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ヒトの遺伝的多様性【18】遺伝的多様性の正体とは?──分子・進化・パンゲノムから読み解く

仲田洋美 医師

この記事の監修:仲田洋美(臨床遺伝専門医)

のべ10万人以上の意思決定に伴走。2025年国際誌『Global Woman Leader』表紙抜擢など、世界基準の出生前診断と遺伝カウンセリングを提供。

📚 入門シリーズ

この記事は「遺伝病を理解するためのヒトゲノム入門編」の1本です。全記事の一覧と学ぶ順番はヒトゲノム入門編・索引ページからご覧いただけます。

ヒトの遺伝的多様性とは、「標準からのエラー」ではなく、人類が地球上のあらゆる環境に適応してきた記録そのものです。約30億塩基対のうち個人差はわずか0.1%程度ですが、この差が体質や病気へのかかりやすさを大きく左右します。本記事では、一塩基多型(SNP)や構造変異といった分子レベルの実態から、突然変異・自然選択・遺伝的浮動・古代人との交雑まで、多様性が生まれ維持される仕組みを、最新の「ヒト・パンゲノム」まで含めて遺伝専門医がやさしく解説します。

この記事でわかること
📖 読了時間:約16分
🧬 遺伝的多様性・進化・ゲノム医療
遺伝専門医監修

Q. 遺伝的多様性とは何ですか?まず結論だけ知りたいです

A. 遺伝的多様性とは、個体・集団・種の間に存在する遺伝子(DNA配列)の違いの幅のことです。ヒトでは、2人のゲノムを比べると約99.9%は同じで、残り0.1%に無数の違いが分布しています。この違いは、DNAが複製されるときのわずかなエラー(突然変異)で絶えず生まれ、自然選択・遺伝的浮動・遺伝子流動によって集団の中で維持されたり広がったりします。多様性は病気や環境変化に耐えるための「予備の引き出し」であり、進化の原動力そのものです。

  • 分子レベルの正体 → SNP・インデル・構造変異という3階層で、数と影響力が大きく異なる
  • 供給源 → 新生突然変異が1世代あたり平均約70個生まれ、父親の年齢とともに増える
  • 維持する力 → 突然変異・遺伝的浮動・遺伝子流動・自然選択の4つが多様性を形づくる
  • 適応の記録 → 乳糖耐性・肌の色・マラリア抵抗性など、環境への適応が刻まれている
  • 新時代 → 1人の基準ゲノムから、多様性を丸ごと表す「ヒト・パンゲノム」へ

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1. 遺伝的多様性とは?──生物多様性の3つの階層

「遺伝的多様性」という言葉は、じつは3つの大きさのスケールで使われます。地球全体を見わたす生物多様性は、ふつう「生態系の多様性」「種の多様性」「遺伝的多様性」という3つの階層に分けて考えられます。いちばん外側が森林・サンゴ礁・湿地といった生態系の違い、真ん中がその中に暮らす生きものの種類の違い(種多様性)、そしていちばん内側にあるのが、同じ種の中に存在する遺伝子の違い=遺伝的多様性です。この3階層はマトリョーシカのように入れ子になっていて、いちばん内側の遺伝的多様性が失われると、種も生態系も環境変化に弱くなります。遺伝的多様性は、生物多様性というピラミッドを土台で支えている存在なのです。

生物多様性の3つの階層(入れ子構造)

🌏 生態系の多様性森林・河川・海洋など、環境そのものの多様さ

🐾 種の多様性(種多様性)その環境に暮らす生きものの種類の多さ

🧬 遺伝的多様性同じ種の中の遺伝子(DNA配列)の違い=すべての土台

遺伝的多様性は生物多様性のいちばん内側にあり、種と生態系の安定を根本から支えている。

ヒトのゲノムはどれくらい似ていて、どれくらい違うのか

ヒトのゲノムは約30億塩基対のDNA文字でできています。任意の2人を比べると、一塩基レベルの配列はおよそ99.9%が一致していて、違うのはわずか0.1%程度です。「たった0.1%」と思うかもしれませんが、30億の0.1%は数百万か所にのぼり、この差が髪や肌の特徴、体質、薬の効きやすさ、病気へのかかりやすさなどを形づくっています。なお、大きな挿入や欠失といった構造的な違いまで含めると、共有率は99.5%ほどまで下がると考えられており、ヒトの個人差は「一塩基の置き換え」だけでは語りきれません。

