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ワルブルグ・シノッティ症候群(Warburg-Cinotti Syndrome/WCS)は、目の角膜に異常な血管が伸びてくる、皮膚にケロイドのような盛り上がりが自然にできる、指先の骨が溶けて短くなる——こうした症状が少しずつ進んでいく、とてもまれな遺伝性の結合組織の病気です。これまでに確立している典型的なWCSでは、原因はDDR2という遺伝子の機能獲得型変異で、この遺伝子が作るタンパク質のスイッチが「入りっぱなし」になることで起こります。世界でも報告例が数えるほどしかない希少疾患ですが、近年、原因と仕組みの解明が急速に進み、既存の薬を応用した治療の可能性も見えてきました。この記事では、WCSとはどんな病気か、なぜ起こるのか、どんな症状が出てどう進むのか、そして治療や遺伝の考え方までを、遺伝専門医の視点でわかりやすく解説します。
Q. ワルブルグ・シノッティ症候群とは、まず結論を教えてください
A. これまでに確立している典型的なワルブルグ・シノッティ症候群は、コラーゲンを感じ取るセンサーであるDDR2という受容体の遺伝子に機能獲得型変異が起き、そのスイッチが常に入った状態になることで発症する、常染色体優性(顕性)の希少な結合組織疾患です。角膜の血管新生による視力低下、自然にできるケロイド様の皮膚病変と皮膚のもろさ、手足の指の屈曲拘縮、指先の骨が溶ける末端骨溶解症などが、小児期から成人期にかけてゆっくり進みます。原因が突き止められたことで、DDR2のスイッチを直接抑える分子標的薬(ダサチニブなど)を応用する研究が国際的に進められています。
- ▶原因:DDR2遺伝子のヘテロ接合性ミスセンス変異(機能獲得型)
- ▶遺伝形式:常染色体優性(顕性)。新生突然変異(de novo)の例も、親から受け継ぐ例もある
- ▶主な症状:角膜血管新生・ケロイド様病変・慢性潰瘍・脂肪萎縮・屈曲拘縮・末端骨溶解症
- ▶似ている病気:Penttinen症候群(PDGFRB遺伝子)との鑑別が重要
- ▶治療の方向性:対症療法が中心。DDR2を標的とする分子標的治療の研究が進行中
1. ワルブルグ・シノッティ症候群とは
ワルブルグ・シノッティ症候群(以下、WCS)は、進行性の角膜血管新生、ケロイドのような皮膚のプラーク(盛り上がり)、慢性的な皮膚潰瘍、皮下脂肪の著しい萎縮、手足の指の重い屈曲拘縮、そして指先や足先の骨が溶けていく末端骨溶解症を特徴とする、きわめてまれな結合組織の病気です[1]。「結合組織」とは、皮膚・骨・腱・血管の壁など、体のさまざまな部分を支えたりつないだりしている組織のことです。
この病気が初めて医学文献に記されたのは2006年で、まぶたが狭くなる眼の異常、角膜の血管化、難聴、指先の骨溶解、顔や手足の皮下脂肪の萎縮などを呈した患者さんの報告でした[2]。その後、関節症・骨溶解・ケロイド・結膜のパンヌス(角膜表面をおおう膜)・歯肉の過形成といった、よく似た特徴を持つ患者さんも報告されましたが、当初は「ポリフィブロマトーシス(多発線維腫症)の一種ではないか」と考えられ、根本的な原因は長く分かっていませんでした[3]。
大きな転機は2018年に訪れます。研究チームが4つの家系・6人の患者さんを対象に全エクソーム検査(WES)という網羅的な遺伝子解析を行い、全員にDDR2遺伝子のヘテロ接合性ミスセンス変異が見つかったのです。この発見によって、病気は正式に「ワルブルグ・シノッティ症候群」と名づけられました[1]。原因が「形の異常」ではなく「遺伝子のスイッチの異常」であることが、分子レベルで証明された瞬間でした。
💡 用語解説:ミスセンス変異とヘテロ接合性
