目次
- 1 1. 斜顔裂(Tessier裂)とは ─ 顔をななめに横切るまれな裂け目
- 2 2. Tessier分類 ─ 眼窩を「赤道」に見立てた顔の地図
- 3 3. 斜顔裂はどうしてできるのか ─ 古典的な3つの説
- 4 4. SPECC1L遺伝子 ─ 「細胞の足場」が壊れると顔がつくれない
- 5 5. Tessier 3・4・5型の特徴 ─ どこを通り、何が危ないのか
- 6 6. 横顔裂(Tessier 7型・大口症) ─ 口角から耳へ向かう裂
- 7 7. 合併する症候群と全身の異常 ─ 顔だけの問題ではないこと
- 8 8. 治療の進め方 ─ 数年〜十数年にわたる段階的なロードマップ
- 9 9. 遺伝と遺伝カウンセリング ─ 「次の子にも起こる?」に向き合う
- 10 よくある質問(FAQ)
- 11 参考文献
- 12 関連記事
📍 クイックナビゲーション
斜顔裂(しゃがんれつ)は、口もとから頬をななめに横切って眼の下や眼のふちにまで達する、とてもまれな顔面の裂け目です。ふつうの口唇口蓋裂(出生800人に1人ほど)とはまったく別の病態で、全顔面裂のわずか0.25%ほどしかありません。数は少ないのですが、この裂け目がどうやってできるのかを解き明かす研究は、顔がどのようにつくられるかという発生のしくみそのものを理解する手がかりになってきました。本記事では、世界標準となっているTessier(テシエ)分類の考え方、近年わかってきたSPECC1L遺伝子の関わり、そして3・4・5・7型それぞれの特徴と再建治療の流れまでを、遺伝専門医の視点からやさしく解説します。
1. 斜顔裂(Tessier裂)とは ─ 顔をななめに横切るまれな裂け目
斜顔裂は、上くちびるから始まって頬をななめ上に走り、鼻のわきや眼のふち(眼窩)にまで達する、非定型顔面裂(ひていけいがんめんれつ)の一種です。単なる皮膚の裂け目ではなく、くちびる・上あごの骨・眼窩・頬・鼻、ときには頭蓋底や脳神経にまで及ぶ、立体的で幅広い組織の欠損をともないます。そのため、生まれたお子さんは重い顔面の左右差、視力の問題、うまく吸えない・飲み込めないといった摂食の問題、のちの発話の問題など、見た目と機能の両方にわたる課題に直面することがあります。
まず数の感覚をつかんでおきましょう。一般的な口唇口蓋裂が出生800人に1人ほどなのに対し、斜顔裂を含む非定型顔面裂は出生10万人あたり1.4〜4.9人と推定されています[1]。さらにそのなかでも斜顔裂に分類される病態は、全顔面裂のわずか0.24〜0.25%を占めるにすぎません[2]。つまり、形成外科や眼科の専門医であっても、生涯で経験できる症例数はごく限られます。この「まれさ」自体が、標準化された治療をむずかしくしている大きな理由です。
読者のご家族にとって、この数字には二つの意味があります。ひとつは「同じ経験をした人が身近にほとんどいない」という心細さにつながること。もうひとつは、だからこそ経験を集約した専門施設と、多くの診療科が連携するチーム医療が重要になるということです。数が少ないからこそ、どこで・誰に相談するかが、その後の見通しを大きく左右します。
💡 用語解説:非定型顔面裂(Atypical facial cleft)
「定型」の顔面裂とは、口もとの中央に近いふつうの口唇裂・口蓋裂のことを指します。これに対して非定型顔面裂は、頬や眼のふちなど「ふつうは裂けない場所」に生じるまれな裂け目の総称です。斜顔裂(ななめ)や横顔裂(よこ)はこの非定型顔面裂に含まれます。場所が一人ひとり違い、深さもさまざまなので、ひとくくりの「病名」というより、走行する経路によって細かく分類して考える病態だと理解するとわかりやすくなります。
2. Tessier分類 ─ 眼窩を「赤道」に見立てた顔の地図
複雑でばらつきの大きい顔面裂を整理するために、いまいちばん広く使われているのが、1976年にフランスの外科医ポール・テシエが発表したTessier(テシエ)分類です[3]。読者にとってのこの分類の意味は、「バラバラに見える裂け目に住所を与え、どこがどう壊れているかを一目で共有できる共通言語になる」という点にあります。担当する診療科が違っても同じ番号で会話できることは、チーム医療の土台そのものです。
