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DHODH

目次

仲田洋美 医師

この記事の監修:仲田洋美(臨床遺伝専門医)

臨床遺伝専門医・がん薬物療法専門医・総合内科専門医。30年にわたる臨床のなかで、のべ10万人以上のご家族の切実な意思決定に伴走してきました。世界基準の遺伝子診断と遺伝カウンセリングを、終始責任をもって提供します。

📍 クイックナビゲーション

DHODH遺伝子は、細胞が新しくピリミジン(DNA・RNAの材料の半分)を作るための「律速酵素」をつくる、16番染色体上の遺伝子です。この酵素がうまく働かないと、胎児の顔や手足の骨がうまく作られず「ミラー症候群」という珍しい先天性の病気が起こります。一方で、増え続けるがん細胞はこの酵素に強く依存しているため、DHODHは今、がん・免疫・抗ウイルス薬の標的としても世界中で注目されています。

生まれつきの重い病気の「原因」であると同時に、最先端の治療の「切り札」でもある——DHODHは、一つの遺伝子が持つ二つの顔を象徴する存在です。基礎の分子のはたらきから、ミラー症候群の遺伝のしくみ、がん治療をめぐる最新の学術論争まで、順を追って読み解いていきます。

この記事でわかること
📖 読了時間:約16〜18分
🧬 代謝酵素・創薬標的
臨床遺伝専門医監修

  • DHODHがピリミジン合成の「律速酵素」として、代謝と呼吸をつなぐしくみ
  • DHODHの両アレル変異で起こるミラー症候群の症状と、常染色体劣性の遺伝
  • なぜがん細胞はDHODHに「中毒」するのか(ピリミジン依存)
  • フェロトーシスをめぐる2021年と2023年のNature論争が意味すること
  • 白血病・免疫療法・抗ウイルス薬・除草剤まで広がるDHODH創薬
⏱️ 30秒でわかる要約

🧬Q. DHODH遺伝子とは何ですか?

DNAやRNAの材料であるピリミジンを新しく作る経路(デノボ合成)の要となる酵素、ジヒドロオロト酸デヒドロゲナーゼをつくる遺伝子です。この酵素は6段階の反応のうち第4段階を担う「律速(速度を決める)ステップ」で、ミトコンドリアの内膜に存在します[1]

🩺Q. 変異するとどんな病気になりますか?

両親から受け継いだ2つのDHODHがどちらも働かないと、ミラー症候群(軸後性先端顔面骨形成不全症)という、顔と手足の骨がうまく作られない常染色体劣性(潜性)の先天性疾患が起こります[2]

🌸Q. なぜがん治療で注目されるのですか?

急速に増えるがん細胞はピリミジンを大量に必要とし、DHODHに強く依存します。そのためDHODHを止めると、がん細胞だけが材料不足に陥るという発想で、白血病などを対象に阻害薬の開発が進んでいます[6]

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DHODHとは——ピリミジン合成の「関所」となる酵素

2つの材料調達ルート:デノボ合成とサルベージ

DHODH(ジヒドロオロト酸デヒドロゲナーゼ)は、DNAとRNAの構成部品であるピリミジンヌクレオチド(ウリジン・シチジン・チミジン)を作り出す反応の中心にある酵素です。ピリミジンは核酸の材料であるだけでなく、脂質の代謝や糖鎖の修飾など、細胞のさまざまなはたらきに欠かせない前駆体を供給しています[9]

細胞がピリミジンを手に入れるルートは2つあります。ひとつは、すでにある核酸の部品を再利用する「サルベージ経路(リサイクル)」、もうひとつは、アミノ酸などの小さな分子から一から組み立てる「デノボ合成経路(新規合成)」です。分裂を止めた成熟した細胞は主にリサイクルで足りますが、がん細胞や活性化した免疫細胞、胎児期に活発に増える細胞などは、需要が爆発的に増えるためデノボ合成に強く頼ります[9]

