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悪性高熱症とは|原因遺伝子RYR1・CACNA1Sと症状・治療をやさしく解説

仲田洋美 医師

この記事の監修:仲田洋美(臨床遺伝専門医)

のべ10万人以上の意思決定に伴走。国際医療誌『Medical Care Review APAC』『Global Woman Leader』の2誌で表紙を飾り、「Top Prenatal Testing Service in APAC 2025」に選出されるなど、世界基準の遺伝医療を提供。

手術のための全身麻酔は、いまでは非常に安全な医療になっています。ところが、ごくまれに、特定の麻酔薬をきっかけに全身の筋肉が暴走し、体温が急激に上がって命に関わる状態に陥る人がいます。それが悪性高熱症(あくせいこうねつしょう/Malignant Hyperthermia:MH)です。かつては原因のわからない手術中の突然死として恐れられていましたが、いまでは原因となる遺伝子特効薬ダントロレンがわかり、早く気づいて適切に対応すれば救命できる病気に変わりました。この記事では、悪性高熱症とはどんな病気なのか、なぜ起こるのか、原因となる遺伝子は何か、そしてご本人やご家族が知っておきたい遺伝と検査のことを、臨床遺伝専門医の視点から解説します。

この記事でわかること

Q. 悪性高熱症とはどんな病気ですか?

A. 揮発性の吸入麻酔薬や、脱分極性の筋弛緩薬(スキサメトニウム)をきっかけに、骨格筋のカルシウム調節が壊れて、全身が異常な高代謝状態になる、遺伝性の体質による病気です。体温の急上昇・筋肉のこわばり・アシドーシスなどが起こり、無治療では命に関わりますが、特効薬ダントロレンの早期投与で救命できます[1][2]

  • 原因遺伝子:多くは RYR1遺伝子、次いで CACNA1S遺伝子。日本人ではCACNA1Sの関与が欧米より高い可能性が報告されています[5]
  • きっかけ:特定の吸入麻酔薬・スキサメトニウム。プロポフォールなどの静脈麻酔・局所麻酔は安全に使えます[1]
  • 早期のサイン:説明のつかない呼気CO2の上昇・頻脈・筋強直。高体温は遅れて出ることが多いです[1]
  • 治療:トリガー薬の即時中止と ダントロレン の早期投与が生命線です[1]
  • 遺伝形式:常染色体顕性(優性)遺伝。ご家族への検査(カスケードスクリーニング)が重要です[3]

1. 悪性高熱症とは ─ 麻酔をきっかけに筋肉が暴走する体質

悪性高熱症は、特定の麻酔薬に反応して骨格筋(体を動かす筋肉)が異常に活動し続け、全身が高代謝状態になる病気です。医学的には「薬をきっかけに、遺伝的な体質が表に出る」タイプの病気で、薬理遺伝学的疾患(pharmacogenetic disorder)の代表例として知られています[3]

きっかけになる薬は、大きく2種類あります。ひとつは手術で使う揮発性吸入麻酔薬(ハロタン、イソフルラン、セボフルラン、デスフルランなど)、もうひとつはスキサメトニウム(サクシニルコリン)という脱分極性の筋弛緩薬です[1]。これらの薬は体質を持たない人には問題なく使えますが、悪性高熱症になりやすい体質(悪性高熱症素因=MHS)を持つ人では、筋肉の中のカルシウム調節が制御を失い、危機的な状態を引き起こします。

💡 用語解説:悪性高熱症素因(MHS)

MHSは Malignant Hyperthermia Susceptibility の略で、「悪性高熱症を起こしやすい遺伝的な体質」のことです。この体質を持っていても、きっかけとなる薬に触れなければまったく症状は出ません。つまり、ふだんは何の自覚もなく、健康に過ごせる「かくれた体質」です。だからこそ、手術の前に見抜くのが難しいという特徴があります。

かつて悪性高熱症は、麻酔中の致死率が80%を超えるほど恐れられた病気でした。しかし、1970年代に特効薬ダントロレンが導入され、その後に発症の仕組みが分子レベルで解明されたことで、状況は大きく変わりました。現在では、早期認識とダントロレンを含む迅速な治療により、致死率は大きく低下しています[3]

