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内部リボソーム進入部位(IRES)とは?キャップに頼らない翻訳のしくみから、環状RNA医薬・遺伝子治療への応用までを遺伝専門医が解説

仲田洋美 医師

この記事の監修:仲田洋美(臨床遺伝専門医)

のべ10万人以上の意思決定に伴走。国際医療誌『Medical Care Review APAC』『Global Woman Leader』の2誌で表紙を飾り、「Top Prenatal Testing Service in APAC 2025」に選出されるなど、世界基準の遺伝医療を提供。

私たちの細胞は、mRNAの先端にある「キャップ構造」という目印を頼りにタンパク質をつくっています。ところがウイルス感染・低酸素・飢餓・小胞体ストレスといった非常事態になると、この標準ルートは止まってしまいます。そんなときにキャップに頼らず、mRNAの内部に直接リボソームを呼び込んで翻訳を始めるRNAの仕掛けが「内部リボソーム進入部位(IRES)」です。この記事では、ウイルスから細胞、そして環状RNA医薬・遺伝子治療への応用までを、遺伝専門医の視点でやさしく解説します。

この記事でわかること
📖 読了時間:約16分
🧬 翻訳制御・RNA医療
遺伝専門医監修

Q. 内部リボソーム進入部位(IRES)とは何ですか?まず結論だけ知りたいです

A. IRESとは、mRNAの5’末端キャップ構造を使わずに、リボソームをmRNAの内部へ直接呼び込んで翻訳を始める、特殊な立体構造をもつRNA領域です。1988年にキャップを持たないウイルスから見つかり[1]、その後、細胞自身のストレス応答やアポトーシスに関わるmRNAにも見つかりました。いまでは環状RNA医薬や遺伝子治療ベクターにタンパク質をつくらせる「翻訳エンジン」として、次世代医療の要になりつつあります。

  • 仕組み → キャップとスキャニングを飛ばし、RNAの折りたたみ構造でリボソームを直接動員
  • ウイルスIRES → 大きさと必要な因子から6タイプに分類。最も極端な型は開始因子を一切使わない
  • 細胞性IRES → 存在をめぐる長い論争があり、環状RNAなど厳密な検証法で決着へ
  • 制御因子ITAF → 核から細胞質へ移動し、リン酸化・メチル化でIRESのオン/オフを切り替える
  • 医療応用 → 多遺伝子発現・環状RNA医薬・虚血の遺伝子治療。2Aペプチドと使い分ける

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1. 内部リボソーム進入部位(IRES)とは?キャップ依存翻訳との違い

タンパク質の設計図であるmRNAが、実際にタンパク質へと「翻訳」されるとき、私たちの細胞は決まった入口を使います。mRNAの5’末端にはキャップ構造(m7Gキャップ)という小さな帽子がついていて、これが「ここから読み始めてください」という目印になります。翻訳の入口装置である真核生物翻訳開始因子(eIF)のうち、キャップを認識する複合体(eIF4F)がここに結合し、小さなリボソーム(40S)を呼び込みます。呼び込まれたリボソームは、mRNAの5’非翻訳領域(5’UTR)を下流へ滑るように移動(スキャニング)し、良い並びのコザック配列に囲まれた開始コドン(AUG)を見つけて読み始めます。これが標準の「キャップ依存的翻訳」です。翻訳全体の流れは転写・翻訳とセントラルドグマの解説もあわせてご覧いただくと分かりやすくなります。

💡 用語解説:キャップ構造とスキャニング

キャップ構造は、mRNAの先頭につく「帽子」のような化学修飾で、翻訳の目印であると同時に分解からmRNAを守る役割も持ちます。スキャニングは、リボソームが5’UTRを先頭から順にたどって開始コドンを探す動作です。IRESはこの「帽子」と「探索」の両方を省略できる点が、標準ルートとの決定的な違いです。

