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遺伝性感覚自律神経ニューロパチーIIC型(HSAN2C)とは?症状・原因・遺伝のしくみと最新研究

仲田洋美 医師

この記事の監修:仲田洋美(臨床遺伝専門医)

のべ10万人以上の意思決定に伴走。国際医療誌『Medical Care Review APAC』『Global Woman Leader』の2誌で表紙を飾り、「Top Prenatal Testing Service in APAC 2025」に選出されるなど、世界基準の遺伝医療を提供。

遺伝性感覚自律神経ニューロパチーIIC型(HSAN2C)は、KIF1Aという遺伝子の両方のコピーに変化が起こることで発症する、とても稀な常染色体劣性(潜性)の神経の病気です。痛み・温度・触った感覚が少しずつ失われていくことが特徴で、傷や骨折に気づけないことが深刻な合併症につながります。このページでは、原因・症状・診断・遺伝のしくみ・最新の治療研究までを、専門家でない方にもわかるようにご説明します。

この記事でわかること
📖 読了時間:約15分
🧬 KIF1A遺伝子・末梢神経・臨床遺伝
臨床遺伝専門医監修

Q. 遺伝性感覚自律神経ニューロパチーIIC型(HSAN2C)とは、まず結論だけ知りたいです

A. KIF1A遺伝子の両方のコピーに病的な変化があるときに起こる、極めて稀な常染色体劣性(潜性)の末梢神経の病気です。痛み・温度・触覚といったすべての感覚がゆっくり失われ、無自覚の傷から潰瘍や指先の脱落(自己切断)を起こすことが特徴です。手足の筋力低下など運動の障害を伴いやすい点が、よく似た他のタイプと見分ける手がかりになります。

  • 病気の定義 → OMIM 614213、原因はKIF1A遺伝子(2番染色体)、常染色体劣性(潜性)遺伝
  • 分子のしくみ → 神経の中で荷物を運ぶ「キネシン」モーターの故障による軸索の変性
  • 主な症状 → 全感覚の消失・難治性の潰瘍・自己切断・手足の筋力低下・自律神経の症状
  • 位置づけ → KIF1A関連神経疾患(KAND)という大きな疾患グループの一員
  • 診断・将来 → 次世代シークエンサーによる遺伝子診断と、KANDで進む最新治療研究

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1. HSAN2Cとは:病気の定義と位置づけ

遺伝性感覚自律神経ニューロパチーIIC型(英語名 Hereditary Sensory and Autonomic Neuropathy Type IIC、略してHSAN2CまたはHSN2C、OMIM 614213)は、手足の感覚を伝える末梢神経が少しずつ壊れていく、極めて稀な遺伝性の病気です。痛み・温度・触覚といった感覚が重く障害され、その結果として治りにくい潰瘍や、指先・足先が自然に脱落してしまう「自己切断」という深刻な合併症を起こします。

原因は、2番染色体の長腕(2q37.3)にあるKIF1Aという遺伝子の、両方のコピーに病的な変化があることです。KIF1Aは、神経細胞の中で「荷物」を運ぶ分子モーターの設計図にあたる遺伝子で、この働きが損なわれると、とくに長い神経の末端から徐々に変性が進んでいきます。

💡 用語解説:常染色体劣性(潜性)遺伝とは

人は同じ遺伝子を父由来・母由来の2本ずつ持っています。「常染色体劣性(潜性)遺伝」とは、2本ともに病的な変化があってはじめて発症するタイプです。1本だけ変化を持つ人は「保因者(キャリア)」と呼ばれ、通常は症状が出ず健康に過ごします。HSAN2Cの患者さんの多くは、ご両親がそれぞれ気づかない保因者で、たまたまお子さんに2本そろってしまったというケースです。

