目次
- 1 1. SOST遺伝子とは ─ 「骨を強くするブレーキ」という発見
- 2 2. 遺伝子とタンパク質の姿 ─ 小さな分泌タンパク「スクレロスチン」
- 3 3. 骨細胞と発現制御 ─ いつスクレロスチンを出すか
- 4 4. Wntを止める仕組み ─ スクレロスチンの本当の主役
- 5 5. 機械の力と骨 ─ 「使う骨は強くなる」の分子的な理由
- 6 6. SOSTが関わる病気 ─ 硬化性骨異形成症とヴァンビュッヘム病
- 7 7. 治療への応用 ─ ブレーキを外す薬「ロモソズマブ」
- 8 8. 心血管の注意点と「12か月まで」という制限
- 9 9. 遺伝診療との接点
- 10 10. よくある誤解
- 11 まとめ ─ 遺伝学が創薬を先導した骨の物語
- 12 よくある質問(FAQ)
- 13 参考文献
- 14 関連記事
📍 クイックナビゲーション
骨は、こわして作り直す作業を一生くり返しています。その「作る」側にブレーキをかけているのが、SOST遺伝子(ソスト遺伝子)がつくるスクレロスチンというタンパク質です。もしこのブレーキが生まれつき効かないと、骨がどんどん厚くなる珍しい病気になります。逆にこの発見は、ブレーキをはずせば骨を積極的に増やせるという発想につながり、骨粗鬆症(こつそしょうしょう)の治療薬ロモソズマブを生み出しました。この記事では、SOST遺伝子とスクレロスチンの働き、関わる珍しい骨の病気、そして治療薬との関係と心臓・血管への注意点までを、遺伝専門医の視点で解説します。
Q. SOST遺伝子とは何ですか?まず結論だけ知りたいです
A. SOST遺伝子は、骨をつくる働きにブレーキをかける「スクレロスチン」というタンパク質の設計図です。スクレロスチンは骨の中にいる骨細胞(こつさいぼう)から出て、Wnt(ウィント)という「骨をつくれ」という信号を止めることで、骨形成をおさえています。この遺伝子が生まれつき働かないと骨が過剰に厚くなる珍しい病気(硬化性骨異形成症など)になり、逆にこのブレーキを薬で外すと骨を増やせるため、骨粗鬆症の治療薬ロモソズマブが開発されました。
- ➤正体 → 骨細胞がつくる分泌タンパク質スクレロスチンの設計図となる遺伝子(17番染色体にある)
- ➤働き → Wnt共受容体LRP5/LRP6にくっつき、骨をつくる信号をおさえる「ブレーキ」
- ➤効かないと → 骨が過剰に厚くなる硬化性骨異形成症・ヴァンビュッヘム病(いずれも常染色体潜性)
- ➤治療への応用 → ブレーキを外す抗スクレロスチン抗体ロモソズマブが骨粗鬆症治療薬に
- ➤注意点 → 治療は原則12か月まで。米国では心筋梗塞・脳卒中に関する枠組み警告がある
🧬 SOST遺伝子の基本情報
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 遺伝子名・読み方 | SOST(ソスト)。つくるタンパク質はスクレロスチン(sclerostin) |
| 場所(遺伝子座) | 17番染色体長腕(17q21.31) |
| タンパク質の特徴 | 213個のアミノ酸からなる分泌型の糖タンパク質。システインどうしの結合に富む「シスチンノット」構造を持つ[1] |
| 主な働き | 骨をつくる信号(Wnt/β-カテニン経路)をおさえるブレーキ |
| 主に出す細胞 | 成熟した骨細胞(osteocyte) |
| 医療との関わり | 珍しい高骨量疾患の原因になる一方、骨粗鬆症の治療薬ロモソズマブの標的でもある |
※本記事は一般の方と遺伝診療に関わる方の両方に向けた解説です。特定の検査や治療を勧めるものではありません。
1. SOST遺伝子とは ─ 「骨を強くするブレーキ」という発見
骨は、いちど作られたら固まったまま、と思われがちですが、実際にはこわす細胞(破骨細胞)と作る細胞(骨芽細胞)が休みなく働いて、一生かけて作り替えられています。この「作る」側のアクセルをあえて弱めているのがSOST遺伝子です。SOSTがつくるスクレロスチンというタンパク質は、骨をつくる細胞に「そろそろペースを落として」と伝えるブレーキとして働きます。