どのくらいまれな病気かというと、発症する頻度は麻酔を受けた症例の数万人から数十万人に1人と報告されています。一方で、症状こそ出ていないけれど素因を持っている人は、それよりずっと多いと考えられています[3]。この「発症する人」と「体質を持つ人」の数の差は、MHSがふだんは症状の出ない「サイレントな体質」であることを物語っています。しかも、素因を持つ人でも初めての麻酔で必ず発症するとは限らず、何回か麻酔を受けたあとで初めて起こることもあるため、手術前のリスク評価はとても難しいのです[3]

2. なぜ起こるのか ─ 筋肉のカルシウム「水門」が壊れる

悪性高熱症を理解するカギは、筋肉が縮む仕組みにあります。筋肉は、神経からの電気信号を受け取ると、細胞の中にある「筋小胞体(きんしょうほうたい)」という貯蔵庫からカルシウムイオンを放出することで縮みます。この電気信号からカルシウム放出までの一連の流れを、興奮収縮連関(こうふんしゅうしゅくれんかん)と呼びます[2]

💡 用語解説:カルシウムの「水門」と「センサー」

筋肉の中には、カルシウムを出し入れする2つの重要な部品があります。ひとつは筋小胞体にある巨大な放出チャネル「1型リアノジン受容体(RyR1)」で、カルシウムを一気に流し出す“水門”の役割をします。もうひとつは細胞膜側にある「ジヒドロピリジン受容体(DHPR)」で、電気信号を感じ取る“センサー”です。センサーが信号を受けると水門が開き、カルシウムがどっと放出されて筋肉が縮みます[3]

悪性高熱症の体質を持つ人では、この“水門”であるRyR1に生まれつきの変化があります。ふだんは問題ないのですが、きっかけとなる麻酔薬に触れると、水門が異常に開きっぱなしになってしまうのです[3]。病的バリアントを持つRyR1ではチャネルの開閉制御が不安定になり、トリガー薬への曝露を契機として筋小胞体からのカルシウム放出が過剰になります。その結果、細胞質カルシウム濃度が異常に上昇し、筋強直と高代謝状態が引き起こされます[2]

つまり悪性高熱症は、筋肉のカルシウム調節を担うチャネル(水門)の異常によって起こる病気で、この意味で チャネロパチー(イオンチャネル病)の一種とも位置づけられます。

悪性高熱症で、正常な骨格筋ではCaV1.1(CACNA1S)とRyR1(RYR1)が連携してCa²⁺放出を調節する一方、悪性高熱症素因ではトリガー薬によりCa²⁺が過剰放出され、持続的筋収縮・高代謝・発熱に至る仕組みを比較した模式図

正常な骨格筋では、T管のCaV1.1(DHPR/CACNA1S)が脱分極を感知し、筋小胞体のRyR1(RYR1)を介したCa²⁺放出を調節することで筋収縮が起こります。悪性高熱症素因では、主にRYR1またはCACNA1Sの病的バリアントを背景として、揮発性吸入麻酔薬やスキサメトニウムなどのトリガー薬への曝露により筋小胞体からCa²⁺が過剰に放出され、持続的な筋収縮、高代謝、発熱などの悪性高熱症クリーゼにつながります。

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3. 体の中で起こる連鎖反応 ─ 高体温から多臓器への影響まで

水門が開きっぱなしになると、細胞の中のカルシウム濃度が異常に高くなり、筋肉が縮み続けます。このこわばりを維持するため、そしてあふれたカルシウムを回収しようとするポンプ(SERCA)がフル稼働するために、細胞のエネルギー源であるATPが猛烈な勢いで消費され、枯渇していきます[2]。エネルギーを作ろうと代謝が極限まで高まる結果、大量の二酸化炭素・乳酸、そして熱が生み出されます。

この一連の暴走が、悪性高熱症の典型的なサインを生み出します。具体的には、呼気に含まれる二酸化炭素(呼気終末二酸化炭素分圧・ETCO2)の急上昇、代謝性・呼吸性のアシドーシス(体が酸性に傾く状態)、頻脈、そして命に関わる高体温です[1]

