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発達性てんかん性脳症94(DEE94)とは?CHD2遺伝子変異による難治性てんかん性脳症を臨床遺伝専門医が解説

仲田洋美 医師

この記事の監修:仲田洋美(臨床遺伝専門医)

のべ10万人以上の意思決定に伴走。国際医療誌『Medical Care Review APAC』『Global Woman Leader』の2誌で表紙を飾り、「Top Prenatal Testing Service in APAC 2025」に選出されるなど、世界基準の遺伝医療を提供。

発達性てんかん性脳症94(DEE94)は、第15番染色体のCHD2遺伝子の変異によって発症する難治性のてんかんと重度の発達遅滞を伴う極めて重い神経発達障害です。乳幼児期に始まるミオクロニー発作・光過敏性発作・自閉症スペクトラム障害・知的障害など多彩な症状を引き起こし、従来の抗てんかん薬で抑え込むことが難しい一方、CHASERRと呼ばれる長鎖ノンコーディングRNAを標的としたASO療法という根本治療の研究が急速に進んでいます。

この記事でわかること
📖 読了時間:約15分
🧬 CHD2遺伝子・てんかん性脳症・希少疾患
臨床遺伝専門医監修

Q. DEE94とはどのような病気ですか?まず結論だけ知りたいです

A. CHD2遺伝子のはたらきが半分になってしまうこと(ハプロ不全)が原因で、乳幼児期から難治性のてんかん発作と重い発達遅滞が同時に進行する病気です。OMIMでは表現型ID 615369として登録され、常染色体顕性(優性)遺伝の形をとります。多くは親から受け継がれたものではなく、お子さん自身に初めて生じた新生突然変異として発症します。

  • 疾患の定義 → OMIM 615369、CHD2遺伝子(15q26.1)変異による常染色体顕性遺伝
  • 分子メカニズム → クロマチン・リモデリング因子のハプロ不全と神経興奮抑制系の破綻
  • 主な症状 → ミオクロニー発作・光過敏性・発達退行・自閉症スペクトラム障害
  • 診断・治療 → トリオ全エクソーム解析・Optical Genome Mapping・ケトジェニックダイエットの注意点
  • 最新治療 → CHASERR長鎖ノンコーディングRNAを標的としたASO療法の最前線

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1. DEE94とは:疾患の定義と特徴

発達性てんかん性脳症94(Developmental and Epileptic Encephalopathy 94:DEE94)は、生後早期に発症する難治性のてんかん発作と、それに伴う重い発達遅滞・知的障害を中核症状とする神経発達障害です。第15番染色体長腕(15q26.1)に位置するCHD2遺伝子のヘテロ接合性変異が原因で、OMIMでは表現型ID 615369として登録されています。常染色体顕性(優性)遺伝の形式をとり、男女ともに発症します。

💡 用語解説:てんかん性脳症(てんかんせいのうしょう)

「てんかん発作そのもの」または「絶え間ないてんかん性の脳波の乱れ」が、脳の発達段階において認知機能の停滞や退行(できていたことができなくなる現象)を引き起こす壊滅的な病態を指す概念です。1970年代に初めて提唱され、2001年に国際抗てんかん連盟(ILAE)が正式に位置づけました。単に「発作が起こる病気」ではなく、発作の活動そのものが脳の発達を妨げる、という厳しい意味を持つ用語です。

DEE94は、CHD2変異が引き起こす一連の臨床像を包括するため、医学文献では「CHD2関連神経発達障害」「CHD2ミオクロニー脳症」とも呼ばれます。STXBP1変異によるDEE4、CDKL5変異によるDEE2など、現在までに100を超える単一遺伝子性のてんかん性脳症が報告されていますが、DEE94はクロマチン・リモデリングというエピジェネティックな遺伝子発現制御の破綻を根本病態とする点に特徴があります。

📌 用語のポイント:以前は「早期乳児てんかん性脳症(EIEE)」として番号付けされていましたが、国際的な疾患分類の改訂により、現在は「発達性てんかん性脳症(DEE)」という名称に統一されています。古い文献では「EIEE94」と表記されることもありますが、同じ疾患を指します。

