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コンプリメンタリー診断(補完的診断)とは?コンパニオン診断との違いをわかりやすく解説

仲田洋美 医師

この記事の監修:仲田洋美(臨床遺伝専門医)

のべ10万人以上の意思決定に伴走。国際医療誌『Medical Care Review APAC』『Global Woman Leader』の2誌で表紙を飾り、「Top Prenatal Testing Service in APAC 2025」に選出されるなど、世界基準の遺伝医療を提供。

もともとがん免疫療法の現場から生まれた「補完的診断(コンプリメンタリー診断)」は、ある薬の効果が特に期待できる患者さんを見分けるための検査です。最大の特徴は、検査が陰性でも、検査を受けていなくても、その薬を使えること。検査結果が投与の必須条件となるコンパニオン診断とは決定的に異なります。本記事では、両者の違い、PD-L1検査と免疫チェックポイント阻害薬での役割、各国の規制、そして遺伝診療との接点まで、一般の方にもわかりやすく臨床遺伝専門医が解説します。

この記事でわかること
📖 読了時間:約16分
🧬 補完的診断・コンパニオン診断・がんゲノム医療
臨床遺伝専門医監修

Q. 補完的診断(コンプリメンタリー診断)とは何ですか?コンパニオン診断と何が違いますか?

A. 補完的診断は、ある薬の効果が「特に期待できる」患者さんを見分けるための検査です。投与に必須のコンパニオン診断と違い、結果が陰性でも、検査を受けていなくても、その薬を使うことができます。ただし、実施は「強く推奨」される検査でもあります。2015年に承認された世界初の補完的診断は、ニボルマブ(オプジーボ)のPD-L1検査でした。

  • 決定的な違い → コンパニオン診断は投与の「門番」、補完的診断は治療の「道案内」
  • 始まり → 2015年、ニボルマブのPD-L1検査が世界初の補完的診断として承認
  • 主役はPD-L1 → 同じPD-1/PD-L1でも、薬ごとに別々の検査・基準・規制ステータスが乱立
  • 国ごとの差 → 米国は制度化、欧州のIVDRには定義すら存在しない
  • 遺伝診療との接点 → 生殖細胞系列か体細胞か、遺伝カウンセリングと地続きの判断

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1. コンパニオン診断との違い:まず結論から

いまの医療は、すべての患者さんに同じ薬を出す「画一的な治療」から、一人ひとりの遺伝子や体質に合わせて薬を選ぶ「個別化医療(プレシジョン・メディシン)」へと大きく変わってきました。その判断材料になるのが「バイオマーカー検査」です。なかでも、特定の薬を使ってよいかどうかを左右する検査は大きく2種類に分かれます。それがコンパニオン診断(CDx)と、本記事のテーマである補完的診断(コンプリメンタリー診断・CoDx)です。

💡 用語解説:バイオマーカーとは

体の状態や病気の性質を「目印」として示す、測定可能な指標のことです。がん医療では、腫瘍にある特定の遺伝子変異やタンパク質(PD-L1など)が代表例です。これらを調べることで、「この薬が効きやすいか」「副作用が出やすいか」を治療前に推測できます。バイオマーカー検査は、体外診断用医薬品(IVD)として国の承認を受けたうえで、治療の道しるべとして使われます。

米国食品医薬品局(FDA)は、コンパニオン診断を「対応する薬の安全で効果的な使用に不可欠な情報を提供する医療機器」と厳格に定義しています[1]。つまりコンパニオン診断は、治療への「門番(ゲートキーパー)」。検査が基準を満たさなければ、その薬は使えません。代表例が、1998年にFDAが承認した最初のコンパニオン診断であるトラスツズマブ(ハーセプチン)のHER2検査です。

