目次
- 1 1. 菱脳癒合症(RES)とは ─ 「虫部が欠けて左右がつながる」小脳の異常
- 2 2. どれくらいまれなのか、なぜ起こるのか
- 3 3. MRI診断のポイント ─ 「虫部が小さい」だけではない
- 4 4. 重症度分類 ─ Ishak分類と、その限界
- 5 5. 鑑別診断 ─ 似て見える他の小脳の異常
- 6 6. 遺伝学 ─ 古典的RESの原因遺伝子とMN1
- 7 7. 関連する症候群 ─ GLHSとVACTERL-H
- 8 8. 症状と予後 ─ 「虫部の欠け方」だけでは決まらない
- 9 9. 検査と遺伝カウンセリング ─ 遺伝診療との接点
- 10 10. よくある誤解
- 11 よくある質問(FAQ)
- 12 参考文献
- 13 関連記事
📍 クイックナビゲーション
小脳のまん中には、左右の小脳半球をつなぐ虫部(ちゅうぶ)という部分があります。この虫部が部分的、または完全に欠けて、左右の小脳が正中(体のまん中)を越えてひとつながりに見える——それが菱脳癒合症(りょうのうゆごうしょう/rhombencephalosynapsis、略してRES)です。とても珍しい脳の形の異常で、MRIの画像がきわめて特徴的である一方、症状の重さは、ほぼ健康に成人した方から、胎児期に重い水頭症(すいとうしょう)で見つかる方まで、非常に大きな幅があります。この記事では、RESとは何か、MRIでどう診断するのか、MN1(エムエヌワン)という遺伝子とのつながり、ゴメス・ロペス・エルナンデス症候群などの関連する病気、そして症状・予後・遺伝カウンセリングの要点を解説します。
Q. 菱脳癒合症(RES)とは何ですか?まず結論だけ知りたいです
A. 菱脳癒合症(RES)は、小脳のまん中にある虫部が部分的または完全に欠け、左右の小脳半球が正中を越えてつながってしまう、まれな先天性の脳形成異常です。診断はおもにMRI(磁気共鳴画像)で行い、単に虫部が小さいだけでなく、左右の小脳の組織が正中を横切ってつながっていることを確認するのがポイントです。症状はごく軽い方から重い方まで幅広く、虫部の欠け方の程度だけでは重症度を正確に予測できません。原因遺伝子は、古典的なRESの大多数では今のところ特定されていませんが、MN1遺伝子の特定の変異は、RESを伴う症候群を起こすことがわかっています。
- ➤正体 → 虫部の部分的/完全な欠損+左右の小脳が正中を越えてつながる、まれな脳形成異常
- ➤診断 → MRIで「虫部の欠損」と「小脳組織が正中を横切る連続」を直接確認する
- ➤遺伝 → 古典的RESの多くは原因未特定。MN1遺伝子のC末端切断変異は「非典型的RES」を伴う症候群を起こす
- ➤関連する病気 → GLHS(脱毛・三叉神経の感覚障害を伴う)、VACTERL連合、全前脳胞症など
- ➤予後 → 幅が広い。中脳水道狭窄・水頭症や他の合併奇形の有無が、虫部の欠け方の程度より重要なことがある
🧬 菱脳癒合症(RES)の基本情報
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 読み方・別名 | りょうのうゆごうしょう/rhombencephalosynapsis(RES)。「菱脳(りょうのう)」は脳の発生初期にできる後方の部分を指します |
| 中心となる所見 | 小脳虫部(ちゅうぶ)の部分的/完全な欠損と、左右小脳半球の正中を越えた連続・癒合 |
| 診断方法 | おもにMRI(磁気共鳴画像)による形態診断。遺伝子検査で確定する病気ではありません |
| 関連症候群 | ゴメス・ロペス・エルナンデス症候群(GLHS)、VACTERL連合/VACTERL-H、全前脳胞症(HPE)など |
| おもな原因遺伝子 | 古典的RESの大多数は未特定。MN1遺伝子のC末端切断変異が、RESを伴うサブタイプの原因として確立[2] |