2. 原因遺伝子CHD2と分子病態メカニズム

DEE94の病態を理解するには、CHD2遺伝子が脳の発生過程で果たす役割を知ることが大切です。

💡 用語解説:クロマチン・リモデリングとCHD2

細胞の核の中で、DNAはヒストンというタンパク質に巻き付いて「クロマチン」という構造を作っています。長いDNAをコンパクトに収納する仕組みですが、巻き付いたままでは遺伝子を読み出せません。CHD2タンパク質はATPのエネルギーを使ってクロマチンの構造を物理的に変化させ(リモデリング)、必要なときに必要な遺伝子だけを読み出せる状態にする「マスタースイッチ」として働きます。脳の発生では、抑制性神経細胞(ブレーキ役のニューロン)の正しい育ち方に欠かせないことが分かっています。

ハプロ不全という発症メカニズム

私たちは、両親から1本ずつ受け継いだ2本の染色体を持っています。CHD2遺伝子も当然2コピーあるのですが、DEE94の患者さんではそのうち片方が機能を失う変異を持っています。片方が壊れただけで、もう片方が正常なら半分は機能が残ります。それでも、CHD2タンパク質の量が約50%に減ることで、神経細胞が正常な発達を維持するために必要な閾値を下回ってしまうのです。これを「ハプロ不全(Haploinsufficiency)」と呼びます。

💡 用語解説:新生突然変異(de novo変異)

両親の体細胞には存在せず、精子・卵子が作られる過程または受精直後に「お子さん自身で新しく生じた」変異のことです。DEE94の多くは新生突然変異で発症します。これは「親のせい」では決してなく、また「予防できなかったか」と自分を責める性質のものでもありません。誰のもとにも一定の確率で起こりうる、生物としての避けがたい現象です。まれに、親の生殖細胞モザイク(精子や卵子の一部だけに変異が存在する状態)から複数のきょうだいに同じ変異が生じることがあるため、次のお子さんを考える際は遺伝カウンセリングが重要になります。

これまでに報告されているCHD2変異の約半数は、遺伝子の一部を欠失するタイプで、その他にもナンセンス変異・フレームシフト変異・スプライス部位変異など、タンパク質を作れなくする「機能喪失型変異」がほとんどを占めます。ミスセンス変異(アミノ酸が別のものに置き換わる変異)も報告されていますが、いずれもタンパク質の機能を損なう方向にはたらきます。

なぜ脳だけが強く影響を受けるのか

CHD2は全身の細胞で発現しているにもかかわらず、なぜ症状は神経系に集中するのか——これは長年の謎でした。近年、ヒトiPS細胞から作った3D大脳オルガノイドや、CRISPR/Cas9で片アレルを欠失させた細胞モデルを使った研究で、CHD2がGABA作動性(抑制性)神経細胞の運命決定と移動に欠かせないことが明らかになりました。CHD2の量が減ると、脳のブレーキ役の神経細胞が正しく育たず、興奮と抑制のバランス(E/Iバランス)が崩壊して、難治性てんかんという形で現れるのです。

🔍 関連記事:CHD2遺伝子の機能やバリアントの種類、解析結果の読み解き方を詳しく知りたい方は CHD2遺伝子の詳細解説ページ をご覧ください。

3. 主な症状と表現型スペクトラム

DEE94の症状は人によって大きく異なりますが、複数の領域にまたがる多彩な所見が同時に進行することが特徴です。Symondsらの研究(n=17)に基づく主要症状の出現頻度を以下に示します。

📊 DEE94患者における主要症状の出現頻度(n=17コホート)

難治性てんかん88%
光過敏性65%
ADHD特徴65%
自閉症スペクトラム障害59%
運動機能障害47%
形態異常(顔貌など)41%
てんかん重積状態24%
脊柱後側弯症17%

出典:Symonds JD et al. Expanding the Mutational Landscape and Clinical Phenotype of CHD2-Related Encephalopathy. Neurology Genetics (2024)

てんかん発作の特徴

てんかん発作はDEE94の最も中核的な症状で、多くの場合生後6か月から4歳の間に初発します(平均発症年齢は約3.5歳)。発作のタイプは1人の患者さんでも複数が混在し、発達段階に応じて急速に移行していくのが特徴です。