DHODHは、このデノボ合成の全6段階のうち第4段階を担う唯一の「律速酵素」です。律速酵素とは、一連の流れ作業のなかで最も流れの速さを左右する「関所」のこと。ここが詰まると、その先の材料供給が一気に止まります[1]。具体的には、ジヒドロオロト酸(DHO)をオロト酸へと変える酸化反応を触媒します。

✓ ここがポイント

ピリミジン合成の6段階の酵素のうち、DHODHだけがミトコンドリアの内膜に存在し、ほかはすべて細胞質にあります。この特別な配置が、DHODHを単なる代謝酵素以上の存在にしています。

代謝と「呼吸」をつなぐ架け橋

DHODHがミトコンドリア内膜にある意味は大きいものです。DHODHはDHOからオロト酸を作る過程で引き抜いた電子を、補酵素FMN(フラビンモノヌクレオチド)を介して受け取り、脂質の膜に溶けているユビキノン(コエンザイムQ10)へと手渡します。その結果できるユビキノール(還元されたCoQ10)は、ミトコンドリアの電子伝達系(エネルギーを作る「呼吸」の装置)へと電子を供給します[1]

つまりDHODHは、「ピリミジンを作る仕事」と「エネルギーを作る呼吸」を物理的につなぐ架け橋として働いています。ヒトのミトコンドリアのなかで、代謝の一部でありながら呼吸のスイッチにも触れている——この二重性が、後で述べる「フェロトーシス(鉄依存性の細胞死)」の制御にも関わってきます。

仲田洋美院長

🩺 院長コラム【一つの遺伝子が、病気の原因にも治療の的にもなる】

DHODHという遺伝子は、私にとって「遺伝子医療のおもしろさと難しさ」を同時に見せてくれる存在です。生まれつきこの酵素が足りないと重い先天性疾患になる一方で、この酵素をあえて薬で止めることが、がんや自己免疫の治療につながります。同じ分子が、欠けても困り、効きすぎても困り、うまく止めれば助けにもなるのです。

遺伝子の情報は「良い・悪い」の二択で語れるほど単純ではありません。文脈によって意味が変わる——だからこそ、数字や検査結果だけでなく、その人にとって何が大切かを一緒に考える時間が要ると、30年の診療のなかで実感しています。

遺伝子の場所と、酵素のかたち・はたらき方

16番染色体・10個のエクソン

ヒトのDHODH遺伝子は、16番染色体の長腕(16q22.2)に位置し、現在のNCBI RefSeqでは10個のエクソンが登録されています[17]。生き物のDHODHは、反応で電子を最終的に渡す相手の違いによって大きく「クラス1」と「クラス2」に分かれます。クラス1は細胞質にあって、フマル酸やNAD⁺などを電子の受け手とする型で、乳酸菌などのグラム陽性菌や一部の寄生虫に見られます。一方クラス2は、N末端に膜へ結合するための構造を持ち、電子を呼吸鎖のキノン(ユビキノンなど)に渡す型です。ヒトを含む哺乳類、植物、そしてマラリア原虫はこのクラス2に属します。同じ「ピリミジンを作る」という仕事をしながら、生き物によって酵素の作りと電子の渡し先が違う——この違いこそが、のちに述べる「ヒトには効かせずマラリア原虫だけを狙う薬」を可能にする土台になっています。

「ピンポン機構」で電子を受け渡す

ヒトDHODHのタンパク質は、大きく2つの部分からできています。C末端側の大きなドメインは、中心に規則正しく並んだ構造をとるTIMバレル(α/βバレル)で、その奥にFMN結合部位と活性中心があります。N末端側の小さなドメインは、ミトコンドリア内膜への「いかり」となると同時に、膜からユビキノンを活性中心へ導くトンネルの入り口になっています[3]

DHODHの反応は、卓球のラリーのように基質と補酵素が交互に出入りする「ピンポン機構」で進みます。まず前半で、DHOが活性中心に入って酸化されオロト酸になり、FMNが電子を受け取って還元されます。オロト酸が出ていったあと、後半で膜を漂うユビキノンがトンネルを通って近づき、電子を受け取ってユビキノールになります。多くのDHODH阻害薬は、このユビキノンが結合するトンネルにはまり込むことで酵素の働きを止めます[3]