ミスセンス変異とは、遺伝子の設計図の1文字が変わることで、タンパク質を構成するアミノ酸が別のものに置き換わってしまう変化のことです。「ヘテロ接合性」とは、ペアになっている2本の遺伝子のうち片方だけに変化がある状態を指します。WCSでは、この片方だけの変化でも症状が現れます。
2. 原因遺伝子DDR2 ─ コラーゲンを感じ取るセンサー
WCSを理解するには、原因となるDDR2というタンパク質の正常な役割を知る必要があります。DDR2は受容体チロシンキナーゼ(RTK)という酵素の仲間です。多くのRTKは成長因子などの小さなタンパク質を受け取って細胞の増殖や分化を調整しますが、DDR2はちょっと変わっていて、細胞外マトリックス(細胞の外を埋める土台)の主成分である線維性コラーゲンそのものを受け取る、めずらしい受容体です[4]。DDRファミリーが線維性コラーゲンによって活性化されることは、1997年に初めて示されました[5]。
DDR2は線維芽細胞・軟骨細胞・骨芽細胞といった間葉系の細胞に多く存在し、細胞とコラーゲンのやりとり、創傷治癒、組織のつくりかえ(リモデリング)で中心的な役割を担います。構造としては、細胞の外側にコラーゲンを認識するディスコイジン(DS)ドメインを持ち、細胞膜を貫いて、細胞の内側には酵素の本体であるチロシンキナーゼドメインがあります。DS領域が線維性コラーゲンの特定の並びを認識して結合することは、生化学的に詳しく調べられています[6]。コラーゲンの立体的な認識の仕組みも、構造解析で明らかにされてきました[7]。
💡 用語解説:キナーゼと「自己リン酸化」
キナーゼとは、相手のタンパク質に「リン酸」という小さな目印を付ける酵素です。DDR2はコラーゲンを受け取ると、自分自身にリン酸を付ける自己リン酸化を起こしてスイッチが入り、細胞の中へ「コラーゲンが来たよ」という信号を送ります。この信号が、組織をつくりかえる指令のスタートになります。
DDR2のスイッチの入り方には、他の受容体にはない特徴があります。ふつうの成長因子受容体はリガンド(受け取る相手)がくっつくと数秒〜数分で急いでスイッチが入り、すぐに切れます。ところがDDR2は、コラーゲンに結合してからスイッチが最大になるまでに数時間かかり、しかもその状態が長く続きます。これは、DDR2が一過性の反応ではなく、細胞をとりまくコラーゲン環境を長期にわたって見張り、大がかりな組織改変を指揮するためのセンサーであることを示しています。スイッチが入ると、細胞の増殖や移動、そしてコラーゲンを分解する酵素であるマトリックスメタロプロテアーゼ(MMP)の産生などが動き出します[8]。DDR2はまた、骨芽細胞の分化をうながして正常な骨形成を保つうえでも重要な役割を持っています[9]。
3. なぜスイッチが暴走するのか ─ 機能獲得型変異
WCSで起こっているのは、DDR2のスイッチがコラーゲンの有無に関係なく、常に入りっぱなしになるという現象です。これを機能獲得型(ゲイン・オブ・ファンクション)の変異といいます。2018年の報告では、キナーゼ本体の領域に位置する2つの変異(p.Leu610Proとp.Tyr740Cys)が見つかり、患者さん由来の線維芽細胞ではDDR2のリン酸化が高まっていて、スイッチの「自己抑制」が外れていることが示されました[1]。
💡 用語解説:機能獲得型と自己抑制
正常なDDR2は、コラーゲンが来ていないときはスイッチを勝手に入れないよう、自分で自分にブレーキをかけています(自己抑制)。機能獲得型変異は、このブレーキ自体を壊してしまう変化です。壊れた結果、コラーゲンが来ていなくてもスイッチが入りっぱなしになり、信号が過剰に出続けます。「働きすぎる」方向の変化である点が、後で出てくる「働かなくなる」変化との大きな違いです。
