目次
- 1 1. FGFR4遺伝子とは ─ 増殖の信号を受け取るアンテナ
- 2 2. 正常な働き ─ 肝臓で胆汁酸を調整する
- 3 3. がんとの関わり ─ 2つの異なる「型」がある
- 4 4. おもな変異 ─ N535とV550、そして混同してはいけない多型
- 5 5. 下流のシグナル ─ アクセルが踏まれるとどうなるか
- 6 6. がん種別のちがい ─ 「FGFR4陽性」では患者さんを選べない
- 7 7. FGFR4を狙う分子標的薬 ─ 開発の現在地
- 8 8. 副作用の仕組み ─ 正常な働きを止めることの裏返し
- 9 9. 遺伝診療との接点 ─ FGFR4検査は何を調べるのか
- 10 10. よくある誤解
- 11 まとめ ─ 「アクセル」を正しく見分ける
- 12 よくある質問(FAQ)
- 13 参考文献
- 14 関連記事
FGFR4(エフ・ジー・エフ・アール・フォー/線維芽細胞増殖因子受容体4)は、細胞の表面で「増えなさい」という信号を受け取るアンテナのようなタンパク質です。ふだんは肝臓で胆汁酸(たんじゅうさん)の量を調整するなど、体にとって大切な役割を担っています。ところが一部のがんでは、このFGFR4が過剰に働いたり、設計図が書きかわったりすることで、がん細胞の増殖を後押しする「アクセル」になってしまうことがあります。特に肝細胞(かんさいぼう)がんと、小児に多い横紋筋肉腫(おうもんきんにくしゅ)という2つのがんで、その役割がよく研究されてきました。この記事では、FGFR4という遺伝子がどんな働きをし、どのようにがんと関わり、そして「FGFR4を狙う薬」がいまどこまで開発されているのかを、遺伝医学の観点から整理します。
Q. FGFR4遺伝子とは、ひとことで言うと何ですか?
A. 細胞の表面で増殖の信号を受け取る「受容体型チロシンキナーゼ」という種類の遺伝子です。正常な肝臓では胆汁酸の量を調整していますが、肝細胞がんや横紋筋肉腫などでは、がん細胞の増殖を促す「アクセル」として働いてしまうことがあります。そのため、FGFR4を狙う分子標的薬の研究が世界中で進められています。
- ▶正常な役割:肝臓で FGF19 という信号を受け取り、胆汁酸をつくりすぎないよう調整しています。
- ▶2つのがんの型:肝細胞がんは「信号(リガンド)に振り回される型」、横紋筋肉腫は「遺伝子そのものが書きかわる型」です。
- ▶代表的な変異:横紋筋肉腫では N535・V550 という場所の変異が知られています。
- ▶治療:FGFR4だけを狙う薬が複数開発されていますが、2026年時点でこの目的の承認薬はまだありません。
- ▶遺伝診療での位置づけ:おもにがん組織(体細胞)を調べる対象で、一般的な遺伝性疾患の検査対象ではありません。
1. FGFR4遺伝子とは ─ 増殖の信号を受け取るアンテナ
FGFR4は、細胞の表面に突き出して外からの信号を受け取る受容体型チロシンキナーゼ(じゅようたいがたチロシンキナーゼ)の一つです。受容体型チロシンキナーゼとは、細胞の外からやってくる「増えなさい」「動きなさい」といった指令を受け取り、それを細胞の内側へ伝えるアンテナ兼スイッチのようなタンパク質のことです。FGFR4はその中でも、線維芽細胞増殖因子(FGF)という信号物質を受け取る受容体ファミリー(FGFR1〜FGFR4の4兄弟)の末っ子にあたります[1]。
FGFR4遺伝子は、5番染色体の長腕の末端付近(5q35)に位置しています。この設計図から、およそ800個のアミノ酸がつながった1本の受容体タンパク質がつくられます。細胞の外側には信号を受け止める部分(3つの免疫グロブリン様ドメイン)があり、細胞膜を1回だけ貫いて、細胞の内側には信号を次へ伝えるキナーゼ領域(りょういき)があります[1][2]。この基本構造は4兄弟に共通していますが、FGFR4には他の3つと異なる独自の特徴があり、それが後で述べる「FGFR4だけを狙う薬」の設計の鍵になります。
💡 用語解説:キナーゼとチロシンキナーゼ
キナーゼとは、ATP(エネルギーの通貨)からリン酸という小さな目印を、相手のタンパク質に付け替える酵素です。この「リン酸を付ける」作業(リン酸化)は、細胞の中で信号を次々に伝えていくスイッチの役割を果たします。なかでも、相手のチロシンというアミノ酸にリン酸を付けるものを「チロシンキナーゼ」と呼びます。FGFR4は、信号を受け取ると自分自身や仲間にリン酸を付けて、増殖の指令を細胞の奥へと伝えます。
