目次
- 1 1. SLC40A1遺伝子とは:鉄の唯一の「出口」をつくる設計図
- 2 2. フェロポーチンの構造と働き:鉄を運ぶ精密な「回転ドア」
- 3 3. ヘプシジン–フェロポーチン軸:鉄の量を決める司令塔
- 4 4. フェロポーチン病(ヘモクロマトーシス4型):2つの正反対のしくみ
- 5 5. 遺伝性ヘモクロマトーシスの病型:1型〜4型の比較
- 6 6. 日本人とフェロポーチン病:見落とされやすい鉄過剰症
- 7 7. 診断と治療:検査の流れと瀉血療法
- 8 8. フェロポーチンと「鉄と細胞死」:フェロトーシス・がん・胎盤
- 9 9. 遺伝形式とカウンセリング:常染色体顕性遺伝と浸透率
- 10 よくある誤解
- 11 よくある質問(FAQ)
- 12 参考文献
- 13 関連記事
体の中の鉄は、細胞の中に取り込むことはできても、細胞の外(血液中)へ送り出す「出口」はたった1つしかありません。その唯一の出口をつくる設計図がSLC40A1遺伝子で、できあがるタンパク質が「フェロポーチン」です。この遺伝子に変化が起こると、鉄が体にたまりすぎる鉄過剰症(フェロポーチン病/ヘモクロマトーシス4型)を引き起こすことがあります。本記事では、フェロポーチンの働きから、変異で生じる病気、診断・治療、そして遺伝のしくみまでを、臨床遺伝専門医がやさしく解説します。
Q. SLC40A1遺伝子とは何ですか?まず結論だけ知りたいです
A. SLC40A1遺伝子は、鉄を細胞の外(血液中)へ送り出す唯一の輸送体「フェロポーチン」をつくる遺伝子です。腸からの鉄の吸収と、古い赤血球からの鉄の再利用を支える、いわば体の「鉄の出口」です。この遺伝子に変化(バリアント)が生じると、鉄が臓器にたまりすぎる鉄過剰症(フェロポーチン病=ヘモクロマトーシス4型)を起こすことがあります。多くは成人になってから症状が出る、常染色体顕性(優性)遺伝の病気です。
- ➤遺伝子の正体 → 第2染色体(2q32.2)にあり、571個のアミノ酸からなるフェロポーチン(約62.5kDa)を作る
- ➤体内での役割 → 哺乳類で唯一の鉄の排出口。体内をめぐる鉄の約9割は古い赤血球の再利用に由来し、その出口を担う
- ➤病気への関わり → 機能喪失型は4A型(マクロファージに鉄が蓄積)、機能獲得型は4B型(実質細胞に蓄積)を起こす
- ➤遺伝のしくみ → 唯一「常染色体顕性(優性)遺伝」をとる遺伝性鉄過剰症で、子へ受け継がれる確率は理論上50%
- ➤診断と治療 → フェリチン・トランスフェリン飽和度・MRI・遺伝子検査で評価。基本治療は瀉血(しゃけつ)療法
1. SLC40A1遺伝子とは:鉄の唯一の「出口」をつくる設計図
私たちの体にとって鉄は、酸素を運ぶ赤血球の材料となり、エネルギーをつくる反応にも欠かせない、生命に不可欠なミネラルです。一方で、過剰な鉄は活性酸素を生んで細胞を傷つける「毒」にもなります。そのため体は、鉄を細胞に取り込む量と、細胞の外へ出す量を非常に厳密にコントロールしています。ところが、鉄を細胞の外(血液中)へ送り出す「出口」となるタンパク質は、哺乳類ではたった一種類しか知られていません。それがフェロポーチン(ferroportin、FPN)であり、その設計図がSLC40A1遺伝子です[1][2]。
SLC40A1という名前は「solute carrier family 40 member 1(溶質輸送体ファミリー40の1番)」を略したものです。別名としてFPN1・IREG1・MTP1・SLC11A3などとも呼ばれてきました。この遺伝子は第2染色体の長腕、2q32.2という場所に位置し、8つのコーディングエクソン(タンパク質情報を含む領域、全長約20kb)から、571個のアミノ酸(分子量およそ62.5kDa)からなるフェロポーチンを作り出します[2]。
💡 用語解説:フェロポーチンとは
フェロポーチンは、細胞膜(細胞の外壁)に埋め込まれた「鉄の専用ドア」です。腸の細胞・古い赤血球を処理するマクロファージ・肝臓の細胞・胎盤の細胞など、鉄を大量にやりとりする場所に共通して存在します。このドアが開くことで、細胞内にたまった鉄が血液中へ放出され、全身の必要な場所へ届けられます。フェロポーチンが正常に働かないと、鉄が細胞の中に閉じ込められたり、逆に出すぎたりして、鉄の流れ全体が乱れてしまいます。