この個人差の全体像を初めて世界規模で描き出したのが、世界26集団・2,504人のゲノムを解読した「1000人ゲノムプロジェクト(1000 Genomes Project)」です。このプロジェクトは、ゲノム全体で8,800万を超えるバリアント(8,470万のSNP、360万の小規模インデル、6万の構造変異)をカタログ化しました[1]。ここでいう「バリアント(variant)」とは、標準的な配列と異なる箇所のことで、以前は「変異」と呼ばれていたものです。バリアントそのものについては、シリーズの遺伝子のバリアントとは【19】でさらに詳しく解説しています。

2. 分子で見る多様性の階層:SNP・インデル・構造変異

ヒトの遺伝的多様性は、DNAの「変わり方の大きさ」によっていくつかの階層に分けられます。文章にたとえるなら、SNPは1文字の打ちかえ、小規模インデルは数文字の挿入や削除、構造変異は段落や章ごとの大移動にあたります。数の上では小さな違いが圧倒的多数を占めますが、1か所あたりの影響力は大きな違いのほうが桁違いに大きい、という点が重要です。

SNP(一塩基多型)と小規模インデル

個人差の数のうえで大部分を占めるのが、DNAの1文字(塩基)が別の文字に置き換わるSNP(一塩基多型)と、数文字が挿入・欠失する小規模インデルです。典型的なヒトのゲノムには、標準配列と比べておよそ400万〜500万か所の違いがあり、そのほとんどがSNPと小規模インデルです[1]。アフリカ系の祖先をもつ人でこの数が最も多くなるのは、人類がアフリカで誕生し、そこから世界へ広がった歴史を反映しています。

SNPがタンパク質の設計図(コード領域)にあると、その影響は置き換わり方で決まります。アミノ酸が変わらない「同義置換(サイレント)」もあれば、アミノ酸が変わるミスセンス変異、途中で設計図が終わってしまうナンセンス変異もあります。一方、インデルの長さが3の倍数でないと、遺伝暗号の読み枠が丸ごとずれるフレームシフト変異が起こり、機能しないタンパク質ができたり、異常なmRNAが分解される仕組み(NMD)の標的になったりします。

💡 用語解説:ミスセンス・ナンセンス・フレームシフト

DNAは3文字ずつ読まれて1個のアミノ酸を指定します。ミスセンス変異は、1文字の置きかえでアミノ酸が別のものに変わること。ナンセンス変異は、途中に「ここで終わり」の合図(終止コドン)ができてしまい、タンパク質が短く途切れること。フレームシフト変異は、3文字の区切りがずれて、その先の暗号がすべて意味を失うことです。

それぞれミスセンス変異ナンセンス変異フレームシフト変異のページで詳しく解説しています。壊れたmRNAを片づけるNMDも、変異の影響を左右する重要な仕組みです。

構造変異(SV)とコピー数変異(CNV):数は少ないが影響は絶大

SNPやインデルが「文字の書きかえ」なら、構造変異(SV)は「段落まるごとの編集」です。ふつう50塩基対以上(ときに数百万塩基対)の欠失・挿入・逆位・重複・転座、そしてコピー数変異(CNV)が含まれます。1人あたりの構造変異の数はSNPよりずっと少ない(およそ2,100〜2,500個)のに、影響を受ける塩基対の総数はおよそ2,000万塩基対にのぼり、SNPによる影響を大きく上回ります[1]。遺伝子まるごとや、遺伝子のスイッチにあたる制御領域を巻き込むため、体質や病気への影響が大きいのです。

種類 個体あたりの数の目安 主な影響・特徴
SNP(一塩基多型) 約400万〜500万か所 同義置換・ミスセンス・ナンセンス。体質や薬の効き方に影響
小規模インデル 約60万〜70万個 フレームシフトでタンパク質の機能喪失を起こしうる
構造変異(SV・CNV) 約2,100〜2,500個 数は少ないが約2,000万塩基対に影響。遺伝子発現を大きく変える