さらにATPが枯渇すると、細胞のナトリウム・カリウムのポンプも止まり、筋肉の細胞膜が壊れていきます。これが横紋筋融解(おうもんきんゆうかい)と呼ばれる状態で、細胞の中にあったカリウム、クレアチンキナーゼ(CK)、ミオグロビンが血液中に大量に漏れ出します[2]。この漏れ出しが、重い高カリウム血症による不整脈や、ミオグロビンによる急性腎障害を引き起こす直接の原因になります[1]

麻酔薬のトリガー吸入麻酔薬・スキサメトニウム
RyR1が開放カルシウム放出が止まらない
高代謝・筋強直ATP枯渇・発熱・アシドーシス
横紋筋融解高K血症・腎障害へ
仲田洋美 医師

院長コラム:ひとつの遺伝子の変化が、全身に波及するということ

悪性高熱症は、たったひとつのチャネルの調節異常が、筋肉の暴走から発熱、腎臓や心臓への負担まで、全身にドミノ倒しのように広がっていく病気です。遺伝医学では、同じ遺伝子であってもバリアントの位置や機能への影響によって、現れる症状や臨床上の意味が異なることがあります。悪性高熱症でも、RYR1などのバリアントを適切に評価し、麻酔歴や家族歴と合わせて解釈することが、将来の麻酔管理に役立ちます。

4. 原因となる遺伝子 ─ RYR1とCACNA1S、そして日本人の特徴

悪性高熱症は、多くの場合常染色体顕性(優性)遺伝という形で受け継がれます。ただし、原因となる遺伝子の変化のパターンは非常に多彩で、変化を持っていても必ず発症するとは限らない(浸透率が完全ではない)という特徴があります[4]

最も多い原因遺伝子:RYR1

遺伝学的に原因が確定した悪性高熱症のうち、大部分を占めるのがRYR1遺伝子の病的な変化です[3]。RYR1は、先ほど説明した“水門”である1型リアノジン受容体の設計図です。この遺伝子は106個のエクソンからなり、5,000個以上のアミノ酸でできたヒトの体でも最大級の巨大なタンパク質をコードしています[3]

これまでに1,000を超える変化(バリアント)が報告されていますが、欧州悪性高熱症グループ(EMHG)が「診断に使える病的変異」として厳格に認めているのは、そのうち限られた数にとどまります[6]。歴史的には、RYR1の悪性高熱症関連バリアントは主に3つの「ホットスポット」(変化が比較的集中する領域)で多く報告されてきました。具体的にはN末端領域、中央領域、C末端のチャネル領域です。ただし、現在では病的バリアントがこれら以外にも広く分布することが知られており、ホットスポットだけの解析では不十分です[7]

💡 用語解説:ミスセンス変異とバリアント

ミスセンス変異とは、遺伝子の設計図のうち1文字が変わり、タンパク質を作るアミノ酸が別のものに置き換わってしまう変化のことです。悪性高熱症の原因の多くはこのタイプです。「バリアント(変異)」は、遺伝子の並びが多くの人と異なっている状態の総称で、病気につながるものもあれば、体質の個性にとどまるものもあります。

2番目の原因遺伝子:CACNA1Sと日本人の特徴

RYR1に次いで重要な原因遺伝子が、“センサー”であるDHPRの部品を作る CACNA1S遺伝子です[3]。北米やヨーロッパの研究では、CACNA1Sによる悪性高熱症は全体の約1%とされてきました[3]

ところが、日本人を対象とした最新の遺伝子パネル解析では、注目すべき違いが示されています。悪性高熱症が疑われる、または確定した247家系338人の日本人を対象に24種類のカルシウム関連遺伝子を調べた研究では、カルシウム誘発性カルシウム放出(CICR)試験が陽性だったグループのうち、RYR1の変化が42.0%、CACNA1Sの変化が5.3%に見つかりました。さらに臨床的な重症度が高かったグループ(CGSスコア上位)では、RYR1が56.0%、CACNA1Sが12.0%と、いずれも高い割合を示しました[5]

これは欧米の報告と比べてCACNA1Sの関与が高く、アジア系の集団では、CACNA1Sが悪性高熱症のより重要な原因になっている可能性を示しています[5]。この研究では、STAC3、CASQ1、ATP2A1、ASPH、HRC、TRPV1など、ほかの候補遺伝子にもバリアントが検出されました。ただし、これらはRYR1・CACNA1Sと同じ水準で悪性高熱症の原因遺伝子として確立されたわけではなく、機能解析などによる検証が必要です[5]。日本人のための遺伝子検査を考えるうえで、CACNA1Sを含めた幅広い解析が重要になる、ということです。

