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アデノシンデアミナーゼ(ADA)欠損症とは|重症複合免疫不全症(SCID)の原因・症状・診断・最新治療を臨床遺伝専門医が解説

仲田洋美 医師

この記事の監修:仲田洋美(臨床遺伝専門医)

のべ10万人以上の意思決定に伴走。国際医療誌『Medical Care Review APAC』『Global Woman Leader』の2誌で表紙を飾り、「Top Prenatal Testing Service in APAC 2025」に選出されるなど、世界基準の遺伝医療を提供。

アデノシンデアミナーゼ(ADA)欠損症は、ADA遺伝子の両アレルに変異が生じることで発症する常染色体劣性(潜性)のプリン代謝異常です。もっとも重い形では生後数週〜数か月で発症する重症複合免疫不全症(ADA-SCID)を引き起こし、治療されなければ多くは1〜2歳までの生存が困難になります。一方で、より軽い遅発型のADA-CIDや、免疫不全を伴わない良性型まで臨床像は連続的に変化します。新生児スクリーニング・酵素補充療法・造血幹細胞移植・遺伝子治療という4つの武器を組み合わせることで、かつて「不治の乳児疾患」と呼ばれたこの病は、今や早期発見によって大きく予後を変えられる疾患へと進化しています。

この記事でわかること
📖 読了時間:約18分
🧬 ADA遺伝子・原発性免疫不全症・代謝病
臨床遺伝専門医監修

Q. ADA欠損症とはどんな病気ですか?まず結論だけ知りたいです

A. ADA(アデノシンデアミナーゼ)という酵素が働かないことで、リンパ球に毒性のあるdATPが蓄積し、免疫細胞が作れなくなる遺伝性の免疫不全・代謝病です。もっとも重いADA-SCID、より軽いADA-CID、免疫不全のない良性型まで幅があります。早期の新生児スクリーニングと適切な治療(酵素補充・造血幹細胞移植・遺伝子治療)によって、治癒が目指せる時代になりました。

  • 疾患の位置づけ → OMIM 102700(表現型)・608958(遺伝子)、SCID全体の約10〜15%を占める
  • 病態の本質 → dATPの蓄積によるリンパ球毒性+全身性のプリン代謝異常
  • 遺伝子型と重症度の関係 → 残存酵素活性(Group 0〜IV)で臨床像が連続的に変わる
  • 診断の決め手 → 新生児TRECスクリーニング+Ado/dAdoタンデム質量分析+ADA遺伝子解析
  • 治療の最前線 → 2025年にはレンチウイルス遺伝子治療で62例中59例が治癒相当

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代謝病・免疫不全症の遺伝子検査:遺伝子検査について

1. ADA欠損症とは:疾患の全体像と歴史的背景

ADA欠損症(アデノシンデアミナーゼ欠損症、OMIM 102700/遺伝子MIM 608958)は、ADAという酵素が働かないことで細胞にプリン代謝の毒性中間体が溜まり、特にリンパ球が育たなくなる遺伝性の全身代謝病です。免疫不全症として語られることが多いのですが、実際は肺・骨・肝・神経・聴覚など全身に影響を及ぼす「代謝性全身疾患」でもあるという視点が、長期管理を考えるうえで非常に重要になります。

💡 用語解説:重症複合免疫不全症(SCID)

「Severe Combined Immunodeficiency(SCID/スキッド)」の略。T細胞・B細胞・NK細胞という3系統の免疫細胞がほぼすべて機能しない状態で、生後数か月以内に通常なら問題にならない微生物による感染で命を落とす、もっとも重い先天性免疫不全症です。ADA欠損症はこのSCIDの原因として全体の約10〜15%を占める代表的な病気で、「ADA-SCID」と呼ばれます。かつては「バブルボーイ病」として知られた疾患でもあります。

ADA欠損症は「ひとつの病気」ではなく「連続スペクトラム」

ADA欠損症でもっとも混乱しやすいのは、臨床像が1つに固定されていないという点です。GeneReviewsは、重症度の違いによって次の3つに分類しています。

🚨 ADA-SCID(典型例)

全体の約80%

生後数週〜数か月で発症。反復する肺炎、慢性下痢、体重増加不良、日和見感染で命に関わる状態になります。未治療では多くが1〜2歳までに亡くなります。

⚠️ ADA-CID(遅発型)

