臨床細胞遺伝学とは
細胞遺伝学的解析
臨床応用を目的として染色体の構造やその遺伝的形質について研究する医学の学問の一つを臨床細胞遺伝学といいます。
顕微鏡で観察可能な染色体の数や構造の変化といった染色体異常が多くの臨床症状の原因となっていることが明らかとなり、染色体異常症(chromosome disorder)と呼ばれるようになり、まだ50年くらいしかたっていません。医学の歴史の中では割と新しい分野なのです。
今日では染色体解析は細胞学的レベルとゲノムレベルの両方で解像度と精度を増していて、臨床医学の数多くの領域において重要な診断根拠をあたえるものとなっています。
従来は、凝縮した染色体を約1,000倍の倍率で観察することでひとつの染色体バンドに対応する約300万塩基対の解像度での染色体構造の解析しかできませんでしたが、分子生物学的技術を取り入れることにより2,000塩基対にまで解像度が高まっています。
一般的な細胞遺伝学的解析には有糸分裂期の細胞が用いられます。分裂期でないと染色体が目視できないからです。
絨毛膜(栄養膜合胞体層)と骨髄は通常の検査に十分な数の増殖期の細胞を含んでいますが、 ほとんどの組織の細胞は試験管内での培養を必要としますので、結果として約10日の検査期間が必要となります。
染色体異常症
染色体異常症は、遺伝性疾患の主要なカテゴリーの1つとなっています。
染色体異常は、流産・死産・先天奇形・知的障害の主な原因となっているほか悪性腫瘍の病因としても重要な役割を果たしています。
各種の染色体異常は数百の症候群の原因となり、これらをすべて合わせると、すべての単一遺伝子疾患を合わせたものより多くなるくらいです。
染色体異常は、生産児の約1%(100人に一人)、出生前診断を受けた35歳以上の妊婦の約2%(50人に一人)、妊娠第1三半期のすべての自然流産児の半数でみられるポピュラーなものです。
染色体異常症の解析範囲
染色体異常症の解析の範囲は顕微鏡下で確認可能な染色体の数や構造といった大規模な変化から、全ゲノム配列決定により検出可能となるゲノム構造や塩基配列の異常といった分子レベルの小さな変化まで、まさに遺伝医学の全領域を網羅するものなのですが、一つの方法で全部網羅できません。
細胞遺伝学的解析・ゲノム解析につかう細胞たち
染色体検査を行うためには、評価したい細胞は培養系で増殖できるものでなければなりません。
染色体は普段は見えないけれど、細胞周期の細胞分裂の時にだけ観察可能となるからです。
この条件を満たした最も容易に採取できる細胞は白血球、特にTリンパ球です。採血で手に入るので。
これらの細胞を染色体検査に適した状態にするための短期培養をするには、
末梢血を採取 → 白血球を分離 → 培養液を加えてphytohemaggulutinin(PHA)を添加して分裂刺激 → 数日後分裂している細胞の紡錘体の働きを阻害するコルセミドを添加して分裂中期(metaphase)で細胞分裂を停止させた細胞を蓄積 → 細胞を低張液で処理して染色体を分散 → 染色体を固定してスライドグラスに展開 → 診断法に応じていくつかある染色方法の1つを選んで施行
という過程を進みます。
これで解析の準備ができます。
末梢血から調製する細胞培養は、速やかな臨床検査のためには理想的なのですが、3~4日間という短期間しか培養できないという難点があります。
永久保存や長期培養は、他のさまざまな組織から得ることができます。小手術である皮膚生検により得られた組織片を培養して得られる線維芽細胞(fibroblast)は、染色体・ゲノムの解析のみならずさまざまな生化学的・分子遺伝学的解析にも用いることができるものです。
白血球は培養系において形質転換させることで不死化したリンパ芽球様細胞株をつくりだせます。
骨髄は高い割合で分裂細胞を含んでいるため培養が必要となることがめったにないという利点がありますが、比較的浸襲性の高い骨髄生検という手法を用いなければ得られないのが難点です。主には造血器腫瘍が疑われる際の診断に用います。
羊水や絨毛採取によって得られる胎児細胞は、細胞遺伝学的・ゲノム学的・生化学的・分子遺伝学的解析のために培養して用いることができます。
絨毛細胞は生検後、未培養で直接解析することも可能です。
注目すべきは、母休血漿中に少量のセルフリー胎児DNA(cell-free fetal DNA)が発見され、 全ゲノム配列決定による検査が可能になったことです。全ゲノムシークエンスをはじめとするゲノムの分子遺伝学的解析は、質のよいDNAさえ得られればあらゆる臨床材料で実施することができることです。使用する細胞は分裂している必要がありません。組織や腫瘍の試料からでも末梢血からと同じようにDNA検査を行うことができます。
また、セルフリーDNAは腫瘍由来のものもあり、リキッドバイオプシーに応用されていっています。現在では、悪性腫瘍の再発のモニタリングもリキッドバイオプシーで可能となってきました。技術進歩は大きな変化を臨床現場にもたらし続けていますので、お勉強不足な医師たちには説明もできなくなっています。
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