SOST遺伝子の重要さがはっきりしたのは、2001年のことでした。全身の骨が過剰に厚くなる硬化性骨異形成症(こうかせいこついけいせいしょう/sclerosteosis)という珍しい病気の原因を探る研究で、この病気がSOST遺伝子の働きが失われることで起こると突き止められたのです[1]。ほぼ同時に別の研究グループも、同じ病気の高い骨密度がSOSTタンパク質の欠損によることを報告しました[2]。
ここで大切なのは、順番です。ふつう薬の開発は「こういう仕組みがあるはず」という仮説から始まりますが、SOSTの場合は逆でした。「スクレロスチンを減らすと骨が増える」という答えを、ヒトの遺伝病が先に教えてくれたのです。その後で、なぜそうなるのかという分子の仕組みが解明され、最後に薬がつくられました。ヒトの遺伝学が創薬を先導した、教科書的な成功例として知られています。
💡 用語解説:機能喪失(きのうそうしつ)とは
遺伝子の変化(バリアント)の中でも、その遺伝子がつくるタンパク質の働きが失われるタイプを「機能喪失型変異」といいます。SOSTの場合、この変化が起きるとブレーキ役のスクレロスチンがつくれなくなり、結果として骨をつくる信号が止まらなくなって、骨が過剰に増えてしまいます。
2. 遺伝子とタンパク質の姿 ─ 小さな分泌タンパク「スクレロスチン」
SOST遺伝子は17番染色体の長腕(17q21.31)にあります。ここから作られるスクレロスチンは、213個のアミノ酸が連なった、比較的小さな分泌型の糖タンパク質です[1]。細胞の中で作られたあと、細胞の外へ放出されて働きます。
スクレロスチンは、システインというアミノ酸どうしが結び合ってできる「シスチンノット(cystine knot)」という、丈夫な結び目のような立体構造を持っています[1]。この構造から、当初は骨形成タンパク質(BMP)の働きをじゃまする仲間だろうと考えられていました。ところが後の研究で、スクレロスチンの本当の主役はBMPではなく、次章で説明するWntという別の信号を止めることだと分かってきます。見た目が似ているからといって働きも同じとは限らない、という良い例です。
💡 用語解説:分泌タンパク質と糖タンパク質
細胞の中で作られたあと、外へ送り出されて働くタンパク質を「分泌タンパク質」といいます。スクレロスチンはこのタイプで、骨細胞から出て周りの細胞に作用します。また、タンパク質に糖の鎖がくっついたものを「糖タンパク質」と呼びます。糖の飾りは、タンパク質の安定性や相手との結びつきに関わります。
スクレロスチンをつくる主役は、成熟した骨細胞(osteocyte)です。骨細胞は、骨をつくる骨芽細胞が自分の作った骨基質の中に埋め込まれて成熟したもので、骨の内部に張りめぐらされたネットワークの中で、周囲の状況を感じ取るセンサーの役目を担っています。骨芽細胞が骨細胞へと成熟していく過程で、スクレロスチンは少し遅れて現れる「遅延分泌産物」であることも報告されています[3]。つまりスクレロスチンは、若い細胞がいつも大量に出しているものではなく、骨の中で成熟した骨細胞の目印のようなタンパク質なのです。
⚠️ 血液中の値だけでは判断できません
血液中のスクレロスチン濃度は、骨での働きだけでなく、腎臓の働きや測定に使う抗体の種類など、さまざまな要因の影響を受けます。「血液中のスクレロスチン値=骨でのSOSTの働き」と単純に読み替えることはできません。組織での働きと、血液中の値は、別のレベルの情報として扱う必要があります。
3. 骨細胞と発現制御 ─ いつスクレロスチンを出すか
SOST遺伝子は、ただ一定量のスクレロスチンを出し続けているわけではありません。体の状況に応じて、出す量が細かく調節されています。この調節には、遺伝子のすぐ近くにあるスイッチだけでなく、少し離れた場所にある「遠くのスイッチ」も重要な役割を果たします。