🔬 用語解説:律速酵素(りっそくこうそ)

いくつもの反応が連なる代謝経路のなかで、全体のスピードを決めてしまう、最も遅い一段階を担う酵素のことです。高速道路の料金所のようなもので、ここが混めば全体が渋滞します。逆にいえば、律速酵素を薬で止めれば経路全体を効率よく遮断できるため、創薬の格好の標的になります。

ミラー症候群——DHODHの機能不全が起こす先天性疾患

DHODHの機能が生まれつき大きく損なわれると、特定の組織の発生に異常が生じます。その代表がミラー症候群(軸後性先端顔面骨形成不全症/postaxial acrofacial dysostosis、POADS)です。小顎症、顔面裂、カップ状の耳、頬骨の低形成といった重い頭蓋顔面の奇形と、第5指の欠損などの四肢の奇形を特徴とする、きわめてまれな疾患です[2]

この病気は、2010年に「エクソーム解析」で原因遺伝子が突き止められた最初のメンデル遺伝病として、医学史に名を刻んでいます。研究チームは、3家系4人の患者さんのエクソン領域をまとめて解読し、共通してDHODHに2つの変異を持つことを見つけ出しました[1]。それまで原因不明だった希少疾患の遺伝子が、次世代シーケンサーで一気に判明した——これは現在の遺伝子診断の幕開けを告げる出来事でした。

変異のタイプで壊れ方が違う

興味深いことに、ミラー症候群を起こすDHODHの変異は、そのタイプによって酵素の壊れ方が異なります。培養細胞を使った日本の研究では、患者さんで見つかった3つのミスセンス変異を詳しく調べ、次のことが分かりました[4]

図:ミラー症候群を起こす3つの変異と、その影響

G202A・R346W

タンパク質が不安定になり、細胞内で分解されやすくなる。その結果、酵素の量が減って働きが落ちます。

R135C

タンパク質の安定性は保たれるものの、ユビキノン結合部位にあるため、基質に応じた酵素活性そのものが失われます。

いずれの経路でも最終的にDHODHの活性低下という同じ結果に行き着き、それがミラー症候群の症状につながると考えられています[4]

さらに、より軽症で症状の重なりを示す症例の解析からは、DHODHの部分的な酵素活性の残り方(残存活性)が、症状の重さと関係していることも示されています[5]。近年ではエクソン1–3の欠失とスプライシング異常を組み合わせた症例も報告され、分子診断の幅は広がっています[14]

なぜ「顔と手足」だけに症状が出るのか

DHODHは全身の細胞にある酵素なのに、なぜ症状が主に顔面や四肢に現れるのでしょうか。カギは「神経堤細胞(しんけいていさいぼう)」という、胎児期に頭蓋顔面の組織を作る特殊な細胞にあります。神経堤細胞は活発に増殖・移動する多能性の前駆細胞で、ヌクレオチド(核酸の材料)の不足にきわめて敏感です。DHODHの変異でデノボ合成が絶たれると、盛んに分裂しようとする神経堤細胞がDNA・RNAを維持できず、顔や手足の正常な発生が妨げられると考えられています[1]

がんの「ピリミジン中毒」とフェロトーシスをめぐる論争

増え続けるがん細胞はDHODHに依存する

正常な成熟細胞とは対照的に、がん細胞は無制限の増殖を支えるためRNA・DNAの材料を大量に必要とします。そのためリサイクル経路だけではまかないきれず、DHODHを介したデノボ合成に強く依存する「ピリミジン中毒(pyrimidine addiction)」と呼べる状態に陥ります[9]。DHODHの過剰発現は、急性骨髄性白血病、大腸がん、肝細胞がん、乳がん、腎がんなど多くのがんで確認され、予後不良や治療抵抗性と関連することが報告されています[9]。この「弱点」を突くのが、DHODH阻害薬というアプローチです。