📊 悪性高熱症の主な原因遺伝子(日本人パネル研究より)

遺伝子 役割 CICR陽性群での検出率 重症群での検出率
RYR1 カルシウム放出チャネル(水門) 42.0% 56.0%
CACNA1S 電位センサー(DHPRの部品) 5.3% 12.0%

247家系338人の日本人MHSコホートを対象とした遺伝子パネル解析の結果。重症群はCGSスコア上位(Ranks 5〜6)を指します[5]

5. 症状と合併症 ─ 見逃してはいけない早期のサイン

悪性高熱症の急性発作で最も早く現れ、かつ重要なサインは、換気を増やしても下がらない呼気CO2(ETCO2)の急上昇原因不明の頻脈です[1]。また、スキサメトニウムを投与した直後に見られる咬筋強直(こうきんきょうちょく)——あごの筋肉が硬直して口が開きにくくなる現象——も、発症を警戒すべき前触れとして知られています[1]

⚠️ 高体温は「遅れて」出ることが多い

「悪性高熱症」という名前から、真っ先に高熱が出ると思われがちですが、実際には体温の上昇は遅れて現れることが多いという点に注意が必要です。15分間に0.5℃以上のペースで急上昇し、最終的に40℃を超えることもありますが、高体温が出るのを待ってから診断していては手遅れになりかねません。呼気CO2の上昇や頻脈など、より早いサインで気づくことが大切です[1]

無治療のまま進行すると、筋肉の破壊にともなって重い合併症が連鎖的に起こります。代表的なものが、横紋筋融解による細胞のむくみが筋肉の区画内の圧を高め、血流を止めてしまうコンパートメント症候群です。組織が壊死する前に緊急の処置が必要になることがあります[13]。さらに、極度の高体温と広い範囲の組織損傷は、血液を固める仕組みを異常に活性化させて播種性血管内凝固症候群(DIC)を招くことがあり、筋肉から漏れ出たミオグロビンが腎臓の尿細管を詰まらせて急性腎障害を起こすこともあります。コーラのような色の尿(ミオグロビン尿)は、その重要なサインです[1]

関連する筋肉の病気(ミオパチー)

悪性高熱症の素因は、いくつかの先天性ミオパチー(生まれつきの筋肉の病気)と、同じ遺伝子(特にRYR1)を共有する強いつながりがあります[2]。そのため、手術前の評価ではこうした筋肉の病気の有無を確認することがとても重要です。

📋 悪性高熱症と関連する主な筋疾患

疾患名 主な特徴 MHSとの関連
セントラルコア病(CCD) 乳幼児期からの筋緊張低下、近位筋の筋力低下。筋生検で酸化酵素活性のない「コア」が見られる RYR1変異が原因で、MHSと非常に強く関連
キング・デンボロー症候群(KDS) 先天性ミオパチーに加え、特徴的な顔つきや骨格の異常(低身長・側弯症など)を伴う RYR1変異に起因し、MHSへの強い感受性を伴う
マルチミニコア病(MmD) 境界が不明瞭な小さなコアが多数。重い側弯症を起こすことがある 主にRYR1変異に関連し、MHSとの関連が報告

これらの筋疾患があるとわかっている場合は、手術・麻酔の際に悪性高熱症のリスクを念頭に置いた管理が必要になります[2]

💡 似ているけれど別の病気:悪性症候群(NMS)

「悪性症候群(神経遮断薬悪性症候群・NMS)」は、抗精神病薬などによって高熱や筋強直が起こる病気で、症状は悪性高熱症とよく似ています。しかし、その仕組みは脳内のドーパミンの働きが低下することによるもので、RYR1の変化とは関係がありません。名前も症状も似ていますが、別の病気であり、悪性高熱症の素因があるわけではありません[2]