その代表が、後で述べるヴァンビュッヘム病で欠けている調節領域です。SOST遺伝子の下流にある約52,000塩基対(約52kb)の領域には、骨でSOSTを働かせるための「遠くのスイッチ(エンハンサー)」が含まれています[4]。このスイッチが失われると、SOSTタンパク質そのものの設計図は無傷でも、骨での発現がうまくいかなくなり、やはり骨が過剰に厚くなります。
💡 用語解説:エンハンサー(遠くのスイッチ)
遺伝子の働きは、その遺伝子のすぐ隣にあるスイッチ(プロモーター)だけでなく、DNA上で遠く離れた場所にある「エンハンサー」という調節領域によっても強められます。DNAが折りたたまれることで、遠くのエンハンサーが目的の遺伝子に近づいてスイッチを入れます。SOSTでは、この遠くのスイッチが骨での発現に欠かせません。
スクレロスチンの量を調節する要因は、ホルモンや機械的な力など複数あります。たとえば、骨の代謝に関わる副甲状腺ホルモン(PTH)は、骨細胞のスクレロスチンを減らす方向に働きます。この調節には、MEF2Cという転写因子が関わる回路が関係すると考えられています。また、骨をつくる司令塔として知られるRUNX2も、骨系の細胞でのSOSTの発現に関わることが報告されていますが、成熟した骨細胞での高い発現をRUNX2だけで説明することはできません。実際には、複数の転写因子・遠くのスイッチ・DNAの状態・ホルモンや力の刺激が重なって、最終的なスクレロスチンの量が決まります。
さらに、遺伝子の設計図そのものは変えずに働きを調整するDNAメチル化も、ヒトの骨系の細胞でSOSTの発現に関わることが実験的に示されています。ただし、培養した細胞で見られるこうした調節が、大人の体の中でどこまで日常的な生理的調節を担っているかは、まだ完全には分かっていません。
🩺 院長コラム【「多い」が必ずしも「良い」ではない】
骨密度は高いほど良い、というイメージを持たれる方は少なくありません。けれども硬化性骨異形成症のように、骨が過剰に増えることでかえって神経を圧迫し、深刻な合併症を起こす病気もあります。体は「多ければ多いほど良い」ではなく、ちょうどよいバランスの上に成り立っているのだと、SOSTの研究はあらためて教えてくれます。
臨床遺伝専門医として文献を踏まえると、SOSTは「骨をつくらせない悪者」ではなく、骨細胞が周囲の状況を骨芽細胞に翻訳して伝える「調整役」と見るのがいちばん自然です。ブレーキがあるからこそ、必要なときに必要なだけ骨をつくることができるのです。
4. Wntを止める仕組み ─ スクレロスチンの本当の主役
スクレロスチンの中心的な働きは、Wnt/β-カテニン経路という「骨をつくれ」という信号を止めることです。この経路は、骨をつくる細胞の増殖や活動を促す、いわば骨形成のアクセルにあたります。

骨細胞が分泌するスクレロスチンはSOST遺伝子の産物で、骨芽細胞のWnt共受容体LRP5/6に作用してWnt/β-カテニンシグナルを抑制します。その結果、骨形成にブレーキがかかります。
ふだん、Wntという信号分子が細胞表面の受容体フリズルドと、共受容体であるLRP5/LRP6にくっつくと、細胞の中でβ-カテニンというタンパク質が壊されずに溜まり、核に入って「骨をつくる」ための遺伝子を動かします。スクレロスチンは、この共受容体LRP5/LRP6の外側にくっつくことで、Wntが受容体を活性化するのをじゃまします[5][6]。つまり、アクセルの入り口に栓をするようなイメージです。
▲ 通常のWnt経路。スクレロスチンはこの「LRP5/6」の段階に結合してブレーキをかけ、骨形成をおさえます。
このブレーキをさらに強めるのが、LRP4という別のタンパク質です。LRP4はスクレロスチンと直接結合し、そのWnt抑制作用を助ける「補助役(ファシリテーター)」として働きます[7]。実際、LRP4のこの働きをじゃまするタイプの変化を持つ人では骨が過剰に増えることが分かっており、この仕組みが体の中で本当に働いていることの裏づけになっています[7]。
2020年には、スクレロスチンがLRP6の複数の部分と「タンデム(連なった)」でくっつく詳しい立体構造も明らかにされ、なぜこの小さなタンパク質がWntの共受容体を強力に止められるのか、分子レベルの説明が進みました[8]。