2021年:DHODHが「鉄の細胞死」を防ぐという発見

近年、DHODHの生物学で最も注目を集めたのが、フェロトーシス(鉄依存性の脂質過酸化による細胞死)の制御をめぐる話題です。2021年、MaoらはNature誌で、DHODHがミトコンドリアでフェロトーシスを抑える独立した防御機構であると報告しました[6]。DHODHが内膜で作るユビキノールが、脂質の暴走的な酸化を食い止める抗酸化物質として働くという説です。この仮説にもとづき、フェロトーシスの主要な守り手であるGPX4の働きが弱いがん細胞に阻害薬(ブレキナル)を使うと、特異的にフェロトーシスが誘導されると考えられました[6]

2023年:薬理学的解釈に「FSP1オフターゲット」という修正

ところが2023年、Mishimaらは同じNature誌で、この説に重要な修正を迫りました[7]。彼らは、Maoらの実験で使われたブレキナルの濃度が、本来DHODHを止めるのに必要な濃度をはるかに超える高濃度だった点に着目。詳しい解析から、高濃度のブレキナルは、細胞膜にある別のフェロトーシス抑制タンパク質「FSP1」を直接止めてしまう(オフターゲット作用)ことを示したのです。つまり、少なくとも高濃度ブレキナルで観察されたフェロトーシス感作の一部は、DHODH阻害そのものではなくFSP1阻害というオフターゲット作用で説明できる、という重要な修正が示されました[7]

図:フェロトーシスを防ぐ3つの守り手

① 細胞質:GPX4/GSH系

グルタチオンを使って脂質の酸化を抑える、最も主要な守り手。

② 細胞膜:FSP1/CoQ10系

膜でCoQ10を還元して守る。高濃度DHODH阻害薬が実際に止めていたのはここ。

③ ミトコンドリア:DHODH/CoQ系

ミトコンドリア内膜でCoQを還元し、局所の脂質過酸化を抑える防御層。薬剤濃度や細胞種に依存するため、寄与の大きさは文脈依存と考えられる。

この論争は、どちらかが「間違い」という単純な話ではありません。2023年の報告は高濃度DHODH阻害薬の解釈にFSP1オフターゲット作用が混在し得ることを示しましたが、その後の研究・レビューでは、DHODH–CoQH₂系そのものもミトコンドリア脂質過酸化を抑える文脈依存的な防御層として引き続き位置づけられています[16]。したがって、フェロトーシス感受性はGPX4、FSP1、DHODHなど複数の防御系の組み合わせで決まり、がん治療で効果的に誘導するにはDHODH単独だけでなく、FSP1阻害薬やGPX4阻害薬との戦略的な併用が重要になると示唆されています。関連するGPX4遺伝子FSP1(AIFM2)遺伝子SLC7A11遺伝子のページも、あわせてお読みいただくと全体像がつかめます。

仲田洋美院長

🩺 院長コラム【「Natureに載った」は終わりではなく始まり】

2021年と2023年のNature論文のやりとりは、最先端の医学がどう進むかをよく表しています。一流誌に載った発見でも、あとから別のチームが「実は主役が違った」と精密に検証し直す。科学は一度の発表で確定するのではなく、反論と再検証を重ねて少しずつ確からしくなっていくものです。

遺伝子検査の結果を読むときも、この姿勢は同じです。今日「意味がわからない」とされた変化が、数年後の研究で意味づけられることもあります。だからこそ、一つの結果を絶対視せず、時間の流れのなかで解釈し続ける丁寧さを大切にしています。

免疫を動かし、耐性を乗り越える——DHODH創薬の最前線

ミトコンドリアの「警報」で自然免疫を起こす

DHODH阻害などでデノボ・ピリミジン合成を低下させると、細胞内のピリミジンプールが乱れ、条件によってはミトコンドリアDNA(mtDNA)が細胞質へ漏れ出すことがあります。こうしたピリミジン欠乏に伴うmtDNA放出と自然免疫活性化は実験系で示されており[15]、細胞質の二本鎖DNAを自然免疫のセンサーであるcGAS-STING経路がこれを「異物(ウイルスのしるし)」とみなして作動します。

