目次
シルバー・ラッセル症候群とは?
原因・症状・診断・治療を臨床遺伝専門医が解説
Q. シルバー・ラッセル症候群(SRS)とはどのような病気ですか?
A. 胎児期からの成長障害(SGA)と出生後の低身長を中心に、特徴的な顔貌や左右差などを伴う希少疾患です。
原因の多くは11p15(H19/IGF2)インプリンティング異常や母性UPD7で、「遺伝子の配列」ではなく「親由来に応じた発現制御(刷り込み)」の異常が本態です。
-
➤主要原因 → 11p15 ICR1低メチル化、母性UPD(7)
-
➤主な特徴 → 胎児発育不全、低身長、相対的巨頭、三角顔、摂食困難、左右差
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➤診断 → NH-CSS(臨床基準)+メチル化解析(第一選択)
-
➤治療の柱 → 低血糖対策、栄養管理、成長ホルモン療法、左右差への整形外科的対応
- ➤出生前診断 → NIPTはスクリーニング、確定は羊水検査+CMA
1. シルバー・ラッセル症候群とは|基本情報
【結論】 シルバー・ラッセル症候群(Silver-Russell syndrome:SRS)は、胎児期からの成長障害(SGA)と出生後の低身長を中心に、相対的巨頭、三角顔、摂食困難、左右差などを呈しうるゲノム刷り込み(インプリンティング)異常の疾患群です。
SRSは「同じ診断名でも症状の幅が広い」ことが特徴です。小柄でも元気に成長するお子さんがいる一方で、乳児期の低血糖や摂食困難により医療的支援が必要なケースもあります。重要なのは、できるだけ早い段階から“安全”と“成長”を支える管理を組み立てることです。
💡 用語解説:「ゲノム刷り込み(インプリンティング)」とは?
一部の遺伝子は、父由来か母由来かで発現(働き方)が変わります。発現のスイッチとして重要なのがDNAメチル化です。SRSでは、このメチル化パターンが崩れることで、成長を促す遺伝子の働きが弱まり、成長障害につながります。
SRSの概要(まとめ)
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 疾患名 | シルバー・ラッセル症候群(Silver-Russell syndrome:SRS) |
| 疾患の本態 | インプリンティング異常(エピジェネティック異常) |
| 主要原因 | 11p15 ICR1低メチル化、母性UPD(7)など |
| 主症状 | SGA、低身長、相対的巨頭、三角顔、摂食困難、左右差、低血糖 |
| 臨床診断 | NH-CSS(6項目中4項目以上) |
| 遺伝学的検査 | メチル化解析が第一選択(11p15/UPD検査) |
⚠️ 「同じ11p15でもBWSと逆方向」になりうる点
11p15は成長に関わるインプリンティング領域です。SRSでは多くの場合、IGF2(成長促進)側の働きが弱まる方向に偏ります。一方で、11p15の別のタイプの異常では、成長過剰(過成長)方向の表現型となることもあります。同じ領域でも異常の種類(メチル化・欠失・UPDなど)で臨床像は変わります。
2. 主な症状|“小さく生まれて、小さく育つ”だけではありません
【結論】 SRSの中心は胎児期からの成長障害ですが、乳幼児期の低血糖・摂食困難、左右差、思春期の進行、心理社会面など、生活に直結するポイントが複数あります。
典型的な身体所見
- •
SGA(在胎不当低体重):出生時から体重・身長が小さい
- •
相対的巨頭:体格に比べて頭囲が大きく見える
- •
三角形の顔・前額突出:乳幼児期に目立ちやすい
- •
左右差:四肢長や体の片側が小さい(半身が小さい)
- •
小指の内側湾曲(clinodactyly):診断のヒントになることがある
乳幼児期の重要課題:摂食困難と低血糖
🚨 低血糖は“早めの手当て”がカギ
SRSでは体重増加不良や摂食量の少なさにより、空腹時間が長いと低血糖になりやすいことがあります。低血糖は発達にも影響し得るため、「夜間も含めて血糖が落ちない設計」(食事回数、補食、場合によりデキストリン等)を小児科内分泌と連携して整えます。
💡 用語解説:「SGA」とは?