KIF1A関連神経疾患(KAND)という大きな家族の一員

次世代シークエンサーによる網羅的な遺伝子解析が広まったことで、KIF1A遺伝子の変化は、HSAN2Cだけでなく非常に幅広い神経の病気を起こすことがわかってきました。これらをまとめてKIF1A関連神経疾患(KIF1A-Associated Neurological Disorder:KAND)と呼びます。KANDには、遺伝性痙性対麻痺30型(SPG30)、重い神経変性を示すNESCAV症候群などが含まれ、HSAN2Cはその中でも感覚神経と自律神経の障害に特化したタイプとして位置づけられています。

KAND全体の中で、HSAN型(HSAN2C)が占める割合はおよそ3%とされ、最も稀なグループの一つです。次の図は、KANDのおおまかな内訳を示したものです。

KIF1A関連神経疾患(KAND)の表現型分布

各タイプがKAND全体に占めるおおよその割合(%)

複雑型KAND(広範な中枢神経症状を伴う)
59%
単純型KAND(SPG30など)
30%
ALS型KAND
8%
HSAN型KAND(HSAN2C)
3%

出典:KIF1A-Related Neurodevelopmental Disorder(GeneReviews®, NCBI Bookshelf)に基づき作成。HSAN2CはKAND全体の約3%を占める稀で特異的なタイプです。

2. 原因遺伝子KIF1Aと分子のしくみ

HSAN2Cの症状を理解するうえで核心となるのが、KIF1Aというタンパク質の役割と、その故障が神経に何を起こすかというしくみです。

💡 用語解説:KIF1A(キネシン)と軸索輸送

KIF1Aは「キネシン」という分子モータータンパク質の一種です。神経細胞は、細胞の中心(細胞体)でつくった大切な材料を、遠く離れた神経の末端まで届ける必要があります。この材料を運ぶ仕事を「軸索輸送」といい、キネシンは細胞内のレール(微小管)の上を歩くように移動して荷物を運びます。KIF1Aが運ぶのは、神経のつなぎ目で使われる小胞や、神経を元気に保つ栄養因子などです。キネシンについて詳しくはこちら

人の下肢を支配する感覚神経の軸索は、ときに1メートル以上というとても長い距離になります。KIF1Aの働きが弱まると、いちばん遠い末端から栄養や材料が届かなくなり、神経の末端から手前に向かって少しずつ枯れていきます。これを「ダイイングバック型ニューロパチー」と呼び、HSAN2Cで下肢の先端から症状が始まる理由になっています。

なぜ感覚神経だけが強く障害されるのか:「エクソン25b」のしくみ

同じKIF1A遺伝子の変化でも、ある人はSPG30(運動の障害が中心)になり、別の人はHSAN2C(感覚の障害が中心)になります。この違いを説明する鍵の一つが「選択的スプライシング」です。

💡 用語解説:選択的スプライシングとは

1つの遺伝子から、部品(エクソン)の組み合わせを変えることで、少しずつ違うタンパク質をいくつも作り分けるしくみです。HSAN2Cの原因変異の多くは「エクソン25b」という、感覚神経(後根神経節)でとくによく使われる部品に集中しています。そのため、この部分の変化は中枢神経全体ではなく、この部品に強く頼っている感覚神経を選んで障害し、感覚優位の症状(HSAN2C)を生み出すと考えられています。選択的スプライシングの詳しい解説

💡 用語解説:ミスセンス変異・フレームシフト変異

ミスセンス変異とは、DNAの文字が1つ変わることで、設計されるアミノ酸が別の種類に置き換わる変化です。タンパク質の形や働きが変わります。

フレームシフト変異とは、文字が挿入・欠失することで読み枠がずれ、その先がまったく別の意味になってしまう変化です。多くの場合、タンパク質が途中で短く切れて働かなくなります。HSAN2Cでは、こうしたタンパク質を短く切るタイプの変化がよく報告されています。

パキスタンの家系を対象とした研究では、エクソン25b周辺に新しいフレームシフト変異(p.(Ser887Profs*64))が見つかりました。両方のコピーにこの変化を持つ患者さんは自己切断を伴う重いHSAN2Cを発症した一方、1本だけ持つ保因者にもうろこ状の皮膚など軽い症状がみられ、変化の「量」が症状に影響しうることが示されました。