ところが、ウイルス感染・低酸素・栄養飢餓・小胞体ストレス、あるいは細胞分裂やアポトーシス(細胞死)といった局面では、細胞は自らを守るために統合的ストレス応答(ISR)を起動します。ISRでは開始因子eIF2がリン酸化され、翻訳の材料供給が絞られて、キャップ依存的翻訳がほぼ全面的に止まります。このリン酸化を担う4種類の酵素についてはeIF2αキナーゼの解説で詳しく扱っています。こうした「翻訳が止まる非常事態」でも、一部の重要なmRNAだけは翻訳を続ける必要があります。その抜け道を用意しているのが内部リボソーム進入部位(IRES)で、キャップやスキャニングをバイパスし、RNAの立体構造そのものの力でリボソームを内部へ引き込みます[1]。IRESは1988年、キャップを持たないピコルナウイルス(ポリオウイルスと脳心筋炎ウイルス)のゲノムRNAで初めて発見されました[1]

2つの翻訳開始ルートの違い

① キャップ依存(標準ルート)

5’キャップ 🎩 → eIF4Fが結合 → 40Sリボソーム動員 → 5’UTRをスキャニング → 開始コドンAUGで翻訳開始

② IRES依存(内部進入ルート)

キャップ不要 → IRESの立体構造が直接リボソームを捕捉 → スキャニングを省略 → 内部から翻訳開始

同じ「翻訳開始」でも、IRESは帽子と探索を飛ばして内部に入り込む。だからストレスで①が止まっても②は働ける。

2. ウイルス由来IRESの6タイプ分類

ウイルスは、宿主の翻訳装置を乗っ取り、宿主側の翻訳を止めた状態(シャットオフ)でも自分のタンパク質を優先的につくるために、極めて洗練されたIRESを進化させてきました。大きさ・立体構造・必要とする開始因子・リボソームの呼び込み方から、ウイルスIRESはおおむね6つのタイプに分類されます[1]。数字が大きいタイプほど、必要な因子が少なく、構造だけで自律的に働く傾向があります。

タイプ 代表ウイルス 特徴(必要な因子・動き方)
Type 1 ポリオウイルス、ヒトライノウイルス 大型(約450塩基)。進入後、下流の本当の開始コドンまで短いスキャニングが必要。
Type 2 脳心筋炎ウイルス、口蹄疫ウイルス(FMDV) スキャニングを省き、進入点のすぐ近くの開始コドンに直接リボソームを配置。
Type 3 A型肝炎ウイルス 例外的に、キャップ結合因子eIF4Eを含む無傷のeIF4F複合体を必要とする。
Type 4 C型肝炎ウイルス(HCV) コンパクトな擬似ノット構造。eIF4ファミリー不要で、40Sに直接高親和性で結合。
Type 5 アイチウイルス Type1とType2の中間的構造。RNAヘリカーゼDHX29を特異的に必要とする。
Type 6 コオロギ麻痺ウイルス、ディシストロウイルス科(遺伝子間領域) 3つの擬似ノットからなる極限の構造。開始因子も開始tRNAも一切不要で、非AUGから翻訳開始。

💡 用語解説:擬似ノット(シュードノット)

RNAの一部がループを越えて別の場所と塩基対をつくり、まるで「結び目」のように立体的に折りたたまれた構造です。この頑丈な折りたたみが、開始因子の代わりにリボソームをがっちりつかむ「手」の役目を果たします。Type6ではこの擬似ノットが3つ組み合わさり、因子なしで翻訳を始める驚異的な仕組みを実現しています。

たとえばポリオウイルス(Type1)は、感染するとウイルス自身の酵素(プロテアーゼ2A)で宿主の足場タンパク質eIF4Gを切断し、細胞の通常翻訳を止めてしまいます。それでも切断されたeIF4Gの断片はリボソーム動員に必要な部分を残しているため、ウイルスIRESはそれを利用して自分のタンパク質だけを優先的につくり続けます[1]。ウイルスが「相手の入口を壊しつつ、自分専用の裏口を確保する」巧妙さが、IRES研究の出発点になりました。