この経路が活性化すると、I型インターフェロンなどの炎症性サイトカインが産生され、腫瘍の周囲にNK細胞やCD8陽性T細胞といった免疫の実働部隊が呼び込まれます。DHODH阻害が、代謝を止めるだけでなく「腫瘍を免疫の標的として目立たせる警報」も鳴らしている——この視点が、次に述べる抗原提示の話とつながります。

がん細胞を「免疫に見えやすく」する

DHODH阻害の効果として近年注目されるのが、抗腫瘍免疫の活性化です。がん細胞は、細胞表面のMHCクラスI(免疫に自分の中身を見せる「掲示板」)の発現を下げて、免疫の攻撃から逃れていることがあります。ところが、DHODH阻害薬(ブレキナル)でピリミジンを枯渇させると、がん細胞表面のMHCクラスIの発現が回復・増強されることが分かりました[8]

このしくみは、従来のインターフェロンを介した経路とは異なり、RNAポリメラーゼの転写を制御するP-TEFbという因子を介して、抗原提示に関わる遺伝子群を直接活性化するものでした。その結果、がん細胞は免疫の細胞傷害性T細胞に「見えやすく」なり、抗PD-1抗体・抗CTLA-4抗体といった免疫チェックポイント阻害薬との強い相乗効果が、マウスのメラノーマモデルで示されています[8]。DHODH阻害薬が、単なる増殖抑制剤にとどまらず免疫を動かす薬になり得ることを示す成果です。

自己免疫からがんへ——DHODH阻害薬の広がり

DHODHを標的とする薬は、もともと免疫細胞(活性化したT細胞)の増えすぎを抑える目的で、自己免疫疾患の治療薬として開発が始まりました。関節リウマチに使われるレフルノミドと、その活性代謝物で多発性硬化症に使われるテリフルノミドは、いずれもDHODHを阻害してピリミジンを枯渇させることで、暴走する免疫細胞のクローン増殖を抑えます。これらはユビキノン結合部位で酵素の働きを妨げるタイプで、フェロトーシス研究でも比較対象として使われてきました。

がん領域では、非常に強力なブレキナルのほか、二重の作用を持つ薬も登場しています。たとえばエムボドスタット(PTC299)は、DHODHの酵素活性を阻害するだけでなく、血管新生に関わるVEGFAのmRNA翻訳を選択的に抑える作用を併せ持つとされ、血液腫瘍やウイルス感染症を対象に臨床開発が行われてきました。ただし、少なくとも再発・難治性AMLを対象とした第I相試験(NCT03761069)はスポンサー判断で終了しています。こうした「一つの薬で複数の弱点を突く」設計は、DHODH創薬の一つの潮流になっています。

白血病を「分化」で治す試み

DHODH阻害薬の有力な応用先が急性骨髄性白血病(AML)です。AMLの多くは、未熟な段階で分化が止まった細胞が増える病気ですが、DHODHを止めると白血病細胞に「終末分化」(成熟した細胞へと変化して増殖を止めること)を強制的に起こせることが分かってきました。BAY 2402234というDHODH阻害薬は、複数のAMLの型で分化誘導と増殖抑制を示し、第I相試験に進みましたが、その試験(NCT03404726)は十分な臨床的利益が得られなかったとして終了しました[10]。この分化誘導はp53などの古典的なアポトーシス経路に依存しないため、治療が難しい型のAMLにも有効な可能性があります。

リサイクル経路という「抜け道」を塞ぐ

DHODH阻害薬は前臨床では優れた効果を示す一方で、単独での臨床試験では効果が限定的になりがちでした。その大きな理由が、がん細胞のサルベージ経路による「抜け道」です。デノボ合成を止められても、がん細胞は周囲のウリジンを取り込んで再利用し、増殖を維持してしまいます[11]

細胞外のウリジンは、細胞膜のトランスポーターENT1(SLC29A1)を通って取り込まれます。そこで、DHODH阻害薬(ブレキナル)とENT1阻害薬CNX-774を併用し、新規合成とリサイクルの両方を同時に塞ぐ戦略が考案されました。膵臓がんのモデルで、この二重阻害が強力な相乗効果(合成致死)を生むことが示されています[11]

