InstagramInstagram

英国UKHSAが病原体ゲノミクス戦略を発表|感染症対策にゲノムを生かす5年計画と日本の現状

ニュースのイメージ

ミネルバクリニック院長の仲田です。
このブログでは、皆様に世界の遺伝診療・ゲノム医療の流れをお知らせする記事も書いていこうと思います。

今回取り上げるのは、2024年1月に英国健康安全保障局(UKHSA)が発表した「病原体ゲノミクス戦略(Pathogen Genomics Strategy)」です。今後5年間の取り組みと、その先10年を見すえたビジョンをまとめたもので、英国の公衆衛生にとって大きな節目になる計画です。

病原体ゲノミクス戦略が狙う3つの領域

病原体ゲノミクスとは、ウイルスや細菌などの病原体の遺伝情報(ゲノム)を読み取り、感染症の診断・治療・流行対策に役立てる分野です。UKHSAはこの力を、次の3つの領域に集中させるとしています。

  • 抗菌薬耐性(AMR):薬が効かない菌がどんな仕組みで耐性を持ち、どう広がっているのかを明らかにし、感染対策と抗菌薬の有効性維持につなげる
  • 新興感染症とバイオセキュリティ:未知の病原体をいち早く見つける「早期警戒システム」として使う
  • ワクチンで予防できる感染症と排除プログラム:流行株の変化を追い、ワクチンの有効性を高める

戦略が掲げる7つの目標

  1. ゲノムデータを使って、臨床と公衆衛生の意思決定を最適化する
  2. ゲノムデータを診断法・ワクチン・治療法の改善に生かす
  3. 全国で統一された、大規模な病原体ゲノム解析サービスを提供する
  4. ゲノミクスを担う人材を育てる
  5. 病原体ゲノムデータを共有し、国際的に協力する
  6. 病原体ゲノミクスのイノベーションを進める
  7. 費用対効果の高いサービスをつくる

UKHSAのチーフ・メディカル・アドバイザーであるスーザン・ホプキンス教授は、この戦略の成功には、人材・検査施設・データ解析基盤への投資と、国民保健サービス(NHS)・大学・産業界との幅広い協力が欠かせないと述べています。

病原体ゲノミクスは、すでに英国の医療を変えている

この戦略は「これから始める話」ではありません。英国はすでに、病原体ゲノミクスを日常の医療と公衆衛生に組み込んできました。

  • 結核:イングランドでは2017年から、結核菌の全ゲノム解析を日常的に行っています。菌のゲノムから効く薬・効かない薬を予測し、治療の選択に役立てています。
  • 新型コロナウイルス:パンデミックの間、変異株をゲノム解析で追跡し、対策に生かしました。
  • インフルエンザ:毎年のワクチン株の選定に、ゲノム情報が使われています。
  • 食中毒:食品を介した集団感染の感染源を、ゲノムで突き止めています。

臨床遺伝専門医の視点:ヒトの遺伝子検査と同じ技術が使われている

私がこの戦略に注目するのは、病原体ゲノミクスを支えている技術が、私たちが日々扱っているヒトの遺伝子検査と同じだからです。

病原体のゲノム解析に使われているのは、次世代シーケンサー(NGS)と呼ばれる解析装置です。これは、NIPT(新型出生前診断)や遺伝子パネル検査、がんのゲノム検査で使われているものと基本的に同じ技術です。

考え方にも共通点があります。がんの治療では、がん細胞の遺伝子の変化を調べて薬を選ぶ「がんゲノム医療」が広がっています。結核菌のゲノムから効く薬を予測するのは、これと同じ発想で、「ゲノムを読んで、一人ひとりに合った治療を選ぶ」という流れが、感染症の分野にも及んでいるのです。

一方で、ゲノムデータを扱う以上、データの共有と管理のルール、それを担う人材の育成が欠かせません。UKHSAの戦略が、ガバナンス(監督の仕組み)や人材育成、説明責任まで計画に組み込んでいるのは、ヒトのゲノム医療を進めるうえでも参考になる点だと考えています。

日本の状況

この記事を書いた2024年1月の時点では、日本は病原体ゲノミクスを国の戦略として体系的に進める点で、英国に後れをとっていました。当サイトでは、こうした世界の流れをこれからもしっかりキャッチアップしてお伝えしていきます。

【2026年9月27日 追記】

日本では2025年4月、国立感染症研究所と国立国際医療研究センターが統合され、国立健康危機管理研究機構(JIHS)が発足しました。感染症の研究・情報収集・医療を一体で担い、次のパンデミックに備える体制づくりが始まっています。

参考資料

この記事の著者:仲田洋美医師
医籍登録番号 第371210号
日本内科学会 総合内科専門医 第7900号
日本臨床腫瘍学会 がん薬物療法専門医 第1000001号
臨床遺伝専門医制度委員会認定 臨床遺伝専門医 第755号