3. 因子を一切使わない「究極の自律性」:Type6 IGR IRES

生物界で最も簡素で、かつ完璧に自己完結しているのが、昆虫や甲殻類を主な宿主とするディシストロウイルス科の遺伝子間領域IRES(IGR IRES/Type6)です。このIRESは、通常なら翻訳開始に絶対必要な開始因子(eIF群)も、開始tRNA(Met-tRNA)も一切使わず、むき出しのリボソームに物理的に直接くっついて翻訳を始めます。この因子不要のふるまいは、3つの擬似ノット(PKI・PKII・PKIII)の協調で成り立っています。PKIIとPKIIIがリボソームの接触面に結合して固定し、PKIはtRNAのアンチコドン:コドン塩基対を立体的に「そっくりに真似る(分子擬態)」ことで、リボソームのA部位に直接すべり込みます[1]。その後、伸長因子eEF2などの働きで擬似的な転位が起き、通常の伸長サイクルの「途中から」タンパク質合成が滑らかに始まります。

仲田洋美院長

🩺 院長コラム【700年前の氷から蘇ったRNAの設計図】

この極限の仕組みがどれほど古く、どれほど保存されているかを示す、まるで物語のような研究があります。亜極北の氷層に約700年間閉じ込められていたカリブー(トナカイ)の糞から回収された、古代の分岐型ディシストロウイルス(aNCV)のゲノム断片です。そこにはIGR IRESの領域が含まれていました。

研究者がこの古代のIRESを「復活」させたところ、現代のウイルスとまったく同じように、精製したリボソームに直接くっついて、非AUGコドンから因子なしで翻訳を始めたのです。700年の時を越えても機能した——この事実は、IRESという物理的な仕掛けが、いかに洗練され、いかに強く進化に保存されてきたかを静かに物語っています。

この古代aNCVのIGR IRESは、現代のウイルスと同様に精製リボソームに直接結合し、PKIに依存して翻訳を駆動できることが実験で確かめられました[2]。もとになったウイルス断片は、2014年に700年前のカリブー糞便から回収されたものです[3]。さらに近年の大規模なメタゲノム解析では、4,700を超えるディシストロウイルス様ゲノムが同定され、その約32%にType6様のIRES構造が見つかりました[4]。驚くべきことに、遺伝子間領域だけでなくオープンリーディングフレーム(ORF)の内部に埋め込まれたIRESも見つかり、1本のゲノムでORFの途中から下流を並行して翻訳する、という珍しい戦略まで確認されています[4]。こうした因子不要型の構造は、ディシストロウイルス科以外のトンブスウイルス科やナルナウイルス科のRNAウイルスにも見出されており、極限環境で翻訳を確保するための普遍的な対抗策であることが浮かび上がっています[4]

さらにミニマル路線を突き詰めた例が、ハラスタヴィ・アールヴァ・ウイルス(HalV)のIRESです。cryo-EM(極低温電子顕微鏡)による解析で、このIRESは40Sに結合するための擬似ノット領域すら欠いていながら、すでに組み上がった80Sリボソームを直接動員し、PKIをP部位に置くことでeEF2による転位すら省くという、これまでで最も単純な開始機構をとることが示されました[5]。IRESは「必要なものをどこまで削れるか」という進化の実験場でもあるのです。

4. 細胞性IRESは本当に存在するのか:偽陽性論争と厳密な検証

ウイルスIRESの発見に続き、細胞自身のmRNAにも「細胞性IRES」があると次々に報告されました。代表例として、アポトーシスを抑えるXIAPなどのアポトーシス抑制タンパク質やBcl-2、細胞周期のp53・c-myc、低酸素で働くHIF-1αやVEGF、小胞体シャペロンのBiP/GRP78などが挙げられます。これらは細胞の生き死にを左右する「マスター遺伝子」で、ストレスで通常翻訳が止まっても翻訳され続ける必要があるため、IRESを持つと考えられました。

ところが細胞性IRESの存在は、数十年にわたり厳しい懐疑にさらされてきました。最大の問題は、検証の定番だった二シストロン性レポーターアッセイが、原理的に「偽陽性」を生みやすいことです[6]