💡 用語解説:コピー数変異(CNV)

CNVとは、特定の領域(ときに遺伝子まるごと)が、標準より多くコピーされたり、逆に欠けたりする違いのことです。たとえば第16番染色体のある領域(16p11.2)の欠失や重複は、自閉スペクトラム症や発達の遅れ、肥満などと関連することが知られています。CNVは遺伝子の「量」を直接変えるため、少ない数でも表現型への影響が大きくなります。詳しくはコピー数変異(CNV)のページをご覧ください。こうした欠失・重複による病気は、シリーズのゲノム病【36】でも扱っています。

3. 動くゲノム:トランスポゾンと反復配列が生む多様性

ヒトのゲノムは、一度書けば変わらない静的な設計図ではありません。自分をコピーして別の場所へ移動する「利己的な遺伝因子」が、ゲノムの構造を絶えず書きかえています。その代表が、ゲノム全体の約45%以上を占めるトランスポゾン(転移因子)です。かつては役に立たない「ジャンクDNA」と見なされていましたが、いまでは多様性を生み出す強力なエンジンだと理解されています。

💡 用語解説:トランスポゾン(転移因子)

ゲノムの中を「動く遺伝子」のことです。1950年代にトウモロコシで発見されました。ヒトで今も動けるのは、RNAを中間体にして「コピー&ペースト」で増える種類で、LINE-1(約17%)Alu要素(約11%)などがあります。これらの挿入は多様性の源になる一方、遺伝子の中に入り込むと機能を壊すこともあり、これまでに血友病や神経疾患など多くの病気が、こうした新たな挿入で直接引き起こされたと報告されています。LINEについてはゲノムのLINEとはで解説しています。

もう一つ、見過ごされてきた多様性の源が縦列型反復配列(STR/VNTR)です。これは「AGATAGATAGAT…」のように短い単位がくり返される部分で、DNAが複製されるときに「鎖のすべり」が起きやすく、くり返し回数が増減しやすいため、非常に高い頻度で個人差が生まれます。近年では、軟骨の成分をつくるACAN遺伝子内の反復の長さの違いが、身長に最大3.2cmもの差を生むことが示されるなど、これまで測りにくかった反復配列が複雑な形質に大きく寄与していることが分かってきました。ハンチントン病などのリピート伸長病も、この反復回数の異常な増大が原因です。反復配列についてはSTR(マイクロサテライト)もあわせてご覧ください。

4. 新生突然変異:多様性の絶え間ない供給源

集団の中にある多様性は、昔の世代から受け継いだ「遺産」であると同時に、世代ごとに新しく生まれてもいます。親から子へゲノムが伝わるとき、DNA複製のわずかなエラーなどによって、両親のどちらにも無い新生突然変異(de novo変異)が一定の割合で生じます。アイスランドの1,548組の親子を精密に解析した研究では、1世代あたり平均およそ70個の新生突然変異が見つかりました[2]。塩基あたりに直すと約1.3×10⁻⁸というごく小さな確率ですが、ゲノム全体では確実な変化になります。(なお、ロングリード解析で反復配列や動原体領域まで数えると、検出できる変異はさらに増えます。)

新生突然変異は「父親の年齢」とともに増える

👨 父親由来
+1.51個 / 年
精子は生涯つくられ続け、加齢で複製エラーが蓄積しやすい
👩 母親由来
+0.37個 / 年
卵子は出生前に分裂を終えており、加齢の影響は比較的小さい

親の年齢が1歳上がるごとに増える新生突然変異の数(アイスランド1,548トリオの解析)。父親の寄与は母親の約4倍。

この研究で特に重要なのは、新生突然変異の数が受精時の父親の年齢に強く依存することです。父親の年齢が1歳上がるごとに約1.51個ずつ増えるのに対し、母親では約0.37個の増加にとどまります[2]。精子は生涯にわたってつくられ続けるため、加齢とともにコピーエラーがたまりやすいのです。晩婚・晩産化が進む現代社会では、この「父親の年齢効果」がヒト集団の遺伝的多様性や、新たな遺伝性疾患のリスクにリアルタイムで影響していると考えられます。