💡 用語解説:BMPとの関係の「歴史」
スクレロスチンは2003年に「新しいBMP阻害因子」として報告されました[9]。しかし翌2004年には「骨細胞が出す骨形成の抑制因子ではあるが、古典的なBMP阻害因子ではない」と結論づけられ[10]、2005年にはLRP5/6を介したWnt阻害が中心的な仕組みだと確立されました。初期の研究が完全な誤りだったというより、主役をBMPと一般化した点が、あとから正しく修正されたと理解するのが公平です。
5. 機械の力と骨 ─ 「使う骨は強くなる」の分子的な理由
運動して骨に負荷をかけると骨が強くなり、逆に寝たきりや無重力で骨を使わないと弱くなる——これは経験的によく知られた現象ですが、その一端にSOSTが関わっています。動物実験では、負荷を受けた骨の部分で骨細胞のスクレロスチンが局所的に減り、その場所がのちに骨がつくられる部位と一致することが示されました[11]。
つまり、骨に力が加わると骨細胞がスクレロスチンを減らし、ブレーキをゆるめて、その場所でWnt経路による骨形成を許す、という流れです。逆に骨を使わないとブレーキが強まり、骨形成が落ちる方向に働きます。スクレロスチンは、機械的な力を「骨をつくる信号」に翻訳するゲートの一部として働いていると考えられます。ただし、SOSTがセンサーそのものというより、骨細胞が力を感じ取るネットワークの「下流の効果器」と表現するほうが正確です。LRP4を操作した研究も、LRP4とスクレロスチンの仕組みが、骨の恒常性だけでなく、この力の感知にも関わることを示しています[7]。
6. SOSTが関わる病気 ─ 硬化性骨異形成症とヴァンビュッヘム病
SOSTの働きが失われると、骨が過剰に厚くなる珍しい病気になります。代表が、硬化性骨異形成症とヴァンビュッヘム病です。どちらも、両親から受け継いだ2本のSOST関連の設計図がともに変化して初めて発症する常染色体潜性(劣性)遺伝の病気です。
硬化性骨異形成症(sclerosteosis)は、両方のSOST遺伝子の機能喪失で起こり、全身の骨が硬く厚くなります。とくに頭蓋骨や下顎骨が進行的に厚くなることで、脳神経が圧迫されて顔面神経のまひや聴力低下が起こったり、頭蓋内の圧が高まったりすることがあります。手の指の合指症(ごうししょう/指がくっつく)を伴うことも多いのが特徴です。ここで大切なのは、「骨が多い」ことが必ずしも良いわけではないという点です。頭蓋骨の過剰な成長が、神経の合併症という深刻な問題を引き起こしうるのです。
ヴァンビュッヘム病(van Buchem disease)は、症状が硬化性骨異形成症とよく似ていますが、原因が少し異なります。典型的なオランダの家系では、SOSTタンパク質の設計図そのものではなく、その下流にある約52kbの調節領域(遠くのスイッチ)が失われていることが原因です[4]。タンパク質の設計図は保たれているのに、スイッチが効かないために発症します。一般に硬化性骨異形成症より軽症で、合指症は典型的ではありません。
💡 なぜ2つの病気を比べると面白いのか
硬化性骨異形成症は「設計図そのものの欠損」、ヴァンビュッヘム病は「遠くのスイッチの欠損」で起こります。この違いは、スクレロスチンの「量」と骨の状態の関係を示す、自然が用意した実験のようなものです。少し残っているか、まったくないかで重症度が変わることは、スクレロスチンの量が骨量を左右することを裏づけています。
なお、ふつうの骨粗鬆症は、SOSTの機能喪失が原因ではありません。むしろ逆で、SOST周辺のありふれた個人差が骨密度と関連することや、抗スクレロスチン抗体が骨折を減らすことから、SOSTは「骨粗鬆症の、治療で外せる生理的なブレーキ」と位置づけられます。したがって、SOSTと病気の関係は、「珍しい機能喪失 → 高骨量の病気」「ありふれた個人差 → 骨密度のばらつき」「薬でおさえる → 骨粗鬆症の治療」という3つの層に分けて理解するのが正確です。