💡 用語解説:二シストロン性アッセイと3つの落とし穴

2つの発光タンパク質(レポーター)を1本のmRNAに前後で並べ、あいだに調べたいIRES候補を挟んで、後ろ側がどれだけ翻訳されるかでIRES活性を測る方法です。ただし次の3つで「本物のIRESでなくても後ろ側が光ってしまう」ことがあります。

  • 潜在的プロモーター:候補配列が勝手に転写を始め、後ろ側だけの短いmRNAができてキャップ翻訳される
  • 潜在的スプライシング:隠れたスプライス部位で前側が切り取られ、後ろ側だけのmRNAができる
  • 読み飛ばし:前側を読み終えたリボソームが、そのまま後ろ側へ漏れ出て翻訳を続ける

この落とし穴は理屈だけの話ではありませんでした。ホメオボックス遺伝子Hoxa9の長い5’UTRは細胞性IRESとして広く提唱されていましたが、近年の厳密な再検証で、その「IRES活性」は実はRNA構造によるものではなく、USF1/USF2などの転写因子が結合する保存されたEボックスを含む、DNAレベルの転写プロモーターだったことが示されました[7]。つまり、報告されていた「翻訳の入口」の正体は「転写の入口」だったのです。事実そのものが正しくても、測り方を誤ると結論を取り違える——分子生物学の良い教訓になっています。

こうした疑義を排除するため、今日では末端を持たない「環状RNA(circRNA)」を使ったレポーターが決定的な検証法になっています。環状RNAは幾何学的に5’末端も3’末端も持たないため、キャップ依存のスキャニング開始が原理的に不可能です。バックスプライシングで環状化させたRNAの中にIRES候補と分割型レポーターを組み込み、発光が検出されれば、それは「内部からリボソームを呼び込む力」の直接的な証拠になります[8]。細胞質へ直接RNAを導入する方法とあわせ、核内での転写・スプライシングの影響を完全に切り離せるようになりました。

5. 翻訳のスイッチを握る「ITAF」という制御因子

ウイルスIRESが結晶のように整った構造を自力で保つのに対し、多くの細胞性IRESは構造がゆるく不均一で、自力ではリボソームを結合しにくいのが特徴です。そこで、RNAを活性型に折りたたんで安定させるIRESトランス作用因子(ITAF)という補助タンパク質が不可欠になります[9]。ITAFの多くは、本来は核内でスプライシングやRNA輸送に関わるRNA結合タンパク質(PTB/PCBP2/hnRNPA1/La/DAP5など)です。

💡 用語解説:ITAF(アイタフ)とは

IRESに結合してその折りたたみを助け、リボソームの呼び込みを促したり抑えたりする「介添え役」のタンパク質です。多くは普段は核にいますが、細胞がストレス(低酸素・紫外線・DNA損傷・飢餓)を感じると核から細胞質へ瞬時に移動し、特定のIRESの翻訳をオン/オフするスイッチとして働きます[9]

ITAFの働きは、シグナル伝達の下流で起こる翻訳後修飾(リン酸化・メチル化)によって、劇的に切り替わります。たとえばRNA結合タンパク質RBM4は、亜ヒ酸などのストレスを受けるとセリン309がリン酸化され、細胞質のストレス顆粒へ移動します。この状態のRBM4は、通常のキャップ翻訳を抑える一方で、eIF4AをIRESへ結びつけることでIRES依存的翻訳を強力に活性化します[10]。ここで出てくる「ストレス顆粒」は、翻訳が止まったmRNAが一時的に集まる細胞質の小さな集合体で、翻訳のオン/オフを切り替える待避所のような場所です。

がん細胞でしばしば過剰になるhnRNPA1も好例です。アルギニンメチル化酵素PRMT5によってGAR(グリシン・アルギニンに富む)モチーフのR218・R225が対称ジメチル化されると、cyclin D1・c-myc・HIF-1α・エストロゲン受容体α(ERα)といったmRNAのIRESに対する働きが強まり、これらの翻訳が押し上げられます[11]タンパク質のメチル化やAktによるリン酸化が、がん細胞の生存・増殖に関わる翻訳の「音量つまみ」を精密に調整しているわけです。ITAFは、物理的な移動と化学的な修飾スイッチを連動させ、過酷な環境での遺伝子発現パターンをすばやく書き換えています。