一方の補完的診断は、治療の「道案内(ナビゲーター)」です。ある薬から特に大きな恩恵を受けやすい患者さんの集団を見分けますが、その検査が陰性でも、あるいは検査をしなくても、薬を使うこと自体は認められています[3]。これは、薬そのものが幅広い患者さん全体に対して一定の効果と安全性を臨床試験で示している場合に採用される考え方です。日本でも、補完的診断薬は「医薬品の適応判断には必須ではないが、投与の際に参考となる情報を提供する診断薬」として共有されています[4]

2つの診断アプローチの違い 「検査が陰性だったとき」に最も大きな差が出ます コンパニオン診断(CDx) 治療への「門番(ゲートキーパー)」 患者集団 PD-L1などの検査 検査が「陰性」 投与できない(対象外) 陰性の人は治療を受けられない コンプリメンタリー診断(CoDx) 治療の「道案内(ナビゲーター)」 患者集団 PD-L1などの検査 検査が「陰性」 投与できる 陰性でも治療の選択肢に入る

コンパニオン診断は検査結果で治療への入口を厳格に制限する。一方、補完的診断はすべての患者を治療対象としつつ、バイオマーカーの状況に応じて「期待できる効果の大きさ」という追加情報を提供する。

比較項目 コンパニオン診断(CDx) 補完的診断(CoDx)
役割 治療への門番(ゲートキーパー) 治療の道案内(ナビゲーター)
投与への必須性 必須。基準を満たさないと投与できない 任意。陰性・未実施でも投与できる(実施は強く推奨)
添付文書での扱い 「効能・効果/使用方法」に必須要件として明記 有効性の項などに参考情報として記載
対象となる患者 基準を満たした一部の患者のみ 原則として適応を持つすべての患者
主な狙い 効果の担保と重大な副作用の回避 特定の集団での「上乗せ効果」を見極める

💡 用語解説:予測バイオマーカーと予後バイオマーカー

補完的診断が見ているのは、おもに「予測バイオマーカー」です。これは「ある特定の薬が効きやすいかどうか」を予測する目印で、PD-L1がその代表です。これに対し「予後バイオマーカー」は、治療の種類にかかわらず「病気の進行のしやすさ・経過」を示す目印です。補完的診断は「この薬を使ったらどのくらいの効果が見込めるか」という予測の問いに答えるため、患者さんと医師が一緒に治療を決める材料になります。

2. なぜ補完的診断が生まれたのか

「コンプリメンタリー診断」という言葉自体は、1990年代から学術・産業の世界で使われていました。当時は早期診断やリスク層別化、薬物モニタリングに使う検査を指す、ゆるやかな概念でした[2]。これが規制上の正式な実体として初めて認められたのは、2015年のことです。FDAは、非扁平上皮非小細胞肺がん(NSCLC)に対する免疫チェックポイント阻害薬ニボルマブ(オプジーボ)の承認と同時に、腫瘍のPD-L1発現を調べる「PD-L1 IHC 28-8 pharmDx」を、世界初の補完的診断薬として承認しました[2][7]

この背景には、がん免疫療法ならではの事情があります。コンパニオン診断のように治療への入口を厳しく制限してしまうと、バイオマーカーが陰性でも実際には劇的に効く一部の患者さんから、有望な治療を奪ってしまうおそれがあったのです。実際、PD-L1が陰性でも長期に生存する患者さんが存在することが分かってきました。そこで、治療へのアクセスを残しつつ、医師と患者に「効果がどれくらい期待できそうか」という追加情報を渡す——という、より柔軟な新しい診断の枠組みが必要とされました。補完的診断の承認は、マーカーが低い患者さんからも免疫療法という選択肢を奪わないという、患者中心の医療への強い姿勢の表れだと解釈できます。

