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一過性新生児糖尿病2型(TNDM2)―ABCC8遺伝子変異が引き起こす希少な新生児糖尿病の原因・治療・長期管理

仲田洋美 医師

この記事の監修:仲田洋美(臨床遺伝専門医)

のべ10万人以上の意思決定に伴走。国際医療誌『Medical Care Review APAC』『Global Woman Leader』の2誌で表紙を飾り、「Top Prenatal Testing Service in APAC 2025」に選出されるなど、世界基準の遺伝医療を提供。

一過性新生児糖尿病2型(TNDM2)は、染色体11p15.1に位置するABCC8遺伝子の機能獲得型変異によって引き起こされる、極めて稀な単一遺伝子性糖尿病です。生後数日から数週間という早期に深刻な高血糖として発症しながらも、乳児期に一旦「寛解(症状が落ち着く時期)」を迎えるという独特の経過をたどります。しかしその名称に含まれる「一過性」という言葉が、この疾患において最大の落とし穴となっています——思春期以降に再発するリスクは50%以上あり、誤診されたまま何十年も不適切な治療を受け続けたケースが実際に報告されています。

この記事でわかること
📖 読了時間:約15分
🧬 ABCC8遺伝子・新生児糖尿病・臨床遺伝
臨床遺伝専門医監修

Q. 一過性新生児糖尿病2型(TNDM2)とはどのような疾患ですか?

A. ABCC8遺伝子(染色体11p15.1)の機能獲得型変異によって膵臓ベータ細胞のKATPチャネルが正常に閉じられなくなり、インスリンが分泌できなくなる希少な遺伝性糖尿病です。新生児期に重篤な高血糖として発症し、乳児期に一旦寛解しますが、思春期以降に再発するリスクが50%以上あります。経口スルホニル尿素薬(SU薬)への移行によって、患者自身の膵臓のインスリン分泌能を回復させる劇的な治療改善が期待できます。

  • 疾患の定義 → OMIM #610374、常染色体優性遺伝、ABCC8遺伝子ヘテロ接合性変異
  • 分子メカニズム → KATPチャネルの機能獲得型変異によるインスリン分泌障害
  • 鑑別の鍵 → 出生体重が正常範囲・巨舌症なし・臍ヘルニアなし(TNDM1との違い)
  • 治療の革新 → 経口SU薬への移行で約90〜95%がインスリン注射から解放
  • 長期管理の重要性 → 「完治」ではなく再発リスクを踏まえた生涯フォローアップが必要

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1. 一過性新生児糖尿病2型(TNDM2)とは

新生児糖尿病(NDM)は、生後6ヶ月未満という非常に早い時期に発症する稀な遺伝性糖尿病の総称です。国際的な疫学調査によれば、出生約95,000〜400,000人に1人という極めて稀な頻度で発症し、発症に性別や人種による偏りは確認されていません。

💡 用語解説:新生児糖尿病(NDM)とは

生後6ヶ月未満に発症する糖尿病を「新生児糖尿病(NDM: Neonatal Diabetes Mellitus)」と呼びます。一般的な1型糖尿病(自己免疫性)とは異なり、特定の遺伝子の変異が直接の原因となる「単一遺伝子性疾患」です。膵臓の自己抗体(GAD抗体など)は陰性であることが多く、遺伝子検査によって確定診断されます。NDMは長期的な経過によって、インスリン治療が生涯必要な「永続性(PNDM)」と、乳児期に一旦治療が不要になる「一過性(TNDM)」に分類されます。

TNDMはさらに、遺伝的な原因の違いによって3つのサブタイプに分類されます。その中でTNDM2はABCC8遺伝子変異が原因のタイプ(OMIM #610374)で、TNDMの約13〜15%を占めます。

サブタイプ 原因遺伝子・染色体座 メカニズム 頻度
TNDM1 6q24(PLAGL1・HYMAI) 父方インプリンティング異常 約60〜70%
TNDM2 ★ 11p15.1(ABCC8/SUR1) KATPチャネル機能獲得型変異 約13〜15%
TNDM3 11p15.1(KCNJ11/Kir6.2) KATPチャネル機能獲得型変異 約13〜15%

★本記事で取り上げるTNDM2。TNDM2とTNDM3は合わせてTNDM全体の約30%を占める。

💡 用語解説:インプリンティングとは(TNDM1との違いを理解するために)