FGFR4は、体の発生の段階では肺・腎臓・肝臓・すい臓・腸・骨格筋など、比較的広い範囲でつくられていることが、初期の遺伝子研究で示されています[2]。そのため「FGFR4=肝臓だけの受容体」と考えるのは正確ではありません。ただし、大人になってから最もはっきりと役割が分かっているのが、次に説明する肝臓での働きです。
2. 正常な働き ─ 肝臓で胆汁酸を調整する
FGFR4の正常な役割としていちばんよく研究されているのが、肝臓での胆汁酸(たんじゅうさん)の調整です。胆汁酸は、食べた脂肪の消化を助ける物質で、肝臓でコレステロールからつくられます。つくりすぎても足りなくても体に良くないため、その量は精密に管理されています。
その管理役をつとめるのが、FGF19(エフ・ジー・エフ・じゅうきゅう)という信号物質です。食事をすると、腸(回腸)からFGF19が分泌されて血液に乗り、肝臓に届きます。肝臓の細胞では、FGF19が受容体であるFGFR4に結合します。このとき、FGFR4だけでは信号をうまく受け取れないため、β-クロトー(β-Klotho/KLB)という補助役の分子が一緒に働きます[3]。
FGF19がFGFR4/β-クロトーに結合すると、肝臓の細胞は「もう胆汁酸は十分だから、これ以上つくらなくていい」という指令を受け取ります。具体的には、胆汁酸をつくる工程の入口にあたる酵素CYP7A1(シップ・セブン・エー・ワン)の働きが抑えられます[3]。実際、FGFR4を欠いたマウスでは、この抑えが効かなくなり、胆汁酸が過剰になることが確かめられています[4]。この「FGF19→FGFR4→CYP7A1を抑える」という流れは、あとで説明するFGFR4を狙う薬の副作用(下痢など)を理解するうえでとても重要になりますので、頭の片隅に置いておいてください。
3. がんとの関わり ─ 2つの異なる「型」がある
FGFR4は、すべてのがんに共通してみられる「よくある高頻度のがん遺伝子」ではありません。FGFR4ががんに関わるときには、大きく分けて2つの異なる型があり、これを区別して理解することがとても大切です[5][6]。
1つめは、「信号(リガンド)に振り回される型」です。FGFR4そのものは正常なのに、信号物質であるFGF19が過剰につくられることで、FGFR4が休みなく刺激され続け、がん細胞の増殖につながります。肝細胞がんがこのタイプの代表です[6]。
2つめは、「遺伝子そのものが書きかわる型」です。FGFR4遺伝子の設計図の一部が変化(変異)し、その結果、信号がなくても勝手にアクセルが踏まれ続ける状態になります。小児に多いがんである横紋筋肉腫がこのタイプの代表です[5]。
同じ「FGFR4が関わるがん」でも、この2つは仕組みがまったく違うため、対処のしかたや、効きやすい薬、患者さんの選び方も異なります。「FGFR4陽性(ようせい)」という一言だけでは、どちらの型なのか区別できないことを、まず押さえておいてください。
4. おもな変異 ─ N535とV550、そして混同してはいけない多型
FGFR4の変異のなかで、がんを動かす力があるとよく実証されているのが、N535(エヌ・ゴーサンゴー)とV550(ブイ・ゴーゴーゼロ)という2か所の変化です。これらはキナーゼ領域(信号を伝えるスイッチ部分)にあり、アミノ酸が1個だけ別のものに置き換わるミスセンス変異です。
💡 用語解説:ミスセンス変異と「N535K」の読み方
ミスセンス変異とは、遺伝子の設計図が1文字書きかわった結果、タンパク質を構成するアミノ酸が1個だけ別の種類に置き換わる変化のことです。「N535K」は、535番目のアミノ酸が N(アスパラギン)から K(リジン)に置き換わったことを表します。同じように「V550E」なら、550番目の V(バリン)が E(グルタミン酸)に置き換わったという意味です。
2009年に報告された横紋筋肉腫の研究では、94例の腫瘍のうち7例(約7.5%)にFGFR4のミスセンス変異が見つかりました。そしてN535KとV550Eを実験的に細胞に入れると、FGFR4が自分自身にリン酸を付けて活性化し、増殖能力・浸潤(しんじゅん)能力・転移能力がいずれも高まることが示されました[5]。つまり、これらの変異はただの「傷」ではなく、がんを積極的に進める力を持つドライバー変異(がんの運転手役)だということです。