3. PD-L1検査と免疫チェックポイント阻害薬

補完的診断が最も議論されるのは、がん免疫療法、とりわけ免疫チェックポイント阻害薬(ICI)の領域です。私たちの免疫は、自己を攻撃しないように、T細胞の表面にあるPD-1と、組織側にあるPD-L1という分子の結合を使って「ブレーキ」をかけています。ところが多くのがん細胞は、この仕組みを悪用し、表面にPD-L1を多く出すことでT細胞を疲れさせ、免疫の攻撃から巧みに逃げています。

💡 用語解説:PD-1/PD-L1と免疫のブレーキ

PD-1はT細胞(免疫の攻撃役)にある受容体、PD-L1はその相手役で、鍵と鍵穴のような関係です。両者が結合するとT細胞にブレーキがかかります。抗PD-1抗体(ニボルマブ、ペムブロリズマブ)や抗PD-L1抗体(アテゾリズマブ、デュルバルマブ)は、この結合を物理的に妨げてブレーキを解除し、患者さん自身の免疫にがんを攻撃させます。理論上、PD-L1を多く出しているがんほど効果が高いと期待されるため、PD-L1を「目印」として測るわけです。

この「PD-L1が多いほど効きやすい」という仮説に基づき、各製薬企業は自社の薬の開発と並行して、ペアになる独自のPD-L1染色検査(免疫組織化学・IHC)を診断薬メーカーと共同開発しました。ここで、「コンパニオン」として厳しい条件を課すか、「補完的」として参考情報にとどめるかという、企業ごとの戦略の違いがはっきり表面化したのです[7]

4. 「同じPD-L1なのに違う検査」問題:4つのアッセイ

現在の臨床現場では、おもに次の4つのPD-L1検査が複雑に混在しています。標的とする分子(PD-1/PD-L1)は同じなのに、薬ごとに異なる抗体・異なるスコアリング・異なる陽性基準・異なる規制ステータスで運用されているのが特徴です。

検査(抗体クローン) 主に紐づく薬 代表的なステータス
22C3 pharmDx ペムブロリズマブ(キイトルーダ) コンパニオン診断
28-8 pharmDx ニボルマブ(オプジーボ) 補完的診断
SP142 アテゾリズマブ(テセントリク) 適応により異なる
SP263 デュルバルマブ(イミフィンジ) 補完的診断(尿路上皮がん等)[10]

💡 用語解説:TPSとCPS(PD-L1のスコア)

PD-L1の「陽性」をどう数えるかは検査ごとに違います。TPS(Tumor Proportion Score)はがん細胞のうちPD-L1が染まった割合、CPS(Combined Positive Score)はがん細胞に加えて周囲の免疫細胞も数える方式です。SP142はさらに「腫瘍細胞」と「腫瘍に入り込んだ免疫細胞(IC)」を別々の基準で評価します。同じPD-L1でも、どのスコアでどの閾値を使うかで「陽性/陰性」の判定が変わり得ます。

ここで重要な点があります。同じ検査でも、適応(がん種や併用のしかた)によって「コンパニオン」になったり「補完的」になったりするのです。たとえば28-8は、ニボルマブ単剤の非扁平上皮NSCLCでは補完的診断ですが、別の適応では投与可否の判断を支える役割を担うことがあります。「コンパニオンか補完的か」は検査そのものに固定されているのではなく、薬・がん種・併用の組み合わせで動く、という理解が現場では欠かせません。

仲田洋美院長

🩺 院長コラム【同じPD-L1でも、検査が違うと結論が変わる現場】

がん薬物療法専門医として免疫チェックポイント阻害薬を扱ってきて、いつも気を遣うのが「どの検査・どの基準で測ったPD-L1か」という点です。同じ患者さんの同じ腫瘍でも、使うアッセイやカットオフ値が違えば「陽性」と出たり「陰性」と出たりします。数字だけが一人歩きすると、本来なら届くはずの治療が遠のいたり、逆に過度な期待を持たせたりしかねません。

