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TMB(腫瘍遺伝子変異量)とは?がん免疫療法の効果を予測するバイオマーカーをわかりやすく解説

仲田洋美 医師

この記事の監修:仲田洋美(臨床遺伝専門医)

のべ10万人以上の意思決定に伴走。国際医療誌『Medical Care Review APAC』『Global Woman Leader』の2誌で表紙を飾り、「Top Prenatal Testing Service in APAC 2025」に選出されるなど、世界基準の遺伝医療を提供。

TMB(腫瘍遺伝子変異量)とは、がん細胞のDNAにどれだけ多くの遺伝子変異が蓄積しているかを示す「数値」です。一般に、配列を読んだDNAの100万塩基(1メガベース)あたりの変異数(mut/Mb)で表されます。なぜこの数値が大切なのかというと、変異が多いがんほど、免疫の薬(免疫チェックポイント阻害薬)が効きやすい傾向があるからです。本記事では、TMBの意味から、測り方、世界の臨床試験のエビデンス、そして「万能ではない」という限界まで、臨床遺伝専門医がわかりやすく解説します。

この記事でわかること
📖 読了時間:約16分
🧬 がんゲノム医療・免疫療法・バイオマーカー
臨床遺伝専門医監修

Q. TMB(腫瘍遺伝子変異量)とは何ですか?まず結論だけ知りたいです

A. TMBは、がん細胞のDNAに蓄積した「後天的な遺伝子変異の量」を数えた指標です。変異が多いほど、がん細胞の表面に「異物(ネオアンチゲン)」が増え、免疫の攻撃対象になりやすくなります。そのためTMBが高い(一般に10 mut/Mb以上)と、免疫チェックポイント阻害薬が効きやすいとされ、効果予測のバイオマーカーとして使われています。ただしすべてのがんで万能というわけではなく、限界も明確になっています

  • TMBの正体 → がんのDNAに蓄積した体細胞変異の総量。mut/Mb(100万塩基あたりの変異数)で表す
  • 効く理由 → 変異が多い→ネオアンチゲン増加→T細胞が認識→免疫の薬で攻撃が再開
  • 測り方 → 全エクソーム解析(WES)が基準、実臨床ではがん遺伝子パネル。組織(tTMB)と血液(bTMB)がある
  • 臓器を問わない承認 → がんの発生臓器に関係なく「TMB-High固形がん」にペムブロリズマブが承認(日本でも)
  • 限界 → 一律カットオフの問題・MSS大腸がんの逆説・人種データの偏りによる過大評価

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1. TMB(腫瘍遺伝子変異量)とは?基本から理解する

これまでがんの治療は、「肺がん」「乳がん」のように発生した臓器ごとに分類して行うのが基本でした。しかし次世代シーケンサー(NGS)の進歩によって、がん細胞が持つ「遺伝子変異のプロファイル」が読めるようになり、臓器の種類を問わず、ゲノムの特徴そのものを標的にする治療が可能になりました。その代表的な指標のひとつがTMB(腫瘍遺伝子変異量)です[1]

💡 用語解説:mut/Mb(変異/メガベース)とは

mut/Mbは「100万塩基(1メガベース)あたり、何個の変異があるか」を表す単位です。たとえば10 mut/Mbとは「100万文字のDNAを読んだら、平均して10個の変異が見つかる」という意味です。本のたとえで言えば、文章のなかに「打ち間違い(タイプミス)」がどれくらい混じっているかの密度のようなものです。この密度が高い(=変異が多い)状態をTMB-High(高TMB)と呼びます。

健康な細胞では、DNAの複製ミスは精巧な修復機構によってすぐに直されます。しかし、ミスマッチ修復(MMR)機構などが壊れてゲノム不安定性を獲得した細胞では、この「校正機能」が働かず、変異が雪だるま式に溜まっていきます[2]。コピー機の故障で誤植がどんどん増えていくイメージで、こうして蓄積した変異の総量こそが、臨床で測定できるTMBなのです。

この用語が「遺伝・臨床」とどうつながるのか

TMBは一見すると腫瘍内科(がん薬物療法)の話題ですが、臨床遺伝の現場とも深くつながっています。理由は3つあります。第一に、極端に高いTMBを示すがんの多くは、MMR遺伝子(MLH1・MSH2・MSH6・PMS2)の異常やマイクロサテライト不安定性(MSI-H)を伴い、その背景にリンチ症候群(遺伝性大腸がん)などの遺伝性腫瘍が隠れていることがあるためです。第二に、TMBを正しく算出するには「生まれつきの変異」と「後天的な変異」を区別する必要があり、これはまさに遺伝医学の中核概念です。第三に、結果の解釈には非指示的な遺伝カウンセリングが欠かせません。