仲田洋美院長

🩺 院長コラム【「変異」という言葉が持つ二つの顔】

「変異」と聞くと、多くの方が病気や異常を連想されます。けれど遺伝の現場に立っていると、変異はむしろ「人類が生きのびるための材料」だと感じます。新生突然変異のほとんどは無害で、ごく一部が有害、そしてまたごく一部が、環境が変わったときに有利にはたらく——その積み重ねが、いまの私たちの多様性をつくってきました。

父親の年齢とともに新生突然変異が増えるという事実は、不安を煽るためのものではありません。年齢や統計だけで判断するのではなく、医学的な根拠を正しく知ったうえで、ご家族が納得のいく選択をできるようお手伝いすること。それが臨床遺伝専門医としての私の役割だと考えています。

5. 多様性を形づくる進化の4つの力

集団の中の多様性は、でたらめにたまったものではありません。世代をこえてアレル(遺伝子の型)の頻度を変える4つの力——突然変異・遺伝的浮動・遺伝子流動・自然選択——のせめぎ合いによって形づくられます。何の力もはたらかない理想状態では、アレルの頻度は世代をこえて一定に保たれます。これをハーディ・ワインベルグ平衡と呼び、現実の集団がこの基準からどれだけずれているかを見ることで、どんな力がはたらいているかを読み取れます。

🧬 突然変異

新しいアレルを生み出す、多様性の根本の源。ここがなければ他の力も働けません。

🎲 遺伝的浮動

偶然によるアレル頻度の変動。集団が小さいほど影響が大きくなります。

🔀 遺伝子流動

集団間の移動と交配で新しいアレルが入り込み、集団どうしを似せる方向にはたらきます。

🎯 自然選択

生存・繁殖に有利なアレルを残す力。多様性を減らすことも増やすこともあります。

遺伝的浮動・創始者効果・ボトルネック

遺伝的浮動とは、有利・不利とは関係なく、配偶子や交配の「偶然の抽選」によってアレル頻度が変動する現象です。集団が小さいほどこの偶然の効果は大きく、まれなアレルが偶然に集団全体へ広がったり、逆に消えてしまったりします。ごく少数が新天地に移り住んで新しい集団をつくる創始者効果や、災害などで集団が一時的に激減するボトルネック効果は、この浮動を加速させます。人類がアフリカを出て世界へ広がる過程で、アフリカ集団が最も高い多様性を保ち、地理的に遠ざかるほど多様性が連続的に減っていくのは、この浮動と創始者効果の決定的な証拠です。

遺伝子流動と、古代人からの「太古の贈り物」

現代人のゲノムを語るうえで最も衝撃的な発見が、絶滅した近縁種であるネアンデルタール人やデニソワ人からの遺伝子流動(交雑)です。300を超える古代・現代のゲノムを解析した2024年の研究では、ネアンデルタール人からの遺伝子流動の大部分が、約50,500年前から43,500年前の、ひとつの長い期間に起きた交雑に由来すると結論づけられました[3]。この結果、アフリカ以外の現代人のゲノムには、いまもおよそ1〜2%のネアンデルタール人由来のDNAが残っています[3]。メラネシアなど一部の集団では、デニソワ人由来のDNAが最大4〜6%に達します。免疫や高地適応にかかわる一部のアレルは有利な形質として保たれた一方、精子形成にかかわる領域などからは強く排除されており、交雑には複雑なトレードオフがあったことがうかがえます。

自然選択の三つの顔:多様性を減らす力・増やす力

自然選択は「有利なものを残す」力ですが、その働き方は一様ではありません。大きく三つの形があり、多様性を減らす方向にも、増やす方向にもはたらきます。

選択の型 はたらき 多様性への影響
正の選択 有利な変異が急速に広がり集団に定着する 一時的に減少(周囲を巻き込む)
負の選択 有害な変異をゲノムから取り除く(最も一般的) 減少(機能を守る)
平衡選択 ヘテロ接合体が有利など、複数のアレルを積極的に維持する 増加・維持

なかでも興味深いのが平衡選択です。ふつう自然選択は「最適なものを残し、他を排除する」ため多様性を減らすはずですが、現実には適応度にかかわる多様性が豊富に保たれています。これは、2つの異なるアレルをもつヘテロ接合体のほうが有利になる「超優性」や、まれな型ほど有利になる「頻度依存選択」などによって説明されます。未知の病原体や急な環境変動に備えるための「遺伝子の貯蔵庫」として、平衡選択は多様性を守る重要な役割を果たしています。

