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発達性てんかん性脳症98(DEE98):ATP1A2遺伝子変異が引き起こす難治性てんかんと発達退行

仲田洋美 医師

この記事の監修:仲田洋美(臨床遺伝専門医)

のべ10万人以上の意思決定に伴走。国際医療誌『Medical Care Review APAC』『Global Woman Leader』の2誌で表紙を飾り、「Top Prenatal Testing Service in APAC 2025」に選出されるなど、世界基準の遺伝医療を提供。

発達性てんかん性脳症98(DEE98)は、染色体1q23.2のATP1A2遺伝子のヘテロ接合性変異によって乳幼児期に発症する重篤な神経発達障害です。発作が始まるまでは正常発達を示すことが多いお子さんが、てんかん発症を境に獲得した能力を急激に失う「発達退行」を呈する点が特徴で、メマンチンなどNMDA受容体拮抗薬による分子標的アプローチが国際的に注目されています。

この記事でわかること
📖 読了時間:約15分
🧬 ATP1A2・難治性てんかん・臨床遺伝
臨床遺伝専門医監修

Q. DEE98(発達性てんかん性脳症98)とはどのような病気ですか?まず結論だけ知りたいです

A. ATP1A2遺伝子の変異によって、乳幼児期にてんかんが発症し、その発作を境に獲得していた発達が急激に失われていく稀な神経疾患です。発症前は正常に発達していたお子さんが、難治性のてんかん発作・てんかん重積状態・劇的な発達退行・舞踏運動やジストニアなどの運動障害を呈します。アストロサイトという脳の細胞の機能不全がグルタミン酸の過剰刺激を引き起こすことが原因と考えられ、メマンチンなどNMDA受容体拮抗薬による治療が有望視されています。

  • 疾患の定義 → OMIM 619605、ATP1A2遺伝子(1q23.2)のヘテロ接合性変異、常染色体顕性遺伝
  • 病態メカニズム → アストロサイトのナトリウムポンプ機能不全 → グルタミン酸興奮毒性
  • 主な症状 → 難治性てんかん・発達退行・運動障害(舞踏運動・ジストニア)・後天性小頭症
  • 表現型スペクトラム → FHM2・AHC・DEE98・FARIMPD症候群の重症度連続体
  • 治療の最前線 → メマンチン・ケタミンなどNMDA受容体拮抗薬、ケトン食療法の有望性

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1. DEE98(発達性てんかん性脳症98)とは

発達性てんかん性脳症98(Developmental and Epileptic Encephalopathy 98、略してDEE98)は、OMIM 619605として登録されている遺伝性の脳症のひとつです。原因となるのは、第1番染色体の長腕にあるATP1A2遺伝子に生じたヘテロ接合性のバリアント(変異)で、乳幼児期に発症する難治性のてんかんと、それに続く劇的な発達の退行を主たる特徴としています。

💡 用語解説:ヘテロ接合性とは

私たちは同じ遺伝子を父親と母親から1本ずつ、合計2本受け継いでいます。「ヘテロ接合性のバリアント」とは、2本のうち片方にだけ変異がある状態のことです。DEE98は片方の変異だけで症状が出る「常染色体顕性(優性)遺伝」の形をとります。患者さんご本人が将来お子さんを持つ場合、その変異がお子さんに受け継がれる確率は理論上50%ですが、実際にはDEE98の多くは両親に変異がなく、お子さんで初めて生じる「de novo(デノボ)変異」によって発症することが報告されています。

これまで歴史的にATP1A2遺伝子の変異は、比較的予後がよい家族性片麻痺性ミグレン2型(FHM2)小児交互性片麻痺(AHC)の原因として知られてきました。しかしVetroら(2021年)の大規模研究をはじめとする最近のゲノム解析の進展により、同じATP1A2遺伝子の特定の変異が、難治性てんかんと重度発達障害を伴う極めて重篤な表現型を引き起こすことが明らかになり、独立した疾患「DEE98」として登録されるに至りました。

