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EHMT2遺伝子(G9a)とは?ヒストン修飾によるエピジェネティック制御からKleefstra様症候群・がんまで遺伝専門医が解説

仲田洋美 医師

この記事の監修:仲田洋美(臨床遺伝専門医)

のべ10万人以上の意思決定に伴走。国際医療誌『Medical Care Review APAC』『Global Woman Leader』の2誌で表紙を飾り、「Top Prenatal Testing Service in APAC 2025」に選出されるなど、世界基準の遺伝医療を提供。

細胞の中にあるDNAは、すべての遺伝子が同時に働いているわけではありません。必要な遺伝子だけをオンにし、使わない遺伝子はしっかりオフにしておく――この「オン・オフの管理」を担うのがエピジェネティクスのしくみです。EHMT2遺伝子(コードするタンパク質:G9a)は、そのなかで「遺伝子をオフにする」側の中心的な酵素をつくる設計図です。近年、この遺伝子の変化がKleefstra(クリーフストラ)症候群によく似た神経発達症を起こすことが分かり、さらにがんの悪化やアルツハイマー病とのつながりも注目されています。本記事では、EHMT2の基本的な働きから関連する病気、治療研究の最前線までを、遺伝専門医がやさしく解説します。

この記事でわかること
📖 読了時間:約18分
🧬 ヒストン修飾・神経発達症・がん
臨床遺伝専門医監修

Q. EHMT2遺伝子とは何をする遺伝子ですか?まず結論だけ知りたいです

A. EHMT2は「G9a」というタンパク質の設計図で、DNAを巻き取っているヒストンに“オフ”の目印(H3K9のメチル化)をつけて、特定の遺伝子の働きを抑える酵素です。細胞が「自分らしさ」を保ち、使うべきでない遺伝子を眠らせておくために欠かせません。この働きのバランスが崩れると病態につながることがあり、特定の病的変異によってG9aのメチル化活性が大きく低下するとKleefstra症候群に似た神経発達症を起こしうる一方、多くのがんではG9aの過剰発現が悪性形質や治療抵抗性と関連することが報告されています。

  • 基本の働き → ヒストンH3の9番目のリジン(H3K9)をモノ・ジメチル化し、遺伝子をオフにする「書き込み役」
  • 相棒はEHMT1(GLP) → 2つがペア(ヘテロダイマー)を組んで初めて本来の力を発揮する
  • 神経発達症との関係 → de novo(新生)病的変異によるKleefstra様の症候群が2026年に報告・定義された。常染色体劣性型は候補段階
  • がんとの関係 → 多くのがんで過剰になり、予後不良と関連。DNA修復を助けて抗がん剤耐性の一因にもなる
  • 診断の手がかり → エピシグネチャー(疾患に特徴的なDNAメチル化パターン)を、EpiSignなどのDNAメチル化検査で評価できる

🧬 EHMT2遺伝子の基本情報

項目 内容
遺伝子名 EHMT2(Euchromatic Histone-lysine N-methyltransferase 2)/別名 G9A・KMT1C・BAT8・C6orf30・NG36
タンパク質 G9a/SETドメインをもつヒストンメチル基転移酵素(リジンメチルトランスフェラーゼ)
染色体上の位置 6p21.33(6番染色体短腕、主要組織適合遺伝子複合体〈MHC〉クラスIII領域内)
OMIM番号 604599[1]
主なはたらき ヒストンH3の9番目リジンをモノ・ジメチル化(H3K9me1/me2)し、ユークロマチン領域で遺伝子発現を抑制する
相棒タンパク質 EHMT1(GLP)とヘテロダイマー(1:1のペア)を形成[2]
関連する病気(機能低下) EHMT2関連Kleefstra様症候群(常染色体優性・de novo病的変異が2026年に報告/常染色体劣性型は候補)[6][7]
関連する病気(機能過剰) 多くのがんで過剰発現し予後不良と関連。抗がん剤・PARP阻害薬への耐性にも関与[9]