6. 麻酔なしで起こる「Awake MH」 ─ 運動や高熱がきっかけになることも

RYR1関連素因を持つ一部の人では、麻酔薬への曝露がない場面でも、激しい運動や環境高温を契機として労作性横紋筋融解症や労作性熱中症(熱射病)などのMH様イベントを起こすことがあります。文献では「Awake MH(覚醒下悪性高熱症)」と表現されることもありますが、麻酔薬で誘発される典型的な悪性高熱症と完全に同一の病態として確立しているわけではありません[14]

この現象は、スポーツ医学や救急・軍事医療の分野で重要な課題として認識されるようになりました。運動時の重症熱中症や横紋筋融解の一部でRYR1バリアントが見つかることがあり、悪性高熱症素因との病態的な重なりが検討されています[14]

こうした体質を持つ人へのダントロレンの予防的な投与は、副作用の懸念もあり、有効性が確立していません。そのため予防としては、発熱しているときの運動を控える、インフルエンザなどの感染症を予防する、そして医療機関に悪性高熱症の既往を伝えられるようにしておく(医療用の識別ブレスレットを身につけるなど)といった対策が推奨されています[14]

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7. 診断の方法 ─ 筋肉の検査と遺伝子検査

悪性高熱症の素因を、ふだんの血液検査(CK値だけなど)で手術前に見抜くのは困難です。そのため、発作を疑う例や家族歴がある場合には、いくつかの専門的な方法でリスクを評価し、確定診断を行います[1]

臨床的グレーディングスケール(CGS)

CGS(Clinical Grading Scale)は、発作中に見られる異常なサインや検査所見をもとに、悪性高熱症である可能性を点数化する国際的なスコアリングシステムです。筋強直、筋破壊、呼吸性・代謝性のアシドーシス、高体温、頻脈、治療への反応、家族歴などの項目を評価します。ただし、実際の危機の場面では、点数の計算よりもダントロレン投与による治療がつねに優先されます[1]

筋収縮試験(IVCT/CHCT)─ 確定診断の標準

悪性高熱症の確定診断で世界的な標準とされているのが、太ももの筋肉から採取した新鮮な筋肉を使った筋収縮試験です。ヨーロッパではIVCT(In Vitro Contracture Test)、北米ではCHCT(Caffeine-Halothane Contracture Test)と呼ばれ、原理は共通しています[8]

この検査では、採取した筋肉にカフェインハロタンを段階的に作用させ、正常では起こらないはずの持続的な異常収縮(拘縮)が起こるかどうかを調べます。異常な収縮が一定の基準を超えて見られればMHS(素因あり)、見られなければMHN(素因なし)と判定されます[8]。筋肉を採取する必要がある検査ですが、いまでも確定診断のゴールドスタンダードとされています

遺伝子検査

次世代シーケンシング(NGS)による遺伝子パネル検査は、筋肉を採取する負担の大きい検査を避けるための選択肢として広がりつつあります[6]。RYR1またはCACNA1Sに、悪性高熱症との因果関係が確立した病的バリアントが見つかった場合は、悪性高熱症素因の分子遺伝学的診断を支持します。

⚠️ 遺伝子検査が「陰性」でも、素因を否定できない

ここは非常に大切な点です。既知の変化が見つからなかったからといって、悪性高熱症素因を完全に否定することはできません。原因となる変化はまだすべてが解明されているわけではないためです。そのため、遺伝子検査が陰性でも臨床的に強く疑われる場合には、筋収縮試験(IVCT/CHCT)が引き続き必要になります[6]

8. 治療とダントロレン ─ 時間との勝負

悪性高熱症の危機管理は、まさに「時間との勝負」です。治療の柱は、きっかけとなった薬をただちに中止することと、特効薬ダントロレンをできるだけ早く投与することです[1]

発症が疑われた場合、次のことを同時並行で進めます。まず揮発性麻酔薬とスキサメトニウムの投与を直ちに止め、静脈麻酔(プロポフォールなど)に切り替えます。そして100%の純酸素で過換気を行い、たまった二酸化炭素を減らします[1]。麻酔器の内部に残った麻酔ガスを取り除くために、活性炭フィルターを回路に取り付ける方法も使われるようになっています[1]

