目次
- 1 1. NLRP5遺伝子とは:卵子に受け継がれる「母性効果遺伝子」
- 2 2. NLRP5の分子構造:免疫の遺伝子が「生殖」に転身した
- 3 3. 皮質下母性複合体(SCMC)の中核としてのNLRP5
- 4 4. エピジェネティクスの司令塔:メチル化の「維持」と「新規確立」
- 5 5. 生殖医療での意味:卵子成熟異常と初期胚発生停止
- 6 6. 多座位刷り込み異常症(MLID)と「母体遺伝効果」のふしぎ
- 7 7. もう一つの顔:自己免疫疾患APS-1の自己抗原(NALP5)
- 8 8. 遺伝学的検査と遺伝カウンセリング
- 9 9. よくある誤解
- 10 臨床遺伝専門医からのメッセージ
- 11 よくある質問(FAQ)
- 12 参考文献
- 13 関連記事
NLRP5は、卵子の中にあらかじめ蓄えられ、受精直後の赤ちゃんが自分の力で動き出すまでの「最初の数日間」を支える遺伝子です。このタイプの遺伝子を母性効果遺伝子と呼びます。NLRP5の両方のコピーに変異があると、卵子がうまく成熟しない、受精卵が初期で分裂を止めてしまう(初期胚発生停止)といった重い不妊の原因になります。さらに不思議なことに、見かけ上は健康なお母さんから、複数の遺伝子の「刷り込み」が乱れた赤ちゃん(多座位刷り込み異常症)が生まれることもあります。そしてもう一つの顔として、自己免疫疾患APS-1の自己抗原(NALP5)でもあります。本記事では、この多面的な遺伝子のしくみと臨床的な意味を、臨床遺伝専門医がわかりやすく解説します。
Q. NLRP5遺伝子とは何ですか?まず結論だけ知りたいです
A. NLRP5は卵子だけに発現する母性効果遺伝子(別名MATER)で、卵子の中に「皮質下母性複合体(SCMC)」という足場を組み立て、受精後の発生とゲノムインプリンティングの維持を支えます。この遺伝子の二アレル性変異(両方のコピーの変異)は、卵子成熟異常・初期胚発生停止・原因不明不妊を引き起こします。また、健康なお母さんから多座位刷り込み異常症の子が生まれる「母体遺伝効果」の代表でもあり、まったく別の文脈では自己免疫疾患APS-1の自己抗原としても知られています。
- ➤正体 → NOD様受容体(NLR)ファミリーに属する母性効果遺伝子。卵子に特異的に発現し、別名MATER
- ➤働く場所 → 卵子の細胞質に組み上がる皮質下母性複合体(SCMC)の中核の「足場」
- ➤エピジェネティクス → UHRF1を細胞質で守り、DNMT3Lを支えてメチル化を維持・新規確立する司令塔
- ➤病気との関係 → 二アレル性変異で卵子成熟異常・初期胚発生停止・不妊。子に多座位刷り込み異常症(MLID)
- ➤もう一つの顔 → 自己免疫疾患APS-1で副甲状腺を攻撃する自己抗原(NALP5)として機能
1. NLRP5遺伝子とは:卵子に受け継がれる「母性効果遺伝子」
受精した直後の卵(受精卵・胚)は、まだ自分のゲノムを使って必要なタンパク質をつくる準備ができていません。マウスでは2細胞期まで、ヒトでは4〜8細胞期まで、胚は自分のDNAをほとんど読みません。その間、発生のプログラムを動かしているのは、卵子をつくる過程であらかじめ卵の中に蓄えられた「母性側のmRNAとタンパク質」です。この最初の数日を支える遺伝子群を母性効果遺伝子と呼び、その代表格がNLRP5です。
💡 用語解説:母性効果遺伝子(ぼせいこうかいでんし)
赤ちゃん自身の遺伝子ではなく、「お母さんの卵子の中に準備されていたかどうか」で赤ちゃんの運命が決まる遺伝子のことです。たとえお母さん自身は健康でも、卵子をつくる遺伝子に変異があると、受精後の胚がうまく育たなかったり、子に異常が出たりします。原因がお母さん側にあるのに、影響が子に現れる——この特徴を「母体遺伝効果(Maternal-effect)」と呼びます。
NLRP5は、もともとマウスで「胚が必要とする母性抗原(MATER:Maternal Antigen That Embryos Require)」として発見されました [1]。このNlrp5を失った雌マウスは、正常に排卵して受精卵もできるのに、胚が2細胞期で必ず発生を止めてしまうという、厳格な「母性効果不妊」を示します。ヒトのNLRP5も、配列がよく似た同じ遺伝子であることが確認されています [2]。