各項目の根拠と詳しい解説は、本文の該当セクションをご覧ください。

1. EHMT2遺伝子とG9a ─ 名前がたくさんある理由

EHMT2は、Euchromatic Histone-lysine N-methyltransferase 2(ユークロマチン・ヒストンリジンN-メチルトランスフェラーゼ2)の頭文字をとった遺伝子名です。この遺伝子は、研究の歴史のなかで複数の名前で呼ばれてきました。よく使われるG9aのほか、KMT1C、BAT8(HLA-B associated transcript 8)、C6orf30、NG36などです[1]。名前が多いのは、発見された経緯が複雑だったためで、当初はこの領域に「NG36」と「G9a」という2つの別々の遺伝子が隣り合っていると考えられていましたが、後の詳しい解析で、これらが実は1つの遺伝子(EHMT2)であることが確認されました[1]。検索する場面によって表記が違うのはこのためで、どれも同じ遺伝子を指しています。

EHMT2は6番染色体の短腕6p21.33にあり、免疫に関わる遺伝子が密集する主要組織適合遺伝子複合体(MHC)クラスIII領域に位置しています[1]。この遺伝子がつくるタンパク質がG9aで、DNAを巻き取る糸巻きのようなタンパク質「ヒストン」に化学的な目印(メチル基)をつける酵素です。ここで大切なのは、EHMT2は6番染色体の遺伝子であり、名前がよく似たEHMT1(9番染色体9q34.3にある別の遺伝子)とは別物だという点です。この2つは後で説明するようにペアを組んで働く「相棒」同士ですが、遺伝子としては染色体上の場所も、関連する病気の遺伝の仕方も異なります。

💡 用語解説:エピジェネティクスとヒストン修飾

エピジェネティクスとは、DNAの文字(塩基配列)そのものは変えずに、遺伝子の働きをオン・オフする調節のしくみです。DNAは「ヒストン」というタンパク質に巻きついて収納されており、このヒストンにメチル基やアセチル基といった小さな目印がつくことで、その場所の遺伝子が読まれやすくなったり読まれにくくなったりします。EHMT2がつけるH3K9のメチル化は「読まれにくくする=オフにする」目印の代表格です。くわしくはエピジェネティクスとはヒストンメチル化をご覧ください。

2. 遺伝子を「オフ」にする働き ─ G9aは書き込み役

G9aの最も基本的な仕事は、ヒストンH3の9番目のリジン(H3K9と書きます)に、メチル基を1つ(モノメチル化=H3K9me1)または2つ(ジメチル化=H3K9me2)つけることです[1]。この目印がつくと、その場所のクロマチンは折りたたまれて読まれにくくなり、そこにある遺伝子は「オフ」の状態に保たれます。細胞が、使うべきでない遺伝子を確実に眠らせておくための、いわば消灯スイッチのような役割です。

興味深いのは、G9a自身は「どのDNA配列をオフにすべきか」を自分では決められないことです。G9aはDNAの特定の並びを直接見分ける力を持たないため、どこに目印をつけるかは、別のタンパク質(転写因子や抑制複合体など)に案内してもらって決まります。つまりG9aは、案内役に連れられて目的地にたどり着き、そこで初めて「オフの書き込み」を行う職人のような存在です。

「書き込み」と「読み取り」を1つでこなす

G9aというタンパク質には、大きく2つの機能パーツがあります。1つは、目印を書き込むSETドメイン(ライター=書き込み役)。もう1つは、すでについている目印を読み取るアンキリンリピート(リーダー=読み取り役)です[4]。読み取り役が「ここにはもうH3K9me1/me2の目印がある」と認識し、書き込み役がその隣にさらに目印を足していく――この二役を1つのタンパク質が兼ね備えているため、いったんついたオフの目印が周囲へと広がり、まとまった領域を安定して沈黙させることができます[4]

