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NUT正中線癌(NUT癌)とは?遺伝子転座が引き起こす希少がんの症状・診断・最新治療を遺伝専門医が解説

仲田洋美 医師

この記事の監修:仲田洋美(臨床遺伝専門医)

のべ10万人以上の意思決定に伴走。国際医療誌『Medical Care Review APAC』『Global Woman Leader』の2誌で表紙を飾り、「Top Prenatal Testing Service in APAC 2025」に選出されるなど、世界基準の遺伝医療を提供。

NUT正中線癌(NUTせいちゅうせんがん/NUT carcinoma)は、NUTM1(ナットエムワン)という遺伝子の再構成(多くは染色体転座による融合)によって発症する、きわめてまれで進行の速いがんです。若い世代にも起こり、頭や首、胸などの体の中心(正中線)付近にできることが多い一方、その名前にとらわれない場所からも発生します。この記事では、NUT癌とはどんな病気か、なぜこれほど進行が速いのか、どうやって診断するのか、そしてBET阻害薬をはじめとする治療研究や「このがんは遺伝するのか」という疑問まで、臨床遺伝学と腫瘍学の文献に基づいて解説します。

この記事でわかること
📖 読了時間:約16分
🧬 NUTM1・BRD4・エピジェネティクス
臨床遺伝専門医監修

Q. NUT正中線癌とは何ですか?まず結論だけ知りたいです

A. NUT正中線癌(NUT癌)とは、NUTM1という遺伝子が別の遺伝子(多くはBRD4)とつながる「遺伝子再構成」によって発症する、非常にまれで進行が速いがんです。体の中心付近(頭頸部・胸)にできることが多いですが、それ以外の臓器からも生じます。この遺伝子の変化は生まれつきのものではなく、後から体の一部の細胞に起こる変化であり、原則として子どもや家族に遺伝するものではありません。現時点で世界共通の標準治療は確立しておらず、手術・放射線・薬物療法を組み合わせて治療します。近年は原因の仕組みを狙った新しい薬の研究が進んでいます。

  • 正体 → NUTM1遺伝子の再構成(多くはBRD4-NUTM1融合)で生じる、低分化のがん
  • できやすい場所 → 胸(肺・縦隔)と頭頸部が中心。それ以外の臓器からも発生する
  • 進行の速さ → 非常に速く進行し、診断が難しいため見逃されやすい
  • 遺伝するか → 後天的な体細胞の変化であり、原則として遺伝しない
  • 治療の最前線 → 原因を狙うBET阻害薬や、タンパク質分解技術(PROTAC)の研究が進行中

🧬 NUT正中線癌(NUT癌)の基本情報

項目 内容
読み方・別名 ナットせいちゅうせんがん。英語で NUT carcinoma(NC)。かつては「NUT midline carcinoma(NMC)」と呼ばれた
原因 NUTM1(ナットエムワン)遺伝子の再構成。最も多いのはBRD4-NUTM1融合
できやすい部位 胸(肺・縦隔)、頭頸部(鼻・副鼻腔・唾液腺など)。それ以外の臓器からも生じる
主な特徴 低分化〜未分化のがんで、進行が速い。特殊な検査をしないと見逃されやすい
診断の中心 NUTタンパクに対する免疫染色(IHC・クローンC52B1)。感度87%・特異度100%[2]
遺伝性 後天的な体細胞の変化。原則として遺伝しない

※本記事は一般の方と遺伝診療に関わる方の両方に向けた疾患解説です。特定の検査を勧めるものではありません。

1. NUT正中線癌(NUT癌)とは ─ まれで進行の速いがん

NUT正中線癌(NUT carcinoma、以下NUT癌)は、扁平上皮癌(へんぺいじょうひがん)という種類のがんの中の、非常にまれな亜型(サブタイプ)です。低分化(ていぶんか)または未分化(みぶんか)といって、がん細胞が本来あるべき組織の形にほとんど成熟しないまま、急速に増えていくのが特徴です。数あるがんの中でも進行がとりわけ速く、致死性の高い固形がんのひとつとして知られています[3]