🔎 DEE98は世界的にも症例報告がまだ限られた超希少疾患です。確定診断のためには、難治性てんかんの背景にある遺伝学的原因の精密な解析が不可欠です。

2. 原因遺伝子ATP1A2と病態メカニズム

DEE98の病態を理解するには、原因遺伝子であるATP1A2がどんな仕事をしているのか、そしてその仕事が失敗するとなぜてんかんと発達退行が起きるのかを知ることが大切です。

💡 用語解説:ATP1A2遺伝子とナトリウムポンプ

ATP1A2は、細胞膜にある「ナトリウム・カリウムポンプ(Na+/K+-ATPase)」のうち「α2サブユニット」と呼ばれる部品をつくる遺伝子です。このポンプは、ATPというエネルギーを使って細胞の中のナトリウムを汲み出し、代わりにカリウムを取り込む働きをしています。脳のニューロン(神経細胞)が正しく信号を伝えるためには、このイオンの出し入れが正確に行われていることが絶対条件です。

💡 用語解説:アストロサイトとグルタミン酸シンク

脳には「ニューロン(神経細胞)」のほかに、それを支える「グリア細胞」があります。なかでもアストロサイト(星状膠細胞)はニューロンのまわりを取り囲み、興奮性の神経伝達物質「グルタミン酸」を吸い取って、ニューロンが過剰に興奮しないように守る役目を担っています。この働きを「グルタミン酸シンク(glutamate sink)」と呼びます。ATP1A2はとくにアストロサイトに豊富に発現しており、このグルタミン酸の回収を支える大事な部品です。

ATP1A2変異が引き起こす「悪循環」

ATP1A2に変異が生じてポンプ機能が低下すると、アストロサイトの中のナトリウムが排出されず、逆に細胞外のカリウムも回収できなくなります。この状態では、グルタミン酸を回収するための駆動力(ナトリウム勾配)が失われてしまうため、シナプスの隙間にグルタミン酸が滞留し続けます。

過剰なグルタミン酸はニューロンの受容体(とくにNMDA受容体)を必要以上に刺激し、大量のカルシウムイオンがニューロン内に流れ込む結果、ミトコンドリアの機能不全や活性酸素の発生を引き起こし、最終的にニューロンそのものを傷害してしまいます。これが「グルタミン酸興奮毒性(excitotoxicity)」と呼ばれる現象で、DEE98で見られる発達退行や脳萎縮の本質的な原因と考えられています。

💡 用語解説:NMDA受容体とグルタミン酸興奮毒性

NMDA受容体は、ニューロンの表面にある「鍵穴」のようなもので、グルタミン酸が結合するとカルシウムを細胞内に通す仕組みになっています。本来は学習や記憶に必要な大事な働きをしていますが、グルタミン酸が過剰になると、この鍵穴が開きっぱなしになりカルシウムが流入し続け、神経細胞を死滅させてしまいます。これがDEE98で発作のあとに脳の機能が急速に失われていく仕組みです。後述するメマンチンなどの「NMDA受容体拮抗薬」は、この過剰刺激を遮断することで脳を守る治療薬として注目されています。

図解:正常な状態とDEE98の病態の違い

✅ 正常な脳の状態

🧬 ATP1A2ポンプ:正常稼働

アストロサイトがナトリウムを汲み出し、カリウムを取り込む

🌊 グルタミン酸の回収:スムーズ

シナプス間隙のグルタミン酸が速やかに回収される

🧠 ニューロン:適切に興奮

NMDA受容体は必要なときだけ活性化される

⚠️ DEE98の病態

❌ ATP1A2ポンプ:機能不全

変異タンパク質がポンプ機能を阻害(優性阻害効果)

