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グレイシル症候群 GRACILE syndrome

疾患概要

GRACILE syndrome  グレイシル症候群  603358 AR 3 

GRACILE症候群は、染色体2q35上のBCS1L遺伝子ホモ接合体変異によって引き起こされる常染色体劣性致死性疾患です。この症候群は胎児発育遅延、乳酸アシドーシス、アミノ酸尿症、胆汁うっ滞、および鉄代謝異常を特徴とし、患者は生後1日目に劇症型乳酸アシドーシスを発症します。集中治療を受けても多くの場合、生後数日以内に死亡します。フィンランド人と英国人の患者が報告されており、英国人患者では複合体III欠乏症と神経症状併発することがあります。

グラシール症候群は、BCS1L遺伝子の変異により引き起こされる重篤な疾患で、主にフィンランドで見られます。この症候群は、出生時に小柄であり、腎臓と肝臓の問題、体内の鉄濃度上昇を特徴とし、多くの場合、乳児は出生後数ヶ月で死亡します。

BCS1L遺伝子の特定の突然変異(Ser78GlyまたはS78G)は、セリンというアミノ酸が78番目の位置でグリシンと置き換わるもので、これによりBCS1Lタンパク質の形が変わり、異常なタンパク質は正常なものよりも早く分解されます。残存するタンパク質は複合体IIIの形成を助けますが、特に肝臓と腎臓でその量が著しく減少します。その結果、これらの臓器で複合体IIIの活性と酸化的リン酸化が低下し、罹患した臓器や組織の損傷がグラシール症候群の特徴を引き起こします。なぜこの変異が特に肝臓と腎臓に影響を与えるのか、また鉄の蓄積の原因については不明です。この疾患の原因となる遺伝子変異により、細胞内で利用可能なエネルギー量が減少し、細胞死につながると考えられています。

グラシール症候群は、出生前に発症する重篤な遺伝性疾患で、特有の臨床的特徴群を持ちます。

成長遅延: この症候群では子宮内発育遅延が見られ、罹患した新生児は平均より体重が小さく、成長や体重増加が期待される速度で進まない(failure to thrive)。

鉄過剰症: 出生前から始まると考えられる肝臓の鉄過剰が特徴的です。生後に改善することもありますが、通常は鉄レベルが高いままです。

乳酸アシドーシス: 生後1日以内に乳児は体内に乳酸が蓄積し、乳酸アシドーシスを発症します。

アミノ酸尿症: 腎臓の問題により、尿中にアミノ酸が過剰に排泄されます。

胆汁うっ滞: 胆汁の産生・分泌能力の低下により胆汁うっ滞が起こり、これは生後数ヶ月で不可逆的な肝疾患(肝硬変)に進行することがあります。

早期死亡: 深刻な健康問題のため、多くのグラシール症候群を持つ乳児は数ヶ月以上生存することができず、約半数は生後数日以内に死亡します。

グラシール症候群はその名が示す通り、成長遅延、アミノ酸尿症、胆汁うっ滞、鉄過剰症、乳酸アシドーシス、早期死亡という複数の臨床的特徴を持つ非常に重篤な状態です。治療法は限られており、多くの場合、対症療法に頼ることになります。

臨床的特徴

Fellmanらによる1998年の研究は、グラシール症候群の臨床的特徴を詳細に記述しています。

子宮内発育遅延: 罹患児は重度の子宮内発育遅延を経験し、生後の成長も進まず、体重の増加が見られません。

劇症型乳酸アシドーシス: 生後数日間で劇症型乳酸アシドーシスが発症し、これは新生児において重篤な健康問題を引き起こします。

ファンコニ型アミノ酸尿症: 腎臓機能の障害により、尿中に過剰なアミノ酸が排泄される状態が見られます。

肝臓ヘモシデローシス: 鉄代謝の異常により肝臓にヘモシデローシス(鉄の過剰蓄積)が生じます。

予後: 罹患児は新生児期または乳児期早期に死亡するのが一般的で、生存する場合は非常にまれです。

他の疾患との区別: この疾患は他の乳酸アシドーシス、新生児ヘモクロマトーシス、新生児肝炎とは異なる特徴を持っています。

この研究は、グラシール症候群が非常に重篤な新生児代謝異常であり、その臨床的特徴が他の類似した疾患と明確に区別されることを示しています。現在利用可能な治療法は限られており、多くの場合、症状緩和に重点を置いた対症療法に頼ることになります。

マッピング

Visapaaら(1998年)の研究は、特定の疾患遺伝子座マッピングに関するものです。以下にその内容を要約します。

この研究では、連鎖不平衡の原理を用いて、特定の疾患遺伝子座を染色体2q33-q37の領域にマッピングしました。
最初の遺伝子座の同定後、従来の連鎖解析が8家系で行われ、合計12人の罹患児が得られました。
連鎖不平衡は、遺伝子座間の関連性を研究するために使用される遺伝学的手法で、遺伝子間の物理的な距離や相互作用を明らかにするのに役立ちます。この研究は、特定の遺伝的疾患が染色体2q33-q37領域内の遺伝子によって引き起こされる可能性があることを示しています。このようなマッピングは、疾患の遺伝的原因を理解し、将来的な治療法の開発に向けた基盤を築くのに重要です。

