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「DHODH(ジヒドロオロト酸デヒドロゲナーゼ)」という酵素の名前を、はじめて目にする方も多いと思います。けれどもこの一つの酵素は、いまがん治療・ウイルス感染症・自己免疫疾患・生まれつきの奇形症候群という、まったく別々に見える病気を一本の線でつなぐ結び目として、世界中の研究者から注目を集めています。カギになるのが、この酵素と、健康食品としても知られる「コエンザイムQ10(CoQ10)」との、ミトコンドリアの中での深い関わりです。
この記事では、DHODH-CoQ10経路とはどんなしくみなのか、なぜこの経路が「鉄依存性の細胞死(フェロトーシス)」を抑えるミトコンドリアの防御機構の一つとして働くのか、そしてこの経路を止める薬ががん治療の新しい標的になりつつあること、さらにこの酵素が壊れると起こる希少疾患「ミラー症候群」までを、一般の方にもわかる言葉で、遺伝専門医の立場から順を追ってお伝えします。
- ➤ DHODH-CoQ10経路が、核酸の材料づくりとエネルギー産生をつなぐしくみ
- ➤ なぜこの経路が「鉄依存性の細胞死(フェロトーシス)」を防ぐ砦になるのか
- ➤ GPX4が少ないがんで、この経路を止めるとがん細胞が死ぬ理由
- ➤ DHODHを止める薬(ブレキナール等)と、血中ウリジンという「抜け道」
- ➤ この酵素が生まれつき弱いと起こる希少疾患「ミラー症候群」
🧬Q. DHODH-CoQ10経路とは何ですか?
DNAやRNAの材料であるピリミジンを新しく作る反応の一段階を、ミトコンドリアの中で担う酵素DHODHが、電子の受け渡し役CoQ10(コエンザイムQ10)と組んで働く経路です。核酸づくりとエネルギー産生が、ここで直接つながっています。
🩺Q. なぜがん治療で注目されるのですか?
この経路は、ミトコンドリアの膜で鉄依存性の細胞死(フェロトーシス)を抑える役割も持ちます。GPX4の発現が低いなど特定のがん細胞では、この経路への依存が高く、DHODH阻害が選択的な脆弱性になり得るからです。
🌸Q. この酵素が壊れる病気はありますか?
DHODHの遺伝子が両方とも弱くなると、顔・手足・目の発生に影響するミラー症候群(軸後性先端顔面骨形成不全症)という希少な生まれつきの病気が起こります。
DHODH-CoQ10経路とは——核酸づくりとミトコンドリアの交差点
「ピリミジン」は細胞が増えるための必須材料
私たちの細胞が分裂して増えるとき、DNAやRNAを新しく作る必要があります。その材料になるのが「塩基」で、大きくプリンとピリミジンの2種類に分かれます。このうちピリミジン(シトシン・ウラシル・チミン)を、原料から一から組み立てていく反応の流れを「デノボ(新規)ピリミジン合成経路」と呼びます[1]。合成の全体像は、デノボ核酸合成/サルベージ経路のページで詳しく解説しています。
この経路の第4段階を担う酵素が、DHODH(ジヒドロオロト酸デヒドロゲナーゼ)です。DHODHは、ジヒドロオロト酸(DHO)という中間物質を、オロト酸へと変える反応を受け持ちます[1]。ここで面白いのは、ピリミジン合成にかかわる酵素のうち、DHODHだけがミトコンドリア(細胞のエネルギー工場)の内側の膜にくっついているという点です。ほかの酵素はすべて細胞質(細胞の広い空間)にあります[2]。
なぜミトコンドリアの膜にいるのか
DHODHがわざわざミトコンドリアの内膜にいる理由は、その反応のしくみにあります。DHODHはDHOからオロト酸を作るとき、DHOから電子を引き抜きます。この電子を最終的に受け取るのが、ミトコンドリアの膜の中を動きまわる脂溶性の運び屋、CoQ10(コエンザイムQ10、別名ユビキノン)です[1]。電子を受け取ったCoQ10は、還元型の「ユビキノール」に変わり、これがミトコンドリアの電子伝達系(呼吸鎖)へと電子を渡していきます。