🌋 グルタミン酸が滞留

シナプス間隙にグルタミン酸が異常蓄積する

⚡ NMDA受容体:過剰刺激

カルシウム流入が暴走し、ニューロンが障害される

さらに最近の研究では、ATP1A2の機能不全は胎児期の脳の発達そのものにも影響することがわかってきました。Vetroら(2021年)は、ATP1A2変異患者の一部に多小脳回(polymicrogyria)と呼ばれる大脳皮質の形成異常が合併することを報告しています。これは、ナトリウムポンプが単にイオンを動かすだけでなく、胎児期の脳における神経細胞の遊走や層構造の形成にも欠かせない役割を果たしていることを示す重要な発見です。

3. 主な症状と発達退行の特徴

DEE98の臨床像は、初期の発達期 → 発作の発症 → 急性脳症と発達退行 → 後遺症期、という独特の軌跡を描きます。お子さんの発達が順調に見えていた時期に、突然のてんかん発作をきっかけにすべてが変わってしまう——この衝撃的な臨床経過がDEE98の最大の特徴です。

⚡ てんかん発作

  • 発症年齢:生後数日〜10歳代前半(多くは乳幼児期)
  • 発作型:焦点発作・両側強直間代発作など多形性
  • 難治性てんかん重積状態に陥りやすい
  • 既存の抗てんかん薬に強い抵抗性を示す

📉 発達退行

  • 発作開始まではほぼ正常な発達を示すことが多い
  • 発作・急性脳症エピソードを境に急激に退行
  • 獲得した言語・歩行・微細運動が失われる
  • 後遺症として重度の知的障害が残る

🤸 運動障害

  • 舞踏運動・舞踏アテトーゼ
  • ジストニア(異常な筋緊張)
  • 運動失調・ジスキネジア
  • 筋緊張低下と痙縮の混在、四肢麻痺

😶 その他の所見

  • 顔面寡動(表情の乏しさ)
  • 後天性小頭症(出生時は正常)
  • 大脳半球萎縮の進行
  • 多小脳回(一部の症例)

💡 用語解説:てんかん重積状態(じゅうせきじょうたい)

通常のてんかん発作は数分以内におさまりますが、発作が5分以上続く、あるいは意識が戻る前に次の発作が始まる状態を「てんかん重積状態」と呼びます。長く続く発作は脳に酸素が行き渡らない時間を生み、グルタミン酸の過剰放出を引き起こすため、放置すると不可逆的な脳のダメージにつながります。DEE98ではこの重積状態が反復することが多く、発達退行を加速させる最大のリスク因子と考えられています。

脳波(EEG)検査では、約9割の症例で背景活動の広範な徐波化が見られ、約6割で側頭部・前頭部優位の多所性または焦点性のてんかん様放電が記録されます。MRIでは初期には異常が乏しいことも多いのですが、発作の反復や急性脳症エピソードを経るごとに大脳半球の進行性の萎縮や皮質菲薄化、急性期の血管原性浮腫などが現れてきます。

仲田洋美院長

🩺 院長コラム【「最初は普通に育っていたのに」というご家族の声】

DEE98のお子さんを持つご家族から最も多く聞くのが、「発作が始まる前までは、本当に何の問題もなく順調に育っていたんです」というお話です。歩き始めの時期、初語、笑顔——すべてが順調だった月日が、てんかんの発症を境に大きく変わってしまう。この経過こそがDEE98の臨床像の核心であり、ご家族にとって最もつらい部分でもあります。

大切なのは、この発達退行が「育て方の問題」では決してなく、ATP1A2遺伝子の変異が引き起こす分子レベルの神経傷害によるものだと正しく理解することです。そして、近年は脳のダメージそのものを軽減する治療アプローチが少しずつ見えてきています。情報を正確に持つことが、ご家族が前を向くための最初の一歩になります。