よく似たHSAN2Aとの分子的な接点

HSAN2のもう一つのタイプであるHSAN2Aは、WNK1(別名HSN2)という別の遺伝子の変化で起こります。HSAN2AとHSAN2Cは症状がよく似ていますが、その背景には分子的なつながりがあります。研究により、KIF1AタンパクとWNK1/HSN2タンパクは神経の中で直接結びついて働くことが示されています。別々の遺伝子の変化が、最終的に同じ「軸索輸送」という経路を壊し、よく似た症状を生むことの根拠になっています。

3. 主な症状と経過

HSAN2Cの症状は、生まれたときや小児期の早い時期(多くは最初の10年以内、たいていは思春期前)に始まり、生涯にわたってゆっくり進んでいきます。同じ遺伝子が原因でも、重さや進み方には個人差・家系内の差があります。

感覚の消失と、それが招く合併症の連鎖

中心となるのは、痛み・温度・触覚といったすべての感覚の著しい低下と消失です。上肢より下肢で早く重く現れる「足先から」のパターンが特徴で、これは神経の長さに依存して末端から壊れていくためです。感覚を失うと、危険を察知して身を守るしくみが働かなくなり、次のような重い合併症が連鎖的に起こります。

🦶 皮膚・潰瘍

感覚を失った皮膚は繰り返す刺激で過角化し、乾燥して亀裂が入り、そこから細菌が入って治りにくい潰瘍や蜂窩織炎を繰り返します。

✂️ 自己切断

感染が深部に及んで組織が壊死すると、指先や足先が自然に脱落する自己切断に至ることがあります。敗血症予防のために外科的切断が必要になる場合もあります。

🦴 骨・関節

痛みがないため無痛性骨折に気づかず、関節への微細な外傷が積み重なって高度に壊れる「シャルコー関節」や、難治性の骨髄炎を合併しやすくなります。

🌡️ 自律神経

程度はさまざまですが、多汗・緊張性瞳孔・対光反射の遅れ、進行例では尿意切迫や尿失禁などの膀胱直腸の症状がみられることがあります。

運動の障害を伴いやすいことが特徴

HSAN2の各タイプ(2A〜2D)の中でも、KIF1Aが原因のHSAN2Cは運動神経の関与が最もはっきり現れる点が特徴です。下肢を中心とした遠位の筋力低下や筋萎縮がしばしばみられ、深部腱反射は低下または消失します。一部の患者さんでは痙性対麻痺の症状が出ることもあり、同じKIF1Aが原因のSPG30と症状が連続して重なっていることを示しています。

知的発達は通常は正常範囲に保たれますが、KIF1A関連のタイプでは軽度の知的障害や全般的な発達の遅れを伴う例も報告されています。視神経萎縮などの視覚の症状が、KANDの一部として現れることもあります。

仲田洋美院長

🩺 院長コラム【「痛くない」ことの怖さ】

痛みは、私たちを危険から守ってくれる大切な警報です。HSAN2Cでは、その警報が鳴らなくなります。やけどや小さな傷に気づかないまま悪化し、骨折さえも見過ごされてしまうことがあります。「痛みがない」ことは、決して楽なことではないのです。

だからこそ、毎日のフットケアと皮膚の目視チェックという、一見地味な習慣が、お子さんの将来を大きく守ります。ご家族が「見て・守る目」になることの意味を、診療の場で繰り返しお伝えしています。

4. 鑑別診断:HSAN2の4つのタイプ

HSAN2には、原因遺伝子の異なる4つのタイプ(2A〜2D)があります。症状が似ているため、正確な診断には原因遺伝子の特定が欠かせません。下の表で特徴を比べてみましょう(横にスクロールできます)。

タイプ 原因遺伝子 感覚障害 自律神経障害 遠位の運動障害 特記事項
HSAN2A WNK1 著明 中等度 軽度 発汗異常を伴うことが多い。KIF1Aと結びつく経路の障害。
HSAN2B RETREG1(FAM134B) 著明 著明 軽度 多汗や瞳孔異常など、自律神経症状が重いことが特徴。
HSAN2C KIF1A 著明 中等度 中等度〜重度 筋力低下や痙縮など運動障害の合併が明確な点が鑑別の鍵。
HSAN2D SCN9A 著明 軽度 なし ナトリウムチャネルの異常。運動障害はなく、先天性無痛症に類似。