V550のうちV550Lという変化は、薬の効きやすさにも影響することが分かっています。FGFR4を狙う薬の多くは、キナーゼ領域のある特定の場所に結合しますが、V550が書きかわると、この結合場所の形が変わってしまいます。そのため、ある薬はV550Lに効きにくくなり、別の薬は比較的効く、という違いが生まれます[7]。この点は治療薬の項でくわしく触れます。
⚠️ 混同してはいけない:G388Rという「多型」
FGFR4には、G388R(rs351855)という、上記とはまったく性質の異なる変化もあります。これは、多くの人がもともと持っている個人差(生殖細胞系列の多型)で、がん組織で新しく生じるN535・V550とは区別して考える必要があります。がんの進み方との関連を報告した研究はありますが、N535やV550のような「薬で狙える活性化変異」と同じように扱うべきではありません[8]。「FGFR4の変異」とひとくくりにせず、体の設計図に生まれつきある個人差なのか、がん組織で後から生じた変化なのかを分けて考えることが、遺伝診療ではとても大切です。
5. 下流のシグナル ─ アクセルが踏まれるとどうなるか
FGFR4のアクセルが踏まれると、その信号は細胞の内側にある複数の「伝達ライン」を通じて、増殖や生存の指令として伝わっていきます。おもなラインは次の3つです。

FGF19がFGFR4とβ-Klothoに結合するとFGFR4が活性化し、RAS-MAPK、PI3K-AKT、STAT3などの下流シグナルを介して細胞の増殖・生存などに関与します。横紋筋肉腫ではN535KやV550EなどのFGFR4活性化変異が報告され、肝細胞がんではFGF19の過剰発現によるFGFR4依存性がみられる場合があります。また、V550L変異ではFGFR4阻害薬によって薬剤感受性が異なることが示されており、FGFR4を標的とした治療開発では変異の種類を区別して評価することが重要です。
1つめのRAS-MAPK経路と、2つめのPI3K-AKT-mTOR経路は、細胞の増殖・生存・代謝を担う代表的な信号ラインです。V550L変異を持つ横紋筋肉腫の細胞をくわしく調べた研究では、この2つのラインがFGFR4に依存して活性化していることが示され、それぞれのラインを薬でふさぐと、がん細胞の生存率が下がることが確かめられました[7]。
3つめのSTAT3(スタット・スリー)も、FGFR4の重要な下流ラインです。N535K・V550Eを持つ横紋筋肉腫の細胞ではSTAT3が活性化し、FGFR4を抑える薬でその活性化が下がることが示されています[5][9]。ただし、これらのラインがどのがんでも同じ強さで働くわけではなく、がんの種類や変異の性質によって、どのラインが主役になるかは変わります。この「同じ遺伝子でも、状況によって効きどころが違う」という考え方は、がんゲノム医療や遺伝医学で遺伝子変化を評価する際にも重要です。
6. がん種別のちがい ─ 「FGFR4陽性」では患者さんを選べない
FGFR4は、がんの種類によって関わり方が大きく異なります。ここが、FGFR4を理解するうえで最もつまずきやすく、そして最も重要な点です。おもながん種を整理してみましょう。
📊 がん種別にみたFGFR4の関わり方
| がんの種類 | FGFR4の主な関わり方 | 臨床的な位置づけ |
|---|---|---|
| 肝細胞がん | FGF19の増幅・過剰発現による「信号駆動型」。FGFR4/β-クロトーへの依存[6] | 臨床的な検証が最も進んだFGFR4がん。FGF19が患者選択の目印候補 |
| 横紋筋肉腫 | N535・V550の活性化変異、およびFGFR4の高発現[5] | 変異が原因という証拠が非常に強い。ただし希少な小児がんで臨床試験が不足 |
| 乳がん | Y367C変異や高発現。増殖・生存への関与[10] | 肝細胞がん・横紋筋肉腫ほど「主役」とは確立していない。型や治療歴の影響が大きい |
| 肺腺がん | EGFRという別の受容体の信号を補強する「協力役」[11] | 単独の運転手というより、脇を固める役としての可能性 |