だからこそ私は、検査結果を「合否のスタンプ」ではなく「効果がどのくらい見込めそうかの確率情報」として、患者さんに丁寧にお伝えするようにしています。補完的診断という考え方の本質は、まさにそこにあります。陰性でも治療の選択肢は残る——その前提を共有したうえで、ご本人と一緒に方針を決めていくことが大切だと感じています。

5. Blueprint Project:検査は入れ替えて使えるのか

検査の乱立は、現場に切実な問題を生みました。肺がんなどの生検でとれる組織はごく微量で、複数のアッセイを実施するだけの組織量が物理的に足りないのです。「ペムブロリズマブ用に22C3で染めた後、ニボルマブを検討するたびに28-8で染め直すのか?」——この「検査の互換性」問題を解決するため、AACR・ASCO・FDA・IASLC・各製薬/診断薬企業による前例のない産学官連携「Blueprint PD-L1 IHC Comparability Project」が結成されました。

フェーズ1では、39例のNSCLC検体を対象に4つの主要アッセイ(22C3・28-8・SP142・SP263)が比較されました[8]。その結果、22C3・28-8・SP263の3つは、がん細胞の染色性が非常によく似ている一方、SP142だけは一貫して染まりにくい(陽性に出る割合が低い)傾向が確認されました。続くフェーズ2では、より多様な81例の検体を用い、アベルマブに紐づく73-10を加えた合計5アッセイで検証され、フェーズ1の結論がより強固に裏づけられました[9]。なお、免疫細胞(IC)の評価は、すべてのアッセイ間でがん細胞よりもばらつきが大きいことも示されました。

Blueprint:腫瘍細胞の染色性(4アッセイの比較イメージ)

3つ(22C3・28-8・SP263)はよく似た結果。SP142だけ染まりにくい傾向(模式図)

高い
高い
高い
低い

22C3

28-8

SP263

SP142

この図は具体的な数値ではなく、Blueprintで示された傾向を表した模式図です。実際の判定はがん種・カットオフ値・適応によって変わります。

💡 用語解説:「分析的互換性」と「診断的互換性」は別物

Blueprintが示した最も深い教訓は、「タンパク質を染める性能が似ている(分析的互換性)」ことと、「臨床判断で入れ替えてよい(診断的互換性)」ことは同じではない、という点です。3つのアッセイの染色性が似ていても、薬ごとに決められた「陽性とする閾値」を当てはめると、同じ患者さんの検体でも「陽性/陰性」が食い違う重大な誤分類が起こり得ます。このため現在の病理学的なコンセンサスでは、ある補完的診断の結果を、別のコンパニオン診断の完全な代わりとして用いることは推奨されていません。

6. 各国の規制:米国・欧州・日本の大きな差

補完的診断という概念の扱いは、国によって大きく異なります。この「制度の非対称性」は、薬と検査を世界同時に開発するうえで大きな課題になっています。

米国(FDA):制度をリードしてきた

FDAは、これらの診断薬を医療機器として扱い、多くを最もリスクの高い「クラスIII」に分類して市販前承認(PMA)の対象としています。注目すべきは、2026年現在に至るまで、FDAは補完的診断の正式な「法的定義」を明文化していないという点です[2]。それでも実務上は、「特定の薬に特によく反応する患者集団を見分け、個々の患者の利益とリスクの評価を助けるが、投与の前提条件ではない検査」という一貫した定義が運用されています。FDAは2014年に共同開発のガイダンスを最終化し、2023年6月には、がんのバイオマーカー検査が満たすべき性能をより透明にするための自発的パイロットプログラムも発表しています[1]

欧州(IVDR):補完的診断の定義が存在しない

欧州では2022年5月に新しい体外診断用医療機器規則(IVDR)の完全適用が始まり、初めてコンパニオン診断が法的に定義され、リスクの高い「クラスC」に位置づけられました[5]。ところが最大の論点は、「補完的診断」という概念がIVDRには一切定義されていないことです。米国で補完的診断として機能する検査でも、欧州では通常のリスク分類に従う一般的な検査として扱われます。この差は、臨床試験の要件やラベル記載、申請戦略を地域ごとに根本から変えてしまいます。

