疾患概要
LEOPARD症候群3型 613707 AD 3
LEOPARD症候群3型(LPRD3)は、染色体7q34に位置するBRAF遺伝子のヘテロ接合性変異によって引き起こされる希少な遺伝性疾患です。BRAFは、セリン/スレオニンキナーゼをコードしており、RAS/MAPK シグナル伝達経路における重要な分子です。
LEOPARD症候群は、RAS-MAPK経路の異常により引き起こされる遺伝性発達障害群(RASopathy)の一つで、複数の関連症候群とともに神経心臓顔面皮膚症候群(NCFC)として分類されています。LEOPARDという名称は、この疾患の主要な症状の頭文字を組み合わせた略語で、多発性黒子(Lentigines)、心電図異常(Electrocardiographic abnormalities)、眼隔離症(Ocular hypertelorism)、肺動脈狭窄症(Pulmonic stenosis)、性器異常(Abnormal genitalia)、成長遅延(Retardation of growth)、感音性難聴(sensorineural Deafness)を意味します。
BRAF遺伝子は766アミノ酸からなる調節制御型シグナル伝達セリン/スレオニン特異的プロテインキナーゼをコードしており、3つの保存領域から構成されています:保存領域1(CR1)はRas-GTP結合自己調節ドメイン、保存領域2(CR2)はセリンリッチヒンジ領域、保存領域3(CR3)は触媒プロテインキナーゼドメインです。
BRAF遺伝子の生殖細胞系変異は、Noonan症候群、LEOPARD症候群、心顔面皮膚症候群などの発達障害を引き起こします。これらの症候群は、顔面形態異常、成長遅延、心疾患、骨格・外胚葉異常、さまざまな認知機能障害などの重複した特徴を示します。
LEOPARD症候群3型は、2009年にSarkozy et al.とKoudova et al.によって報告された患者でBRAF遺伝子変異が同定されたことにより確立された疾患概念です。この疾患は、従来知られていたPTPN11遺伝子やRAF1遺伝子変異によるLEOPARD症候群とは異なる分子基盤を持ちながら、類似した臨床表現型を示します。
BRAF遺伝子変異によるLEOPARD症候群は、心顔面皮膚症候群(CFC1)との表現型の重複が認められており、同一の変異が両方の症候群で報告されていることからも、これらの疾患間の連続性が示唆されています。この現象は、RAS/MAPK経路の異常が引き起こす疾患スペクトラムの複雑さを示しています。
現在までに報告された症例は極めて限られており、LEOPARD症候群全体の中でBRAF遺伝子変異が占める割合は約5%未満と推定されています。PTPN11、RAF1、BRAF遺伝子の変異により、LEOPARD症候群患者の約95%で分子遺伝学的診断が可能とされており、BRAF変異は最も稀な病型の一つです。
疾患の別名
OMIM ID: 613707
主要疾患名:
LEOPARD SYNDROME 3; LPRD3
別名・同義語:
- LEOPARD症候群3型
- 多発性黒子症候群3型
- Noonan症候群多発性黒子型(BRAF関連)
- 心皮膚症候群(BRAF関連)
- レンチギン症多発性症候群3型
この疾患は、LEOPARD症候群の遺伝的不均一性が明らかになったことにより、BRAF遺伝子変異による特定の病型として分類されています。従来の命名法では、LEOPARD症候群の亜型として扱われていましたが、現在は独立した疾患単位として認識されています。
遺伝的不均一性
LEOPARD症候群は遺伝的に不均一な疾患群で、複数の遺伝子変異により類似した表現型を示します:
- LEOPARD症候群1(LPRD1; 151100):染色体12q24.13に位置するPTPN11遺伝子(176876)の変異による
- LEOPARD症候群2(LPRD2; 611554):染色体3p25.2に位置するRAF1遺伝子(164760)の変異による
- LEOPARD症候群3(LPRD3; 613707):染色体7q34に位置するBRAF遺伝子(164757)の変異による
これらの3つの遺伝子変異により、LEOPARD症候群患者の約95%で分子遺伝学的診断が可能です。PTPN11変異が最も頻度が高く、全症例の約85%を占めています。RAF1変異は約10%、BRAF変異は約5%未満の頻度とされています。
PTPN11変異によるLEOPARD症候群では、変異は一般的に優性阻害効果を示し、活性化効果ではありません。これは、同じ遺伝子のNoonan症候群で見られる機能獲得型変異とは対照的です。
各遺伝子変異による表現型には微細な違いがあり、遺伝子型・表現型相関の解析が進められています。BRAF変異による症例では、しばしば心顔面皮膚症候群との鑑別が困難な場合があり、分子遺伝学的診断の重要性が高まっています。
臨床的特徴
LEOPARD症候群3型は、Sarkozy et al.(2009)により報告された症例では、成長不良、頭蓋顔面異常、短頸とwebbed neck、僧帽弁・大動脈弁形成異常、認知機能障害、新生児期の筋緊張低下、感音性難聴、痙攣などの症状を呈しました。