ピリミジンヌクレオチド合成の二つの経路を示す模式図。左側のデノボ経路では、ミトコンドリア内膜のDHODHがジヒドロオロト酸(DHO)をオロト酸へ変換し、これがUMPへと合成されるが、DHODH阻害薬ブレキナルがこの反応を遮断する。右側のサルベージ経路では、細胞外ウリジンが細胞膜のトランスポーターENT1を介して取り込まれ、UCK1/2によってリン酸化されてUMPになるが、ENT1阻害薬CNX-774がこの取り込みを遮断する。両経路を同時に阻害するとUMPが枯渇し、核酸合成と細胞生存が維持できずアポトーシスが誘導されることを、中央の大きな赤い×印で示している。

図:ピリミジン合成の二重経路とDHODH阻害の合成致死戦略。デノボ経路(ブレキナル)とサルベージ経路(CNX-774)を同時に遮断すると、UMPが枯渇して核酸合成と細胞生存が維持できなくなります[11]

抗ウイルス薬・除草剤——広がる応用

DHODHの応用はがんにとどまりません。まずマラリアの治療です。マラリア原虫は、ヒトのようなサルベージ経路(リサイクル)を持たず、自身の増殖を完全にデノボ合成に頼っています。原虫のDHODH(PfDHODH)は、ユビキノン結合部位の立体構造がヒトの酵素と大きく異なるため、ヒトの酵素には影響を与えず原虫のDHODHだけを選択的に止める薬を設計できます。これは、既存薬に耐性を持つマラリアに対する次世代治療薬の有力なアプローチとして研究が進められています。

次に抗ウイルス薬です。ウイルスは自分の複製に必要なRNA・DNAの合成を、宿主細胞のヌクレオチドに完全に頼っています。そこで宿主のDHODHを止めてピリミジンを枯渇させると、ウイルスの増殖が広く抑えられます。ウイルス自身ではなく宿主の代謝を標的にするため、ウイルスの変異による耐性が生じにくいという大きな利点があり、新型コロナウイルス(SARS-CoV-2)やインフルエンザなどに対する抗ウイルス作用が前臨床で報告されています[12]。同時に、過剰な免疫応答(サイトカインストーム)を和らげる作用も注目されています。

さらに農業分野では、植物のDHODHを標的にした新しい除草剤「テトフルピロリメト」が実用化されつつあります。2023年の研究で、この化合物が植物のDHODHを阻害することが結晶構造とともに確認され、特定のエクソン4変異が耐性を与えることも示されました[13]。DHODHという一つの酵素が、医療から農業まで、いかに普遍的で重要な標的であるかを物語っています。

遺伝のしくみと、遺伝子検査でわかること

常染色体劣性(潜性)と、保因者・再発率

DHODHが原因のミラー症候群は、常染色体劣性(潜性)遺伝の形をとります。つまり、父親由来と母親由来の2つのDHODHがどちらも働かなくなって初めて発症します。実際、ミラー症候群の患者さんの両親は、それぞれ変異を1つ持つ「保因者」であることが確認されており、変異が親の代で新しく生じた(新生突然変異)ものではないと報告されています[1]

👨‍👩‍👧 保因者どうしの場合の確率

ご両親がともに保因者(変異を1つずつ持つ)の場合、次のお子さんは妊娠ごとに——

  • 約25%:変異を2つ受け継ぎ、発症する可能性
  • 約50%:変異を1つだけ受け継ぐ保因者(多くは無症状)
  • 約25%:どちらの変異も受け継がない

この確率は毎回の妊娠で独立しており、「前の子が発症したから次は大丈夫」とはなりません。具体的な見通しは、ご家族ごとに保因者と遺伝の仕組みを踏まえて整理することをおすすめします。

似た病気との見分け(鑑別診断)

