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停留精巣(Cryptorchidism)とは?原因・手術のタイミング・将来の妊孕性と精巣腫瘍リスクを遺伝専門医が解説

仲田洋美 医師

この記事の監修:仲田洋美(臨床遺伝専門医)

のべ10万人以上の意思決定に伴走。国際医療誌『Medical Care Review APAC』『Global Woman Leader』の2誌で表紙を飾り、「Top Prenatal Testing Service in APAC 2025」に選出されるなど、世界基準の遺伝医療を提供。

生まれたばかりの男の子の健診で、「精巣(睾丸)が陰嚢の中にありません」と言われて、戸惑うご家族は少なくありません。これが停留精巣(ていりゅうせいそう/Cryptorchidism)です。男の子の外性器で最もよくみられる生まれつきの状態のひとつで、多くは自然に治りますが、下りてこない場合には、将来の妊よう性(子どもをつくる力)や精巣腫瘍のリスクと関わってきます。この記事では、なぜ精巣が下りるのか、INSL3などの遺伝子やホルモンがどう働くのか、そして国際的なガイドラインが示す手術のタイミングまでを、遺伝専門医の視点でやさしく解説します。

この記事でわかること
📖 読了時間:約16分
🧬 停留精巣・INSL3・妊よう性・精巣腫瘍
臨床遺伝専門医監修

Q. 停留精巣とは何ですか?まず結論だけ知りたいです

A. 停留精巣とは、生まれるまでにお腹の中から陰嚢へ下りてくるはずの精巣が、途中で止まって陰嚢の中に収まっていない状態のことです。正期産の男の子の約3%、早産児では約30%にみられます[1]。生後3か月ごろまでに多くが自然に下りて、1歳ごろには約1%に落ち着きます[1]。下りてこない場合は、生後6か月を過ぎたら自然下降はほぼ望めないため、国際的なガイドラインは生後6〜18か月までの手術(精巣固定術)をすすめています[2]。放置すると将来の不妊や精巣腫瘍のリスクが上がるため、早めに専門医へ相談することが大切です。

  • 正体 → お腹の中から陰嚢へ下りる途中で止まった精巣。多くは片側で、右側にやや多い[1]
  • 原因 → 単一の原因ではなく、INSL3などのホルモン・遺伝的な素因・胎内の環境が重なる多因子性
  • 下りる仕組み → 「INSL3」と「男性ホルモン」が2段階で精巣を陰嚢へ導く
  • なぜ治療するか → 将来の妊よう性を守り、精巣腫瘍を早く見つけるため
  • 手術の時期 → 生後6〜18か月までの精巣固定術が国際標準[2]

🧬 停留精巣の基本情報

項目 内容
読み方・英語名 ていりゅうせいそう/Cryptorchidism(クリプトーキディズム)。医学的には「Undescended Testis(UDT)=下りていない精巣」とも呼ばれます
どんな状態か 精巣が陰嚢の中に収まっておらず、お腹の中(腹腔内)や足の付け根(鼠径部)に留まっている状態
頻度 正期産児の約3%、早産児では約30%。生後3か月ごろで約1〜1.5%、1歳ごろで約1%に減少[1]
タイプ 約3分の2が片側性で、右側にやや多い。約20〜30%は触れない「非触知精巣」[1]
医療との関わり 将来の妊よう性、精巣腫瘍のリスクと関わる。生後6〜18か月までの手術が国際標準[2]

※本記事は一般の方と遺伝診療に関わる方の両方に向けた解説です。特定の検査を勧めるものではありません。診断・治療は必ず担当の医師にご相談ください。

1. 停留精巣とは ─ 「陰嚢に精巣がない」状態

精巣(睾丸)は、もともとお腹の中でつくられ、生まれるまでの間に足の付け根を通って陰嚢へと下りてきます。この下降が途中で止まり、精巣が陰嚢の中に収まっていない状態が停留精巣です。男の子の外性器にみられる生まれつきの状態としては最もありふれたもので、正期産の男の子の約3%、そして早産児では約30%にみられます[1]。早く生まれた赤ちゃんほど頻度が高いのは、精巣が下りるのが妊娠後期であることと関係しています。

生まれてすぐの数か月は、赤ちゃん自身のホルモンが一時的に活発になる時期(後で説明する「ミニ思春期」)にあたり、精巣が自然に下りてくることがあります。そのため、生後3か月ごろには頻度が約1〜1.5%まで下がり、1歳前後では約1%で落ち着きます[1]。停留精巣の約3分の2は片側だけにみられ、やや右側に多い傾向があります。また、20〜30%ほどは、陰嚢だけでなく足の付け根を触っても精巣がわからない非触知精巣(ひしょくちせいそう)で、お腹の中(腹腔内)に留まっているか、あるいは精巣そのものが消えてしまっている場合があります[1]