ヒトのNLRP5遺伝子は19番染色体長腕(19q13)に位置し、15個のエクソンから構成されます [1][2]。発現はきわめて限定的で、卵巣の中の卵母細胞(卵子)にほぼ限られ、精子や他の体の組織ではほとんど検出されません [1]。この高い卵子特異性こそが、NLRP5が「次の世代をスタートさせる準備」という特権的な役割を担っていることを物語っています。
2. NLRP5の分子構造:免疫の遺伝子が「生殖」に転身した
NLRP5は、本来は自然免疫や炎症をつかさどるNOD様受容体(NLR)ファミリーに属しています。NLRの仲間は通常、細菌などの危険なサインを感じ取って「インフラマソーム」という装置を組み立て、炎症を起こす役割を担います。ところが近年、このファミリーは「免疫を担うNLR」と「生殖を担うNLR」に大きく分かれることがわかってきました。NLRP5は後者の代表で、炎症にはほとんど関与せず、もっぱら卵子と初期胚の発生プログラムを支えることに特化しています [1]。
タンパク質としてのNLRP5は、NLRファミリーに典型的な3つの部品(ドメイン)からできています。
先頭のPYD(ピリン)ドメインは、免疫型のNLRではインフラマソームの組み立てに使われますが、NLRP5では後述する複合体の安定化に重要な役割を持つことが、最新の立体構造解析で示されています [3]。中央のNACHTドメインはATPやGTPと結合し、タンパク質どうしが集まって巨大な装置を組み立てるための土台になります [1]。C末端のLRR領域は、免疫型ではセンサーですが、NLRP5ではさまざまな細胞内因子をつなぎとめる「足場(scaffold)」として働きます [1]。なお、NLRP5は細胞内のシグナル酵素PRKCEによってリン酸化を受けることも知られており、活性が動的に調節されていると考えられます [9]。
補足:ヒトはNLRP2・NLRP5・NLRP7という3つの「生殖型NLR」を持ちますが、マウスにはNLRP7に相当する遺伝子がありません。種によって遺伝子の役割分担が異なる点は、ヒトとマウスの研究結果を読み解くうえで大切なポイントです。
3. 皮質下母性複合体(SCMC)の中核としてのNLRP5
🔍 関連記事:母性効果遺伝子の全体像/エピゲノムとリプログラミング
NLRP5の働きの大半は、単独ではなく「皮質下母性複合体(SCMC:Subcortical Maternal Complex)」という巨大なタンパク質複合体の中核として発揮されます。SCMCは哺乳類の卵子と分割期の胚にだけ存在する特殊な構造で、正常な発生とエピジェネティックなリプログラミングに不可欠です。
💡 用語解説:皮質下母性複合体(SCMC)
卵子の表面のすぐ内側(皮質下)に組み上がる、複数の母性タンパク質でできた巨大な「足場」の構造体です。主な部品はNLRP5・OOEP・TLE6・KHDC3Lなどで、なかでもNLRP5・OOEP・TLE6の3つががっちり結合して土台(コア)をつくります。NLRP5を失うと、ほかの部品はmRNAが正常でもタンパク質として不安定になり、複合体全体が崩れてしまいます——つまりNLRP5は、複合体を分解から守る「要(かなめ)の柱」です。
2024年には、ヒトSCMCの立体構造がクライオ電子顕微鏡で解かれ、NLRP5のPYDドメインがSCMC全体の安定性に必須であることが直接証明されました [3]。同時に、変異が複合体をどれだけ不安定にするかを予測する方法も示され、変異の病的意義を判断する科学的な土台が整いつつあります。
細胞質格子(CPLs)という「母性資産の倉庫」
SCMCのもう一つの大切な仕事は、細胞質格子(CPLs:Cytoplasmic Lattices)という網目状の構造をつくり、維持することです。CPLsは、受精後の発生に必要なリボソーム・mRNA・母性タンパク質を大量に「貯蔵」する倉庫の役割を果たします [9]。胚が自分のゲノムを読み始めるまでの間、これらの貴重な資産を分解から守り、適切なタイミングまで使わずに保っておく必要があるのです。Nlrp5を欠いた卵子ではこのCPLsがうまく形成されず、母性資産が早く枯れてしまい、胚発生が致死的に止まってしまいます。