G9aが遺伝子を「オフ」にするまで

案内役が
G9aを目的地へ
H3K9に
メチル化を書き込む
目印をHP1が
読み取る
クロマチンが
閉じて遺伝子オフ

G9aが書き込んだH3K9me2の目印は、HP1(ヘテロクロマチンタンパク質1)という別のタンパク質がくっつく足場になります。HP1が呼び寄せられることで、その領域はさらにしっかり折りたたまれ、遺伝子のオフ状態が安定します。EHMT1/EHMT2の働きが失われた細胞では、この目印が消えてHP1の居場所が乱れることが実験で確かめられています[2]。G9aは単に一か所をオフにするだけでなく、こうしてクロマチンの構造そのものを組み替える起点になっているのです。

3. EHMT1との二人三脚 ─ ペアで働く酵素

細胞のなかで、G9aは単独で働くよりも、よく似た「きょうだい」のようなタンパク質EHMT1(別名GLP)と1:1のペアを組んで働きます。このペアをヘテロダイマーと呼びます[2]。それぞれのSETドメイン(書き込み役の部分)どうしがしっかり結びつくことでペアが完成し、これが体の中で実際に働く主要な形です[2]。単独でも一応の酵素活性はありますが、細胞内でH3K9のメチル化を担う中心はこのペアなのです[3]

EHMT2/EHMT1複合体の構造ドメインとヘテロ二量体形成

この二人三脚には、はっきりした意味があります。まず、ペアを組むことでお互いのタンパク質が安定します。EHMT1を失った細胞では、G9aタンパク質の量そのものが大きく減ってしまうことが知られており[2]、ペア形成はG9aを守るしくみにもなっています。さらに、生化学的な解析では、G9aとEHMT1が別々に組んだ場合よりも、2つが組み合わさったヘテロダイマーのほうが、目印を読み取る力も書き込む力も格段に高まることが示されています[3]。ペアになって初めて、本来の実力が引き出されるわけです。

この「ペアで働く」という性質は、後で説明する病気の理解にも直結します。相棒であるEHMT1の機能が半分になるとKleefstra症候群1という神経発達症になりますが、G9a側(EHMT2)に問題が起きても、よく似た病気が生じることが近年分かってきました。1つのペアの片方が欠けても、もう片方が欠けても、同じ「二人三脚」が成り立たなくなる――そう考えると理解しやすいでしょう。

4. ヒストン以外の標的 ─ 多才なG9a

G9aの働きは、ヒストンに目印をつけることだけにとどまりません。細胞のなかのさまざまなタンパク質を直接メチル化し、その働きを微調整することが分かっています。代表的な標的が、がん抑制遺伝子として有名なp53です。G9aはp53の特定のリジン(K373)をメチル化し、その活性を抑える方向に働くことが報告されています[11]。もう1つの例が、酸素が足りない環境で働くHIF-1αで、G9a/GLPはHIF-1αのK674をメチル化し、その転写活性を抑えることが示されています[12]。腫瘍のなかのような特殊な環境で、細胞の生き残り方を左右するしくみです。

さらに近年、G9aがDNA修復にも直接関わることが明らかになりました。DNAが切れる(二重鎖切断)と、G9aはCK2という酵素によってリン酸化され、損傷した場所へ素早く駆けつけます。そこでRPAやRAD51といった修復タンパク質を呼び込み、「相同組換え修復」という正確な修復を後押しするのです[5]。この働きは正常な細胞では役に立ちますが、がん細胞にとっては抗がん剤や放射線で与えたダメージを修復してしまう=治療抵抗性の一因にもなります。この点は第8章で詳しく取り上げます。

💡 「オフにする酵素」なのに複雑なのはなぜ?