2. なぜ「変異が多い」と免疫療法が効くのか

TMBが免疫療法のバイオマーカーとして重要視される最大の理由は、「変異の数」と「免疫が標的にしやすいか」が密接に関係しているためです[1]。変異したDNAから作られるタンパク質は、本来とは違う異常なアミノ酸配列を持ちます。この「正常とは違う部品」を含むタンパク質は細胞内で分解され、その断片が細胞表面のMHC(主要組織適合遺伝子複合体)という「掲示板」に提示されます。これがネオアンチゲン(新生抗原)です。

💡 用語解説:ネオアンチゲン(新生抗原)

ネオアンチゲンとは、がん細胞の変異によって新しく生まれた、正常細胞には存在しない「目印」のことです。免疫の見張り役であるT細胞は、自分(自己)と他人(非自己)を厳密に見分けます。ネオアンチゲンは「見慣れない異物」として認識されやすいため、これが多いがんほど、免疫からの攻撃の的になりやすいのです。TMBが高い=ネオアンチゲンが多い可能性が高い、という関係が、TMBをバイオマーカーにする根拠です[3]

ところが、がん細胞も「免疫から逃げる仕組み(免疫逃避)」を獲得します。その代表が、T細胞の暴走を防ぐための生理的なブレーキ「免疫チェックポイント(PD-1/PD-L1経路やCTLA-4経路)」の悪用です。がん細胞がこのブレーキを踏ませることで、T細胞は疲弊し、攻撃をやめてしまいます[3]

💡 用語解説:免疫チェックポイント阻害薬(ICI)

がん細胞が踏ませている「免疫のブレーキ」を解除する薬です。代表的にはペムブロリズマブ・ニボルマブ(抗PD-1抗体)、イピリムマブ(抗CTLA-4抗体)などがあります。ブレーキが外れると、疲弊していたT細胞が再び活性化します。このとき攻撃すべきネオアンチゲンが豊富にある(=TMBが高い)と、強く持続的な抗腫瘍効果につながりやすいのです。

高TMBが免疫療法につながる流れ 変異の蓄積から、免疫による攻撃の再開まで ① ゲノム不安定性・DNA修復の破綻 MMR異常などで変異を直せなくなる ② 体細胞変異の蓄積 = 高TMB 後天的な変異がDNAに大量に刻まれる ③ ネオアンチゲン(新生抗原)が増える 変異タンパク質がMHCに提示される ④ T細胞が「非自己」として認識 攻撃の的になる機会が増える ⑤ 免疫チェックポイント阻害薬で ブレーキ解除 → 腫瘍を攻撃 ただし、がん細胞がMHCを失うなど別の逃避手段を持つ場合は TMBが高くても効果が下がることがある TMBは「免疫原性のポテンシャル」を近似する指標であり、単独で効果が決まるわけではない

高TMB → ネオアンチゲン増加 → T細胞の認識 → 免疫の薬で攻撃再開、という一方向の流れ。ただしMHC(HLAクラスI)の喪失やT細胞レパトアの多様性など、複数の要素が絡み合って最終的な効果が決まる。

ここで大切なのは、TMBは完全な予測マーカーではないという点です。ネオアンチゲンが豊富でも、がん細胞がMHC(HLAクラスI)の発現そのものを失うと、T細胞に「掲示板」を見せられず、免疫の薬の効果は大きく下がります[3]。免疫の反応はTMB単独ではなく、MHCの状態やT細胞受容体の多様性など、多くの変数の組み合わせで決まります。

3. TMBの測り方:WES・パネル・組織(tTMB)と血液(bTMB)

TMBを正確に測るには、高精度で再現性のある方法が必要です。大きく分けて、ゲノム全体を読む方法と、絞り込んで読む方法の2つがあります[4]

