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私たちの遺伝子のはたらきは、「miRNA応答配列(MRE)」という短い塩基配列によって、驚くほど精密に調整されています。MREは、マイクロRNA(miRNA)という小さなRNAが結合するための“受信端子”であり、ここに小さなRNAが結合することで、その遺伝子からタンパク質がつくられる量が増えたり減ったりします。本記事では、MREの基本から、競合的内在性RNA(ceRNA)やスポンジ機構、miRNAそのものを壊す最新の発見(TDMD)、そしてCAR-T細胞療法やAAV遺伝子治療への応用までを、遺伝専門医がやさしく解説します。
Q. miRNA応答配列(MRE)とは何ですか?まず結論だけ知りたいです
A. MRE(miRNA response element)とは、メッセンジャーRNA(mRNA)などの上に存在する、マイクロRNA(miRNA)が結合するための短い塩基配列です。miRNAがここに結合すると、その遺伝子からつくられるタンパク質の量が抑えられたり、状況によっては逆に増えたりします。MREは単なる「抑制の目印」ではなく、細胞の状態に応じて遺伝子のはたらきを切り替える“論理スイッチ”として機能し、近年はがん免疫療法や遺伝子治療を設計するための重要な“部品”としても活用されています。
- ➤MREの正体 → miRNAが結合する短い配列で、主にmRNAの3’非翻訳領域などに存在
- ➤出力の多様性 → 結合の相補性しだいで「mRNA切断」「翻訳抑制」「翻訳活性化」へと変化
- ➤ネットワーク機能 → lncRNAやcircRNAがMREでmiRNAを奪い合う「ceRNA仮説」へ発展
- ➤驚きの発見 → 特定のMREはmiRNA自身を分解する(TDMD)能動的なスイッチだった
- ➤医療応用 → AAV遺伝子治療の組織選択やCAR-T細胞の発現微調整に活用が進む
1. miRNA応答配列(MRE)とは何か:遺伝子発現の「受信端子」
私たちの体のすべての細胞は、ほぼ同じDNAの設計図を持っています。それにもかかわらず、神経細胞・心筋細胞・皮膚細胞などがまったく異なる姿とはたらきを持つのは、「どの遺伝子を、どのタイミングで、どのくらいの量はたらかせるか」を細胞ごとに細かく調整しているからです。この調整役のひとつが、20〜24塩基ほどの非常に短いRNAであるマイクロRNA(miRNA)です。そして、そのmiRNAが結合する“相手側”の短い塩基配列こそが、本記事の主役であるmiRNA応答配列(MRE:miRNA response element)です。
細胞の中で成熟したmiRNAは、まずArgonaute(Ago)タンパク質を中心とするRISC(RNA誘導サイレンシング複合体)という複合体に取り込まれます。この複合体は、取り込んだmiRNAを「ガイド(道案内役)」として使い、メッセンジャーRNA(mRNA)の上にある、miRNAと相補的な配列=MREを探し当てて結合します。つまりMREは、細胞内に無数に存在する「情報の受信端子」であり、ここにどのmiRNAが結合するかによって、その遺伝子の運命が左右されるのです。
💡 用語解説:mRNA(メッセンジャーRNA)と転写後制御
DNAの遺伝情報は、まずmRNA(メッセンジャーRNA)という“写し”に転写され、それをもとにタンパク質がつくられます。MREによる制御は、この「mRNAができた後」の段階で量を調整するため「転写後制御」と呼ばれます。DNAそのものを書き換えるのではなく、できあがった指示書(mRNA)の使われ方を調整する、いわば“校正・編集”のような仕組みです。
「シード配列」がカギを握る
miRNAとMREの結合で最も重要なのが、miRNAの5’末端から数えて2〜8番目にあたる「シード配列(種=seed)」と呼ばれる短い領域です。この部分がMREとぴったり塩基対を形成できるかどうかが、結合が成立するかの第一関門になります。シード配列の合い方には段階があり、より長く正確に合うほど(たとえば8塩基がきっちり合う「8mer」のサイト)強い抑制が働き、6塩基程度の合い方ではゆるやかな抑制になります。このわずか数塩基の違いが、遺伝子のはたらき方を大きく左右するのです。