日本(PMDA/厚生労働省):統合的で先進的

日本は、コンパニオン診断と補完的診断の臨床的な違いを明確に認識し、制度に取り込んでいます。基礎は2013年12月の技術的ガイダンスにあり、診断薬と治療薬の同時申請の原則が確立されました[4]。日本でも28-8は、ニボルマブの適応(非小細胞肺がん・胃がん・食道がん・頭頸部がんなど)に対する補完的診断薬として正式に承認されています。たとえば胃がんの第III相試験(CHECKMATE-649)では、PD-L1のCPSが5以上の患者で全奏効率60%、無増悪生存期間中央値7.7か月、全生存期間中央値14.4か月という優れた結果が示され、「投与可否を適切に判断するための補助」として承認されました[11]

さらに日本は2022年7月、「医薬品横断的コンパニオン診断薬等に関するガイダンス」を発出しました[6]。これは、次世代シーケンサー(NGS)による包括的ながんゲノムプロファイリング検査が普及するなか、1つの薬に1対1で紐づく硬直的なモデルから、複数の薬・がん種を横断して評価する次世代の枠組みへ移行を支援するものです。複数の補完的診断の結果を入れ替えて使う「互換利用」の妥当性についても、査読論文や学会ガイドラインを参考に評価する道が開かれており、検査の乱立による患者負担や医療資源の無駄を減らそうという行政側の意図がうかがえます。

7. PD-L1だけではない:他のバイオマーカー

免疫療法が効きやすいかどうかを見分ける目印は、PD-L1だけではありません。マイクロサテライト不安定性(MSI-High)や、その背景にあるミスマッチ修復の欠損(dMMR)、そして腫瘍遺伝子変異量(TMB)といったゲノムの「目印」が、免疫チェックポイント阻害薬の恩恵を受けやすい患者さんを見分ける有力なバイオマーカーとして確立されつつあります。

💡 用語解説:TMB(腫瘍遺伝子変異量)とは

TMB(Tumor Mutational Burden)は、がん細胞がもつ体細胞変異の「数」のことです。変異が多いほど、正常とは違うタンパク質(ネオアンチゲン)が多く作られ、免疫細胞に「異物」として見つかりやすくなります。そのためTMBが高いがんは免疫チェックポイント阻害薬が効きやすいと考えられ、MSIと並ぶ免疫療法の効果予測の目印として使われています。なぜ免疫が「異物」と認識できるのかは、ネオアンチゲンの解説ページもあわせてご覧ください。

ここで遺伝診療と直接つながる重要な点があります。MSI-H/dMMRは、遺伝性腫瘍であるリンチ症候群と強く関連します。リンチ症候群は、ミスマッチ修復遺伝子の生殖細胞系列の変化によって起こる常染色体顕性遺伝(優性遺伝)の体質で、その結果としてがん細胞にMSI-Hが生じ、ネオアンチゲンが豊富に作られて免疫療法が効きやすくなります。つまり、免疫療法の効果予測という「治療の話」が、血縁者のリスク評価という「遺伝の話」と地続きになっているのです。

8. 医療経済と将来:NGS・AI・リキッドバイオプシー

補完的診断を含む個別化医療が直面する現実的な壁の一つが、技術の進歩に医療経済評価や保険償還のしくみが追いついていないことです。補完的診断は規制上「投与に必須ではない」ため、コンパニオン診断に比べて費用が認められにくいケースが報告されています。本来、診断薬の価値は試薬のコストではなく、「高額な治療薬の適切な使用による医療費の最適化」と「患者さんの生存・生活の質の向上」で測られるべきもの。リアルワールドデータを使ってこの価値を示していくことが、世界的な課題となっています。

