InstagramInstagram

遺伝子検査|家族を持つ前に相談したのに大学病院で断られた

出生前診断 遺伝子検査 遺伝性腫瘍

遺伝子

結婚、妊娠出産、新しい命を迎える。
人生の大きなイベントであることは間違いないでしょう。

Aさんには少し気がかりなことがありました。
小さいころから何回か、骨にできる腫瘍を取り除いてきたのですが、親御さんにも同じ症状がありました。

治療に当たったB大学病院の医師に、結婚することを考えた時、「大丈夫なんでしょうか」と聞いたところ、大丈夫なんじゃないの?骨の腫瘍はとればいいんだし、という返事が返ってきました。

そこで、Aさんは結婚し、お子さんができました。
お子さんは、出生前から大事な臓器に腫瘍があると指摘されていました。
ある日、お子さんは、突然、意識消失し、大学病院に救急搬送されました。その後、低酸素脳症により後遺障害が残りました。

そして、Aさんは、ご自身の治療歴のこと、お子さんの診断のことについて医師たちから話を聞きました。

いろいろ考えたのですが。やっぱり、Aさんはご自身の病気のせいで、お子さんがそうなったのではないかと思うようになりました。
だから、お子さんの治療に当たった大学病院等に「自身の検査をしたい」と言ってみたのですが、「そもそもそういう遺伝子検査はできない」という回答でした。

大学病院なのにどうしてできないの?って思いませんか?

でも。これ、よくあることなんです。理由はいろいろあります。
保険診療で認められていない診療行為は、自由診療で行うことになるのですが、遺伝子検査は倫理審査委員会を経ないといけません。
倫理審査委員会に対して、手続きをするのは担当医になるのですが、まずは自分の診療科の長の許可を得ないといけないし、最終的に倫理審査委員会に許可をもらわねばならないのです。遺伝子検査の倫理審査は分かっていない人が特に変に口を出し、スムースに進まないことが多く、患者さんが「今求めている」のに「検査できない」ということにつながります。
また。この症例のように、お子さんがご自分のせいで罹患したのではないかという深い苦悩に寄り添う自信がないのかもしれません。

出来ない、で突っぱねたほうが時間も少なくて済みます。患者さんに一言そういうだけなので。あっという間に終わります。

かたや、倫理審査委員会を経て遺伝子検査をしたいと思えば、書類を書いて、提出して、あとはどこの検査会社に出すか、それには検査会社と病院の間で契約が必要だとか、いろんな点をクリアしないと検査するところまでたどり着かないので、膨大な労力を要します。

患者さんが求めているなら頑張るのが担当医じゃないか、と思うかもしれませんが、サラリーマン化した現代のお医者様たちにそんなことを求めても無駄なのではないでしょうか。

逆に、あなたならどうですか?自分にとってデメリットが大きそうなのに、その作業負担を残業代も出ないのにやりたいですか?

今の日本の医療職の置かれた労働環境では、難しいと言わざるを得ないでしょう。医師は聖人君子ではないのです。
わたしが開業したのも、大学病院とか大きな病院というのは、本当の意味で患者さんには「冷たい」なと思ったからです。

だからこそ、遺伝診療のハードルを下げたかった。大学病院や県立病院で断られる患者さんたちが、自分の知りたいことを知り、自分の「人生(ライフ)」をちゃんと設計(デザイン)できるようにお手伝いしたいというのが私の願いでした。

四国がんセンターで研修していた時に、ある患者さんの件でわたしが受けたパワハラの原因でも「遺伝疾患」が関係していました。この件に関しては、別のブログでお伝えすることにしましょう。

Aさんは一生懸命ネットで調べ、ミネルバクリニックにたどり着きました。

Aさんは、自分の遺伝子に変異があるかどうかを知りたがっていました。検査するのはいいのですが、ご自身に異常があった場合、お子さんの疾患がご自身を原因としていることがはっきりするため、結果を知ることでかえってつらい思いをしたりする可能性がある、ということをお伝えしましたが、Aさんの「知りたい」という思いは変わりませんでした。