4. ATP1A2変異の表現型スペクトラム

ATP1A2遺伝子の変異は、変異の場所・性質・対立遺伝子の状態(片方だけか両方かなど)に応じて、軽症から致死的なものまで幅広い疾患スペクトラムを引き起こします。DEE98はこのスペクトラムの中で「重度」に位置づけられる疾患です。

変異の状態 疾患名 発症時期 主な特徴 重症度
ヘテロ接合体 FHM2 小児期〜成人期 片麻痺、前兆を伴う偏頭痛 軽度〜中等度
ヘテロ接合体 AHC 乳幼児期 反復性片麻痺、ジストニア、眼球運動異常 中等度
ヘテロ接合体 DEE98(本記事の対象) 生後数日〜最初の10年 難治性てんかん、発達退行、知的障害、運動障害 重度
ホモ接合体/複合ヘテロ FARIMPD 胎児期〜新生児期 胎児水腫、関節拘縮、小頭症、多小脳回、呼吸不全 極めて重度(致死的)

DEE98と他のATP1A2関連疾患の見分けかた

FHM2は基本的に発作性の片麻痺と偏頭痛が主体で、てんかんや知的障害は通常伴いません。AHCは反復性の片麻痺とジストニアを乳幼児期に呈しますが、DEE98で見られるような不可逆的な発達退行や脳構造の重篤な異常は少ない傾向です。一方、両親から受け継いだ両方のATP1A2に変異がある場合(ホモ接合体・複合ヘテロ接合体)、ポンプ機能が完全に失われ、FARIMPD症候群と呼ばれる胎児水腫や関節拘縮・多小脳回を伴う致死的表現型を呈します。

なお、DEE98と臨床像が似ている他のDEE(発達性てんかん性脳症)も多数存在します。たとえば姉妹遺伝子ATP1A3変異によるDEE99、NMDA受容体のサブユニットそのものをコードするGRIN1変異によるDEE101などです。これらは関与するイオンチャネル・受容体が異なるため、最適な治療薬の選び方も大きく変わってきます。原因遺伝子の正確な同定が治療方針を決めることを意味しています。

5. 診断と遺伝子検査の進め方

DEE98の診断は、臨床所見・電気生理検査・神経画像・遺伝子検査を総合して行います。とくに「乳幼児期に発症する難治性のてんかん」「発作を境に発達が急激に退行している」「運動障害(舞踏運動・ジストニアなど)を伴う」というレッドフラッグが揃ったときには、ATP1A2を含む網羅的な遺伝子解析が強く推奨されます。

臨床的レッドフラッグ

💡 DEE98を疑うべき所見の組み合わせ

  • 乳幼児期に発症した難治性のてんかん(特に重積化しやすい)
  • 発作前は正常もしくは軽度遅延の発達、発作後に急激な退行
  • 舞踏運動・ジストニア・運動失調などの運動障害の併発
  • MRIで進行性の大脳半球萎縮・皮質菲薄化・多小脳回
  • 従来の抗てんかん薬への抵抗性、特にナトリウムチャネル阻害薬で悪化するケース

遺伝子検査:トリオ全エクソーム解析が決め手

💡 用語解説:トリオ全エクソーム解析(Trio-WES)

全エクソーム解析(WES)とは、遺伝子のタンパク質をコードする部分(エクソン)全体を一度に解析する方法です。「トリオ」はお子さんと両親の3人を同時に解析することを意味します。DEE98の多くは両親に変異がないde novo(デノボ)変異で発症するため、トリオで比較すれば「お子さんだけにある新しい変異」を効率的に検出できます。単一の遺伝子だけを調べても見逃すリスクが高いため、難治性てんかんの精密診断ではトリオWESが推奨されます。

💡 用語解説:ミスセンス変異とde novo変異

ミスセンス変異とは、DNAの塩基がひとつ変わることでアミノ酸が別のものに置き換わるタイプの変異です。タンパク質の形がわずかに変わり、本来の機能を失ったり、逆に正常タンパク質を妨害したりします。
de novo(デノボ)変異は、両親の精子・卵子・あるいは受精直後に新しく生じた変異です。ご両親には同じ変異がないため、家族歴がなくてもお子さんで遺伝性の病気が発症する原因となります。DEE98の多くがこのタイプです。