⚡ ミオクロニー発作

不随意な筋肉の瞬間的な収縮(ビクッとした動き)。最も頻度が高い発作型です。

💥 脱力発作(アトニー発作)

突然の筋緊張低下で頭部がガクッと垂れたり、立位から急に転倒したり(ドロップアタック)。頭部外傷のリスクが極めて高いため、保護帽の使用が検討されます。

😶 欠神発作

数秒〜数十秒間、突然意識が失われて行動が停止する発作。傍目には「ぼーっとしている」ように見えます。

🌀 全身性強直間代発作

意識消失とともに全身の筋肉が硬直し、その後にガタガタと震える痙攣に移行する、いわゆる「大発作」です。

💡 用語解説:光過敏性発作と自己誘発性発作

光過敏性発作とは、点滅する光・ストロボ・特定の色のパターンなどによって誘発されるてんかん発作のこと。DEE94では約65%の患者さんに認められる極めて高い割合です。

自己誘発性発作は、患者さん自身が手のひらを目の前で振るなどの行為で意図的に光刺激を作り、発作を誘発してしまう独特の行動です。本人にとって発作が一種の感覚刺激となっているのではないかと考えられていますが、ご家族にとっては大変な悩みとなります。

神経発達と精神・行動面の合併症

すべての患者さんに軽度から重度の知的障害と広汎な発達遅滞が認められます。特に言語発達の遅れは顕著で、発話の獲得が著しく制限されます。一度獲得していたスキルを失う「発達退行」を経験するお子さんもおり、これは頻発するてんかん性脳波活動が認知発達そのものを蝕む、てんかん性脳症ならではの厳しい現実です。

精神・行動面では、自閉症スペクトラム障害(ASD)が約59%、ADHD特徴が約65%に見られ、多動・衝動性・攻撃性・自傷行為といった重篤な行動上の課題が、ご家族や介護者にとって発作と同等以上の日常的負担になることがあります。

仲田洋美院長

🩺 院長コラム【「点滅光」への警戒が日常を守る】

DEE94のお子さんを持つご家庭で、私が必ずお話しするのが「光環境」のことです。光過敏性が65%に出現するということは、3人に2人に近いお子さんが、何らかの視覚刺激で発作の引き金を引かれる可能性があるということ。テレビのチラつき・スマートフォンの動画・遊園地のフラッシュ演出・救急車の回転灯・木漏れ日の点滅まで、日常のあらゆる場所に潜むリスクです。

光過敏性は脳波検査の光刺激テスト(IPS)で客観的に評価できます。発作の引き金が特定できれば、青色レンズや偏光サングラスの使用、家庭内の照明調整、ゲーム時間の管理など、具体的な予防策が立てられます。診断がついた段階で必ず「光過敏性の評価」を受けていただくことをご家族にお伝えしています。

4. 鑑別診断:他のてんかん性脳症との違い

DEE94は、症状と脳波所見が他の重症てんかん性脳症と重なる部分が多く、臨床像だけで診断するのは極めて困難です。鑑別が必要な代表的な疾患を以下に整理します。

Dravet症候群との鑑別

類似点:発熱感受性のミオクロニーてんかん性脳症という臨床像が共通します。Sulsらの研究で、CHD2変異がDravet症候群様の表現型を引き起こすことが示されました。

違い:Dravet症候群の主要原因遺伝子はSCN1A(ナトリウムチャネル)であり、CHD2陰性です。DEE94は光過敏性がより強く、Dravetでは比較的少ない発達退行が顕著です。

Lennox-Gastaut症候群との鑑別

類似点:多彩な発作型(強直・脱力・非定型欠神)と重度知的障害という臨床像が共通。Epi4K/EPGPの全エクソーム研究では、LGSコホートからCHD2変異が同定されています。

違い:LGSは原因が多様で、CHD2はその一部にすぎません。トリオ全エクソーム解析でCHD2変異が確定すれば、より具体的な疾患名としてDEE94と再分類されます。