miRNAを抱え込んだRISCが、標的mRNA上のMREを探し当てて結合する。シード配列の合い方の強さによって、その後に起こる反応(抑制・分解・活性化)が変化する。
かつてMREは、mRNAの末尾側にある3’非翻訳領域(3’UTR)にだけ存在すると考えられていました。しかし高精度なゲノム解析が進むにつれ、5’UTR・タンパク質をコードする領域(CDS)・遺伝子のプロモーター付近、さらには長鎖ノンコーディングRNA(lncRNA)や偽遺伝子の上にも機能的なMREが多数存在することがわかってきました。つまりMREは、私たちが思っていたよりもはるかに広く、ゲノム全体に張りめぐらされた制御ネットワークの“受け口”だったのです。
2. MREが切り替える3つの出力:抑制・分解・そして活性化
MREの最も興味深い性質は、miRNAとの結合の「合い方(相補性の完全さ)」と、MREが置かれている細胞の状況によって、その後に起こる結果がまったく変わる点にあります。同じ「結合」という現象でも、出力は「切断」「翻訳抑制」「翻訳活性化」という3つの方向に分岐するのです。
① 完全に合えば「切断」、部分的なら「翻訳抑制」
MREの配列がmiRNAと完全に相補的(ぴったり一致)な場合、RISCの中心にあるAgo2というタンパク質がハサミ(エンドヌクレアーゼ)として働き、標的mRNAをその場で切断します。切断されたmRNAは二度と使えなくなり、不可逆的に分解されます。これはRNA干渉(RNAi)として知られる現象と同じ原理で、植物や昆虫では一般的ですが、ヒトを含む哺乳類ではむしろ少数派です。
ヒトでより一般的なのは、シード配列はぴったり合うものの、それ以外の部分にずれ(ミスマッチ)を含む“不完全な”MREです。この場合、mRNAは切断されず、形は保たれます。その代わりに、タンパク質をつくる作業(翻訳)の開始がブロックされたり、mRNAの末尾にあるポリA鎖(しっぽ)が削られてmRNAが不安定になり、徐々に壊れていきます。つまり「即座に処分」ではなく「使われにくくして、じわじわ減らす」タイプの抑制です。
② 常識を覆す「翻訳活性化」への反転
長らくMREは「遺伝子を抑える目印」と考えられてきました。ところが、細胞が血清飢餓(栄養不足)などのストレスにさらされたときや、細胞が活発に分裂していない静止期、あるいは卵子の成熟過程などの特殊な状況では、MREの機能が逆転して「翻訳活性化(タンパク質づくりを促進)」へと切り替わることが報告されています。mRNAの3’UTRにあるAUリッチな配列の近くにMREがあると、FXR1やHuRといったRNA結合タンパク質が呼び込まれ、通常とは逆に標的mRNAの翻訳を強力に後押しするのです。
💡 用語解説:MREは「論理スイッチ」
電子回路のスイッチが、入力する信号によって「オン」と「オフ」を切り替えるように、MREも結合するmiRNAの種類・合い方・細胞の状態という“入力”に応じて、遺伝子のはたらきを抑えたり強めたりします。同じ配列が、状況によって正反対の答えを出す——この柔軟さが、MREを単なる目印ではなく「高度な情報処理装置」たらしめています。
このように、MREは置かれた文脈に応じて出力の向きを変える、いわば細胞の状態を読み取るセンサーです。この「文脈依存性」を理解することは、後半で解説する遺伝子治療の設計においても、極めて重要な意味を持ってきます。
3. ceRNAとスポンジ機構:RNA分子がmiRNAを奪い合う
MREの発見は、当初「mRNAがmiRNAに一方的に支配される」という受け身のモデルでした。しかし、MREを持つRNAは、実は逆にmiRNAを“吸い取って”無力化することもできる——この発想の転換が、競合的内在性RNA(ceRNA:competing endogenous RNA)仮説です。