※本記事は一般の方と遺伝診療に関わる方の両方に向けた疾患解説です。特定の検査を勧めるものではありません。
1. 菱脳癒合症(RES)とは ─ 「虫部が欠けて左右がつながる」小脳の異常
小脳は、体のバランスや運動の調整をつかさどる器官です。左右に大きく張り出した2つの小脳半球と、そのまん中で両者をつなぐ虫部という3つの部分に分かれています。菱脳癒合症(RES)は、この虫部が部分的または完全に欠け、本来なら左右に分かれているはずの小脳半球が、正中を越えてひとつながりになってしまう先天性の形成異常です[1]。典型的な例では、小脳の白質(はくしつ)や歯状核(しじょうかく)、上小脳脚(じょうしょうのうきゃく)といった深部の構造まで、正中でつながったり近づいたりします。

図:菱脳癒合症(RES)の特徴と関連所見。正常な小脳では左右の小脳半球の間に虫部がありますが、RESでは虫部が部分的または完全に欠損し、左右の小脳半球が正中を越えて連続・癒合します。RESはMRIによる形態診断が基本で、症例によって他の脳形成異常やVACTERL関連の先天異常などを伴うことがあります。古典的RESの大多数では原因遺伝子は特定されていませんが、MN1遺伝子の特定のC末端切断変異は、部分型RESを伴うMN1 C末端切断症候群の原因として知られています。
💡 用語解説:虫部(ちゅうぶ)と小脳半球
小脳は、左右に張り出した小脳半球と、そのまん中を縦に走る細長い虫部からできています。虫部は左右の小脳半球の間に位置する正中部で、体幹の姿勢や運動の調整に重要な部分です。RESでは、この虫部が部分的または完全に形成されず、左右の小脳半球が正中を越えて連続します。だからこそ「癒合(ゆごう=くっつくこと)」という名前がついています。
名前に「癒合」とありますが、これは「もともと正常に分かれていた左右の小脳が、あとからくっついた」という意味ではありません。むしろ現在の考え方では、脳の発生のごく初期に、本来まん中で虫部へと育つべき組織が正しく作られない・区画化されないという、一次的な形成の異常だと理解されています[5]。つまり「癒合」という言葉はMRIで見える形をよく表していますが、そのしくみをそのまま説明する言葉ではない、という点に注意が必要です。
RESは、他の異常を伴わずにRESだけがみられる場合(孤発性・非症候群性)と、後で述べるゴメス・ロペス・エルナンデス症候群やVACTERL連合、全前脳胞症といった別の病態の一部として現れる場合があります[6]。同じ「RES」という形態でも、その背景はさまざまです。近年は、RESを「ひとつの遺伝病」としてではなく、非常に特徴的な小脳の形を共有しながら、複数の発生・分子の経路が集まって成立する形成異常のスペクトラム(連続体)としてとらえるのが、最も整合的な見方とされています[6]。
2. どれくらいまれなのか、なぜ起こるのか
頻度:「0.13%」という数字の正しい読み方
RESは非常にまれな病気で、集団全体でどれくらいの頻度で生まれるか(出生頻度)は、今もはっきりわかっていません。よく引用される「0.13%」という数字は、ある研究で3,000件の小児の脳MRIを連続して調べたところ4例のRESが見つかった、という「MRIを受けた小児のなかでの頻度」です[3]。これは、何らかの神経症状があってMRIを受けた子どもたちのなかでの割合であり、一般の人口における有病率や出生頻度とは意味が異なります。
⚠️ ここに注意
「0.13%」や「100万人に1人」といった数字を、そのまま出生頻度として受け取るのは正確ではありません。RESには、症状が軽く見過ごされている成人の方(過小評価される方向)と、重い水頭症などで胎児期・新生児期に専門施設に集まる方(過大評価される方向)という、両方向のかたよりがあるためです。現時点で、性別・人種・地域による差を確実に論じられる疫学データはありません。
発生のしくみ ─ 「後からくっつく」のではない