6. 環境適応の実例:多様性は「適応の記録」

人類がアフリカを出て、さまざまな気候・日照・食べ物・病原体に出会ったとき、これらの進化の力が具体的な適応を生み出しました。遺伝的多様性が「適応の記録」であることを、いくつかの実例で見てみましょう。

乳糖耐性:文化が遺伝子を変えた

ほとんどの哺乳類は、離乳後に乳糖を分解する酵素(ラクターゼ)の産生を止めます。ところが人類の約3分の1は、大人になっても乳を消化できる乳糖耐性をもっています。約1万年前に始まった牧畜・酪農という文化が、乳という高栄養の資源を利用できる人に生存上の有利さを与えたのです。ヨーロッパではLCT遺伝子上流の1つの変異(−13910T)が原因ですが、アフリカ(タンザニア・ケニア・スーダンなど)の遊牧民集団では、まったく別の3つの変異が独立に生じて強い正の選択を受けたことが分かっています[5]。同じ「乳を飲む」という環境圧に対し、異なる集団が別々の遺伝的経路で適応した——これは収斂進化の見事な例です。

デンプン食とアミラーゼ遺伝子(AMY1)のコピー数

農耕が始まりデンプンの多い穀物を食べるようになると、唾液中のアミラーゼ(デンプン分解酵素)をコードするAMY1遺伝子のコピー数変異を介した適応が起きました。デンプン消費の多い伝統食をもつ集団は、少ない集団に比べてAMY1のコピー数が有意に多く、唾液中のタンパク質量も多いことが示されています[6]。これは、CNVという構造的な違いが直接プラスの選択を受けた初期の証拠のひとつであり、遺伝子重複という現象が、柔軟で素早い進化の仕組みとして働くことを示しています。

肌の色:単純な「二択」ではないモザイク

肌の色の多様性は、紫外線に対する自然選択の結果だと古くから考えられてきました。高緯度ではビタミンD合成を助ける明るい肌が、赤道付近では葉酸を守り皮膚がんを防ぐ濃い肌が有利になる、というトレードオフです。アフリカの多様な集団を対象にした研究では、MFSD12SLC24A5OCA2HERC2など複数の遺伝子近傍の変異が、肌の色に関与することが特定されました[7]。肌の色は「アフリカ系=濃い」という単純な二択ではなく、アフリカ大陸内だけでも多様な進化的圧力と独立した変異のモザイクで精密に形づくられているのです。

マラリアと鎌状赤血球:致死的な変異が残る理由

病原体は、人類のゲノムに対する最も強い選択圧の一つです。その代表例が、マラリアと鎌状赤血球症の関係です。ヘモグロビン遺伝子の変異(HbS)は、2つそろう(ホモ接合)と重い貧血を起こし致死的になりますが、1つだけもつ(ヘテロ接合)人はマラリア重症化に強い抵抗性をもちます。マラリアが流行する地域では、このヘテロ接合体の有利さゆえに、致死的な変異でありながら集団内で高い頻度が保たれ続けます。これがまさに平衡選択(超優性)の典型例です。同じように、免疫にかかわるHLA領域も、多様な病原体に対応するため極端に高い多型性が維持されている代表格です。

7. 疾患感受性とアレル不均衡(AEI):微妙な調整が体質を決める

これら無数の違いは、環境適応だけでなく、現代のあらゆる病気へのかかりやすさにも直結します。病気の遺伝的な要因は、大きく二極に分かれる傾向があります。まれな単一遺伝子疾患(テイ・サックス病や嚢胞性線維症など)は、主にタンパク質設計図の機能を壊す「まれなバリアント」で起こり、多くは小児期以前に高い確率で発症します。一方、ありふれた多因子疾患(アルツハイマー病・糖尿病・心疾患・がんなど)は、ゲノム全体に散らばる多数の「ありふれたバリアント」が積み重なってリスク(素因)をつくり、多くは成人期に、環境や生活習慣の影響も受けて発症します。

非コード領域とアレル不均衡(AEI)