皮膚症状
皮膚には角化亢進、カフェ・オ・レ斑、多発性母斑、手掌・足底を含む全身に広がる濃色の黒子が認められます。これらの皮膚症状は、LEOPARD症候群の特徴的な所見であり、診断の重要な手がかりとなります。黒子は出生時にはまれで、古典的には小児期に発症し、思春期まで数が増加し、年齢とともに暗色化します。
顔面・頭部の特徴
Koudova et al.(2009)により報告されたチェコ人の17歳男児では、眼隔離症、鼻梁の陥凹、低位・後方回転耳介などの特徴的な顔面所見が認められました。また、巻き毛や軽度の一側性感音性難聴も観察されています。
心血管系異常
Fallot四徴症が出生直後に診断され、心伝導系異常も認められました。肥厚性心筋症は最も注意すべき心病変で、不整脈や突然死との関連があるため、定期的な心機能評価が必要です。構造的心異常を有する患者では、流出路閉塞と交感神経反応性を軽減するため、ベータ遮断薬やカルシウムチャネル遮断薬による治療が行われます。
成長・発達異常
成長遅延、思春期遅発、骨年齢遅延が認められることが多く、精神運動発達は正常な場合もあります。これは、しばしば認知機能障害を伴う心顔面皮膚症候群との重要な鑑別点となります。
その他の合併症
- 胸郭変形、思春期遅発、骨密度低下、骨盤の線維性嚢胞性病変
- 筋緊張低下は通常、理学療法・作業療法により改善します
- 泌尿生殖器異常(停留精巣など)
- 聴覚障害(感音性難聴)
認知機能
BRAF変異を持つ患者では、通常は認知機能障害を伴う心顔面皮膚症候群とは異なり、正常な知能を示すことがあります。これは、BRAF変異がタンパク質機能に与える影響が、質的または量的に心顔面皮膚症候群関連変異と異なることを示唆しています。
表現型の可変性
LEOPARD症候群の表現型は極めて多様で、軽度の顔面特徴と多発性黒子のみの成人から、重篤な肥厚性心筋症、精神遅滞、難聴、その他の欠陥を伴う患者まで幅広い範囲を示します。この可変性は、同一家族内でも観察されることがあり、遺伝カウンセリングにおいて重要な考慮事項となります。
分子遺伝学
LEOPARD症候群3型の分子遺伝学的基盤は、BRAF遺伝子の生殖細胞系変異にあります。BRAF遺伝子は、細胞外から細胞核への化学的シグナル伝達を助けるタンパク質の合成指令を提供し、RAS/MAPK経路として知られるシグナル伝達経路の一部です。
同定された変異
Sarkozy et al.(2009)は、LEOPARD症候群の臨床診断を受けた6例中1例(17%)でBRAF遺伝子のヘテロ接合性de novo変異(T241P; 164757.0024)を同定しました。同じ変異は、Schulz et al.(2008)により心顔面皮膚症候群1(CFC1)の患者2例で既に同定されており、これらの2疾患の重複的性質を示しています。
Koudova et al.(2009)は、17歳のチェコ人男児でBRAF遺伝子のde novo ヘテロ接合性ミスセンス変異(L245F; 164757.0027)を同定しました。この変異についての機能解析は実施されていませんが、臨床表現型から病原性変異と考えられています。
BRAF蛋白質の構造と機能
BRAF蛋白質は766アミノ酸の調節制御型シグナル伝達セリン/スレオニン特異的プロテインキナーゼで、Rafキナーゼファミリーに特徴的な3つの保存ドメインから構成されています:
- 保存領域1(CR1):RAS結合ドメイン(RBD)とシステインリッチドメイン(CRD)を含み、RASタンパク質との相互作用に必要
- 保存領域2(CR2):RAS結合とRAF活性化を阻害する抑制性リン酸化部位を含み、N末端近くのエクソン1-10内に位置
- 保存領域3(CR3):アミノ酸457-717からなるBRAFの酵素キナーゼドメインで、短いヒンジ領域で連結された二葉構造
変異の機能的影響
選択されたBRAF変異蛋白質は、キナーゼの可変的な機能獲得を促進しますが、がんに関連する反復性p.Val600Glu変異と比較すると活性化程度は低いとされています。これは、発達障害と腫瘍形成における異なる分子機序を示唆しています。
遺伝子型-表現型相関
生殖細胞系BRAF変異によるNoonan症候群、LEOPARD症候群、心顔面皮膚症候群の表現型には幅広い多様性があり、これらの分子病変に関連した臨床連続体の存在が示されています。変異は複数のタンパク質ドメインにマップされ、がん関連欠陥とは大部分が重複しません。
診断的意義
分子遺伝学的検査では、以下の順序での検査が推奨されています:(1)PTPN11遺伝子のエクソン7、12、13の配列解析;(2)変異が同定されない場合、RAF1遺伝子のエクソン6、13、16およびBRAF遺伝子のエクソン6、11-17の配列解析。BRAF変異の同定は、適切な遺伝カウンセリングと臨床管理のために重要です。
遺伝形式
LEOPARD症候群3型は常染色体優性遺伝形式を示します。Sarkozy et al.(2009)とKoudova et al.(2009)により同定されたBRAF遺伝子のヘテロ接合性変異は、すべてde novo(新規)変異でした。