Doose症候群(MAE)との鑑別

類似点:ミオクロニー・アトニー発作が前景に出る点が酷似しています。

違い:Doose症候群は予後がより良好で、ケトジェニックダイエットへの反応性が高い傾向があります。DEE94では光過敏性と知的退行がより顕著です。

5. 診断アプローチ:遺伝学的検査と最新の解析技術

DEE94の確定診断には、分子遺伝学的検査が必須です。脳波(全般性棘徐波複合・光誘発反応など)と臨床像から疑診はできますが、最終的にはCHD2変異の同定が必要となります。

第一選択:トリオ全エクソームシーケンス(Trio-WES)

DEE94の確定診断における最有力ツールが、患者さんと両親を同時に解析するトリオ全エクソームシーケンス(Trio-WES)です。新生突然変異の検出効率が高く、世界の主要な小児神経・遺伝医療施設で標準アプローチとなっています。

💡 用語解説:トリオ全エクソームシーケンス

「トリオ」とは患者さんご本人+お父様+お母様の3人を同時に解析することを意味します。「全エクソーム」はタンパク質を作る情報を持つ全領域(約2万遺伝子分)を一気に読む技術。両親に変異がなくお子さんだけに新しく生じた「新生突然変異」を効率的に検出できるため、DEE94のように新生突然変異が多くを占める疾患では極めて有力なツールとなります。

エクソーム陰性例で活躍する「Optical Genome Mapping(OGM)」

💡 用語解説:Optical Genome Mapping(OGM/光学ゲノムマッピング)

DNAを切らずに超長い分子のまま「見る」次世代の検査技術です。DNAの特定の配列に蛍光のシールを点々と貼り、ナノチャネル(極細の管)に1本ずつ流し込んで顕微鏡で撮影することで、DNA全体のバーコード模様を取得します。健常者のバーコードと比較することで、染色体レベルの大きな構造異常(欠失・重複・転座・逆位・複雑な再構成)を可視化できます。

既存の検査と比較すると、染色体検査(Gバンド法)では小さすぎて見えず、エクソーム検査では構造変化を捉えられない「すきま」を埋める存在です。NGSが「文字を1つ1つ読む」検査だとすれば、OGMは「文章の段落構成を眺める」検査というイメージです。臨床的にDEE94が強く疑われるのにエクソーム陰性だったケースで、真価を発揮します。

💡 用語解説:プロモーターとWGS・OGMの補完関係

プロモーターとは、遺伝子のすぐ上流(5’側)にあり、その遺伝子をいつ・どれくらい読み出すかを決める「スイッチ」の役割を持つ配列です。タンパク質そのものをコードしているわけではないため、エクソン(タンパク質情報の本体)だけを濃縮して読むエクソーム解析(WES)の対象外です。プロモーター領域の変異は、WESではどんなに精密に読んでも検出できません。

全ゲノムシーケンス(WGS)は、ゲノム全体を読むためプロモーター領域も対象に含まれます。ただし主流のショートリードWGSは150塩基程度の短いリードを大量に継ぎ合わせる方式のため、大きな構造変化(転座・逆位・複雑な再構成)の「全体像」を組み立てるのが苦手です。短いリードでは「変なつなぎ目があるな」とは分かっても、「それが他の染色体とどう繋がっているか」までは描けません。

そこで補完役として効くのがOGMです。WGS=配列を文字単位で精密に読む/OGM=染色体同士のつながり方を「絵」として見せる——この2つを組み合わせることで、Radboud症例のように複数の染色体にまたがる複雑な再構成が背景にあるケースでも、CHD2プロモーターへの影響が解明できたのです。

臨床的にDEE94が強く疑われるのに、トリオWESで原因が見つからない症例が存在します。最新の2024〜2025年の研究は、その背景に従来の検査では見えない複雑な染色体構造異常が潜んでいることを明らかにしました。

オランダのラドバウド大学医療センターから報告された印象的な症例があります。重度発達遅滞・難治性てんかん・Lennox-Gastaut症候群様の脳波・ジストニア性四肢麻痺を呈する男児で、核型分析・マイクロアレイ・エクソーム解析すべて陰性。しかしショートリード全ゲノムシーケンスとOptical Genome Mappingの併用により、第5・9・12・15番染色体にまたがる7つの切断点を持つ複雑な染色体再構成が判明し、その切断点の1つがCHD2の5’プロモーター領域を破壊していたのです。患者由来細胞での定量PCRでCHD2 mRNAの40%減少が証明され、ハプロ不全としてのDEE94と確定されました。