この病気が初めて医学的に報告されたのは1991年のことで、日本の研究者であるKubonishi(久保西)らが、第15番染色体と第19番染色体のあいだに生じた特殊な染色体の組み換え、いわゆるt(15;19)転座を持つ胸腺のがんとして発表しました[11]。その後、2003年にFrenchらのチームが、この転座がBRD4-NUT融合遺伝子という発がんの原因をつくり出すことを突き止め、NUT癌の分子学的基盤が明らかになりました[1]。当初は体の中心(正中線)にできることから「NUT正中線癌」と呼ばれましたが、その後、正中線から離れた臓器にも生じることがわかり、WHO分類では解剖学的位置に限定しない「NUT carcinoma」という名称が用いられるようになりました[7]

💡 用語解説:低分化・未分化ってどういう意味?

正常な細胞は、皮膚なら皮膚、粘膜なら粘膜というように、決まった形と役割に「成熟(分化)」しています。がん細胞がこの成熟をあまりしていない状態を「低分化」、ほとんどしていない状態を「未分化」といいます。分化が低いほど、細胞は未熟で増殖しやすい性質を示すことがあります。NUT癌はこの分化が強く妨げられているのが大きな特徴です。

NUT癌の本当の患者数(発症率)は、現在もはっきりわかっていません。理由のひとつは、この病気を見分けるために必要な特殊な検査が、どの医療機関でも受けられるわけではなく、ほかの低分化がんや肉腫(にくしゅ)などと区別しにくいことがあるためです[7]。もともとは子どもや若い人の病気と考えられていましたが、詳しい検査が広まるにつれて、乳幼児から高齢者まで、あらゆる年齢で起こりうることがわかってきました。国際的な患者登録(レジストリ)の141人を対象にした解析では、診断時の年齢の中央値は23.6歳で、男女比には大きな偏りはありませんでした[3]。喫煙や飲酒、ウイルス感染との明確な因果関係も、現時点では確立していません。

2. どんな症状が出るのか ─ 発生部位と特徴

NUT癌は「正中線」という名前のとおり、頭頸部(とうけいぶ)や胸の中央付近にできることが多いのですが、その分布は幅広く、症状もできる場所によって変わります[7]。まず、主な発生部位を整理してみましょう。

胸・縦隔肺・気管支・胸腺
頭頸部鼻・副鼻腔・唾液腺
その他の臓器骨・膀胱・卵巣など

胸・縦隔(じゅうかく)にできるタイプは、肺や気管支、胸腺などが原発部位となります。胸に生じたNUT癌は特に進行が速く、呼吸困難、胸痛、持続する咳、血痰(けったん)などが現れることがあります。腫瘍が太い血管を圧迫して、顔や首がむくむ「上大静脈(じょうだいじょうみゃく)症候群」を起こすこともあります。

頭頸部にできるタイプでは、鼻腔・副鼻腔・上顎洞(じょうがくどう)・咽頭・唾液腺(だえきせん)などに発生します。急速に大きくなる腫瘤として見つかり、鼻づまり、鼻出血、眼球突出、嚥下しにくさ、痛みなどを伴うことがあります。なお、耳下腺など唾液腺にできたNUT癌について、小児例と成人例の臨床経過の違いを検討した系統的レビューでは、小児例のほうが長い生存期間を示した可能性が報告されていますが、小児6例・成人9例という少数例の解析であり、慎重な解釈が必要です[12]

また、正中線から離れた部位――骨・膀胱・腎盂(じんう)・膵臓・卵巣など――からも、少数ながら発生します。特に卵巣や腹膜に大きなしこりをつくる場合は、進行した卵巣がんとの鑑別が問題になることがあります。全体としてNUT癌は悪性度が高く、診断された時点ですでにリンパ節や、骨・肺・肝臓・脳などへの遠隔転移を伴っている例も少なくありません[7]。急速に増大する腫瘤や、それによる圧迫症状を契機として発見されることがあります。