私たちは両親から1本ずつ、合計2本の染色体を受け継ぎ、通常はどちらのコピーも働きます。しかし一部の遺伝子では、お父さん由来のコピーだけ、またはお母さん由来のコピーだけが働くという特殊な仕組みがあります。これを「インプリンティング(刷り込み)」と呼びます。TNDM1(全TNDMの60〜70%)はこのインプリンティングの異常が原因ですが、TNDM2はインプリンティングとは無関係なABCC8遺伝子の直接的な変異が原因です。この根本的な違いが、治療法の選択にも直結します。

TNDM2はTNDM1と比べ、出生体重が正常範囲であること巨舌症(舌が大きくなる症状)や臍ヘルニアなどの先天性奇形を伴わないことが重要な特徴です。これらの違いが、臨床現場での初期鑑別において大きな手がかりとなります。一過性新生児糖尿病(TNDM)の全体像永続性新生児糖尿病(PNDM)についての詳細ページもあわせてご覧ください。

2. 原因遺伝子ABCC8とKATPチャネルのメカニズム

TNDM2を引き起こすABCC8遺伝子の変異は、膵臓のベータ細胞にある「KATPチャネル」という特殊なスイッチを狂わせます。このスイッチが正常に閉じられなくなることで、インスリンが血液中に分泌できなくなり、重篤な高血糖が引き起こされます。

💡 用語解説:ABCC8遺伝子とSUR1タンパク質

ABCC8(ATP Binding Cassette Subfamily C Member 8)遺伝子は、染色体11p15.1に位置し、膵臓ベータ細胞のKATPチャネルを構成するSUR1(スルホニル尿素受容体1型)というタンパク質をコードしています。SUR1はチャネルの「調節役」として機能し、スルホニル尿素薬(SU薬)が結合する部位でもあります。SUR1に異常が生じると、インスリン分泌のスイッチが適切に働かなくなります。詳細はABCC8遺伝子ページもご参照ください。

💡 用語解説:KATPチャネルの正常な役割

KATPチャネル(ATP感受性カリウムチャネル)は、膵臓ベータ細胞の「血糖センサー」です。2種類のタンパク質からなる8量体の複合体で、中心のポア(穴)部分をKir6.2(KCNJ11遺伝子産物)が4つ外側の調節部分をSUR1(ABCC8遺伝子産物)が4つ囲んでいます。血糖が上がると細胞内のATPが増え、このチャネルが閉じます。閉じると細胞が興奮してインスリンの袋(顆粒)を放出します。つまり、KATPチャネルは「血糖値が高い!」を感知してインスリン放出の引き金を引く重要なスイッチです。

正常なインスリン分泌の流れ

1

血糖値が上昇 → グルコースがベータ細胞内に取り込まれ、分解される

2

細胞内のATP(エネルギー分子)が増える → KATPチャネルが閉じる

3

細胞膜の電位が変化(脱分極)→ カルシウムチャネルが開く

4

カルシウムが流入 → インスリン顆粒が放出される

TNDM2での異常:「開きっぱなし」のチャネル

TNDM2を引き起こすABCC8変異は「機能獲得型変異(Activating mutation)」と呼ばれるタイプです。変異したSUR1が組み込まれたKATPチャネルは、血糖値がどれだけ上がってATPが増えても、チャネルが閉じません。チャネルが開きっぱなしのため、カリウムイオンが細胞外へ流れ続け、細胞膜が脱分極せず、カルシウムが流入せず、インスリンが分泌されない——という連鎖的な機能不全が起きます。

膵臓β細胞におけるKATPチャネルの構造とスルホニル尿素薬の作用機序

正常なベータ細胞ではATPによってKATPチャネルが閉じインスリンが分泌される(左)。TNDM2(未治療)ではABCC8変異によりチャネルが開きっぱなしとなりインスリン分泌が阻害される(中)。SU薬は変異SUR1に直接結合しチャネルを強制的に閉鎖、インスリン分泌を回復させる(右)。

💡 用語解説:機能獲得型変異とは

遺伝子変異には大きく分けて「機能喪失型(Loss of Function)」と「機能獲得型(Gain of Function)」があります。機能喪失型は遺伝子の働きが弱まる変異ですが、機能獲得型は本来あるべき機能が「過剰に」または「不適切に」発揮される変異です。TNDM2では、本来血糖が高い時だけ閉じるべきKATPチャネルが、機能獲得型変異によって血糖に関係なく「常に開いた状態」になります。この「開きっぱなし」状態がインスリン分泌の根本的な障害を引き起こします。