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7. 治療への応用 ─ ブレーキを外す薬「ロモソズマブ」
「スクレロスチンを減らせば骨が増える」というヒトの遺伝学からの答えを、そのまま薬にしたのがロモソズマブ(romosozumab)です。これは、スクレロスチンにくっついてその働きを打ち消す、抗スクレロスチン抗体という種類の薬です。受容体を直接刺激するのではなく、体がもともと持っているWntのブレーキを外すことで骨形成を高めます。
この薬の開発は、ヒト遺伝学・動物実験・臨床試験という複数段階の知見に支えられています。第一に、スクレロスチンが完全に欠けたヒト(硬化性骨異形成症)では極端に骨が多くなります。第二に、スクレロスチンをなくしたマウスでも、同じように骨形成・骨量・骨強度が増えることが確認されました[12]。第三に、閉経後骨粗鬆症のモデル動物に抗スクレロスチン抗体を投与しても骨が増えました。「遺伝学 → 動物での確認 → 薬」という流れが一貫しているのです。
ロモソズマブの特徴は、骨をつくる働きを高めると同時に、骨をこわす働きもおさえるという二方向の効果です。ヒトで初めてこの性質を明確にしたのが、2011年の第I相試験でした。投与後に骨形成のマーカー(P1NPなど)が上がり、骨吸収のマーカー(CTXなど)が下がることが確認されています[13]。ただし、この骨をつくる勢い(アナボリック・ウィンドウ)は数か月でピークを越えて落ちていきます。治療期間を延ばせば比例して骨が増え続けるわけではない、というのが重要な点です。
💡 用語解説:骨形成マーカーと骨吸収マーカー
血液検査で測れる、骨の代謝の「勢い」を示す指標です。P1NPは骨をつくる勢い(骨形成)、CTXは骨をこわす勢い(骨吸収)の目安になります。ロモソズマブでは、投与後にP1NPが上がりCTXが下がるという、他の薬にはない特徴的なパターンが見られます。
大規模試験での骨折予防効果
骨密度が上がることと、実際に骨折が減ることは別問題です。そこで、大規模な第III相試験で骨折そのものを評価する必要がありました。FRAME試験では、閉経後骨粗鬆症の女性約7,180人を対象に、ロモソズマブを12か月投与した群と偽薬(プラセボ)群を比べました。その結果、12か月時点で新しい背骨(椎体)の骨折が、プラセボ群1.8%に対しロモソズマブ群0.5%と、相対的に約73%低下しました[14]。
⚠️ 「すべての骨折が73%減る」ではありません
この73%という数字は「新しい背骨(椎体)の骨折」に対応する数字です。FRAMEでは、背骨以外の骨折については、全体の解析で統計的に明確な差には届きませんでした。地域ごとの骨折リスクの差が影響した可能性も議論されています。数字を読むときは、どの骨折を指しているかに注意が必要です。
より骨折リスクの高い女性を対象にしたARCH試験では、ロモソズマブを12か月使ってからアレンドロネート(骨吸収をおさえる薬)に切り替える方法と、アレンドロネートを続ける方法を比べました。その結果、新しい椎体骨折や臨床骨折が、ロモソズマブ先行群のほうが少なくなりました[15]。とくに、すでに骨折を経験した高リスクの人で、骨密度という代用指標だけでなく、実際の骨折を減らせたことに意味があります。
もう一つのSTRUCTURE試験は、別の臨床的な疑問を扱いました。長く骨吸収をおさえる薬(ビスホスホネート)を使ってきた患者では、テリパラチドという骨形成薬に切り替えると股関節の骨密度がいったん下がることがあります。この試験では、ロモソズマブのほうが股関節の骨密度をより増やしたと報告されました[16]。すでに骨の薬を使っている人で、どの順番で治療するかが結果を左右する、という「治療の順序」の大切さを示しています。ただしSTRUCTUREは骨折の差を検証する規模の試験ではないため、これだけで骨折予防の優劣を結論することはできません。
8. 心血管の注意点と「12か月まで」という制限
ロモソズマブをめぐる最大の未解決問題が、心臓・血管への安全性です。ここは正確に理解しておく必要があります。