多小脳回所見の意味

💡 用語解説:多小脳回(polymicrogyria)

大脳の表面の「しわ」が、本来より多数の小さなしわとして形成されてしまう状態です。胎児期に神経細胞が正しく移動・配置できなかった結果として生じます。従来は妊娠中の感染や血流障害が原因と考えられていましたが、ATP1A2やATP1A3の遺伝子変異でも多小脳回を呈することがわかり、ナトリウムポンプが脳のかたちを作る段階から重要な役割を担っていることを示す決定的な根拠となりました。

ミネルバクリニックで対応する関連検査

ATP1A2は当院で扱う複数の検査パネルに含まれており、お子さんの症状や年齢、ご家族の状況に応じて最適なものを選択できます。

6. 治療と長期管理:分子標的アプローチの最前線

DEE98は従来の抗てんかん薬に対して強い抵抗性を示すため、ここ数年は「変異した遺伝子のメカニズムを直接ねらいうつ」プレシジョン・メディシン(個別化医療)のアプローチが急速に進歩しています。グルタミン酸興奮毒性のカスケードを下流で遮断するNMDA受容体拮抗薬、ミトコンドリア代謝を保護するケトン食療法の二本柱が、現時点で最も有望な治療戦略です。

① NMDA受容体拮抗薬(メマンチン・ケタミン)

💡 用語解説:NMDA受容体拮抗薬

ニューロンの表面にあるNMDA受容体(グルタミン酸の「鍵穴」)に結合してその過剰な活性化をブロックする薬剤です。メマンチンはもともとアルツハイマー型認知症の経口薬として承認されている薬で、ケタミンは麻酔薬として用いられる強力なNMDA遮断薬です。どちらもDEE98の急性期治療や長期管理で、グルタミン酸興奮毒性の悪循環を断ち切る目的で使われています。

国際的な症例報告では、メマンチン(1日5mgから開始し体重に応じて漸増)の投与により、てんかん重積状態からの完全な離脱、発作頻度の顕著な減少、覚醒レベルの向上、歩行と協調運動の改善、注意力の改善といった多面的な効果が報告されています。重篤な副作用は少なく、忍容性も高いと報告されており、DEE98に対する分子標的薬として大きな期待が寄せられています。ケタミンは難治性のてんかん重積状態の急性期にレスキュー薬として用いられます。

② ケトン食療法・修正アトキンス食

炭水化物を厳しく制限し、脂質を主たるエネルギー源とする食事療法です。グルコース代謝に依存するアストロサイトのエネルギー枯渇を迂回し、ケトン体を脳の主たる燃料として供給することで、酸化ストレスを軽減します。DEE98の症例でも、従来の抗てんかん薬が無効だったケースで完全な発作消失(seizure-free)が長期間維持された報告があり、薬物療法と並ぶ重要な治療の柱とされています。

③ ⚠️ 重要:ナトリウムチャネル阻害薬の慎重投与

⚠️ 注意喚起:ナトリウムチャネル阻害薬

てんかん治療で頻繁に使われるカルバマゼピン・オクスカルバゼピン・フェニトイン・ラモトリギンなどのナトリウムチャネル阻害薬は、DEE98では無効であるばかりか、症状を悪化させるリスクがあります。ATP1A2変異によってすでにナトリウム排出機能が低下している状態に、さらにナトリウムチャネルを抑制すると、運動失調・ミオクローヌス・てんかん発作の逆説的悪化が起こり得るためです。原因が確定する前の安易な処方は避け、まず遺伝子診断を進めることが安全です。