KATPチャネルは膵臓ベータ細胞だけでなく、脳神経系・骨格筋・心筋にも存在します。そのため、TNDM2では代謝異常だけでなく、一部の患者でジストニア(不随意運動)や視覚的統合障害などの神経発達的異常が報告されています。KCNJ11変異のTNDM3で特に顕著な「DEND症候群(発達遅滞・てんかん・新生児糖尿病)」のスペクトラムの一部が、TNDM2でも出現しうることが確認されています。

💡 用語解説:DEND症候群

DEND症候群は「Developmental delay(発達遅滞)・Epilepsy(てんかん)・Neonatal Diabetes(新生児糖尿病)」の頭文字をとった名称です。KATPチャネルが脳でも機能不全を起こした場合に現れます。主にKCNJ11変異のTNDM3に関連しますが、ABCC8変異のTNDM2でも軽症型(intermediate DEND)が認められることがあります。SU薬は血液脳関門を通過できるため、インスリンでは治療できなかった脳内のチャネル異常も是正し、神経発達予後を改善する可能性が示唆されています。

仲田洋美院長

🩺 院長コラム【ABCC8変異の発見がもたらしたパラダイムシフト】

かつて新生児糖尿病は「原因不明の難病」として、全員がインスリン注射で一生を過ごすことを余儀なくされていました。ところが、ABCC8遺伝子とKCNJ11遺伝子の変異がKATPチャネルの機能獲得型変異であることが判明したことで、状況は一変しました。変異を狙い打ちにできる薬が既に存在していたのです——それがスルホニル尿素薬(SU薬)です。

遺伝子の変異を特定することが、そのまま治療方針の劇的な転換につながる。これは「精密医療(Precision Medicine)」の最も成功した実例の一つとして、国際的な臨床遺伝学の教科書に掲載されています。このような事例が増えることが、希少疾患を抱えるすべての患者さんと家族への希望だと、私はいつも思っています。

3. 主な症状と発症時期

TNDM2の症状は、胎児期からのインスリン不足による成長障害と、生後すぐからの重篤な高血糖の2つから構成されます。発症は生後3日〜74日の間に確認されるケースが大半を占め、医学的緊急事態としての迅速な対応が求められます。

🔵 主な代謝症状

  • 顕著な高血糖(持続的に高い血糖値)
  • 多尿(浸透圧利尿による)
  • 多飲(異常なほどの水分要求)
  • 重篤な脱水症状
  • 糖尿病性ケトアシドーシス(DKA)のリスク

🔴 成長に関する症状

  • 軽度〜中等度の低出生体重
  • 子宮内発育遅延(TNDM1より軽度)
  • 体重増加不良

🟣 神経学的症状(一部の患者)

  • ジストニア(不随意な筋緊張異常)
  • 視覚的統合障害
  • 空間的認識障害
  • 軽症型DENDスペクトラム

💡 用語解説:糖尿病性ケトアシドーシス(DKA)

インスリンが全く分泌されないと、細胞はエネルギーを得るために脂肪を過剰に分解し、「ケトン体」という酸性の物質が大量に産生されます。これが血液を酸性に傾け(アシドーシス)、意識障害・呼吸困難・嘔吐などを引き起こす緊急状態が糖尿病性ケトアシドーシス(DKA)です。6q24インプリンティング異常によるTNDM1ではDKAはまれとされますが、TNDM2(ABCC8変異)では生命を脅かす重度のDKAを伴って救急搬送されるケースも報告されています。ケトアシドーシスの存在はTNDM2/3またはPNDMを強く疑う根拠となります。

4. 鑑別診断:TNDM1・PNDMとどう見分けるか

新生児期に高血糖が見つかった際、臨床医が最初に直面する問いは「これはTNDM1か、TNDM2か、TNDM3か、それともPNDMか」という鑑別です。正確な診断が治療方針を左右するため、以下の臨床的特徴を見極めることが重要です。