FRAME試験では、初年度に心血管の重い事象について、群間で明らかな偏りは見られませんでした。参考として、米国の添付文書によれば、12か月の偽薬対照期間中の心筋梗塞はロモソズマブ群0.3%・プラセボ群0.2%、脳卒中はそれぞれ0.2%・0.3%と報告されています[17]。一方でARCH試験では、最初の12か月で判定済みの重い心血管事象が、ロモソズマブ群2.5%・アレンドロネート群1.9%と、ロモソズマブ側で数値的に多くなりました[15]。
この2つの試験の食い違いが、話を難しくしています。ARCHの比較対照は偽薬ではなくアレンドロネートであり、対象集団もFRAMEより高リスクでした。そのため、この差がスクレロスチンをおさえること自体によるのか、偶然なのか、集団の違いなのか、あるいはアレンドロネート側の影響なのかは、現時点では確定していません。「統計的に差がない=リスクがない」ではない一方で、シグナルを確定的な因果関係とみなすにも、まだ根拠が不十分な段階です。
⚠️ 米国の枠組み警告(ボックス警告)
米国の添付文書では、ロモソズマブは心筋梗塞・脳卒中・心血管死のリスクに関する枠組み警告(boxed warning)が付されています。過去1年以内に心筋梗塞または脳卒中を起こした患者では、開始すべきでないと定められています[17]。薬を使うかどうかは、骨折のリスクと心血管のリスクを総合して、主治医と十分に相談して決めることが大切です。
なお、国によって警告や禁忌の書き方は同じではありません。欧州(EMA)では、心筋梗塞や脳卒中の既往そのものが、米国より厳格な禁忌として扱われています。日本では、実際の処方にあたって最新の日本語の添付文書に基づくリスク評価が必要です。米国の枠組み警告をそのまま日本の法的な禁忌として読み替えることはできません。お住まいの国・地域の最新の情報を確認してください。
また、治療期間が原則12か月までとされているのは、行政上の都合だけではなく、生物学的な理由とも合っています。抗スクレロスチン抗体をくり返し使うと、骨をつくる反応がしだいに弱まっていくことが動物研究で示されています。これは、スクレロスチンを完全に生まれつき欠くこと(硬化性骨異形成症)と、短期間だけ薬でおさえることは、生物学的に同じではない、ということを示す大切な点です。治療を終えたあとは、増やした骨量を保つために、骨吸収をおさえる薬へ移行するのが一般的な戦略です。
9. 遺伝診療との接点
SOSTに関わる硬化性骨異形成症やヴァンビュッヘム病は、いずれも常染色体潜性(劣性)遺伝の珍しい病気です。両親がそれぞれ変化を1つずつ持つ保因者である場合、子どもが発症する確率は理論上4分の1です。保因者自身は通常は発症しませんが、骨密度がやや高めの傾向を示すことが知られています。
一方で、SOST遺伝子の検査は、日常の診療でだれにでもルーチンに行うようなものではありません。硬化性骨異形成症などの珍しい病気が疑われる特定の状況で、診断を確定したり家族計画を考えたりするために検討されるものです。ふつうの骨粗鬆症の診療で、SOSTの遺伝子検査が必要になることは通常ありません。
当院では、遺伝子や染色体に関わる検査の前後で、臨床遺伝専門医が遺伝カウンセリングを行っています。検査で何が分かり何が分からないのか、見つかった変化がご本人やご家族にとってどういう意味を持つのか、どのような選択肢があるのか——こうした点を、中立の立場で整理してお伝えします。骨をめぐる遺伝の話は、原因の遺伝子や遺伝形式によって、家族への影響も見通しも大きく変わります。正確な診断に基づいて選択肢を検討できるよう、判断材料を整理してお伝えします。
10. よくある誤解
誤解①「骨は多いほど良い」
骨が過剰に増える硬化性骨異形成症では、頭蓋骨の成長が神経を圧迫して合併症を起こすことがあります。骨量は「ちょうどよいバランス」が大切で、多ければ多いほど良いわけではありません。
誤解②「スクレロスチンはBMPを止める因子」
初期にはBMP阻害因子と考えられましたが、その後の研究で主役はWnt/β-カテニン経路の抑制だと確立されました。見た目が似ていても、主な働きは別だったのです。