小脳は、脳の発生初期にできる第一菱脳節(だいいちりょうのうせつ)という区画の背側から作られます。その発生は、周囲の複数の組織が出す信号や、屋根板(ルーフプレート)と呼ばれるまん中の背側組織のはたらきに支えられています。RESの胎児40例を詳しく病理学的に調べた研究では、この屋根板の形成と、まん中で虫部へ育つべき原基(げんき=もとになる組織)の発生に問題があるというモデルが提唱されました[5]。
💡 用語解説:原基(げんき)と屋根板(ルーフプレート)
原基とは、将来ある器官や組織になる「もとになる細胞のかたまり」のことです。屋根板(ルーフプレート)は、発生初期の神経管(のちに脳や脊髄になる管)の背側(背中側)のまん中を走る組織で、周囲の細胞にどんな性質になるかを指示する重要な「道しるべ」の役割を果たします。RESでは、この背側正中の道しるべがうまくはたらかず、まん中の虫部が育たないと考えられています。
RESの胎児40例の病理研究では、RESは単独ではなく、上小脳や第4脳室、中脳の形成異常、脳梁(のうりょう)の形成不全、まれには全前脳胞症といった、他の脳の異常を伴っていました[5]。RESの重症例では、小脳だけでなく中脳のまん中の癒合や中脳水道の狭窄(きょうさく)まで連続してみられることから、RESは「小脳虫部だけの欠損」ではなく、少なくとも一部では、脳の後方から中脳・前脳にかけての、より広い正中の発生パターンの障害である可能性が指摘されています[1]。
🩺 院長コラム【「まん中がうまく作れなかった」という視点】
RESという名前は「癒合=くっつく」という言葉を含むため、正常な小脳が後からくっついた、という印象を与えがちです。けれども発生学の知見が積み重なるにつれ、実際には「まん中で虫部を作る作業そのものが、早い段階でうまく進まなかった」という理解に変わってきました。形として見えるものと、その裏で起きたできごとは、必ずしも一致しません。
これは、遺伝性の病気を読み解くときにも共通する考え方です。同じ遺伝子でも、変化の位置や種類、分子機序によって臨床的な意味が異なることがあります。「見えている形」だけで結論を急がず、その背後のしくみまで考えることは、RESのような発生異常を理解するうえでも重要です。
3. MRI診断のポイント ─ 「虫部が小さい」だけではない
RESの診断は、遺伝子検査ではなく、おもにMRI(磁気共鳴画像)で脳の形を見て行います。ここで最も大切なのは、単に「虫部が小さい・欠けている」ことではなく、本来なら左右を隔てているはずの虫部の構造が失われ、左右の小脳の葉(よう=小脳表面のひだ)・皮質・白質が正中を越えて異常につながっていることを、直接確認することです[1]。虫部が小さいだけの状態(単純な小脳低形成)をRESと診断しないことが重要です。
断面ごとに、見るべき所見が異なります。まず全体の流れを図で示します。
水平方向の断面(軸位T2)では、小脳の葉が正中を横切ってつながり、小脳が通常の左右にくびれた形ではなく、全体に丸みを帯びて見えます。第4脳室(だいよんのうしつ)の形も変わり、鍵穴(キーホール)のような形やスリット状(細いすきま状)に見えることがあります[7]。前後方向の断面(冠状断T2)では、左右の小脳の葉が正中を連続して横切る像が診断的です。まん中の縦の断面(正中矢状断)では、正常な虫部にみられる一次裂(いちじれつ)や特徴的なくぼみといった目印が失われ、虫部というより「半球のようなひだ」がまん中に見えます[7]。
💡 用語解説:一次裂(いちじれつ)と第4脳室
一次裂は、正常な小脳の虫部にある最も深い溝で、虫部が正しく育っている目印になります。第4脳室は、脳のなかを流れる髄液(ずいえき)で満たされた小さな空間で、小脳と脳幹の間にあります。RESでは、一次裂の目印が見えず、第4脳室の形も鍵穴状やスリット状に変わることが手がかりになります。胎児のRESでは、一次裂が確認できないことが多いと報告されています[7]。