特徴 TNDM1(6q24) TNDM2(ABCC8) PNDM
出生体重 著しく低い(SGA) 正常〜軽度低下 様々
巨舌症・臍ヘルニア 約50%に巨舌症 極めて稀 原因次第
DKAのリスク 低い あり あり
寛解 あり あり なし(永続)
SU薬への移行 困難〜不可 約90〜95%が可能 ABCC8変異なら可能

特に重要な臨床的ポイントとして、出生体重が正常範囲で、巨舌症・臍ヘルニアなどの先天性奇形を伴わずに生後1ヶ月前後で高血糖と脱水を発症した新生児に出会った場合、臨床医はTNDM2(またはTNDM3)を最優先で疑うべきです。膵島自己抗体(GAD抗体・IA-2抗体など)が陰性で、血中インスリンおよびC-ペプチドが血糖値に反して著しく低い場合、単一遺伝子性NDMの強い根拠となります。

5. 診断・遺伝子検査のプロセス

TNDM2の確定診断には、臨床所見による疑いの段階と、分子遺伝学的な確定診断の2段階があります。現在の世界標準では、NDMが疑われるすべての患者において可能な限り早期に遺伝子検査を実施することが推奨されています。診断の確定が、治療方針(インスリンからSU薬への移行)を決定づけるためです。

段階的な診断アプローチ

1

重度IUGRや巨舌症を伴う場合(生後3週間未満)

→ 染色体6q24領域のインプリンティング異常を検出するメチル化特異的MLPA法(MS-MLPA)を最優先で実施(TNDM1の除外)

2

出生体重が正常で奇形を伴わない場合(または生後3週間以降の発症)

→ 次世代シーケンシング(NGS)を用いた遺伝子パネル検査でABCC8およびKCNJ11変異解析を最優先で実施

💡 用語解説:次世代シーケンシング(NGS)とは

「次世代シーケンシング(NGS: Next Generation Sequencing)」とは、DNAの塩基配列を大量かつ高速に読み取る技術の総称です。従来のサンガー法では1〜2個の遺伝子しか解析できませんでしたが、NGSを用いた遺伝子パネル検査では複数の遺伝子を同時に解析できます。新生児糖尿病の原因遺伝子(ABCC8・KCNJ11・INS・GCKなど)を網羅的に調べることができ、迅速かつ正確な確定診断に貢献します。

💡 用語解説:持続血糖測定(CGM)の役割

CGM(Continuous Glucose Monitoring:持続血糖測定)は、皮下の間質液中のグルコース濃度を5分ごとなど高頻度で連続測定する機器です。新生児の頻回採血による苦痛を避けながら、血糖の変動をリアルタイムで把握できます。TNDM2の急性期管理においてはインスリン量の精密な調整に、また寛解期の判定(インスリン中止後に正常血糖が維持されていることの客観的確認)にも活用されます。低血糖アラームの設定により、重症低血糖を未然に防ぐことも可能です。

ミネルバクリニックでは、MODY・新生児糖尿病に関連する遺伝子を網羅した検査を提供しています。MODY・新生児糖尿病遺伝子検査および高インスリン血症遺伝子検査の詳細もご確認ください。

6. 治療:インスリンからスルホニル尿素薬(SU薬)へのパラダイムシフト

TNDM2の治療において最も重要な知識は、ABCC8変異が確定した場合、経口スルホニル尿素薬(SU薬)への切り替えによってインスリン注射を中止できる可能性が非常に高いという事実です。大規模な国際的追跡調査により、ABCC8変異を有する患者の約90〜95%がこの移行に成功し、インスリン注射を完全に中止できることが証明されています。

💡 用語解説:スルホニル尿素薬(SU薬)とは

スルホニル尿素薬(SU薬)はグリベンクラミド(グリブリド)・グリクラジド・トルブタミドなどを含む、経口で服用できる糖尿病薬のグループです。SU薬はSUR1タンパク質に直接結合し、ATPの有無に関わらずKATPチャネルを強制的に閉鎖させます。これにより、変異によって「開きっぱなし」になっていたチャネルが物理的に閉じられ、ベータ細胞の正常なインスリン分泌カスケードが再起動します。外からホルモンを補充するインスリン注射とは異なり、SU薬は患者自身の膵臓が持つインスリン分泌能力を「回復・復元」させるという革新的な作用を持ちます。

SU薬移行の臨床データ:症例ごとの多様性

以下の表は、ABCC8変異を有するTNDM2患者の発症から寛解に至るまでの実際の臨床経過を示しています。寛解に至るまでの期間は患者によって大きく異なることがわかります。