この「働きすぎる」という仮説は、長い間直接の証拠が不足していましたが、2025年に発表された生化学的な研究で裏づけられました。この研究では、WCSの2つの変異型DDR2が、細胞の中でコラーゲンに依存せず自発的に自己リン酸化する(=リガンド非依存性の恒常的活性化)ことが示されました。さらにp.Tyr740Cys変異型を精製して酵素の反応速度を詳しく調べたところ、ATP(エネルギー分子)との結合力自体は変わらないのに、リン酸を付ける反応の速さが増しており、変異していない状態でも、完全に活性化した正常型DDR2に匹敵する高い反応速度を示しました[10]。
構造の面から見ると、p.Tyr740Cys変異では、キナーゼの活性化ループにあるチロシンという残基が、触媒に必須の残基と作っていた自己抑制的な結合を失います。その結果、活性化ループがブレーキから解放され、コラーゲンや事前の信号がなくても活性型の形をとってしまいます[10]。一方のp.Leu610Pro変異は、キナーゼの別の場所に硬いプロリンが入り込むことで二次構造が乱れ、やはり活性型の形が安定してしまうと考えられています。どちらの変異も、たどる道は違っても「スイッチが入りっぱなしになる」という同じ結果に行き着くのです。
🩺 院長コラム【「壊れる」と「入りっぱなし」は別の話です】
遺伝子の変化というと「機能が壊れて働かなくなる」イメージを持たれる方が多いのですが、WCSはその逆で、スイッチが「入りっぱなしになって働きすぎる」タイプです。同じDDR2という遺伝子でも、変化の向きによって、体に起こることはまったく違ってきます。じつは、DDR2が働かなくなる別の病気も知られていて、そちらは低身長や骨の成長障害が中心になります。
「同じ遺伝子=同じ病気」ではありません。どの向きに、どのくらい変化したのか。そこまで丁寧に読み解くことが、遺伝性疾患を理解するうえでとても大切だと、この病気はあらためて教えてくれます。
4. 症状はどう進むのか ─ 皮膚から全身へ
WCSは多くの臓器にまたがって進む病気で、症状は小児期から成人期にかけて少しずつ重くなっていきます。DDR2のスイッチが入りっぱなしになることで、一方では細胞がコラーゲンを過剰につくって線維化(かたく盛り上がる)が進み、もう一方ではコラーゲンを分解するMMPが増えすぎて組織が壊れる(潰瘍・萎縮)という、相反する2つの現象が同時に起こります。この「つくりすぎ」と「壊しすぎ」の共存が、WCS最大の特徴です。
皮膚の症状は、幼少期には前腕などに痛みもかゆみもない小さな丘疹(ぶつぶつ)として始まることが多く、この段階では数年間サイズが変わらないこともあります。ところが思春期から成人期になると、これらは硬く赤褐色の多形性プラークへと進み、上腕や下肢に多発して、周囲の病変と癒合しながら広がっていきます。最も特徴的なのは、これらのケロイドのような病変が外傷や虫刺され、掻破などのきっかけがなくても自然にできてくることです[11]。生検で調べると、皮膚には異常に太いコラーゲン線維がたまり、血管新生が増え、線維芽細胞が増えている像が見られます。
一方で、患者さんは手足に繰り返す無菌性の潰瘍を起こしやすく、皮膚全体が薄くなり(菲薄化)、皮下脂肪が目立って萎縮します。この組織のもろさには、DDR2シグナルに伴うMMP群の過剰な活性化が関与し、健康なコラーゲンまで過剰に分解してしまうことが一因である可能性があります。DDR2が線維芽細胞を収縮性の高い筋線維芽細胞へと変え、細胞外マトリックスの産生を高めることは、肺線維症のモデルなどでも示されています[12]。線維化と組織破壊が同じ患者さんの中で同時に進むのが、この病気の難しさです。