基準となる「全エクソーム解析(WES)」

TMB測定のゴールドスタンダードは、タンパク質をコードする領域全体(約30〜40 Mb)を網羅的に読む全エクソーム解析(WES)です。最大の利点は、同じ患者さんの正常細胞(通常は血液)と腫瘍を同時に解析する「ペア解析」ができることです。これにより、生まれつき持っている変異(生殖細胞系列変異)を正確に差し引き、純粋に後天的な体細胞変異だけを数えられます[4]。ただし費用・時間・解析基盤の負担が大きく、現状は主に研究や大規模試験での利用にとどまります。

💡 用語解説:体細胞変異 と 生殖細胞系列変異

生殖細胞系列変異は、精子や卵子の段階で持っている変異で、生まれつき全身の細胞に共有されます。一方体細胞変異は、生まれた後にがん細胞などで後天的に生じる変異です。TMBで数えたいのは後者だけです。両者を取り違えると数値がずれるため、この区別はTMB測定の生命線になります。詳しくは遺伝子バリアントの種類もご覧ください。

実臨床で使う「がん遺伝子パネル」と標準化の課題

実際の臨床で広く使われるのは、がんに関わる数百個の遺伝子(合計で約1〜2 Mb)に絞って読むターゲットNGSパネルです。限られた範囲の変異数から、ゲノム全体のTMBを外挿(推定)します。便利な一方で、計算アルゴリズムやプラットフォームの違いによって、同じ腫瘍でも検査ごとにTMB値がばらつくという問題が起こります[4]。たとえば「全変異を数えるか、非同義(アミノ酸が変わる)変異だけを数えるか」、「ドライバー変異を除外するか」などの設計の違いが、結果に影響します。

この検査間の不一致を是正するため、Friends of Cancer Researchを中心とした「TMB Harmonization Project」が立ち上がりました。複数の検査ラボ間でTMB測定を統一する取り組みで、パネルの物理的サイズ・搭載遺伝子・各社のパイプライン設計がばらつきの主因であることが定量的に示され、検査間を揃える統計的な校正手法が公開されています[5]

組織(tTMB)と血液(bTMB):リキッドバイオプシーの可能性と限界

TMBには、腫瘍組織で測るtTMBと、血液で測るbTMBがあります。bTMBは血液中に漏れ出た循環腫瘍DNA(ctDNA)を解析する非侵襲的な方法で、採血だけで全身の腫瘍情報を統合的に評価できる利点があります。組織採取が難しい進行がんでも実施でき、当院でもリキッドバイオプシーによるctDNAの体細胞変異解析を行っています。

ただしbTMBには重要な落とし穴があります。日本発の大規模研究(SCRUM-Japan MONSTAR-SCREEN試験)は、bTMBの精度は血液中の腫瘍DNAの割合(Tumor Fraction:TF)に決定的に依存することを示しました[6]。ctDNAが十分に放出されていれば組織と高い一致を示しますが、放出が少ないと「組織では高TMBなのに血液では検出できない(偽陰性)」が多発します。同じ現象は、もう一つのマーカーであるMSI-Hの検出感度でも顕著でした。

血液中の腫瘍DNA割合(TF)とMSI-H検出感度

ctDNAの放出量が少ないと、血液検査での見逃しが急増する(MONSTAR-SCREEN)

6%
79%

TF < 1%

(ctDNAが少ない)

TF ≧ 1%

(ctDNAが十分)

血液検査が陰性でも安心はできません。ctDNAの放出が少ないがん種では、血液で陰性でも組織検査で補完することが強く推奨されます。

4. 臨床試験と承認:KEYNOTE-158から日本での保険適用まで

TMBが効果予測のバイオマーカーとして地位を確立した背景には、いくつかの国際的な臨床試験があります。なかでも決定的だったのが、第II相バスケット型試験「KEYNOTE-158」です。標準治療に不応となった希少な進行・再発固形がんの患者さんを対象に、抗PD-1抗体ペムブロリズマブの効果を評価しました[7]

この試験で、TMB-High(10 mut/Mb以上)と判定された群の客観的奏効率(ORR)は29%に達し、奏効した患者さんの半数が24ヶ月以上も効果を維持しました。対照的に、TMBが10未満の群のORRはわずか6.3%にとどまりました[7]。この明確な差が、後の臓器横断的承認の根拠になりました。

KEYNOTE-158:TMBの高低による奏効率(ORR)の差

ペムブロリズマブ単剤での客観的奏効率の比較

29%
6.3%

TMB-High

(≧10 mut/Mb)

TMB低値

(<10 mut/Mb)