将来に向けては、技術の進化が境界線を塗り替えつつあります。NGSによる包括的ゲノムプロファイリングは、一度の解析で「コンパニオン診断」の要件を満たしつつ、他の治療反応性を予測する「補完的診断」の情報を同じ土台で提供できます。AIとデジタル病理は、ばらつきの大きいPD-L1のスコアリングを客観化・再現可能にする方向で活用が進んでいます[13]。さらに、組織採取が難しい患者さんに対しては、血液中の循環腫瘍DNA(ctDNA)を用いたリキッドバイオプシーがコンパニオン診断・補完的診断として承認され始めています。たとえば血漿でKRAS変異を検出しアダグラシブの適応を判定するコンパニオン診断は、その代表例です[12]

9. 遺伝診療・遺伝カウンセリングとの接点

補完的診断やコンパニオン診断は、「がんの治療選択」の話に見えて、実は遺伝診療と深くつながっています。鍵になるのが、調べている変化が「生まれ持った体質(生殖細胞系列)」なのか「がん細胞だけに起きた変化(体細胞)」なのかの区別です。

💡 用語解説:生殖細胞系列変異と体細胞変異

生殖細胞系列変異は、精子・卵子の段階からもっていて全身の細胞に共有される変化で、子どもに受け継がれることがあります。体細胞変異は、生まれた後にがん細胞などで生じた変化で、子どもには遺伝しません。たとえばBRCA遺伝子は、生殖細胞系列で調べれば「遺伝性がんの体質」を見るコンパニオン診断にもなり、腫瘍組織で調べれば治療薬選択の情報にもなります。同じ遺伝子でも、どの細胞のどの変化を見ているかで意味がまったく違うのです。

このため、検査で生殖細胞系列の変化が見つかった場合は、ご本人の治療だけでなく血縁者のリスク評価という新しいテーマが生まれ、遺伝カウンセリングの出番になります。ミネルバクリニックでは、生まれ持った体質を網羅的に調べる遺伝性がんの遺伝子検査(154遺伝子)を、臨床遺伝専門医による遺伝カウンセリングとあわせてご提供しています。なお、すでに発症した腫瘍そのものを解析して治療薬を選ぶ「がんゲノムプロファイリング検査」は、主にがん治療を行う医療機関で実施され、目的が異なります。

仲田洋美院長

🩺 院長コラム【「陰性」を、終わりにしないために】

コンパニオン診断が「この薬を使ってよいか?」というイエス・ノーの問いに答える安全弁だとすれば、補完的診断は「この薬を使ったら、どのくらいの効果が期待できるか?」という確率の問いに答えるための、とても洗練された道具だと私は思っています。がん薬物療法の現場では、検査が陰性でも免疫療法でよい経過をたどる方を確かに経験します。だからこそ「陰性=終わり」ではないのです。

そしてもう一つ。遺伝性腫瘍のカウンセリングを行う立場から見ると、治療のための検査が、ご家族の将来に関わる「遺伝の情報」を含むことがあります。知る権利と同じくらい、あえて知らないでいる権利も大切です。補完的診断という考え方の根っこにあるのは、情報を中立に示したうえで、最後はご本人とご家族が決める——という、共同意思決定の姿勢だと感じています。

10. よくある誤解

誤解①「補完的診断は陰性なら薬が効かない」

陰性は「効きにくい傾向」を示すだけで、効かないと決まったわけではありません。だからこそ陰性でも投与できるのが補完的診断です。PD-L1が陰性でも長期に効く方がいることが、この制度が生まれた理由でもあります。

誤解②「やってもやらなくてもいい検査」

投与の必須条件ではありませんが、実施は強く推奨されます。期待できる効果の大きさを知ることは、治療方針を一緒に決めるうえで貴重な情報になるからです。「任意=不要」ではありません。

誤解③「PD-L1の検査はどれも同じ」

抗体・スコア・閾値・規制ステータスが検査ごとに異なります。ある検査の結果を別の検査の代わりに使うと、誤分類のリスクがあります。どの検査で測った数値かが重要です。

誤解④「治療の検査は遺伝とは無関係」

調べる対象が生殖細胞系列(生まれ持った体質)の場合、結果は血縁者にも関わります。BRCAやリンチ症候群のように、治療の話と遺伝の話は地続きで、遺伝カウンセリングが大切になります。

よくある質問(FAQ)

Q1. 補完的診断とコンパニオン診断、いちばん大事な違いは何ですか?