G9aは「遺伝子をオフにする酵素」と説明されることが多いのですが、実際にはヒストン以外のタンパク質をメチル化したり、DNA修復を手伝ったり、状況によっては足場として働いて別の複合体の集合を助けたりと、多くの顔を持つ「多機能ハブ」です。だからこそ、この1つの遺伝子の変化が、神経の発達からがん、認知機能まで、まったく違って見える病態に関わってきます。1つの酵素をさまざまな角度から見るのが、EHMT2を理解するコツです。

5. 発生とレトロウイルス制御 ─ なぜ生命に重要なのか

EHMT2は、生命が生まれる最初期にどうしても欠かせない遺伝子です。マウスでEHMT2(またはEHMT1)を完全になくすと、胎児は妊娠中期ごろに育つことができず、命を落とします[2]。受精から間もない時期に、G9aは「本来この時期に使うべきでない遺伝子」に的確にオフの目印をつけ、発生を正しい順序で進める交通整理をしています。

もう1つの重要な役割が、レトロウイルス由来配列のサイレンシングに関わることです。ヒトゲノムの約8%は、太古のウイルス感染の名残である「内在性レトロウイルス(ERV)」に由来するとされています。こうした配列の抑制にはSETDB1(ESET)など複数のエピジェネティック因子が関わり、G9aだけが「番人」を担うわけではありません。マウス胚性幹細胞の研究では、G9aはERVのサイレンシング維持そのものには必須ではない一方、新たに組み込まれたプロウイルスのH3K9me2形成、de novo DNAメチル化、サイレンシングの成立に重要であることが示されています[13]

EHMT2は、細胞が「自分らしさ」を守るための障壁としても働きます。分化した体細胞を初期化してiPS細胞(人工多能性幹細胞)をつくる過程では、G9aはOCT4やNANOGといった多能性の遺伝子をしっかりオフに保つ「エピジェネティックな壁」として立ちはだかります。逆にいえば、この壁を阻害剤などで一時的に弱めると、実験系によってはiPS細胞への初期化効率が高まることが報告されています[14]。EHMT2は、細胞のアイデンティティを固定する「記憶の鍵」のような存在なのです。

6. 神経発達症との関わり ─ Kleefstra様症候群

EHMT2をめぐる知見のなかで、ここ数年で最も大きく進展したのがこの領域です。相棒であるEHMT1の機能が半分になると、知的障害・特徴的な顔立ち・筋緊張低下などを伴うKleefstra症候群1(クリーフストラ症候群1)という神経発達症になることが、20年以上前から知られていました。では、もう片方のG9a(EHMT2)に問題が起きたらどうなるのか――これが長く未解明でした。

2026年に、この問いに答える重要な報告が出ました。7例の患者で、両親にはない新たに生じたEHMT2の変異(de novo変異)が見つかり、いずれもKleefstra症候群1とよく似た症状・DNAメチル化パターン(エピシグネチャー)・遺伝子発現の特徴を示すことが確認されたのです[6]。これらの変異は、G9aタンパク質の形はほぼ保たれるものの、ヒストンH3の尾部やメチル基の供与体(SAM)との相互作用が乱れ、メチル化の力を失ってしまうタイプでした[6]。この報告により、「常染色体優性のEHMT2関連Kleefstra症候群」という疾患概念が定義されました。

💡 遺伝形式のポイント:優性型が報告・定義、劣性型は候補

EHMT2関連の神経発達症には、遺伝の仕方が異なる2つの形が報告されています。1つは、新たに生じたde novo変異による常染色体優性(顕性)の形で、こちらは2026年に疾患概念として報告・定義された形です[6]。もう1つは、両親から1つずつ受け継いだ変異がそろって発症する常染色体劣性(潜性)の形で、こちらはホモ接合のスプライス変異を持つ1例が報告され、Kleefstra様のエピシグネチャー陽性でしたが、まだ「候補」段階です[7]