全体の約15〜20%

通常1〜10歳(まれに20〜40代)で診断。中耳炎・副鼻腔炎・HPV感染などで気づかれ、のちに慢性肺疾患・自己免疫・悪性腫瘍へと進むことがあります。

✅ 良性部分欠損

「partial ADA deficiency」。

赤血球ADA活性は低いのに免疫機能は正常で、健康に経過する良性の生化学的表現型。「軽いSCID」ではなく代謝毒性が免疫不全の閾値に届いていない状態と理解します。

💡 用語解説:常染色体劣性(潜性)遺伝

ヒトは1つの遺伝子を2本ずつ(父由来・母由来)持っています。ADA欠損症は、その両方に病的変異がそろったときにだけ発症する遺伝形式です。片方だけが変異している「保因者」は通常は無症状で生活できます。両親がともに保因者の場合、1回の妊娠ごとに子どもが発症する確率は25%、保因者になる確率は50%、まったく変異を受け継がない確率は25%となります。

発生頻度と集団差

GeneReviewsでは約50万出生に1人、近年のレビューでは20万〜100万出生に1人と報告されています。SCID全体に占める割合はPIDTC報告で約13%。アーミッシュ、カナダ・メノナイト、イヌイット、ソマリア系などの一部集団では創始者変異のため頻度が高くなります。日本国内の確定した発生頻度は2026年時点で公表されておらず、新生児スクリーニング全国拡大とともに今後明らかになっていく見込みです。

2. 原因遺伝子ADAと分子病態メカニズム

🔍 関連記事:アデノシンデアミナーゼ遺伝子群|プリン代謝とRNA編集を担う14遺伝子の全体像|ADAが属する遺伝子ファミリー全体の機能と臨床的意義を解説しています。

ADA欠損症の本質を理解するには、「酵素がないと何が溜まり、それがなぜリンパ球だけを特に痛めつけるのか」という分子レベルのストーリーを押さえる必要があります。

💡 用語解説:ADA(アデノシンデアミナーゼ)酵素

第20番染色体長腕(20q13.12)にあるADA遺伝子がつくる酵素で、全身のすべての細胞で働く「ハウスキーピング酵素」です。アデノシンをイノシンに、デオキシアデノシンをデオキシイノシンに変換することで、プリン体の再利用経路(サルベージ経路)を回し、同時に毒性のあるデオキシアデノシンを解毒する役割を担います。

💡 用語解説:プリン代謝とは

DNAやRNAの材料である「プリン体」(アデニン・グアニンを含む物質)の合成・分解・再利用の仕組みの総称です。プリン体は細胞の設計図そのものの材料なので、この代謝が滞ると、細胞が正常に分裂・成熟できなくなります。リンパ球のように頻繁に分裂する細胞では、プリン代謝の異常が特に致命的に働きます。

dATPの蓄積が免疫細胞を殺すまでの流れ

ADAが働かないと、アデノシンとデオキシアデノシンが血中・細胞内で蓄積し、細胞の中でリン酸化されてdAXP(デオキシアデノシンヌクレオチド類)やdATPが増えていきます。これらは①DNA合成の鋳型を狂わせ、②アポトーシス(細胞死)を誘発し、③T細胞受容体のシグナル伝達を障害します。結果として、胸腺でT細胞がつくられる過程で大量に死滅し、B細胞・NK細胞の数も激減します。

💡 用語解説:dAXP/dATP

デオキシアデノシンがリン酸化されたもので、dAMP・dADP・dATPを合わせて「dAXP」と表記します。本来は少量でよい物質ですが、ADA欠損ではリンパ球内に大量に溜まり、細胞内のヌクレオチドバランスを狂わせてDNA合成を止めてしまいます。赤血球のdAXPは採血で測定でき、診断と治療効果モニタリングの中心的なバイオマーカーとして使われます。

ADA欠損時の病態フロー

① アデノシン/デオキシアデノシンが発生
↓ ADA欠損
② 細胞内に取り込まれリン酸化 → dAXP/dATPが蓄積
③-A
DNA複製・修復の障害
③-B
SAH加水分解酵素阻害(メチル化異常)
③-C
胸腺細胞アポトーシス/TCRシグナル障害
④ T・B・NK細胞の減少
(SCID/CID)
⑤ 全身症状
(肺・骨・肝・神経)