この表からわかるように、感覚障害に加えて遠位の運動障害(筋力低下や痙縮)が比較的強く現れることが、HSAN2Cを他のタイプと見分ける重要な手がかりになります。また、同じKIF1Aを原因とするSPG30やNESCAV症候群とは症状が連続しているため、これらの病気の情報も理解の助けになります。

5. 診断と遺伝子検査の進め方

HSAN2Cの診断は、特徴的な症状から疑い、電気生理学的検査で神経の障害を確かめ、最終的に遺伝子検査で確定する、という流れで進みます。

臨床的な疑いと電気生理学的検査

小児期から進む下肢優位の感覚低下、治りにくい潰瘍や骨の変形、近親婚や同胞の罹患といった家族歴が、診断のきっかけになります(家族歴がない孤発例でも否定はできません)。神経伝導検査では、感覚神経活動電位(SNAP)の著明な低下や消失がみられ、運動神経の伝導速度は比較的保たれる一方、KIF1A関連では運動神経も関与するため複合筋活動電位(CMAP)が低下することもあります。

かつては腓腹神経の生検も行われましたが、傷の治りにくいHSANの患者さんには負担が大きいため、現在は遺伝子検査による低侵襲な確定診断が標準になっています。

💡 用語解説:次世代シークエンサー(NGS)と全エクソーム解析

HSANは「症状が似ていても原因遺伝子が異なる」ことが多いため、症状だけで原因を当てるのは困難です。そこで、たくさんの遺伝子を一度に高速で読む次世代シークエンサー(NGS)が力を発揮します。まずHSAN関連の主要遺伝子(WNK1・RETREG1・KIF1A・SCN9Aなど)を含むパネル検査を行い、見つからない場合や複雑な症状を伴う場合には、タンパク質の設計図全体を調べる全エクソーム解析(WES)へと進みます。

出生前の診断と出生後の診断は分けて考える

遺伝子の変化を確認する検査には、生まれる前に行うものと、生まれた後に行うものがあります。

  • 出生後の確定診断:本人の血液などからDNAを調べ、KIF1Aの病的変化を直接確認します。これがHSAN2C診断の中心です。
  • 出生前の確定診断:家系内ですでに変化が特定されている場合、妊娠中の絨毛検査・羊水検査で胎児の遺伝子を直接調べることができます。

なお、KIF1Aは新生(de novo:新生突然変異)の変化として優性(顕性)型のKAND(複雑型など)を起こすこともあり、当院のNIPTのインペリアルプランの対象遺伝子にも含まれています。ただしHSAN2Cは常染色体劣性(潜性)のため、このタイプの家族計画では、後述する保因者検査と確定検査の組み合わせが本筋になります。検査の意味づけはご家族ごとに異なるため、臨床遺伝専門医による解釈と相談が大切です。

遺伝子検査は「発症確率○%」という予測ではなく、実際にDNAに存在する変化を確認するものです。確定診断・予後の見通し・家族計画の指針を、確かな事実に基づいて立てられることに大きな意味があります。

6. 治療と長期管理

現時点でHSAN2Cを根本から治す方法はなく、治療の中心は症状をやわらげることと、生活の質を大きく下げる重い合併症を予防することです。神経内科・整形外科・理学療法士・遺伝専門医などからなるチーム医療が欠かせません。

  • 足のケアと外傷予防:感覚を失った四肢を守ることが最優先です。専門のフットケア、圧を分散させるオーダーメイドの靴やインソール、毎日の皮膚の目視チェックが基本になります。
  • 感染・整形外科的合併症の管理:潰瘍には早期の処置と適切な抗生物質で深部への拡大を防ぎます。シャルコー関節や骨髄炎が進んだ場合は整形外科的な介入を検討します。
  • リハビリと機能維持:筋力低下や痙縮の進行を遅らせ、杖・車椅子などの補助具を適切に選びながら、理学療法を継続します。
  • てんかんなどの管理:KANDではてんかんが約40%に報告されており、合併する場合は抗てんかん薬による管理が認知機能を守るうえでも重要です。