図1:DHODH-CoQ10経路の電子の流れ
DHO
ジヒドロオロト酸
DHODH
電子を引き抜く
CoQ10
電子を受け取る
呼吸鎖
複合体IIIへ
※オロト酸はこの後UMP(ウリジン一リン酸)へ進み、DNA・RNAの材料になります。
この電子の受け渡しには、重要な意味があります。CoQ10が電子を受け取り続けるためには、還元されたユビキノールがすぐに元に戻される(酸化される)必要があります。その役目を担うのが呼吸鎖の複合体IIIです[1]。呼吸鎖が止まるとCoQ10の循環も止まり、DHODHは反応できなくなります。つまりDHODHは、核酸の材料づくりと、ミトコンドリアの呼吸(エネルギー産生)とを、CoQ10を介して一本につなぐ「結び目」なのです。
できた材料は、核酸だけでなく膜や糖にも回る
DHODHがオロト酸を作ったあと、経路はUMP(ウリジン一リン酸)へと進みます。このUMPは、DNAやRNAの材料になるだけではありません[2]。そこから作られるCTPは、細胞膜の主成分であるホスファチジルコリン(細胞膜をつくる脂)の合成に使われ、UTPは糖と結びついて、細胞と細胞のあいだを埋める物質(グリコサミノグリカン)の材料にもなります[2]。つまりピリミジンの供給は、遺伝情報のコピーだけでなく、膜を広げ、細胞の足場をつくるという「体づくり」全体を支えています。後で述べるミラー症候群で、急速に成長する胚の組織が影響を受けやすいのは、このためです。
「増えろ」の号令とつながっている
ピリミジンをどれだけ作るかは、細胞の成長シグナルとも連動しています。栄養や成長の信号を受け取ると、細胞内の司令塔であるmTORC1が活性化し、その下流でピリミジン合成の入り口を担うCAD複合体を活性化させます[2]。すると経路全体の流れが一気に増え、細胞分裂に必要な材料が急いで供給されます。「増えろ」という号令と、材料の増産とが直結している——この関係が、増殖の速いがん細胞がピリミジン合成に依存する理由の一つになっています。
ミトコンドリアのDNAを失った細胞(呼吸ができない細胞)では、CoQ10の循環が止まるためDHODHも働けなくなり、ピリミジンが枯渇して細胞は増えられなくなります。ところが外からウリジンを補ったり、電子の逃げ道を人工的に作ってCoQ10の循環を再開させると、DHODHの活性が戻り、がん細胞が増える力まで回復することが報告されています[3]。細胞が増えるうえで、DHODHが働くための「電子の逃げ道」の確保がいかに大切かを示しています。
CoQ10の役割——サプリのイメージとは別の「電子の運び屋」
CoQ10(コエンザイムQ10)は、健康食品・サプリメントの成分としてよく知られています。しかし、DHODH-CoQ10経路で語られるCoQ10の役割は、サプリの一般的なイメージとは少し違います。ここでのCoQ10は、ミトコンドリアの膜の中で電子を運ぶ「運び屋」としての、より根源的な働きを指します[4]。
CoQ10は、電子のやりとりを担う「キノン環」と、脂になじむ長い「側鎖」からできた脂溶性の分子です[4]。ミトコンドリアの内膜では、CoQ10はよく知られた複合体I・複合体IIだけでなく、DHODHを含む少なくとも9種類の酵素から電子を受け取る、共通の受け皿として働いています[4]。アミノ酸の代謝、脂肪酸の分解、そしてピリミジンの合成といった幅広い反応が、CoQ10を通じてミトコンドリアの呼吸とつながっているのです。
CoQ10を作る遺伝子に変化があると、原発性CoQ10欠損症というミトコンドリア病が起こります。症状はとても幅広く、筋肉の症状を伴う脳筋症、小脳の働きが落ちる失調症、重い乳児期の多臓器型などが報告されています[4]。CoQ10が「電子の運び屋」として全身の代謝を支えているからこそ、その不足は多様な形であらわれます。