5. 目の症状 ─ 角膜血管新生と失明のリスク
目の合併症は、患者さんの生活の質を最も大きく左右する問題です。成人期の早い時期から進行性の角膜血管新生が始まり、角膜の表面に異常な線維血管組織が伸びてくる角膜パンヌスが形成されます。ふだん角膜が透明でいられるのは、角膜の縁(輪部)にある幹細胞が角膜の表面を絶えずつくり直し、同時に結膜側からの血管や細胞の侵入を防ぐ「バリア」として働いているからです。
💡 用語解説:角膜輪部幹細胞疲弊症(LSCD)
角膜の縁にある幹細胞が力尽きて、透明な角膜の表面を保てなくなる状態です。バリアが崩れると、本来は角膜に入ってこないはずの結膜の細胞や血管が角膜へ侵入し、角膜が濁っていきます。WCSでは、DDR2による血管新生の促進とMMPによるバリアの破壊が重なって、これが進むと考えられています。
進行すると角膜全体が血管の網でおおわれ、まぶたと眼球がくっつく瞼球癒着(けんきゅうゆちゃく)が起こり、視力は大きく低下します。2024年に報告された小児例では、7歳の男の子が目のわずかな外傷をきっかけに、ゼリー状の血管性のかたまりが急速に大きくなって角膜全体をおおい、手術で切除しても、そのたびにさらに大きくなって再発したことが報告されています[13]。この症例では外科的介入後に病変が急速に再発・増大しており、WCSでは組織への侵襲が病変を悪化させる可能性が示唆されています。外科的介入とDDR2シグナル亢進との直接的な因果関係が証明されたわけではありませんが、目の症状には慎重な対応が求められます。
6. 骨と関節の症状 ─ 拘縮と末端骨溶解症
皮膚の癒着と連動して、手足の指に重い屈曲拘縮(指が曲がったまま伸びにくくなる状態)が進みます。初期は痛みのない関節の腫れとして始まり、やがて関節が固まり、指の間や手のひら・足の裏の皮膚が完全に癒合する偽合指症(ぎごうししょう)へと進むことがあります。当初はデュピュイトラン拘縮という別の病気と間違われやすいのですが、WCSの拘縮は標準的な手術に強く抵抗するのが特徴です。
さらに、指先や足先の骨(末節骨)が溶けて短くなっていく末端骨溶解症(acro-osteolysis)が見られます。これは、DDR2の変異が骨をつくる骨芽細胞と骨を壊す破骨細胞のバランスを乱し、局所の炎症やMMPの過剰分泌を介して、骨を壊す側の働きを異常に高めてしまう結果と考えられています。正常なDDR2は、骨芽細胞の分化をうながして適切な骨形成を保つ役割を持っていますが[9]、そのバランスが崩れることが骨の破壊につながります。DDR2はまた、蓄積したコラーゲンによって活性化され、MMPの発現を高めて軟骨の破壊を進める正のフィードバックにも関わることが、変形性関節症の研究で示されています[14]。
7. 新生児で見つかった非典型的な例
2025年、WCSの症状の幅を大きく広げる報告がありました。生まれてすぐに重い呼吸障害を示した新生児の男の子で、鼻の奥がふさがる後鼻孔閉鎖(左)と狭窄(右)が確認され、挿管と人工呼吸が必要になりました。従来のWCSでは報告されていなかった症状です。この子には、微小陰茎、翼状頸(首の水かき状のひだ)、低い鼻梁、仙骨部のかたまり、肋骨の末端の肥大なども見られました[15]。
遺伝子検査では、母親から受け継いだDDR2のミスセンス変異(c.431A>G, p.Asn144Ser)が見つかりました。これは従来の変異とは違い、コラーゲンを受け取る細胞外のディスコイジンドメインにある変異です。細胞を使った実験では、正常なDDR2がp38 MAPKという信号経路を活性化するのに対し、この変異型はp38 MAPKを活性化できず、研究チームはこれを機能喪失(働きが下がる方向)を示唆する所見と報告しています[15]。従来のキナーゼ領域の「機能獲得型」変異とは異なる仕組みの可能性があります。ただし、このp.Asn144Ser変異は、従来WCSの原因として確立しているキナーゼドメインの機能獲得型変異とは分子機序が異なります。そのため、この新生児例を古典的WCSと同一の疾患スペクトラムとして扱えるかについては、今後の症例蓄積と機能解析による検証が必要です。