📌 ポイント:エクソーム陰性で臨床的にDEE94が強く疑われる場合、WGSとOGMによる構造異常の精査が次の選択肢になりうることを、ご家族が知っておくことは大切です。

6. 治療と長期管理プロトコル

現時点でDEE94に対する根本治療薬は確立されておらず、治療の中心は難治性てんかん発作の抑制と神経発達・行動面の支持療法です。

抗てんかん薬による多剤併用療法

DEE94のてんかんは既存の抗てんかん薬への抵抗性が極めて強いのが最大の臨床的課題です。バルプロ酸・ラモトリギン・クロバザム・レベチラセタム・ゾニサミド・トピラマート・フェルバメート・クロナゼパムなど複数を組み合わせる多剤併用が一般的です。Dravet症候群に承認されたフェンフルラミン(Fintepla)が、CHD2関連の発作にも有効な可能性があるとして注目され、適応外使用を含めた臨床的検討が世界各国で進んでいます。

ケトジェニックダイエット(KD)と重要な薬物相互作用

薬物療法が奏効しない場合、高脂肪・低炭水化物・適正タンパク質の食事療法であるケトジェニックダイエット(KD)が選択肢となります。神経興奮性の低下・ミトコンドリア機能の改善・腸内細菌叢の調節など複数の機序で抗てんかん効果を発揮し、難治例の約60%で発作頻度が50%以上減少すると報告されています。

⚠️ 重要警告:ラモトリギンとKDの併用に注意

オランダのErasmus大学病院による71名の難治性てんかん児を対象とした研究で、衝撃的な事実が報告されました。ラモトリギンを併用していた群(n=16)ではKDの成功率がわずか31%にとどまり、ラモトリギン以外を使用していた群の成功率69%と比較して統計的に有意に低下(p=0.006)していたのです。

さらに、ラモトリギン群では治療域のケトーシス維持率も有意に低下(p=0.049)していました。KD導入時にラモトリギンを併用している場合は、ケトン体レベルの厳密なモニタリングと、効果不十分時の薬剤変更を主治医と検討する必要があります。なお、KDとバルプロ酸の併用は安全性が確認されており、薬物動態学的な用量調整は不要とされています。

迷走神経刺激療法(VNS)と支持療法

薬物・食事療法ともに奏効しない場合、左頸部の迷走神経に電気刺激を送る迷走神経刺激療法(VNS)が選択肢となります。発作頻度の減少や重症度の緩和に寄与することが報告されています。並行して、言語療法・理学療法・作業療法といった包括的な療育介入、ASD/ADHD特性への行動介入、てんかん重積状態に備えた救急行動計画の策定など、多職種チームによる長期管理体制が極めて重要です。

7. 最新の治療開発:CHASERRとASO療法

DEE94研究の最大の希望は、CHASERR(CHD2 adjacent, suppressive regulatory RNA)という長鎖ノンコーディングRNAの発見と、それを標的とする次世代核酸医薬の開発です。これは「失われた遺伝子の機能を、残っている正常コピーから取り戻す」という発想の転換にもとづく画期的アプローチです。

💡 用語解説:CHASERRとは

ヒトゲノム上でCHD2遺伝子のすぐ上流に位置する、タンパク質を作らないRNA(ノンコーディングRNA)です。長らく機能不明とされてきましたが、近年の研究でCHD2の発現量を「ちょうど良い量に抑える」ブレーキとして働くことが判明しました。CHD2は多すぎても少なすぎても重い神経疾患を引き起こすため、CHASERRはCHD2量を細胞内で厳密にチューニングする精密な調節装置なのです。

ASO療法が目指す「残っている正常コピーの能力を引き出す」治療

DEE94の患者さんは片方のCHD2が変異していますが、もう片方は構造的に正常です。研究者たちは、この残っている正常コピーから作られるCHD2を「もっと作らせる」ことができないか、と考えました。そこで標的にされたのが、CHD2のブレーキ役であるCHASERRです。