6. バイオテクノロジー応用:多遺伝子発現と2Aペプチドとの使い分け

脳心筋炎ウイルス(EMCV)由来のIRESは、その安定した翻訳開始能から、複数の遺伝子を1本のmRNAから同時に発現させる「多シストロン性発現カセット」の定番ツールとして使われてきました。抗体の重鎖と軽鎖のように、決まった比率でそろえて発現させたい遺伝子を1本のmRNAにまとめられるため、一部の遺伝子だけが脱落する問題を避けられます。実際、CHO細胞での抗体生産では、重鎖・軽鎖を2Aペプチドやリンカーで連結して非産生細胞を減らす設計が用いられ、下流に選択マーカーを置いて高産生クローンを効率的に選び出す工夫がなされています[13]

ただしIRESには弱点もあります。IRESの下流に置いた2番目・3番目の遺伝子は翻訳効率が落ち、上流に比べて発現量が数分の1になりがちです。また典型的なEMCV IRESは500〜600塩基と大きく、アデノ随伴ウイルス(AAV)ベクターのように積載容量が限られる乗り物では、その大きさ自体が制約になります。さらに活性が宿主のITAF量に依存するため、導入する組織によって発現が変動します。

💡 用語解説:2Aペプチド(自己開裂ペプチド)

2Aペプチドは、わずか18〜25アミノ酸ほどの短い配列で、リボソームが読み進む途中で「ペプチド結合をひとつスキップ」することで、上流と下流のタンパク質を切り離す仕組みです(P2A・T2A・E2A・F2Aなど)。IRESが数百塩基と大きいのに対し、2Aはとても小さく、上下流をほぼ1対1の比率で発現できるのが強みです。ただしリボソームのスキップ残渣として、上流タンパク質の末尾に数個のアミノ酸、下流の先頭にプロリンが残ります。

こうしたIRESの制約を補う目的で導入されたのが、この2Aペプチドです。開裂効率はウイルス由来によって異なり、ブタテスコウイルス由来のP2Aが最も高く、続いてT2A・E2A、口蹄疫ウイルス由来のF2Aが相対的に低い、という傾向が複数の細胞・動物で報告されています[12]。開裂が不完全だと未分離の融合タンパク質が残るため、2Aの直前にGSGなどの短いリンカーを挿入すると開裂効率が改善することも示されています[12][13]。IRESは「各遺伝子を完全に独立して無傷のまま翻訳できる」点で優れ、2Aは「小さく等モルで発現できる」点で優れます。両者は対立する技術ではなく、目的に応じて補い合う関係にあります。

比較項目 IRES(例:EMCV) 2Aペプチド(例:P2A)
大きさ 約500〜600塩基(大きい) 約60〜80塩基(とても小さい)
発現比率 下流が数分の1に減衰(非対称) ほぼ1対1(等モルに近い)
タンパク質への影響 各タンパク質は無傷(付加なし) 末尾・先頭に数残基が残る
主な弱点 大きい/ITAF依存で組織差が出る 開裂不完全だと融合体が残る

7. 遺伝子治療・環状RNA医薬・がんへの応用

IRESの「複数因子を適度な比率で同時発現できる」性質は、遺伝子治療のベクター設計で活きています。たとえば重度の下肢虚血に対する血管新生療法として、FGF2とCyr61という2つの血管新生因子をIRESでつないだ二シストロン性ベクターが開発されました。単一因子を大量に発現させると周囲に不要な血管新生(腫瘍を助けるリスク)を招きかねませんが、このベクターは各因子を単独発現の5〜10分の1という低量に抑えつつ、相乗効果で健全な血管網を形成し、単独発現ベクターで見られた腫瘍増殖の副作用を回避できることが前臨床で示されています[14]。「少量を、適切な比率で、協調的に」というIRESの強みが、安全性の向上に直結した例です。