💡 用語解説:非触知精巣と「消えた精巣」

非触知精巣とは、手で触っても精巣の位置がわからない状態を指します。お腹の奥に隠れているものもあれば、胎児のときに血流が途絶えるなどして精巣が小さくなり、消えてしまった精巣消失(vanishing testis/バニシング・テスティス)のこともあります。どちらかを見分けるには、後で述べるように、お腹の中を直接のぞく腹腔鏡(ふくくうきょう)による確認が必要になります。

停留精巣は、単に「精巣の位置がずれている」だけの静かな状態ではありません。下りないまま時間が経つと、精巣を陰嚢という涼しい環境に置けないことなどから、将来の造精機能(精子をつくる力)に影響し、男性不妊の大きな要因になりえます。さらに、精巣腫瘍(精巣がん)のリスクを高めることも知られており、時間とともに影響が進む可能性のある状態です[2]。だからこそ、精巣がどのように下りてくるのかという発生のしくみを理解し、適切な時期に対応することが、その子の生涯にわたる健康を守るうえで大切になります。

2. 原因とリスク ─ ひとつの遺伝子では説明できない

停留精巣の多くは、はっきりした単一の原因が特定できない「特発性(とくはつせい)」とされています。近年の大規模な研究から、この状態はホルモンの異常・遺伝的な素因・胎内の環境が複雑に組み合わさって起こる多因子性(たいんしせい)の状態であることがわかってきました[3]。ひとつの遺伝子の変化だけで決まるわけではない、という点が理解のポイントです。

最も強く関わるのが、低出生体重早産(未熟性)です[1]。胎盤の重さや働きが十分でないこともリスクを高めます。これは、胎盤からつくられるヒト絨毛性(じゅうもうせい)ゴナドトロピン(hCG)というホルモンが、妊娠前半の精巣の発育にとって重要な役割を果たしていることと合っています[1]

家族内で起こりやすい傾向も確認されています。停留精巣の子の父親では約1.5〜4%、兄弟では約6〜7%に、同じ状態の経験がみられます[1]。ほかにも、妊娠中の喫煙、多量の飲酒、肥満、妊娠糖尿病、重い妊娠高血圧腎症などが、独立したリスク要因として報告されています[1]。ダウン症候群、プラダー・ウィリー症候群、ヌーナン症候群といった、複数の特徴をあわせもつ症候群に合併することもあり、その場合は個別の慎重な管理が必要になります[1]

💡 環境化学物質と「精巣発育不全症候群」

近年、抗男性ホルモン作用をもつ環境化学物質(内分泌かく乱物質)への胎内での曝露が注目されています。プラスチックの柔軟剤などに使われるフタル酸エステル類は、動物実験で精巣のライディッヒ細胞に作用し、テストステロンやINSL3の産生を抑えることが示されており、ヒトでも停留精巣や尿道下裂と関連する可能性が指摘されています[1]。こうした背景は、次章で述べる「精巣発育不全症候群(TDS)」という考え方につながっています。

遺伝診療の視点からは、こうした家族歴や合併する症候群の有無を丁寧に確認することが大切です。両側の精巣が触れない、尿道下裂などをともなう、といった場合には、後で触れる性分化疾患(DSD)の可能性も含めて、染色体やホルモンの評価が検討されます。ご家族が「うちの家系と関係があるのか」「次の子はどうなるのか」と不安を感じたときには、臨床遺伝専門医による遺伝カウンセリングが、事実を整理する助けになります。

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3. 精巣が下りる仕組み ─ 2段階のホルモン制御

精巣は、お腹の中の背中側でつくられ、そこから骨盤を通って陰嚢まで移動します。この精巣下降(せいそうかこう)は、決まったホルモンの信号とそれに応じた体の構造の変化によって、2つの段階に分かれて進みます[4]。どちらの段階でつまずくかによって、精巣が止まる場所が変わってきます。まず全体像を図で見てみましょう。

胎児期の精巣下降と停留精巣の模式図。INSL3-RXFP2シグナルが関与する経腹部下降と、アンドロゲンが関与する鼠径陰嚢下降の2段階を示し、途中で停止した場合の腹腔内精巣と鼠径部停留精巣を比較している。