仲田洋美院長

🩺 院長コラム【「診断名がつくまでの時間」という負担】

原因がはっきりしないまま検査を重ねる期間は、希少疾患や遺伝性疾患、希少がんの診療で生じうる課題です。臨床遺伝専門医として文献を踏まえると、適切な診断に至るまでに複数の検査や病理学的再評価が必要となる疾患では、診断精度を高めるための専門的検査へのアクセスが重要です。

NUT癌のように「特殊な検査をしないと見分けにくい」病気では、正しい診断にたどり着くこと自体が治療方針を検討するうえで重要です。低分化・未分化のがんと診断され、臨床像や病理像から鑑別が問題となる場合には、NUT免疫染色などの追加検査が適切かどうかを主治医や病理医と検討することが選択肢になります。

3. 原因遺伝子 ─ NUTM1の再構成とパートナー遺伝子

NUT癌を決定づけているのは、第15番染色体(15q14)にあるNUTM1遺伝子(旧称NUT)の染色体再構成です。NUTM1は生理的には主として精巣の生殖細胞で発現する特殊な遺伝子ですが、これがほかの遺伝子とつながって融合遺伝子(gene fusion)をつくると、強力な発がんドライバーになります。

💡 用語解説:転座(てんざ)と融合遺伝子

「転座」とは、染色体の一部が切れて、別の染色体にくっつき直す染色体再構成の一種です。切れ目のところで2つの遺伝子がつながると、本来は別々に働く遺伝子が1本につながった「融合遺伝子」ができます。融合遺伝子は、もとの遺伝子にはなかった新しい性質を持つことがあり、それが細胞をがん化させる引き金になることがあります。

NUTM1の相手(融合パートナー)として最も多いのが、第19番染色体(19p13.1)にあるBRD4遺伝子で、全体の約78%を占めます。次いでBRD3-NUTM1が約15%、NSD3-NUTM1が約6%と報告されています[3]。このほか、ZNF532やZNF592といった遺伝子との融合も確認されています。パートナーの種類は、後で述べる予後(見通し)とも関わるため、正確に同定することが重要です。

🧬 NUTM1の主な融合パートナーと頻度

融合パートナー 頻度の目安 特徴
BRD4-NUTM1 約78% 最も多いタイプ。発がんの仕組みがよく研究されている
BRD3-NUTM1 約15% BRD4と類似したBETタンパクを融合パートナーとする
NSD3-NUTM1 約6% 非BRD4型。非胸部原発では比較的予後の良いグループに含まれることがある
その他(ZNF532等) 少数 まれなパートナー。分子解析によって同定される

※頻度は国際NUT Carcinoma Registryの報告に基づく値です[3]。検査法や集団によって割合は変わりえます。

重要なのは、これらの遺伝子の変化が後から体の一部の細胞に生じた「体細胞(たいさいぼう)」の変化だという点です。生まれつき全身の細胞が持っている変化ではないため、原則として親から子へ遺伝するものではありません。この点は「9. 遺伝するのか」で改めて詳しく説明します。

4. なぜ進行が速いのか ─ 発がんの仕組み

NUT癌の激しい増殖は、遺伝子のスイッチのオン・オフを司るエピジェネティクスという仕組みが異常に再構成されることで起こります。以下にその主要な分子機序を説明します。

まず、BRD4というタンパク質は、DNAが巻き付いている「ヒストン」というタンパク質のアセチル化という目印を読み取る「読み手(リーダー)」として働きます。一方、NUT(NUTM1)部分は、ヒストンアセチル基転移酵素p300/CBPを呼び寄せます。この2つがBRD4-NUT融合タンパクとしてひとつになると、BRD4によるアセチル化クロマチンへの結合と、NUTによるp300の動員が正のフィードバックを形成します[4]