さらにNLRP5は、ミトコンドリアや小胞体などの細胞内小器官の配置を整え、受精時には表層顆粒を皮質に並べて複数の精子の侵入を防ぐしくみ(多精拒否)を支え、受精直後のカルシウムの波を最適化して、胚が細胞周期を再開する引き金を確実に引く役割も担っています [9]。NLRP5は単なる静的な部品ではなく、卵子の中の多くの作業を空間的に統合する「現場監督」のような分子なのです。
4. エピジェネティクスの司令塔:メチル化の「維持」と「新規確立」
近年わかってきたNLRP5のもっとも重要な役割が、DNAメチル化というエピジェネティックな目印を守り、つくる「司令塔」としての働きです。生殖細胞では、いったんゲノム全体のメチル化が消去され、卵子の成長とともに新しいメチル化が書き込まれます。一方で、父由来か母由来かの目印である「インプリンティング制御領域」だけは、受精後の消去をくぐり抜けて厳格に維持されなければなりません。NLRP5は、この「維持」と「新規確立」の両方で中心的に働きます。
UHRF1を細胞質で守る「ボディーガード」
DNAメチル化の維持には、UHRF1とDNMT1という2つのタンパク質が中心的に働きます。UHRF1は、DNA複製のときに生じる「片側だけメチル化されたDNA(ヘミメチル化DNA)」を見つけ、維持酵素DNMT1を呼び寄せます。卵子から初期胚にかけての特殊な時期には、UHRF1はDPPA3という因子によって核から細胞質へ運び出されますが、細胞質では分解の危険にさらされます。
ここでNLRP5が登場します。2024年の研究で、細胞質内でNLRP5がUHRF1と結合し、分解からUHRF1を守る「ボディーガード」として働くことが明らかになりました [4]。Nlrp5を欠いたマウスの卵子では、mRNAは正常なのにUHRF1タンパク質が著しく不安定化してほぼ枯れてしまい、その結果、受精後にインプリンティングの目印が失われます。これが、後述する多座位刷り込み異常症(MLID)の分子的な原因だと結論づけられています [4]。
💡 用語解説:UHRF1・DNMT1・DNMT3L
DNAメチル化は、DNAに小さな目印(メチル基)を付けて遺伝子のスイッチを調整するしくみです。この目印には2種類の作業があります。
- ▸維持(コピー):細胞分裂のたびに目印を写しとる作業。UHRF1が片側メチル化を見つけ、DNMT1が反対側に目印を補います。
- ▸新規確立(書き込み):まっさらな場所に新しく目印を書き込む作業。DNMT3Lが補助役となってDNMT3Aの働きを強めます。
DNMT3Lを支えて「新規メチル化」を確立する
NLRP5は、目印の「維持」だけでなく「新規確立」にも関わります。Nlrp5を欠いたマウスの卵子を広く解析した最新研究では、補助酵素DNMT3Lのタンパク質量が大きく減り、新規DNAメチル化が全体的に弱まることが示されました [5]。SCMCの完全性が失われるとDNMT3Lが不安定になり、特定のインプリンティング制御領域で正常なメチル化を獲得できなくなるのです。
ただし注意が必要なのは、DNMT3Lはヒトの卵子では発現していないと報告されている点です [5]。つまりマウスのモデルは「SCMCがメチル化の道具を安定させる」という原理を見事に証明していますが、ヒトでNLRP5の変異が起こすメチル化異常の全体像を説明するには、DNMT3Lの代わりに働く別の酵素や、まだ知られていないしくみを想定する必要があります。基礎研究の知見をそのままヒトに当てはめず、種差を踏まえて慎重に解釈することが大切です。
5. 生殖医療での意味:卵子成熟異常と初期胚発生停止
体外受精(IVF)や顕微授精(ICSI)といった高度な不妊治療を行っても、卵子が成熟しない、あるいは受精卵が初期で分裂を止めてしまう「原因不明(特発性)の不妊」があります。網羅的な遺伝子解析(全エクソームシーケンス)が普及した結果、NLRP5をはじめとする母性効果遺伝子の病的変異が、こうした重い不妊の直接の原因であることがわかってきました [6]。
ヒトでNLRP5に二アレル性変異(両親から受け継いだ2本のコピーの両方の変異)があると、症状は主に「卵子成熟異常」とそれに続く「初期胚発生停止」として現れます。採卵された卵子が成熟卵まで進めず未熟な段階で止まったり、受精まで至っても胚が2〜4細胞期あたりで完全に分裂を止めてしまうのです。これは、NLRP5の不足でSCMCが崩れ、胚が自分のゲノムを動かせなくなるためと考えられます。
💡 用語解説:二アレル性変異(biallelic)とミスセンス変異