図:精巣下降の2段階と停留精巣。胎児期の精巣は、主にINSL3-RXFP2シグナルが関与する経腹部下降によって腹部から鼠径部へ移動し、その後、アンドロゲンなどが関与する鼠径陰嚢下降によって鼠径管を通過して陰嚢へ到達します。この過程が途中で停止すると、腹腔内や鼠径部に精巣が留まる停留精巣となります。

第1段階経腹部下降・INSL3
鼠径輪へ到達足の付け根まで
第2段階鼠径陰嚢下降・男性ホルモン
陰嚢へ到達下降の完了

第1段階:経腹部下降 ─ INSL3が精巣を骨盤へ導く

最初の段階は、妊娠10〜15週ごろというかなり早い時期に起こります。この段階の大きな特徴は、男性ホルモンには頼らず、主に胎児の精巣にあるライディッヒ細胞から出るINSL3(インスリン様ペプチド3)というホルモンによって進むことです[4]。INSL3は、精巣と足の付け根をつなぐ靭帯(精巣導帯/せいそうどうたい)にある受容体RXFP2にくっつきます。

💡 用語解説:INSL3・RXFP2・精巣導帯

INSL3は、胎児の精巣から出るホルモンで、精巣を骨盤の方へ引き下ろす合図を送ります。RXFP2は、その合図を受け取る「受け皿(受容体)」です。精巣導帯(せいそうどうたい)は、精巣と足の付け根をつなぐひも状の構造で、INSL3の合図を受けてふくらみ、精巣を正しい位置へ導く役割を担います。INSL3はリンクなしで説明していますが、遺伝子としてのINSL3RXFP2の詳細は、それぞれの遺伝子ページでも解説しています。

INSL3がRXFP2に結合すると、精巣導帯の細胞が増えて、まわりに水分を含んだ物質がたまり、導帯が太く力強い構造へと変化します。この「導帯膨潤反応(どうたいぼうじゅんはんのう)」によって精巣が引き下げられ、骨盤の底、つまり足の付け根の入り口(鼠径輪/そけいりん)付近に留め置かれます[4]。動物の実験では、INSL3やRXFP2の遺伝子が働かないようにすると、この膨らみが起こらず、精巣がお腹の高い位置に留まったままになることが確かめられています[5]。ヒトのINSL3遺伝子RXFP2遺伝子の変化も、停留精巣のなりやすさに関わることが報告されています。

第2段階:鼠径陰嚢下降 ─ 男性ホルモンが陰嚢へ運ぶ

次の段階は、妊娠25〜30週ごろに進みます。第1段階とは対照的に、この段階は男性ホルモン(テストステロンと、その活性の強い形であるジヒドロテストステロン)に強く依存します[4]。男性ホルモンは、陰部大腿神経(いんぶだいたいしんけい)という神経に働きかけて、精巣導帯を足の付け根のトンネル(鼠径管)を通して陰嚢の底へと引き込みます。

この仕組みの大切さは、男性ホルモンをつくる酵素が足りなかったり、アンドロゲン受容体(AR)の働きに異常があったりする場合に、第1段階は終わって精巣が足の付け根までは来るのに、第2段階が完了せず、精巣が鼠径管の中や外鼠径輪の直下に留まる、という事実から裏づけられます[6]。つまり、どのホルモン経路がうまくいかないかによって、精巣が止まる高さが変わってくるのです。

🧬 精巣下降の2段階のまとめ

段階 時期 主なホルモン うまくいかないと
第1段階
(経腹部下降)
妊娠10〜15週 INSL3
(受容体RXFP2)
お腹の中の高い位置に留まる(腹腔内精巣)
第2段階
(鼠径陰嚢下降)
妊娠25〜30週 男性ホルモン
(テストステロン等)
鼠径管〜外鼠径輪あたりに留まる

※どちらの段階でつまずくかによって、精巣が留まる位置が変わります。

4. 遺伝子とTDS ─ 尿道下裂・不妊・精巣腫瘍とのつながり

停留精巣の多くは、ひとつの遺伝子の異常だけで説明できる「単一遺伝子疾患」ではありません。それでも、生殖器の形づくりに関わるいくつかの遺伝子の変化が、なりやすさに関わっていることがわかってきています。たとえばINSL3遺伝子とRXFP2遺伝子の変化は、それだけで完全な停留精巣を起こすことはまれ(全体の約1.8〜4.7%程度)ですが、特定の一塩基多型(SNP)が、なりやすさを高める素因として働くと考えられています[5]