体内をめぐる鉄の流れを大きく支えているのは、実は食事からの吸収ではありません。体内で1日に必要な鉄の約9割は、寿命を終えた古い赤血球をマクロファージが分解し、その鉄を再利用することでまかなわれています[1]。このリサイクルされた鉄や、腸から新たに吸収された鉄を、最終的に血液中へ送り出す共通の出口がフェロポーチンなのです。つまりSLC40A1は、体の鉄の「収支」を決める要のひとつといえます。
2. フェロポーチンの構造と働き:鉄を運ぶ精密な「回転ドア」
🔍 関連記事:ミスセンス変異とは/アレル(対立遺伝子)とは
フェロポーチンは、細胞膜を12回貫通する「主要ファシリテーター・スーパーファミリー(MFS)」という大きな輸送体のグループに属します。タンパク質はN末端側とC末端側の2つのドメインに分かれ、その間に鉄が通る空洞を抱えています。輸送体は、空洞が細胞の内側を向く形(内向き)と外側を向く形(外向き)の間を行き来することで、鉄を内から外へと運び出します。たとえるなら、人を片側ずつ通す「回転ドア」のような動きです[3][5]。
💡 用語解説:膜輸送体(トランスポーター)とMFS
細胞膜は油の膜でできていて、鉄のような荷電した物質はそのままでは通り抜けられません。そこで、特定の物質だけを選んで通す「専用のドア」が必要になります。これが膜輸送体(トランスポーター)です。MFS(major facilitator superfamily)は、糖・イオン・代謝産物などを運ぶ輸送体のうち最大級のグループで、フェロポーチンもその一員です。形を内向き・外向きと切り替えながら物質を運ぶのが共通の特徴です。
近年、クライオ電子顕微鏡という技術により、ヒトのフェロポーチンの立体構造が原子レベルで解明されました[3]。その結果、空洞の内部には鉄イオンが結合する2か所の部位(N側のS1部位とC側のS2部位)が見つかりました。また、外向きの形を安定させるために、Arg178とAsp473というアミノ酸がしっかりと手を結ぶ「塩橋」が重要な役割を果たしていることもわかりました。実際、この部位のR178Qという変化は病気を引き起こすことが報告されています[2]。設計図のたった1文字の違いが、ドアの開閉という精密な動きを乱してしまうのです。
こうした「1文字の置き換わり」をミスセンス変異と呼びます。SLC40A1の病気で特徴的なのは、報告されている病的変化のほとんどが、このミスセンス変異やごく短い欠失だという点です[2]。タンパク質そのものが完全に作られなくなる変化(ナンセンス変異など)はまれで、この「ほぼミスセンスだけ」という性質が、後で述べるように病的かどうかの判断を難しくしています。
3. ヘプシジン–フェロポーチン軸:鉄の量を決める司令塔
フェロポーチンは、自分勝手に鉄を出し続けるわけではありません。体の鉄が十分にあるときは出口を閉じ、足りないときは開く——この調整を担う「司令塔」が、肝臓でつくられるヘプシジンというホルモンです。鉄が増えすぎるとヘプシジンが多く分泌され、フェロポーチンに結合して鉄の放出を止めます。逆に鉄が足りないとヘプシジンは減り、出口が開いて血液中へ鉄が供給されます。この一連のしくみを「ヘプシジン–フェロポーチン軸」と呼びます[1][2]。
💡 用語解説:ヘプシジン
ヘプシジンは、主に肝臓でつくられる小さなペプチドホルモンで、「鉄の門番」とも呼ばれます。体の鉄が増えると分泌が増え、フェロポーチンに結合してその働きを止めることで、血液中へ出てくる鉄の量を減らします。フェロポーチンが「鉄の出口(ドア)」だとすれば、ヘプシジンはそのドアに鍵をかける「鍵」にあたります。この2つの分子の関係が、全身の鉄バランスの中心になっています。
最新の構造研究によって、ヘプシジンがフェロポーチンを止めるしくみには2つの作用があることがわかってきました[3]。1つ目は、ヘプシジンが結合すると、フェロポーチンが細胞の中へ取り込まれて分解されてしまう「分解」の作用。2つ目は、ヘプシジンが外向きの空洞に入り込み、鉄が通る道を物理的にふさいでしまう「閉塞(occlusion)」の作用です。この2段構えで、鉄の放出が強力に止められます。なお、C末端側のC326というシステイン残基は、このヘプシジンの結合に欠かせない重要な部位であることが構造研究から示されています[3][4]。