誤解③「血液のスクレロスチン値=骨の状態」
血液中の値は腎臓の働きや測定法の影響を受けます。組織での働きと血液の値は別の情報であり、単純に読み替えることはできません。
誤解④「ロモソズマブは長く使うほど効く」
骨をつくる勢いは数か月でピークを越えて落ち、治療は原則12か月までです。終了後は骨量を保つため、骨吸収をおさえる薬へ移行するのが一般的です。
まとめ ─ 遺伝学が創薬を先導した骨の物語
SOST遺伝子とスクレロスチンの研究は、「珍しい遺伝病が、ありふれた病気の治療につながる」という好例です。全身の骨が過剰に厚くなる珍しい病気の原因を探ることから、「スクレロスチンを減らせば骨が増える」という答えが得られ[1]、その仕組みがWnt/β-カテニン経路の抑制として解明され[5]、最終的に骨粗鬆症の治療薬ロモソズマブが生まれました[14]。
一方で、心血管への影響の因果関係、骨をつくる反応がなぜ数か月で弱まるのか、どの患者で利益とリスクのバランスが最も良いのか、といった問いは、まだ残されています。骨は多ければ良いというものではなく、SOSTという「ブレーキ」は、必要なときに必要なだけ骨をつくるための、精巧なバランスの一部なのです。骨の遺伝性疾患や、遺伝子検査の結果の意味について気になる点があれば、臨床遺伝専門医にご相談ください。
よくある質問(FAQ)
Q1. SOST遺伝子とは何ですか?
SOST遺伝子は、骨をつくる働きにブレーキをかけるスクレロスチンというタンパク質の設計図です。17番染色体にあり、つくられたスクレロスチンは骨の中の骨細胞から分泌されて、Wnt(骨をつくれ、という信号)をおさえます。この遺伝子が生まれつき働かないと骨が過剰に厚くなり、逆にこのブレーキを薬で外すと骨を増やせるため、骨粗鬆症の治療にも応用されています。
Q2. スクレロスチンはどうやって骨をつくるのを止めるのですか?
スクレロスチンは、骨をつくる信号であるWntの共受容体LRP5/LRP6にくっつき、その受容体が働くのをじゃまします。これによりβ-カテニンの安定化と核への移行が抑えられ、「骨をつくる」遺伝子が動きにくくなります。LRP4という別のタンパク質がスクレロスチンと直接結合し、このブレーキ作用を助けることも分かっています。
Q3. SOSTが関わる病気にはどんなものがありますか?
代表は、硬化性骨異形成症(sclerosteosis)とヴァンビュッヘム病です。どちらも全身の骨が過剰に厚くなる珍しい常染色体潜性(劣性)遺伝の病気で、頭蓋骨の過剰な成長により顔面神経のまひや聴力低下などが起こることがあります。硬化性骨異形成症はSOSTタンパク質の設計図の欠損、ヴァンビュッヘム病は遠くの調節スイッチの欠損が原因という違いがあります。
Q4. ロモソズマブとはどんな薬ですか?
ロモソズマブは、スクレロスチンにくっついてその働きを打ち消す抗スクレロスチン抗体で、骨粗鬆症の治療薬です。骨をつくる働きを高めると同時に骨をこわす働きもおさえるという二方向の効果を持ちます。大規模試験で新しい椎体骨折を減らすことが示されていますが、骨をつくる勢いは数か月で弱まるため、治療は原則12か月までとされています。
Q5. ロモソズマブに心臓・血管の注意点があると聞きました
米国の添付文書には、心筋梗塞・脳卒中・心血管死のリスクに関する枠組み警告(ボックス警告)があり、過去1年以内に心筋梗塞または脳卒中を起こした人では開始すべきでないとされています。ある試験(ARCH)では心血管事象がやや多く見られた一方、別の試験(FRAME)では明らかな差がなく、因果関係は確定していません。国によって警告や禁忌の内容は異なるため、治療は骨折リスクと心血管リスクを総合して主治医と相談して決めることが大切です。
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参考文献
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