④ 集学的チーム医療

DEE98は神経・運動・呼吸・栄養・整形・リハビリテーションなど多領域にまたがるケアが必要です。小児神経科医を中心に、リハビリテーション科・栄養士・言語聴覚士・看護師・臨床心理士・臨床遺伝専門医からなるチーム医療体制で、お子さんとご家族の生活の質(QOL)を守る取り組みが重要です。

仲田洋美院長

🩺 院長コラム【遺伝子の診断が治療を変える時代】

かつての「てんかん診療」は、発作型と脳波所見から薬を選ぶ時代でした。しかし2010年代以降、次世代シーケンサーの普及によって、難治性のてんかんの背後にある具体的な遺伝子変異が次々と明らかになりました。そして、原因遺伝子によって「効く薬」「効かない薬」「むしろ悪化させる薬」が全く異なることもわかってきました。

DEE98はその典型例です。ナトリウムチャネル阻害薬を使えば悪化する一方で、メマンチンというアルツハイマー病の薬が劇的に効くことがある——これは遺伝子診断なしには到底たどり着けない治療方針です。お子さんのてんかんがなかなかコントロールできないとき、「もう一度、遺伝学的な原因の精査を」というご相談はいつでも受けて差し上げたいと思っています。

7. 遺伝カウンセリングと出生前診断

DEE98の確定診断が得られたあと、ご家族には専門的な遺伝カウンセリングが欠かせません。「次のお子さんはどうなるのか」「ご本人や兄弟姉妹が将来お子さんを持つときの再発リスクは」「出生前に診断する選択肢はあるのか」——これらの疑問に、医学的・倫理的・心理的な側面から丁寧に伴走するのが臨床遺伝専門医の役割です。

  • 遺伝形式と再発リスク:DEE98の多くはde novo変異によるもので、ご両親には同じ変異がないことがほとんどです。次のお子さんの再発リスクは一般集団に近い水準ですが、生殖細胞モザイクの可能性を完全には除外できないため、リスクが完全にゼロとは言い切れません。患者さんご本人が将来お子さんを持つ場合は、理論上50%の確率で変異が伝わります。
  • 出生前診断の選択肢:すでに家族内でATP1A2の特定の病的変異が同定されている場合は、次の妊娠で絨毛検査・羊水検査による出生前遺伝子診断が可能です。妊娠初期からの選択肢を知っておくことは、ご家族の心の準備にも繋がります。
  • NIPTで関連遺伝子をスクリーニング:当院のインペリアルプランはATP1A2を含む154遺伝子218疾患を母体血からスクリーニングできます。妊娠10週以降から実施可能で、より早い段階での情報取得を希望されるご家族に選ばれています。
  • 互助会制度による羊水検査費用補助:当院のNIPT受検者には互助会(8,000円)が自動適用され、NIPT陽性となった場合の羊水検査費用が全額補助されます。陽性時の経済的不安を取り除き、確定診断にスムーズに進める仕組みです。

8. よくある誤解

誤解①「ATP1A2変異=偏頭痛の遺伝子」

確かにATP1A2はFHM2の原因として古くから知られていますが、同じ遺伝子の変異でも、その場所と性質によってDEE98のような重篤な脳症を引き起こすことがわかっています。変異の精密な解釈が必要です。

誤解②「最初は普通に育っていたから遺伝性ではない」

DEE98は発症前の発達がほぼ正常である点が特徴です。発達退行が「発作の発症後」に起こるからといって、原因が遺伝性ではないとは言えません。むしろ遺伝学的に明確な原因が存在する典型例です。

誤解③「効く薬がないから治療は手詰まり」

従来の抗てんかん薬には抵抗性ですが、メマンチンなどNMDA受容体拮抗薬・ケトン食療法という分子メカニズムに沿った治療で発作消失や発達改善が報告されています。原因に応じた治療を選ぶことが何より重要です。