酵素のしくみ——2つのタイプと、薬が効く「ポケット」
クラス1とクラス2——ヒトはクラス2
DHODHは進化の過程で、大きく「クラス1」と「クラス2」の2つのタイプに分かれました[5]。細菌や一部の寄生虫が持つクラス1は細胞質にあり、電子の受け取り役も反応のしくみもヒトとは異なります。一方、ヒトを含む多くの真核生物が持つのがクラス2で、ミトコンドリアの内膜に結合し、電子の受け取り役としてCoQ10を使います[5]。
この違いは、薬づくりのうえでとても重要です。マラリア原虫のDHODHもヒトDHODHと同じクラス2ですが、CoQ結合部位を含む阻害剤結合部位のアミノ酸配列や立体構造には種差があります。そのため、原虫DHODHを強く阻害し、ヒトDHODHへの作用を抑えた薬を設計できます[15]。この種選択性を利用したDHODH阻害薬は、抗マラリア薬の開発で研究されてきました。
薬が結合する「トンネル状のポケット」

N末端αヘリックスでミトコンドリア内膜(IMM)に結合し、α/βバレル触媒ドメイン内のFMNを介してDHOをオロト酸へ酸化。引き抜かれた電子はユビキノン結合トンネルを通ってCoQ10へ渡され、CoQH₂(ユビキノール)となって複合体IIIへ伝達される。このトンネル状ポケットはDHODH阻害薬の標的でもある。
ヒトのDHODH(クラス2)の立体構造は、X線を使った解析で詳しく調べられています[6]。酵素は、ミトコンドリアの膜に差し込む「アンカー部分」と、反応を担う大きな「触媒部分」に分かれ、その境目に疎水性(脂になじむ)の「トンネル状のポケット」があります。ここは、本来CoQ10が結合する場所であると同時に、DHODHを止める薬(阻害剤)が結合する標的にもなっています[6]。
このポケットの構造が精密にわかっているおかげで、そこにぴったりはまる分子を「設計して作る」構造ベースの薬剤開発が可能になりました。関節リウマチで使われるレフルノミドの活性代謝物テリフルノミド、多発性硬化症で使われるテリフルノミド、がん研究で使われるブレキナールなども、このポケットに結合してDHODHの働きを止めます[6]。つまり、DHODHを止める薬は、すでに一部が実際の医療で使われている身近な存在でもあるのです。
フェロトーシス——DHODH-CoQ10経路は「細胞死を防ぐ砦」
DHODH研究の近年の最大の発見は、この経路が核酸づくりだけでなく、「フェロトーシス」という細胞死を防ぐ、ミトコンドリア専用の守りのシステムとして働いていることがわかったことです[7]。フェロトーシスは、アポトーシスとは異なる、鉄に依存した細胞死のかたちです。くわしくはフェロトーシスの解説ページもご覧ください。
「脂の酸化」で膜が壊れる細胞死
フェロトーシスは、細胞内の鉄と活性酸素によって、細胞膜をつくる脂(脂質)が過剰に酸化され、膜がぼろぼろに壊れることで起こります[7]。細胞はこの致命的な「脂の酸化」から身を守るため、場所ごとに役割分担した3つの防御システムを持っています。
図3:フェロトーシスを防ぐ3つの防御システム(場所ごとの分担)
① 細胞質:GPX4
- グルタチオンを使って脂の酸化物を無毒化
- もっとも古典的で強力な守り
- 細胞全体をカバー
② 細胞膜:FSP1
- 細胞膜でCoQ10を還元して抗酸化物質に
- 膜の脂の酸化を防ぐ
- GPX4とは別ルートの守り
③ ミトコンドリア:DHODH
- 内膜でCoQ10をユビキノールに還元
- ミトコンドリア内膜の脂質過酸化を抑制
- ミトコンドリア専用の守り
※3つは互いに補い合い、細胞の生き死にを支えています。