RESと診断したら、それだけで終わりにせず、関連しやすい他の異常を系統的に探すことが大切です。具体的には、中脳水道狭窄(ちゅうのうすいどうきょうさく)や閉塞性水頭症、中脳のまん中の癒合、脳梁の欠損・形成不全、透明中隔(とうめいちゅうかく)の欠損、嗅球(きゅうきゅう)の低形成、大脳皮質の形成異常などです[1]。とくに原因のはっきりしない先天性の中脳水道狭窄・早期水頭症では、RESを念頭に置いて小脳をあらためて評価する価値が高い、と指摘されています[1]。
4. 重症度分類 ─ Ishak分類と、その限界
RESは、虫部がどれくらい残っているかによって、重症度が分けられています。RES 42例を詳しく調べた研究(Ishakら)では、mild(軽度)・moderate(中等度)・severe(重度)・complete(完全型)の4段階に分類されました[1]。おおまかには、軽度では虫部の一部が欠け、中等度では後方の虫部が欠け、重度では前後の虫部が欠けて小節(しょうせつ)だけが一部残り、完全型では小節を含めて虫部全体が欠けます。この重症度は、小脳扁桃(しょうのうへんとう)の癒合、中脳水道狭窄、中脳蓋(ちゅうのうがい)の癒合などと関連していました[1]。
ただし、この重症度分類を胎児の段階で確定的に使うことには注意が必要です。2024年に報告された胎児コホート(34妊娠)では、胎児MRIで「完全型」と判断された出生児のうち、多くが出生後のMRIで「部分型」に再分類されたと報告されています[4]。妊娠週数による小脳の成長や、撮影時のスライスの厚さ、磁場の強さなどが影響していると考えられます。胎児期の「完全か部分か」という判断は変わりうる、という点は、家族への説明でとても大切になります。
5. 鑑別診断 ─ 似て見える他の小脳の異常
RESは、他のいくつかの小脳・後頭蓋窩(こうとうがいか)の異常と間違えられることがあります。区別の決め手を表にまとめます。いずれの場合も、「虫部の欠損+左右の小脳の葉が正中を横切ってつながる」というRES特有の所見があるかどうかが、最も重要な見分けのポイントです。
🔍 RESと間違えやすい主な病気
| 病気 | RESと区別する決め手 |
|---|---|
| ダンディ・ウォーカー症候群 | 虫部は上方に回転し、第4脳室から後頭蓋窩にかけて嚢胞(のうほう)が拡大します。RESのような左右小脳の正中を横切る癒合はありません |
| ジュベール症候群 | 中脳に「臼歯(きゅうし)サイン(molar tooth sign)」という特徴的な形がみられます。RES型の左右癒合とは異なります |
| 単純な小脳低形成/虫部低形成 | 虫部が小さいだけで、左右の葉状構造が正中で連続しないのが違いです |
| キアリII奇形 | 小さく変形した後頭蓋窩、下方への偏位が中心。RES特有の小脳半球の癒合を欠きます |
| 全前脳胞症(HPE) | 前脳が左右に分かれない病態が定義です。RESと同時に起こることもあり、互いに排他的な鑑別ではありません |
※症例報告で「ドナルドダック・サイン」などの愛称が使われることがありますが、これは教育的なニックネームであり、検証された診断基準ではありません。RESは必ず断面ごとの解剖そのものから診断します。
6. 遺伝学 ─ 古典的RESの原因遺伝子とMN1
古典的なRESは、いまも遺伝的に未解明
RESの形はきわめて特徴的で「型どおり」なので、ずっと「単一の発生遺伝子があるはずだ」と考えられてきました。ところが、その期待とは裏腹に、遺伝的な原因の解明は進んでいません。RES 57例をアレイCGH(染色体マイクロアレイ)で調べた研究では、16p11.2欠失や14q12–q21.2欠失など複数のコピー数変異(CNV)が見つかりましたが、繰り返し現れる共通の領域は同定されませんでした[8]。その後、59人の患者をエクソーム解析(WES)で調べた研究でも、RES全体を説明する候補遺伝子は得られませんでした[9]。