🧬 CHASERRを標的としたASO療法のしくみ

健常者

CHASERRがCHD2を「適度に」抑制
→ CHD2が正常量産生

DEE94(ハプロ不全)

片方変異・残るアレルもCHASERRで抑制
→ CHD2が不足

ASO治療

ASOがCHASERRをブロック
→ 正常アレルからCHD2発現が回復

💡 用語解説:アンチセンスオリゴヌクレオチド(ASO)

標的のRNAに相補的な短い人工核酸で、設計したRNA配列にピタッと結合してその働きを変化させます。脊髄性筋萎縮症(SMA)に対するヌシネルセン(スピンラザ)など、すでにヒトで承認された薬剤も存在します。CHASERR標的ASOは、CHASERRがCHD2を抑制する作用を物理的にブロックし、正常コピーからのCHD2産生量を引き上げることを目指します。

マウスを用いた前臨床試験では、Chd2ヘテロ接合体(ハプロ不全モデル)の周産期にこのASOを投与することで、CHD2タンパク質の発現が増加し、行動表現型が有意に軽減することが実証されました。完全なChaserr消失で見られる副作用を引き起こすことなく、CHD2量だけを治療域へ引き上げることができたのです。現在Mazhi Therapeutics社などにより知的所有権のライセンス化が進められており、DEE94の真の「疾患修飾療法」として臨床応用が期待されています。

8. 遺伝カウンセリングと検査について

DEE94と診断された場合、あるいは次のお子さんを考える際の遺伝カウンセリングは、家族の今後を支える重要なステップです。臨床遺伝専門医のもとで、以下の内容を丁寧に整理していきます。

  • 遺伝形式と再発リスクの説明:DEE94の多くは新生突然変異で発症し、両親には変異が見つかりません。きょうだいの再発リスクは一般集団より僅かに高い程度です。ただし生殖細胞モザイクの可能性がゼロではないため、次子の羊水検査・絨毛検査による出生前診断は選択肢として存在します。
  • 予後と長期見通しの共有:成人後もてんかん・知的障害・行動障害は持続する傾向にありますが、適切な多職種管理で平均余命を全うするケースも多く、海外では70代に達した症例も報告されています。早期からの療育と社会的支援体制が予後を大きく左右します。
  • 出生前診断の選択肢:家族内に既知のCHD2変異がある場合は、絨毛検査・羊水検査で確実な診断が可能です。ただし、DEE94を出生前に見つけることが常に利益になるとは限らず、決定はご家族に委ねられるべき選択です。
  • 研究情報の継続的提供:CHASERR ASO療法をはじめとする新規治療の研究進捗、Simons SearchlightやCoalition to Cure CHD2などの患者レジストリ参加機会など、最新動向をご家族と共有していきます。

当院で対応可能な遺伝学的検査

CHD2を含むDEE関連遺伝子のスクリーニングは、当院のインペリアルプラン(NIPTとして提供)でカバーされる154遺伝子・218疾患のリストに含まれています。出生前段階で胎児のCHD2変異を評価したい場合の選択肢の一つとなります。ただし、これは医師が一方的にお勧めするものではなく、遺伝カウンセリングでご家族と十分に検討したうえで選択していただく検査です。

NIPTで陽性となった場合の確定診断は羊水検査・絨毛検査で行います。当院でNIPTを受検された方は、互助会(8,000円)により、陽性時の羊水検査費用が全額補助される制度が適用されます。

🔍 関連記事:当院のNIPTプランの全体像については NIPTトップページ、CHD2遺伝子そのものの分子機能と他疾患との関連は CHD2遺伝子ページ をご参照ください。

9. よくある誤解と専門医からのメッセージ

誤解①「親のせい・親から遺伝したはず」

DEE94の大半は新生突然変異で、両親にCHD2変異は存在しません。「妊娠中の行動が悪かった」「家系に問題がある」といった自責の念に駆られる必要は一切ありません。誰のもとにも一定確率で起こりうる現象です。

誤解②「ただのてんかんでしょう」

DEE94は単なる「てんかん」ではなくてんかん性脳症です。発作活動そのものが発達を侵食する性質を持ち、知的障害・自閉症・運動障害が同時に進行します。早期診断と多職種介入が予後を変える可能性があります。