腸管・マクロファージから供給された鉄は、唯一の出口フェロポーチンを通って血液中へ。肝臓がつくるヘプシジンがフェロポーチンに結合し、分解と閉塞によって鉄の放出を止めることで、全身の鉄量が一定に保たれる。
この軸のどこかが乱れると、鉄バランスは過剰側にも不足側にも傾きます。SLC40A1の病気は、この出口そのものに変化が起きることで、鉄が過剰にたまる方向に傾く病気です。次の章で、その2つのパターンを見ていきましょう。
4. フェロポーチン病(ヘモクロマトーシス4型):2つの正反対のしくみ
SLC40A1の変化によって起こる鉄過剰症は「フェロポーチン病」と総称され、遺伝性ヘモクロマトーシスの分類では4型にあたります。同じ遺伝子の変化でありながら、変化のしかたによって正反対の2つのしくみに分かれるのが、この病気の最大の特徴です[2][8]。
🔵 4A型(機能喪失型・古典的)
機能喪失型変異で出口の働きが弱まり、鉄が細胞内に閉じ込められます。
- 主にマクロファージ(網内系)に鉄が蓄積
- フェリチン高値・TSATは正常〜低値
- 肝臓の障害は比較的軽いことが多い
🔴 4B型(機能獲得型・非古典的)
機能獲得型変異でヘプシジンが効かなくなり、鉄が出すぎます。
- 主に実質細胞(肝細胞など)に鉄が蓄積
- フェリチン高値・TSATも高値
- HFE型に似て臓器障害が起きやすい
💡 用語解説:機能喪失型変異と機能獲得型変異
機能喪失型変異は、タンパク質の働きが弱まる・失われる変化です。フェロポーチンでは「出口が開きにくくなる」状態にあたり、鉄が細胞内に閉じ込められます(4A型)。
機能獲得型変異は、本来の制御を外れて働きが過剰になる変化です。フェロポーチンでは「ヘプシジンによる鍵が効かなくなり、出口が開きっぱなしになる」状態で、鉄が出すぎてしまいます(4B型)。同じ遺伝子でも、変化の場所によって正反対の結果になるのです。
2022年の国際鉄学会(BIOIRON)では、こうした2つの病態を整理し、出口の働き自体が落ちる「フェロポーチン病(4A型)」と、ヘプシジン抵抗性による「SLC40A1関連ヘモクロマトーシス(4B型)」を区別する考え方が整理されました[9]。具体的な変異の例としては、C326のシステインが変わるC326Y・C326S・C326Fや、N144H・N144Dといった変化が、ヘプシジンが効かなくなる機能獲得型(4B型)として知られています[2]。
なお、ヨーロッパで最も多く報告されているフェロポーチン病の変異は、エクソン5にある3塩基の欠失でアミノ酸162番目のバリンが1つ抜ける「V162del(Val162del)」です[2][8]。この変異は機能喪失型(4A型)の代表で、マクロファージに鉄がたまるタイプを起こします。
5. 遺伝性ヘモクロマトーシスの病型:1型〜4型の比較
遺伝性ヘモクロマトーシス(遺伝性鉄過剰症)は、原因となる遺伝子によって1型から4型に分けられます。SLC40A1による4型は、この中で唯一「常染色体顕性(優性)遺伝」をとるという点で際立っています。それ以外の型はいずれも常染色体潜性(劣性)遺伝です。下の表で全体像を整理します。
💡 用語解説:フェリチンとトランスフェリン飽和度(TSAT)
フェリチンは、細胞内に鉄を貯めておくタンパク質です。血液中のフェリチン値が高いと、体に鉄がたまっている目安になります(ただし炎症などでも上がります)。
トランスフェリン飽和度(TSAT)は、血液中で鉄を運ぶトラック「トランスフェリン」が、どのくらい鉄を積んでいるかの割合です。4A型では鉄が細胞に閉じ込められて血液に出にくいためTSATは正常〜低めに、4B型では鉄が出すぎるためTSATも高くなる、という違いが診断の手がかりになります。
画像検査では、フェロポーチン病で脾臓(spleen)・脊椎(spine)・肝臓(liver)に鉄が沈着するパターンが知られ、その頭文字から「SSLトライアド」と呼ばれることがあります[2]。とくに脾臓への強い鉄沈着は、HFE型(1型)との鑑別の手がかりになります。実際、EASL(欧州肝臓学会)の非HFE登録研究でも、SLC40A1の変異は肝臓だけでなく脾臓の鉄濃度が高いことが、HFE型ヘモクロマトーシスとの違いとして報告されています[9]。