💡 用語解説:コピー数変異(CNV)とエクソーム解析(WES)
コピー数変異(CNV)とは、DNAのある領域が通常より多かったり少なかったりする変化のことです。エクソーム解析(WES)は、遺伝子のなかでタンパク質の設計図になる部分(エクソン)をまとめて読む検査で、原因不明の遺伝性疾患を調べるのに使われます。RESでは、これらの検査で原因が見つからないことがむしろ珍しくなく、検査が陰性だからといって「遺伝が関係ない」とは断定できません。
こうした結果は、RESが遺伝的に一様ではないこと(遺伝的不均一性)や、通常の検査ではとらえにくい変化——タンパク質の設計図の外にある領域(非コード領域)の変化、複雑な構造の変化、あるいは体の一部の細胞だけに起きた体細胞モザイク——が関わっている可能性を示唆します[9]。実際、一卵性双生児でRESが一致しない(片方だけにみられる)という観察もあり、受精後ごく早い時期に生じた変化が関わるという仮説を後押ししています。ただし、古典的RESにおける脳限定のモザイク変異は、現在も「魅力的な仮説」であって、一般的な原因として証明されたわけではありません[9]。
分子的に確立したサブタイプ:MN1遺伝子
一方で、重要な例外がMN1(エムエヌワン)C末端切断症候群です。MN1遺伝子の3′端(末端側)に集中する特定の変異は、常染色体顕性(優性)・多くは新生突然変異(de novo変異)として、特徴的な顔つき、重い表出言語(話し言葉)の遅れ、そして「非典型的・部分型のRES」を高い頻度で生じます[2]。23人の患者を報告した研究では、MRIの中央判定で8/10にRESがみられ、代表的な繰り返し変異にはp.Arg1295Terなどがあります[2]。この病態は、独立した別の研究でも、機能獲得(gain-of-function)型のしくみによるものとして裏づけられています[10]。
💡 用語解説:C末端切断変異とナンセンス変異依存mRNA分解(NMD)
タンパク質には、始まり(N末端)と終わり(C末端)があります。C末端切断変異は、タンパク質の終わり側が途中で切れて短くなる変化です。ふつう、途中で切れるナンセンス変異が起きると、細胞は不良品の設計図をナンセンス変異依存mRNA分解(NMD)という仕組みで分解します。ところがMN1の場合、変異が遺伝子の一番終わりにあるためこの分解を逃れ、短くなった異常タンパク質が作られて、かえって悪さをする(機能獲得型の)しくみと考えられています[2]。
⚠️ 「RESがある=MN1変異」ではありません
MN1は「RESを表現型の一部とする、分子的に確立したサブタイプ」であって、「すべてのRESの原因遺伝子」ではありません。また、MN1のすべての変異がこの病態を起こすわけではなく、「特定の位置のC末端切断変異」であることが重要です。MN1検査をとくに優先すべきなのは、部分的・非典型的なRESに、シルビウス裂周囲の多小脳回、特徴的な顔つき、重い言語の遅れ、難聴などが重なる場合です[2]。
なお、MN1の家系では、病的なMN1変異を体の一部やごく低い割合で持つ父親から複数の子へ伝わった例が報告されており、父親自身は軽い耳の形の違い程度でした[2]。これは、生殖細胞系列モザイクにより、親の血液検査では低い割合の変異を見逃すことがあり、たとえ「新生突然変異」と判定されても、次の子での再発リスクが厳密にはゼロではないことを具体的に示す例です[2]。この点は、後述する遺伝カウンセリングでとても大切になります。
7. 関連する症候群 ─ GLHSとVACTERL-H
ゴメス・ロペス・エルナンデス症候群(GLHS)