💡 用語解説:エピジェネティクスとヒストン

私たちのDNAは、ヒストンという糸巻きのようなタンパク質に巻き付いて収納されています。このクロマチンの状態などを変えることで、DNAの塩基配列そのものを変えずに遺伝子の働きを調節する仕組みをエピジェネティクスといいます。

この連鎖反応の結果、染色体の上に「メガドメイン」と呼ばれる巨大な高アセチル化領域が形成されます。BRD4-NUTがアセチル化領域に結合し、そこにさらにp300を呼んでアセチル化を増やし、その領域にさらにBRD4-NUTが集積する自己増幅によって、最大で約200万塩基(2メガベース)にも及ぶ広大な領域が形成されることが報告されています[9]。このメガドメインは非常に活発な転写領域を形成し、細胞増殖や未分化状態の維持に関わる遺伝子群の異常な発現につながります。

BRD4-NUTが
結合
p300を呼び
アセチル化↑
メガドメイン
形成
MYC等が
異常活性化

メガドメインができると、その支配下に入った発がん関連遺伝子が異常に活性化します。代表格がMYCです。MYCが過剰に働くと、細胞増殖が維持されるとともに、本来なら進むはずの「成熟(分化)」が妨げられます。実際、BRD4-NUTの発現を抑えるとNUT癌細胞は増殖を停止して扁平上皮方向へ分化し、この分化はMYCを再び強制発現させることで抑えられることが示されています[10]。このため、MYCの持続的活性化は、NUT癌の未分化状態と増殖を維持する重要な機序のひとつと考えられています。

MYCのほかにも、幹細胞様の性質に関わるSOX2や、扁平上皮の分化に関わるTP63などの遺伝子がNUT癌の転写制御ネットワークに関与します。さらにBRD4-NUTは、核内クロマチンの高次構造や転写制御にも広範な影響を及ぼすことが報告されています。BRD4以外のパートナー(NSD3やBRD3)をもつNUTM1融合でも、BETタンパク質を含む関連複合体を介して、類似した発がん性転写プログラムが形成されると考えられています。

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5. どうやって診断するのか ─ 検査の進め方

NUT癌の診断が難しいのは、顕微鏡で見ても特徴に乏しく、ほかの低分化・未分化悪性腫瘍とよく似ているためです。組織を見ると、細胞質が乏しく核が目立つ比較的均一な細胞がシート状に増殖し、壊死を伴うことがあります。特徴的所見のひとつとして、未分化な腫瘍細胞の中に突然みられる「急激な角化(abrupt keratinization)」と呼ばれる限局的な扁平上皮分化があります。ただし、この所見はすべての症例や検体で確認できるわけではないため、形態だけで診断することはできません。

診断のための最も実用的な方法は、NUTタンパクに対する免疫染色(IHC)です。クローンC52B1を用いたNUT免疫染色は、検証研究で感度87%・特異度100%と報告されました[2]。典型的なNUT癌では腫瘍細胞核に強い斑点状の染色が広範に認められ、一般に50%以上の腫瘍細胞で核陽性を示す所見が診断的に重要です。ただし、正常の精巣・卵巣の生殖細胞や一部の胚細胞腫瘍でもNUT発現がみられうるため、発生部位・組織像・必要に応じた分子検査と合わせて判断します。

💡 用語解説:免疫染色(IHC)と感度・特異度

免疫染色とは、特定のタンパク質に結合する「抗体」を使い、組織のどこにそのタンパク質があるかを色で見えるようにする検査です。「感度」はその病気の人を正しく陽性と判定できる割合、「特異度」は病気でない人を正しく陰性と判定できる割合を指します。NUT免疫染色の検証研究では感度87%、特異度100%と報告されましたが、特異度は陽性的中率そのものと同義ではなく、実際の診断では腫瘍の種類や発生部位、組織像と合わせて評価します[2]