GWAS(ゲノムワイド関連解析)の進展により、疾患感受性にかかわるバリアントの大部分は、タンパク質をコードしない「非コード領域」(遺伝子のスイッチにあたる制御領域)にあることが分かってきました。そのメカニズムの一つがアレル不均衡(AEI)です。私たちは両親から1つずつアレルを受け継ぎますが、制御領域の違いによって、片方のアレルからの転写量がわずかに減ったり増えたりすることがあります。病気が「機能があるか、ないか」という二択だけでなく、発現量の微妙なバランスのずれによっても左右されるのです。同じ病的バリアントをもつ人どうしでも、AEIによる発現比率の違いが、症状の重さ(浸透率や表現度)を変える「修飾因子」として働くことが実証されています。詳しくはアレル不均衡【17】をご覧ください。

💡 用語解説:多遺伝子リスクスコア(PRS)

多因子疾患のリスクは、たった1か所ではなく、効果の小さな無数のバリアントの積み重ねで決まります。これらを合計して「なりやすさ」を数値化したものが多遺伝子リスクスコア(PRS)です。心疾患や糖尿病などで研究が進んでいますが、多くの解析が特定の集団に偏っているため、別の集団にそのまま当てはめると精度が落ちるという課題も指摘されています。詳しくは多遺伝子リスクスコア(PRS)をご覧ください。

GWASは、思いがけない生物学的経路を病気と結びつけることもあります。たとえばクローン病や潰瘍性大腸炎(炎症性腸疾患)を対象にした大規模GWAS(7万5千人以上)では、合計163の関連領域が特定され、それらが免疫関連の遺伝子に強く集中していることが分かりました[8]。病原体に強く反応するよう進化した免疫の多様性が、皮肉にも現代の清潔な環境では自己免疫疾患のリスクを高める——過去の自然選択によるトレードオフが、現代人の病気のかたちを作っているのです。なお、こうした関連解析の背景には、近くのバリアントが一緒に伝わりやすい連鎖不平衡ハプロタイプという考え方があります。

遺伝的多様性と出生前診断・遺伝カウンセリング

遺伝的多様性の理解は、出生前診断や遺伝カウンセリングの土台でもあります。多くの重い遺伝性疾患は、両親のどちらにも無い新生突然変異で生じ、家族歴がない場合も少なくありません。だからこそ、検査結果の数値だけでなく、「その結果をどう受け止め、どう生きるか」までを含めて考える遺伝カウンセリングが大切になります。当院では、こうした遺伝カウンセリングと医学的支援を臨床遺伝専門医が担当しています。出生前の検査(NIPT羊水・絨毛検査など)についても、中立的な立場で情報提供を行っています。

8. ヒト・パンゲノム新時代:1人の基準から多様性そのものへ

多様性を完全に理解するうえで、長らく壁になっていたのが「標準参照ゲノム(GRCh38)」の存在そのものでした。これはたった1本の直線的な配列で、しかも大部分が特定の少数の人のゲノムから作られています。この1つの基準に世界中の多様な人のデータを当てはめると、参照バイアスが生じ、基準に無い大きな挿入や反復配列の違いは「エラー」や「読めない配列」として抜け落ちてしまいます。

この根本的な欠陥を克服するため、ヒト・パンゲノム・リファレンス・コンソーシアム(HPRC)は、2023年に最初のドラフト版「ヒト・パンゲノム」を発表しました。これは、多様な祖先をもつ47人の高精度な二倍体ゲノム(94のハプロタイプ)を組み合わせたもので、従来の1本道ではなく、共通部分は1本の道として描かれ、違いがある場所では道が枝分かれして再び合流する「グラフ構造」を採用しています[4]。これにより、複数の異なる配列を同じ座標系の上に同時に表せるようになりました。

リニア参照 vs パンゲノム・グラフ

従来(リニア参照)
●─●─●─●─●
1人分の1本道。基準に無い違いは抜け落ちる
パンゲノム(グラフ)
●─●<●>●─●
違う場所で道が枝分かれ・合流し、多様性を丸ごと表す
+104%
構造変異の検出(実質2倍以上)
−34%
小規模変異の検出エラー