高TMB群はさらに、TMBが高いほどORRも上がる「用量依存的」な傾向を示しました。これがTMBをバイオマーカーとする強い後押しとなりました。

この結果に基づき、米国FDAは2020年6月、ペムブロリズマブを「FDA承認検査でTMB-High(≧10 mut/Mb)と確認された、治療歴のある切除不能または転移性の固形がん」に対して承認しました[8]。発生臓器ではなくゲノムの特徴だけを基準にした承認は、MSI-H/dMMR、NTRK融合遺伝子に続く快挙であり、TMBを対象としたものとしては史上初でした[7]

💡 用語解説:臓器横断的治療(がん種を問わない治療)

「肺がん用」「乳がん用」のように臓器ごとに薬を決めるのではなく、がんが持つ遺伝子の特徴(TMB-High、MSI-H、NTRK融合など)が共通していれば、臓器を問わず同じ薬を使うという考え方です。英語ではtumor-agnostic(腫瘍非依存的)と呼ばれます。TMB-Highへのペムブロリズマブ承認は、この新しい治療パラダイムの代表例です。

日本での承認とコンパニオン診断

日本でも、化学療法後に増悪した進行・再発のTMB-High固形がんに対してペムブロリズマブが承認されています。これに先立ち、TMBを測定する検査としてFoundationOne CDxがんゲノムプロファイルが、NTRK融合遺伝子・MSI-Highに続く「3番目の臓器横断的バイオマーカー」のコンパニオン診断として承認されました[9]。日本でもTMB-Highの定義は「1メガ塩基あたり10変異以上(非同義の体細胞変異)」とされています。

💡 用語解説:コンパニオン診断(CDx)

特定の薬が「その患者さんに効くかどうか・使えるかどうか」を判定するための検査です。TMB-Highへのペムブロリズマブの場合、FoundationOne CDxなどでTMBを測定し、基準を満たすかを確認します。なお、こうしたTMB測定とICI適応判定は、保険診療として「がんゲノム医療」の枠組み(拠点病院のエキスパートパネル)で行われるのが一般的です。当院(臨床遺伝)の役割は、遺伝性腫瘍の遺伝子診断と遺伝カウンセリングにあります。

仲田洋美院長

🩺 院長コラム【NSCLCの「CheckMate 227」が教えてくれたこと】

私はがん薬物療法専門医として、TMBの話をするとき必ず「CheckMate 227」の教訓を添えます。この非小細胞肺がんの第III相試験では、確かに高TMB群で無増悪生存期間(PFS)の延長が示されました。ところが最終的な全生存期間(OS)の解析では、ベネフィットがTMBの低い群にも及び、「TMBで効く人を選別できる」という当初の期待は完全には裏づけられませんでした。結果として、肺がん領域ではTMBはコンパニオンバイオマーカーとして承認されていません。

「PFSが改善した」と「TMBで患者を選別できる」はイコールではありません。良いニュースの見出しだけで判断しないこと——これは抗がん剤を扱う臨床医として、ご家族にも一番お伝えしたい姿勢です。TMBは強力ですが、万能の物差しではないのです。

血液(bTMB)を使った試験では、最適なカットオフ値が議論されました。MYSTIC試験(未治療NSCLC)では「bTMB≧16 mut/Mb」を境界にすると、デュルバルマブ+トレメリムマブ併用群で全生存期間が大きく改善(中央値16.5ヶ月 対 化学療法10.5ヶ月、ハザード比0.62)しました[10]。一方、この「16」の妥当性を前向きに検証したB-F1RST試験では、数値上の改善傾向は見られたものの、主要評価項目で統計学的有意差には届きませんでした[11]。これは「TMBは治療歴やステージで動く(動的な)バイオマーカーであり、カットオフは集団ごとに再調整が必要」という重要な教訓を残しました。

試験名 TMBの評価と閾値 主な結果(高TMB群)
KEYNOTE-158 組織TMB ≧10 mut/Mb ORR 29%。臓器横断的承認の根拠
CheckMate 227 組織TMB ≧10 mut/Mb PFSは延長。ただしOSはTMB低値群にも及び、選別マーカーとしては未確立
MYSTIC 血液TMB ≧16 mut/Mb OS中央値16.5ヶ月 対 10.5ヶ月(HR 0.62)
B-F1RST 血液TMB ≧16 mut/Mb 数値上の延長傾向はあるが統計学的有意差には未達