7. 遺伝カウンセリングとプレコンセプションケア

HSAN2Cの確定診断は、ご本人の治療計画だけでなく、ご家族の今後を考えるうえでも大切な意味を持ちます。

常染色体劣性(潜性)の発症リスク

HSAN2Cは常染色体劣性(潜性)遺伝です。ご両親がともに保因者の場合、妊娠のたびに次の確率になります。

  • 25%:両親から1つずつ受け継ぎ、発症する
  • 50%:片方からのみ受け継ぎ、無症状の保因者になる
  • 25%:両親から正常なコピーを受け継ぎ、発症も保因もしない

拡大版保因者スクリーニング(遺伝子ブライダルチェック)

常染色体劣性疾患の難しさは、家族歴のまったくない家系に突然お子さんが生まれることがある点です。自分が何の保因者かは、外見や一般的な血液検査ではわかりません。これを妊娠前に知るための方法が拡大版保因者スクリーニング(遺伝子ブライダルチェック)です。当院では、数百種類の重篤な劣性疾患の保因者状態を一度に調べる拡大保因者検査を行っています。米国産婦人科学会(ACOG)や米国人類遺伝学会(ACMG)も、妊娠前のすべてのカップルに機会を提供することを推奨しています。

ご両親がともに同じ疾患の保因者とわかった場合、遺伝専門医のカウンセリングのもとで、次のような選択肢を主体的に検討できます。

  • 着床前遺伝学的検査(PGT-M):体外受精で得た胚を調べ、発症しない胚を選んで移植します。
  • 確定的な出生前診断:妊娠後に絨毛検査・羊水検査で胎児の遺伝子を直接調べます。
  • 第三者からの提供配偶子の利用なども選択肢となります。

遺伝子検査の目的は、リスクを宣告することではありません。事前に科学的な情報を手にすることで、ご家族が後悔の少ない選択を、ご自身の価値観で行えるように支えることにあります。医師は中立的な情報提供者であり、特定の検査や選択を勧めることはありません。

8. 最新研究と将来の治療展望

これまで進行を止める手段がないとされてきたKANDですが、核酸医薬や遺伝子治療の発展により、根本的な治療をめざす研究が大きく前進しています。

💡 用語解説:アンチセンスオリゴヌクレオチド(ASO)

特定のRNAにぴったり結合するよう人工的に設計した短い核酸の分子で、狙ったタンパク質の量を減らしたり、異常なRNAの処理を修正したりできます。センス鎖・アンチセンス鎖の解説もあわせてご覧ください。

2024年8月、医学誌『Nature Medicine』に、KANDの少女Susannahに対する一人ひとり専用に設計されたASO治療の成果が報告されました。非営利団体n-Lorem財団が開発したこの治療では、毒性をもつ変異側のコピーだけを抑え、正常な側のコピーは残す「アレル特異的ノックダウン」という技術が用いられました。臨床的な成果は劇的で、治療前の50日間に1日あたり100〜290回もあったてんかん発作が、初回投与後には週30回未満にまで減少し、発話・注意・運動機能などの改善もみられました。治療は20か月以上続けられ、安全性・忍容性も良好と報告されています。

💡 ここが大切:HSAN2Cにそのまま当てはまるわけではありません

この成功例の患者さんは、1本のコピーに新生(de novo:新生突然変異)のミスセンス変異をもつ「優性(顕性)型」のKANDでした。だからこそ「悪い側だけを黙らせ、良い側を残す」アレル特異的ノックダウンが有効でした。一方、HSAN2Cは両方のコピーが働かなくなる「劣性(潜性)型」で、残すべき正常なコピーがありません。そのため、このアレル特異的アプローチはそのままは当てはまらず、劣性型では将来的に正常なKIF1Aを補うアデノ随伴ウイルス(AAV)を用いた遺伝子補充療法などが研究の方向性になると考えられています。