💡 用語解説:なぜ「変化があっても必ず発症」ではないのか

INSL3やRXFP2の変化の多くは、1本だけ変化をもつ状態(ヘテロ接合)で、しかも不完全浸透(ふかんぜんしんとう)を示します。これは「変化をもっていても、必ずしも発症するとは限らない」という意味です。停留精巣が、ひとつの遺伝子の変化だけでは決まらない多因子性の状態であることと、よく合っています。SNP(一塩基多型)とは、DNAの並びが1文字だけ人によって異なる、ごくありふれた個人差のことです。

また、アンドロゲン受容体(AR)遺伝子の中にある繰り返し配列(CAG・GGNリピート)が長くなると、男性ホルモンへの感受性がわずかに下がり、特に両側性の停留精巣のリスクが高まると報告されています[6]。このように、複数の遺伝子の小さな変化が積み重なって、なりやすさを形づくっていると考えられます。

精巣発育不全症候群(TDS)という考え方

停留精巣を、孤立した位置の異常としてではなく、より広い「男性生殖器の発生のつまずき」の一部として理解しようとする考え方が、精巣発育不全症候群(Testicular Dysgenesis Syndrome:TDS)です[1]。この考え方は、①停留精巣、②尿道下裂(にょうどうかれつ)、③成人期の精液所見の低下(不妊)、④精巣腫瘍、という4つの状態が、いずれも胎児期の精巣の働きのつまずき(特に男性ホルモンの産生や、精子のもとになる細胞の分化の障害)という共通の根っこから生じる、という統合的な見方を示します[7]

💡 用語解説:尿道下裂(にょうどうかれつ)

尿道の出口が、ペニスの先端ではなく、その手前側(裏側)に開いている生まれつきの状態です。停留精巣と一緒にみられることがあり、どちらも胎児期の男性ホルモンの働きと関わるため、TDSという同じ枠組みで語られます。

TDSという考え方は、停留精巣の既往をもつ人が、後に不妊や精巣腫瘍を発症するリスクが単独の要因から予測される以上に高いことや、尿道下裂を合併しやすいことをうまく説明します[1]。停留精巣を「その場かぎりの位置異常」ではなく、生涯にわたって注意しておくべき体質的な背景として捉える視点は、遺伝診療の現場でも重要です。同じ遺伝子でも変化の性質によって、体への影響の出方が変わる——これは、私が成人の遺伝性腫瘍で日々向き合っている考え方とも地続きです。

仲田洋美院長

🩺 院長コラム【「位置の問題」で終わらせない】

停留精巣と聞くと、「精巣が下りていないだけ」「手術で下ろせば終わり」という印象をもたれるかもしれません。けれども、TDSという考え方が教えてくれるのは、停留精巣がしばしば、精巣そのものの発育や男性ホルモンの働きという、もっと奥にある変化のサインでありうる、ということです。

臨床遺伝専門医として文献を踏まえると、こうした「表に出ている一つの所見の裏に、共通する背景が隠れている」場面は、遺伝性疾患やがんの診療全般に共通します。だからこそ、精巣を陰嚢に下ろす手術がうまくいった後も、思春期以降の妊よう性や精巣腫瘍への目配りを続けることに意味があります。目の前の一点だけでなく、その背景まで見て、必要な情報を整理してお伝えするのが、私たちの役割だと考えています。

5. なぜ不妊につながるのか ─ 「ミニ思春期」のつまずき

停留精巣を治療せずに放置した場合、最も心配な長期の影響のひとつが造精機能障害(不妊)です。片側性では10〜30%(うち無精子症は約13%)、両側性ではそのリスクが35〜65%に上がり、治療されないまま放置された両側性では不妊率が90%を超えると報告されています[1]

長いあいだ、この不妊の主な原因は熱によるダメージだと考えられてきました。陰嚢は体の中より2〜3℃低い温度に保たれており、これが正常な精子形成に欠かせません。精巣がお腹の中や足の付け根という温かい場所に置かれると、その熱ストレスで精子のもとになる細胞が傷む、という説明です[1]。解剖学的には筋の通った考え方です。しかし近年の研究は、単なる熱の問題を超えた、より根本的なホルモンのつまずきが関わっていることを明らかにしています。

「ミニ思春期」と精子幹細胞のプール

精子をつくる力の低下を決定づけるのは、生後2〜4か月ごろに起こる、一時的なホルモンの活発化——いわゆるミニ思春期(Minipuberty)のつまずきです[8]。正常な発育では、胎児期につくられた精子のもとになる細胞(生殖細胞)が、このミニ思春期の黄体形成ホルモン(LH)や男性ホルモンの高まりに反応して、Ad型精祖細胞(せいそさいぼう)という細胞へと変わっていきます[8]