症例 発症(生後日齢) 治療の経過 寛解まで
Case 1 36日 インスリン→SU薬移行 24ヶ月
Case 2 50日 インスリン→SU薬移行 6ヶ月
Case 3 35日 インスリン→SU薬移行 14ヶ月
Case 4 270日 インスリン単独 48ヶ月
Case 8 60日 インスリン単独 4ヶ月
Case 9 105日 インスリン単独(8歳で再発) 3.5ヶ月
Case 10 35日 インスリン→SU薬移行 22ヶ月
Case 11 74日 インスリン→SU薬移行 1ヶ月

出典:Transient diabetes mellitus with ABCC8 variant successfully treated with sulfonylurea (PMC11346097) をもとに作成

SU薬による治療はインスリン注射と比較して、重症低血糖リスクの軽減・HbA1cの有意な低下・長期的な血糖コントロールの安定化をもたらすことが長期フォローアップデータで示されています。また、KATPチャネルは脳にも存在するため、血液脳関門を通過できるSU薬は脳内のチャネル異常も是正し、神経発達予後を改善する可能性も示唆されています。

7. 寛解・再発のダイナミクスと生涯フォローアップ

TNDM2の患者は適切な治療のもとで血糖値が正常化し、外からのインスリン投与やSU薬の内服を一切必要としない「寛解(Remission)」状態に至ります。寛解の時期は患者ごとに大きく異なりますが、平均して生後8ヶ月前後で訪れ、大部分は生後18ヶ月までに治療が不要になります。

しかし、ここで最大の注意が必要です。「一過性」という名称は「完治」を意味しません。TNDM2では乳児期の寛解後、50%以上の確率で糖尿病が再発(Relapse)します。この再発の事実を見落とすことが、長年にわたる誤診と不適切治療という「悲劇」につながります。

📋 再発のトリガー

  • 思春期(平均15歳前後、2〜45歳の幅)
  • 重篤な感染症罹患時
  • 女性の妊娠期(妊娠糖尿病として発症)

⚠️ 再発時の誤診リスク

  • 1型糖尿病と誤診される
  • 若年発症2型糖尿病と誤診される
  • MODYと混同される
  • 乳児期の病歴が伝わらない

🚨 実際に報告された誤診例

生後7日でTNDM2を発症し、インスリンで寛解した女性が13歳で再発した際、過去の既往歴が伝わらず「インスリン依存型糖尿病」と誤診されました。その後25年間にわたって不十分な血糖コントロールのままインスリン強化療法を余儀なくされました。のちにABCC8変異が特定された後にSU薬へ切り替えたところ、速やかに正常血糖(Euglycemia)が達成され、内因性インスリン分泌能の改善まで認められています。

このような悲劇を防ぐために、寛解後も少なくとも年1回のHbA1c測定を含む長期的な内分泌学的フォローアップが絶対に不可欠です。また成人科医が若年で非定型的な糖尿病患者を診察した際には、「乳児期に一時的な高血糖があったか」という病歴聴取が、正確な診断への最重要な鍵となります。

仲田洋美院長

🩺 院長コラム【「一過性」という言葉の危険性】

TNDM2の患者さんご家族にとって、「寛解した」という事実は心から安堵できる瞬間です。しかし私が常に強調するのは、「一過性」という病名が与える誤解の怖さです。乳児期の寛解後、カルテや紹介状に「新生児期に一時的な高血糖があった」という記録が残っていなければ、10年後・20年後に再発したとき、最初の医師は全く別の疾患として診断してしまいます。

TNDM2と診断されたお子さんの記録は、医療機関だけでなく家族自身も手元に保管し、将来どの医師にかかっても伝えられるようにしておくことを、私は診察のたびに繰り返しお伝えしています。思春期の再発を「TNDM2の再発」として正しく認識できれば、SU薬への切り替えで劇的に改善できます。病歴の継承が命綱です。

8. 遺伝カウンセリング:家族全体を視野に入れた支援

TNDM2は常染色体優性遺伝の疾患です。患者(発端者)のABCC8変異を持つ子どもは、男女を問わず50%の確率で同じ変異を受け継ぎます。変異を受け継いだ場合、新生児期の糖尿病、あるいは後に成人発症型の糖尿病を発症する高いリスクを負います。