遺伝子型と表現型のきれいな対応関係(Group 0〜IV分類)

ADA欠損症のわかりやすい特徴は、「どれだけ酵素活性が残っているか」で重症度が段階的に決まるという、比較的明瞭な遺伝子型–表現型相関を示すことです。GeneReviewsでは、変異の種類を残存活性に応じて以下に分類しています。

分類 残存酵素活性 両アレルの組み合わせ → 臨床像
Group 0 活性ゼロ(null) Group 0/I → ADA-SCID
Group I <0.05% 同上
Group II 0.1〜0.2% 少なくとも1アレル → ADA-CID
Group III 0.3〜0.6% 同上
Group IV 約2〜28% 少なくとも1アレル → 良性部分欠損

💡 用語解説:複合ヘテロ接合(compound heterozygote)

父由来と母由来で別々のタイプの病的変異を1つずつ持つ状態です。たとえばGroup Iの変異とGroup IIIの変異を1つずつ持つ場合、より軽い方(Group III)のアレルが臨床像を決めるのがADA欠損症の大きな特徴です。そのため、ご家族で同じ遺伝子変異を持っていても、組み合わせによって重症度が異なることがあります。

💡 用語解説:新生突然変異(de novo変異)

両親のどちらにも存在せず、精子・卵子がつくられる過程または受精直後に新しく生じた変異のことです。ADA欠損症では通常、両親が保因者であるケースが大半ですが、まれに片方のアレルが新生突然変異で生じていたり、片親にモザイク(体の一部の細胞だけに変異)が存在することもあり、家族解析で注意が必要です。

3. 症状とスペクトラム:SCIDからCIDまで

ADA欠損症の臨床症状は、免疫症状と非免疫症状の両方にまたがります。「感染を繰り返す」「リンパ球が少ない」だけで診断を終わらせないことが、長期予後を守るうえで非常に重要です。

ADA-SCID(典型例)の症状

🦠 感染・免疫症状

  • 反復する重症肺炎(ニューモシスチス肺炎など)
  • 慢性の水様性下痢
  • カンジダなど真菌感染
  • サイトメガロウイルス・ロタウイルス感染
  • 体重が増えない(発育不良)
  • 皮膚炎・湿疹

🫁 非免疫系の全身症状

  • 肋骨・椎体の骨病変
  • 肺胞蛋白症(PAP)
  • 溶血性貧血
  • 肝機能障害
  • 感音性難聴
  • 神経発達・行動面の異常

💡 用語解説:日和見感染(ひよりみかんせん)

健康な人では病気を起こさない弱い微生物が、免疫機能が低下した人でだけ重い感染症を引き起こす現象です。ADA-SCIDではニューモシスチス肺炎・サイトメガロウイルス肺炎・カンジダ感染・BCGワクチン由来結核様症状などが代表的で、多くが致死的になります。

ADA-CID(遅発型)の症状

ADA-CIDは、通常1〜10歳で診断され、ときに20〜40代まで診断が遅れることがあります。SCIDのような爆発的な感染症ではなく、中耳炎・副鼻腔炎・上気道感染を繰り返す、ヒトパピローマウイルス感染が広がる、といった形で気づかれます。時間が経つと、慢性肺疾患・自己免疫疾患・アトピー性疾患・IgE上昇・悪性腫瘍へと進むケースがあり、「重症SCIDと良性部分欠損のあいだに、見逃されやすい中間帯がある」というのが臨床的に極めて重要なポイントです。

仲田洋美院長

🩺 院長コラム【「感染を繰り返す子」を見たら、必ずADA-CIDを頭の片隅に】

ADA-SCIDは新生児期から劇的に発症するので、小児科や新生児科の先生は素早く精査に進みます。問題は、ADA-CID(遅発型)の子どもたちです。「中耳炎が多いね」「風邪が長引くね」「この子、副鼻腔炎がずっと治らないね」——そんな言葉でかたづけられ、気づいたときには10歳を過ぎていた、というケースを私は何度も見てきました。

ADA-CIDは、新生児TRECスクリーニングだけでは拾えないことがあります。リンパ球数が一見正常範囲に収まってしまうからです。だからこそ、「感染を繰り返す・自己免疫が若くして出る・HPVが広がる」といったサインに出会ったときは、免疫グロブリンの測定、リンパ球サブセット、そして赤血球ADA活性まで踏み込んで考える。これがADA-CIDを見逃さない唯一の方法です。