6. 日本人とフェロポーチン病:見落とされやすい鉄過剰症
HFE型(1型)ヘモクロマトーシスは欧米の白人に多く、日本ではまれです。一方、フェロポーチン病については、日本では遺伝性鉄過剰症の中でむしろHFE型より多い可能性が、複数の家系報告から指摘されてきました[6]。鉄剤に反応しにくい貧血や、原因のはっきりしない高フェリチン血症の背景に、見落とされている例があるかもしれないという視点は、日本の臨床で重要です。
実際の日本人家系の報告を見てみましょう。2005年に名古屋から報告された家系では、健診で偶然みつかった高フェリチン血症(822ng/mL、TSAT 24.8%)の43歳男性と、その父(フェリチン2,283ng/mL、TSAT 62.1%)が、SLC40A1のR489Sという変異をヘテロ接合で持っていました[6]。この家系はその後10年以上の経過観察が行われ、機能喪失型(4A型)として、比較的おだやかな経過をたどることが報告されています[7]。
一方、機能獲得型(4B型)の日本人例としては、A117GやD157Gという変異が報告されており、肝細胞・マクロファージ両方への強い鉄沈着や糖尿病を伴う、より重い臨床像が記録されています[7]。さらに、H507Rという変異を持つ患者さんでは、長期間の瀉血療法によって肝臓にたまった鉄が大きく減少した経過も報告されており、変異のタイプによって経過も治療反応も異なることがうかがえます。
これらの日本人例が示すのは、「同じSLC40A1の病気」といっても、変異の場所しだいで、おだやかな高フェリチン血症から、臓器障害を伴う重い鉄過剰症まで、幅が大きいということです。だからこそ、どの変異を持つのかを正確に知ることが、その後の見通しを立てるうえで役立ちます。
7. 診断と治療:検査の流れと瀉血療法
🔍 関連記事:ヘモクロマトーシス遺伝子検査(NGSパネル)/臨床遺伝専門医とは
診断は、まず血液検査でフェリチンとトランスフェリン飽和度(TSAT)を確認することから始まります。鉄過剰が疑われる場合は、MRIで肝臓・脾臓の鉄沈着を評価し、二次性(輸血や鉄剤の過剰、肝疾患などによる後天的な鉄過剰)の可能性も検討します。そのうえで、原因となる遺伝子を確定するために遺伝子検査が行われます。
SLC40A1単独ではなく、鉄過剰症に関わる複数の遺伝子をまとめて調べられるのが、当院のヘモクロマトーシス遺伝子検査(NGSパネル)です。BMP2・FTH1・HAMP・HFE・HJV・SLC40A1・TFR2の7遺伝子を一度に解析できるため、1型から4型まで、臨床像が重なりやすい鉄過剰症の原因を効率よく絞り込めます。臨床症状や血液検査だけでは病型を見分けにくい場合に、有用な選択肢となります。
💡 用語解説:瀉血(しゃけつ)療法
瀉血療法は、定期的に採血して血液(=鉄)を体から抜くことで、たまった鉄を減らす治療です。鉄過剰症の基本的な治療法で、フェリチン値を目標まで下げ、その後は維持療法として間隔をあけて続けます。ただしフェロポーチン病、とくに鉄が血液中に出にくい4A型では、瀉血で貧血が出やすいことがあり、人によっては瀉血に耐えにくい場合もあります。治療の進め方は、病型・貧血の有無・全身状態をみて個別に判断されます。
出生前の検査と出生後の検査は、分けて理解する
遺伝学的検査は「出生前」と「出生後」で目的がまったく異なります。フェロポーチン病は多くが成人になってから症状が出る、治療法のある病気であるため、この病気を目的とした出生前検査が行われることは一般的ではありません。臨床遺伝学の原則として、成人発症で予防・治療が可能な病気の発症前検査は、お子さんが自分で判断できる年齢になるまで控えるのが基本とされています。
🩺 出生後(成人・家族)の検査
遺伝子パネル検査:ヘモクロマトーシスNGSパネル(7遺伝子)で病型を確定
家族の確認:常染色体顕性遺伝のため、第1度近親者(親・きょうだい・子)の鉄指標のチェックが推奨される
🤰 出生前の検査について
成人発症で治療可能な鉄過剰症は、出生前診断の一般的な対象ではありません。
検査を受けるか・誰がいつ受けるかは、利益と不利益を整理したうえで、遺伝カウンセリングで一緒に考えます。