誤解③「Dravetだから、もう調べる必要はない」

Dravet症候群と臨床的に診断されていても、SCN1Aが陰性の場合はCHD2変異の可能性を再評価する価値があります。正確な遺伝子診断は、CHASERR ASO療法など将来の治療選択肢に直結します。

誤解④「治療法がないから絶望的」

確かに根本治療は確立されていませんが、CHASERR ASO療法をはじめとする疾患修飾療法の研究は急速に進展中です。光環境の管理・KDの慎重な導入・行動介入など、QOLを改善できる工夫も数多くあります。

仲田洋美院長

🩺 院長コラム【「正確な診断名」が、未来の治療選択肢への扉になる】

DEE94のご家族と接するときに、私が最もお伝えしたいのは「正確な分子診断を持っていることの意味」です。今すぐ根本治療が手に入るわけではないとしても、CHD2変異を確定しておくことで、CHASERR ASO療法の前臨床試験から臨床試験への移行段階で、ご家族が真っ先に情報を得て参加の機会を検討できる立場に立てるのです。

エクソーム検査で陰性だった——そこで終わらせず、OGMやWGSによる構造異常の精査を視野に入れる。Dravet症候群と長年診断されてきたお子さんで、SCN1Aが陰性なら、CHD2を含む再解析を検討する。「診断のリスタート」は、未来の治療への投資です。私は、ご家族が「もう調べることはない」と感じておられる場面でこそ、もう一度ご一緒に考える時間を作りたいと思っています。

よくある質問(FAQ)

Q1. DEE94は遺伝しますか?兄弟姉妹にも発症しますか?

常染色体顕性(優性)遺伝の疾患ですが、報告されている症例の大半は新生突然変異——つまりお子さん自身に初めて生じた変異で、両親には同じ変異が存在しません。きょうだいの再発リスクは一般集団より僅かに高い程度ですが、生殖細胞モザイクの可能性をゼロにすることはできません。次のお子さんを考える際には、遺伝カウンセリングと必要に応じた羊水検査・絨毛検査による出生前診断が選択肢となります。

Q2. 「光過敏性」とは何ですか?日常生活で気をつけることは?

点滅する光・ストロボ・特定の色や柄のパターンによって発作が誘発される性質のことで、DEE94では約65%の患者さんに認められます。テレビ・スマートフォンの動画・ゲーム画面・救急車の回転灯・遊園地のフラッシュ演出・木漏れ日の点滅などが引き金になりえます。脳波の光刺激テスト(IPS)で客観的に評価できるため、診断時に必ず実施することをお勧めします。青色レンズや偏光サングラスの装用、照明環境の調整など、具体的な予防策を主治医とご相談ください。

Q3. ケトジェニックダイエットは効果がありますか?注意点は?

難治性てんかん全体で約60%の症例で発作頻度が50%以上減少すると報告されており、DEE94でも有力な選択肢の一つです。ただし重要な注意点として、ラモトリギンを併用している場合はKDの効果が著しく低下する(成功率31% vs 69%、p=0.006)ことが示されています。KD導入を検討する際は、現行の抗てんかん薬の見直しを主治医と相談されることをお勧めします。バルプロ酸との併用は安全性が確認されており、用量調整は基本的に不要です。

Q4. CHASERR ASO療法はいつから治療として使えるようになりますか?

現時点では前臨床試験(マウスモデル)で有効性と安全性のデータが蓄積されている段階で、ヒトでの臨床試験開始はまだ先のことになります。ただし、知的所有権のライセンス化が進められ、米国を中心に開発の加速が見込まれています。確実な時期をお約束することはできませんが、正確な分子診断(CHD2変異の確定)を持っておくことで、臨床試験の対象として早期に情報を得られる立場に立てます。最新動向は遺伝カウンセリングで継続的に共有していきます。

Q5. Dravet症候群と診断されています。DEE94の可能性はありますか?