※この表は各がん種の一次研究の主要所見を要約したものです。個々の患者さんに当てはまるかどうかは、腫瘍の性質や検査法によって異なります。
肝細胞がん ─ 最も臨床に近づいた例
FGFR4のがん研究を、最もはっきりと治療につなげられたのが肝細胞がんです。FGF19を過剰につくるマウスは肝がんを発症しますが、そのマウスからFGFR4を取り除くと肝がんができなくなること、また抗FGFR4抗体でFGFR4をふさぐとがんの増殖が抑えられることが、実験で示されました[12]。
さらに、FGFR4だけを狙う薬フィソガチニブ(fisogatinib/BLU-554)の最初のヒト試験では、FGF19が陽性の肝細胞がんで奏効率(しゅこうりつ/腫瘍が縮小した患者さんの割合)が17%だったのに対し、FGF19が陰性の患者さんでは0%でした[13]。つまり、FGF19という目印が、少なくともこの薬では「効きやすい患者さんを選ぶ手がかり」になったのです。加えて、この薬で治療した後にFGFR4上に新たな耐性(たいせい)変異が現れ、別のFGFR阻害で再び抑えられたことは、「効果」も「耐性」も同じFGFR4という標的に依存していることを示す、強い裏づけになりました[14]。
院長コラム:「陽性」と「効く」は同じ意味ではありません
FGF19が陽性だからといって、必ずFGFR4の薬が効くわけではない——これは、がんゲノム医療を理解するうえでとても大切な感覚です。実際、別のFGFR4阻害薬FGF401の試験では、FGFR4やβ-クロトーの発現をもとに患者さんを選んでも、単一のはっきりした「効く目印」を確立できませんでした[15]。腫瘍の中の性質のばらつきや、他の増殖ラインの存在、測定方法の違いなどが、効き方を左右すると考えられています。
「ある遺伝子が陽性かどうか」と「その遺伝子を狙う薬が効くかどうか」は、地続きではあっても、イコールではありません。臨床遺伝専門医として文献を踏まえると、この違いを丁寧に見分けることが、正確な情報提供の出発点になると考えています。
横紋筋肉腫 ─ 変異の証拠は最も強いが、試験は不足
一方、横紋筋肉腫では事情が逆になります。N535K・V550Eといった変異が、がん化・転移を引き起こす力を持つという証拠は非常に強く、V550Lを高い割合で持つ横紋筋肉腫の細胞は、FGFR4を減らすと生きていけなくなることが示されています[5][7]。生物学的には、FGFR4を狙う精密医療の対象として最も「筋のいい」がんの一つといえます。ただし、横紋筋肉腫は希少な小児がんであるため、大人の肝細胞がんほどには薬の開発(変異を持つ患者さんだけを集めた臨床試験)が進んでいないという課題があります。
乳がん・肺腺がん ─ 主役ではなく脇役のことも
乳がんでは、Y367Cのようなはっきりした活性化変異が存在する一方で、乳がん全体がFGFR4に依存しているわけではありません[10]。肺腺がんでは、FGFR4は単独の運転手というより、EGFRという別の受容体の信号を補強する「協力役」として働くことが示されており、FGFR4とEGFRの両方をふさぐと、片方だけより強い効果がみられました[11]。このように、FGFR4は「主役の運転手」のときもあれば、「脇を固める協力役」のときもあり、その役どころはがんの種類によってさまざまです。
7. FGFR4を狙う分子標的薬 ─ 開発の現在地
FGFR4を狙う分子標的薬を設計するうえで、鍵になるのがFGFR4だけが持つCys552(システイン・ゴーゴーニ)という部品です。FGFR1〜3にはこの部品がないため、ここを利用すれば「FGFR4だけを選んで狙う薬」をつくることができます[7]。この発想から、いくつもの高選択性の薬が開発されてきました。
💡 用語解説:選択性が高いと、なぜ良いのか
FGFR1〜3もふくめてまとめて抑える薬は、リンやFGF23という別の調整系にも影響し、副作用が出やすくなります。FGFR4だけを選んで抑えられれば、そうした影響を避けやすくなります。ただし、選択性を高めるほど、後で述べる特定の耐性変異(V550など)には弱くなりやすいという、構造上のジレンマもあります。
📊 おもなFGFR4を狙う薬と開発段階
※開発段階は時期により変わります。最新の状況は各試験の公式情報をご確認ください。