5. TMBの限界:「万能ではない」3つの理由

理由①:すべてのがんに「一律10 mut/Mb」を当てる難しさ

FDA承認は、あらゆる固形がんに一律「10 mut/Mb」を適用していますが、この画一的な線引きには学術的な批判もあります。実際、ベースとなるTMBの中央値は、がん種によって大きく異なります。紫外線や喫煙に関連する悪性黒色腫・肺がんなどは相対的に高く、神経系腫瘍・胆道がん・胃がんなどは低い傾向があります。同じ「10」で輪切りにしても、がん種によっては効果を予測できない可能性が指摘されています。なお、これらのがん種別の中央値は特定の研究コホートに基づく値であり、検査法によっても変わるため、絶対的な基準として扱うべきではありません。

理由②:MSS大腸がんの逆説(予測マーカーか、予後マーカーか)

大腸がん(CRC)は、TMBの解釈が最も複雑ながんの一つです。MSI-Hを伴う大腸がんは極端に高いTMBを示し、免疫療法に劇的に反応します。しかし大腸がん全体の約95%を占めるマイクロサテライト安定(MSS)型は、多くがTMB低値で、免疫の薬がほぼ効きません[12]

問題は「MSSなのに例外的にTMBが高い腫瘍」です。大規模研究では、MSS大腸がんの一部にTMB-High例が存在しますが、これらが免疫の薬に反応するかは見解が分かれ、近年はMSI-Hで見られるような劇的な改善には結びつきにくいとする報告が有力です[12]。さらに、MSS大腸がんでは高TMBが「免疫療法が効くサイン(予測マーカー)」というより、単に「進行が緩やかという予後マーカー」として働いている可能性も示唆されており、臨床判断を慎重にしています。

理由③:人種データの偏りによる「過大評価」

最も深刻なのが、TMB算出に潜む人種的バイアスです。コストの問題から、多くの臨床用パネルは正常組織を使わない「Tumor-only(腫瘍のみ)」方式を採用しています。この場合、生まれつきの変異を取り除くために公開ゲノムデータベース(gnomADなど)と照合しますが、これらのデータベースの80〜85%はヨーロッパ系のデータで構成されています[13]

この偏りのため、非ヨーロッパ系の患者さんに特有の生まれつきの変異がデータベースに登録されておらず、それが誤って「腫瘍特異的な体細胞変異」としてカウントされてしまいます。結果として、非ヨーロッパ系の患者さんでTMBが過大評価され、本来は適応外なのに「TMB-High」と誤判定されるリスクが高まります[13]。これは高額で重い副作用を伴う免疫の薬を不必要に使うことにつながりかねず、医療格差の問題として是正が急務とされています。理想的にはWESによる正常組織とのペア解析が望ましいのですが、普及にはコストの壁が残っています。

6. 遺伝診療との接続:リンチ症候群と遺伝カウンセリング

TMBの背景にある「変異が溜まる原因」を考えると、遺伝診療との接点が見えてきます。極端に高いTMBの主な原因は、MMR遺伝子(MLH1・MSH2・MSH6・PMS2)の機能喪失です。これらの遺伝子に生まれつきの変異があると、生涯にわたり大腸がん・子宮体がんなどのリスクが高まるリンチ症候群になります。

💡 用語解説:MSI-H/dMMR とは

dMMRはミスマッチ修復機構の欠損、MSI-Hはその結果としてマイクロサテライト(反復配列)が不安定になった状態を指します。両者はほぼ重なり、強い免疫療法の効果と結びつきます。重要なのは、MSI-HはほぼTMB-Highだが、TMB-HighにはMSI-H以外の原因も含まれるという関係です。つまりMSIとTMBは似ているが同じではなく、補い合う指標です。

したがって、TMBやMSI-Hが極端に高いがんが見つかったとき、それが遺伝性腫瘍のサインかもしれないという視点が欠かせません。ここで活躍するのが臨床遺伝専門医による生殖細胞系列の遺伝子診断と遺伝カウンセリングです。生まれつきの変異が確認されれば、ご本人だけでなくご家族のがんリスク評価やサーベイランス(定期検査)の計画にもつながります。検査を「受ける/受けない」の意思決定は、中立・非指示的な立場で、最終的にご家族に委ねられます。