⚠️ 注意:症状には大きな個人差があります
この新生児例では、変異は母親から受け継いだものでしたが、母親は多指症があるだけでWCSの主要な症状を示さない不完全浸透の状態でした[15]。同じ遺伝子の変化を持っていても、症状の出方や重さには大きな幅があります。遺伝子の情報だけで将来を決めつけることはできず、一人ひとりの状態に応じた評価が欠かせません。
8. 似ている病気との見分け方(鑑別診断)
WCSは特徴的な症状を持ちますが、いくつかの希少な遺伝性疾患と慎重に見分ける必要があります。特に重要なのがPenttinen症候群との鑑別です。Penttinen症候群は、PDGFRBという別の受容体チロシンキナーゼの遺伝子に機能獲得型変異(主にp.Val665Ala)が起こることで発症する常染色体優性疾患です[16]。
WCSとPenttinen症候群は、皮下脂肪の萎縮、皮膚の菲薄化、自然にできるケロイド様病変、重い末端骨溶解症、若い年齢での角膜血管新生など、驚くほど似た症状を共有しています。しかし決定的な違いもあります。Penttinen症候群では、眼球突出、頬骨の発育不全、薄い毛髪をともなう早老様の顔つきが目立ちます[16]。一方、WCSでは早老の兆候は目立たず、むしろ長い顔立ちや中顔面の低形成といった特徴を示します[1]。原因遺伝子が異なるため、確定診断には遺伝子検査が役立ちます。
もう一つ、対比として理解しておきたいのが、同じDDR2遺伝子が「働かなくなる」ことで起こる別の病気です。短肢・異常石灰化を伴う脊椎骨端骨幹端異形成症(SMED-SL)は常染色体劣性(潜性)の疾患で、DDR2のキナーゼ活性が失われたり、受容体が細胞表面にたどり着けなくなったりする機能喪失型の変異が原因です[17]。臨床的には低身長、四肢の短縮、異常な早期石灰化を示し、WCSに見られる皮膚の線維化や目の血管新生は報告されていません。実際、DDR2を失ったマウスは低身長になることが古くから知られています[18]。
この鮮やかな対比は、DDR2が「発生期の骨の成長には欠かせないアクセル」である一方、成熟した組織では「過剰な信号が組織の破壊と線維化を引き起こす」という、繊細な恒常性の要であることを示しています。同じ遺伝子でも、変化の向きが正反対の結果を生むのです。
📊 WCSと主な関連疾患の比較
| 項目 | ワルブルグ・シノッティ症候群(WCS) | Penttinen症候群 | SMED-SL |
|---|---|---|---|
| 原因遺伝子 | DDR2 | PDGFRB | DDR2 |
| 変異の向き | 機能獲得型 | 機能獲得型 | 機能喪失型 |
| 遺伝形式 | 常染色体優性(顕性) | 常染色体優性(顕性) | 常染色体劣性(潜性) |
| 共通する特徴 | ケロイド・末端骨溶解・角膜血管新生・脂肪萎縮 | — | |
| 固有の特徴 | 長顔・中顔面低形成。早老顔貌は目立たない | 顕著な早老様顔貌・薄毛・眼球突出 | 低身長・四肢短縮・早期石灰化 |
※診断の確定には遺伝専門医による評価と遺伝子検査が役立ちます。この表は理解のための整理であり、自己診断を目的としたものではありません。
9. 治療と今後の展望 ─ 分子標的治療への期待