SGA(Small for Gestational Age)は、在胎週数に対して出生体重(または身長)が小さい状態です。SGAの多くは成長とともにキャッチアップしますが、SRSではキャッチアップが乏しいことがあります。
発達・学習面(個人差が大きい)
SRSは一般に重度の知的障害を必発とする疾患ではありませんが、乳幼児期に運動発達や言語発達の遅れが見られることがあります。原因サブタイプによって傾向が異なり、母性UPD(7)では言語・学習面の課題が相対的に多いと報告されています。
3. 原因と遺伝的背景|“メチル化異常”が中心

11p15.5には ICR1(H19/IGF2) と
ICR2(KCNQ1OT1/CDKN1C) という2つの刷り込み制御領域が存在します。
正常では父性アレルル側のICR1はメチル化され、IGF2(成長促進因子)が発現します。
シルバー・ラッセル症候群(SRS)では、父性ICR1の低メチル化によりIGF2発現が低下し、胎児期からの成長障害を引き起こします。
(出典:European Journal of Human Genetics, 2016)
【結論】 SRSの主要因は、11p15(ICR1)低メチル化と母性UPD(7)です。いずれも“遺伝子配列の変化”より“発現制御の偏り”が問題になります。
11p15(H19/IGF2)インプリンティング異常
- ①
ICR1低メチル化:父由来アレルルで本来あるべきメチル化が低下
- ②
IGF2発現低下:胎児の成長が抑制されやすくなる
- ③
H19過剰発現:成長制御ネットワークが“抑制側”に寄る
母性UPD(7)(upd(7)mat)
7番染色体が“両方とも母由来”になることで、インプリンティング遺伝子群の発現バランスが崩れ、成長抑制に関与すると考えられています。臨床的には、11p15型に比べて左右差や奇形が少ない一方、言語・学習面の課題が相対的に多い傾向が報告されています。
💡 用語解説:「UPD(単親性ダイソミー)」とは?
UPDは、ある染色体が父母の片方だけから2本受け継がれる状態です。インプリンティング遺伝子がある染色体では、UPDにより発現の偏りが起こりやすくなります。

本図は、受精後の体細胞分裂の過程で異常な染色体組換えや分離エラーが起こることで、
7番染色体が母由来のみとなる細胞集団(母性UPD7)
が生じる仕組みを示しています。
このような場合、全身の細胞が一様に母性UPD7となるのではなく、
組織ごとに割合の異なるモザイク状態
となることがあります。
そのため、血液検査では検出されず、口腔粘膜や皮膚など別組織で初めて確認されるケースもあります。
※ 本図は American Journal of Human Genetics 掲載論文の概念図をもとに解説しています。
4. 診断方法|臨床基準+メチル化解析(第一選択)
【結論】 SRSはまずNH-CSS(臨床スコア)で疑い、そのうえでメチル化解析を第一選択として原因サブタイプを同定します。CMAを第一選択として記載することは適切ではありません(インプリンティング疾患の検査アルゴリズム上)。
NH-CSS(Netchine-Harbison Clinical Scoring System)
NH-CSSは6項目の臨床所見のうち4項目以上(特に相対的巨頭と前額突出が重要)でSRSを強く疑う基準です。年長児や成人では幼少期の写真が参考になることがあります。
- ①
出生時SGA(体重または身長が-2SD以下)
- ②
出生後の成長不良(2歳時点で身長-2SD以下)
- ③
相対的巨頭(重要所見)
- ④
乳幼児期の前額突出(重要所見)
- ⑤
身体の左右非対称
- ⑥
摂食障害または低BMI
遺伝学的検査(推奨の順序)
| 段階 | 検査 | 位置づけ |
|---|---|---|
| 第一選択 | メチル化解析(11p15 ICR1/ICR2) | インプリンティング異常を直接評価する |
| 第一選択(併行) | UPD(7)検査(SNPアレイ等) | 母性UPD7の同定 |
| 原因精査(必要時) | CMA(欠失・重複の確認) | メチル化異常が確認された後の精査に位置づける |
| 第二段階(必要時) | 関連遺伝子パネル/配列解析(IGF2, CDKN1C, PLAG1, HMGA2 等) | 臨床像が強いのに第一選択が陰性の場合に検討 |
5. 治療と長期管理|成長ホルモン・栄養・左右差
【結論】 SRSは完治を目指す治療よりも、低血糖・栄養・成長・整形外科・発達支援を組み合わせて安全に成長する土台を作る疾患です。成長ホルモン(GH)療法は多面的な効果が期待され、早期導入が検討されます。
管理の柱
🍼 栄養と低血糖対策
- •
頻回少量、補食、夜間の空腹時間を短く
- •
低血糖時の家庭対応(ブドウ糖等)の指導
- •
胃食道逆流・摂食困難への介入
📏 成長ホルモン(GH)療法
- •
身長増加だけでなく体組成・食欲・低血糖リスクにも寄与
- •
開始が早いほど効果が大きい傾向
- •
内分泌専門医のもとで安全に管理
🦵 左右差・整形外科
- •
下肢長差の定期測定(歩行への影響を評価)
- •
必要に応じて骨端線手術・骨延長術など