4. 鑑別診断:ADA2欠損症は「まったく別の病気」

ADA欠損症を診断する際に、臨床現場でもっとも混乱しやすいのが「ADA2欠損症(DADA2)」との区別です。さらに、他のSCIDやPNP欠損症との鑑別も必要になります。

🚨 ADA2欠損症(DADA2)との区別

名前が似ていますが、ADA欠損症(ADA1欠損症)とADA2欠損症はまったく別の疾患です。

ADA2欠損症(ADA2遺伝子)は血管炎・脳卒中・免疫異常を主徴とする疾患で、治療方針もTNF阻害薬など全く異なります。混同を避けるため、英語では「ADA deficiency」と「DADA2」で書き分けます。

🔎 PNP欠損症との鑑別

同じプリン代謝異常による免疫不全症で、ADA欠損症にもっとも近い病気です。

分子診断が確定していない段階では、赤血球でADA活性とPNP活性の両方を同時に測定することが推奨されます。PNP欠損症では神経症状・自己免疫の頻度がさらに高いのが特徴です。

🧬 その他のSCID原因遺伝子

IL2RG・JAK3・IL7R・AK2・DCLRE1C・RAG1/RAG2などが代表的なSCID原因遺伝子です。

臨床像だけでは区別がつかないことが多いため、原発性免疫不全を疑ったらPID/SCID遺伝子パネルで網羅的に解析するのが現代の標準です。

⚠️ 重要:ADA欠損症 ≠ ADA2欠損症

ADA1欠損症(本記事のADA欠損症)は、ADA遺伝子の変異による「プリン代謝異常・SCID」。
ADA2欠損症(DADA2)は、ADA2遺伝子の変異による「血管炎・脳卒中症候群」。
名前が1文字違うだけで、病態・症状・治療がまったく違います。患者さんにご説明する際は、必ずどちらの話をしているのかを明確にする必要があります。

5. 診断と新生児スクリーニング

🔍 関連記事:代謝病のNGS解析は先天代謝異常症NGSパネル核・ミトコンドリアNGS検査で包括的に評価できます。

現在のADA欠損症診断は、新生児スクリーニング→生化学検査→分子遺伝学検査という3段階のアプローチが世界標準です。日本でもTREC/KREC新生児スクリーニングが2017年に開始され、拡大しつつあります。

新生児スクリーニング:TRECとタンデム質量分析の2本立て

💡 用語解説:TREC(T細胞受容体除去環)

T細胞が胸腺で成熟する過程で、DNA再構成によって切り出される小さな環状DNAです。新生児のろ紙血で測定でき、TRECが少ない=新しく作られたT細胞が少ない=SCIDの可能性がある、という原理でスクリーニングに使われます。ただし、ADA-CID(遅発型)では閾値を上回ってしまい拾い漏れることがあります。

💡 用語解説:タンデム質量分析(tandem MS/TMS)

特殊な質量分析装置で、ろ紙血中のアデノシン(Ado)とデオキシアデノシン(dAdo)を直接測定する方法です。ADA欠損症に特異的で、TRECでは拾えない遅発型ADA-CIDまで検出できるのが大きな利点です。米国ではADA特異的な新生児TMSの実装研究が進んでいます。

確定診断:生化学と分子遺伝学の両輪

新生児スクリーニングで陽性となった場合、あるいは臨床症状からADA欠損症が疑われる場合、次の検査で診断を確定します。

検査項目 診断基準となる値 注意点
赤血球ADA活性 正常の<1%で強い根拠 輸血後は判定不能
赤血球dAXP(dATP) >0.1 μmol/mL packed RBC
または総アデニンヌクレオチドの>1〜2%
免疫不全を伴うADA欠損に特異的
ADA遺伝子解析 両アレルに病的変異 保因者検査・出生前診断にも使用
リンパ球サブセット T・B・NK細胞減少 CIDでは比較的保たれることも
免疫グロブリン 低値(特にIgA・IgM) 母体IgGが乳児期は残存

⚠️ 診断時の落とし穴

輸血を受けた後・造血幹細胞移植後・遺伝子治療後は、赤血球のADA活性やdAXPを解釈すると誤診につながります。これらの治療歴がある場合は、分子遺伝学的検査(ADA遺伝子解析)が確定診断の唯一の手段になります。治療を始める前に、できる限り生化学検査を実施しておくことが原則です。