💡 用語解説:Ad型精祖細胞と「精子幹細胞のプール」

Ad型精祖細胞は、思春期以降に精子をつくり続けるための「もとになる細胞の貯金(精子幹細胞のプール)」をつくる、とても大切な細胞です。ミニ思春期にこの変換がうまく進まないと、将来精子をつくるための「貯金」自体が十分にできあがりません。つまり不妊は、「精巣が温かい場所にあるから」だけでなく、「大切な時期のホルモン刺激が足りず、もとになる細胞が用意されないから」でも起こるのです。

停留精巣の子どもでは、このミニ思春期のLH分泌が不十分なことが多く、胎児型の生殖細胞からAd型精祖細胞への変換が妨げられます[9]。組織の変化を時間を追ってみると、停留精巣の中の生殖細胞の数は生後6か月ごろまでは正常範囲に保たれていることが多いのですが、生後12〜18か月を過ぎると急激に減り始めます[2]。この時期が、不妊が元に戻りにくくなる分かれ目です。だからこそ、精巣を物理的に陰嚢へ下ろすだけでなく、下ろす「時期」が決定的に重要になります。

6. 診断と画像検査 ─ 「まず超音波」ではない

触診と「移動性精巣」の見分け

停留精巣の診断は、慣れた医療者による丁寧な視診と触診で行うのが基本です。赤ちゃんをリラックスした姿勢にして、足の付け根から陰嚢に向かって、やさしく精巣を押し下げるようにして、どこまで下りるかを確かめます[2]

ここで特に大切なのが、移動性精巣(いどうせいせいそう/Retractile testis)との見分けです。移動性精巣は、精巣を引き上げる筋肉(精巣挙筋)の反射が強いために、精巣が一時的に足の付け根まで上がっている状態です。触診で陰嚢の底まで無理なく引き下ろすことができ、そのまま少し保持しても手を離すとすぐには戻らない、という点で停留精巣と見分けられます[2]。移動性精巣は正常の一部と考えられ、手術は不要ですが、まれに後から停留精巣へ移行することがあるため、思春期まで定期的な観察が必要です[2]

💡 ここが変わった:ルーチンの画像検査は「すすめない」

長いあいだ、触れない精巣の位置を調べる目的で、超音波検査やMRIがよく行われてきました。しかし、米国泌尿器科学会(AUA)や欧州泌尿器科学会(EAU)の最新のガイドラインは、専門医への紹介前や手術前のルーチンの画像検査を強くはすすめないとしています[2]。理由は明確で、小児の腹腔内精巣に対する超音波の精度は十分ではなく、しかも画像の結果が陰性でも陽性でも、最終的に全身麻酔下での再確認や腹腔鏡が必要になるため、治療方針が変わらないからです[2]。不要な画像検査は、費用やご家族の不安を増やし、何より専門的な治療への紹介を遅らせてしまう不利益があります。

つまり、「まず超音波で場所を調べましょう」ではなく、「触ってわからなければ、専門医のもとで麻酔下の確認や腹腔鏡へ進みましょう」という流れが、現在の標準的な考え方です。ご家族としては、画像検査がないことを不安に思うかもしれませんが、これは検査を省いているのではなく、より確実な方法へ最短で進むための判断だと理解していただければと思います。

7. 手術のタイミング ─ 生後6〜18か月がひとつの目安

精子のもとになる細胞が失われるのを防ぎ、将来の妊よう性をできるだけ守るためには、早い時期の精巣固定術(せいそうこていじゅつ/Orchidopexy)が大切です。かつては学童期まで待つ時代もありましたが、組織の研究が積み重なった結果、手術の時期は大きく前倒しされてきました。

出生時に確認健診でチェック
生後6か月下りなければ専門医へ
6〜18か月精巣固定術を完了

AUAのガイドラインは、出生時に確認された停留精巣が生後6か月(修正月齢)の時点で下りていない場合、その後の自然下降はほぼ望めないため、その後の1年以内(およそ生後18か月まで)に精巣固定術を完了することを強くすすめています[2]。EAUのガイドラインはさらに早い介入をすすめており、生後6〜12か月の間の手術が望ましいとしています[1]。前章で述べたとおり、生後12〜18か月を過ぎると生殖細胞が減り始めるため、この時間の目安を守ることには大きな意味があります[2]

💡 用語解説:ホルモン療法は今どう位置づけられている?