一方でIRESは、がんの生存戦略とも深く関わります。腫瘍の深部は酸素や血流が乏しい過酷な腫瘍微小環境で、抗がん剤を受けると細胞はISRで通常翻訳を止めます。しかしがん幹細胞を含む悪性細胞は、この状況でこそIRES依存的翻訳をフル活用し、Bcl-2・XIAP・HIF-1αといった抗アポトーシス・環境適応タンパク質を選択的につくり続けて生き延びます。これが化学療法後の再発や転移の一因になると考えられており、hnRNPA1・YB-1・Laなどのがん特異的ITAFと標的IRESの相互作用を狙った創薬(小分子やアンチセンス核酸)が研究されています。がんの詳しい治療の話は専門の医療機関の領域ですが、IRESが「治療抵抗性の翻訳経路」として注目されている点は知っておくと役立ちます。

💡 用語解説:環状RNA(circRNA)医薬とIRES

従来の直鎖状mRNA医薬は、細胞内で数時間〜数日で分解されてしまいます。これに対し末端を持たない環状RNAは分解に強く、長く機能できる次世代プラットフォームとして注目されています。ただし環状RNAにはキャップがないため、そのままでは翻訳できません。そこにIRESを組み込むことで、キャップなしでもタンパク質を作らせる「翻訳エンジン」を与える——これが環状RNA医薬の要になります[8]

環状RNAは、キャップやポリA尾部を持たず、閉じた輪の構造ゆえにエキソヌクレアーゼ(末端から削る酵素)に強く、直鎖mRNAより半減期が長いのが特徴です。細胞内で環状RNAを効率よくつくる技術(Tornado系など)と、そこにIRESを組み合わせる設計により、持続的にタンパク質を発現させることが可能になってきました[8]。持続的な抗原提示や、先天代謝異常で欠けた酵素を長期間補い続ける治療など、IRESは次世代RNA医療の中核部品として期待されています。なお、キャップに頼らない翻訳にはIRESのほかに、mRNA上のm⁶A(N6-メチルアデノシン)修飾を介する経路も知られており、両者を区別して理解しておくと、RNA医薬の設計論がすっきり整理できます。

8. 用語と臨床のつながり:遺伝診療の視点から

IRESは基礎研究や前臨床が中心のトピックですが、遺伝診療とまったく無関係というわけではありません。接点は主に2つあります。1つはRNA医療・遺伝子治療で、環状RNA医薬やAAV多シストロン性ベクターの「翻訳エンジン」としてIRESが治療設計に直結します。もう1つはバリアント解釈で、5’UTRや翻訳制御領域の変化が遺伝子の発現量に影響し、疾患の重さや現れ方を左右する可能性がある点です。ただしこれらの多くは現時点では基礎〜前臨床の知見であり、日常の遺伝子診断で直接IRESを検査するわけではありません。過度な期待や不安をあおることなく、「研究段階の知見」として位置づけて理解するのが適切です。

仲田洋美院長

🩺 院長コラム【「入口はひとつではない」という発想】

遺伝子は転写され、翻訳されてはじめてタンパク質になります。その「翻訳の入口」が、実はひとつではない——キャップに頼らず内部から始められる、というIRESの発見は、遺伝子発現の教科書を静かに書き換えました。基礎の話に思えるかもしれませんが、これは環状RNA医薬という新しい治療の土台そのものです。

臨床遺伝の現場では、検査結果の「数値」だけでなく、その意味をどう受け止めるかまでを一緒に考えます。IRESのような基礎の知識が、やがて「欠けた酵素を長く補う治療」といった形でご家族のもとに届く日を思うと、分子の言葉を丁寧に読み解くことの大切さをあらためて感じます。ご不安なことは、どうぞ遠慮なくご相談ください。

当院では、遺伝子や遺伝性疾患に関するご相談を、臨床遺伝専門医がお受けしています。検査そのものだけでなく、結果の意味や選択肢を落ち着いて考えられるよう、遺伝カウンセリングを通じて伴走します。IRESのような最新の分子生物学の知見も、必要に応じて分かりやすくご説明します。