「検査結果が投与の必須条件かどうか」です。コンパニオン診断は結果が基準を満たさないと薬を使えません(門番)。補完的診断は、陰性でも検査をしなくても薬を使えます(道案内)。補完的診断は「使ってよいか」ではなく「どのくらい効果が見込めるか」という確率の情報を提供します。

Q2. PD-L1検査が陰性でも、免疫療法は受けられますか?

補完的診断として運用されている適応では、陰性でも投与できる場合があります。実際にPD-L1が陰性でも効果を示す患者さんがいるため、補完的診断という枠組みが設けられました。ただし最終的な判断は、がん種・併用薬・全身状態・過去の治療歴などを総合して、主治医とともに決めることになります。

Q3. 世界で最初の補完的診断は何ですか?

2015年に米国FDAが、ニボルマブ(オプジーボ)の非扁平上皮非小細胞肺がんへの承認と同時に承認した「PD-L1 IHC 28-8 pharmDx」が、規制上はじめて補完的診断として認められた検査です。これを機に、補完的診断という概念が制度として広がりました。

Q4. なぜ同じPD-L1なのに検査がいくつもあるのですか?

各製薬企業が自社の薬とペアで独自の検査(抗体クローン)を開発したためです。22C3・28-8・SP142・SP263など、抗体・スコアリング・陽性の閾値・規制ステータスがそれぞれ異なります。Blueprint Projectの検証では、3つは染色性が似ているもののSP142は染まりにくい傾向があり、結果を単純に入れ替えることは推奨されていません。

Q5. 補完的診断は国によって扱いが違うのですか?

大きく違います。米国(FDA)と日本(PMDA)は補完的診断の概念を制度の中で運用していますが、欧州の新しい規則IVDRには「補完的診断」という定義そのものが存在しません。このため、同じ検査でも地域によって申請の要件や位置づけが変わります。

Q6. MSIやTMBも補完的診断のバイオマーカーですか?

はい、免疫チェックポイント阻害薬の効果を予測する目印として、PD-L1に加えてMSI-High/dMMRやTMBが使われます。これらはNGSパネル検査で同時に評価できることが多く、用途によってコンパニオン診断にも補完的診断にもなり得ます。MSI-Highはリンチ症候群という遺伝性腫瘍とも関連します。

Q7. ミネルバクリニックで補完的診断(PD-L1検査など)は受けられますか?

腫瘍組織を用いた治療薬選択のための検査(コンパニオン診断・補完的診断)は、主にがん治療を行う医療機関で実施されます。当院は臨床遺伝専門医として、生まれ持った体質(生殖細胞系列)を調べる遺伝性がんの遺伝子検査と遺伝カウンセリングを担当し、必要に応じて適切な医療機関へのご案内も行います。

Q8. 血液で調べるリキッドバイオプシーも補完的診断になりますか?