💡 用語解説:ceRNAと「スポンジ」
同じmiRNAに対するMREを複数持つRNA分子は、まるでスポンジが水を吸うように、そのmiRNAを自分に引き寄せて捕まえます。すると、本来miRNAに抑えられるはずだった別のmRNAは“監視の目”から逃れ、はたらきが回復します。このように、MREを介してmiRNAを奪い合うRNA同士を「競合的内在性RNA(ceRNA)」と呼び、miRNAを吸着する作用を「スポンジ機能」と呼びます。
理論上、MREを持つRNAはすべてceRNAになり得ます。lncRNA・偽遺伝子、そして近年特に注目される環状RNA(circRNA)などが多数のMREを抱え、miRNAに対する分子スポンジとして機能します。同じmiRNA群を奪い合うRNA同士は、一方が増減するともう一方の翻訳効率に影響が及ぶという、複雑な相互制御ネットワークを形づくっています。遺伝子は単独で動いているのではなく、RNA同士が見えない糸でつながり合っているのです。
circRNAという「最強のスポンジ」
数あるceRNAのなかでも、環状RNA(circRNA)は特に強力なスポンジです。その名のとおり輪っか状の閉じた構造を持つため、RNAの端から削っていく分解酵素(エクソヌクレアーゼ)に攻撃されにくく、半減期が長いという特徴があります。circRNAは、上流と下流のエクソンが通常とは逆向きに結合するバックスプライシングなどによってつくられます。
代表例が、マウスやヒトの脳で多く存在する「CIRs-7(CDR1-AS)」という分子です。この一本のcircRNAは、miR-7に対するMREを数十個も直列に並べた驚異的な構造を持ち、細胞内のmiR-7を一網打尽に吸着します。その結果、本来miR-7に抑えられていた多数の標的mRNAが一斉に抑制から解放され、はたらきが高まります。一個の分子が、まるで多数の釣り針を備えた仕掛けのように、特定のmiRNAだけを選んで捕らえているのです。
ネットワークの破綻と病気
ceRNAネットワークの絶妙なバランスは、RNAの量・細胞内での居場所・miRNAとの結合の強さ・RNA編集による配列の変化などによって細かく調整されています。このバランスが崩れると、下流の制御が破綻し、さまざまな病気につながることが報告されています。たとえば乳がんなどの固形がんでは、lncRNAやcircRNAがスポンジとして異常に増え、本来がんを抑えるはたらきを持つmiRNAを吸い取ってしまうことで、がん遺伝子のはたらきが過剰になると考えられています。下垂体腺腫や橋本病(甲状腺炎)など、内分泌・自己免疫の領域でもceRNAネットワークの異常が報告されており、MREを起点とした制御の乱れが幅広い疾患と関わることがわかってきています。
4. 細胞を越えて伝わるMRE:エクソソームによる遠隔通信
🔍 関連用語:エクソソーム(細胞外小胞)/マイクロRNA(miRNA)
MREを介した制御は、一つの細胞の中だけにとどまりません。近年、miRNAがエクソソーム(細胞外小胞)という小さなカプセルに包まれて細胞外へ分泌され、遠く離れた細胞に届いて、その細胞のMREに作用することが明らかになりました。miRNAはまるでホルモンのように、隣の細胞や遠隔の臓器へとメッセージを運ぶ「通信手段」としても機能しているのです。
💡 用語解説:エクソソームとは
エクソソームは、細胞が分泌する直径100ナノメートルほどの極小のカプセル(小胞)です。中にはタンパク質やRNA(miRNAを含む)が詰められており、細胞から細胞へ“荷物”を届ける宅配便のような役割を果たします。血液などの体液中を移動できるため、近くの細胞だけでなく遠くの臓器にも情報を運ぶことができます。