💡 用語解説:常染色体優性遺伝

「常染色体」は性染色体以外の染色体、「優性(顕性)」は2本のうち1本に変異があるだけで発症することを意味します。TNDM2は1つの変異コピーを持つだけで発病するリスクがある常染色体優性遺伝です。TNDM1(6q24関連)の遺伝リスクがインプリンティングの性別依存性によって複雑に変化するのとは異なり、TNDM2ではシンプルに子への50%の遺伝リスクが存在します。

親世代の「2型糖尿病」がABCC8変異の可能性

TNDM2において特に重要な現象が「表現型の多様性(Phenotypic variability)」と「不完全浸透性(Incomplete penetrance)」です。TNDM2の新生児が診断された際に両親の遺伝子スクリーニングを行うと、父親または母親が同じABCC8変異を保持しながら、新生児期の糖尿病を発症せず成人後に「2型糖尿病」や「妊娠糖尿病」として発症していたケースが多く報告されています。

つまり、ABCC8遺伝子の変異は新生児期の重篤な糖尿病から成人発症型の軽症な糖尿病まで、同じ変異でも全く異なる年齢・重症度で発症する広いスペクトラムを形成しています。小児科医は患児単独の診断にとどまらず、家族全体の糖尿病歴(特に若年発症の2型糖尿病や妊娠糖尿病の既往)を詳細に確認し、必要に応じて血縁者への遺伝子スクリーニングとカウンセリングを提供する責任があります。

9. よくある誤解

誤解①「一過性=完治した」

乳児期の寛解は完治ではありません。思春期・妊娠期に50%以上の確率で再発します。生涯にわたる定期的なHbA1c測定と内分泌フォローが不可欠です。

誤解②「インスリンしか治療法がない」

ABCC8変異が確定した場合、約90〜95%の患者が経口SU薬への移行に成功し、インスリン注射を中止できます。遺伝子診断なしには、この選択肢が存在すること自体知られません。

誤解③「思春期の糖尿病再発は普通の1型・2型だ」

TNDM2の再発は肥満を伴わず自己抗体も陰性なため、MODYや若年発症2型糖尿病と混同されます。「乳児期の高血糖の既往歴」という病歴聴取が鑑別の決め手となります。

誤解④「両親が健康なら遺伝ではない」

同じABCC8変異を持つ親が「成人の2型糖尿病」として発症しているケースが多く報告されています。表現型の多様性により、親が「健康」に見えても変異を保持している場合があります。

🏥 新生児糖尿病・遺伝子検査のご相談

TNDM2をはじめとする新生児糖尿病・単一遺伝子性糖尿病に関するご相談は、
臨床遺伝専門医が在籍するミネルバクリニックにお気軽にご相談ください。

よくある質問(FAQ)

Q1. TNDM2(一過性新生児糖尿病2型)はどれくらい稀な疾患ですか?

新生児糖尿病(NDM)全体では出生約95,000〜400,000人に1人という極めて稀な疾患です。TNDM2はそのうちの約13〜15%を占めるため、さらに稀なサブタイプとなります。国内でも年間の新規診断数はごく少数であり、臨床遺伝専門医や小児内分泌専門医への受診が推奨されます。

Q2. 寛解したら通院しなくていいですか?

いいえ、寛解後も生涯にわたるフォローアップが必要です。TNDM2では思春期・妊娠期などに50%以上の確率で糖尿病が再発します。再発を早期に発見するために、少なくとも年1回のHbA1c測定を含む内分泌学的フォローアップが絶対に不可欠です。「一過性」は「完治」を意味しません。

Q3. スルホニル尿素薬(SU薬)はいつから使えますか?新生児でも安全ですか?

SU薬への移行は通常、ABCC8変異の確定診断後、入院管理下で数週間かけて慎重に行います。新生児・乳児への投与は海外の専門センターでの経験が蓄積されており、グリベンクラミドなどが使用されています。移行期間中は食前・食後・就寝前・深夜の血糖を綿密にモニタリングし、低血糖が起きないよう用量を慎重に調整します。実施にあたっては必ず専門医のもとで行ってください。

Q4. TNDM2とTNDM1の違いを教えてください

TNDM1は染色体6q24のインプリンティング(遺伝子の働き方の特殊な制御)の異常が原因で、全TNDMの60〜70%を占めます。著しい低出生体重・巨舌症・臍ヘルニアなどの先天性奇形を伴うことが多いです。一方TNDM2は染色体11p15.1のABCC8遺伝子の直接的な変異が原因で、出生体重が正常に近く、上記のような先天性奇形を伴わないのが特徴です。また、TNDM2ではSU薬による劇的な治療改善が期待できる点も大きな違いです。

Q5. 次の子どもへの遺伝リスクはどのくらいですか?