オーストラリアのMurdoch Children’s Research Instituteなどでは、既存薬の応用による症状緩和(短期)、新規化合物による標的治療の確立(中期)、AAVベクターによる遺伝子置換療法(長期)という段階的な研究プログラムが進められています。HSAN2Cを含むKANDにとって、根本治療への道が少しずつ拓かれつつあります。

9. 臨床遺伝専門医からのメッセージ

仲田洋美院長

🩺 院長コラム【「正確な型」を知ることの意味】

KIF1Aの変化は、HSAN2CからSPG30、NESCAV症候群まで、とても幅広い病気を起こします。同じ遺伝子でも、変化の場所や型によって、優性か劣性か、感覚が中心か運動が中心か、見通しもまったく変わります。だからこそ、ただ「KIF1Aに変化があった」で終わらせず、どの型なのかまで丁寧に読み解くことが大切です。

最新のASO治療のニュースは大きな希望ですが、それが効くのはどの型なのか、ご自身やお子さんに当てはまるのかは、専門的な解釈が必要です。確かな情報を、過度に煽らず、過度に安心させず、ご家族とともに考えていく。それが私たちの役割だと考えています。

よくある質問(FAQ)

Q1. HSAN2Cは遺伝しますか?

常染色体劣性(潜性)遺伝の病気です。両方のコピーに病的な変化があってはじめて発症します。ご両親がともに保因者の場合、お子さんが発症する確率は妊娠のたびに25%です。ご両親自身は通常、症状のない健康な保因者です。妊娠前の保因者検査や、出生前診断などの選択肢については臨床遺伝専門医にご相談ください。

Q2. どんな症状が出ますか?

痛み・温度・触覚といったすべての感覚が、足先から少しずつ失われていきます。感覚がないために傷や骨折に気づきにくく、治りにくい潰瘍、指先・足先の自己切断、シャルコー関節や骨髄炎などの合併症を起こします。HSAN2Cでは、手足の筋力低下など運動の障害を伴いやすいことも特徴です。

Q3. どのように診断されますか?

症状と家族歴から疑い、神経伝導検査で感覚神経の障害を確かめたうえで、次世代シークエンサーによる遺伝子検査でKIF1Aの病的変化を確認して確定します。HSAN関連遺伝子のパネル検査や、必要に応じて全エクソーム解析が用いられます。神経生検は負担が大きいため、現在は遺伝子検査が標準です。

Q4. HSAN2AやHSAN2Dとはどう違うのですか?

HSAN2は原因遺伝子によって4つのタイプに分かれます。2AはWNK1、2BはRETREG1、2CはKIF1A、2DはSCN9Aが原因です。症状はよく似ていますが、KIF1Aによる2Cは筋力低下や痙縮といった運動の障害が比較的はっきり現れる点が見分けの手がかりになります。確定には遺伝子検査が必要です。

Q5. 治す方法はありますか?

現時点で根本的に治す方法はなく、症状の緩和と合併症の予防が治療の中心です。とくに足のケアと外傷予防、感染の早期治療、リハビリが重要です。一方で、KAND全体ではASO療法やAAVによる遺伝子治療など、原因に迫る研究が進んでおり、将来への希望が広がっています。

Q6. 報道されたASO治療はHSAN2Cにも使えますか?

話題になったASO治療は、1本のコピーに新生のミスセンス変異をもつ「優性(顕性)型」の患者さんに対し、悪い側だけを抑える方法でした。HSAN2Cは両方のコピーが働かなくなる「劣性(潜性)型」のため、この方法はそのままは当てはまりません。劣性型では、正常なKIF1Aを補う遺伝子補充療法(AAVなど)が将来の方向性と考えられています。どの治療が当てはまるかは型によって異なるため、専門医による解釈が必要です。

Q7. 出生前に調べることはできますか?