この仕組みは、よい方向にも悪い方向にも働きます。たとえば、転移性の乳がん細胞が分泌するエクソソームにはmiR-105が大量に含まれており、これが血管の内側を覆う内皮細胞に取り込まれると、細胞同士の“すき間を塞ぐ”タンパク質(ZO-1)のmRNA上のMREに結合してそのはたらきを抑えます。すると血管のバリアが壊れ、がん細胞が血管に入り込みやすくなり、遠隔転移が促進されると報告されています。一方、臍帯血由来のエクソソームに豊富なmiR-21-3pは、線維芽細胞や血管に働きかけて創傷治癒を加速させるという、治療に役立つ方向の作用も持ちます。MREは、多細胞生物の全体に張りめぐらされた“通信プロトコル”の受信端子でもあるのです。
5. TDMD:MREがmiRNA自身を分解する驚きの発見
これまで、miRNAを抱えたRISCは非常に安定で、標的を抑えたあとも解離して次々と別の標的を処理していく「使い回し可能な装置」だと考えられてきました。ところが最新の研究で、特殊な構造を持つMRE(トリガーRNAと呼ばれます)が、標的mRNAではなく結合したmiRNA自身の分解を能動的に引き起こすという、まったく逆の現象が発見されました。これが標的依存的miRNA分解(TDMD:Target-Directed MicroRNA Degradation)です。
💡 用語解説:TDMD(標的依存的miRNA分解)
通常のMREは「miRNAに自分(mRNA)を抑えてもらう」ための受け口ですが、TDMDを引き起こす特殊なMREは逆に「結合してきたmiRNAのほうを壊す」仕掛けです。シード配列だけでなく3’側も広く相補的に合うのが特徴で、これが引き金となってmiRNAが分解されます。細胞が不要になったmiRNAを掃除する“自己浄化システム”と言えます。
TDMDのトリガーとなるMREは、miRNAのシード領域だけでなく、3’側にも広く相補的に結合するのが特徴です。miRNAがこの特殊なMREに結合すると、Agoタンパク質の形が変化し、それを感知してZSWIM8(哺乳類の場合)と呼ばれる特殊な酵素(E3ユビキチンリガーゼ)が呼び寄せられます。ZSWIM8はAgoに「分解の目印」(ユビキチン)を付け、Agoはタンパク質分解装置(プロテアソーム)へ送られて速やかに壊されます。すると、Agoに守られていたmiRNAが裸の状態でむき出しになり、分解酵素によって速やかに処分されるのです。この一連の流れは、標的タンパク質分解でおなじみのユビキチン-プロテアソーム系を巧みに利用しています。
さらに驚くべきことに、この過程でトリガーRNA(MREを持つ側)自身はほとんど壊れません。役目を終えると、ただちに次のAgo-miRNA複合体を捕まえ、再び分解サイクルを回し始めます。つまり、たった一個のトリガーRNAが次々とmiRNAを壊し続ける、いわば“使い回しのきく分解装置”として働くのです。代表例はマウスの脳などで発現するlncRNA「Cyrano」で、ある組織では細胞内のmiR-7の98%以上を短時間で消し去るほどの強力さを示します。TDMDの発見は、MREが単なる受け身の目印ではなく、細胞が遺伝子発現プログラムを能動的にリセットするためのスイッチでもあることを示しました。
6. MREをどう見つける?予測アルゴリズムと実験的検証
これほど多様な機能を持つMREを、数万種類のRNAの中から正確に見つけ出すことは、現代の生命情報科学(バイオインフォマティクス)における重要な課題です。コンピューター上での予測(インシリコ解析)では、複数の手がかりを組み合わせて、どこにMREがあるかを推定します。
こうした原理を実装した予測ツールは数多く開発されており、配列の保存性を重視するTargetScan、結合の安定性を重視するRNAhybridやPITA、複数の要素を統合するmiRanda、そして実験で確かめられた相互作用を蓄積したデータベース(DIANA-TarBase、miRTarBaseなど)といった具合に、目的別に使い分けられています。
