ヒトの遺伝的多様性【20】遺伝子のバリアントの起源と頻度とは?

概要

稀なバリアントからよりありふれた多型にまで及ぶさまざまな多様性がヒトのゲノムにはあります。そして、細胞分裂するときのDNA複製のときや、DNAが傷ついてしまったときやミスコピーされたときにDNAを修復する過程で、減数分裂時のDNAの組換えのとき、あるいは体細胞分裂・減数分裂ともに起きる染色体の分離のときのような過程を通じて変異が生じることになります。
1回の細胞分裂で座位ごとに生じる変異の頻度はそれぞれの過程においてどの程度エラーが生じやすいかという基本的指標はゲノム生物学とヒトの進化において重要なものですが、遺伝医学においては細胞分裂あたりのゲノム全体に生じるすべての変異率というよりは、世代あたりに疾患を起こす座位に生じる病的な変異の頻度の方が大変重要となります。
しかし、疾患を引き起こす変異率(病的バリアント率)を測ることは容易ではないのです。
多くの病的変異は胎児や新生児期に認められる前に早期胎芽死亡を引き起こしたりするし、疾患原因となる変異が人生の終盤だけで症状が出るものだったり、疾患の徴候が全く見られないことがあったりするからです。この遺伝子の病的変異があればこの疾患を発症する、という一対一対応のメンデル遺伝単一遺伝子疾患でも、病的遺伝子を持っていたら100%発症するという浸透率100%の疾患は非常にまれです。感染症でも同じで、病原体により感染しても発症率は様々ですよね?例えば新型コロナウイルスでは大体8割は軽症または不顕性で終わりますが、狂犬病ウイルスは人間が感染すると100%発症し、100%死に至ります。このように、病原性のある病原体でも遺伝子でも、発症の仕方は様々なので、全員の遺伝子検査をやらない限り、どの人がどんな病的バリアントをもって生まれたのかをすべて知ることが出来ないのです。
こうした限界はあるのですが、ヒトに影響するすべての変異の頻度の同定は近年、大きく進歩しました。

主要なタイプの変異は、体内の多くの異なる細胞において、かなりの頻度で生じていて、そうしたバリエーションのほとんどが生殖細胞の新規の(de novo)変化、つまり新生突然変異に由来することが分かってきたのです。変異が生じた時点ではそのようなバリアントはたった1回の変異でできるだけですから集団の中では極めて稀なのですが、集団の中において長時間が経過した後の最終的な変異の頻度は、親からの遺伝継承、集団遺伝学上の法則、そして偶然によって決まっていくことになります。

もとの変異が生殖細胞系列(germline)の細胞のDNAだけに偶然生じたものでも、その変異を受け継いだ個体では、すべての体細胞(生殖細胞以外のものをすべて体細胞と言います)に生来的な変異として伝わることになります。

これに対して、体細胞変異(somatic mutation)は全身の細胞で生じうるのですが、次世代に伝達されることはありません。次世代に受け継がれるのは生殖細胞だけですので。

変異の獲得率を予測する手がかりとなるのは次の事実からです。
実際には個体のどういう種類の細胞でも自身の起源となる最初の受精胚の段階のゲノムからは異なるバージョンを有していて、同一ではありえません。受精から遺伝子検査の試料(サンプル)を採取するまでの時間経過の中で、何回か細胞分裂を経ているためです。細胞分裂のたびに

腸管の粘膜上皮細胞や造血細胞のような細胞分裂が頻繁に行われている組織では、そうしたゲノムの異質性が特に明らかとなるでしょう。分裂ごとに変異が蓄積されていくからです。でも、そうした変異のほとんどは問題になることはありませんし、検出もされません。臨床検査では通常何百万個という細胞集団から採集したDNAの配列決定が行われ、そのようなDNAの集合体では、ゲノムのどの位置においても、最も多い塩基のみが存在するように見えて、それは受精の時点のゲノムなので、受精時点のゲノムだけがあたかも存在するように理解されるのです。結局のところ、稀な体細胞変異はほとんど検出されず、そうした細胞分裂の際の変異の数々は確定には至らないものなのです。
ですが、そうした変異が稀に病的(病気を引き起こすもの)となって臨床的に重要なものとなると、特定の組織のわずかに一部の細胞集団の変異によって疾患が引き起こされ、体細胞モザイク(起源を同じくするのに違う性質の細胞が混在することを言います)となってしまいます。
複数の細胞由来のDNA試料では体細胞変異は検出できない、の大きな例外ががんです。
がん細胞は変異がいくつか積み重なって発生し、加えて一つの細胞からクローン性に進化することから、特定の体細胞変化は基本的にがんのすべての細胞中に存在することになります。実際千から一万か所の体細胞変異が多くの成人のがんのゲノムで見つかっていて、その変異の頻度やパターンは異なるがん種ごとに特有なのです。