家系内ですでに原因となる変化が特定されている場合は、絨毛検査や羊水検査による出生前の確定診断が可能です。妊娠前であれば、ご夫婦が同じ疾患の保因者かどうかを調べる拡大版保因者スクリーニングという選択肢もあります。検査を受けるかどうかも含め、ご家族の意思を尊重して進めます。

Q8. 知的発達には影響しますか?

HSAN2Cでは知的発達は通常は正常範囲に保たれます。ただしKIF1A関連のタイプでは、軽度の知的障害や発達の遅れを伴う例も報告されています。視神経萎縮などの視覚の症状が現れることもあるため、定期的な評価とお子さんに合わせた発達支援が大切です。

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臨床遺伝専門医が在籍するミネルバクリニックにお気軽にご相談ください。

参考文献

  • [1] KIF1A-Related Neurodevelopmental Disorder. GeneReviews®, NCBI Bookshelf. [NCBI Bookshelf]
  • [2] OMIM #614213. Neuropathy, Hereditary Sensory, Type IIC; HSN2C. Johns Hopkins University. [OMIM]
  • [3] Riviere JB, et al. KIF1A, an axonal transporter of synaptic vesicles, is mutated in hereditary sensory and autonomic neuropathy type 2. Am J Hum Genet. 2011;89(2):219-230. [PMC3155159]
  • [4] KIF1A novel frameshift variant p.(Ser887Profs*64) exhibits clinical heterogeneity in a Pakistani family with hereditary sensory and autonomic neuropathy type IIC. Int J Neurosci. 2024;134(6). [PubMed]
  • [5] Hereditary Sensory and Autonomic Neuropathy Type II. GeneReviews®, NCBI Bookshelf. [NCBI Bookshelf]
  • [6] Hereditary sensory and autonomic neuropathy type II. MedlinePlus Genetics. [MedlinePlus]
  • [7] Positive Clinical Observations from n-Lorem Treated, KIF1A Nano-rare Patient Published in Nature Medicine. n-Lorem Foundation. [n-Lorem]
  • [8] KIF1A-Associated Neurological Disorder (KAND) research program. Murdoch Children’s Research Institute. [MCRI]

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仲田洋美 医師(臨床遺伝専門医)

この記事の監修・執筆者:仲田 洋美

(臨床遺伝専門医/がん薬物療法専門医/総合内科専門医)

ミネルバクリニック院長。1995年に医師免許を取得後、 臨床遺伝学・内科学・腫瘍学を軸に診療を続けてきました。 のべ10万人以上のご家族の意思決定と向き合ってきた臨床遺伝専門医です。

出生前診断(NIPT・確定検査・遺伝カウンセリング)においては、 検査結果の数値そのものだけでなく、 「結果をどう受け止め、どう生きるか」までを医療の責任と捉え、 一貫した遺伝カウンセリングと医学的支援を行っています。

ハイティーンの時期にベルギーで過ごし、 日本人として異文化の中で生活した経験があります。 価値観や宗教観、医療への向き合い方が国や文化によって異なることを体感しました。 この経験は現在の診療においても、 「医学的に正しいこと」と「その人にとって受け止められること」の両立を考える姿勢の基盤となっています。

また、初めての妊娠・出産で一卵性双生児を妊娠し、 36週6日で一人を死産した経験があります。 その出来事は、妊娠・出産が女性の心身に与える影響の大きさ、 そして「トラウマ」となり得る体験の重みを深く考える契機となりました。 現在は、女性を妊娠・出産のトラウマから守る医療を使命の一つとし、 出生前診断や遺伝カウンセリングに取り組んでいます。

出生前診断は単なる検査ではなく、 家族の未来に関わる重要な意思決定です。 年齢や統計だけで判断するのではなく、 医学的根拠と心理的支援の両面から、 ご家族が後悔の少ない選択をできるよう伴走することを大切にしています。

日本人類遺伝学会認定 臨床遺伝専門医/日本内科学会認定 総合内科専門医/ 日本臨床腫瘍学会認定 がん薬物療法専門医。 2025年には APAC地域における出生前検査分野のリーダーとして国際的評価を受け、 複数の海外メディア・専門誌で特集掲載されました。

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