初期評価でチェックすべき臓器

ADA欠損症は全身疾患なので、診断時点で免疫以外の臓器もすべて評価しておくことが推奨されます。具体的には、CBC・リンパ球サブセット・免疫グロブリン・リンパ球機能試験に加え、肝機能、聴力検査、骨X線、赤血球dAXP、ADA遺伝子解析まで進めるのが標準です。

6. 治療の3本柱:酵素補充・造血幹細胞移植・遺伝子治療

現在のADA-SCID治療は、①PEG-ADA酵素補充療法(ERT)、②同種造血幹細胞移植(HSCT)、③自家造血幹細胞遺伝子治療の3本柱で構成されます。実地では「まずERTで代謝を落ち着かせて感染リスクを下げ、HLA一致同胞ドナーがあればHSCTへ、いなければ遺伝子治療へ」という流れが標準です。

① PEG-ADA酵素補充療法(Revcovi/elapegademase)

💡 用語解説:酵素補充療法(ERT)

足りない酵素を外から薬として注射で補う治療です。ADA欠損症では、ポリエチレングリコール(PEG)で修飾して体内で長持ちするようにしたADA製剤を筋注します。開始用量は週0.4 mg/kg(0.2 mg/kgを週2回)で、血中ADA活性(目標trough ≥30 mmol/hr/L)と赤血球dAXP(目標<0.02 mmol/L)をモニターしながら調整します。歴史的製剤のAdagenから、現在はRevcoviが主流です。

ERTは根治療法ではありませんが、①迅速に開始できる、②代謝毒性を下げて感染を安定化させられる、③移植や遺伝子治療までの橋渡しになる、という利点があります。一方で、反復筋注が必要・中和抗体が出うる・長期単独維持では免疫再構築が不十分になりうる、といった限界もあります。

② 同種造血幹細胞移植(HSCT)

💡 用語解説:同種造血幹細胞移植(HSCT)

健常なドナーから造血幹細胞をもらって、患者さん自身の免疫系を置き換える治療です。ADA欠損症では、HLA(ヒト白血球抗原)が一致する同胞(きょうだい)ドナーがいれば、第一選択の根治療法となります。2012年の多施設研究ではHLA一致同胞ドナー移植の全生存率86%、PIDTC 2022ではHLA一致同胞ドナー移植でOS 100%という優れた成績が報告されています。

③ 自家造血幹細胞遺伝子治療

💡 用語解説:自家遺伝子治療

患者さん自身の造血幹細胞(CD34陽性細胞)を取り出して、ウイルスベクターを使ってADAの正常な遺伝子を組み込んでから、体に戻す治療です。他人からの移植ではないのでGVHD(移植片対宿主病)のリスクがないのが最大の利点です。欧州ではStrimvelis(γレトロウイルス型)が2016年にEMA承認。現在はより安全性の高い自己不活化型レンチウイルスベクター(EFS-ADA/OTL-101)が治験段階で主流になりつつあります。

💡 用語解説:自己不活化レンチウイルスベクター

ウイルスの感染力に関わる部分を人為的に削除(自己不活化)したうえで、治療用の遺伝子だけを細胞に届ける運び屋として使うものです。従来のγレトロウイルスと比べて、周囲の遺伝子を誤って活性化してがん化を起こすリスクが大幅に低く、ADA領域ではこれまで白血病化の報告がありません。この安全性プロファイルが、ADA遺伝子治療を「橋渡し治療」から「根治療法」へと格上げした決定的要因です。

3つの治療の比較表

治療 特徴 有効性 弱点
PEG-ADA ERT
(Revcovi)
ADA活性を外から補う 代謝解毒とリンパ球数維持。2025年レジストリで最長4年効果維持。 非根治、反復筋注、中和抗体
同種HSCT ドナー由来幹細胞で免疫系を置換 HLA一致同胞ドナーでOS 86〜100% GVHD、非理想ドナーでは成績低下
遺伝子治療
(Strimvelis)
γレトロウイルス型(EMA承認) 根治的 イタリアの単一専門施設のみ
遺伝子治療
(治験中レンチウイルス型)
EFS-ADA/OTL-101 2021年50例でOS 100%・EFS 95〜97%。2025年62例中59例が治癒相当。 規制承認前、治験限定