かつては、hCGやGnRHといったホルモンを使って、手術を避けて精巣下降をうながす治療が広く行われていました。しかし、質の高い臨床試験の結果、ホルモン療法による下降の成功率は20%未満と低く、いったん下りても約25%が再び上がってしまうことがわかりました[2]。このため、現在のAUA・EAUガイドラインは、精巣を下ろす目的でのホルモン療法をすすめていません[2]。両側性の症例で、妊よう性の改善を期待した補助的な使い方が一部の専門施設で検討されることはありますが、成人期の精液所見の向上に直結するかどうかは、まだ明確な結論が出ていません[2]

8. 腹腔内精巣の手術 ─ 2段階の術式が優れる

足の付け根で触れる精巣に対しては、鼠径部または陰嚢の小さな切開から行う精巣固定術が第一選択です。精索を丁寧にはがし、精巣を無理な力がかからない状態(無張力)で陰嚢に固定します。この方法の成功率は96%以上と高く、術後に精巣が萎縮するリスクは2%未満とされています[2]

難しいのは、全身麻酔下でも触れない腹腔内精巣で、しかも精巣を養う血管が短く、そのままでは陰嚢まで届かない場合です。診断と治療を兼ねて腹腔鏡でお腹の中を確認し、状況に応じて術式を選びます[2]。血管が短い高位の腹腔内精巣では、精巣の主な血管をあえて切り、別の細い血管からの血流に頼らせるFowler-Stephens(ファウラー・スティーブンス)手術が標準的に行われます[2]

この手術には、血管を切ると同時に精巣を陰嚢へ引き下ろす「1段階法」と、血管を切ってから数か月待って別の血流が発達するのを確かめてから引き下ろす「2段階法」があり、どちらが良いか長く議論されてきました。17の研究(計499の精巣)をまとめた解析では、2段階の腹腔鏡下Fowler-Stephens手術が、1段階法より統計的に優れた結果をもたらすことが示されています[10]。具体的には、2段階法の全体成功率は90.3%で1段階法の79.4%を上回り、最も重い合併症である精巣萎縮の発生率も、2段階法11.0%に対し1段階法17.3%でした[10]。血管を切ってから引き下ろすまでの待機期間に、別の血流が育つことが、この差の理由と考えられます。

🧬 腹腔内精巣に対するFowler-Stephens手術の比較

術式 全体成功率 精巣萎縮率
1段階法 79.4% 17.3%
2段階法 90.3% 11.0%

※17研究・計499精巣を統合したメタアナリシスによる[10]。数値は個々の症例で保証されるものではありません。

近年では、主な血管を切らずに、腹腔鏡下で精巣を少しずつ機械的に引っぱって血管そのものを伸ばすShehata法(シェハタ法/段階的牽引)も注目されています。メタアナリシスでは、Shehata法はFowler-Stephens法と比べて同等以上の成功率と、より低い精巣萎縮率が期待できることが示唆されており、高位の腹腔内精巣に対する新しい選択肢として研究が進んでいます[11]。どの術式が最適かは、精巣の位置や血管の長さによって変わるため、経験のある施設での判断が重要になります。

9. 思春期以降・後天性 ─ 特別な注意が必要な場合

後天性停留精巣(上昇精巣)

生まれた直後には陰嚢に精巣があったのに、成長の途中で精巣が足の付け根の方へ上がってしまい、手で陰嚢まで下ろせなくなる状態を後天性停留精巣(上昇精巣/じょうしょうせいそう)といいます[2]。頻度は小児の1〜7%で、発生のピークは8歳ごろとされます[2]。体がまっすぐ伸びる成長に、精索の伸びが追いつかないことなどが原因と推測されています。

後天性停留精巣は、生まれつきの停留精巣とは異なる成り立ちをもつ別の状態ですが、放置すると生まれつきのものと同じように生殖細胞が失われる悪影響が生じることが確認されています[2]。そのため、生後しばらく精巣の位置が正常だったとしても、小児期の毎回の健診で陰嚢を丁寧に確認し続けることが大切です。新たに陰嚢の外に精巣が確認された場合には、速やかに専門医へ紹介し、精巣固定術を検討します[2]

思春期以降の方針 ─ 固定術か、摘除術か

停留精巣が見つからないまま、あるいは治療されないまま思春期以降になった場合、方針は小児期とは根本的に変わります。特に片側で、かつ精巣が著しく小さい(低形成の)場合には、精巣を陰嚢に下ろす固定術ではなく、精巣摘除術(せいそうてきじょじゅつ/Orchiectomy)がすすめられることが多くなります[2]