Tessier分類の考え方はとてもシンプルです。正中線(顔の真ん中の縦線)と眼窩を基準にして、顔から頭蓋へ放射状に広がる裂け目に0から14までの番号を割りあてます。眼窩を地球の赤道に見立て、その下半分を顔面裂(0〜7)、上半分を頭蓋裂(8〜14)とします。おもしろいのは、顔面側の番号と頭蓋側の番号を足すと必ず「14」になるように対をなしていることです(たとえば4と10、3と11、0と14)。これは、同じ一本の軸の上で、下に延びれば顔面裂、上に延びれば頭蓋裂になる、という発想を表しています。このほかに、きわめてまれな下あごの正中裂であるTessier 30も知られています。
この分類のいちばんの革新は、それまで別々の奇形と考えられていた軟部組織(皮膚や筋肉)の欠損と、骨格の形成不全を、同じ一本の「裂軸」の上のつながった現象として統合した点にあります[3]。たとえば、頬骨の低形成と皮膚の裂け目を「たまたま重なった別々の異常」ではなく、「同じ軸に沿ったひと続きの障害」として読み解けるようになりました。ただし、正中から眼窩下孔(がんかかこう)までは軟部組織の傷が重くなりやすく、そこより外側では骨格の傷が重くなりやすい、という軟部と骨のずれもあり、位置だけでは説明しきれない部分が残ることも知られています。
Van der Meulen分類 ─ 「どこで発生が止まったか」で読む
Tessier分類が「いまどこが裂けているか」という地図だとすれば、1983年にVan der Meulen(ファン・デル・ムーレン)らが提唱した分類は、「胎児期のどの段階で顔づくりが止まったか」という時間軸の地図です。顔の初期発生では、前頭鼻隆起・内側と外側の鼻隆起・上顎隆起という「顔のパーツのもと」が、胎児が一定の大きさに育つ妊娠7週ごろまでに癒合を終えます。この癒合が止まった場所によって、鼻間異形成・鼻異形成・鼻上顎異形成・上顎異形成の4つに分けます。たとえば鼻上顎異形成は、解剖学的にはTessier 3裂に相当します。
ご家族にとってこの視点が大切なのは、斜顔裂を「たまたま物理的に裂けた傷」ではなく、発生というプログラムのどこかでつまずいた結果としてとらえ直せるからです。位置(Tessier)と時間(Van der Meulen)の二つの地図を重ねることで、外科医は「どの構造が・なぜ足りないのか」をより立体的に理解でき、再建の設計に生かせます。
3. 斜顔裂はどうしてできるのか ─ 古典的な3つの説
斜顔裂がなぜできるのかについては、長いあいだ大きく3つの説が議論されてきました。結論を先に言うと、どれか一つが正解というより、部位やタイプによって主役となる原因が違うと考えられています。読者にとっての意味は、「原因が一つでない以上、同じ斜顔裂でも一人ひとり背景が異なりうる」ということ。だからこそ画一的な説明ではなく、個別の評価が必要になります。
顔の形づくりは、妊娠4週から10週ごろにかけて、神経堤細胞(しんけいていさいぼう)という細胞が増えて移動し、顔のふくらみ(顔面隆起)を立体的に育て、正中で正確に癒合することで完成します。この過程のどこがつまずくかで、生じる裂け目が変わってきます。
斜顔裂の成り立ちを説明する3つの古典的理論
① 融合不全理論
顔のふくらみどうしが接したときに、境目の上皮がうまく消えず、癒合が完成しないために裂が残る、という考え方。
② 中胚葉浸透理論
上皮の壁のあいだに間葉細胞が十分に入り込めず、支える構造が足りずに壁が崩れて二次的に裂ける、という考え方。
③ 羊膜索理論
羊膜のひも(羊膜索)が組織に絡んで引っぱり、機械的に切断・変形を起こす、という考え方。発生線と一致しない裂を説明。
とくにTessier 5裂のように、既知の発生の癒合線とまったく一致しない場所に生じる裂け目は、①や②では説明がむずかしいことがあります。そのため、胎児の局所に異常な圧力がかかったり、羊膜索が直接組織を引っぱったりする機械的な原因が関わっているという説も、根強く支持されてきました[4]。実際、羊膜索症候群やADAMコンプレックスと呼ばれる状態では、四肢の拘縮や指の切断など、体のほかの部分にも機械的な障害をともなうことがあります[4]。