免疫染色で陽性となった場合や判定が難しい場合には、NUTM1遺伝子の組み換えを直接証明するために、FISH法(蛍光in situハイブリダイゼーション)が用いられます。さらに、FISHでは見つけにくい複雑な組み換えや、BRD4以外のまれなパートナー遺伝子を正確に特定するには、次世代シーケンサー(NGS)を用いた包括的ゲノムプロファイリングや、RNAをもとにした融合遺伝子の解析が欠かせません[8]。後で述べるリスク分類の観点からも、パートナーを正確に見きわめることが治療方針の決定につながります。

💡 用語解説:次世代シーケンサー(NGS)

次世代シーケンサー(NGS)は、多数のDNAやRNAの配列を同時に読み取る解析技術です。NUT癌では、NUTM1の再構成を確認したり、どの遺伝子と融合しているかを調べたりするために用いられます。特にRNAを解析する方法は、実際に作られている融合転写産物を直接検出できるため、融合遺伝子の同定に有用です。

💡 見分けが難しい「NUTM1再構成肉腫」

近年、NUT癌と鑑別を要する「NUTM1再構成肉腫(さいこうせいにくしゅ)」が報告されています。これらでもNUT免疫染色が陽性となりうるため、NUT陽性だけで上皮性のNUT癌と断定することはできません。発生部位、細胞形態、免疫表現型、融合パートナー、必要に応じて分子プロファイルなどを総合して分類することが重要です。

6. 予後とリスク分類 ─ 見通しは一様ではない

NUT癌は総じて予後の厳しい病気ですが、国際患者登録研究によって、その見通しは「原発部位」と「融合パートナーの種類」によって異なることが示されています[3]。この分類は予後を考えるための集団レベルの指標であり、個々の患者の治療方針は病期、切除可能性、全身状態なども含めて判断されます。

🧬 NUT癌の3つのリスクグループ(124例の解析)

グループ 特徴 生存期間の中央値
グループA 胸以外が原発+非BRD4型(BRD3・NSD3など) 約36.5か月(最も良好)
グループB 胸以外が原発+BRD4-NUT型 約10か月
グループC 胸(肺・縦隔)が原発(融合の種類を問わず) 約4.4か月(最も厳しい)

※Chauらによる124例の生存解析に基づく報告です[3]。あくまで集団全体の傾向であり、個々の経過を決めるものではありません。

胸を原発とするグループCでは、融合遺伝子の種類にかかわらず生存期間が短い傾向が示されています。一方、頭頸部など胸以外を原発とし、かつBRD3やNSD3といった非BRD4型を持つグループAでは、より長い生存期間を示す症例が含まれています[3]。「NUT癌」と一括して考えるのではなく、原発部位と融合遺伝子型を含めて評価することが重要です。

7. 現在の治療とその限界

現在、NUT癌に対して世界共通の確立した標準治療はまだありません。まれな病気であり無作為化比較試験が困難なため、治療は病期、原発部位、切除可能性などに応じて、多職種チームによる個別の判断が必要です[7]

局所療法(手術・放射線)

病変が局所にとどまり切除可能な場合、顕微鏡的にも腫瘍を残さない完全切除を目指した手術が重要です。手術に放射線療法や化学放射線療法を組み合わせた集学的治療で長期生存が報告された症例もあります[7]。胸部病変などで呼吸器症状や血管圧迫が問題となる場合には、放射線療法が局所制御や症状緩和のために用いられることがあります。

全身化学療法

NUT癌は進行が速く、診断時に切除不能または転移性である場合があります。この場合、原発部位や年齢に応じて頭頸部癌、肺癌、小児固形腫瘍などで用いられる化学療法レジメンが選択されることがあります。一時的な腫瘍縮小が得られても、再増悪する例が多く、長期的な制御は難しいことが知られています[7]。そのため、分子標的治療や臨床試験を含む新しい治療戦略の開発が進められています。

8. 最新の治療研究 ─ 原因を直接狙う薬

BRD4-NUTをはじめとするNUTM1融合が発がんドライバーであることが明らかになったことで、NUT癌ではエピジェネティクス治療を中心とする分子標的治療の研究が進められています。