この判断には2つの理由があります。ひとつは、思春期以降まで下りていなかった精巣では、精子をつくる細胞の回復がもはや見込めず、温存する妊よう性上のメリットが乏しいこと。もうひとつは、長く留まっていた精巣には前がん病変が生じている可能性が高く、精巣腫瘍への進行リスクが生命に関わる懸念になるためです。健側の精巣が正常に働いていれば、片側の摘除で男性ホルモンの分泌が大きく損なわれることはありません[12]。どの方針が適切かは、年齢・左右・精巣の状態によって変わるため、専門医とよく相談して決めることになります。

10. 長期予後 ─ 治療後も続けたい健康管理

手術が成功して精巣が陰嚢に固定された後も、医療者の役割は終わりません。長期のリスク、特に精巣腫瘍と妊よう性について、ご本人とご家族に正しく知っていただくことが大切です。

精巣腫瘍の見守り

停留精巣の既往をもつ男性は、一般の男性と比べて、生涯にわたる精巣腫瘍の発症リスクがおおむね数倍(報告により約2.75〜5倍、古い推計では最大8倍)高いことが、繰り返し示されています[1]。このリスク上昇は、停留していた側の精巣だけでなく、自然に下りていた反対側の正常な精巣でもわずかに高くなることが知られています[13]。これは、発がんの根っこが局所の位置異常だけでなく、TDSが示すような全身的な体質にあることを示しています。

早期の手術は、このリスクを下げる効果があります。思春期前に精巣固定術を受けることで、思春期以降に手術を受けた場合と比べて、腫瘍の相対リスクを下げられることが示されています[13]。ただし、早期手術でリスクが一般の人と同じ(ゼロ)にまで戻るわけではありません。そのため、停留精巣の既往があるすべての方に、思春期を迎えるころから精巣の自己検診(セルフチェック)の習慣をお伝えすることが重要です[14]。痛みのないしこりや腫れに気づいたら、すぐに泌尿器科を受診することで、万が一のときも早期発見につながります。

妊よう性の長期予後と、精子凍結という選択肢

片側性で、生後18か月より前に適切な手術を受けた場合は、健側の精巣による代償が働くため、最終的な妊よう性は一般の方とほぼ同等に保たれることが多いとされます[13]。一方、両側性の場合は、早く治療してもなお不妊のリスクが残り、成人期に精液所見の低下に直面する確率が高くなります[13]。将来子どもを望む気持ちがあり、精液所見の悪化が心配される方や、事故や病気で唯一機能している精巣を失うリスクのある方には、思春期以降の適切な時期に精子凍結保存という選択肢を、生殖医療の専門医と連携しながらお伝えすることがすすめられます[14]

仲田洋美院長

🩺 院長コラム【手術が終わってからが「見守りの始まり」】

停留精巣の治療は、精巣を陰嚢に下ろして固定すれば「ひと区切り」ですが、そこがゴールではありません。思春期以降の精巣腫瘍への注意や、妊よう性についての情報提供は、むしろ手術の後から長く続く見守りです。ご本人が成長したときに、自分の体の背景を正しく理解し、自己検診の習慣をもてるようにしておくこと。これが、遺伝診療の立場から私が大切にしている点です。

両側性の停留精巣など、将来の妊よう性が心配されるケースでは、精子凍結保存のような選択肢を、適切な時期に情報として知っておくことにも意味があります。正確な情報にもとづいて、その時々に必要な一歩を選べるように、事実を整理してお伝えしていきます。

11. よくある誤解

誤解①「様子を見ていればいつか下りる」

自然下降が期待できるのは、おおむね生後6か月ごろまでです。それを過ぎても下りない場合は、自然に下りる可能性はほぼなく、待つほど生殖細胞が減っていきます。時間の目安を守った早めの対応が、将来の妊よう性を守ります[2]

誤解②「まず超音波で場所を調べるべき」

触れない精巣に対するルーチンの超音波・MRIは、最新のガイドラインではすすめられていません。精度が不十分で、結果によらず最終的に麻酔下の確認や腹腔鏡が必要になるためです。画像より、専門医への紹介を急ぐことが大切です[2]

誤解③「手術で下ろせば不妊の心配はない」

手術は妊よう性を守るうえで重要ですが、リスクを完全にゼロにするわけではありません。特に両側性では、早く手術しても不妊のリスクが残ることがあります。不妊は「熱」だけでなく、ミニ思春期のつまずきという、より早い時期の要因も関わるためです[13]

誤解④「治療が終われば通院は不要」

陰嚢に固定した後も、精巣腫瘍のリスクは一般より高いままです。思春期以降は自己検診を習慣にし、しこりに気づいたら受診することが大切です。治療の後こそ、長い見守りが始まります[14]

Q1. 停留精巣とは何ですか?