染色体の変異

染色体の分離異常により染色体数が変化するタイプの変異は25~50回の減数分裂あたりに1回の頻度で生じ、ヒトでは最も頻度が高い変異です。
そのような不分離が発生に及ぽす影響は非常に深刻で、検出されることなく受精後間もなく自然流産してしまう胎児も存在するため、1/25~50回という数字自体が明らかに最も低く見積もられています。

染色体の部分的変異

染色体の構造や局所的な構成が病的になる変異は、複数の異なったメカニズムで生じます。
1本の染色体の1領域の重複、欠失そして逆位は主に1本の染色体領域に1カ所以上存在する相同性の高い配列を持つDNA断片間での減数分裂時の相同組換えの際に生じるものです。
しかし、すべての構造の変異が相同組換えの結果生じているのではなく、他の染色体との間の転座や逆位では、自然な二本鎖DNAの切断部位で生じることもあります。ゲノム中の任意の2カ所でいったんDNAが切断されると、二つの断端の間にDNA配列間の明らかな相同性がなくても互いに結合することができるからです。この過程を非相同性末端結合修復と呼びます。

遺伝子変異

塩基置換や挿入欠失といった遺伝子またはDNAの変異は2つの基本的メカニズムに由来します。
つまり、1.DNA複製時のエラーか、2.損傷後のDNAの適切な修復の失敗、のいずれかです。
多くのそのような変異は自然なDNAの複製と修復の過程の間に生じることとなります。

変異原(mutagen)と呼ばれる外的要因(物理的要因、化学物質)により誘発される変異もあります。DNA複製のエラーDNA複製の過程は一般的に高度に正確で、二重らせんの特定位置に相補的ではない塩基が挿入される複製エラーが起こるとほとんどは迅速にDNAから除去され、一連のDNA修復酵素によって修正されます。この修復過程では間違った塩基を含む新しく合成されたDNA鎖がまず認識され、次に適切な相補的塩基におきかえられます。この過程はDNA校正と呼ばれます。
DNA複製は非常に正確に進行することが求められます。
酵素DNAポリメラーゼは厳密な塩基の対合ルール(AT、CGが対合する)を基本として二重らせんの2本の鎖を忠実に複製するのですが、1干万塩基対ごとにl個のエラーをおこしてしまいます。追加的な校正がDNA複製エラーの99.9%以上を修正するため、DNA複製エラーによる1塩基あたりの全体の変異率は非常に低くて細胞分裂あたり1X 10―10です。細胞分裂ごとにゲノム中に1個の一塩基変異が生じることよりも低頻度となっています。

DNA損傷の修復

DNA複製のエラーに加えてヒトの細胞においては1日当たり1万個から100万個のヌクレオチドが脱プリン化、脱メチル化または脱アミノ化のような自然に起こる化学変化や化学的に変異を起こす物質との反応、そして紫外線または電離放射線への暴露などDNAに損傷をもたらす外因にる損傷を受けていると推定されています。すべてではないものの、この損傷のいくらかは修復されます。損傷が認識されて除去されても、修復機構自体が間違った塩基を導入してしまうことで変異を作り出す場合があります。
複製に関連したDNAの変化が通常は校正機構を通して修復されているのに対し、DNAの損傷と修復によって導入される変異は永続的な変化をもたらすこととなります。