この違いは、遺伝カウンセリングで次のお子さんへの再発リスクを説明するときに決定的に重要です。de novoの優性型では次のお子さんへの再発リスクは一般に低いものの、親の生殖細胞系列モザイクなどによりゼロとは言い切れません。一方、常染色体劣性型が病因として確定し、両親がそれぞれ病的変異の保因者である場合には、理論上は1回の妊娠あたり25%となり、説明が大きく異なるからです。遺伝形式を正確に見きわめることが出発点になります。

EHMT2関連例では、エピシグネチャー(疾患に特徴的なDNAメチル化パターン)に異常がみられることも重要です。2026年の優性型報告では、Kleefstra症候群1に近いエピジェネティック異常を示すとともに、血液DNAからEHMT2関連例を識別するエピシグネチャーが示されました[6]。このため、DNAメチル化検査(EpiSignなど)は、通常の遺伝子検査で見つかった変化の病的意義を評価する補助になり得ます[6][7]。こうしたエピジェネティクスの乱れによる一群の疾患はクロマチン異常症(MDEM)と総称され、EHMT2関連症候群もその一員として位置づけられます。診断法の詳細はEpiSign(エピシグネチャー)検査をご覧ください。

7. アルツハイマー病 ─ 成体の脳では「多すぎ」も問題

EHMT2は、機能が失われると発達に問題が生じる一方で、成人の脳では働きすぎも困りものになります。アルツハイマー病のモデルマウス(5XFAD)を使った研究では、G9a/GLPを選択的に阻害するUNC0642を投与すると、脳内のH3K9me2レベルが下がり、アミロイドβプラークの蓄積が平均で約45%減少したと報告されています[8]。さらに行動試験でも、新奇物体認識試験(NORT)や物体位置認識試験(OLT)で測る短期・長期の記憶が、健常なマウスの水準まで改善したとされます[8]

仲田洋美院長

🩺 院長コラム【「動物実験の成果」と「ヒトの治療」は別物です】

アルツハイマー病でアミロイドが減り記憶が戻った、という話を聞くと、大きな期待を抱かれる方が多いと思います。けれど、ここで紹介した結果はマウスの実験の段階であり、ヒトの患者さんに対する治療として確立したものではありません。動物で効いた薬の多くが、ヒトでは同じようにいかないのが医学の現実です。

それでも、EHMT2という1つの遺伝子が「発達期には必須」「成体脳では過剰が有害」という正反対の顔を持つことは、治療を考えるうえで重要な手がかりです。同じ酵素でも、いつ・どこで・どれくらい働くかで意味がまるで変わる――この視点を持っておくと、今後出てくる研究のニュースも、期待と冷静さのバランスをとって受け止められると思います。

8. がんとの関わり ─ 過剰が悪化を招く

発生に必須のEHMT2ですが、多くのがんでは過剰に働くことが問題になります。乳がん・大腸がん・肺がん・肝細胞がん・前立腺がん・白血病など、さまざまな腫瘍でG9aが増えており、しばしば予後不良(生存期間が短い、進行しやすい)と関連することが報告されています。過剰なG9aは、本来オフにすべきでない「がん抑制遺伝子」まで黙らせてしまい、細胞の増殖・浸潤・転移を後押しすると考えられています。

抗がん剤・PARP阻害薬への耐性という難題

がん治療でとくに厄介なのが、第4章でふれたDNA修復を助ける働きです。G9aが高く働いているがん細胞は、抗がん剤や放射線で与えたDNAダメージを効率よく修復してしまい、治療から逃れやすくなります[5]。実際、卵巣がん(高異型度漿液性卵巣がん)では、PARP阻害薬に耐性となった細胞でH3K9me2とEHMT1/2がそろって増えており、EHMT1/2を阻害すると相同組換え修復と非相同末端結合の両方が破綻し、PARP阻害薬への感受性が回復することが示されました[9]。これは、DNA修復の弱点を突く合成致死という考え方を、エピジェネティクスの側から実現しようとする試みです。