常染色体優性遺伝疾患として、理論的には罹患者の子供が50%の確率で同じ変異を受け継ぐ可能性があります。しかし、現在までに報告された症例はすべて孤発例(散発例)であり、家族歴のない新規変異によって発症しています。
完全浸透性を示しますが、症候群の表現可変性があるため、ある世代では軽度の表現を示し、次の世代では重篤な影響を受ける可能性があります。
遺伝カウンセリング
患者が子供を持つことを決定した場合、妊娠中に胎児の心機能評価のためのモニタリングが実施されます。重篤な心奇形が発見された場合、両親は妊娠継続について十分なカウンセリングを受けます。
現在までの症例がすべてde novo変異であることから、両親の再発リスクは一般集団と同等と考えられます。しかし、患者本人が将来子供を持つ場合の遺伝リスクについては、50%の確率で変異が遺伝する可能性があるため、十分な遺伝カウンセリングが必要です。
診断基準
LEOPARD症候群3型の診断は、特徴的な臨床所見と分子遺伝学的検査の組み合わせによって行われます。
LEOPARD症候群の一般的診断基準
LEOPARDは以下の7つの症状の頭文字を取った略語です:
- L – Lentigines(多発性黒子):通常10,000個以上の赤褐色から暗褐色の表皮病変が皮膚の広範囲(時に80%以上)に出現
- E – Electrocardiographic abnormalities(心電図異常)
- O – Ocular hypertelorism(眼隔離症)
- P – Pulmonic stenosis(肺動脈狭窄症)
- A – Abnormal genitalia(性器異常)
- R – Retardation of growth(成長遅延)
- D – Deafness(感音性難聴)
診断基準
これらの所見すべてが診断に必要なわけではありません。黒子が存在する場合は、心電図異常と眼隔離症など他の2つの症状が観察される、または黒子がない場合は、上記の症状のうち3つが存在し、第一度血縁者(親、子、兄弟姉妹)に臨床診断がある場合に臨床診断と見なされます。
BRAF関連LEOPARD症候群3型の特徴
BRAF変異によるLEOPARD症候群では、以下の特徴が重要です:
- 正常な知能を示すことがある(心顔面皮膚症候群との鑑別点)
- 心顔面皮膚症候群との表現型重複
- 多くの場合、de novo変異による孤発例
分子遺伝学的診断
確定診断にはBRAF遺伝子の変異解析が必要です。PTPN11遺伝子変異が陰性の場合に、BRAF遺伝子のエクソン6、11-17の配列解析が推奨されています。
鑑別診断
主な鑑別疾患には以下があります:
- 他のLEOPARD症候群亜型(PTPN11、RAF1変異)
- 心顔面皮膚症候群
- Noonan症候群
- 神経線維腫症1型
- その他のRASopathy
Koudova et al.(2009)は、心顔面皮膚症候群1(CFC1)との表現型類似性を指摘しており、分子遺伝学的診断の重要性を強調しています。
治療と管理
LEOPARD症候群3型の治療は症状に対する対症療法が中心となり、多職種によるチーム医療が重要です。小児科医、外科医、皮膚科医、心臓専門医、整形外科医、内分泌専門医、聴覚専門医、言語病理学者などの医療専門家が、患者の治療を体系的かつ包括的に計画する必要があります。
心血管系の管理
心疾患を伴う場合は、心臓専門医の推奨に従って定期的な評価を実施する必要があります。その他の場合でも、年1回の完全な心機能評価を実施し、特に多発性黒子の出現時には注意深く観察します。
構造的心異常を有する患者では、流出路閉塞と交感神経反応性を軽減するため、ベータ遮断薬やカルシウムチャネル遮断薬による治療が行われます。生命に関わる心室性不整脈の場合は、抗不整脈治療が必要になることがあります。
閉塞性心筋症の治療では、ベータ遮断薬やカルシウムチャネル遮断薬が最も頻繁に使用されます。薬物療法に反応しない場合は、左室流出路閉塞の外科的治療や移植が適応となることがあります。
皮膚症状の管理
必要に応じて、個々の黒子はケミカルピーリング、凍結療法、レーザー治療、外科的切除により除去できます。一部の患者では、外用レチノイドとハイドロキノンクリームによる治療が有効です。
レーザーの使用は黒子の治療に効果的であることが示されています。トレチノインクリームとハイドロキノンクリームを組み合わせた非侵襲的薬剤により、数ヶ月間の使用後に黒子が薄くなることが示されています。
成長・内分泌管理
予想される思春期時期にホルモン治療が必要になる場合があります。実験室検査や追加検査で、性腺機能低下症に性腺刺激ホルモン分泌不全症が関与していることが示された場合、一部のケースで性ホルモン補充療法が検討されることがあります。
聴覚管理
聴覚は成人になるまで年1回評価する必要があります。聴覚障害を示すLEOPARD症候群患者では、補聴器が有用です。適切な補聴器の使用、その他の支援技術、言語療法により、言語問題の予防、改善、矯正が可能です。