なり得ます。組織採取が難しい場合などに、血液中の循環腫瘍DNA(ctDNA)を用いた検査がコンパニオン診断・補完的診断として承認され始めています。たとえば血漿でKRAS変異を検出して薬の適応を判定するコンパニオン診断が実用化されており、今後は治療効果のリアルタイムなモニタリングへの応用も期待されています。

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参考文献

  • [1] Companion Diagnostics. U.S. Food and Drug Administration. [FDA]
  • [2] Current Status of Companion and Complementary Diagnostics: Strategic Considerations for Development and Launch. PMC. [PMC5355969]
  • [3] Companion Diagnostics vs Complimentary Diagnostics. National Society for Histotechnology. [NSH]
  • [4] コンプリメンタリー診断薬|製薬医学用語集. 日本製薬医学会. [JAPhMed]
  • [5] Biomarker and Companion Diagnostics—A Review of Medicinal Products Approved by the European Medicines Agency. Frontiers in Medicine. 2021. [Frontiers]
  • [6] 医薬品横断的コンパニオン診断薬等に関するガイダンス(Provisional Translation, Administrative Notice July 4, 2022). PMDA. [PMDA]
  • [7] PD-L1 IHC 28-8 pharmDx for non-squamous NSCLC. Agilent. [Agilent]
  • [8] PD-L1 Immunohistochemistry Assays for Lung Cancer: Results from Phase 1 of the Blueprint PD-L1 IHC Assay Comparison Project. Journal of Thoracic Oncology. [PubMed 27913228]
  • [9] PD-L1 Immunohistochemistry Comparability Study in Real-Life Clinical Samples: Results of Blueprint Phase 2 Project. Journal of Thoracic Oncology. [PubMed 29800747]
  • [10] Roche receives FDA approval for complementary PD-L1 (SP263) biomarker test in urothelial carcinoma. PR Newswire. [PR Newswire]
  • [11] PD-L1 IHC 28-8 pharmDx「ダコ」の適応拡大(胃がん・CHECKMATE-649). Agilent. [Agilent PDF]
  • [12] List of Cleared or Approved Companion Diagnostic Devices (In Vitro and Imaging Tools). U.S. Food and Drug Administration. [FDA]
  • [13] Regulatory perspectives on next-generation sequencing and complementary diagnostics in Japan. PubMed. [PubMed 32064968]

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仲田洋美 医師(臨床遺伝専門医)

この記事の監修・執筆者:仲田 洋美

(臨床遺伝専門医/がん薬物療法専門医/総合内科専門医)

ミネルバクリニック院長。1995年に医師免許を取得後、 臨床遺伝学・内科学・腫瘍学を軸に診療を続けてきました。 のべ10万人以上のご家族の意思決定と向き合ってきた臨床遺伝専門医です。

出生前診断(NIPT・確定検査・遺伝カウンセリング)においては、 検査結果の数値そのものだけでなく、 「結果をどう受け止め、どう生きるか」までを医療の責任と捉え、 一貫した遺伝カウンセリングと医学的支援を行っています。

ハイティーンの時期にベルギーで過ごし、 日本人として異文化の中で生活した経験があります。 価値観や宗教観、医療への向き合い方が国や文化によって異なることを体感しました。 この経験は現在の診療においても、 「医学的に正しいこと」と「その人にとって受け止められること」の両立を考える姿勢の基盤となっています。

また、初めての妊娠・出産で一卵性双生児を妊娠し、 36週6日で一人を死産した経験があります。 その出来事は、妊娠・出産が女性の心身に与える影響の大きさ、 そして「トラウマ」となり得る体験の重みを深く考える契機となりました。 現在は、女性を妊娠・出産のトラウマから守る医療を使命の一つとし、 出生前診断や遺伝カウンセリングに取り組んでいます。

出生前診断は単なる検査ではなく、 家族の未来に関わる重要な意思決定です。 年齢や統計だけで判断するのではなく、 医学的根拠と心理的支援の両面から、 ご家族が後悔の少ない選択をできるよう伴走することを大切にしています。

日本人類遺伝学会認定 臨床遺伝専門医/日本内科学会認定 総合内科専門医/ 日本臨床腫瘍学会認定 がん薬物療法専門医。 2025年には APAC地域における出生前検査分野のリーダーとして国際的評価を受け、 複数の海外メディア・専門誌で特集掲載されました。

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