ただし、これらの予測ツールは「シード配列の一致」を重視するあまり、本記事で見てきたような非標準的なMREや、細胞の状態によって変わる動的な結合を見落とす危険があります。そこで近年は、生きた細胞の中でAgoタンパク質に実際に結合しているmiRNAと標的を直接読み取る「CLIP-seq」や「CLASH」といった実験手法が主流になりつつあります。これらは、コンピューター予測の限界を補い、細胞内で本当に起きている相互作用の地図を描き出す、決定的な証拠を提供しています。
7. MREを「書き込む」:遺伝子治療と合成生物学への応用
MREは「細胞ごとに異なるmiRNAのレパートリー」を逆手に取ることで、遺伝子治療の精密な設計図として活用できます。つまり、MREは「読み解く対象」から「自在に書き込むツール」へと進化しているのです。
① AAV遺伝子治療の「狙い撃ち」を助ける
AAVベクターは、遺伝子治療で治療用の遺伝子を運ぶ“運び屋”としてよく使われます。しかし、静脈に投与すると目的外の臓器(特に肝臓)や免疫細胞にも届いてしまい、肝臓への負担や、治療用遺伝子に対する免疫反応を引き起こすことが課題でした。そこで、治療用遺伝子の3’UTRに「特定の臓器で多いmiRNAのMRE」を組み込むという戦略が使われます。
💡 用語解説:デターゲティング(標的外しの工夫)
たとえば肝臓で非常に多いmiR-122のMREを治療用遺伝子に組み込んでおくと、肝臓に届いたときだけそのmiRNAが治療用遺伝子を抑え込み、肝臓では作用しないようにできます。一方で目的の臓器(心筋など)にはそのmiRNAが少ないため、治療効果はしっかり発揮されます。「届いてほしくない場所だけでオフにする」——これがデターゲティング戦略です。
同様に、免疫細胞(樹状細胞やマクロファージ)で多いmiR-142のMREを組み込むと、免疫細胞での治療用遺伝子の発現が抑えられ、不要な免疫反応を避けやすくなります。骨格筋や心筋で多いmiR-1やmiR-206のMREを使えば、それらの組織での余計な発現を抑えられます。こうした考え方は、ミネルバクリニックでも解説している自己制御型遺伝子治療(miRARE/EXACT技術)とも深くつながる、MRE応用の代表例です。
② CRISPRでMREを「隠す」
逆に、MREによる抑制を無効化することで病気を治そうという発想もあります。CRISPRの仕組みを応用し、RNAに結合するタイプのCas(dCas13)を使って標的mRNA上のMRE領域を物理的に覆い隠し、miRNAが結合できないようにする技術が研究されています。これは「miRNAから特定のmRNAを守る盾」のようなアプローチで、筋強直性ジストロフィーのモデルマウスで異常の是正に成功したという報告があります。なお、ここで使われるのはDNAを切るタイプのCRISPRではなく、RNAに結合してブロックするタイプである点に注意が必要です。
③ 細胞を見分ける「論理回路」をつくる
合成生物学の分野では、複数のMREを組み合わせて「AND(かつ)/NOT(でない)」といった論理回路を細胞内に組み込み、細胞の状態を自動で判別する「細胞分類器」の開発が進んでいます。たとえば、がん細胞でだけはたらくプロモーターと、正常細胞には豊富だががん細胞では減っているmiRNAのMREを組み合わせれば、「正常細胞では作動せず、がん細胞でだけ治療スイッチが入る」回路を設計できます。膵臓がんを標的とした研究では、正常細胞での作動を抑え込み、がん細胞でだけ治療用の環状RNAをつくらせることに成功しています。MREが、細胞の内部状態を読み取る高感度センサーとして機能している好例です。
④ CAR-T細胞の発現を「微調整」する(miSFITs)
がん免疫療法で注目されるCAR-T細胞療法(患者のT細胞を改変してがんを攻撃させる治療)では、攻撃用の受容体(CAR)の量が多すぎると、T細胞が疲れ果てて(疲弊して)効果が長続きしないという課題があります。かといって少なすぎても効きません。そこで開発されたのが「miSFITs」という技術です。これは、T細胞内に常にあるmiRNAに対するMREに、わざと数塩基のずれ(ミスマッチ)を入れて結合の強さを段階的に弱めた“不完全なMRE”のライブラリです。