ミラー症候群と紛らわしい病気に、顔の骨の形成異常を示すトリーチャーコリンズ症候群や、Nager症候群(軸前性先端顔面骨形成不全症)があります。ミラー症候群が手足の「小指側(軸後性)」の欠損を特徴とするのに対し、Nager症候群は「親指側(軸前性)」の異常を示す、という点が手がかりになります。原因遺伝子も異なるため、正確な診断には臨床所見に加えて遺伝子検査が役立ちます。

DHODHは代謝に関わる酵素であることから、遺伝子検査の場面では包括的代謝疾患遺伝子検査(NGSパネル)のような網羅的な検査のなかで評価されることがあります。また、ご家族に保因者がいる可能性を考える場合には、妊娠前の保因者検査という選択肢もあります。どの検査が適切かは、臨床遺伝専門医との相談のなかで、ご家族の状況に合わせて考えていくことになります。

よくある質問(FAQ)

Q1. DHODH遺伝子は、何をする遺伝子ですか?

DNAやRNAの材料であるピリミジンを、体の中で新しく作る「デノボ合成経路」の要となる酵素、ジヒドロオロト酸デヒドロゲナーゼをつくる遺伝子です。この酵素は6段階ある反応の第4段階を担う「律速酵素」で、ミトコンドリアの内膜に存在し、ピリミジン合成とエネルギーを作る呼吸をつなぐ役割も持っています。

Q2. DHODHの変異で起こる病気は何ですか?

両親から受け継いだ2つのDHODHがどちらも働かないと、ミラー症候群(軸後性先端顔面骨形成不全症)という、顔と手足の骨の形成異常を特徴とするまれな先天性疾患が起こります。小顎症、顔面裂、カップ状の耳、手足の小指側の欠損などがみられます。2010年に、エクソーム解析で世界で初めて原因遺伝子が特定されたメンデル遺伝病として知られています。

Q3. ミラー症候群は遺伝しますか?子どもに伝わる確率は?

ミラー症候群は常染色体劣性(潜性)遺伝です。ご両親がともに変異を1つ持つ保因者の場合、次のお子さんが発症する確率は妊娠ごとに約25%、保因者になる確率が約50%、どちらの変異も受け継がない確率が約25%です。この確率は毎回の妊娠で独立しています。ご家族ごとの見通しは、臨床遺伝専門医との遺伝カウンセリングで整理することをおすすめします。

Q4. なぜ全身の酵素なのに、顔や手足だけに症状が出るのですか?

胎児期に顔面や頭蓋の組織を作る「神経堤細胞」が、ヌクレオチド(核酸の材料)の不足にとくに敏感だからです。DHODHの機能が落ちてピリミジンの供給が絶たれると、盛んに分裂・移動しようとする神経堤細胞がDNA・RNAを維持できず、顔や手足の発生が妨げられると考えられています。

Q5. DHODHはなぜがん治療で注目されているのですか?

急速に増えるがん細胞は大量のピリミジンを必要とし、DHODHを介した新規合成に強く依存します(ピリミジン中毒)。そのためDHODHを止めると、がん細胞だけが材料不足に陥りやすくなります。急性骨髄性白血病では、DHODH阻害薬が白血病細胞を成熟させて増殖を止める「分化誘導」を起こすことが分かり、臨床応用が検討されてきましたが、BAY 2402234の第I相試験は終了しており、前臨床での有望性と臨床効果は区別して評価する必要があります。

Q6. DHODH阻害薬とフェロトーシスの関係は、結局どうなったのですか?

2021年にはDHODHがミトコンドリアでフェロトーシス(鉄依存性の細胞死)を防ぐ守り手だと報告されました。2023年には、高濃度の一部DHODH阻害薬で観察されたフェロトーシス感作に、FSP1を直接阻害するオフターゲット作用が関与することが示されました。その後もDHODH–CoQH₂系自体は、ミトコンドリアで脂質過酸化を抑える文脈依存的な防御層として研究されています。

Q7. DHODH阻害薬は抗ウイルス薬にもなるのですか?