ゴメス・ロペス・エルナンデス症候群(GLHS)は、RESと最も関連の深い症候群です。古典的には、①RES、②頭頂部から頭頂後頭部にかけての局所的な頭皮の脱毛、③三叉神経(さんさしんけい)の感覚障害の3つ(三徴)が特徴とされます[11]。三叉神経の感覚障害は、角膜(かくまく)の知覚が低下することで、痛みを感じないまま角膜を繰り返し傷つけ、混濁や潰瘍につながることがあります。そのほか、短頭・塔状頭(とうじょうとう)、顔のまん中の低形成、両眼の間隔が広いこと、耳の位置が低いことなどがよくみられます。
💡 用語解説:三叉神経(さんさしんけい)
三叉神経は、顔の感覚(触れた感じや痛み)と、噛む筋肉の動きをつかさどる脳神経です。GLHSでこの神経の感覚が低下すると、目の表面(角膜)に触れても痛みを感じにくくなり、気づかないうちに傷ができてしまうことがあります。だからこそ、GLHSでは眼科での定期的なチェックが重要になります。
ただし、3つの特徴すべてを求めると、かえって見逃してしまいます。2010年の診断基準再評価では、三叉神経の感覚障害は必ずしも全例にみられず、RESと両側性の頭頂部脱毛を主要な診断所見とすることが提案されました[12]。さらにブラジルの13例を分子・高分解能MRIで調べた2021年の研究では、脱毛は全例にみられた一方、RESを認めない例も2例あり、臨床的な三叉神経麻酔は11例中5例にとどまりました。著者らは、局所性非瘢痕性脱毛、RES、特徴的頭蓋顔面所見、三叉神経麻酔または三叉神経の解剖学的異常のうち少なくとも2項目を満たす場合にGLHSを考慮することを提案しています[13]。また、RES 53例を調べた研究では、頭蓋顔面の所見が各群に連続的に分布していたため、著者らは「独立した複数の症候群」というより、RESに関連する形成異常のスペクトラムという見方を提唱しています[6]。
VACTERL連合・VACTERL-H
RESは、VACTERL連合という一群の先天異常と、繰り返し一緒にみられることが知られています。VACTERLは、脊椎の異常・鎖肛(さこう)・心臓の異常・気管食道瘻(ろう)や食道閉鎖・腎臓の異常・四肢の異常の頭文字をとった呼び名です。RES 53例の研究では、53例中14例にVACTERLの特徴がみられました[6]。とくに胎児の重症例では、VACTERLに水頭症を加えたVACTERL-Hが重要です。胎児40例の病理学的研究では6例がVACTERL-Hに該当し、RESとVACTERL-Hが偶然以上に関連する可能性が示されました[5]。
⚠️ 胎児病理研究の割合を一般化しないこと
胎児40例中6例がVACTERL-Hだったという結果は、妊娠中断後に病理学的評価を受けた、強くかたよった集団での割合です。すべてのRESにあてはめて一般人口での頻度として解釈することはできません。RESと診断したら、脳のMRIだけで終わらせず、心臓・腎臓・脊椎・四肢など全身の先天異常を系統的に探すことが大切だ、という文脈で理解してください[5]。
8. 症状と予後 ─ 「虫部の欠け方」だけでは決まらない
出生後の症状は、とても多彩です。典型的には、体幹や手足の運動失調(うまくバランスがとれない・ふらつく)、運動発達の遅れ、筋緊張の低下、話し言葉や発音の問題、斜視や異常な眼球の動き、注意・行動の問題などがみられます[6]。RESだけがみられる非症候群性の子どもの認知(知的な発達)を調べた研究では、軽い知的障害が多いものの一定のパターンはなく、注意・多動の問題が目立つ一方で、正常な認知機能も十分にありうることが示されました[14]。
⚠️ 「RES=必ず重度の知的障害」は正確ではありません
RESの予後は、MRIで虫部がどれくらい欠けているかだけからは、個人のレベルで正確には予測できません。ほぼ健康に成人した方も報告されています。一方で、重症のRES、全前脳胞症、VACTERLの特徴、重い水頭症・中脳水道狭窄、広い皮質形成異常などが加わるほど、経過は一般に厳しくなる傾向があります[1]。