創薬の最前線 ─ 阻害から「分解」へ

EHMT2は、最も注目されるエピジェネティック創薬標的の1つです。これまでの薬は、G9aのSETドメイン(書き込み役)に結合して酵素の活性を止める阻害剤が中心でした(BIX-01294、UNC0638/UNC0642、A-366など)。しかし、こうした阻害剤は書き込みの力は止められても、G9aがEHMT1と組んで果たす「足場」としての役割や、読み取り役としての働きまでは完全には消せません。

そこで近年登場したのが、標的タンパク質分解(PROTAC)という新しい戦略です。これはG9aタンパク質そのものを細胞内で分解・消去してしまう技術で、活性だけでなく非酵素的な働きも含めてまとめて断つことができます。2025年には、G9aとEHMT1(GLP)の両方を分解するPROTAC型分解薬が報告され、MCF-7乳がん細胞でG9a/GLPタンパク質量とH3K9メチル化を低下させ、細胞増殖を大きく損なわずに遊走を抑えることが示されました[10]。ただし、これらはいずれも研究・前臨床の段階であり、EHMT2を標的とした薬がヒトのがん治療として確立しているわけではありません。今後の臨床試験の進展が待たれる分野です。

9. 遺伝子検査と遺伝カウンセリングの実際

EHMT2を調べる場面は、大きく2つに分かれます。それぞれ、検査の意味も結果の受け止め方も異なります。

場面 主な検査 解釈の要点
神経発達症の原因検索 全エクソーム検査(WES)など
+ 必要に応じてDNAメチル化検査(EpiSignなど)
de novoの優性型が2026年に報告・定義され、劣性型は候補段階。エピシグネチャーが変異の意義判断を補助する。
がんの研究・治療開発 腫瘍組織での発現解析など
(主に研究段階)
過剰発現が予後や治療抵抗性と関連。EHMT2を狙う治療は前臨床〜研究段階で、確立した標準治療ではない。

神経発達症の原因を調べる場合、まず全エクソーム検査(WES)などで遺伝子の変化を探し、見つかった変化の病的意義を評価し、必要に応じてDNAメチル化検査(EpiSignなど)を補助的に用います。EHMT2は常染色体優性の疾患関連が2026年に報告・定義された比較的新しい疾患遺伝子であり、とくに常染色体劣性型はまだ候補段階のため、見つかった変化の意味づけには専門的な判断が必要になります。

当院では、こうした検査の前後で臨床遺伝専門医が遺伝カウンセリングを行います。話し合う内容は、検査で何が分かり何が分からないのか、結果がご本人やご家族にどのような意味を持つのか、そして次のお子さんへの再発リスクをどう考えるか、といった点です。EHMT2関連症候群では、遺伝形式が優性(de novo)か劣性かによって再発リスクの説明がまったく変わるため、この見きわめがとくに重要になります。検査を受けるかどうかを含め、決めるのはご本人・ご家族であり、私たちは中立の立場で判断材料を整理する役割を担います。

10. よくある誤解

誤解①「EHMT2とEHMT1は同じ遺伝子」

名前は似ていますが別の遺伝子です。EHMT2は6番染色体、EHMT1は9番染色体にあります。2つはペアを組んで働く相棒ですが、EHMT1の機能低下はKleefstra症候群1を、EHMT2の機能低下はそれによく似た別の症候群を起こします。混同しないことが大切です。

誤解②「EHMT2の変化は必ず遺伝する」

2026年に報告・定義された常染色体優性型では、報告された患者に両親にはない新たに生じた変異(de novo変異)が認められました[6]。この場合、次のお子さんへの再発リスクは一般に低いものの、生殖細胞系列モザイクなどのためゼロではありません。また、常染色体劣性型は候補段階のため、遺伝形式を個別に見きわめることが重要です。

誤解③「阻害剤があるからすぐ治療できる」

EHMT2の阻害剤や分解薬は数多く研究されていますが、いずれも細胞実験・動物実験や前臨床の段階です。がんでもアルツハイマー病でも、ヒトの治療として確立した薬はまだありません。研究の進展と実用化は分けて受け止める必要があります。

よくある質問(FAQ)

Q1. EHMT2遺伝子はどこにあって、何をする遺伝子ですか?