最もよくあるのは、CからTへの置換、または反対鎖のGがAになる一塩基変異です
ヒトゲノムにおける主要なエピジェネティック修飾機構であるDNAのメチル化を考慮すれば説明ができます。CpG2塩基の5ーメチルシトシンのチミジンヘの自然に起こる脱アミノ化が、CからTまたはGからAへの変異をもたらすのです。そのような自然に起こる変異はDNA修復機構によって認識出来ない可能性があり、このようにして、次の回のDNA複製後にゲノムに定着します。一塩基置換の30%以上がこのタイプでおこり、他のどのようなl塩基変異よりも25倍高頻度に起こっていると推定されています。
以上のようにCpG2塩基は代表的なヒトゲノムにおける変異の真のホットスポットとなっています。

DNAの総変異率

特定の座位におけるDNAの変異率はさまざまなアプローチで推定されてきましたが、現在ではゲノム全体に生じる新生突然変異の発生における複製と修復エラーの全体的な影評を子と両親の3者の全ゲノム配列決定(whole-genome sequencing)によって直接特定することが可能となっています。つまり、両親のゲノム配列には存在していなくて、お子さんだけに検出される新生変異を探せばよくなったのです。
母親と父親の生殖細胞間で平均した全休の新生変異率は1世代で1塩基対あたり約1.2×10―8となっています。ヒすると、どんなヒトでも自身のゲノムに約75個の新生変異を一方の親またはもう片方の親から受け継ぐ可能性が高いということになります。
この率はゲノム中の遺伝子ごと、また集団ごとに異なり、個人の間でも異なります。
当然予測されることとして、大多数のこれらの変異はゲノムの非コード領域の中の1塩基の変化で、機能的重要性は軽微~全くない、となります。
それでもやはり集団レベルにおいてはこれらの新しい変異が医学的に重要な遺伝子に及ぽす潜在的・集合的な影評力を見落とすべきではありません。

米国ではたとえば毎年400万以上の出生があり、コード配列中に約600万の新生変異が生じることとなります。
タンパク質をコードする平均的なサイズの遺伝子1個においてもその遺伝子のコード配列に新生突然変異を持つ新生児が毎年数百人出生することが予測できることとなります。
概念的に同様の研究が新しい塩基対を作り出すためのDNA合成時のエラーよりも、組換えに依存して新しい長さのバリアントを生成するCNVにおける変異率を特定しています。新しくCNVが形成される率の計算値はおおよそ1世代あたり1座位あたりl.2×10-2で、塩基置換率よりもはるかに高いことが判明しました。

疾患原因となる遺伝子の変異率

l世代で、座位あたりの疾患原因となる変異率を最も直接的に推定する方法は、両親には見られない遺伝性疾患の新規患者の発生率を測ることであり、1個の変異によって罹患し、その変異を持つすべての新生児で明確に識別できる症状を引き起こす場合に測定できます。
例えば軟骨無形成症では骨成長が遅延することで低身長を呈するため、これらの必要条件を満たしています。
ある研究では一連の242,257出生中で7人の軟骨無形成症の罹患児が出生していました。この7人は、正常の身長の両親から生まれていて、軟骨無形成症では遺伝子に変異があると必ず発症するため、両親には変異自体がなく、子のみにある新生突然変異と考えられます。この座位における新生変異率は.責任遺伝子の総計2×242,257コピー中で7個の新生変異を認めるものとして、またはl世代あたりこの座位では約1.4×10―5の疾患原因変異率と算定することができます。この高い変異率は実質的に軟骨無形性症のすべての患者で同一の変異、すなわち翻訳タンパク質のグリシンコドンをアルギニンに変化させるGからAへの変異が見つかることから特に顕著なものです。
検出可能な疾患の症状の出現により新生変異の発生が特定できる他のいくつかの疾患で原因となる遺伝子の変異率が試算されています。

軟骨形成不全 FGFR3遺伝子 1.4×10-5
無虹彩症  PAX6遺伝子 2.9~5×10-6
Duchenne型筋ジストロフィー DMD遺伝子 3.5~10.5×10-5
血友病A F8遺伝子 3.2~5.7×10-5
血友病B F9遺伝子 0.2~0.3×10-5
神経線維腫1型 NF1遺伝子 4~10×10-5
多発性膿胞腎1型 PKD1遺伝子 6.5~12×10-5
網膜芽細胞腫 PB1遺伝子 0.5~1.2×10-5