パンゲノムは新たに約1億1,900万塩基対を追加し、うち約9,000万塩基対は構造変異に由来する。

パンゲノムの導入で、これまで見えなかったゲノムの「暗黒大陸」が明らかになりました。従来の参照に比べて新たに約1億1,900万塩基対が加わり、そのうち約9,000万塩基対は見逃されていた構造変異に由来します[4]。パンゲノムを使って解析すると、構造変異の検出は従来比で104%増加(実質2倍以上)、小規模変異の検出エラーは34%減少しました[4]。この成果は、テロメアからテロメアまでを完全に読み切ったT2Tプロジェクトの技術とも密接に連携しています。HPRCは今後さらに多くのゲノムを統合し、これまで過小評価されてきた集団の情報を取り入れて、より公平なゲノム医療を目指しています。詳しくはヒトパンゲノム(HPRC)をご覧ください。

仲田洋美院長

🩺 院長コラム【「標準」という幻から、多様性そのものへ】

私が学んできた時代のゲノム医学は、「1つの正しい配列(標準)」を基準に、そこからのずれを異常として捉える発想が中心でした。けれど、その基準自体がごく一部の人のゲノムでできていたことを思うと、多様な背景をもつ患者さんのデータを正確に読めていなかった可能性があります。

パンゲノムは、その発想を根本から変えました。ヒトのゲノムは1本のテキストではなく、無数の枝分かれをもつ豊かなネットワークだった——この視点は、これまで診断がつかなかった方や、特定の集団に多い疾患の理解を、これから大きく前に進めてくれると期待しています。

9. よくある誤解

誤解①「変異=病気・異常」

DNAの違い(バリアント)の大半は無害で、体質や個性の源です。有害なものはごく一部にすぎず、なかには環境が変わると有利になるものもあります。「変異」は多様性という名の“予備の引き出し”でもあります。

誤解②「人種で遺伝子がはっきり分かれる」

遺伝的多様性は連続的なグラデーションで、集団の内側の違いのほうが集団間の違いより大きいことがほとんどです。肌の色ひとつとっても、単純な線引きはできません。

誤解③「多様性が高いほど常に良い」

多様性は環境変化への“備え”として重要ですが、平衡選択で残る鎌状赤血球のように、同じ変異が有利にも不利にもなることがあります。多様性は「良い・悪い」で単純に語れません。

誤解④「ゲノムには“正しい1つの配列”がある」

パンゲノムが示したように、ヒトのゲノムは1本の“正解”ではなく、枝分かれをもつネットワークです。「標準からのずれ」という見方そのものが、いま更新されつつあります。

よくある質問(FAQ)

Q1. 遺伝的多様性と遺伝子の多様性は違うものですか?

ほぼ同じ意味で使われることが多い言葉です。厳密には「遺伝的多様性」は個体・集団・種のレベルでの遺伝子(DNA配列)の違いの幅を広く指し、「遺伝子の多様性」はそのうち特定の遺伝子に注目した違いを指すことがあります。本記事では、ヒトのゲノム全体に存在する違いの総体を遺伝的多様性として解説しています。

Q2. ヒトのゲノムは99.9%同じなのに、なぜ個人差が生まれるのですか?

残りの0.1%が、30億塩基対では数百万か所にのぼるためです。しかも一塩基の違いだけでなく、数十〜数百万塩基の挿入・欠失・重複といった構造変異まで含めると、違いの総量はさらに大きくなります。この小さな割合の違いが、体質・見た目・病気へのかかりやすさを大きく左右します。

Q3. 新生突然変異は親の年齢と関係がありますか?

はい。アイスランドの大規模研究では、父親の年齢が1歳上がるごとに新生突然変異が約1.51個増え、母親では約0.37個の増加でした。精子は生涯つくられ続けるため、加齢とともにコピーエラーがたまりやすいことが背景にあります。ただしこれは統計的な傾向であり、個々のケースを不安に思う必要はありません。心配な点は臨床遺伝専門医にご相談ください。

Q4. なぜ致死的な変異(鎌状赤血球など)が集団に残り続けるのですか?