誤解④「親が健康だから次のお子さんも安心」

DEE98の多くはde novo変異で、ご両親に同じ変異はありません。しかし生殖細胞モザイクの可能性が完全には否定できないため、次の妊娠での出生前診断の選択肢について遺伝カウンセリングを受けることが推奨されます。

9. 臨床遺伝専門医からのメッセージ

仲田洋美院長

🩺 院長コラム【発作が始まる前に、検査でわかることがある】

DEE98のお子さんの多くは、最初の発作のあとに「実は遺伝学的な原因があったのか」と判明します。しかし、もし最初の発作が起こる前——あるいは妊娠中の時点で——その可能性を知ることができれば、医療チームは初期から正しい治療方針を立てやすくなり、脳のダメージを最小限にとどめる可能性も生まれます。

遺伝医療は「結果を告げる」ためのものではなく、「次の一手を選ぶ」ためのものだと私は考えています。難治性のてんかんがすでにあるお子さんの精密診断、ご家族の再発リスクの評価、次の妊娠の出生前診断——どの段階でも、臨床遺伝専門医はご家族の意思決定に並走する役割を担います。希少な疾患であるほど、一人ひとりの正確な診断が将来の支援を組み立てる基盤になります。

よくある質問(FAQ)

Q1. DEE98は遺伝しますか?両親に遺伝子の問題があるのですか?

DEE98の多くは「de novo(デノボ)変異」によって発症します。これは、ご両親には同じ変異がなく、お子さんで初めて生じた新しい変異のことです。したがって、ほとんどのケースでご両親に遺伝子の問題はありません。ただし、患者さんご本人が将来お子さんを持つ場合は理論上50%の確率で変異が伝わります。また、生殖細胞モザイクの可能性も完全には除外できないため、次のお子さんを考えるご家族には遺伝カウンセリングが推奨されます。

Q2. 発作が始まる前は本当に正常に発達するのですか?

多くのケースで、最初の発作が起こるまではほぼ正常な発達、もしくはごく軽度の遅れにとどまります。歩行・初語・指先の動きなど典型的なマイルストーンを順調に達成されることも珍しくありません。ところが、てんかん発作とくに重積状態を契機に、急激な発達退行を生じる点がDEE98の最大の特徴です。発作前の発達が良好だったことを「気のせい」と感じてしまうご家族もいますが、それは事実であり、ご自分を責める必要はありません。

Q3. どのような検査で診断されますか?

難治性のてんかんと発達退行の組み合わせから臨床的にDEE98が疑われ、最終的にはお子さんと両親の3人を同時解析する「トリオ全エクソーム解析(Trio-WES)」によってATP1A2遺伝子のde novo変異が同定されることで確定診断となります。脳波(EEG)では広範な徐波化や多所性のてんかん様放電が、MRIでは進行性の大脳半球萎縮や多小脳回などの所見が補助的に診断を支えます。

Q4. ATP1A2はFHM2やAHCの遺伝子と聞きました。同じ病気なのですか?

同じATP1A2遺伝子の変異でも、変異の場所や性質によって全く異なる重症度の疾患が引き起こされます。軽症側にFHM2(家族性片麻痺性ミグレン2型)、中等度にAHC(小児交互性片麻痺)、重度にDEE98、両方の対立遺伝子に変異がある最重症型としてFARIMPD症候群が並んでいます。これらは独立した疾患として分類されており、治療方針も異なります。

Q5. メマンチンというお薬は本当にDEE98に効くのですか?

メマンチンはNMDA受容体を遮断する薬で、もともとはアルツハイマー型認知症に承認されています。DEE98では、過剰なグルタミン酸刺激からニューロンを守る分子標的薬として複数の症例で著効が報告されています。具体的にはてんかん重積状態からの離脱、発作頻度の減少、覚醒・歩行・注意力の改善などが見られたケースがあります。ただしまだ標準治療として確立された段階ではなく、専門医のもとで慎重に検討されるべき治療です。

Q6. なぜカルバマゼピンなどのナトリウムチャネル阻害薬を避けるべきなのですか?