当院では、こうした遺伝性腫瘍の遺伝学的検査や、リキッドバイオプシーによるctDNAの体細胞変異解析を行っています。なお、繰り返しになりますが、TMBを基準とした免疫チェックポイント阻害薬の適応判定そのものは「がんゲノム医療」の枠組みで拠点病院が担うものであり、当院の役割は遺伝子診断と遺伝カウンセリングを通じて、患者さんとご家族の意思決定に伴走することにあります。

7. よくある誤解

誤解①「TMBが高ければ必ず免疫の薬が効く」

TMBはあくまで「効きやすさの目安」です。MHCの喪失など別の逃避機構があれば、高TMBでも効かないことがあります。逆にがん種によっては高TMBでも予測が当たりにくい場合があり、単独の物差しにはなりません。

誤解②「TMBとMSIは同じもの」

似ていますが同じではありません。MSI-HはほぼTMB-Highですが、TMB-HighにはMSI-H以外の原因(喫煙・紫外線・POLE変異など)も含まれます。両者は補い合う別々の指標として使われます。

誤解③「血液で測れば組織はいらない」

血液(bTMB)はctDNAの放出量に左右されます。放出が少ないと陰性でも見逃しの可能性があるため、血液で陰性のときは組織での確認が推奨されます。

誤解④「検査の数字は世界共通で正確」

TMB値はパネルやアルゴリズムでばらつきます。さらに人種データの偏りにより、非ヨーロッパ系で過大評価される課題が知られています。数値は背景まで含めて解釈する必要があります。

8. 臨床遺伝専門医からのメッセージ

仲田洋美院長

🩺 院長コラム【数字の「奥」を読む医療へ】

TMBは、がん治療を「臓器」から「ゲノム」へと解き放った象徴的な指標です。私はがん薬物療法専門医として、また臨床遺伝専門医として、この10年でがん医療が大きく変わるのを目の当たりにしてきました。一方で、TMB-Highという一つの数字の裏側には、ネオアンチゲンの質、MHCの状態、ctDNAの放出量、そして人種データの偏りといった、たくさんの「文脈」が隠れています。

大切なのは、数字だけで判断せず、その奥にある生物学と、目の前の患者さん一人ひとりの背景を読むことだと考えています。とくにTMBやMSIが極端に高いとき、それはリンチ症候群のような遺伝性腫瘍のサインかもしれません。HBOCやリンチ症候群の遺伝カウンセリングを行う立場として、私はTMBを「治療の入り口」であると同時に「ご家族の未来を守る入り口」としても捉えています。この記事が、いま世界で何が起きているのかを知る一助になれば幸いです。

よくある質問(FAQ)

Q1. TMBが高いとは、具体的に何 mut/Mb 以上を指しますか?

ペムブロリズマブのTMB-High固形がんへの承認では、10 mut/Mb以上がTMB-Highの基準とされています(日本でも非同義の体細胞変異で同じ閾値)。ただしこれは一律のカットオフであり、がん種によって最適な値は異なるという議論もあります。血液(bTMB)では16 mut/Mbなど、文脈によって異なる閾値が検討されてきました。

Q2. TMB検査はミネルバクリニックで受けられますか?

TMBを基準とした免疫チェックポイント阻害薬の適応判定(FoundationOne CDxなど)は、保険診療として「がんゲノム医療」の枠組みで拠点病院のエキスパートパネルが行うのが一般的です。当院(臨床遺伝)の役割は、リンチ症候群などの遺伝性腫瘍の遺伝子診断と遺伝カウンセリング、およびリキッドバイオプシーによる体細胞変異解析にあります。

Q3. TMBとMSI-Hは何が違うのですか?

MSI-Hはミスマッチ修復の欠損による「反復配列の不安定さ」を、TMBは「変異の総量」を見ています。MSI-HのがんはほぼTMB-Highですが、TMB-HighにはMSI-H以外の原因(喫煙・紫外線・POLE変異など)も含まれます。両者は重なりつつも別の情報を持つ、補完的な指標です。

Q4. 血液で測るbTMBと組織のtTMBはどちらが正確ですか?

原則として組織(tTMB)が基準ですが、組織採取が難しい場合に血液(bTMB)が有用です。ただしbTMBは血液中の腫瘍DNA割合(Tumor Fraction)に強く依存し、放出が少ないと組織で高TMBでも血液で陰性になる「偽陰性」が起こります。血液で陰性のときは、可能なら組織での確認が推奨されます。

Q5. TMBが高いと、遺伝するがん(遺伝性腫瘍)の可能性がありますか?