大切なのは、早期に診断して鉄をコントロールできれば、臓器障害の進行を防げる可能性が高いという点です。だからこそ、症状が出てからではなく、家族に鉄過剰症の方がいる場合に近親者の鉄指標を確認しておくことには意義があります。検査を受けるかどうかはご本人の意思が尊重されるべきもので、私たちは中立的な立場で情報をお伝えします。
8. フェロポーチンと「鉄と細胞死」:フェロトーシス・がん・胎盤
🔍 関連記事:フェロトーシス(鉄依存性の細胞死)とは
鉄をめぐる近年の話題として、フェロトーシスという細胞死が注目されています。これは、細胞内の鉄を引き金に、細胞膜のあぶら(脂質)が酸化されて壊れる、鉄に依存した新しいタイプの細胞死です。鉄の出口であるフェロポーチンは、細胞内のむき出しの鉄を外へ逃がす働きを持つため、フェロポーチンが多いと細胞はフェロトーシスを起こしにくく、少ないと起こしやすくなると考えられています。
この性質から、がん研究の分野ではフェロポーチンの発現量とがん細胞の生き残りやすさとの関連が調べられています。ただし、これらはまだ基礎研究・研究段階の知見であり、SLC40A1のフェロトーシスへの関与を直接の治療や検査に結びつける段階にはありません。鉄と細胞死、そしてがんをつなぐ研究の一つとして、今後の展開が注目される領域です。
もう一つ、私たち出生前医療に携わる立場から触れておきたいのが、胎盤におけるフェロポーチンの役割です。フェロポーチンは胎盤の合胞体栄養膜にも存在し、母体から胎児へ鉄を受け渡す出口として働いていると考えられています[2]。妊娠中の鉄のやりとりにもこの分子が関わっているという事実は、鉄代謝が生命の最初期から重要であることを物語っています。なお、全身でフェロポーチンが完全に失われると胎生致死になることが動物実験で示されており、この分子が生命維持に不可欠であることがわかります[2]。
9. 遺伝形式とカウンセリング:常染色体顕性遺伝と浸透率
🔍 関連記事:常染色体顕性遺伝とは/浸透率(ペネトランス)とは/ハプロ不全とは
SLC40A1による4型は、遺伝性鉄過剰症のなかで唯一常染色体顕性(優性)遺伝をとります。これは、2本ある遺伝子のうち片方に病的変化があるだけで体質や病気が現れうるという意味で、親が変化を持っていれば、子へ受け継がれる確率は理論上各妊娠ごとに50%です。男女差はありません。
💡 用語解説:常染色体顕性(優性)遺伝とアレル
私たちは1つの遺伝子を、父由来・母由来で2本ずつ持っています。この対になる遺伝子をアレル(対立遺伝子)と呼びます。
常染色体顕性(優性)遺伝は、2本のうち片方のアレルに変化があるだけで形質が現れる遺伝のしくみです。「優性・劣性」は誤解を避けるため、現在は「顕性・潜性」という用語に置き換えられています。フェロポーチン病はこの顕性遺伝をとるため、片方の変化だけで鉄過剰の体質が現れうるのです。
ただし「変化を持つ=必ず発症する」わけではありません。ここで重要になるのが浸透率(ペネトランス)という考え方です。フェロポーチン病では、同じ変異を持っていても、性別・年齢・他の要因によって、症状の出方やフェリチンの上がり方に大きな幅が見られます。とくに女性は月経や妊娠で鉄を失うため、鉄過剰の症状が出にくい傾向があります。だからこそ、検査で変化が見つかっても「100%この通りになる」とは言えず、丁寧な説明が欠かせません。
💡 用語解説:VUS(意義不明のバリアント)
VUSとは「病気を起こすかどうかまだ分からない変化」のことです。SLC40A1の病気は、報告される変化のほとんどがミスセンス変異で、それが本当に病的なのか、無害な個人差なのかの判断が難しいという特徴があります[2]。実際、SLC40A1の機能解析や家系での分離(家族内での変異と病気の一致)を組み合わせて、ようやく病的かどうかを判断していくことになります。検査結果がVUSだった場合の受け止め方も、遺伝カウンセリングで一緒に整理します。
なお、アフリカ系の人々に比較的高い頻度(アレル頻度およそ5〜9%)でみられるQ248Hという多型は、軽度のフェリチン上昇との関連が議論されてきましたが、はっきりした病気を起こすかどうかは慎重に評価する必要がある変化です[2]。集団によって出やすい変化が異なる点も、SLC40A1の解釈を難しくしている一因です。二次的所見(検査の本来の目的とは別に偶然みつかる重要な所見)の扱いについては、ACMG SF v3.3の解説もあわせてご覧ください。