そうして時は流れ。Aさんの検査結果が出ました。

Aさんが思っていた通りの遺伝子に病的バリアント(変異)がありました。

そうなのかと思っていたのと、結果として真実と突きつけられるのとでは雲泥の差があります。それでも、やはり、もう一人お子さんがほしいなどこの先の人生設計をするのに、Aさんにとってこの結果はどのようなものであれ重要だったのです。

ただ。願わくば、自分が結婚してもいいのかなとか、子どもを持ってもいいのかなとかと言うときに相談したにもかかわらず、「そんな検査できない」とだけ言われたことについては、「あの時この検査を受けていたら違う道を選んだんじゃないか」ということはお考えになったようです。

人生は選択の連続です。
どういう学校に進むのか、どういう資格を取るのか、どういう仕事をするのか。
好きな人ができた時、結婚しようかなと思ったとき、お子さんを持つか持たないかと考えた時。
そうした選択の連続で一人の人生が成り立っています。

そう考えた時。人生全般に大きな影響を及ぼすのが遺伝子検査の結果だとわたしは思っています。

わたしが遺伝診療において先進的な検査を世界中から取り入れているのも、本当に路頭に迷っている人たちに手を差し伸べられるようになりたかったからです。

わたし自身も偽性偽性副甲状腺機能低下症という常染色体優性(顕性)遺伝性疾患の持ち主です。結婚する時、それなりにいろいろ考えました。3回出産しましたが、幸いなことに子どもたちは全員正常でした。母親であるわたしから病的遺伝子を引き継ぐと、インプリンティングと言われる現象がある疾患なので、子どもは偽性副甲状腺機能低下症となり、知的障害を含むもっと重い状態になります。

わたしが出産する頃は、この疾患が常染色体優性疾患である可能性があることくらいしか分かっていません。30年後、遺伝子検査がここまでできるようになりました。

30年前のわたしが、現代を生きていたら、いったいどんな選択をしたのかな?
結婚した?二分の一の確率にかけて出産した?3回も?

臨床遺伝専門医になることは、私自身にとっても深い葛藤の連続でした。だからこそ、何が正解かわかんない、逆に言うとどれも個々人にとって正解な選択肢の中から、患者さんに自分自身できちんと意思決定したんだ、と思っていただけるような医療支援をしたいと考えています。
自分の力で一歩踏み出すしかないからです。自分の人生だから。
だからこそ、意思決定過程をサポートすることを頑張っています。

ちなみに、わたしは臨床遺伝専門医になるときに、お勉強の過程で自分の遺伝性疾患に気付いたという間抜け医者です。気が付いたときの衝撃は半端なくて。「わたしは自分が当事者なのに遺伝性疾患の患者さんに向き合う自信はありません。専門医になるのはあきらめようと思います。もっと世の中が進んで、出生前診断が全ゲノムに拡大した時、わたしはもう生まれてこれない。そんな世界で当事者の私が気持ちを乱して医師としての役目が果たせるのか大変疑問です。」そう涙ながらに指導医に言いました。

師匠は言いました。

あなたにはあなたの役割があります。あなたにしかできない仕事がきっとあります。こう見えてわたしは遺伝専門医です。辛い事、苦しい事があれば全部私にぶつけなさい。そして必ず遺伝専門医になりなさい。あなたは必ず世の中に必要です。

そうしてしばらく毎週専攻研修に行っては泣く私と師匠の日々が続きました。

わたしはいろんな心的ハードルを周囲の方々に励ましていただいて、乗り越えて臨床遺伝専門医になりました。

そうやって専門医になるまでの間を支えてくれた人たち。その後を支えてくれる人たち。

あなたを支えようとするわたしを、たくさんの人たちが支えてくれています。見えないネットワーク。

遺伝子検査や出生前診断の現場に立つことは、希少遺伝性疾患の患者でもあるわたしにとってつらい場面もあります。わたしも当事者なので共感しすぎてしまって。実はAさんの件でも、師匠にどう伝えたらいいのか分からない、と愚痴を言ったくらいです。

しばらく師匠に愚痴を言って心が軽くなり、その後、わたしはAさんと向き合いました。

事実は変えられないけど、心の負担を軽くすることはできる。遺伝性疾患の当事者としてわたしが師匠という臨床遺伝専門医を通して学んだことです。

昨日も今日も明日も明後日も。ずっとこうして遺伝診療の現場に立ち続ける。一人一人の意思決定をサポートするために。