疾患名:骨粗鬆症
英語名:Osteoporosis
別名:閉経後骨粗鬆症、退行性骨粗鬆症、骨密度定量形質遺伝子座
参照:
OMIM: 166710
●遺伝形式:多因子遺伝
●関連遺伝子:COL1A1、ESR1、CALCR、RIL、COL1A2
●発症頻度:閉経後女性の約30%、高齢者で高頻度
疾患の概要
骨粗鬆症は、骨量の減少と骨質の劣化により骨折リスクが増加する疾患です。特に閉経後女性に多く見られ、椎体圧迫骨折や大腿骨近位部骨折などの脆弱性骨折を引き起こします。
この疾患は単一遺伝子異常によるものではなく、複数の遺伝子多型と環境要因が複合的に作用して発症する多因子疾患です。骨密度(BMD)の遺伝率は腰椎で約90%、大腿骨頚部で約70%と報告されており、遺伝的要因が大きく関与しています。
COL1A1、ESR1、CALCR、RIL、COL1A2などの遺伝子における多型が骨密度や骨折リスクと関連することが明らかになっています。これらの遺伝子は骨代謝、ホルモン応答、コラーゲン合成に重要な役割を果たしています。
臨床症状
骨粗鬆症は初期には無症状のことが多く、「沈黙の病気」とも呼ばれます。症状が現れるのは主に骨折が生じた時です。
主な症状
椎体圧迫骨折による背中や腰の痛み、身長の短縮、背中の湾曲(亀背)が特徴的です。大腿骨近位部骨折、橈骨遠位端骨折なども起こりやすくなります。
骨密度の変化
二重エネルギーX線吸収測定法(DEXA)による骨密度測定で、若年成人平均値(YAM)の70%未満、またはT値が-2.5以下の場合に骨粗鬆症と診断されます。
家族歴との関連
骨粗鬆性骨折の家族歴を持つ女性では、骨密度の低下が認められることが多く、遺伝的素因の重要性が示されています。
遺伝的要因
COL1A1遺伝子の関与
COL1A1遺伝子のSp1結合部位のG-to-T多型(rs1800012)は骨密度と椎体骨折リスクと強い関連があります。T/Tホモ接合体、G/Tヘテロ接合体では骨密度が低下し、骨折リスクが約3倍増加します。
COL1A1遺伝子の5’非翻訳領域(UTR)の多型は転写レベルに影響し、α1(I)鎖とα2(I)鎖の正常な2:1の比率を変化させることで骨密度低下を引き起こします。
ESR1遺伝子の多型
エストロゲン受容体α遺伝子(ESR1)の多型、特に(TA)n反復配列の変異は腰椎骨密度と相関し、椎体骨折リスクを2.9倍増加させます。ESR1とVDR遺伝子多型の相互作用により、椎体骨折リスクがさらに増加することも報告されています。
その他の関連遺伝子
カルシトニン受容体遺伝子(CALCR)、RIL遺伝子、インテグリンβ3遺伝子(ITGB3)L33P多型なども骨密度や骨折リスクと関連しています。ITGB3のL33P多型ホモ接合体では大腿骨頚部骨折リスクが2倍になります。
病因と病態生理
骨粗鬆症の発症には、骨代謝バランスの破綻が関与しています。骨吸収と骨形成のバランスが崩れ、骨吸収が骨形成を上回ることで骨量が減少します。
遺伝的背景
双生児研究により、骨密度の遺伝率が高いことが示されています。腰椎で約90%、大腿骨頚部で約70%が遺伝的要因により決定されます。
コラーゲン代謝異常
I型コラーゲンは骨基質の主要成分であり、COL1A1およびCOL1A2遺伝子の変異や多型は骨の質と量に直接影響します。特定の変異では特発性骨粗鬆症として早期に発症することもあります。
ホルモン応答の異常
エストロゲン受容体やビタミンD受容体の遺伝子多型は、これらのホルモンに対する骨の応答性に影響し、閉経後の急激な骨量減少の個体差を生み出します。
診断
骨密度測定
二重エネルギーX線吸収測定法(DEXA)による腰椎、大腿骨近位部の骨密度測定が標準的な診断法です。T値-2.5以下で骨粗鬆症と診断されます。
骨代謝マーカー
血清N-テロペプチド(NTx)、C-テロペプチド(CTx)などの骨吸収マーカー、オステオカルシン、骨型アルカリフォスファターゼなどの骨形成マーカーが治療効果の評価に有用です。
画像診断
単純X線検査により椎体圧迫骨折の有無を確認します。骨塩定量的CT(QCT)、定量的超音波測定(QUS)も補助的に用いられます。
遺伝学的検査
現在のところ、骨粗鬆症の遺伝学的検査は研究段階であり、日常臨床での使用は限定的です。ただし、家族性の早期発症例では遺伝子解析が考慮される場合があります。
治療法
薬物療法
ビスホスホネート製剤(アレンドロネート、リセドロネートなど)が第一選択薬として用いられます。デノスマブ、テリパラチド、ラロキシフェンなども効果的です。
ビスホスホネート療法
アレンドロネート治療では、血清NTxとCTxの6か月での早期変化が、2.5年後の椎体骨密度改善を予測する指標となります。男性の原発性骨粗鬆症に対してもアレンドロネートは有効です。
併用療法
ラロキシフェンとアレンドロネートの併用療法は、単独療法よりも骨密度改善効果が大きく、骨代謝マーカーの改善も優れています。
副甲状腺ホルモン療法
テリパラチド(PTH1-84)は用量・時間依存性に腰椎骨密度を増加させ、骨形成促進作用を示します。一過性の高カルシウム血症が見られることがありますが、一般的に安全です。
生活習慣の改善
カルシウムとビタミンD摂取の確保、適度な運動、禁煙、節酒などの生活習慣改善が基本的な治療となります。特にビタミンD3補充は骨代謝改善に有効です。
予後と管理
骨折予防
適切な治療により骨密度の改善と骨折リスクの減少が期待できます。しかし、一度生じた椎体変形は改善が困難なため、早期診断・早期治療が重要です。
ピークボーンマスの最大化
成長期における適切なカルシウム摂取により、ピークボーンマス(最大骨量)の向上を図ることで、将来の骨粗鬆症リスクを減少させることができます。
長期管理
定期的な骨密度測定、骨代謝マーカーの評価、転倒予防対策などの総合的なアプローチが必要です。遺伝的リスクファクターを考慮した個別化医療の発展が期待されています。
研究の動向
ゲノムワイド関連解析
大規模なゲノムワイド関連解析により、骨密度と骨折リスクに関連する多数の遺伝子座が同定されています。EN1遺伝子近傍の低頻度変異は骨密度に大きな効果を示し、骨折リスクを15%減少させることが報告されています。
動物モデル研究
カンナビノイド受容体1(CNR1)欠損マウスでは骨量増加と卵巣摘出による骨量減少からの保護が認められ、新たな治療標的として注目されています。
個別化医療への展開
遺伝子多型の組み合わせによるリスク評価システムの開発や、薬剤応答性の個人差を予測する薬理遺伝学的アプローチが研究されています。