これらの薬のうち、V550変異への強さには違いがあります。横紋筋肉腫の細胞を使った研究では、ロブリチニブ(FGF401)はV550Lを低い濃度で抑えられた一方、BLU9931やH3B-6527はV550Lに対して十分な力を発揮できませんでした[7]。つまり「V550変異」とひとくくりにはできず、V550L・V550E・V550Mを、それぞれ別の性質を持つものとして扱う必要があるのです。
⚠️ 大切な現状:2026年時点で「承認薬」はまだありません
ここまで有望なデータが積み重なっていますが、2026年9月の時点で、FGFR4を狙うがん治療薬として承認されたものは確認できていません。多くは第I相・第II相の段階にあり、現在最も開発が進んでいる候補の一つがイルパグラチニブです。単剤ではFGF19過剰発現の進行肝細胞がんで40%台の奏効率が報告され、2025年の第II相試験ではアテゾリズマブ併用で奏効率51.7%が報告されていますが、全生存期間のデータはまだ未成熟です[17]。したがって現時点のFGFR4は、「生物学的には標的として妥当だが、承認された精密医療の標的にはまだ到達していない」と評価するのが適切です。
8. 副作用の仕組み ─ 正常な働きを止めることの裏返し
FGFR4を狙う薬に共通してみられる副作用が、下痢・胆汁酸の上昇・肝酵素の上昇です。これは、薬が「効きすぎて起こる想定外の副作用」ではなく、FGFR4の正常な働きを止めることから必然的に生じるものです。第2章を思い出してください。FGFR4は、肝臓でFGF19の信号を受け取り、胆汁酸をつくる酵素CYP7A1を抑えていました。FGFR4を薬でふさぐと、この抑えが外れ、胆汁酸が増えてしまうのです[15]。
この仕組みを臨床的にはっきり示したのが、INCB062079という薬の試験です。この試験では、胆汁酸の前段階の物質(C4)がもともと高い患者さんで副作用が出やすかったため、C4の値で参加者を絞り、さらに胆汁酸を吸着する薬を予防的に併用する、という方針が導入されました[16]。副作用が「薬の的外れな作用」ではなく「FGFR4の生理そのものを止めた結果」だと理解できたからこそ、こうした管理法が設計できたのです。FGFR4を狙う治療では、がんを抑える効果と、正常な胆汁酸調整への影響を、常に両にらみで考える必要があります。
9. 遺伝診療との接点 ─ FGFR4検査は何を調べるのか
FGFR4は、細胞の増殖を促すがん遺伝子(オンコジーン)として働きうる遺伝子です。ここで、一般の方が疑問に思いやすい点を整理しておきます。それは、「FGFR4の検査は、生まれ持った体質を調べるものなのか、それともがん組織を調べるものなのか」という点です。
これまで見てきたように、FGFR4ががんに関わるとき、その中心となるN535・V550の変異やFGF19の過剰発現は、多くの場合がん組織の中で後から生じた変化(体細胞変化)です。したがってFGFR4は、おもにがん組織(腫瘍)を解析する対象であり、一般的な遺伝性疾患のように、生まれ持った体質を血液で調べる検査の中心対象ではありません。この点で、生殖細胞系列の変化が問題となる遺伝性疾患とは、性質が異なります。
💡 用語解説:体細胞変化と生殖細胞系列変化
「体細胞変化」は、生まれた後に体の一部の細胞(多くはがん細胞)で起こる変化で、子どもに受け継がれません。一方「生殖細胞系列変化」は、生まれつき全身の細胞が持っている変化で、子どもに受け継がれる可能性があります。FGFR4のがん関連変異は、多くが前者(体細胞)にあたります。なお、生まれつきの個人差であるG388R多型は後者にあたりますが、これはN535・V550とは別物として扱います。
当院では、遺伝子や染色体に関わる検査の前後で、臨床遺伝専門医が遺伝カウンセリングを行っています。がんゲノム医療では、腫瘍を調べる過程で、まれに生まれ持った体質に関わる情報(生殖細胞系列の変化)が見つかることもあり、その意味をどう受け止めるかは、ご本人やご家族にとって大切な問題になります。当院では中立の立場で、検査で何が分かり何が分からないのか、見つかった変化がどういう意味を持つのか、どのような選択肢があるのかを整理します。FGFR4そのものは研究段階の要素が多い分野ですが、「遺伝子の変化をどう読み解くか」という土台の理解は、正確な診断に基づいて選択肢を検討するうえで役に立ちます。