TNDM2は常染色体優性遺伝のため、患者本人が次の子どもを持つ場合の遺伝確率は理論上50%です。ただし、両親に同じ変異がない(デノボ変異)場合、次子への再発リスクは非常に低いとされますが、生殖細胞モザイクの可能性は完全には否定できません。次子の計画に際しては、臨床遺伝専門医への相談と必要に応じた出生前診断(絨毛検査・羊水検査)の選択肢についての情報提供を受けることをお勧めします。

Q6. 思春期に再発した場合、再度SU薬で治療できますか?

はい、再発後もABCC8変異が原因であることが確認されていればSU薬への移行が可能です。実際に、乳児期のTNDM2後25年間インスリン治療を余儀なくされた患者がSU薬に切り替え後、速やかに正常血糖を達成し内因性インスリン分泌能の改善まで認められた例が報告されています。乳児期の診断記録と遺伝子変異の情報を継承しておくことが、成人期の適切な治療につながります。

Q7. 遺伝子検査はどこで受けられますか?

ミネルバクリニックでは、MODY・新生児糖尿病に関連するABCC8を含む遺伝子パネル検査を提供しています。臨床遺伝専門医による結果の解釈と遺伝カウンセリングを一体的に受けることができます。詳細はMODY・新生児糖尿病遺伝子検査ページをご確認ください。

Q8. 親が2型糖尿病と言われているのですが、ABCC8変異の可能性はありますか?

あります。ABCC8変異は新生児期の重篤な糖尿病から成人発症型の2型糖尿病様の表現型まで、同じ変異でも幅広い年齢・重症度で発症する「表現型の多様性」が特徴です。若年発症(40歳未満)・肥満を伴わない・インスリン治療への依存度が低いなど非定型的な2型糖尿病の場合、ABCC8変異を含む遺伝子検査で原因を調べることが推奨されます。SU薬が有効な可能性があります。

参考文献

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仲田洋美 医師(臨床遺伝専門医)

この記事の監修・執筆者:仲田 洋美

(臨床遺伝専門医/がん薬物療法専門医/総合内科専門医)

ミネルバクリニック院長。1995年に医師免許を取得後、 臨床遺伝学・内科学・腫瘍学を軸に診療を続けてきました。 のべ10万人以上のご家族の意思決定と向き合ってきた臨床遺伝専門医です。

出生前診断(NIPT・確定検査・遺伝カウンセリング)においては、 検査結果の数値そのものだけでなく、 「結果をどう受け止め、どう生きるか」までを医療の責任と捉え、 一貫した遺伝カウンセリングと医学的支援を行っています。

ハイティーンの時期にベルギーで過ごし、 日本人として異文化の中で生活した経験があります。 価値観や宗教観、医療への向き合い方が国や文化によって異なることを体感しました。 この経験は現在の診療においても、 「医学的に正しいこと」と「その人にとって受け止められること」の両立を考える姿勢の基盤となっています。

また、初めての妊娠・出産で一卵性双生児を妊娠し、 36週6日で一人を死産した経験があります。 その出来事は、妊娠・出産が女性の心身に与える影響の大きさ、 そして「トラウマ」となり得る体験の重みを深く考える契機となりました。 現在は、女性を妊娠・出産のトラウマから守る医療を使命の一つとし、 出生前診断や遺伝カウンセリングに取り組んでいます。

出生前診断は単なる検査ではなく、 家族の未来に関わる重要な意思決定です。 年齢や統計だけで判断するのではなく、 医学的根拠と心理的支援の両面から、 ご家族が後悔の少ない選択をできるよう伴走することを大切にしています。

日本人類遺伝学会認定 臨床遺伝専門医/日本内科学会認定 総合内科専門医/ 日本臨床腫瘍学会認定 がん薬物療法専門医。 2025年には APAC地域における出生前検査分野のリーダーとして国際的評価を受け、 複数の海外メディア・専門誌で特集掲載されました。

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