RES 42例の研究では、RESの重症度そのものも発達の転帰と関連していました[1]。しかしより新しい胎児のデータは、虫部の欠け方の程度(グレード)だけよりも、中脳水道狭窄や、脳・全身の他の合併奇形の有無のほうが、予後を考えるうえで有用な因子となりうることを示しています[4]。同じ胎児コホートでは、2歳以上に達していた3例すべてに全般的な発達の遅れがみられましたが、これは妊娠の多くが中断となった強くかたよった集団であり、「RESの子ども全員が発達の遅れを来す」という母集団の推定には使えません[4]。胎児のデータを、そのまま家族カウンセリングに当てはめることは避けるべきです。
治療・介入について
RESそのものの小脳の形を元に戻す治療はなく、管理は合併症に対する多職種でのサポートが中心になります。最も緊急性が高いのは閉塞性水頭症で、中脳水道狭窄を伴う場合は、髄液の流れを作る手術(脳室腹腔シャントなど)が検討されます[4]。発達の面では、理学療法・作業療法・言語療法や、教育的な支援が中心です。てんかんがあれば通常の発作の型に応じて薬で治療し、GLHSでは角膜を守るための眼科の管理がとくに重要になります[12]。治療方針は一人ひとりの状態によって異なるため、実際の判断は必ず主治医とご相談ください。
9. 検査と遺伝カウンセリング ─ 遺伝診療との接点
RESそのものは、分子検査で確定する病気ではなく、基本的にはMRIによる形態診断です。すなわち「虫部の部分的/完全な欠損+小脳半球の組織の異常な正中連続」を確認し、重症度を記載します。そのうえで遺伝学的な評価は、まず染色体マイクロアレイ(CMA)を含むコピー数の評価を行い、多発奇形や発達障害を伴う場合にはトリオWES(両親と本人のエクソーム解析)やゲノム解析を検討する、という流れが合理的です[9]。RESには遺伝的な不均一性があり、単一の遺伝子パネルだけでは不十分だからです。
2024年の胎児コホートは、この考え方を裏づけています。29例中25例(86.2%)でCMAは正常で、明確な病的所見として新生の22q13.1–qter重複が1例みられたほかは、意義不明の変異にとどまりました[4]。エクソーム解析を行った胎児でも、RESを確定的に説明する単一の変異は得られませんでした[4]。つまり、CMAやWESが陰性であることはRESではむしろ珍しくなく、陰性の結果をもって「遺伝性ではない」と断定はできないのです。
💡 用語解説:出生前診断と出生後診断
妊娠中に胎児を調べる出生前診断では、超音波(エコー)や胎児MRIで脳の形を評価します。生まれた後の出生後診断では、血液を使ったCMAやWESなどの遺伝学的検査が可能になります。RESでは、胎児期の「完全型か部分型か」の判断が生後に変わることがあるため、出生前と出生後の情報を分けて理解し、生後にあらためて評価することが大切です[4]。
遺伝カウンセリングでは、原因が未同定の古典的RESと、原因遺伝子が確立した症候群性RESを分けて考えることが重要です。古典的RESの多くは孤発例ですが、原因が未解明であるため、すべてを新生突然変異(de novo変異)によるものとみなすことはできず、個々の家族に一律の再発リスクを提示することもできません[9]。一方、MN1 C末端切断症候群では多くがde novoですが、親のモザイクから複数の子へ伝わった例があり、「de novoと判定されても、再発リスクは厳密にはゼロとは言い切れない」という点を共有する必要があります[2]。また、胎児期の重症度分類が不安定であることを踏まえ、虫部の欠け方のラベルを過度に重視せず、中脳水道狭窄・水頭症、中脳や間脳の関与、皮質形成異常、VACTERL-Hや全前脳胞症の有無、そして生後の発達経過を統合して評価するのが最も妥当です[4]。
当院では、遺伝子や染色体に関わる検査の前後で、臨床遺伝専門医が遺伝カウンセリングを行っています。話し合う内容は、検査で何が分かり何が分からないのか、見つかった所見がご本人やご家族にとってどういう意味を持つのか、そしてどのような選択肢があるのか、といった点です。意思決定はご本人・ご家族が行い、遺伝カウンセリングでは、正確な診断に基づいて医学的な判断材料を整理します。