WCSは進行性で、根本的な治療法はまだ確立していません。ケロイドの外科的切除やステロイドの局所注射といった対症療法は、一時的な効果にとどまったり、組織への刺激自体がDDR2の信号を過剰に刺激して、かえって病変の再発・悪化を招いたりするリスクがあります。だからこそ、原因であるDDR2のスイッチを直接抑える分子標的治療が、理にかなった方向性として注目されています。
その候補がダサチニブ(Dasatinib)です。ダサチニブは、慢性骨髄性白血病(CML)などの治療薬として承認されている経口のマルチチロシンキナーゼ阻害薬で、標的の一つとしてDDR2を強く抑える働きを持ちます。2018年の研究では、WCS患者さん由来の線維芽細胞にダサチニブを加えると、変異型DDR2の異常な自己リン酸化が抑えられることが実験室レベルで示され、治療への一つの道筋として提案されました[1]。DDR2のスイッチを根元から止められれば、線維化と組織破壊の進行を食い止められる可能性があります。
⚠️ 重要:ダサチニブは白血病の治療薬であり、WCSでは研究段階です
ダサチニブがWCSの症状を実際の患者さんで改善するかどうかは、まだ確立していません。現時点で示されているのは主に実験室レベルの結果であり、標準治療として確立したものではありません。実際の使用には、有効性と副作用を慎重に検討する必要があります。治療方針は必ず主治医とご相談ください。
ダサチニブは幅広いキナーゼを抑える薬のため、特有の副作用にも注意が必要です。小児のCMLを対象とした臨床試験では、骨髄抑制による血球減少、そして小児では骨の成長や発達に関わる事象(骨端線の癒合遅延・骨減少症・成長遅延など)が報告されており、成長期の子どもへの投与では骨や成長への影響を注意深く監視する必要があるとされています[19]。WCSはもともと骨の破壊が進む病気であるため、薬が骨に与える影響については、治療の利益とリスクを慎重に天秤にかけることが求められます。現在、ヨーロッパの希少疾患ネットワークなどを中心に、国際的な連携のもとで治療の検討が進められています。
10. 遺伝の考え方と遺伝子検査
WCSは常染色体優性(顕性)の遺伝形式をとります。これは、ペアになった遺伝子の片方に変化があるだけで症状が現れうること、そして患者さんのお子さんには理論上2分の1の確率で変化が伝わりうることを意味します。ただし、これまでの報告には、親から受け継いだ例だけでなく、ご両親にはない新生突然変異(de novo変異)として本人で初めて生じた例も含まれています[1]。さらに前述のとおり、同じ変異を持っていても症状が軽い、あるいはほとんど出ないという不完全浸透の例も知られており、遺伝子の情報だけで重症度を予測することは容易ではありません[15]。
WCSのように症状が複数の診療科(皮膚科・眼科・整形外科・小児科など)にまたがる希少疾患では、原因を一度に広く調べられる全エクソーム検査(WES)が確定診断に役立つことがあります。実際、WCSの原因遺伝子はエクソーム解析によって初めて突き止められました[1]。原因が分かることは、似た病気との区別や、将来の治療選択、ご家族の見通しを考えるうえでの手がかりになります。
当院では、遺伝子や染色体に関わる検査の前後で、臨床遺伝専門医が遺伝カウンセリングを行っています。検査で何が分かり何が分からないのか、見つかった変化がご本人やご家族にとってどういう意味を持つのか、どのような選択肢があるのか——こうした点を、中立の立場で一緒に整理します。検査を受けるかどうかを含め、決めるのはご本人やご家族です。WCSはきわめてまれな病気ですが、原因の解明と標的治療の研究は着実に前進しており、その歩みは、線維症・変形性関節症・がんの転移など、DDR2が関わる幅広い病態の理解にもつながっていくと期待されています。