ADA欠損症治療の主要マイルストーン

1990年 PEG-ADA製剤「Adagen」がFDA承認、ERT時代の幕開け
2009年 低強度前処置を伴う造血幹細胞遺伝子治療の有効性をNEJMが報告
2016年 StrimvelisがEUで承認、世界初の幹細胞遺伝子治療薬に
2018年 Revcovi(elapegademase)がFDA承認
2021年 多施設レンチウイルス遺伝子治療で50例・全生存率100%をNEJMが報告
2025年 長期追跡で62例中59例が治癒相当、ベクター関連白血病なし
仲田洋美院長

🩺 院長コラム【「遺伝子治療」という言葉の重みが変わった30年】

私が医師になったころ、ADA-SCIDの子どもたちにとって遺伝子治療は「夢の治療」であり、同時に「挿入変異による白血病リスクのある実験的治療」でもありました。1999年のOTCデフィシエンシー治療死亡例、2000年代初頭のX-SCID遺伝子治療後白血病など、悲しい事例が続いた時期があります。

しかし2021年のNEJM論文、そして2025年の長期追跡報告を読んだとき、私は素直に「時代が変わった」と感じました。自己不活化レンチウイルスベクターという技術革新と、ADA領域に特異的に働く安全性プロファイルが組み合わさって、遺伝子治療が「橋渡し」ではなく「根治」として位置づけられる段階に本当に入った。50例のうち50例が生きている、62例のうち59例が治癒相当——これは医学史に残る到達点です。日本でもこの治療が必要な患者さんに届くよう、制度・保険・医療体制の整備が進むことを切に願っています。

7. 遺伝カウンセリングと家族への情報提供

ADA欠損症と診断された家族には、丁寧な遺伝カウンセリングが不可欠です。特に重要なのは以下のポイントです。

  • 再発リスク:両親がともに保因者のため、1回の妊娠ごとに25%の確率で次子もADA欠損症を発症します。兄弟姉妹が保因者である確率は50%です。
  • 家族の保因者検査:同胞、おじ・おば、いとこに対しても、希望があればADA遺伝子の保因者検査が可能です。結婚・出産を考える年代の家族員にとって特に重要な情報になります。
  • 出生前診断の選択肢:既知の変異がある場合、次の妊娠で絨毛検査・羊水検査による胎児のADA遺伝子解析が可能です。発症前診断と早期治療計画に直結します。
  • 非典型的な遺伝パターン:片親にしか変異が見つからない場合は、新生突然変異・片親モザイク・片アレル欠失・片親性ダイソミーなどを鑑別する必要があります。まれに体細胞レベルの復帰モザイクで症状が軽くなることもあります。
  • 長期フォローの重要性:免疫系が再建しても、聴力・骨格・肺・肝・神経発達など非免疫系の問題は別軸でフォローが必要です。標準管理ガイドラインは未整備なため、多診療科による継続的な観察体制が求められます。

8. よくある誤解

誤解①「ADA欠損症とADA2欠損症は同じ病気」

まったく別の疾患です。ADA欠損症(ADA1欠損症)はプリン代謝異常・SCIDの病気、ADA2欠損症(DADA2)は血管炎・脳卒中症候群の病気。原因遺伝子も治療も違います。

誤解②「partial ADA deficiencyは軽症のSCID」

partial ADA deficiencyは、免疫機能が正常で健康に経過しうる良性の生化学的表現型です。「軽いSCID」ではなく、代謝毒性が免疫不全の閾値に達していない状態と理解します。

誤解③「TRECスクリーニングで全例拾える」

TREC法は典型的ADA-SCIDに強い一方、ADA-CID(遅発型)は閾値を上回って拾い漏れることがあります。Ado/dAdoタンデム質量分析との組み合わせが理想です。

誤解④「遺伝子治療は危険な実験的治療」

自己不活化レンチウイルスベクターによる最新のADA遺伝子治療は、62例中59例が治癒相当、白血病化の報告なしという中〜長期成績が出ており、既に「橋渡し」ではなく「根治療法」の段階に入っています。

誤解⑤「免疫さえ治れば後遺症はない」

ADA欠損症は全身のプリン代謝異常なので、肺・骨・肝・神経・聴覚にも影響が残りうる代謝性全身疾患でもあります。免疫再建後も多臓器フォローが必要です。

誤解⑥「兄弟姉妹には遺伝しない」

常染色体劣性(潜性)遺伝のため、発症していない兄弟姉妹の50%は保因者である可能性があります。本人の将来の家族計画や結婚相手の保因者検査を考えるうえで、情報提供が重要です。