💡 用語解説:ダントロレンとは

ダントロレンは、暴走したRyR1(水門)に直接はたらきかけて、あふれ出るカルシウムを抑え込む、悪性高熱症の唯一の特効薬です。細胞の中で作用する特別な筋弛緩薬で、1970年代に導入されて以来、悪性高熱症の致死率を劇的に下げました[9]。分子レベルでは、RyR1のN末端にあるDP1(590〜609番のアミノ酸)という領域に結合し、変化で不安定になったチャネルを閉じた状態に安定させることがわかっています[10]

心筋に多く存在するRyR2にも相同する配列がありますが、ダントロレンのRyR2への結合や作用はRyR1ほど単純ではなく、チャネルの構造状態や実験条件に依存すると考えられています。したがって、「RyR2には作用しない」「骨格筋だけに効く」と断定するのは適切ではありません[10]

投与量の国際的な違い(EMHG・MHAUSと日本)

ダントロレンの初期投与量は、各国の薬の承認状況によって少し異なります。欧州悪性高熱症グループ(EMHG)や米国の基準では、初期用量として2〜2.5 mg/kgを静脈内に投与し、症状が改善するまで繰り返して、最大10 mg/kgまで増やすことが推奨されています[2]

一方、日本麻酔科学会(JSA)の2025年ガイドラインでは、国内の添付文書に基づき、初期用量として1.0〜2.0 mg/kgを推奨しています。ただしガイドラインの中でも、国際標準が2.0〜2.5 mg/kgであることを明記したうえで、確定診断を待たずに「十分な量のダントロレンをためらわずに投与すること」の重要性が強調されています[1]

⚠️ 絶対に併用してはいけない薬がある

不整脈の治療に使われるカルシウムチャネル遮断薬(ベラパミルなど)は、ダントロレンとの併用で重い高カリウム血症や心血管虚脱が報告されているため、たとえ不整脈の治療が目的でも併用してはいけません[1]

製剤の進歩 ─ 調製時間の短縮

長らく治療の大きなボトルネックとなっていたのが、ダントロレンが水に溶けにくいという性質でした。従来の製剤は、1バイアルあたりの有効成分が少なく、大量の蒸留水で溶かす必要があったため、緊急時に何人もの手で調製する必要がありました[9]

2014年に米国で承認された新しい製剤(ナノ懸濁液の技術を用いたもの)は、1バイアルあたりの有効成分量が大幅に増え、少量の水ですばやく溶かせるようになりました。これにより、初期治療にかかる時間が大きく短縮され、致死的な合併症への進行を防ぐうえで大きな意味を持つようになっています[9]

危機を乗り越えたあとの管理

初期の安定化に成功しても、細胞内にたまったカルシウムの影響で、一部の患者では症状がぶり返す(再燃する)ことがあります。そのため、急性期治療後も少なくとも24時間は再燃を念頭に厳重に監視し、臨床状況に応じてダントロレンの維持投与を行うことが推奨されています[9]。あわせて、急性腎障害を防ぐために十分な尿量を保つ管理も行われます[1]

RYR1関連疾患で研究されている「Rycals(ライカル)」

ダントロレンは悪性高熱症の治療で確固たる地位を築いていますが、作用時間が長く、筋力の低下などの副作用が課題として残っています[11]。現在、RyR1やRyR2の異常なカルシウム漏出を抑えることを目的とした化合物「Rycals(ライカル)」の研究が進んでいます。

RyRには、チャネルの閉じた状態を安定させる「カルスタビン」というサブユニットが結合しています。ストレスや変化によってカルスタビンが外れると、カルシウムが異常に漏れ出します。Rycals(代表的なものにARM210など)は、RyRとカルスタビンの相互作用を安定化し、異常なカルシウム漏出を抑えることを目的に開発されています[11]。Rycalの一つであるARM210(S48168)は、RYR1関連ミオパチーの成人7人を対象とした第I相オープンラベル試験で安全性・忍容性が検討され、一部の筋力指標に改善傾向がみられましたが、少人数の探索的試験であり有効性は確立していません[11]。現時点でARM210は悪性高熱症の急性期治療薬として確立しておらず、RYR1関連ミオパチーなどを対象とする研究段階の薬剤です[11]

9. 家族への遺伝と検査 ─ 遺伝カウンセリングの役割

悪性高熱症は、多くの場合常染色体顕性(優性)遺伝という形で受け継がれます[3]。常染色体顕性遺伝では、ご本人がヘテロ接合性の原因バリアントを持つ場合、お子さんがそのバリアントを受け継ぐ確率は妊娠ごとに50%です。きょうだいのリスクは、親のどちらかが同じバリアントを持つかどうかなど、家系内の状況によって異なります。