10. よくある誤解
誤解①「FGFR4はよくあるがん遺伝子」
FGFR4は、すべてのがんに広くみられる高頻度のドライバーではありません。肝細胞がんと横紋筋肉腫など、特定のがんで重要になる遺伝子で、関わり方もがんごとに異なります。
誤解②「FGFR4陽性なら薬が効く」
「陽性」と「効く」はイコールではありません。高発現しているだけの腫瘍はFGFR4に依存していないこともあり、目印だけで薬の効果は決められません。
誤解③「V550変異はどれも同じ」
V550L・V550E・V550Mは、薬の効きやすさが異なります。ある薬に耐性でも、別の薬なら効くことがあるため、変異を一つ一つ区別する必要があります。
誤解④「FGFR4はもう治療に使える標的」
有望なデータは多いものの、2026年時点でFGFR4を狙うがん治療の承認薬はまだありません。臨床試験で開発が進んでいる段階です。
まとめ ─ 「アクセル」を正しく見分ける
FGFR4は、正常なときは肝臓で胆汁酸の量を調整する、体にとって欠かせない受容体です。しかし一部のがんでは、信号(FGF19)に振り回される形、あるいは遺伝子そのものが書きかわる形で、がん細胞の増殖を促すアクセルになってしまいます[5][6]。肝細胞がんと横紋筋肉腫という2つのがんで、その役割がとくにくわしく解き明かされてきました。
FGFR4だけを狙う薬の開発は着実に進み、効果と耐性の両方が同じ標的に依存することも示されました[14]。一方で、正しい患者さんを選ぶ目印の確立、多様なV550変異への対応、そして胆汁酸に関わる副作用の管理という課題も残っています。FGFR4の研究は、「標的として妥当かを証明する段階」から、「正しい患者さんを選び、耐性と正常な働きを両立させながら効果を最大化する段階」へと移りつつあります。遺伝子の変化を、その性質まで含めて丁寧に見分けること——それが、精密医療を正確に理解する出発点になります。
よくある質問(FAQ)
Q1. FGFR4遺伝子とは何ですか?
FGFR4(線維芽細胞増殖因子受容体4)は、細胞の表面で増殖の信号を受け取る「受容体型チロシンキナーゼ」という種類の遺伝子です。5番染色体(5q35)にあり、正常な肝臓ではFGF19という信号を受け取って胆汁酸の量を調整しています。一部のがんでは、がん細胞の増殖を促すアクセルとして働くことがあります。
Q2. FGFR4はどんながんに関係しますか?
とくに肝細胞がんと、小児に多い横紋筋肉腫でよく研究されています。肝細胞がんは信号物質FGF19が過剰になる「信号駆動型」、横紋筋肉腫はFGFR4遺伝子そのものが変異する「変異駆動型」で、仕組みが異なります。乳がんや肺腺がんでも関わりが報告されていますが、その役割はがんごとにさまざまです。
Q3. N535やV550の変異とは何ですか?
FGFR4のキナーゼ領域(信号を伝える部分)に生じる、アミノ酸が1個置き換わるミスセンス変異です。横紋筋肉腫でよくみられ、信号がなくてもアクセルが踏まれ続ける状態をつくり、がんの増殖や転移を促します。これらは多くの場合、がん組織の中で後から生じた体細胞変化です。生まれつきの個人差であるG388R多型とは区別して考えます。
Q4. FGFR4を狙う薬はもうありますか?
2026年9月時点で、FGFR4を狙うがん治療薬として承認されたものは確認できていません。フィソガチニブ、ロブリチニブ、イルパグラチニブなど複数の薬が臨床試験の段階にあり、とくにイルパグラチニブは肝細胞がんで開発が進んでいます。治療に関する判断は、必ず主治医とご相談ください。
Q5. FGFR4の検査は、生まれ持った体質を調べるものですか?
いいえ、多くの場合はがん組織(腫瘍)を調べる対象です。FGFR4のがん関連変異は、生まれた後にがん細胞で生じた体細胞変化であることが多く、一般的な遺伝性疾患のように血液で生まれ持った体質を調べる検査の中心対象ではありません。ただし、がんゲノム検査の過程で生まれ持った体質に関わる情報が見つかることもあり、その場合は臨床遺伝専門医による遺伝カウンセリングが役に立ちます。
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