見逃されやすいのですか?
母親の第一減数分裂で起きたトリソミーは、アレルの比率の変化が小さく、胎児ゲノム率が低いときには見つけにくい性質があります。ただし、2022年に報告されたSNP法の大規模な前向き研究では、判定結果が得られた検体における21トリソミーの感度は約99%と報告されています。判定保留を除外した感度は、検査を受けた全員に対する検出率とは区別する必要があります。由来による違いは、主に胎児ゲノム率が低い場合に問題になります。
Q4. 父親の血液はなぜ必要なことがあるのですか?
父親の遺伝子型が分かれば、胎児が受け継ぎうるアレルの組み合わせが絞られ、仮説ごとの差がはっきりするためです。父親の検体がない場合でも、集団のアレル頻度を使って父親の遺伝子型の確率を見積もり、計算することはできます。
Q5. 両親が血縁関係にあるとSNP法は使えないのですか?
両親が同じアレルを持つSNPが多くなるため、情報になるSNPが少なくなり、SNP法には向かないことがあります。適用できるかどうかは検査会社の基準によるため、申し込みの際に血縁関係があることを伝え、検査法を選ぶことが大切です。
まとめ
SNP法のNIPTは、正常、母親由来M1・M2、父親由来M1・M2のトリソミーという5つの基本の仮説と、組換えを考えたその組み合わせを並べ、測定したアレルバランスがどの仮説で最も起こりやすいかを尤度で比べて判定します。1つのSNPでの確率は二項分布で計算でき、たとえば胎児ゲノム率10%で母親AA・胎児ABなら期待されるAの割合は95%、50本中Aが47本となる確率は約0.22です。説明用の独立モデルではSNPごとの確率を掛け合わせ、実際にはSNP間の相関や組換えも考慮して情報を統合することで、1か所では見分けられない差を区別します。
父親由来のトリソミーはアレルバランスのずれが大きく見つけやすい一方、21トリソミーの約7割を占める母親由来M1トリソミーは変化が小さく、胎児ゲノム率が低いと見つけにくくなります[3][4]。また、情報になるSNPの数は両親の遺伝子型によって妊娠ごとに変わります。SNP法の結果は、こうした原理と性質を踏まえて読むことが大切です。
🧬 NIPTをご検討の方へ
ミネルバクリニックには臨床遺伝専門医が常駐し、NIPTの検査前後の説明を臨床遺伝専門医が行っています。検査がどのような原理で判定しているのか、結果の数字が何を意味し、どのような場合に確定検査が必要になるのかまで、根拠に基づいてご説明します。陽性の場合の確定検査についても、院内でご案内しています。
NIPTの教科書:第3章のページ
参考文献
- [1] Zimmermann B, et al. Noninvasive prenatal aneuploidy testing of chromosomes 13, 18, 21, X, and Y, using targeted sequencing of polymorphic loci. Prenat Diagn. 2012;32(13):1233-1241. DOI: 10.1002/pd.3993. [PubMed 23108718]
- [2] Hall MP, et al. Non-invasive prenatal detection of trisomy 13 using a single nucleotide polymorphism- and informatics-based approach. PLoS One. 2014;9:e96677. [DOI]
- [3] Hassold T, Hunt P. To err (meiotically) is human: the genesis of human aneuploidy. Nat Rev Genet. 2001;2:280-291. [DOI]
- [4] Artieri CG, et al. Noninvasive prenatal screening at low fetal fraction: comparing whole-genome sequencing and single-nucleotide polymorphism methods. Prenat Diagn. 2017;37:482-490. [DOI]
- [5] Dar P, et al. Cell-free DNA screening for trisomies 21, 18, and 13 in pregnancies at low and high risk for aneuploidy with genetic confirmation. Am J Obstet Gynecol. 2022;227(2):259.e1-259.e14. DOI: 10.1016/j.ajog.2022.01.019. [AJOG]
- [6] Pergament E, et al. Single-nucleotide polymorphism-based noninvasive prenatal screening in a high-risk and low-risk cohort. Obstet Gynecol. 2014;124(2 Pt 1):210-218. DOI: 10.1097/AOG.0000000000000363. [PubMed 25004354]