BET阻害薬 ─ がんを「成熟」させる発想

BET阻害薬(BETi)は、BRD4などBETファミリータンパク質のブロモドメインがアセチル化ヒストンに結合するのを阻害する薬です。BRD4-NUTのクロマチンへの結合を妨げることで、異常な転写プログラムを弱め、NUT癌細胞の増殖停止と扁平上皮分化を誘導します。このため、NUT癌におけるBET阻害は分化誘導療法としての側面を持ちます[10]。実際、複数のBET阻害薬の初期臨床試験でNUT癌の腫瘍縮小が確認され、分子機序に基づく治療標的としての妥当性が臨床でも示されています。

💡 なぜ「成熟させる」ことが治療になるのか

NUT癌では、融合タンパクによって細胞の分化が妨げられ、未分化な状態と増殖が維持されています。BETタンパクの働きを阻害すると、この異常な転写制御が弱まり、細胞が扁平上皮方向へ分化して増殖を停止することがあります。この作用が、NUT癌に対するBET阻害薬の重要な治療原理です。

ただし、BET阻害薬には限界もあります。初期臨床試験ではNUT癌患者の一部、おおむね20〜30%程度に部分奏効が認められた試験がありますが、多くの奏効は持続的ではなく、耐性や毒性が課題となっています[3]。BETタンパクは正常細胞の転写調節にも必要であるため、血小板減少などの有害事象によって投与量が制限されることがあります。また、腫瘍細胞が別のシグナルや転写経路を利用して薬剤耐性を獲得する可能性も研究されています。

PROTAC ─ 原因タンパクを「分解して消す」次世代技術

BET阻害薬とは異なる方法として、PROTAC(プロタック)などの標的タンパク質分解技術が研究されています。PROTACは、片方の端で標的タンパク質に結合し、もう片方の端でE3ユビキチンリガーゼを呼び寄せ、細胞内のユビキチン・プロテアソーム系を利用して標的タンパク質を分解させる分子です。BETタンパクやBRD4-NUT関連タンパク質を単に阻害するのではなく、細胞内から除去する戦略として前臨床研究が進んでいます。2026年掲載の国際ガイドラインでも、PROTACを含む新規治療技術は今後の研究課題として挙げられています[7]

その他のアプローチと臨床試験

このほか、BRD4とp300/CBPの双方のブロモドメインを標的とするデュアル阻害薬NEO2734が、NUT癌の前臨床モデルで抗腫瘍活性を示しています[4]。また、EZH2とBRD4-NUTの機能的な協調関係を標的とする研究も報告されています[5]。確立した全身治療がない現状では、分子異常や腫瘍型に応じた臨床試験を検討することが重要です。国際専門家グループによるガイドラインは2025年7月31日にオンライン公開され、正式には『The Innovation』2026年1月号に掲載されました。低分化形態を示す悪性腫瘍ではNUT免疫染色を初期スクリーニングとして考慮すること、多職種チームで診断・治療を検討すること、適切な臨床試験への参加を検討することなどが示されています[7]

9. NUT癌は遺伝するのか ─ 体細胞変異という理解

NUT癌の原因となるNUTM1の再構成は、通常は腫瘍細胞で後天的に生じた「体細胞(たいさいぼう)変化」です。全身の細胞が生まれつき持っている生殖細胞系列変異とは異なるため、NUT癌そのものは原則として親から子へ遺伝する疾患ではありません

💡 用語解説:体細胞変異と生殖細胞系列変異

「生殖細胞系列変異」は、精子や卵子を通じて受け継がれ、生まれつき全身の細胞が持っている変化で、子どもに遺伝しうるものです。一方「体細胞変異」は、受精後に体の一部の細胞に生じる遺伝子変化で、通常はその変化をもつ腫瘍細胞などに限局します。NUT癌を生じさせるNUTM1再構成は通常この体細胞変化にあたります。詳しくは体細胞変異と生殖細胞系列変異のちがいをご覧ください。