平衡選択(超優性)という仕組みのためです。鎌状赤血球の変異は2つそろうと重い貧血を起こしますが、1つだけもつ人はマラリアに強い抵抗性をもちます。マラリアが流行する地域では、この「1つだけもつ人」の有利さゆえに、致死的な変異でも集団内で一定の頻度が保たれます。多様性を積極的に維持する選択の一例です。

Q5. ネアンデルタール人のDNAは今の私たちにも残っているのですか?

はい。アフリカ以外の現代人のゲノムには、平均しておよそ1〜2%のネアンデルタール人由来のDNAが残っていると報告されています。2024年の研究では、その大部分が約5万年前のひとつの長い交雑期に由来することが示されました。免疫や環境適応にかかわる一部は有利な形質として保たれた一方、排除された領域もあり、複雑な影響があったと考えられています。

Q6. パンゲノムは、これまでの参照ゲノムと何が違うのですか?

従来の参照ゲノムは、少数の人から作られた「1本道」の配列でした。パンゲノムは、多様な祖先をもつ47人分のゲノムを組み合わせ、違いがある場所で道が枝分かれ・合流する「グラフ構造」で表します。これにより、これまで見逃されていた構造変異の検出が2倍以上に向上し、より多くの集団を公平に評価できるようになりました。

Q7. 遺伝的多様性の話は、出生前診断とどう関係しますか?

多くの重い遺伝性疾患は、両親のどちらにも無い新生突然変異で生じるため、家族歴がなくても起こりえます。だからこそ、検査で何が分かり何が分からないのかを正しく理解し、結果をどう受け止めるかまでを一緒に考える遺伝カウンセリングが大切になります。当院では臨床遺伝専門医が、中立的な立場で情報提供と支援を行っています。

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参考文献

  • [1] A global reference for human genetic variation. Nature. 2015;526:68–74. [Nature] / [PMC4750478]
  • [2] Parental influence on human germline de novo mutations in 1,548 trios from Iceland. Nature. 2017;549:519–522. [Nature] / [PubMed 28959963]
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  • [7] Loci associated with skin pigmentation identified in African populations. Science. 2017;358:eaan8433. [Science] / [PMC5759959]
  • [8] Host-microbe interactions have shaped the genetic architecture of inflammatory bowel disease. Nature. 2012;491:119–124. [Nature] / [PMC3491803]

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仲田洋美 医師(臨床遺伝専門医)

この記事の監修・執筆者:仲田 洋美

(臨床遺伝専門医/がん薬物療法専門医/総合内科専門医)

ミネルバクリニック院長。1995年に医師免許を取得後、 臨床遺伝学・内科学・腫瘍学を軸に診療を続けてきました。 のべ10万人以上のご家族の意思決定と向き合ってきた臨床遺伝専門医です。

出生前診断(NIPT・確定検査・遺伝カウンセリング)においては、 検査結果の数値そのものだけでなく、 「結果をどう受け止め、どう生きるか」までを医療の責任と捉え、 一貫した遺伝カウンセリングと医学的支援を行っています。

ハイティーンの時期にベルギーで過ごし、 日本人として異文化の中で生活した経験があります。 価値観や宗教観、医療への向き合い方が国や文化によって異なることを体感しました。 この経験は現在の診療においても、 「医学的に正しいこと」と「その人にとって受け止められること」の両立を考える姿勢の基盤となっています。

また、初めての妊娠・出産で一卵性双生児を妊娠し、 36週6日で一人を死産した経験があります。 その出来事は、妊娠・出産が女性の心身に与える影響の大きさ、 そして「トラウマ」となり得る体験の重みを深く考える契機となりました。 現在は、女性を妊娠・出産のトラウマから守る医療を使命の一つとし、 出生前診断や遺伝カウンセリングに取り組んでいます。

出生前診断は単なる検査ではなく、 家族の未来に関わる重要な意思決定です。 年齢や統計だけで判断するのではなく、 医学的根拠と心理的支援の両面から、 ご家族が後悔の少ない選択をできるよう伴走することを大切にしています。

日本人類遺伝学会認定 臨床遺伝専門医/日本内科学会認定 総合内科専門医/ 日本臨床腫瘍学会認定 がん薬物療法専門医。 2025年には APAC地域における出生前検査分野のリーダーとして国際的評価を受け、 複数の海外メディア・専門誌で特集掲載されました。

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