ご本人に悪性高熱症の素因が見つかったとき、ご家族にとって大切になるのがカスケードスクリーニングという考え方です。これは、まず原因となる変化がわかった人を起点に、血縁のあるご家族へと順番に検査の輪を広げていく方法です。悪性高熱症の場合、ご家族が同じ素因を持っているかどうかを事前に知っておくことは、いざ手術や麻酔が必要になったときに、安全な麻酔法を選ぶための重要な備えになります。

💡 手術のときに知っておきたいこと

悪性高熱症の素因があるとわかっていても、手術ができなくなるわけではありません。きっかけとなる特定の吸入麻酔薬やスキサメトニウムを避け、プロポフォールなどの静脈麻酔や局所麻酔を用いることで、安全に麻酔を行うことができます[1]。だからこそ、あらかじめ素因を知っておくこと、そして麻酔を受ける際に医療者へ既往を伝えることが大切です。

当院では、遺伝子や染色体に関わる検査の前後で、臨床遺伝専門医が遺伝カウンセリングを行っています。話し合う内容は、検査で何が分かり何が分からないのか、見つかった変化がご本人やご家族にとってどういう意味を持つのか、どのような選択肢があるのか、といった点です。悪性高熱症のように「ふだんは無症状でも、特定の状況で重篤な反応を起こしうる体質」では、遺伝子検査で分かること・分からないことを整理し、家族歴や麻酔歴も含めてリスクを評価することが重要です。検査結果は、本人だけでなく血縁者の麻酔管理にも関わる可能性があるため、結果の解釈と家族への情報共有について遺伝カウンセリングで検討します。

10. よくある誤解

誤解①「一度、麻酔で問題なければ安全」

そうとは限りません。素因を持つ人でも、初めての麻酔で必ず発症するわけではなく、何回か問題なく麻酔を受けたあとで初めて発症することもあります。過去に大丈夫だったことは、安全の保証にはならないのです[3]

誤解②「まず高熱が出るはず」

高体温はむしろ遅れて現れることが多いサインです。最初に現れやすいのは、呼気CO2の急上昇や原因不明の頻脈です。高熱を待ってから対応していては手遅れになりかねません[1]

誤解③「素因があると手術できない」

そんなことはありません。きっかけとなる薬を避け、安全な麻酔薬を選べば手術は可能です。だからこそ、事前に素因を知り、医療者に伝えることが大切です[1]

誤解④「麻酔中だけの病気」

近年は、激しい運動や高熱などをきっかけに、麻酔なしで発症するAwake MHの存在も知られています。スポーツや軍事訓練中の突然死との関連も報告されています[14]

まとめ ─ 「かくれた体質」を知っておく意味

悪性高熱症は、RYR1やCACNA1Sといった遺伝子の変化によって、筋肉のカルシウム調節が壊れることで起こる、命に関わる体質です。ふだんはまったく症状がないため、手術の前に見抜くのは難しいという特徴があります。しかし、発症の仕組みが分子レベルで解明され、特効薬ダントロレンが確立し、遺伝子検査も進歩したことで、この病気は「原因不明の突然死」から「備えれば救命できる病気」へと大きく変わりました[3]

特に、日本人ではCACNA1Sの関与が欧米より高い可能性が示されたことは、日本人のための遺伝子検査を考えるうえで重要な知見です[5]。急性期の治療ではダントロレンの早期投与がなお生命線であり、次世代の治療薬Rycalsの開発も進んでいます[11]。ご本人やご家族に麻酔でのトラブルや、原因不明の運動時の異常があった場合は、麻酔歴や家族歴を整理し、必要に応じて臨床遺伝専門医や悪性高熱症の診断に対応する専門施設へ相談することが、適切なリスク評価につながります。

※この記事は情報提供を目的としたものです。診断や治療、麻酔・薬剤に関する最終的な判断は、必ず担当の医療者にご相談ください。

よくある質問(FAQ)

Q1. 悪性高熱症とは何ですか?