生まれるまでにお腹の中から陰嚢へ下りてくるはずの精巣が、途中で止まって陰嚢の中に収まっていない状態です。男の子の外性器で最もよくみられる生まれつきの状態のひとつで、正期産児の約3%、早産児では約30%にみられます。多くは生後3か月ごろまでに自然に下りて、1歳ごろには約1%に落ち着きます。

Q2. 手術はいつ受けるのがよいですか?

生後6か月の時点で下りていない場合は自然下降がほぼ望めないため、国際的なガイドラインは、その後の1年以内(およそ生後18か月まで)に精巣固定術を完了することをすすめています。欧州のガイドラインでは生後6〜12か月の手術が望ましいとされます。生後12〜18か月を過ぎると精子のもとになる細胞が減り始めるため、時期を守ることが大切です。

Q3. 精巣の場所を調べるのに超音波検査は必要ですか?

触れない精巣に対するルーチンの超音波やMRIは、最新のガイドラインではすすめられていません。小児の腹腔内精巣に対する超音波の精度は十分でなく、結果がどうであれ、最終的には全身麻酔下での確認や腹腔鏡が必要になり、方針が変わらないためです。画像検査より、専門医への紹介を急ぐことが重視されます。

Q4. 停留精巣は遺伝しますか?

多くはひとつの遺伝子で決まるものではなく、ホルモン・遺伝的な素因・胎内の環境が重なる多因子性の状態です。ただし家族内で起こりやすい傾向はあり、停留精巣の子の父親では約1.5〜4%、兄弟では約6〜7%に同じ状態の経験がみられます。INSL3やRXFP2といった遺伝子の変化がなりやすさに関わることも報告されています。心配な場合は、臨床遺伝専門医による遺伝カウンセリングで情報を整理できます。

Q5. 治療した後も気をつけることはありますか?

あります。手術で陰嚢に固定した後も、精巣腫瘍のリスクは一般より高いままなので、思春期以降は精巣の自己検診を習慣にし、痛みのないしこりに気づいたら泌尿器科を受診してください。また、特に両側性では将来の妊よう性への影響が残ることがあり、必要に応じて精子凍結保存などの選択肢を専門医と相談することがすすめられます。

🏥 遺伝子や染色体に関わる検査のご相談

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参考文献

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仲田洋美 医師(臨床遺伝専門医)

この記事の監修・執筆者:仲田 洋美

(臨床遺伝専門医/がん薬物療法専門医/総合内科専門医)

ミネルバクリニック院長。1995年に医師免許を取得後、 臨床遺伝学・内科学・腫瘍学を軸に診療を続けてきました。 のべ10万人以上のご家族の意思決定と向き合ってきた臨床遺伝専門医です。

出生前診断(NIPT・確定検査・遺伝カウンセリング)においては、 検査結果の数値そのものだけでなく、 「結果をどう受け止め、どう生きるか」までを医療の責任と捉え、 一貫した遺伝カウンセリングと医学的支援を行っています。

ハイティーンの時期にベルギーで過ごし、 日本人として異文化の中で生活した経験があります。 価値観や宗教観、医療への向き合い方が国や文化によって異なることを体感しました。 この経験は現在の診療においても、 「医学的に正しいこと」と「その人にとって受け止められること」の両立を考える姿勢の基盤となっています。

また、初めての妊娠・出産で一卵性双生児を妊娠し、 36週6日で一人を死産した経験があります。 その出来事は、妊娠・出産が女性の心身に与える影響の大きさ、 そして「トラウマ」となり得る体験の重みを深く考える契機となりました。 現在は、女性を妊娠・出産のトラウマから守る医療を使命の一つとし、 出生前診断や遺伝カウンセリングに取り組んでいます。

出生前診断は単なる検査ではなく、 家族の未来に関わる重要な意思決定です。 年齢や統計だけで判断するのではなく、 医学的根拠と心理的支援の両面から、 ご家族が後悔の少ない選択をできるよう伴走することを大切にしています。

日本人類遺伝学会認定 臨床遺伝専門医/日本内科学会認定 総合内科専門医/ 日本臨床腫瘍学会認定 がん薬物療法専門医。 2025年には APAC地域における出生前検査分野のリーダーとして国際的評価を受け、 複数の海外メディア・専門誌で特集掲載されました。

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