ところが近年、この「純粋に機械的な事故」という見方を大きく塗り替える発見がありました。それが、次の章でくわしく取り上げるSPECC1L遺伝子の変異です。この発見により、少なくとも一部の斜顔裂は分子レベルの発生異常として説明できることがわかってきました。
4. SPECC1L遺伝子 ─ 「細胞の足場」が壊れると顔がつくれない
🔍 関連記事:SPECC1L遺伝子とは/微小管/アクチン
2011年、斜顔裂の患者でSPECC1L遺伝子の機能喪失につながる遺伝学的異常が報告され、少なくとも一部の斜顔裂に明確な遺伝的基盤があることが示されました[5]。それまで散発的で原因不明とされていた病態に、はっきりした分子の設計図が結びついた、大きな転換点です。ご家族にとってこの発見が意味するのは、「原因不明」だった状態の一部が、遺伝子診断や遺伝カウンセリングの対象になりうるようになった、ということです。
💡 用語解説:機能喪失型変異とミスセンス変異
機能喪失型変異とは、遺伝子の変化によってそのタンパク質が本来の仕事をできなくなるタイプの変異です。設計図に誤りが入り、部品が「はたらかなくなる」イメージです。
また、DNAの1文字が置きかわってアミノ酸が別のものに変わる変異をミスセンス変異と呼びます。SPECC1Lの病的変異は、タンパク質の特定の領域(コイルドコイル部・カルポニン相同部)に集中して起こることが知られています。
SPECC1Lタンパク質は、細胞の骨組みをつくり・整える「足場タンパク質」です。具体的には、細胞どうしをくっつける接着結合をつくり、アクチンという骨組みを組織化し、微小管という別の骨組みを安定させる、多くの役割を兼ねています[5]。病的変異はこのタンパク質のコイルドコイル領域とカルポニン相同領域に集中しており、微小管と結びつく能力を強く損なうことがわかっています[6]。
この病態は、細胞の中の小さな異常が、最終的に顔全体の形の異常につながるという、段階を追ったカスケード(連鎖)として理解できます。SPECC1Lがはたらかなくなると、微小管とアクチンの連携が崩れます。この足場の不安定化はPI3K-AKTという細胞内の伝達経路にも影響し、大切な時期の頭部神経堤細胞が、上皮からはがれて移動する能力を落とします[6][8]。その結果、前頭鼻隆起や上顎隆起が正しいタイミングで正中に集まれず、肉眼で見える斜顔裂として現れる、というわけです。
遺伝子から顔の形まで ─ 多段階の連鎖
足場タンパク質が壊れる
微小管・アクチン
移動障害
はがれ・遊走が低下
癒合できない
=斜顔裂
細胞の中のごく小さな異常が、組織レベル、そして顔全体の形へと段階的に波及していきます。
この道すじは動物モデルでも裏づけられています。ゼブラフィッシュでSPECC1Lの相同遺伝子をはたらかなくすると、前頭鼻隆起と上顎隆起の細胞がうまく統合できず、両側性の裂や下あごの収束不全が再現されました[5]。マウスでも、SPECC1Lを失わせると口蓋の挙上の遅れや中顔面の低形成などが確認され、さらにSPECC1LはIRF6という別の重要な遺伝子の下流ではたらいて口蓋の発生を支えていることが示されました[7]。マウスで起きたことがそのままヒトに当てはまるとは限りませんが、複数の生きもので同じ役割が確認されていることは、この遺伝子の重要性を強く裏づけます。
SPECC1L症候群 ─ 斜顔裂だけにとどまらない広がり
臨床的に大切なのは、SPECC1Lの変異をもつ方は、斜顔裂だけでなく、両眼のあいだが広がる眼窩隔離症(がんかかくりしょう/ハイパーテロリズム)や二分鼻などをともなう「SPECC1L症候群」を呈することがある、という点です。この病態は、過去に非定型のOpitz G/BBB症候群やTeebi両眼隔離症候群(1型)として報告されてきた病態と重なります[8]。
ただし、典型的なOpitz症候群にみられる喉頭の異常や男性生殖器の異常はともなわず、代わりに臍帯ヘルニアや横隔膜ヘルニア、重複子宮などをともなうことから、独立した症候群として認識すべきという見解が強まっています[8]。見た目の特徴(広い鼻・眼瞼下垂・小顎症など)はBaraitser-Winter症候群とも似ますが、SPECC1L関連の病態では知的障害や神経細胞の移動異常は一般的にはみられない、という違いも指摘されています[8]。読者にとってこの整理は、「別名で説明されてきた病態が、じつは同じ遺伝子でつながっている可能性がある」という理解につながり、家族歴を読み解くうえでの手がかりになります。