- •
側弯症のフォロー
🧠 発達支援・心理
- •
必要に応じてPT/OT/STを早期導入
- •
就学・自己肯定感・社会適応を支える
- •
思春期の心理負担に配慮
🩺 院長コラム【“低血糖”は見逃さないで】
SRSの診療で、私が特に強調するのは乳幼児期の低血糖対策です。「小柄だから仕方ない」と見過ごされがちですが、低血糖は体調だけでなく発達にも影響し得ます。
大切なのは、“その子に合った食事設計”を早期から組むこと。短い間隔での授乳・補食、夜間の空腹時間を減らす工夫、体調不良時の対応を、家族が安心して実践できる形に落とし込みます。必要な時は小児内分泌とも連携し、医学的に安全なラインを一緒に作ります。
6. 遺伝カウンセリングの重要性|“決める場”ではなく“支える場”
【結論】 SRSは、原因がメチル化異常・UPDなど複数あり、結果の意味づけ・再発リスク・出生前の不確実性が絡みます。だからこそ、非指示的(中立)な遺伝カウンセリングが重要です。
遺伝カウンセリングで扱うポイント
- ①
原因サブタイプ:11p15型かUPD7型か、他の要因か
- ②
臨床像の幅:同じサブタイプでも個人差が大きい
- ③
再発リスク:多くは孤発だが、例外もあるため整理が必要
- ④
知る権利/知らない権利:出生前診断では特に尊重する
- ⑤
意思決定支援:医師は決定者ではなく支援者
🩺 院長コラム【“中立”は、冷たいことではありません】
出生前診断や遺伝学的検査の結果は、ご家族の人生に深く関わります。だから私は、特定の選択を誘導しません。
中立とは「距離を置く」ことではなく、不確実性を正直に伝え、どの選択でも医療として支えるという姿勢です。医師として30年以上、のべ10万人以上のご家族の意思決定と向き合ってきた経験をもとに、情報を整理し、気持ちを言語化し、次の一歩を一緒に考えます。
7. 出生前診断|NIPT・羊水検査・CMA(非誘導で)
【結論】 出生前診断は、知る権利にも知らないでいる権利にも関わります。SRSや関連する異常の検出は、医学的な問題であると同時に倫理的な問題でもあるため、中立・非指示的に情報提供し、ご家族の意思決定を支援します。
NIPTと確定検査の位置づけ
| 検査 | 位置づけ | ポイント |
|---|---|---|
| NIPT | スクリーニング | 陽性=確定ではない。結果の意味づけは遺伝カウンセリングで整理する |
| 羊水検査+CMA | ◎ 確定診断 | Gバンド法では検出できない微小欠失を確定診断可能。 ※学会指針では、原則として超音波での構造異常がある場合などが対象とされています。 |
| 絨毛検査+CMA | ◎ 確定診断 | 妊娠初期から検討されることがある(適応の整理が重要) |
当院ダイヤモンドプランの検査範囲(客観説明)
当院のNIPTは微小欠失を中心に設計されていますが、同じ領域でコピー数が増える「重複」も検出されることがあります。その場合、結果の意味づけは専門的な判断が必要となるため、遺伝カウンセリングで詳しくご説明します。
⚠️ 大切な前提:生命予後に直ちに重大な影響を与えない可能性がある所見の出生前検出は、国際的に議論があります。不完全浸透や表現型の幅が大きい領域では、出生前に予後を確定できません。検査の選択は、遺伝カウンセリングで情報を整理したうえで、ご家族が決めるものです。
微小欠失 12箇所(del=欠失)
- ➤1p36 欠失
- ➤2q33 欠失
- ➤4p16 欠失
- ➤5p15 欠失
- ➤8q23q24 欠失
- ➤9p 欠失
- ➤11q23q25 欠失
- ➤15q11.2-q13 欠失
- ➤17p11.2 欠失
- ➤18p 欠失
- ➤18q22q23 欠失
- ➤22q11.2 欠失
よくある質問(FAQ)
参考文献
- [1] Wakeling EL, et al. Diagnosis and management of Silver–Russell syndrome: first international consensus statement. Nat Rev Endocrinol. 2017. [Nature Reviews Endocrinology]
- [2] GeneReviews®: Silver-Russell Syndrome. [NCBI Bookshelf]
- [3] Eggermann T, et al. New developments in Silver–Russell syndrome and implications for clinical practice. [PMC]
- [4] Scientific Reports (2025): PEG10 loss of function causes Silver-Russell syndrome: a familial case with paternal deletion. [Nature]
- [5] Quality of life and mental health of adolescents and adults with Silver-Russell syndrome. [ScienceDirect]