揮発性の吸入麻酔薬や、脱分極性の筋弛緩薬(スキサメトニウム)をきっかけに、骨格筋のカルシウム調節が壊れて全身が異常な高代謝状態になる、遺伝性の体質による病気です。体温の急上昇、筋肉のこわばり、アシドーシスなどが起こり、無治療では命に関わりますが、特効薬ダントロレンの早期投与によって救命できるようになっています。

Q2. 原因となる遺伝子は何ですか?

最も多い原因はRYR1遺伝子で、遺伝学的に原因が確定した例の大部分を占めます。次いでCACNA1S遺伝子が関わります。日本人を対象とした研究では、CACNA1Sの関与が欧米の報告より高い可能性が示されており、STAC3などほかの候補遺伝子も報告されています。

Q3. 悪性高熱症の素因があると、手術は受けられませんか?

受けられます。きっかけとなる特定の吸入麻酔薬やスキサメトニウムを避け、プロポフォールなどの静脈麻酔や局所麻酔を用いることで、安全に麻酔を行うことができます。大切なのは、あらかじめ素因を知っておくことと、麻酔を受ける際に医療者へ既往を伝えることです。

Q4. 家族に悪性高熱症の人がいたら、自分も検査を受けたほうがよいですか?

悪性高熱症は多くの場合、常染色体顕性(優性)遺伝という形で受け継がれるため、第一度近親者(親・子・きょうだい)が同じ素因を持っている可能性があります。原因となる変化がわかっている場合は、ご家族への検査(カスケードスクリーニング)を検討する意義があります。まずは遺伝の専門家に相談し、検査を受けるかどうかを含めて話し合うことをおすすめします。

Q5. 麻酔を使わなくても発症することがあるのですか?

あります。近年、激しい運動や極度の暑さ、感染による高熱などをきっかけに、麻酔薬がない場面でも悪性高熱症とよく似た危機的状態(Awake MH)が起こりうることがわかってきました。運動時の重症熱中症や横紋筋融解の一部ではRYR1バリアントが報告されており、悪性高熱症素因との病態的な重なりが検討されています。既往がある場合は専門医への相談が必要です。

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悪性高熱症の原因遺伝子や遺伝の可能性、遺伝子検査の結果の意味について
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参考文献

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仲田洋美 医師(臨床遺伝専門医)

この記事の監修・執筆者:仲田 洋美

(臨床遺伝専門医/がん薬物療法専門医/総合内科専門医)

ミネルバクリニック院長。1995年に医師免許を取得後、 臨床遺伝学・内科学・腫瘍学を軸に診療を続けてきました。 のべ10万人以上のご家族の意思決定と向き合ってきた臨床遺伝専門医です。

出生前診断(NIPT・確定検査・遺伝カウンセリング)においては、 検査結果の数値そのものだけでなく、 「結果をどう受け止め、どう生きるか」までを医療の責任と捉え、 一貫した遺伝カウンセリングと医学的支援を行っています。

ハイティーンの時期にベルギーで過ごし、 日本人として異文化の中で生活した経験があります。 価値観や宗教観、医療への向き合い方が国や文化によって異なることを体感しました。 この経験は現在の診療においても、 「医学的に正しいこと」と「その人にとって受け止められること」の両立を考える姿勢の基盤となっています。

また、初めての妊娠・出産で一卵性双生児を妊娠し、 36週6日で一人を死産した経験があります。 その出来事は、妊娠・出産が女性の心身に与える影響の大きさ、 そして「トラウマ」となり得る体験の重みを深く考える契機となりました。 現在は、女性を妊娠・出産のトラウマから守る医療を使命の一つとし、 出生前診断や遺伝カウンセリングに取り組んでいます。

出生前診断は単なる検査ではなく、 家族の未来に関わる重要な意思決定です。 年齢や統計だけで判断するのではなく、 医学的根拠と心理的支援の両面から、 ご家族が後悔の少ない選択をできるよう伴走することを大切にしています。

日本人類遺伝学会認定 臨床遺伝専門医/日本内科学会認定 総合内科専門医/ 日本臨床腫瘍学会認定 がん薬物療法専門医。 2025年には APAC地域における出生前検査分野のリーダーとして国際的評価を受け、 複数の海外メディア・専門誌で特集掲載されました。

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