遺伝

グラシール症候群は常染色体劣性遺伝のパターンで遺伝します。この遺伝方式では、両親はそれぞれ変異した遺伝子のコピーを1つずつ持ちますが、通常は自身では疾患の徴候や症状を示しません。子どもが疾患を発症するためには、両親から変異遺伝子のコピーをそれぞれ1つずつ受け継ぐ必要があります。この場合、子どもは変異遺伝子のコピーを2つ持つことになり、症状が現れる可能性が高くなります。

頻度

グラシール症候群(Griscelli syndrome)は、遺伝性のまれな疾患であり、特にフィンランドでの発生が注目されています。この症候群は、皮膚と髪の色素沈着の異常を特徴とし、免疫系の障害や神経学的問題を伴うことがあります。

疫学と発生
グラシール症候群は、フィンランドでのみ発見されていると報告されており、47,000人に1人の割合で発症すると推定されています。
この症候群は、特定の地域や集団における遺伝的な特徴によって発生頻度が異なる可能性が示唆されます。

医学文献における報告
少なくとも32人の患児が医学文献に記載されているとされています。これは、症候群の特徴、遺伝的原因、治療方法などの研究において重要な情報源となっています。

原因

グラシール症候群(GRACILE症候群)は、BCS1L遺伝子の突然変異によって引き起こされる病態です。この症候群に関連するBCS1L遺伝子の変異とその影響について、以下に要約します。

BCS1L遺伝子から産生されるタンパク質は、ミトコンドリアに存在し、食物からのエネルギーを細胞が利用できる形に変換する役割を担っています。
ミトコンドリアでは、BCS1Lタンパク質は酸化的リン酸化に重要な役割を果たし、このプロセスは細胞がエネルギーを得るための多段階プロセスです。
BCS1Lタンパク質は、複合体IIIの形成に不可欠で、この複合体は酸化的リン酸化プロセスに関与するタンパク質複合体の一つです。
グラシール症候群に関与するBCS1L遺伝子の変異は、BCS1Lタンパク質の構造や機能を変化させ、異常なタンパク質は通常よりも早く分解されます。
これにより、特に肝臓と腎臓での複合体IIIの活性と酸化的リン酸化が低下し、エネルギー不足が生じ、これらの臓器に損傷を引き起こすことがあります。
なぜBCS1L遺伝子の変異がグラシール症候群の患者に鉄の蓄積をもたらすのかは、まだ明らかにされていません。
グラシール症候群の理解は、BCS1Lタンパク質がミトコンドリアの機能にどのように影響を与えるかを理解する上で重要です。また、この疾患の診断や治療の開発に向けた重要な情報を提供します。ミトコンドリア関連疾患の研究において、これらの発見は重要な意味を持ちます。

治療・臨床管理

Fellmanら(2000年)は、子宮内発育遅延、重篤な乳酸アシドーシス、アミノ酸尿症、肝臓のヘモシデローシスを呈する劣性先天性鉄過剰症患者におけるアポトランスフェリン投与と交換輸血の効果を検討しました。この治療では、アポトランスフェリンを静脈内に投与して血清トランスフェリン濃度を成人レベルまで上昇させ、その後交換輸血を行いました。治療を受けた2人の患者のうち1人ではトランスフェリン飽和度が正常値に低下し、もう1人ではトランスフェリン飽和度とブレオマイシン検出鉄に有益効果が認められました。しかし、両患者とも治療後数週間で死亡しました。この治療は短期的な改善は見られたものの、最終的な予後には影響を与えなかったことを示しています。

命名法

GRACILE症候群の命名は、その主な臨床的特徴を反映しています。Fellman(2001)によるこの命名は、症候群の特徴を簡潔に表現するために、それぞれの特徴の頭文字を取って作られました。

GRACILE症候群の命名の由来
Growth Retardation(成長遅延): 患者は通常、発達の遅れを経験します。
Renal Aminoaciduria(アミノ酸尿症): 腎臓によるアミノ酸の再吸収の障害がみられます。
Altered liver function and Cholestasis(胆汁うっ滞と変化した肝機能): 肝機能の異常と胆汁の流れの障害が特徴です。
Iron Overload(鉄過剰症): 体内の鉄の過剰な蓄積が見られます。
Lactic Acidosis(乳酸アシドーシス): 体内の乳酸濃度が異常に高くなり、血液の酸性度が上昇します。
Early Death(早期死亡): 患者は生後早期に死亡することが多いです。

このような症候群の命名法は、疾患の主要な特徴を簡潔に表現し、医学的な文脈での識別と記憶を容易にすることを目的としています。GRACILE症候群の命名は、この症候群の臨床的な特徴を反映する形で行われ、医療専門家が症状や治療法について議論する際の基礎となっています。また、このような命名は、患者やその家族が症候群の特徴を理解しやすくする助けにもなります。