あります。Dravet症候群の主要原因遺伝子はSCN1Aですが、Sulsらの研究で、CHD2の新生突然変異がDravet症候群の臨床特徴を共有する発熱感受性ミオクロニーてんかん性脳症を引き起こすことが報告されています。SCN1Aが陰性のDravet様の臨床像のお子さんでは、CHD2を含む遺伝子パネルでの再解析が有用です。トリオ全エクソームシーケンスは特に有力な手段となります。

Q6. 出生前にDEE94を診断することはできますか?

家族内に既知のCHD2変異がある場合(前のお子さんで確定診断された場合など)は、絨毛検査・羊水検査による出生前遺伝子診断が可能です。当院のインペリアルプラン(NIPT)では154遺伝子・218疾患をスクリーニングしており、CHD2もカバーされていますが、これは医師が一方的にお勧めするものではなく、遺伝カウンセリングを通してご家族が選択される検査です。DEE94を出生前に見つけることが常に利益になるとは限らないため、検査を受ける前に十分な情報を整理することが重要です。

Q7. 大人になっても発作は続きますか?寿命は短いのですか?

成人後もてんかん発作・中等度から重度の知的障害・行動障害は持続する傾向にあります。重度の嚥下障害や呼吸器合併症、てんかん重積状態、SUDEP(てんかん患者における突然死)のリスクから小児期や青年期に命を落とすケースも残念ながら存在します。一方、適切な多職種管理が行われたケースでは平均余命を全うすることも可能で、海外では70代に達した症例も報告されています。小児期から成人医療へのトランジション(移行医療)と、生涯にわたる支援体制が予後を大きく左右します。

Q8. エクソーム検査で原因が見つからなかった場合、もう調べる方法はないのでしょうか?

あります。臨床的にDEE94が強く疑われるのにエクソーム検査が陰性だったケースで、ショートリード全ゲノムシーケンス(WGS)とOptical Genome Mapping(OGM)の併用により、複数の染色体にまたがる複雑な構造異常がCHD2のプロモーター領域を破壊していた症例が報告されています。エクソーム陰性で終わらせず、構造異常を含めた次の段階の検査を検討する価値があります。臨床遺伝専門医とのご相談をお勧めします。

🏥 DEE94・CHD2関連疾患のご相談はミネルバクリニックへ

難治性てんかん性脳症や希少遺伝性疾患に関するご相談は、
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参考文献

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仲田洋美 医師(臨床遺伝専門医)

この記事の監修・執筆者:仲田 洋美

(臨床遺伝専門医/がん薬物療法専門医/総合内科専門医)

ミネルバクリニック院長。1995年に医師免許を取得後、 臨床遺伝学・内科学・腫瘍学を軸に診療を続けてきました。 のべ10万人以上のご家族の意思決定と向き合ってきた臨床遺伝専門医です。

出生前診断(NIPT・確定検査・遺伝カウンセリング)においては、 検査結果の数値そのものだけでなく、 「結果をどう受け止め、どう生きるか」までを医療の責任と捉え、 一貫した遺伝カウンセリングと医学的支援を行っています。

ハイティーンの時期にベルギーで過ごし、 日本人として異文化の中で生活した経験があります。 価値観や宗教観、医療への向き合い方が国や文化によって異なることを体感しました。 この経験は現在の診療においても、 「医学的に正しいこと」と「その人にとって受け止められること」の両立を考える姿勢の基盤となっています。

また、初めての妊娠・出産で一卵性双生児を妊娠し、 36週6日で一人を死産した経験があります。 その出来事は、妊娠・出産が女性の心身に与える影響の大きさ、 そして「トラウマ」となり得る体験の重みを深く考える契機となりました。 現在は、女性を妊娠・出産のトラウマから守る医療を使命の一つとし、 出生前診断や遺伝カウンセリングに取り組んでいます。

出生前診断は単なる検査ではなく、 家族の未来に関わる重要な意思決定です。 年齢や統計だけで判断するのではなく、 医学的根拠と心理的支援の両面から、 ご家族が後悔の少ない選択をできるよう伴走することを大切にしています。

日本人類遺伝学会認定 臨床遺伝専門医/日本内科学会認定 総合内科専門医/ 日本臨床腫瘍学会認定 がん薬物療法専門医。 2025年には APAC地域における出生前検査分野のリーダーとして国際的評価を受け、 複数の海外メディア・専門誌で特集掲載されました。

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