外科的治療
LEOPARD症候群に関連する他の異常も外科的に矯正可能です。これには、特定の頭蓋顔面、骨格、性器、その他の奇形が含まれます。
停留精巣を有する男性患者では、ホルモン治療が投与される場合がありますが、この治療が成功しない場合は、停留精巣を陰嚢内に移動させ、後退を防ぐために固定位置に装着する手術(睾丸固定術)が実施されます。
リハビリテーション
筋緊張低下は通常、理学療法と作業療法により改善します。発達遅延がある場合は、早期介入プログラムや教育支援が必要になることがあります。
長期フォローアップ
心室肥大を除いて、LEOPARD症候群の成人は特別な医学的ケアを必要とせず、長期予後は良好です。LEOPARD症候群のすべての患者は、心伝導障害が徐々にしかし進行性に起こる傾向があるため、心エコー検査と心電図検査による定期的な心機能評価を受ける必要があります。
予後
予後は主に心病変の性質と重症度によって決定されます。実際、主要な懸念は肥厚性心筋症で、不整脈や突然死との関連があります。重篤な左室肥大は有害事象の良好な予測因子であることが判明しています。
父親の加齢と新規変異のリスク
LEOPARD症候群3型を含むRASopathyは、多くの場合de novo(新規)変異により発症します。現在までに報告されたBRAF変異によるLEOPARD症候群のすべての症例は、両親に変異がない新規変異でした。
近年の研究により、父親の加齢は精子形成過程での新規変異の発生リスクを増加させることが明らかになっています。特に、RAS/MAPK経路に関連する遺伝子の新規変異は、父親の年齢と正の相関を示すことが報告されています。
父親の年齢が35歳を超えると、de novo変異による遺伝性疾患のリスクが徐々に増加し、40歳以上では顕著な増加が認められます。これは、精子の減数分裂における DNA複製エラーが年齢とともに蓄積することに起因します。
出生前診断とNIPT
父親の加齢に伴う新規変異のリスクを考慮し、高齢妊娠における包括的な遺伝学的スクリーニングの重要性が高まっています。特に、従来の染色体異常だけでなく、単一遺伝子疾患の新規変異についても検討する必要があります。
最新の無侵襲的出生前検査(NIPT)技術の進歩により、従来の染色体異常に加えて、de novo変異による単一遺伝子疾患の検出も可能になってきています。これにより、父親の加齢に関連した遺伝リスクの評価と管理がより効果的に行えるようになることが期待されています。
参考文献
- Sarkozy A, Carta C, Moretti S, et al. Germline BRAF mutations in Noonan, LEOPARD, and cardiofaciocutaneous syndromes: molecular diversity and associated phenotypic spectrum. Hum Mutat. 2009;30(4):695-702. DOI: 10.1002/humu.20955
- Koudova M, Seemanova E, Zenker M. Novel BRAF mutation in a patient with LEOPARD syndrome and normal intelligence. Eur J Med Genet. 2009;52(5):337-340. DOI: 10.1016/j.ejmg.2009.03.010
- Schulz AL, Albrecht B, Arici C, et al. Mutation and phenotypic spectrum in patients with cardio-facio-cutaneous and Costello syndrome. Clin Genet. 2008;73(1):62-70. DOI: 10.1111/j.1399-0004.2007.00931.x
- Gelb BD, Tartaglia M. Noonan syndrome and related disorders: dysregulated RAS-mitogen activated protein kinase signal transduction. Hum Mol Genet. 2006;15 Spec No 2:R220-226. DOI: 10.1093/hmg/ddl197
- Zenker M. Clinical manifestations of mutations in RAS and related intracellular signal transduction factors. Curr Opin Pediatr. 2011;23(4):443-451. DOI: 10.1097/MOP.0b013e328348a251
- Online Mendelian Inheritance in Man (OMIM). LEOPARD SYNDROME 3; LPRD3. www.omim.org/entry/613707