分子遺伝学

GRACILE症候群の分子遺伝学に関する研究は、BCS1L遺伝子の変異がこの症候群の発症に重要な役割を果たしていることを示しています。

フィンランドの症例:Visapaaら(2002)による研究では、フィンランドのGRACILE症候群患者において、BCS1L遺伝子のホモ接合体変異(S78G; 603647.0005)が同定されました。この変異は、セリン(Ser)からグリシン(Gly)への置換をもたらします。

英国の症例:Morrisら(1995)によって報告された英国の幼児3人においても、BCS1L遺伝子の5つの異なる変異が同定されました。これらの患者の症状はGRACILE症候群に類似していましたが、複合体III欠損と神経症状が追加されていました。

トルコの症例:de Lonlayら(2001)によって報告されたトルコ人患者のBCS1L遺伝子にも変異がありましたが、その表現型はフィンランド人患者と異なり、尿細管症、脳症、および複合体III欠損症による肝不全の特徴が見られました。

これらの研究は、BCS1L遺伝子の変異がGRACILE症候群の発症に直接関与していることを示唆しており、同時に異なる変異が異なる臨床的表現型を引き起こす可能性があることを示しています。BCS1Lはミトコンドリア内膜に位置し、複合体IIIの組み立てにおいて重要な役割を担っています。この複合体の機能不全は、エネルギー代謝障害を引き起こし、GRACILE症候群のような重篤な疾患につながる可能性があります。

集団遺伝学

GRACILE症候群は、特定の遺伝的および臨床的特徴を持つ稀な疾患であり、主にフィンランドでのみ報告されています。この症候群の集団遺伝学に関するFellmanら(1998年)の研究は、フィンランド病遺産に関する重要な情報を提供しています。

研究の要点
GRACILE症候群は、フィンランドに特有の、または主に遭遇する30の稀な単発性疾患群であるフィンランド病遺産の新しいメンバーと推定されています。
罹患家系の系図は19世紀半ばまでさかのぼり、最も古い系図は17世紀後半の教会の記録を用いて調査されました。これは、一族間の古くからのつながりを示しています。
1985年から1997年の間に診断された14症例に基づいて、フィンランドにおける発症率は新生児56,000人に1人と推定されています。
対立遺伝子頻度は0.004、保因者頻度は120人に1人とされています。
しかし、GRACILE症候群は過小診断されている可能性があり、実際の対立遺伝子頻度はもっと高い可能性があります。

GRACILE症候群とフィンランド病
フィンランド病は、フィンランド人の間で特に高い頻度で見られる遺伝疾患のグループを指します。これらの疾患は一般に、特定の遺伝的分離の結果として生じることが多いです。
GRACILE症候群のような疾患は、特定の遺伝子プールの中で長期間の分離と創始者効果により高頻度で発生します。
このような研究は、特定の地域や集団に特有の遺伝疾患の特定や理解に不可欠であり、これらの疾患の遺伝的基盤と集団遺伝学の動態に関する重要な知見を提供します。また、フィンランド病遺産の研究は、遺伝的疾患の診断、治療、予防に向けた研究の方向性を示唆しています。

歴史

ABCB6遺伝子(605452)はGRACILE症候群と同じ染色体2q33-q37の領域にマップされていました。この遺伝子は鉄のホメオスタシスに関与しているため、GRACILE症候群の候補遺伝子であると考えられていました(Mitsuhashi et al, 2000; Lill and Kispal, 2001)。
しかし、Visapaaら(2002)の研究では、ABCB6遺伝子のコード領域に変異は認められませんでした。また、患者の線維芽細胞におけるABCB6の発現レベルはコントロールと同等であることが明らかにされました。
重要なDNA領域のハプロタイプ解析からも、ABCB6遺伝子がGRACILE症候群の原因であるという証拠は得られませんでした。
これらのデータに基づき、Visapaaら(2002)はABCB6がGRACILE症候群の原因遺伝子ではないと結論づけました。
この研究は、GRACILE症候群の原因遺伝子の同定において重要なステップであり、特定の遺伝子が症候群の原因ではないという結論に至るプロセスを示しています。このような結果は、疾患の原因を解明するためのさらなる研究の方向性を示唆し、疾患の理解と治療法の開発に寄与します。

疾患の別名

Fellman syndrome
Finnish lactic acidosis with hepatic hemosiderosis
Finnish lethal neonatal metabolic syndrome
Growth retardation, amino aciduria, cholestasis, iron overload, lactic acidosis, and early death
フェルマン症候群
肝性ヘモシデローシスを伴うフィンランド型乳酸アシドーシス
フィンランド致死性新生児メタボリック症候群
成長遅延、アミノ酸尿症、胆汁うっ滞、鉄過剰症、乳酸アシドーシス、早期死亡

参考文献

プロフィール

この記事の筆者:仲田洋美(医師)

ミネルバクリニック院長・仲田洋美は、日本内科学会内科専門医、日本臨床腫瘍学会がん薬物療法専門医 、日本人類遺伝学会臨床遺伝専門医として従事し、患者様の心に寄り添った診療を心がけています。

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