DEE98ではATP1A2変異によって細胞内のナトリウムを汲み出す機能がもともと低下しています。その状態でナトリウムチャネルを阻害する薬を投与すると、神経の発火パターンがさらに乱れ、運動失調・ミオクローヌス・てんかん発作の悪化を逆説的に引き起こすことがあります。遺伝子診断で原因が判明する前の処方は注意が必要で、お子さんのてんかんの原因がまだ特定されていない場合は精密な遺伝学的評価を優先することが安全です。

Q7. 出生前にDEE98を診断することはできますか?

家族内ですでにATP1A2の病的変異が同定されている場合は、絨毛検査や羊水検査による出生前遺伝子診断が可能です。また、当院のインペリアルプラン(NIPT)では母体血からATP1A2を含む154遺伝子218疾患をスクリーニングできます。NIPT陽性となった場合は互助会制度(8,000円)によって羊水検査費用が全額補助されます。

Q8. DEE98のお子さんの寿命や予後はどうなのですか?

症例の希少性から確立された統計はありませんが、重症度には大きな幅があります。重度のてんかん重積状態や呼吸不全による生命の危険があるケースがある一方で、適切な治療と医療管理によって学童期・青年期・成人期まで生活されているケースも報告されています。生存された場合も多くは重度の知的障害・運動障害が残り、生涯にわたる介助が必要となります。早期の正確な診断と、メマンチンなど分子標的治療への早期介入が予後改善の鍵を握ると考えられています。

🏥 難治性てんかん・遺伝性脳症のご相談

DEE98をはじめとする遺伝性てんかん性脳症や難治性てんかんに関するご相談は、
臨床遺伝専門医が在籍するミネルバクリニックにお気軽にご相談ください。

関連記事

参考文献

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仲田洋美 医師(臨床遺伝専門医)

この記事の監修・執筆者:仲田 洋美

(臨床遺伝専門医/がん薬物療法専門医/総合内科専門医)

ミネルバクリニック院長。1995年に医師免許を取得後、 臨床遺伝学・内科学・腫瘍学を軸に診療を続けてきました。 のべ10万人以上のご家族の意思決定と向き合ってきた臨床遺伝専門医です。

出生前診断(NIPT・確定検査・遺伝カウンセリング)においては、 検査結果の数値そのものだけでなく、 「結果をどう受け止め、どう生きるか」までを医療の責任と捉え、 一貫した遺伝カウンセリングと医学的支援を行っています。

ハイティーンの時期にベルギーで過ごし、 日本人として異文化の中で生活した経験があります。 価値観や宗教観、医療への向き合い方が国や文化によって異なることを体感しました。 この経験は現在の診療においても、 「医学的に正しいこと」と「その人にとって受け止められること」の両立を考える姿勢の基盤となっています。

また、初めての妊娠・出産で一卵性双生児を妊娠し、 36週6日で一人を死産した経験があります。 その出来事は、妊娠・出産が女性の心身に与える影響の大きさ、 そして「トラウマ」となり得る体験の重みを深く考える契機となりました。 現在は、女性を妊娠・出産のトラウマから守る医療を使命の一つとし、 出生前診断や遺伝カウンセリングに取り組んでいます。

出生前診断は単なる検査ではなく、 家族の未来に関わる重要な意思決定です。 年齢や統計だけで判断するのではなく、 医学的根拠と心理的支援の両面から、 ご家族が後悔の少ない選択をできるよう伴走することを大切にしています。

日本人類遺伝学会認定 臨床遺伝専門医/日本内科学会認定 総合内科専門医/ 日本臨床腫瘍学会認定 がん薬物療法専門医。 2025年には APAC地域における出生前検査分野のリーダーとして国際的評価を受け、 複数の海外メディア・専門誌で特集掲載されました。

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