まとめ
これまでに確立している典型的なワルブルグ・シノッティ症候群は、コラーゲンのセンサーであるDDR2のスイッチが入りっぱなしになる機能獲得型変異によって起こる、進行性の希少な結合組織疾患です。スイッチの暴走は、コラーゲンをつくりすぎる線維化と、コラーゲンを壊しすぎる組織破壊という相反する現象を同時に引き起こし、皮膚のケロイド化と潰瘍、角膜の血管新生、末端骨溶解症といった、「つくる」と「壊す」が混在する独特の病像をつくります。
近年は、ディスコイジンドメインの変異による新生児期の重い呼吸障害など、従来の枠組みを超える新しい症状も報告されつつあります。原因が分子レベルで解明されたことで、DDR2を標的とする分子標的治療という初めての論理的な治療戦略も見えてきました。副作用の管理という高いハードルはありますが、国際的な取り組みが進んでいます。まれな病気だからこそ、正確な診断と、一人ひとりに寄り添った遺伝医療が大切になります。
よくある質問(FAQ)
Q1. ワルブルグ・シノッティ症候群とはどんな病気ですか?
これまでに確立している典型的なワルブルグ・シノッティ症候群は、コラーゲンを感じ取る受容体DDR2の遺伝子に機能獲得型変異が起き、そのスイッチが常に入った状態になることで発症する、常染色体優性(顕性)の希少な結合組織疾患です。角膜の血管新生による視力低下、自然にできるケロイド様の皮膚病変、皮膚のもろさや脂肪の萎縮、手足の指の屈曲拘縮、指先の骨が溶ける末端骨溶解症などが、小児期から成人期にかけてゆっくり進みます。
Q2. なぜDDR2の変異でこの病気が起こるのですか?
正常なDDR2は、コラーゲンが来たときだけスイッチが入り、自分でブレーキ(自己抑制)をかけています。これまでに確立している典型的なWCSの機能獲得型変異は、このブレーキを壊してしまうため、コラーゲンが来ていなくてもスイッチが入りっぱなしになります。その結果、細胞がコラーゲンをつくりすぎる一方で、分解酵素(MMP)も増えすぎて、線維化と組織破壊が同時に進みます。2025年の研究では、変異型DDR2がコラーゲンに依存せず自発的に活性化することが確かめられています。
Q3. 遺伝しますか?子どもに伝わる確率は?
常染色体優性(顕性)の形式をとるため、患者さんのお子さんには理論上2分の1の確率で変化が伝わりうると考えられます。ただし、ご両親にはなく本人で初めて生じる新生突然変異(de novo変異)の例もあり、また同じ変異を持っていても症状がほとんど出ない不完全浸透の例も報告されています。遺伝の見通しは個々の状況で異なるため、遺伝カウンセリングでの整理が役立ちます。
Q4. 似ている病気にはどんなものがありますか?
PDGFRBという別の遺伝子の変異で起こるPenttinen症候群が、ケロイドや末端骨溶解、角膜血管新生などよく似た症状を示します。ただしPenttinen症候群では早老様の顔つきが目立つ点が異なります。また、同じDDR2遺伝子でも「働かなくなる」方向の変異では、低身長や骨の成長障害を示すSMED-SLという別の病気になります。区別には遺伝子検査が役立ちます。
Q5. 治療法はありますか?
現時点で確立した根本治療はなく、対症療法が中心です。ただし外科的な切除は、かえって病変の悪化を招くことがあるため慎重な判断が必要です。原因であるDDR2のスイッチを直接抑える分子標的薬(ダサチニブなど)を応用する研究が国際的に進められていますが、実際の患者さんでの有効性はまだ研究段階です。治療の判断は必ず主治医とご相談ください。
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