私たちは1つの遺伝子につき父由来・母由来の2本のコピーを持っています。二アレル性変異(biallelic)とは、その2本ともが変異している状態(同じ変異のホモ接合、または別々の変異の複合ヘテロ接合)で、常染色体潜性遺伝(劣性遺伝)の病気はこの状態で発症します。詳しい接合体の考え方はこちらの解説もご参照ください。
なおミスセンス変異とは、DNAの1文字の変化でアミノ酸が1つ入れ替わる変異のことです。NLRP5では、変異によってタンパク質の量そのものが大きく減ることが示されており、量の不足が発症の引き金になると考えられています。
こうした表現型は、NLRP5だけでなく、SCMCのコア因子OOEPや、卵子成熟に関わるRNA結合タンパク質PATL2、TLE6などの変異でも共通して報告されています。下の表に、生殖型NLRと関連因子の臨床像を整理しました。
6. 多座位刷り込み異常症(MLID)と「母体遺伝効果」のふしぎ
NLRP5変異のもう一つの重要な帰結が、子に生じる多座位刷り込み異常症(MLID:Multi-locus imprinting disturbance)です。NLRP5変異がヒトの反復生殖喪失とMLIDに関連することは、2015年に初めて報告されました [6]。発生停止や流産を免れて妊娠が継続し出産に至った場合、生まれてきた子どもが、複数のインプリント領域で広くメチル化異常を示すことがあるのです。
💡 用語解説:多座位刷り込み異常症(MLID)
インプリンティング(刷り込み)の目印がゲノムの複数の場所で同時に乱れる状態です。どの領域が乱れるかによって、現れる病気が変わります。MLIDは1つの病気ではなく、いくつかの古典的なインプリンティング疾患が重なって・あるいは非典型的な形で現れる「症候群の集まり」と理解するとわかりやすいです。
NLRP5変異の家系を解析した研究では、MLIDを発症した子どもたちは、以下のような古典的インプリンティング疾患の特徴に加えて、発達の遅れや非典型的な症状を示すことが報告されています [7]。
📈 ベックウィズ・ヴィーデマン症候群
11番染色体短腕の異常。胎児期からの過成長・巨舌・臍帯ヘルニア・臓器腫大などが特徴で、小児がんへのかかりやすさを伴います。
📉 シルバー・ラッセル症候群
逆に重度の子宮内発育遅延・出生後の成長障害・体の左右非対称・特徴的な顔貌・哺乳不良を示します。
🧩 テンプル症候群
14番染色体の異常。成長制限・筋緊張低下・哺乳不良に加え、早めの思春期や後の肥満を特徴とします。
🍼 一過性新生児糖尿病
6番染色体の異常。低出生体重・巨舌とともに、生後すぐに糖尿病を発症し数ヶ月で自然に治まる(後に再発しうる)のが特徴です。
この現象でもっとも注目すべきは、これが典型的な「母体遺伝効果」だという点です。すなわち、発症した子ども自身には変異がなくても(あるいはヘテロ接合体であっても)、卵子をつくったお母さんのゲノムでNLRP5が変異しているために、卵子の中のメチル化維持のしくみ(UHRF1を守るしくみなど)が破綻し、受精後の胚にランダムなメチル化エラーが積み重なるのです。お母さん自身は不妊傾向以外は健康であるにもかかわらず、子に重い疾患が生じうる——このパラドックスは、反復流産や原因不明不妊の原因を探るうえで、母親側の遺伝子検査の重要性を浮き彫りにします [4]。
補足:MLIDが疑われる場合の出生後の確定検査は、まずメチル化解析が第一選択です。染色体マイクロアレイ(CMA)は、メチル化異常が確認されたあとの原因精査として位置づけられます。検査の順番は、疑う病態によって変わります。
7. もう一つの顔:自己免疫疾患APS-1の自己抗原(NALP5)
生殖や発生での役割とは一見まったく別の文脈で、NLRP5は自己免疫の分野でも重要な意味を持ちます。自己免疫の文献では主にNALP5と表記され、自己免疫性多内分泌腺症候群1型(APS-1)における副甲状腺機能低下症の主要な自己抗原であることが証明されています [8]。
💡 用語解説:APS-1とAIRE遺伝子
APS-1は、免疫の「自己と非自己を見分ける訓練」を担うAIRE遺伝子の変異で起こる、まれで重い遺伝性の多臓器自己免疫疾患です。本来AIREは胸腺で、体のさまざまな組織の目印(NALP5を含む)をあえて見せ、それに強く反応する免疫細胞を取り除いて中枢性免疫寛容を成立させます。AIREが壊れるとこの訓練が破綻し、自分の臓器を攻撃する免疫細胞が全身に広がります。典型的には慢性皮膚粘膜カンジダ症・副甲状腺機能低下症・原発性副腎皮質機能低下症の3つが、子どものうちから順に現れます。