可能性はあります。極端に高いTMB・MSI-Hの背景には、MMR遺伝子(MLH1・MSH2・MSH6・PMS2)の生まれつきの変異によるリンチ症候群が隠れていることがあります。気になる場合は、遺伝カウンセリングで生殖細胞系列の検査を含めて相談できます。

Q6. 「Tumor-only」と「ペア解析」では結果が変わるのですか?

変わり得ます。正常組織と比較するペア解析は生まれつきの変異を正確に差し引けますが、腫瘍だけを読むTumor-onlyはデータベース照合で代用します。このデータベースの大半がヨーロッパ系であるため、非ヨーロッパ系ではTMBが過大評価される偏りが報告されています。数値の背景まで含めた解釈が大切です。

Q7. 大腸がんでTMBが高ければ、免疫の薬は必ず効きますか?

必ずしもそうではありません。MSI-Hを伴う大腸がんは劇的に反応しますが、大腸がんの約95%を占めるMSS型では、例外的にTMBが高くても効果が限定的とする報告が有力です。MSS型では高TMBが「効くサイン」ではなく「進行が緩やかな予後マーカー」として働く可能性も指摘されています。

Q8. TMBは今後どのように使われていきますか?

単独の指標としてのTMBへの依存は転換期を迎えています。今後は、TMBに加えてMHC(HLAクラスI)の状態、T細胞受容体の多様性、PD-L1発現、CD8陽性T細胞の浸潤などを組み合わせた「複合的バイオマーカー」へと進む見込みです。同時に、多様な祖先を網羅する包摂的なゲノムデータベースの整備が、より公平な判定の鍵となります。

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参考文献

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  • [2] Understanding Tumor Mutational Burden (TMB). BLOODPAC. [BLOODPAC]
  • [3] The Challenges of Tumor Mutational Burden as an Immunotherapy Biomarker. PMC. [PMC7878292]
  • [4] Tumor mutational burden quantification from targeted gene panels: major advancements and challenges. Journal for ImmunoTherapy of Cancer (JITC). [JITC]
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  • [10] Nivolumab/Ipilimumab and TMB in NSCLC (CheckMate 227) / MYSTIC bTMB analysis. Targeted Oncology. [Targeted Oncology]
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  • [13] Inflation of tumor mutation burden by tumor-only sequencing in under-represented groups. PMC. [PMC7979755]

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仲田洋美 医師(臨床遺伝専門医)

この記事の監修・執筆者:仲田 洋美

(臨床遺伝専門医/がん薬物療法専門医/総合内科専門医)

ミネルバクリニック院長。1995年に医師免許を取得後、 臨床遺伝学・内科学・腫瘍学を軸に診療を続けてきました。 のべ10万人以上のご家族の意思決定と向き合ってきた臨床遺伝専門医です。

出生前診断(NIPT・確定検査・遺伝カウンセリング)においては、 検査結果の数値そのものだけでなく、 「結果をどう受け止め、どう生きるか」までを医療の責任と捉え、 一貫した遺伝カウンセリングと医学的支援を行っています。

ハイティーンの時期にベルギーで過ごし、 日本人として異文化の中で生活した経験があります。 価値観や宗教観、医療への向き合い方が国や文化によって異なることを体感しました。 この経験は現在の診療においても、 「医学的に正しいこと」と「その人にとって受け止められること」の両立を考える姿勢の基盤となっています。

また、初めての妊娠・出産で一卵性双生児を妊娠し、 36週6日で一人を死産した経験があります。 その出来事は、妊娠・出産が女性の心身に与える影響の大きさ、 そして「トラウマ」となり得る体験の重みを深く考える契機となりました。 現在は、女性を妊娠・出産のトラウマから守る医療を使命の一つとし、 出生前診断や遺伝カウンセリングに取り組んでいます。

出生前診断は単なる検査ではなく、 家族の未来に関わる重要な意思決定です。 年齢や統計だけで判断するのではなく、 医学的根拠と心理的支援の両面から、 ご家族が後悔の少ない選択をできるよう伴走することを大切にしています。

日本人類遺伝学会認定 臨床遺伝専門医/日本内科学会認定 総合内科専門医/ 日本臨床腫瘍学会認定 がん薬物療法専門医。 2025年には APAC地域における出生前検査分野のリーダーとして国際的評価を受け、 複数の海外メディア・専門誌で特集掲載されました。

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