EHMT2は6番染色体の短腕6p21.33にある遺伝子で、G9aというタンパク質をつくります。G9aはヒストンH3の9番目のリジンにメチル基をつけて(H3K9me1/me2)、特定の遺伝子の働きを抑える「オフのスイッチ」として機能します。細胞が自分らしさを保ち、使うべきでない遺伝子を眠らせておくために欠かせない酵素です。遺伝子の別名としてKMT1C、BAT8などがあり、G9aはEHMT2がコードするタンパク質名として広く使われます。文献では「EHMT2/G9a」と並記されることも多くあります。

Q2. EHMT2とEHMT1は何が違うのですか?

EHMT2(G9a)は6番染色体に、EHMT1(GLP)は9番染色体にある別々の遺伝子です。ただし、この2つがつくるタンパク質は細胞のなかで1:1のペア(ヘテロダイマー)を組んで働き、ペアになって初めて本来の力を発揮します。EHMT1の機能が半分になるとKleefstra症候群1という神経発達症になり、特定の病的EHMT2変異によってG9aのメチル化活性が大きく低下すると、それによく似た症候群が起こり得ます。相棒同士ですが、遺伝子としては別物です。

Q3. EHMT2の変異による病気は、子どもに遺伝しますか?

2026年に報告・定義された常染色体優性型では、両親にはない新たに生じた変異(de novo変異)が確認されています。この場合、次のお子さんへの再発リスクは一般に低いものの、生殖細胞系列モザイクなどによりゼロではありません。一方、常染色体劣性型は現時点では候補段階です。将来、劣性型が病因として確定し、両親がそれぞれ病的変異の保因者である場合には、理論上は1回の妊娠あたり25%となります。遺伝形式によって説明が大きく変わるため、個別に評価することが重要です。

Q4. EpiSign(エピシグネチャー)検査でEHMT2関連の病気は分かりますか?

EHMT2関連例では、血液DNAのメチル化パターン(エピシグネチャー)に特徴的な変化がみられることが報告されています。2026年の常染色体優性型の研究では、Kleefstra症候群1に近いエピジェネティック異常に加え、EHMT2関連例を識別するエピシグネチャーが示されました。DNAメチル化検査(EpiSignなど)は、遺伝子検査で見つかった変化の病的意義を評価する補助になり得ますが、単独で診断を確定するものではなく、臨床症状や遺伝子検査の結果と合わせて総合的に評価します。詳しくはEpiSign検査の解説ページをご覧ください。

Q5. EHMT2はがんとどう関係しているのですか?

多くのがんでEHMT2(G9a)は過剰に働いており、しばしば予後不良と関連します。過剰なG9aはがん抑制遺伝子を黙らせて増殖や転移を後押しするほか、DNA修復を助けることで抗がん剤やPARP阻害薬への耐性の一因にもなります。一部の実験系ではEHMT1/2を阻害するとDNA修復能が低下し、PARP阻害薬への感受性が回復することが示されています。ただし、EHMT2を標的とした治療はまだ研究・前臨床の段階で、確立した標準治療ではありません。

Q6. EHMT2の阻害剤がアルツハイマー病に効くというのは本当ですか?

アルツハイマー病のモデルマウスで、G9a/GLP阻害剤(UNC0642)がアミロイドβプラークを減らし、記憶を改善したという報告があります。ただし、これはマウスの実験の段階であり、ヒトの患者さんに対する治療として確立したものではありません。動物で効いた薬がヒトでも同じように効くとは限らないため、期待とともに冷静に受け止めることが大切です。

Q7. G9aとEHMT2は同じものですか?別のページがあるのはなぜ?