NALP5に対する自己抗体の臨床的価値は、そのきわめて高い特異性にあります。副甲状腺機能低下症を伴うAPS-1患者では約49%でこの自己抗体が検出される一方、副甲状腺機能低下症のないAPS-1患者・他の自己免疫疾患・健常者では一切(0%)検出されません [8]。これほど特定の臓器障害と1対1で結びつくバイオマーカーは珍しく、診断と将来のリスク予測に役立っています。
NALP5自己抗体が検出される割合(APS-1の診断特異性)
血清中にNALP5特異的自己抗体が見つかった人の割合(出典[8])
副甲状腺機能低下症を伴うAPS-1
それ以外(他疾患・健常者)
特異度ほぼ100%・感度約49%。NALP5は副甲状腺の主細胞の細胞質に発現しており、自己抗体が検出されればAPS-1での副甲状腺の自己免疫的破壊を確定する強力な手がかりになります。
さらに興味深いのは、卵子に特異的なはずのNLRP5が、なぜ系統のまったく異なる副甲状腺でも自己抗原になるのか、という点です。この「発現の交差」は、APS-1のもう一つの深刻な症状の説明になります。APS-1の女性の約60%は、30歳までに卵巣の機能が著しく低下する原発性卵巣不全(POI)を発症します。AIRE変異で免疫寛容が破綻すると、NLRP5に対する免疫攻撃が副甲状腺だけでなく卵巣の卵子をも標的にし、卵子が失われていくと考えられています。1つのタンパク質が、副甲状腺と卵巣という2つの臓器で独立して自己免疫の標的となり、一見無関係な内分泌障害と生殖障害を同時に引き起こす——NLRP5は、自己免疫病態の複雑さを体現する分子でもあるのです。
8. 遺伝学的検査と遺伝カウンセリング
NLRP5のような母性効果遺伝子による不妊や反復流産は、原因が分かりにくく、長く「説明できない不妊」とされてきました。網羅的な遺伝子解析が広がったことで、これらに分子レベルの説明をつけられる時代になっています。
妊娠前の保因者スクリーニングという選択肢
NLRP5の二アレル性変異による不妊は、常染色体潜性(劣性)の枠組みに入ります。当院の拡大版保因者(キャリア)スクリーニング(女性版787遺伝子)は、米国の学会基準にもとづき、常染色体潜性・X連鎖の病気の原因遺伝子に加えて、不妊の原因となる遺伝子も対象に含めて調べる検査です。妊娠を希望するすべてのカップルが、家族計画の一助として一生に一度受けることを検討できます(パートナー向けには男性版714遺伝子もあります)。遺伝子ブライダルチェックとして保因者検査と不妊関連遺伝子をまとめて確認することもできます。
出生前の検査と出生後の検査は分けて理解する
遺伝学的な評価は「出生前」と「出生後」で目的も技術も異なります。両者を分けて理解することが大切です。
👶 出生後
第一選択:MLID・刷り込み疾患が疑われる子ではメチル化解析でメチル化異常の有無を確認
原因精査:メチル化異常が確認されたあとに、染色体マイクロアレイ(CMA)などで背景を調べる
NLRP5に関わる病態の多くは、出生前に見つけることが常に利益になるとは限りません。不妊の評価か、子のMLIDのリスク評価か、APS-1に関連した内分泌・生殖の評価かによって、必要な検査も意味づけもまったく異なります。遺伝カウンセリングでは、特定の検査を勧めるのではなく、情報を中立に整理し、決定はご本人・ご家族に委ねることを大切にしています。
9. よくある誤解
誤解①「不妊の原因は子ども側にある」
NLRP5による不妊は、お母さんの卵子に蓄えられた母性側の準備に原因があります。子の遺伝子ではなく、卵子をつくる遺伝子の問題であるため、母体遺伝効果と呼ばれます。
誤解②「マウスで分かれば人も同じ」
マウスとヒトでは生殖型NLRの構成が異なり、DNMT3Lはヒトの卵子では発現しません。マウスの結果は原理を示しますが、ヒトへの当てはめは慎重に行う必要があります。
誤解③「子が健康なら母も問題ない」
お母さん自身は不妊傾向以外は健康でも、卵子のメチル化維持が乱れることで、子に多座位刷り込み異常症が生じうるのが母体遺伝効果のふしぎな点です。