第一の砦は、細胞全体を守るGPX4(グルタチオンペルオキシダーゼ4)です。グルタチオンという物質を使って、毒性の高い脂の酸化物を無毒な形に変えます[7]。第二の砦は、主に細胞膜で働くFSP1で、細胞膜のCoQ10を還元して抗酸化物質として働かせます。そして第三の砦が、ミトコンドリアの内膜で働くDHODHです[7]。
ミトコンドリアの内膜には、カルジオリピンを含む酸化されやすい脂質が存在します。DHODHは、電子を受け渡す過程でCoQ10(ユビキノン)を抗酸化作用をもつユビキノールへ還元することで、ミトコンドリア内膜の脂質過酸化を抑え、フェロトーシスを防ぐと考えられています[7]。核酸づくりの酵素が、同時にミトコンドリア内膜の酸化還元防御にも関与するという、二重の役割を持っています。
がん治療への応用——「守りの弱いがん」を狙う
GPX4が少ないがんは、DHODHに頼りきる
この「場所ごとの守り分担」は、がん治療に大きな意味を持ちます。がん細胞のなかでGPX4(第一の砦)がしっかり働いている場合、DHODHだけを止めても、GPX4が肩代わりするため、致命的な脂の酸化は起こりません[8]。ところが、GPX4の発現が低いがん細胞(GPX4-low)は、ミトコンドリアのDHODHによる防御への依存が高くなるようになります[8]。
この状態のがん細胞でDHODHをブレキナールなどで阻害すると、ミトコンドリアで脂質過酸化が増え、フェロトーシスが誘導されます[8]。さらに、GPX4がしっかり働く手ごわいがん(GPX4-high)に対しても、細胞のグルタチオンを枯らすFDA承認薬スルファサラジンと組み合わせることで、相乗的にフェロトーシスを起こし、腫瘍の増殖を抑えられることが実験で示されています[8]。この発見が、DHODHを「がん治療の新しい標的」として一気に押し上げました。
GPX4(第一の砦)がどれくらい働いているかは、がんの種類や状態によって違います。守りが弱い「GPX4-low」のがんは、DHODHという裏の守りに依存しているぶん、そこを突くと弱点になります。一方、守りが強い「GPX4-high」のがんには、複数の弱点を同時に突く併用の工夫が必要になります。
立ちはだかる「ウリジンという抜け道」
DHODHを止める薬は、培養したがん細胞ではよく効きますが、体の中(生体)では単独での効果が限られることが多いと報告されています[9]。その最大の理由が、血液中に存在する「ウリジン」という物質による抜け道です。DHODHを止めてピリミジンを新しく作れなくしても、がん細胞は血中のウリジンを取り込んで再利用(サルベージ)し、ピリミジン不足を切り抜けてしまいます[9]。この「新しく作る(デノボ)」と「再利用する(サルベージ)」の関係は、デノボ核酸合成/サルベージ経路のページで詳しく説明しています。
この抜け道をふさぐには、ウリジンの取り込みを邪魔する薬との併用が有効です。FDA承認薬のジピリダモールを組み合わせると、生体モデルでの抜け道が働かなくなり、神経芽腫のモデルで腫瘍増殖抑制を増強できることが報告されており、AMLなど他のがんでも核酸サルベージ経路を併せて標的とする戦略が研究されています[9]。DHODH阻害薬を「単独の切り札」ではなく「組み合わせて使う駒」として設計する発想が、いまの研究の主流になっています。
DHODHを止めることの影響は、ピリミジンが減るだけにとどまりません。ミトコンドリアの代謝全体が大きく組み替わることが分かっています[8]。DHODHの反応が止まると、その手前の物質が行き場を失い、細胞はエネルギー代謝の中心であるTCA回路(クエン酸回路)の流れを迂回させたり、逆向きに回したりして、なんとかつじつまを合わせようとします[8]。こうした代謝の組み替えは、がん細胞が生き延びるための応答であると同時に、そこを別の角度から攻める「新たな弱点」にもなり得ます。DHODH阻害とアミノ酸(グルタミン)代謝の阻害を組み合わせると、相乗的に増殖を抑えられるという報告は、この考え方に沿ったものです[8]。