よくある誤解
誤解①「鉄は体に良いから多いほど安心」
鉄は必須ですが、過剰になると臓器に沈着して肝硬変・糖尿病・心障害などを起こす毒にもなります。体には余分な鉄を排出するしくみがほとんどないため、多ければ良いというものではありません。
誤解②「フェロポーチン病は欧米の病気で日本にはない」
HFE型は日本でまれですが、フェロポーチン病はむしろ日本で見つかる遺伝性鉄過剰症の一つです。原因不明の高フェリチン血症の背景に隠れていることがあります。
誤解③「フェリチンが高い=必ず鉄過剰症」
フェリチンは炎症・脂肪肝・飲酒・悪性腫瘍などでも上がります。高フェリチンだけで鉄過剰症とは決められず、TSATや画像、必要に応じて遺伝子検査を組み合わせて判断します。
誤解④「変異があれば必ず重症になる」
同じ変異でも性別・年齢・変異の種類で経過に大きな幅があります。おだやかな高フェリチン血症で経過する例もあり、「変異=重症」ではありません。
よくある質問(FAQ)
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参考文献
- [1] SLC40A1 gene. MedlinePlus Genetics. [MedlinePlus]
- [2] The Spectra of Disease-Causing Mutations in the Ferroportin 1 (SLC40A1) Encoding Gene and Related Iron Overload Phenotypes (Hemochromatosis Type 4 and Ferroportin Disease). PMC. 2023. [PMC11919020]
- [3] Structure of hepcidin-bound ferroportin reveals iron homeostatic mechanisms. Nature. 2020. [Nature]
- [4] Structures of ferroportin in complex with its specific inhibitor vamifeport. eLife. 2023. [eLife]
- [5] Structural basis of ion transport and inhibition in ferroportin. Nature Communications. 2020. [Nature Communications]
- [6] A Japanese Family with Ferroportin Disease Caused by a Novel Mutation of SLC40A1 Gene: Hyperferritinemia Associated with a Relatively Low Transferrin Saturation of Iron. Internal Medicine. 2005. [J-STAGE]
- [7] A 10-year Follow-up Study of a Japanese Family with Ferroportin Disease A: Mild Iron Overload with Mild Hyperferritinemia Co-occurring with Hyperhepcidinemia May Be Benign. PMC. [PMC6207810]
- [8] Ferroportin disease: a systematic meta-analysis of clinical and molecular findings. PMC. [PMC2956830]
- [9] Characterization of ferroportin disease and SLC40A1-related hemochromatosis – Results from the EASL non-HFE registry. Journal of Hepatology. 2025. [ScienceDirect]