よくある誤解

誤解①「IRESはウイルスだけの仕組み」

最初はウイルスで見つかりましたが、細胞自身のストレス応答やアポトーシスに関わるmRNAにも見つかっています。ただし細胞性IRESは検証が難しく、厳密な方法で一つずつ確かめる必要があります。

誤解②「レポーターで光れば必ずIRES」

二シストロン性アッセイは、隠れたプロモーターやスプライシングで偽陽性が出やすい方法です。実際Hoxa9の「IRES」は、後の検証で転写プロモーターだったと分かりました。

誤解③「IRESと2Aはどちらが優れているか」

優劣ではなく使い分けです。無傷のタンパク質を独立に作るならIRES、小さく等モルで作るなら2A。目的と乗り物の容量で選びます。

誤解④「IRESはもう完成された分野」

むしろ発展途上です。メタゲノムでORF内蔵型IRESが見つかり、環状RNA医薬という新しい応用も生まれるなど、いまも更新が続く領域です。

よくある質問(FAQ)

Q1. IRESとキャップ依存的翻訳は何が違うのですか?

キャップ依存的翻訳は、mRNA先端のキャップ構造を目印にリボソームを呼び込み、5’UTRをスキャニングして開始コドンを探します。IRESは、このキャップとスキャニングの両方を省略し、RNAの立体構造の力でリボソームをmRNAの内部へ直接呼び込みます。だからストレスでキャップ依存ルートが止まっても、IRESを持つmRNAは翻訳を続けられます。

Q2. なぜ細胞性IRESの存在は長く議論になったのですか?

検証に使われた二シストロン性アッセイが、隠れたプロモーターやスプライシング、リボソームの読み飛ばしによって、本物のIRESでなくても陽性に見えてしまうためです。実際、細胞性IRESとされたHoxa9の配列は、後の厳密な再検証で転写プロモーター(Eボックスを含む)だったと示されました。いまは環状RNAレポーターなど、より厳密な方法で決着がつけられています。

Q3. Type6 IRESが「因子不要」とはどういう意味ですか?

通常の翻訳開始には多数の開始因子と開始tRNAが必要ですが、ディシストロウイルスのIGR IRES(Type6)は、3つの擬似ノット構造だけでリボソームに直接くっつき、tRNAの形まで真似て翻訳を始めます。開始因子も開始tRNAもいらず、非AUGコドンから開始できる、最も自律的な仕組みです。

Q4. IRESと2Aペプチドはどう使い分けるのですか?

IRESは各タンパク質を無傷のまま独立に翻訳できますが、配列が大きく、下流の発現量が下がりがちです。2Aペプチドは小さく上下流をほぼ等モルで発現できますが、タンパク質の末尾・先頭に数残基が残り、開裂が不完全だと融合体が残ります。積載容量が限られるAAVなどでは小さな2A、無傷での独立発現を重視するならIRES、と目的に応じて選びます。

Q5. 環状RNA医薬になぜIRESが必要なのですか?

環状RNAは末端を持たないため分解に強く、長く機能できる利点がありますが、キャップがないので普通の方法では翻訳できません。そこにIRESを組み込むと、キャップなしでもリボソームを内部から呼び込んでタンパク質を作れるようになります。IRESは環状RNA医薬に「翻訳する力」を与える中核部品です。

Q6. IRESは遺伝子診断に関係しますか?

現時点では、日常の遺伝子診断でIRESそのものを検査することは一般的ではありません。ただし、5’UTRや翻訳制御領域の変化が遺伝子の発現量に影響しうる点、そして環状RNA医薬・遺伝子治療の設計に関わる点で、将来的な接点があります。多くは基礎〜前臨床の知見として理解しておくのが適切です。ご不明な点は臨床遺伝専門医にご相談ください。