5. Tessier 3・4・5型の特徴 ─ どこを通り、何が危ないのか
同じ斜顔裂でも、3・4・5型では通り道と危険なポイントがはっきり異なります。結論から言うと、外側にいくほど眼を守る構造が失われやすく、視力を守るための早い対応が重要になる傾向があります。ご家族にとってこの違いを知る意味は、「どのタイプかによって、まず何を最優先に守るべきかが変わる」という点にあります。
Tessier 3裂(鼻眼裂)
Tessier 3裂は斜顔裂のなかで比較的よく知られた形で、発生学的には上顎隆起と内側鼻隆起の融合不全(鼻上顎異形成)にあたります[3]。軟部組織は、上くちびるの赤唇部から始まり、鼻翼のつけ根を通って鼻の側壁をななめ上に貫き、内眼角(目頭)へ向かいます[2]。骨は上あごの側切歯と犬歯のあいだから始まり、上顎前頭突起を貫いて涙嚢溝や眼窩内側壁に達します。しばしば涙道の異常、下まぶたのコロボーマ(欠損)、小眼球症、重い眼窩隔離症をともないます[2]。
Tessier 4裂(口眼裂)
Tessier 4裂は3裂より少し外側を走り、鼻の構造を迂回して頬から直接眼窩へ向かう、きわめてまれな型です[2]。軟部組織はキューピッド弓と口角のほぼ中間から始まり、頬をほぼ垂直に近いななめ方向で貫き、涙管の外側を通って下まぶたの内側〜中央に達します。鼻そのものは無傷のまま残ることが多いのが特徴です[2]。
💡 ここは見落とせない:眼を守ることが最優先
Tessier 4裂では、眼窩底と下まぶたが広く欠けることで眼球を支える構造が失われ、眼球が下方にずれることがあります。この状態では角膜がむき出しになり、露出性角膜炎から視力障害に至るおそれがあります[9]。だからこそ、生まれてすぐの一時的な眼瞼縫合(タルソラフィー)などで角膜を保護することが重要になると報告されています[9]。これはご家族にとって、「見た目の再建より先に、まず眼を守る対応が優先されることがある」という大切なポイントです。
Tessier 5裂(外側口眼裂)
Tessier 5裂は、眼窩底へ向かう斜顔裂のなかで最も外側にあります。既知の発生の癒合線とまったく一致しないため、羊膜索などの機械的要因の関与も疑われる特異な裂で、世界的にも報告数がきわめて少ないタイプです[4]。軟部組織は口角の内側から始まってななめ上・外側に向かい、頬に深い溝をつくって下まぶたの中央から外側1/3に達します。骨は臼歯部あたりから始まり、眼窩下孔の外側で上あごを分断し、外側眼窩縁や上顎洞を巻き込みます[4]。4裂が眼窩底の内側寄りを壊すのに対し、5裂はより外側の頬骨まわりの立体構造に深く影響するため、骨格再建の難しさが一段と増します。
6. 横顔裂(Tessier 7型・大口症) ─ 口角から耳へ向かう裂
斜顔裂と並んで臨床でしばしば出会うのが、顔を水平方向に分断する横顔裂(Tessier 7裂)です。結論として、これは第1・第2鰓弓(さいきゅう)の発生異常に由来し、口角から耳に向かって裂が広がる病態で、軽い「口角の延長(大口症)」から、筋肉や骨まで完全に分断する重い裂まで幅があります[10]。ご家族にとっては、「同じTessierでもこのタイプはSPECC1Lより鰓弓の発生と結びついている」と理解しておくと、後述する合併症候群の話がつながりやすくなります。
発生頻度は約1/80,000〜1/300,000(顔面裂の0.3〜1.0%)とされ、顔面裂全体のなかでは比較的遭遇しやすいほうです[10]。半側顔面矮小症やGoldenhar(ゴールデンハー)症候群/oculo-auriculo-vertebral spectrum(OAVS)の一部として現れることがあり、耳の奇形(小耳症・副耳・耳前部のスキンタグ)、下あごの枝の低形成、頬骨の異常をともなうことがあります[10]。口輪筋が分断されるため、摂食時に口の中の圧を保つのがむずかしく、発話にも影響することがあります。
7. 合併する症候群と全身の異常 ─ 顔だけの問題ではないこと
非定型顔面裂は単独で生じることもありますが、症候群や他の先天異常の一部として認められることもあります[1]。その場合には、顔の所見だけでなく、心臓・四肢・中枢神経などを含めた全身評価が重要になります。だからこそ、顔だけを診るのではなく、症例ごとの所見に応じて全身を系統的に確認する視点が欠かせません。