遺伝診療の視点からは、NUT癌は「がんの原因が遺伝子の変化であること」と「その病気が遺伝すること」は同じ意味ではない、ということを理解する一例です。がんは遺伝子変化によって生じますが、その変化が腫瘍細胞に後天的に生じた体細胞変化であれば、通常は家族に受け継がれません。このため、NUT癌と診断されたことだけを理由として、ご家族全員に遺伝学的検査が必要になるわけではありません。

当院では、遺伝子や染色体に関わる検査の前後で、臨床遺伝専門医が遺伝カウンセリングを行っています。がんゲノム医療の結果の意味や、「この変化は遺伝するのか・しないのか」といった疑問について、中立の立場で情報を整理しています。NUT癌は成人・小児のいずれにも生じうる病気であり、当院は臨床遺伝専門医の立場から、遺伝情報の解釈に関する一般的な相談に対応しています。

10. よくある誤解

誤解①「正中線にしかできない」

かつての名前から誤解されがちですが、NUT癌は正中線以外の臓器(骨・膀胱・卵巣など)からも発生します。このため、現在は解剖学的位置を限定しない「NUT carcinoma」という名称が用いられています。

誤解②「原因が遺伝子だから遺伝する」

NUT癌の原因は遺伝子の変化ですが、それは通常後天的な体細胞変化です。生まれつきの変化ではないため、原則として子どもや家族に遺伝するものではありません。

誤解③「どの病院でもすぐ診断できる」

NUT癌は病理像がほかの低分化・未分化悪性腫瘍と似ており、NUT免疫染色などの特異的な検査を行わないと診断できないことがあります。臨床像や病理像から疑われる場合には追加検査が重要です。

誤解④「まれだから治療研究は進んでいない」

NUTM1融合という明確な分子異常が病態の中心にあるため、BET阻害薬や標的タンパク質分解など、分子機序を標的とする治療研究が行われています。

まとめ ─ NUTM1融合を起点とする病態理解と治療研究

NUT正中線癌(NUT癌)は、NUTM1遺伝子の再構成(多くはBRD4-NUTM1融合)によって生じる、きわめてまれで進行の速いがんです。BRD4-NUT融合タンパクが引き起こす「メガドメイン」の形成と異常な転写制御は、MYCなどの増殖関連遺伝子を持続的に活性化し、細胞の分化を妨げることで腫瘍増殖を維持します[9][10]

病理像だけではほかの低分化・未分化悪性腫瘍との鑑別が難しいことがありますが、NUT免疫染色とNUTM1再構成を確認する分子検査によって診断できます[2]。切除可能例では完全切除を含む集学的治療が重要ですが、進行例に対する確立した全身治療はなく、BET阻害薬などの分子標的治療が研究されています。PROTACを含む標的タンパク質分解技術や、エピジェネティック制御を組み合わせた新しい治療戦略についても前臨床・臨床研究が進められています。国際ガイドラインでは、低分化形態を示す悪性腫瘍におけるNUT免疫染色の活用、多職種による診療、適切な臨床試験の検討が重要とされています[7]

よくある質問(FAQ)

Q1. NUT正中線癌(NUT癌)とはどんな病気ですか?

NUTM1(ナットエムワン)という遺伝子が別の遺伝子(多くはBRD4)とつながる「遺伝子再構成」によって発症する、非常にまれで進行の速いがんです。低分化〜未分化の癌としてみられ、扁平上皮分化を示すことがあります。体の中心付近(頭頸部・胸)にできることが多いですが、それ以外の臓器からも生じます。病理像がほかのがんと似ているため、NUT免疫染色などの検査が重要です。

Q2. NUT癌は遺伝しますか?家族も検査が必要ですか?