9. 臨床遺伝専門医からのメッセージ

仲田洋美院長

🩺 院長コラム【早期発見が、運命を変える病気】

ADA欠損症は、「不治の病」から「早期発見で根治を目指せる病」へとこの30年で劇的に変わりました。しかしその果実を手にできるかどうかは、診断までの時間に大きく左右されます。新生児スクリーニングで症候発現前に見つかった子どもと、感染を繰り返しながら数か月〜数年かけて診断された子どもでは、感染負荷・臓器障害・治療合併症のすべてが違ってきます。

ご家族で「原因不明の乳児死亡」「繰り返す重症感染症」「若い世代での自己免疫疾患・悪性腫瘍」などの家族歴がある場合、またご両親が同じ創始者集団(アーミッシュ、カナダ・メノナイト、イヌイット、ソマリア系など)に属する場合は、保因者検査を含めた遺伝カウンセリングが有用です。希少疾患だからこそ、一人ひとりの診断精度がご家族の人生に与えるインパクトは大きい。ミネルバクリニックは、このような判断に伴走することを診療の中心に据えています。

よくある質問(FAQ)

Q1. ADA欠損症は遺伝しますか?

常染色体劣性(潜性)遺伝の疾患です。両親がともに保因者の場合、1回の妊娠ごとに子どもが発症する確率は25%、保因者になる確率は50%、まったく変異を受け継がない確率は25%となります。保因者の親は通常は無症状で、血縁者の保因者検査や出生前診断は臨床遺伝専門医にご相談ください。

Q2. ADA欠損症とADA2欠損症は同じ病気ですか?

まったく別の疾患です。ADA欠損症(本記事)はADA遺伝子の変異によるプリン代謝異常・SCIDを引き起こす病気で、治療はERT・造血幹細胞移植・遺伝子治療が中心です。一方、ADA2欠損症(DADA2)はADA2遺伝子の変異による血管炎・脳卒中症候群で、TNF阻害薬などまったく異なる治療戦略を取ります。名前が1文字違うだけで、病態も治療も根本的に異なります。

Q3. 新生児スクリーニングで必ず見つかりますか?

典型的ADA-SCIDはTREC法で高い感度で検出されます。しかし遅発型のADA-CIDはTRECの閾値を上回るため拾い漏れることがあり、Ado/dAdoタンデム質量分析との組み合わせがあれば見逃しを減らせます。日本ではSCID新生児スクリーニングが2017年に開始され拡大中ですが、ADA特異的タンデムMSはまだ広く普及していません。

Q4. 治療すれば普通の生活ができますか?

早期診断と適切な治療(ERT・造血幹細胞移植・遺伝子治療)によって、多くの患者さんが感染リスクの大幅な低減と正常な免疫再構築を達成できます。最新のレンチウイルス遺伝子治療では、62例中59例が治癒相当と報告されており、通常のワクチン接種への反応も確認されています。ただしADA欠損症は全身のプリン代謝異常でもあるため、聴力・骨・肺・肝・神経発達など免疫以外の側面は長期的なフォローが必要です。

Q5. 出生前に診断できますか?

すでに家族内で病的変異が特定されている場合は、絨毛検査や羊水検査による出生前遺伝子診断が可能です。発症前に診断がつけば、出生直後からの感染予防・早期治療計画が立てられ、予後改善に直結します。詳細は臨床遺伝専門医にご相談ください。

Q6. 保因者かどうか検査できますか?

ADA遺伝子の保因者検査は技術的に可能です。特にご家族内に確定診断例があり病的変異が判明している場合は、同じ変異を標的にした確実な検査が行えます。また、結婚・妊娠前の拡大キャリアスクリーニングでは、ADAを含む複数の常染色体劣性疾患遺伝子を一度に調べることもできます。

Q7. 生ワクチンは打っていいですか?

免疫再建が完了するまでの間、BCG・MR(麻疹風疹)・水痘・ロタウイルスなどの生ワクチンは禁忌です。特にBCGは世界各地で接種されており、免疫不全の赤ちゃんに接種されると播種性BCG感染症を起こしうるため、新生児期のSCID早期診断が極めて重要になります。ワクチン接種計画は必ず主治医と相談してください。

Q8. 治療が効いたかどうかはどう評価しますか?