💡 用語解説:miSFITs(発現量のダイヤル)
完全なMREを置けばタンパク質はほぼ完全にオフ、MREが無ければCARが出すぎて疲弊——その「中間」をつくるのがmiSFITsです。ミスマッチの入れ方を変えることで、発現量をオン・オフの二択ではなく、つまみ(ダイヤル)を回すように細かく調整できます。これにより、CARを「高すぎず低すぎない」ちょうどよい量に固定できるのです。
動物モデルの研究では、miSFITsによってCARの量を精密に調整することで、T細胞の疲弊を遅らせ、長期的な抗腫瘍効果を高められることが示されています。さらに、強い単一のMREで一気に抑えるよりも、弱い結合を複数組み合わせたほうが、細胞ごとのばらつき(ノイズ)が減って安定した出力が得られることもわかってきました。MREの応用は、もはや「オン・オフ」ではなく、アナログ的な「さじ加減」の領域に入りつつあります。なお、これらCAR-T・AAV・CRISPRを用いた応用の多くは研究・臨床開発の段階にあり、確立した標準治療として広く使われているわけではない点にご留意ください。
8. MREと遺伝診療:用語と臨床のつながり
MREそのものは、特定の検査項目というよりも、遺伝子のはたらきを理解するための基礎的な分子メカニズムです。それでも、遺伝診療と無関係なわけではありません。MREを介したmiRNAの制御の乱れは、がんや自己免疫疾患など多くの病気と関わることがわかってきており、miRNAやRNAのパターンを調べることは、病気の状態を知るための手がかり(バイオマーカー)として研究が進んでいます。
また、MREのわずかな配列の違い(一塩基多型=SNP)が、miRNAとの結合の強さを変え、結果として体質や病気のなりやすさに影響することもあります。RNAレベルでの網羅的な解析は、こうした制御の異常をとらえる試みとして注目されており、ミネルバクリニックでもRNA統合シークエンス解析(RNA-ISE)検査として、がんや希少疾患の診断に向けたRNAレベルの解析を解説しています。
そして、本記事で紹介したAAV遺伝子治療やCAR-T細胞療法といった先端医療は、いずれもMREという分子の性質を“設計図”として利用しています。こうした最新の遺伝子医療について、ご自身やご家族に当てはめて知りたいときには、遺伝カウンセリング・遺伝診療を通じて、臨床遺伝専門医に相談することができます。専門医は、難しい分子の話を一人ひとりの状況に合わせてかみ砕き、検査や治療の意味を一緒に整理する役割を担います。
9. よくある誤解
誤解①「MREは遺伝子を抑えるだけの目印」
確かに多くの場合は抑制に働きますが、細胞のストレス状態などでは翻訳活性化(はたらきを強める)へと反転することがあります。さらにTDMDのように、結合してきたmiRNA自身を壊すMREも存在します。MREは一方向の目印ではなく、状況で答えを変えるスイッチです。
誤解②「miRNAは一方的にmRNAを支配する」
実際にはRNA側もMREを使ってmiRNAを吸着し無力化(スポンジ)できます。lncRNAやcircRNAがmiRNAを奪い合うceRNAネットワークでは、RNA同士が互いに影響し合っており、支配・被支配という単純な関係ではありません。
誤解③「MRE応用治療はもう一般的に使える」
AAVのデターゲティングやmiSFITsを用いたCAR-T調整などは、多くが研究・臨床開発の段階にあります。一部は実用化が進んでいますが、すべてが確立した標準治療として広く使えるわけではありません。最新情報は専門家への確認が大切です。
誤解④「MREはmRNAの末尾(3’UTR)にしかない」
古典的には3’UTRが中心と考えられていましたが、現在は5’UTR・タンパク質コード領域・lncRNA・偽遺伝子など、さまざまな場所に機能的なMREが見つかっています。MREはゲノム全体に広く分布しています。
よくある質問(FAQ)
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