誤解④「生殖の遺伝子が免疫に関係ないはず」
NLRP5(NALP5)は卵子だけでなく副甲状腺にも発現し、APS-1では自己抗原として副甲状腺と卵巣の両方を巻き込みます。1つの分子が複数の臓器の病態に関わります。
臨床遺伝専門医からのメッセージ
NLRP5という1つの遺伝子は、「生命の始まり」と「自己の認識」という、生物学のもっとも根源的な2つのプロセスに同時に関わっています。卵子の中で発生を支え、メチル化の目印を守り、別の文脈では免疫の標的になる——その多面性は、私たちの体のしくみがいかに精緻で、互いにつながっているかを教えてくれます。反復着床不全や原因不明不妊に直面するご家族にとって、母性効果遺伝子の解析が「なぜ」に答える新しい手がかりとなりつつあります。正確な情報を、中立に、そして温かくお届けすることが、当院の遺伝カウンセリングの基本姿勢です。
よくある質問(FAQ)
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参考文献
- [1] OMIM #609658. NLR Family, Pyrin Domain-Containing 5; NLRP5. Johns Hopkins University. [OMIM 609658]
- [2] Tong ZB, et al. A human homologue of mouse Mater, a maternal effect gene essential for early embryonic development. Hum Reprod. 2002. [PubMed 11925379]
- [3] Chi P, et al. Cryo-EM structure of the human subcortical maternal complex and the associated discovery of infertility-associated variants. Nat Struct Mol Biol. 2024. [PubMed 39379527]
- [4] Unoki M, et al. The maternal protein NLRP5 stabilizes UHRF1 in the cytoplasm: implication for the pathogenesis of multilocus imprinting disturbance. Hum Mol Genet. 2024. [PMC11373322]
- [5] An Nlrp5-null mutation leads to attenuated de novo methylation in oocytes, accompanied by a significant reduction in DNMT3L. Mol Hum Reprod. 2025. [Mol Hum Reprod]
- [6] Docherty LE, et al. Mutations in NLRP5 are associated with reproductive wastage and multilocus imprinting disorders in humans. Nat Commun. 2015. [PMC4568303]
- [7] Begemann M, et al. Maternal variants in NLRP and other maternal effect proteins are associated with multilocus imprinting disturbance in offspring. J Med Genet. 2018. [PMC6047157]
- [8] Alimohammadi M, et al. Autoimmune polyendocrine syndrome type 1 and NALP5, a parathyroid autoantigen. N Engl J Med. 2008. [PubMed 18322283]
- [9] UniProt P59047. NLRP5 (NACHT, LRR and PYD domains-containing protein 5) – Homo sapiens. [UniProt P59047]