横顔裂、とくにTessier 7裂は、第1・第2咽頭弓(従来、鰓弓)領域の発生異常と関連し、Goldenhar症候群/oculo-auriculo-vertebral spectrum(OAVS)などの頭蓋顔面異常に伴ってみられることがあります[10]。一方、非定型顔面裂全体では、CHARGE症候群、Fraser症候群、Treacher Collins症候群など、さまざまな症候群や先天異常を伴う症例が報告されています[1]。また、羊膜索症候群やADAMコンプレックスでは、四肢の拘縮や指趾の切断など、顔面以外にも機械的な障害を伴うことがあります。このため、裂型だけから特定の症候群を決めつけず、全身所見を踏まえて評価することが重要です。
実際、北インドの三次眼科医療機関でTessier裂の患者40名を対象にした後ろ向き研究では、発症の中心は小児期で、男性にやや多く、片側性の発症が両側性より一般的だったと報告されています[1]。合併症候群としてはGoldenhar症候群やFraser症候群が観察されています[1]。こうしたまとまったデータは数が少ないものの、「一人ひとり違うが、一定の傾向はある」という全体像を描くうえで貴重です。読者にとっては、これらの傾向を知ることが、次に何を確認すべきかの見通しにつながります。
8. 治療の進め方 ─ 数年〜十数年にわたる段階的なロードマップ
斜顔裂の治療には、世界的に画一化された標準プロトコルはありません[1]。表現型のばらつきが非常に大きいため、形成外科・顎顔面外科・眼科・耳鼻咽喉科・神経外科・言語聴覚士による多職種の連携(集学的アプローチ)が欠かせません。ご家族にとってこの点の意味は、「一度の手術で終わるものではなく、成長に合わせて何年もかけて進む長い道のりである」ことを、あらかじめ理解しておくことにあります。見通しを持てることが、心の準備につながります。
外科的介入は、機能(視力を守る・呼吸・摂食)を守る必要性と、これから伸びていく顔面骨格の成長ポテンシャルの両方を考えて、段階的なロードマップに沿って行われます[10]。
以下は代表的な報告をもとにした一般的な流れの一例です。実際の手術時期や術式は、裂型、眼球・眼窩の状態、口蓋裂の有無、呼吸・摂食の問題、顔面骨格の成長などによって大きく異なります。
成長に合わせた治療の流れ(一般的な考え方)
STEP 1:新生児期〜乳児期(0〜6か月)
まぶたの欠損による眼球の下方脱出と露出性角膜炎の予防が最優先。必要に応じて一時的な眼瞼縫合や局所皮弁で眼を守る。重い口唇裂・大口症には口唇癒着術で張力を緩め、生後6か月ごろに最終的な口唇・口角形成を行う二期的アプローチが用いられる。
STEP 2:乳幼児期〜学童期前(1〜4歳)
口蓋裂を伴う場合には、言語発達などを考慮して適切な時期に口蓋閉鎖術を行う。眼窩底の欠損が大きく眼球支持が不十分な症例では、幼少期から骨性再建が検討されることがある。
STEP 3:学童期〜青年期(8〜18歳)
9歳前後で歯槽部骨移植。重い眼窩隔離症や中顔面低形成には、顔面二分術や骨延長術などの頭蓋顔面外科的アプローチ。成長完了後に最終的な正顎手術と鼻の修正を行う。
軟部組織の再建では、広いななめの欠損を単一の皮弁で覆うのは難しいため、近年は罹患部を眼瞼・口唇・鼻頬部の3つの要素に分けて、それぞれ最適化して再建する「分割アプローチ(Split approach)」が有効とされています[9]。眼瞼部では角膜を守る機能の回復、口唇部では口輪筋の連続性の回復、鼻頬部では欠損した頬・鼻翼の組織の補填が、それぞれの目標になります。ご家族にとっては、「一枚の傷を縫う」というより「機能ごとに分けて立て直す」というイメージを持つと、複数回の手術の意味が理解しやすくなります。
次世代の技術 ─ 仮想手術計画(VSP)と3Dプリンティング
斜顔裂の立体構造はきわめて複雑で、従来の二次元の画像だけでは、術中の予期せぬ変異への対応や複雑な骨切りの正確な実行に限界がありました。この十数年で導入が進んだ仮想手術計画(VSP)は、患者さんのCTデータをもとに仮想空間で骨格の三次元モデルをつくり、手術を丸ごとシミュレーションする方法です。どこで骨切りを行い、どの角度・距離で動かすかを、術前に三次元的に検討できます[11]。