複数の指標を組み合わせて評価します。生化学的には赤血球dAXP(目標<0.02 mmol/L)と血中ADA活性(PEG-ADA使用時のtrough目標≥30 mmol/hr/L)。免疫学的にはリンパ球サブセット(T・B・NK細胞数)・免疫グロブリン値・ワクチン反応。遺伝子治療後はベクター挿入クローンのモニタリングも行います。臨床的には感染・入院・悪性腫瘍・成長発達のフォローが継続されます。

Q9. 日本で遺伝子治療は受けられますか?

2026年時点で、ADA-SCIDに対する遺伝子治療は日本国内で保険収載されていません。欧州のStrimvelisはイタリアの単一専門施設での治療アクセスに限られます。UCLAやGreat Ormond Street Hospital主導のレンチウイルス型治験(NCT05432310など)は規制承認前ですが、海外での治療実施例はあります。国内治療の可能性・費用・渡航については、臨床遺伝専門医と免疫不全専門施設へのご相談が必要です。

Q10. 家族にADA-SCIDと診断された子どもがいて、上の子の発達が気になります

上のお子さんがADA-CID(遅発型)である可能性は否定できません。特に中耳炎・副鼻腔炎・HPV感染・原因不明の自己免疫症状などがある場合は、赤血球ADA活性とADA遺伝子解析による評価を検討します。健康に見える同胞の保因者検査も家族計画の情報として重要です。遺伝カウンセリングでご相談ください。

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参考文献

  • [1] Hershfield M. Adenosine Deaminase Deficiency. GeneReviews® [最新更新2025年]. University of Washington, Seattle. [NCBI Bookshelf]
  • [2] OMIM #102700. Severe Combined Immunodeficiency, Autosomal Recessive, T Cell-Negative, B Cell-Negative, NK Cell-Negative, Due to Adenosine Deaminase Deficiency. Johns Hopkins University. [OMIM 102700]
  • [3] OMIM *608958. Adenosine Deaminase; ADA. Johns Hopkins University. [OMIM 608958]
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  • [12] HRSA RUSP (Recommended Uniform Screening Panel) for SCID. Health Resources and Services Administration. [HRSA RUSP]
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仲田洋美 医師(臨床遺伝専門医)

この記事の監修・執筆者:仲田 洋美

(臨床遺伝専門医/がん薬物療法専門医/総合内科専門医)

ミネルバクリニック院長。1995年に医師免許を取得後、 臨床遺伝学・内科学・腫瘍学を軸に診療を続けてきました。 のべ10万人以上のご家族の意思決定と向き合ってきた臨床遺伝専門医です。

出生前診断(NIPT・確定検査・遺伝カウンセリング)においては、 検査結果の数値そのものだけでなく、 「結果をどう受け止め、どう生きるか」までを医療の責任と捉え、 一貫した遺伝カウンセリングと医学的支援を行っています。

ハイティーンの時期にベルギーで過ごし、 日本人として異文化の中で生活した経験があります。 価値観や宗教観、医療への向き合い方が国や文化によって異なることを体感しました。 この経験は現在の診療においても、 「医学的に正しいこと」と「その人にとって受け止められること」の両立を考える姿勢の基盤となっています。

また、初めての妊娠・出産で一卵性双生児を妊娠し、 36週6日で一人を死産した経験があります。 その出来事は、妊娠・出産が女性の心身に与える影響の大きさ、 そして「トラウマ」となり得る体験の重みを深く考える契機となりました。 現在は、女性を妊娠・出産のトラウマから守る医療を使命の一つとし、 出生前診断や遺伝カウンセリングに取り組んでいます。

出生前診断は単なる検査ではなく、 家族の未来に関わる重要な意思決定です。 年齢や統計だけで判断するのではなく、 医学的根拠と心理的支援の両面から、 ご家族が後悔の少ない選択をできるよう伴走することを大切にしています。

日本人類遺伝学会認定 臨床遺伝専門医/日本内科学会認定 総合内科専門医/ 日本臨床腫瘍学会認定 がん薬物療法専門医。 2025年には APAC地域における出生前検査分野のリーダーとして国際的評価を受け、 複数の海外メディア・専門誌で特集掲載されました。

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