厳密には同じものではありません。EHMT2は遺伝子名で、その遺伝子がコードするタンパク質がG9aです。文献では「EHMT2/G9a」と並記され、同じ分子系を指して扱われることが多くあります。当サイトでは、遺伝子としての位置づけや関連疾患を解説するこの「EHMT2遺伝子」ページと、酵素・タンパク質としての働きに焦点をあてた用語ページ「G9a」を用意しています。

Q8. EHMT2の変化が見つかったと言われました。どうすればよいですか?

まず大切なのは、見つかった変化が本当に症状の原因なのかを慎重に評価することです。EHMT2は常染色体優性の疾患関連が2026年に報告・定義された比較的新しい疾患遺伝子で、とくに常染色体劣性型は候補段階のため、変化の意味づけには専門的な判断が必要です。EpiSignなどの補助的な検査や、ご家族の状況も含めて総合的に考えます。臨床遺伝専門医による遺伝カウンセリングで、結果の意味と次のお子さんへの再発リスクを含めて整理されることをおすすめします。

🏥 神経発達症・遺伝性疾患の遺伝子診断のご相談

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臨床遺伝専門医が在籍するミネルバクリニックにご相談ください。

参考文献

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  • [12] Methylation of hypoxia-inducible factor (HIF)-1α by G9a/GLP inhibits HIF-1 transcriptional activity and cell migration. Nucleic Acids Res. 2018. [PubMed 29860315]
  • [13] Lysine methyltransferase G9a is required for de novo DNA methylation and the establishment, but not the maintenance, of proviral silencing. Proc Natl Acad Sci U S A. 2011. [PubMed 21427230]
  • [14] Induction of pluripotent stem cells from mouse embryonic fibroblasts by Oct4 and Klf4 with small-molecule compounds. Cell Stem Cell. 2008. [PubMed 18983970]

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仲田洋美 医師(臨床遺伝専門医)

この記事の監修・執筆者:仲田 洋美

(臨床遺伝専門医/がん薬物療法専門医/総合内科専門医)

ミネルバクリニック院長。1995年に医師免許を取得後、 臨床遺伝学・内科学・腫瘍学を軸に診療を続けてきました。 のべ10万人以上のご家族の意思決定と向き合ってきた臨床遺伝専門医です。

出生前診断(NIPT・確定検査・遺伝カウンセリング)においては、 検査結果の数値そのものだけでなく、 「結果をどう受け止め、どう生きるか」までを医療の責任と捉え、 一貫した遺伝カウンセリングと医学的支援を行っています。

ハイティーンの時期にベルギーで過ごし、 日本人として異文化の中で生活した経験があります。 価値観や宗教観、医療への向き合い方が国や文化によって異なることを体感しました。 この経験は現在の診療においても、 「医学的に正しいこと」と「その人にとって受け止められること」の両立を考える姿勢の基盤となっています。

また、初めての妊娠・出産で一卵性双生児を妊娠し、 36週6日で一人を死産した経験があります。 その出来事は、妊娠・出産が女性の心身に与える影響の大きさ、 そして「トラウマ」となり得る体験の重みを深く考える契機となりました。 現在は、女性を妊娠・出産のトラウマから守る医療を使命の一つとし、 出生前診断や遺伝カウンセリングに取り組んでいます。

出生前診断は単なる検査ではなく、 家族の未来に関わる重要な意思決定です。 年齢や統計だけで判断するのではなく、 医学的根拠と心理的支援の両面から、 ご家族が後悔の少ない選択をできるよう伴走することを大切にしています。

日本人類遺伝学会認定 臨床遺伝専門医/日本内科学会認定 総合内科専門医/ 日本臨床腫瘍学会認定 がん薬物療法専門医。 2025年には APAC地域における出生前検査分野のリーダーとして国際的評価を受け、 複数の海外メディア・専門誌で特集掲載されました。

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