NUT癌の原因となるNUTM1の再構成は、通常、生まれた後に腫瘍細胞に起こる「体細胞変化」です。生まれつき全身が持っている変化ではないため、原則として親から子へ遺伝するものではありません。したがって、この病気を理由にご家族が一律に遺伝子検査を受ける必要があるという性質のものではありません。個別の家族歴などについて疑問がある場合は、臨床遺伝専門医にご相談ください。

Q3. どうやって診断するのですか?

まず、NUTタンパクに対する免疫染色(クローンC52B1)が重要です。この検査は検証研究で感度87%・特異度100%と報告されています。NUTM1再構成の確認や融合パートナーの同定には、FISH法や次世代シーケンサー(NGS)、特にRNAを用いた融合遺伝子解析などが利用されます。NUT陽性となりうるほかの腫瘍との鑑別も必要です。

Q4. どんな治療がありますか?

現時点で世界共通の標準治療は確立していません。局所にとどまり切除可能な場合は完全切除を目指した手術や放射線療法を含む集学的治療が検討されます。進行例には化学療法が用いられますが、長期的な制御が難しいことがあります。近年はBET阻害薬や標的タンパク質分解技術などの研究が進んでおり、適切な臨床試験への参加も検討されます。治療方針は必ず主治医や専門チームとご相談ください。

Q5. 進行が速いと聞きますが、見通しはどうですか?

総じて予後の厳しい病気ですが、見通しは原発部位と融合パートナーの種類などによって異なります。国際患者登録の解析では、胸を原発とするタイプは生存期間が短い傾向があり、胸以外を原発とする非BRD4型(BRD3・NSD3など)では比較的長い生存期間を示すグループが報告されています。これは集団全体の統計であり、個々の経過を決めるものではありません。詳しくは主治医にご確認ください。

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参考文献

  • [1] French CA, Miyoshi I, Kubonishi I, Grier HE, Perez-Atayde AR, Fletcher JA. BRD4-NUT fusion oncogene: a novel mechanism in aggressive carcinoma. Cancer Res. 2003;63(2):304-307. [PubMed 12543779]
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仲田洋美 医師(臨床遺伝専門医)

この記事の監修・執筆者:仲田 洋美

(臨床遺伝専門医/がん薬物療法専門医/総合内科専門医)

ミネルバクリニック院長。1995年に医師免許を取得後、 臨床遺伝学・内科学・腫瘍学を軸に診療を続けてきました。 のべ10万人以上のご家族の意思決定と向き合ってきた臨床遺伝専門医です。

出生前診断(NIPT・確定検査・遺伝カウンセリング)においては、 検査結果の数値そのものだけでなく、 「結果をどう受け止め、どう生きるか」までを医療の責任と捉え、 一貫した遺伝カウンセリングと医学的支援を行っています。

ハイティーンの時期にベルギーで過ごし、 日本人として異文化の中で生活した経験があります。 価値観や宗教観、医療への向き合い方が国や文化によって異なることを体感しました。 この経験は現在の診療においても、 「医学的に正しいこと」と「その人にとって受け止められること」の両立を考える姿勢の基盤となっています。

また、初めての妊娠・出産で一卵性双生児を妊娠し、 36週6日で一人を死産した経験があります。 その出来事は、妊娠・出産が女性の心身に与える影響の大きさ、 そして「トラウマ」となり得る体験の重みを深く考える契機となりました。 現在は、女性を妊娠・出産のトラウマから守る医療を使命の一つとし、 出生前診断や遺伝カウンセリングに取り組んでいます。

出生前診断は単なる検査ではなく、 家族の未来に関わる重要な意思決定です。 年齢や統計だけで判断するのではなく、 医学的根拠と心理的支援の両面から、 ご家族が後悔の少ない選択をできるよう伴走することを大切にしています。

日本人類遺伝学会認定 臨床遺伝専門医/日本内科学会認定 総合内科専門医/ 日本臨床腫瘍学会認定 がん薬物療法専門医。 2025年には APAC地域における出生前検査分野のリーダーとして国際的評価を受け、 複数の海外メディア・専門誌で特集掲載されました。

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