立てた計画は、3Dプリンティングによって物理的なガイドやインプラントとして手術室に持ち込まれます。患者さん専用のカッティングガイドは、重要構造との位置関係を術前に確認しながら、計画した位置での骨切りを再現するために利用されます[11]。複雑な欠損に合わせて再建プレートをあらかじめ曲げておいたり、完全オーダーメイドのインプラント(PSI)を直接プリントしたりする手法も広がりつつあります。読者にとってこの進歩の意味は、「一人の外科医が生涯で経験できる症例数が限られる希少疾患でも、術前の予行演習によって精度を高められる」という点にあります。ただし、実際には軟部組織の抵抗などで計画どおりに骨が動かないこともあり、臨床的な判断による修正を常に織り込む必要があります。
9. 遺伝と遺伝カウンセリング ─ 「次の子にも起こる?」に向き合う
🔍 関連記事:遺伝カウンセリングとは/常染色体顕性遺伝/臨床遺伝専門医
ご家族からいちばん多い問いのひとつが「これは遺伝しますか」「次の子にも起こりますか」です。まず結論を整理すると、斜顔裂は原因が一つではないため、遺伝形式も背景によって異なります。羊膜索など機械的な要因が主体と考えられる症例では、次子への再発リスクは一般に低いと考えられます。一方で、SPECC1L関連疾患は、ヘテロ接合性病的バリアントによる常染色体顕性(優性)遺伝として知られ、de novo(新生)で生じる例も報告されています[8]。だからこそ、「まず原因を可能な範囲で見きわめる」ことが、再発リスクを語る前提になります。
💡 用語解説:常染色体顕性(優性)遺伝
常染色体顕性遺伝とは、一対ある遺伝子のうち片方に変化があるだけで症状が現れうる遺伝の形です。従来「優性」と呼ばれてきたものと同じ意味で、現在は「顕性」という用語が併用されています。病的バリアントをヘテロ接合で有する方では、各妊娠で子にそのバリアントが受け継がれる確率は50%です。ただし、実際には症状の重さに個人差(表現度の差)があることも知られています。数字だけが一人歩きしないよう、専門家と一緒に読み解くことが大切です。
こうした背景があるため、斜顔裂は遺伝カウンセリングが力を発揮する領域のひとつです。ご家族の病歴を整理し、必要に応じて遺伝学的検査を検討し、「わかること・わからないこと」を線引きしながら、次の妊娠や血縁者への影響について一緒に考えていきます。当院では、こうした相談を臨床遺伝専門医が担当します。SPECC1L関連の病態が疑われる場合には、Teebi両眼隔離症候群など関連する病態の情報も合わせて整理していくことになります。読者にとってこの章の意味は、「遺伝するかどうかは、一律に決まっているのではなく、原因を確かめながら個別に評価するものだ」という理解にあります。
今後の展望として、分子遺伝学と画像工学のさらなる融合が期待されています。将来的に遺伝的背景にもとづく表現型の予測がより精密になれば、VSPなどのデジタル技術と組み合わせて、一人ひとりの成長を考慮した再建計画につながる可能性があります。現在も、希少な頭蓋顔面疾患に対して遺伝学とデジタル技術を活用する研究・技術開発が進んでいます。
📌 このページを読んだあなたへ
この記事にたどり着いた方には、お子さんが斜顔裂と診断されたばかりの方、次の妊娠を前に再発が不安な方、あるいはご家族に顔面裂の既往があり自分たちへの影響を知りたい方など、さまざまな状況があると思います。次に確認しておくとよい観点を挙げます。
・遺伝形式と再発率(原因によって大きく異なります)
・原因遺伝子としてのSPECC1L遺伝子と、関連するTeebi両眼隔離症候群の広がり
・合併しうる症候群(Treacher Collins症候群など)と全身の評価
・遺伝カウンセリングで、これらを家族歴とあわせて整理すること
🏥 顔面裂・先天異常の遺伝相談
斜顔裂・SPECC1L関連疾患などに関する
遺伝形式の整理・遺伝子検査・遺伝カウンセリングは
臨床遺伝専門医が在籍するミネルバクリニックにご相談ください。
よくある質問(FAQ)
参考文献
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