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参考文献

  • [1] Viral internal ribosomal entry sites: four classes for one goal (WIREs RNA. 2018). [Wiley]
  • [2] Resurrection of a Viral Internal Ribosome Entry Site from a 700 Year Old Ancient Northwest Territories Cripavirus (Viruses. 2021;13(3):493). [PMC8002689]
  • [3] Preservation of viral genomes in 700-y-old caribou feces from a subarctic ice patch (PNAS. 2014;111(47):16842). [PNAS]
  • [4] Discovery of functional factorless internal ribosome entry site-like structures through virome mining (PLOS Pathogens. 2025). [PLOS Pathogens]
  • [5] The Halastavi árva Virus Intergenic Region IRES Promotes Translation by the Simplest Possible Initiation Mechanism (Cell Reports. 2020;33(10):108476). [Cell Reports]
  • [6] Demonstrating internal ribosome entry sites in eukaryotic mRNAs using stringent RNA test procedures (RNA. 2004;10(4):720). [RNA Journal]
  • [7] False-positive IRESes from Hoxa9 and other genes resulting from errors in mammalian 5′ UTR annotations (PNAS. 2022;119(36):e2122170119). [PNAS]
  • [8] Highly efficient cellular expression of circular mRNA enables prolonged protein expression (Cell Chemical Biology. 2023). [Cell Chemical Biology]
  • [9] IRES Trans-Acting Factors, Key Actors of the Stress Response (Int J Mol Sci. 2019;20(4):924). [PMC6412753]
  • [10] Cell stress modulates the function of splicing regulatory protein RBM4 in translation control (PNAS. 2007;104(7):2235). [PNAS]
  • [11] PRMT5 regulates IRES-dependent translation via methylation of hnRNP A1 (Nucleic Acids Res. 2017;45(8):4359). [Nucleic Acids Research]
  • [12] High cleavage efficiency of a 2A peptide derived from porcine teschovirus-1 in human cell lines, zebrafish and mice (PLOS ONE. 2011;6(4):e18556). [PubMed 21602908]
  • [13] Cleavage efficient 2A peptides for high level monoclonal antibody expression in CHO cells (mAbs. 2015;7(2):403). [Taylor & Francis]
  • [14] IRES-based vector coexpressing FGF2 and Cyr61 provides synergistic and safe therapeutics of lower limb ischemia (Mol Ther. 2009;17(12):2010). [PubMed 19738600]

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仲田洋美 医師(臨床遺伝専門医)

この記事の監修・執筆者:仲田 洋美

(臨床遺伝専門医/がん薬物療法専門医/総合内科専門医)

ミネルバクリニック院長。1995年に医師免許を取得後、 臨床遺伝学・内科学・腫瘍学を軸に診療を続けてきました。 のべ10万人以上のご家族の意思決定と向き合ってきた臨床遺伝専門医です。

出生前診断(NIPT・確定検査・遺伝カウンセリング)においては、 検査結果の数値そのものだけでなく、 「結果をどう受け止め、どう生きるか」までを医療の責任と捉え、 一貫した遺伝カウンセリングと医学的支援を行っています。

ハイティーンの時期にベルギーで過ごし、 日本人として異文化の中で生活した経験があります。 価値観や宗教観、医療への向き合い方が国や文化によって異なることを体感しました。 この経験は現在の診療においても、 「医学的に正しいこと」と「その人にとって受け止められること」の両立を考える姿勢の基盤となっています。

また、初めての妊娠・出産で一卵性双生児を妊娠し、 36週6日で一人を死産した経験があります。 その出来事は、妊娠・出産が女性の心身に与える影響の大きさ、 そして「トラウマ」となり得る体験の重みを深く考える契機となりました。 現在は、女性を妊娠・出産のトラウマから守る医療を使命の一つとし、 出生前診断や遺伝カウンセリングに取り組んでいます。

出生前診断は単なる検査ではなく、 家族の未来に関わる重要な意思決定です。 年齢や統計だけで判断するのではなく、 医学的根拠と心理的支援の両面から、 ご家族が後悔の少ない選択をできるよう伴走することを大切にしています。

日本人類遺伝学会認定 臨床遺伝専門医/日本内科学会認定 総合内科専門医/ 日本臨床腫瘍学会認定 がん薬物療法専門医。 2025年には APAC地域における出生前検査分野のリーダーとして国際的評価を受け、 複数の海外メディア・専門誌で特集掲載されました。

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