ウイルスは自分の複製に宿主のヌクレオチドを利用するため、DHODHを止めて宿主のピリミジンを枯渇させると、ウイルスの増殖が広く抑えられます。ウイルスの変異による耐性が生じにくい利点があり、新型コロナウイルスやインフルエンザなどに対する作用が前臨床で報告されています。ただし、これらは研究・開発段階のものが多く、一般診療で受けられる承認薬とは区別して理解することが大切です。

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参考文献

  1. [1] Exome sequencing identifies the cause of a mendelian disorder. Nat Genet. 2010. [PMID:19915526]
  2. [2] Miller syndrome (postaxial acrofacial dysostosis): further evidence for autosomal recessive inheritance and expansion of the phenotype. J Med Genet. 1991. [PMC1017057]
  3. [3] N-Heterocyclic 3-Pyridyl Carboxamide Inhibitors of DHODH for the Treatment of Acute Myelogenous Leukemia. J Med Chem. 2022. [ACS J Med Chem]
  4. [4] Protein instability and functional defects caused by mutations of dihydro-orotate dehydrogenase in Miller syndrome patients. Biosci Rep. 2012. [PMID:22967083]
  5. [5] Miller (Genee-Wiedemann) syndrome represents a clinically and biochemically distinct subgroup of postaxial acrofacial dysostosis associated with partial deficiency of DHODH. Hum Mol Genet. 2012. [PMID:22692683]
  6. [6] DHODH-mediated ferroptosis defence is a targetable vulnerability in cancer. Nature. 2021. [PMID:33981038]
  7. [7] DHODH inhibitors sensitize to ferroptosis by FSP1 inhibition. Nature. 2023. [PMID:37407687]
  8. [8] DHODH inhibition enhances the efficacy of immune checkpoint blockade by increasing cancer cell antigen presentation. eLife. 2024. [eLife RP87292]
  9. [9] DHODH and cancer: promising prospects to be explored. Cancer Metab. 2021. [PMC8107416]
  10. [10] The novel dihydroorotate dehydrogenase (DHODH) inhibitor BAY 2402234 triggers differentiation and is effective in the treatment of myeloid malignancies. Leukemia. 2019. [PMID:30940908]
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仲田洋美 医師(臨床遺伝専門医)

この記事の監修・執筆者:仲田 洋美

(臨床遺伝専門医/がん薬物療法専門医/総合内科専門医)

ミネルバクリニック院長。1995年に医師免許を取得後、 臨床遺伝学・内科学・腫瘍学を軸に診療を続けてきました。 のべ10万人以上のご家族の意思決定と向き合ってきた臨床遺伝専門医です。

出生前診断(NIPT・確定検査・遺伝カウンセリング)においては、 検査結果の数値そのものだけでなく、 「結果をどう受け止め、どう生きるか」までを医療の責任と捉え、 一貫した遺伝カウンセリングと医学的支援を行っています。

ハイティーンの時期にベルギーで過ごし、 日本人として異文化の中で生活した経験があります。 価値観や宗教観、医療への向き合い方が国や文化によって異なることを体感しました。 この経験は現在の診療においても、 「医学的に正しいこと」と「その人にとって受け止められること」の両立を考える姿勢の基盤となっています。

また、初めての妊娠・出産で一卵性双生児を妊娠し、 36週6日で一人を死産した経験があります。 その出来事は、妊娠・出産が女性の心身に与える影響の大きさ、 そして「トラウマ」となり得る体験の重みを深く考える契機となりました。 現在は、女性を妊娠・出産のトラウマから守る医療を使命の一つとし、 出生前診断や遺伝カウンセリングに取り組んでいます。

出生前診断は単なる検査ではなく、 家族の未来に関わる重要な意思決定です。 年齢や統計だけで判断するのではなく、 医学的根拠と心理的支援の両面から、 ご家族が後悔の少ない選択をできるよう伴走することを大切にしています。

日本人類遺伝学会認定 臨床遺伝専門医/日本内科学会認定 総合内科専門医/ 日本臨床腫瘍学会認定 がん薬物療法専門医。 2025年には APAC地域における出生前検査分野のリーダーとして国際的評価を受け、 複数の海外メディア・専門誌で特集掲載されました。

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