がんに対する「免疫のスイッチ」も入れる
DHODHを止めることには、もう一つ注目すべき側面があります。それは、がんに対する免疫を目覚めさせる働きです。DHODHを止めるとピリミジン代謝が変化するとともに、ミトコンドリアの酸化ストレスが高まり、VDACのオリゴマー化などを介してミトコンドリアDNAが細胞質へ放出されることが報告されています[10]。
細胞質に漏れたDNAは、体に備わった見張り役cGAS-STING経路によって「異物」として感知されます。この経路が作動すると、I型インターフェロンなどが作られ、自然免疫が動き出します[10]。実際、悪性黒色腫(メラノーマ)のモデルでは、DHODHを止めることでcGAS-STING経路が活性化し、ナチュラルキラー(NK)細胞ががんに集まってくることが報告されています[10]。cGAS-STINGのしくみは専用の解説ページもご覧ください。
こうした性質から、DHODH阻害薬は単なる代謝の毒としてではなく、免疫チェックポイント阻害薬などと組み合わせて、がんの周囲を免疫が働きやすい環境に変える「後押し役」として期待されています[10]。ただし、これらの多くはまだ研究段階であり、一般診療で使える治療として確立しているわけではありません。
感染症・自己免疫への広がり
DHODHは、がん以外の分野でも標的として研究が進んでいます。ウイルスは自分だけでは増えられず、感染した細胞のピリミジンを利用して増殖します。そこで宿主(ヒト)側のDHODHを止めてピリミジンを枯らし、ウイルスの増殖を間接的に抑えるという「宿主標的」の抗ウイルス戦略が検討されています[11]。ウイルスそのものを狙わないため、ウイルスが変異して薬から逃げにくいという利点が指摘されています[11]。
自己免疫の分野では、抗原刺激を受けて増殖する活性化T細胞やB細胞が、ピリミジンの新規合成に強く依存します。DHODHを阻害するとこれらのリンパ球の増殖が抑えられるため、関節リウマチではレフルノミドが、多発性硬化症ではテリフルノミドが治療薬として使われています[5]。同じ「DHODHを止める」という作用が、狙う細胞によってがん治療にも免疫抑制にもなる——これがこの酵素の奥深さです。
ミラー症候群——この酵素が生まれつき弱いと起こる病気
ここまでは「DHODHを薬で止める」話でしたが、逆にDHODHが生まれつき弱いと、どうなるのか。それを教えてくれるのが、ミラー症候群(Miller syndrome、ミラーしょうこうぐん/軸後性先端顔面骨形成不全症・POADS)という、たいへん希少な生まれつきの病気です[12]。
ミラー症候群は、DHODH遺伝子の両方のコピーに変化がある(両アレル性変異)ことで起こる常染色体潜性(劣性)遺伝の疾患です[12]。歴史的にも節目となった病気で、世界で初めて「エクソーム解析(全エクソン解析)」によって原因遺伝子が突き止められたメンデル遺伝病として知られています[12]。2010年、4人の患者さんのエクソームを調べることでDHODHが原因として特定されました[12]。
顔・手足・目にあらわれる特徴
ミラー症候群の患者さんには、下あごや頬骨が小さい(小顎症・頬部低形成)、口唇裂・口蓋裂、小さくカップ状の耳、下まぶたのくぼみ(下眼瞼欠損)、そして手足の小指側の骨が欠ける対称的な四肢の異常(軸後性欠損)などの特徴がみられます[13]。知的発達は正常に保たれることが多いとされています[14]。世界的にも報告症例が限られる超希少疾患で、DHODH遺伝子には複数の病的バリアントが報告されています[14]。
なぜ顔と手足に症状が出るのか