10. よくある誤解
誤解①「虫部が小さければRES」
虫部が小さいだけでは、RESとは診断できません。RESの本質は、左右の小脳の葉が正中を越えてつながっていることです。単純な虫部低形成とは区別する必要があります[1]。
誤解②「RESなら必ず重い障害が残る」
RESの予後の幅は非常に広く、ほぼ健康に成人した方も報告されています。虫部の欠け方の程度だけでは、一人ひとりの予後を正確に予測できません[14]。
誤解③「RESがあればMN1の変異がある」
MN1変異はRESを伴うサブタイプの原因ですが、古典的RESの大多数の原因ではありません。CMAやWESが陰性でも「遺伝性ではない」とは言い切れません[9]。
誤解④「胎児で完全型と言われたら確定」
胎児MRIで「完全型」とされても、生後に部分型へ再分類されることが少なくありません。胎児期の重症度の判断は変わりうると理解しておくことが大切です[4]。
よくある質問(FAQ)
Q1. 菱脳癒合症(RES)はどれくらいまれな病気ですか?
集団全体での出生頻度は、今もはっきりわかっていません。よく引用される「0.13%」という数字は、MRIを受けた小児のなかでの頻度であり、一般人口の有病率ではありません。症状が軽く見過ごされている成人の方と、重い水頭症で専門施設に集まる方という両方向のかたよりがあるため、正確な頻度の推定は難しいのが現状です。
Q2. RESはどうやって診断するのですか?遺伝子検査でわかりますか?
RESは、おもにMRI(磁気共鳴画像)で脳の形を見て診断します。単に虫部が小さいだけでなく、左右の小脳の組織が正中を越えてつながっていることを直接確認するのがポイントです。遺伝子検査は原因や関連症候群を調べるうえで役立ちますが、RESそのものを確定するのはMRIによる形態診断です。
Q3. RESの原因遺伝子は何ですか?
古典的なRESの大多数では、原因となる単一の遺伝子は今のところ特定されていません。57例のアレイCGHや59人のエクソーム解析でも、共通の原因遺伝子は見つかっていません。一方で、MN1遺伝子の特定のC末端切断変異は、RESを伴う症候群(MN1 C末端切断症候群)の原因として確立しています。ただしこれは「すべてのRESの原因」ではなく、RESを表現型の一部とするサブタイプです。
Q4. RESの子どもの将来(予後)はどうなりますか?
予後の幅はとても広く、ほぼ健康に成人した方から、重い発達の遅れを伴う方まで報告されています。MRIで虫部がどれくらい欠けているかだけでは、一人ひとりの予後を正確に予測できません。中脳水道狭窄・水頭症や、脳・全身の他の合併奇形の有無のほうが、予後を考えるうえで重要なことがあります。実際の見通しは、生後の発達経過も含めて主治医と相談してください。
Q5. RESは次の子にも遺伝しますか?
古典的RESの多くは孤発例ですが、原因が未解明であるため、すべてを新生突然変異(de novo変異)によるものとみなすことはできず、再発リスクを一律には示せません。一方、MN1 C末端切断症候群では多くがde novoですが、親のモザイクから複数の子へ伝わった例があり、「de novoと判定されても再発リスクは厳密にはゼロとは言い切れない」とされています。再発リスクは背景によって異なるため、臨床遺伝専門医による遺伝カウンセリングで個別に確認することが重要です。
🏥 脳の形成異常と遺伝に関するご相談
胎児やお子さんの脳の所見、遺伝性の可能性、遺伝子・染色体検査の
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参考文献
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