これらや他の疾患で算出した変異率は、 1世代の座位あたりで10―4から10―7まで1、000倍を超える変動幅があります。

これらの差異をもたらす原因は、以下に挙げるものが関連しています。
・さまざまな遺伝子のサイズ
・疾患をもたらす当該遺伝子のすべての変異の割合変異が起こる親の年齢と性別変異
・当該の遺伝子における変異のホットスポットの有無

実際には軟骨無形成症で特定の領域特異的な変異が高率に生じることはCpGメチル化された位置において反対鎖でCからTへの塩基置換が生じることで部分的な説明ができ、脱アミノ化による変異のホットスポットの1つです。
異なる遺伝子の中でこのように変異率に輻があるにもかかわらず遺伝子変異率の中央値はおおよそ1×10―6である。
識別できる疾患またはその他の遺伝的な特徴の原因となる既知の変異がヒトのゲノムの少なくとも5000個の遺伝子上に存在する(現在までに遺伝性疾患として5千が同定されている)ことを考えると、約200人に1人がいずれか一方の親から既知の疾患関連遺伝子の新生変異を受け取っていることになります。

変異率における性差と加齢の影響

精子のDNAは卵子のDNAと比較してより多くの複製サイクルを経ていることから、 エラーが生じる機会が断然多くなります
ここから予測されることは、多くの変異が母親よりも父親の方でより頻繁に生じていることです。
実際ある疾患(例えば軟骨無形成症)では原因となる新生変異がほぼ常に父親の生殖細胞に生じるミスセンス変異(アミノ酸が変わってしまう変異)であることが明らかになっています。年配の男性の生殖細胞では減数分裂の前により多くの回数のDNA複製を経ており、このことかが父親の加齢で父由来の新生変異の頻度が高めていると予測されます。事実いくつかの疾患(軟骨無形成症など)の遺伝子変異の発生率、自閉スペクトラム症(autism spectrum disorder) におけるCNVなどの局所的な変異の発生率と父親の加齢は相関しています。しかし、理由ははっきりしないのですが他の疾患においては変異の種類と親由来や加齢の影響はそれほど顕著ではありません。

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この記事の筆者

1995年医師免許取得。血液・呼吸器・感染症内科を経て、臓器別・疾患別の縦割りの医療の在り方に疑問を感じ、人を人として”全人的”に診療したいという思いを強くし、臓器を網羅した横断的専門医となり、2010年にがん薬物療法専門医取得(2019年現在全国1200人程度)。臓器を網羅すると遺伝性がんへの対策が必要と気づき、2011年に臨床遺伝専門医取得(2019年現在全国1000人程度)。遺伝相談はセンシティブな分野にもかかわらず、昼間の短い時間しか対応できない大病院のありかたに疑問を感じて、もっと必要な人がハードルを感じずに診療を受けられるようにしたいと2014年12月に開業。以来、全国から大学病院でも難しい内容の対応を求める人々を受け入れ、よろづお悩み相談所として多くの人々の様々な”家族(計画)の問題”を改善に導く。

著書に”女性のがんの本当の話”(ワニブックス)、”遺伝するがん・しないがん”(法研)がある。
少ない専門家で、正直で嘘のない言葉選びから週刊誌等の取材も多く、医療系の特集に時折コメントが掲載。(週刊現代、週刊ポスト、週刊新潮など)。
テレビ出演も時々あり、小林真央さんの病状を市川海老蔵さんが初めて記者会見した日、フジテレビの午後4時台のニュース番組に生出演して解説。その他TBS, AbemaTVなど出演。

一人一人の事情に合わせた個別対応をするべく、しっかり時間を取って本当のニーズは何かを聞き取りすることを大切にしている。短い時間でもお互いが出会ったことが相手の人生に大きな意味があるような医師患者関係の構築を理想として日々精進。

患者さんが抱えている問題を解決するにはどうしたらよいのかを考えて医師歴8年目に法学部に学士入学した程度に”凝り性”。女医が少なかった時代に3人の母親として難関専門医を3つ取得して社会進出を続けた経験から、女性のライフスタイルを医学以外の部分でも支援したいと願っている。
いろんな人生経験から心に響く言葉を投げかけるため、”会うと元気になる”ということで有名。飼いネコ3匹。

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