DHODHが弱くなると、ピリミジンの供給が細ります。すると、胚(赤ちゃんのもと)の中で、猛烈な勢いで分裂・増殖している細胞が、特に強い影響を受けます[14]。とりわけ、頭蓋顔面の形成に関与する神経堤細胞(しんけいていさいぼう)や、発生期に細胞増殖が活発な咽頭弓・肢芽などが、ピリミジン不足の影響を受けやすいと考えられています[13]。ミラー症候群で頭蓋顔面と四肢に特徴的な異常が生じる背景には、こうした組織・時期特異的なデノボピリミジン合成への依存があると考えられます。
興味深いことに、報告されている患者さんの多くでは、DHODHの働きがゼロになるわけではなく、ある程度の活性が残っていると予測されています[13]。酵素の働きが完全に失われると胚の発生自体が成り立たないと考えられ、発生のある時期・ある場所で必要な量のピリミジンが足りなくなることが、この病気の本質に関わっているとみられます[13]。ミスセンス変異のなかには、酵素の安定性を下げるものや、触媒の働きそのものを損なうものがあることも分かっています[14]。
この「材料不足が発生を妨げる」という考え方は、動物モデルでも裏づけられています。ゼブラフィッシュにDHODH阻害薬を与えると、神経堤の発生に必要な転写プログラムが強く障害され、神経堤発生が著しく抑制されることが示されています[16]。ピリミジンをつくる力と、胚のからだづくりとが、いかに密接に結びついているかを物語る結果です。報告されている患者さんでは、脛骨の異常や心房中隔欠損などの先天性心疾患、視神経の萎縮などが特徴に加わることもありますが、あらわれ方には個人差があります[14]。
DHODHを薬で少し抑えることと、生まれつき酵素が大きく欠けていることは、体に及ぼす結果がまったく異なります。前者は主に、増殖の速い細胞(がん細胞や活性化T細胞)を狙う治療の話です。後者は、胚発生という一度きりの大切な時期に必要な材料が不足する話です。同じ酵素をめぐる話でも、「どの程度・いつ・どの細胞で」という文脈がすべてを決めます。
まとめ——一つの酵素が結ぶ、代謝と病気のネットワーク
DHODHは、進化のなかで細胞質からミトコンドリアの内膜へと居場所を移すことで、単なるピリミジン合成の酵素から、ミトコンドリアの状態を感じ取り、細胞の増殖・免疫・生死を左右する「代謝のハブ(結び目)」へと役割を広げてきました。CoQ10を電子の受け取り役とするこの経路は、核酸の材料づくりと呼吸をつなぐだけでなく、ミトコンドリアの膜を脂の酸化から守る、フェロトーシス防御の第三の砦としても働いています[7]。
この理解は、いくつもの医学分野に新しい視点をもたらしました。GPX4の守りが弱いがんに対する新しい治療の考え方、血中ウリジンという抜け道を乗り越える併用戦略、そしてDHODHを止めることで免疫のスイッチが入るという発見です[8][10]。一方で、この酵素が生まれつき大きく欠けると、ミラー症候群という希少な奇形症候群が起こります[12]。同じ一つの酵素が、薬の標的にも、病気の原因にもなる——それは「どの程度・いつ・どの細胞で」という文脈のちがいによるものです。
遺伝子や代謝経路の話は、こうした文脈を丁寧に見分けることではじめて意味を持ちます。ここで紹介したがん治療の多くは前臨床・研究段階の知見であり、「将来の可能性」と「今受けられる治療」は分けて考える必要があります。もし遺伝性疾患や代謝にかかわる病気について気がかりがある場合は、正確な情報にもとづいて、臨床遺伝専門医と相談しながら必要な評価や検査を整理することをおすすめします。
よくある質問(FAQ)
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参考文献
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